カラーセラピーを受けてきた

「カラーセラピー」というものを、友人にやってもらった。

 

 

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雨呑家さん(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

 

カラーセラピーは色彩心理学を用いて

その人の心の状態などを判断するものだ。

 

 

疲れたらなんとなく「肉が食べたい」とか

栄養が足りないなと感じたら「野菜が食べたい」とか

誰しもこのような経験はあるかもしれないが、

それにもちゃんと心理学的な意味があって

色から連想するもので食べたいものを決めているのだとか。

 

 

食べ物だけじゃなくて、

普段僕たちが何気なく選んだ色にも意味がありそうだよね。

 

 

そう考えたら面白いかも。

 

 

例えば、雑貨などを買うときに、

「自分の好きな色は青なのに、何故か赤を選んでしまった。」

という経験は誰しもあることだろう。

 

そんな時は自分の心理状態が、

選んだ色に反映されているのかもしれないね。

 

 

さて、今回受けたカラーセラピーでは

自分が知らない「潜在意識の自分自身」を知ることが出来るのだとか。

 

 

僕の潜在意識は一体どんな感じなのだろうか。

 

 

ドキドキ。

 

 

さっそく見ていこう。

 

 

 

 

【注意!】

※以下、カラーセラピーの感想を書いていますが、

ネタバレになる可能性があります。

選んだ色に対する結果がはっきりわからないようぼかした表現をしてますが、

これから受けようとしている方は自己責任で御覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、カラーセラピーは2回の構成で成り立っているのだが、

僕が選んだ色はそれぞれこちらである。

 

 

 

 

 

これら一連のカラーセラピーを受けた率直な感想として、

自分の生きにくさがなんとなくわかった。

 

 

なぜ僕が生きにくいのかと言うと、

本来なら僕の魂は高い精神性を持っていて

束縛を嫌い自由な発想をするような奴だそうだが…

 

 

クールに生きていきたいのもあり、

波風立てず周囲と調和していたいのもあり、

さらに、真面目ということもあり、

常識からはみ出ないように、型にはまろうとして

自分の気持を抑えつけてしまう傾向にあるようだ。

 

 

そのため、「ああしたい!」「こうしたい!」と思っていても、

少し逸れた行動をしただけで罪の意識を感じてしまうようだ。

 

 

洞察力があり先見の眼があるから

「こうすればよいのになぁー」と思うことがあっても

それを伝えられないものだから、

そんな自分を歯がゆく思うこともあるそうだ。

 

 

せめて型にはまった状態のままで、

幸せに生きられるタイプだったら良いんだけどね。

残念ながらそうじゃないんだよな(笑)。

 

 

チャレンジ精神旺盛というか、

他の人がなかなか経験しないような変わった体験や

自分がまだ足を踏み入れたことがない世界など、

色んなことに首突っ込みたがるしな(笑)。

好奇心も旺盛だし、

クールぶって落ち着いてるように見えるが

実はとにかく落ち着かない子供なのである。

 

 

自分の潜在意識がそれを求めているのなら、

自分が退屈、平凡、堅苦しいと感じる周囲の意見や叱責なんか

「うるせぇだまれ!」と一蹴して

むしろ一切聞かないほうが良いのかもしれない。

本当に必要な忠告やアドバイスだけをありがたく受け取れば良いし。

 

 

本当の僕はもっと枠にはまらないで良いんだ、

世間の基準なんか気にしないで良いんだ、

自分の直感を信じて、「好き」「嫌い」で決めて良いんだ。

 

そうやって自分に許しを与えられるようになったよ。

 

 

また、長年「この方法で良いのか?」と悩み苦しみながら

自分のやりたいこと実現に向けてやれることをコツコツと続けていたわけだが、

 

 

「今のやり方で良いんだ」

「自分を信じてこのまま突き進もう」

 

…と強い確信を得ることが出来た。

 

 

 

潜在意識は全てを知っている。

 

それは目に見えないものだが、

色が自分にメッセージとして教えてくれるのだ。

 

 

 

今もしすぐに実現できないことがあっても

今は勉強をしていったり、人間関係を構築していったり

種まきの時期だと思ってコツコツと続けていけばよいわけだし、

 

以前まいた種があるのならば、それを育て続け、

収穫の時期…つまりに夢実現に向けて大きく成長させていこう。

 

 

叶わない夢は想像すらできないわけだし、

自分は描いた想像を現実にする力がある、

それはなかなか出来ないことだし、

もしかしたら僕の生き方を馬鹿にして笑う人もいるだろう。

 

 

それでも、自分が持つ無限大の力を、

自分の可能性を信じて良いんだって思えた。

 

 

だから、今は一つ一つの目標を達成させながら、

自分がサポートできる人を探していくことに集中しよう。

 

 

そこからまた和が広がって様々な奇跡が起こるかもしれない。

 

 

一人では叶えられなかったことも、

皆の力を借りれば叶えられることが出来る。

 

 

もう一人で抱え込まなくて良いんだって思うようになった。

 

 

疲れたりしんどくなったり行き詰まったりしたら

遠慮なく「無理」と言って良いし、休んで良い。

 

そのワガママを聞いてくれる人だけと付き合っていけば良いんだ。

 

 

「この人には良い面もあるはずだ」

「この人は悪い人じゃない」

 

こんなことを言い聞かせて

無理をして人を好きにならなくて良いし、

人を嫌いになってしまう自分を責めなくて良い。

 

 

ほんの少しでも「何かおかしい」と感じたら

その違和感をメモしたり、人に聞いてみたりして、

その直感を確かな確信へと変えていくのも良いかもな。

 

 

もっと自分の心の奥深くにいる自分の「内なる子供」

彼が発する声や気持ちに気づいてあげよう。

 

 

 

…そんなことを思ったのである。

 

 

 

こんな感じで、カラーセラピーは

あなたが気づけなかったあなた自身に出会うことができる絶好の機会である。

 

また後日話そうと思うが、僕は最近数秘術にもハマっているし、

「色」が持つ力と「数字」が持つ力をかけ合わせることができれば、

もっともっと自分自身を深く知ることが出来るのでは?と考えている。

 

(ちなみにこの日施術していただいた方は、

数秘術で僕と同じ数字の方でもあったので、

自分にとって腑に落ちるようなアドバイスを得ることができたのでは、と思う。)

 

 

少なくとも僕は、カラーセラピーを受けたことで

なんか…自分に対して「悪かったな。」って気分になった。

 

 

「自分軸」や「他人軸」のことは

以前こちらの記事↓で説明したことがあるのだが…

 

 

 

僕は他人に合わせる「他人軸」はおろか、

世間に合わせてしまう「世間軸」になっていた可能性すらある。

 

 

仮に世間からどんなに滅茶苦茶な理屈だと言われようが、

「自分が正しいと思っていることなんだから間違いない。」

と自分のポリシーを徹底的に貫いていきたい。

 

自分が好きなことを自分の好きなようにやっていきたい。

 

そんなガジュマルの幹のようにぶっとい「自分軸」を持ちながら、

風のように軽やかに

堂々と生きていこうと思った。

 

 

 

 

さて、いかがだったろうか?

 

 

もし僕の感想を読んでカラーセラピーに興味を持っていただけたら

ぜひあなたも試してみるのも良いだろう。

 

 

本来なら資格を持っている方に施術してもらうか、

自分自身で資格を持つのが良いのかもしれないけれど、

書籍もあるみたいだから、こういうのを活用するのも良いかもね。

 

 

 

新しいあなた自身を発見するためのきっかけになれば、と思う。

 

人生はキャンバスではない。パレットだ。

Life is a great big canvas;
throw all the paint on it you can.
人生はとても大きなキャンバス(画布)だ。
可能な限りその上に有るだけの絵の具を投げかけなさい。

 

という名言がある。

 

人生は自分自身で描いていくもの、という意味だろうか。

 

 

僕も昔はこの言葉に共感していた。

 

 

しかし今は、逆だと思う。

 

 

むしろ、人生とは…

 

現在起きている事象に

自分がどう意味づけしていくかが重要になる。

 

そう考えるようになった。

 

そう考えると人生はキャンバスではなくて、

どちらかと言えば、パレットだと思う。

パレットは色を作る道具ね。

 

これは画用紙だが。
 

 

すべての物事は意味があるようでいて、意味が無い。

 

 

では、誰が意味づけしているのかというと、

他でもない、人間だ。

 

 

過去から現在において、

世の中の人が作った「価値感」だとか「伝統」だとか

そういうもので意味づけされている。

 

 

それなら、自分の好きなように色を塗ったってかまわないだろう。

自分で好きなように色を作って塗っていく、

 

 

つまりすでにある「意味あるもの」に自分で意味づけをしていくのだ。

 

 

大抵の人は幼少時代から大人まで完全に一人で生きてきたわけではないだろう。

 

 

むしろ、自分自身で人生をコントロールできた人なんて

ほとんどいないのではないか。

 

 

しかも、多くの場合は大人の影響で洗脳を受けているから、

さらに自分の行動を制限するようになる。

 

 

そうなると、自分自身で生み出せる色(意味)の数も限られてくる。

 

 

他にたくさんの種類の色があるのかもしれないのに、

緑しか知らなければ、緑を使うしか無いしな。

 

 

いや、もしかしたら本当は、

赤色は青色なのかもしれないし、

青色は赤色なのかもしれない…。

 

 

しかし、何も考えずに生きていると、

そんな可能性すら考える余地すら無くなる。

 

 

…まぁこれ以上言うとただの頭おかしい奴だから、ここまでにしておくけど。

 

 

ちなみに僕は最近、何かイラストなどを見た時に、

その人がどのような画風の絵を描くかというよりも、

 

その人がどのような配色をするのか

その人がどのような色づくりをするのか

 

他人の彩色や配色に関するセンスが気になってきたのである。

 

 

 

上のイラストは、

LGBTのビーチパーティを開催した時に配布したフライヤーのデザインだ。

 

 

これは僕が作ったもの。

 

 

これを見て、とある人が聞いてきたんだ。

 

 

「コリュって沖縄の人なの?」って。

 

 

いや、僕は本土出身の妖怪だけど?

 

 

どうやら、沖縄の人は原色というか、鮮やかな色を好む人が多いらしい。

その人は僕のこの色使いを見て、沖縄の人っぽいと判断したそうだ。

 

 

ちなみに、沖縄の子供達の絵を見ていると、

本土の子供達との色使いの差が顕著に現れると聞いたことがある。

 

 

僕は教育者じゃないからわからないけど、

本土出身の、もしくは本土での生活経験がある美術の先生だったら、

それに気づくこともあるのかな。

 

 

もしくは逆のパターン。

沖縄の人が本土の学校で教えている場合だと、

本土の子供達の色使いに驚くことがあるのかな。

 

 

僕はたまたま自分の色使いが沖縄の人寄りだったんだろう。

和物が好きだし、淡い色の日本色も好きなんだけどな。

自分の表現においては、わりとハッキリした色使いをする傾向になるらしい。

 

普段あまり自己主張しない性格だから、

コントラストを強めることで自分の内面を吐き出しているのかもしれないな。

 

 

いずれにせよ、その人の生まれ育った環境が

その人の感性に大きく影響することは間違いない。

 

 

他の人の絵を見ていると、

自分じゃできないような色使いに驚かされることがある。

 

 

逆に、自分が当たり前のように使っている色も、

他の国や地域の人から見ればとても珍しいんだろうな。

 

 

キャンバスに何を描くかよりも、

どのように色付けをしていくか。

どのような色を作るか。

 

未完の絵に、皆が予想もできない配色で

独自の色で色を付けられたら…

自分にしか描けない人生と価値観が生まれるのだろう。

 

 

そして、「人生はパレットだ」と言ったところで、

星空でもあると思うんだ。

 

 

一つ一つの星…点と点を繋げて大きな線にしていく。

 

 

その線自体には大きな意味はないのかもしれないが、

自分で「星座」を作っていくなら、その線は重要な要素になり得る。

 

 

…偉そうなこと言ってるけど、

結局これら全て僕自身が作った「意味付け」だしね。

 

 

それに共感するのかしないのかも

逆にあなた自身がどう捉えるのかも

全てはあなた自身の「色」にかかっているのかもしれない。

 

 

 

最終的には皆が「これは青だ!」と言うのを

「いや、赤だ!」と言い張るような、

 

 

そんな人間を目指してみるのも良いんじゃないかな?

 

 

少なくとも僕は、そんな妖怪になりたい。