内向的な人のためのチューニング的交渉術〜後半〜

皆様コリュにちは。

狐と狸の妖怪・無性別

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございます。

 

 

前回は、

「内向的な人のためのチューニング的交渉術〜前半〜」

ということで…

 

 

内向的で交渉嫌いな自分が、

しっかりと自分の判断軸を持ち、

他人との交渉や駆け引きを楽しめるようになった経緯や

参考になった書籍について紹介した。

 

 

前回↓

 

 

今回は、その後半戦ということで、

 

 

「人に対してお願いしづらい」

「他人の頼みを断れない」

 

 

そんなあなたが人と交渉する際において

「自分の軸をしっかり持って、人と交渉できる心の持ち方」

を、考えていこうと思う。

 

 

まず、

 

 

「人に対してお願いしづらい」

「他人の頼みを断れない」

 

 

このような思いを抱えてしまう原因について考えてみよう。

 

 

 

恐らくだが、こういった悩みが起きる問題は

「相手がどう思うか」

「自分がどう見られているか」

という、あなた自身の考えによるものだと思われる。

 

 

しかし、実際に相手の考えというのは、

相手にしかわからないわけだし、

あなたがコントロールできるものでもない。

なので、あなた自身が過剰に気を使う必要は、本来なら全く無いのだ。

 

 

 

だから、あなた自身が何か相手にお願いをして、

相手に承諾してもらっても、

必要以上に申し訳無いと恐縮する必要はない。

 

 

 

一時的には「自分のワガママなんじゃないか」と思えても、

そのワガママ…というか、そのお願いが、

結果的にあなただけではなく、

周囲の人や社会にとって良い方向に進む可能性もあるからだ。

 

よほど反社会的なことではない限り、

あなたの目指していることは

他の人や、世の中にとっての喜びでもありうるからだ。

 

この考えを「三方良し」という。

 

この「三方良し」が根底にあれば、

あなたが誰かにお願いをして相手に断られたとしても、

それはあなた自身を拒絶したわけではなく、

ただ、その要望が”相手の都合”や”好み”に合わなかっただけなので、

必要以上に気にしたり、落ち込んだりする必要はない。

 

 

その時はその時で、別の方法を探せば良いだけだ。

他の人に頼んだり、別のやり方を考えたりね。

 

 

同様に、あなたが人から頼まれた事を断ったとしても

それに対して嫌な感情を抱くかどうかは相手の問題だし、

あなた自身が罪悪感を感じる必要性も、全く無いのだ。

 

 

 

それでも、実際に他人との交渉事になったら

萎縮して相手に押されてしまう人もいることだろう。

 

そして、最初は軽い気持ちで引き受けたものの、

思っていたより自分の負担が増えて、

嫌な思いをしてしまうことだってあるだろう。

 

 

そうならないために、

あなたがしっかり「自分ルール」を作り、

自分一人で背負い込むことなく、

お互いに協力して素敵な未来を描いていけるために、

交渉における簡単なイメージ戦略をご紹介しよう。

 

 

 

その戦略とは

 

「チューニング交渉術」だ。

 

 

 

 

「チューニング交渉術」とは何か?

 

 

 

 

まず、楽器をやっている人ならわかると思うが、

ギターなどは、演奏する前に弦のチューニングを行う必要がある。

 

 

 

 

チューニングとは何かと言うと、

 

例えば…

ギターの一番高い音である第一弦の音はE(ミ)だが、

元の音がずれていることもありえるのだ。

 

素晴らしい音楽を奏でるためには、

弦を正確な”ミ”の音にする必要がある。

 

そのために、

以下のような”チューナー”という機械を用いながら

弦の音を調整するのである。

 

 

(ちなみに僕はたまに楽器を触ることもあるんだけど、

その際のチューナーはアプリを使っている。)

 

正確な音に合わせないと、本来の音で演奏できないために

不協和音を生み出してしまうからだ。

 

不協和音で奏でられた音楽は

酷く耳障りで不快なことこの上ないだろう。

 

(もちろん、わざとそういう表現をしている音楽もあるけどね。

あと、「正確な音」とはいっても、

音楽のジャンルによってはダウンチューニングというのもある。

ここでは本題じゃないので割愛するけど。)

 

 

交渉などのコミュニケーションだって、音楽と同じだ。

 

両者の意見がかみ合わない状態だと、

喧嘩や関係の亀裂など、

人間関係における「不協和音」を生み出しかねない。

 

 

そうならないために、

自分の要望を言う時や、相手の要望を聞く際には

きちんと両者の意見を「チューニング」してあげる必要があるのだ。

 

ここで言う「チューニング」とは、

具体的にどういうことか。

 

例えば…下の図を参考にしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

本来目指すべき理想の状態を「ド」、

あなたの要望を「シ」、

相手の要望を「レ」

 

…としてみる。

 

 

 

まず、前半(リンク先は上にあるよ)でも説明したように、

 

全ての物事は、両者にとって「Win-Win」であることが望ましい。

 

しかし、見ての通り、

あなたは「シ」という要望があるわけだし、

相手の要望は「レ」である。

 

 

 

さて、どうしようか…。

 

 

 

ここで、気をつけないといけないのが、

極端にどちらかの要望が優勢の状態になってしまえば

「Win-Lose」もしくは「Lose-Win」となってしまうのだ。

 

 

そのため、場合によっては

「ドに近いレ(相手寄りの理想)」

「ドに近いシ(自分寄りの理想)」

という状態になることがあったとしても、

 

できるだけどちらにも寄らず、

「ド(両者にとって理想の状態)」に近づくことが望ましい。

 

 

つまり、

 

「心地よい妥協点」を探すってことだね。

 

 

そうしないと、本当に目指すべきは「ド」なのに、

「レ」か「シ」などの別の音になってしまうと、

いつか不協和音(ストレス)が生じて、

後々に嫌な結果や心理状態(怒り、悲しみ、モヤモヤなど)

を招いてしまうかもしれないからだ。

 

人間関係も破綻してしまうかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

あなた…というより、

「あなた方」が目指すのは、

上の図のような、どちらかに偏った状態ではなく、

まさに「ド(理想の状態)」なのだ。

 

なので、どちらに偏りすぎてもいけないし、

「両者にとって良い状態を目指すこと」を目標にしよう。

 

こうして両者が歩み寄ることによって、

以下の図のような状態になるのである。

 

 

 

 

さて、こんな感じで説明したが、

以上が「チューニング交渉術」の大体の流れだ。

 

 

なお、今回は音楽で説明したが、

色でのイメージがしやすい人なら

 

 

自分が「黄色」、相手が「緑」

→目指すのは「黄緑」

 

 

でも良いし。

 

 

 

ドラクエが好きな人なら

 

 

自分が「戦士」、相手が「武道家」

→目指すのは「バトルマスター」

 

でも構わない。

 

 

 

要は、

 

「自分の感情や思考が邪魔しない、

 客観的な指標を作ってしまおう。」

 

というわけだ。

 

 

 

 

こんな感じで、

他人との交渉ややり取りにおいて、

「このままでは自分が不利な立場になる」とか

「なんか嫌だなぁ…でも断りづらいし…」とか

モヤモヤした感情を感じたら

 

 

「今の状態はレだ!ドにしよう!ド!!」と思って、

自分の要望を言ってみても良いかもしれない。

 

 

逆に、相手が自分より立場が下の場合などは

自分の要望が強くなりがちだ。

 

 

その際は「今はシ」だと思って、

 

「今やっている仕事が終わってからで良いですよ。」

「お手すきの際にお願いします。」

「断っても大丈夫ですよ。」

 

などと、

「相手に配慮して、選択させてあげる姿勢」

を見せることも大切だ。

 

 

 

また、

あなたが、あなた自身の要望をよりはっきりとさせたいなら、

あなたの無意識が感じていることを、意識することも必要だ。

 

 

無意識を意識する…

なんだか難しそうだけれど、

これは、あなた自身の心が感じていることを意識していけば、

だんだんとわかるようになる。

 

具体的な方法を知りたいなら、以下の手記も参考にしてみてね。

 

 

 

ぜひあなたも、

相手との力関係や性格の違いを”正しく”把握して、

両者が納得できる「妥協点」を

「チューニング交渉術」で探ってみてはいかがだろうか。

 

内向的な人のためのチューニング的交渉術〜前半〜

コリュにちはお日柄も良く…

天海夜 煌琉だよ。

 

ワードプレスを更新したら編集画面の仕様が変わってしまって

ちょっとやりにくくて

格闘しながら文章打ってるわけだけど

徐々に慣れるように頑張るよ(笑)

 

 

さて、僕は長年、「交渉」が大っ嫌いだった。

 

根暗なヲタクだしね。

 

 

「こう言ったら怒るんじゃないか?」

「気を悪くするんじゃないか?」

いちいち考えて気疲れしてしまうのである。

 

 

そんな僕でも、ここ最近は、

交渉が以前ほど嫌ではなくなった。

 

 

その考え方をお伝えしようと思う。

 

 

先述の内容からも想像できるように、

基本的に僕はかなり内向的である。

 

 

ちなみに今日までたまたま3連休だったのだが、

気分転換で外出する以外は

ほぼ家に引きこもって色々作業していたし。

 

 

これまでだって、人間関係なんて面倒くさいし

交渉なんてできれば避けたい…

それだったらできる限り自力でやりたい…

 

そんな風に思っていたし、

実際、誰にも頼らず黙々と仕事に取り組んでいるものだから、

周囲からの評判もそんなに悪くはない。

 

ただ、何かをきっかけに爆発して

内面の我の強さが出てしまうと

嫌われたり怖がられたりすることもあったし、

かといって普段はそこまで自己主張しないので

ダークトライアドと呼ばれる人たちの標的にもなりやすく

実際嫌な思いをして縁を切った人々もいた。

 

 

しかし、今では僕が極端に嫌う人なんて

自分の周囲にはほとんどいないし、

数々のご縁により、以前と比べて交友関係も広がってきた。

 

それにつれて、自分自身の活動を広めるためにも

もっと多くの人に、気軽に「お願い」ができるようにならないといけない

…と思ったのだ。

 

 

最近、日々の生活の中で、

「7つの習慣」を意識して実践していて、

大切なのは「自立」することよりも

「相互依存」なのだということがわかった。

 

 

この「相互依存」という考え方が根本にないと、

誰に対してもいちいち

「迷惑かけてしまうから」

「自分でできないのはダメなことだから」

などと遠慮してしまうし、

 

逆に、誰にも頼まないのは精神的に楽ではあるけれど、

かといって自分自身で出来ることには限界がある。

 

以上のことが積み重なると、

一つ一つはさほど大きな問題でなくても

塵も積もれば山となるわけだし

生きていくこと自体がストレスになってしまう

…と思ったのだ。

 

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

 

 

7つの習慣。

Kindleにサンプルをダウンロードしたが、量がありそうで

現時点ではまだ読むに至ってない…。

 

僕が7つの習慣を読んだのは漫画版で、

とある方のYouTube動画で、概要を知ることができたのだ。

 

7つの習慣(漫画版)については、こちら↓でも少し触れている。

(その他、いくつかおすすめの本も紹介している。)

 

 

…とまぁ、少し話が逸れたが

自分がもっと力を抜いて生きるためにも

邪魔なプライドは捨てて

「助けてあげたい人」になれるようになろうと思ったのだ。

 

 

そう考えて、

「必要以上に頑張らずに、人に協力してもらうにはどうすれば良いか」

自分なりに考えるようになった。

 

 

その際に参考にした書籍↓

なぜかまわりに助けられる人の心理術

 

 

こちらの書籍によると、まずは、相手が喜んでもらえるように、

もっと自分の素直な気持ちを相手に伝えて良いのだと思った。

 

相手に好きになってもらうのだ。

 

そのうえで、

「理想的な交渉」について正しく理解することで、

交渉がやりやすくなるのではないか?と思った。

 

 

 

一般的に「交渉」というと、

「自分の主張を通すこと」と思われがちである。

 

この考えがそもそも間違いで、

これは7つの習慣でいうところの、「Win-Lose」的な考え方だ。

 

誰だって自分のことしか考えていない人、

相手のメリットについて考えない人、

この考えでは「自分勝手」と思われてしまい

上手くいかないのは当然だろう。

 

 

交渉して向かっていく先のものは、

お互いに「Win-Win」でなければならない。

 

つまり、

「自分にとっても、相手にとってもメリットがあり、

両者が望む結果が得られる」

ということだ。

 

 

そう考えると、

「交渉」というのは、

「競争」とか「戦い」の類では決してなくて、

むしろ「チューニング」だと思ったのだ。

 

楽器のチューニングをするように、交渉をする…

そのイメージで、「交渉」というものを考えるようになったのだ。

 

名付けて、「チューニング交渉術」である。

 

具体的にどのような考えをすれば良いのかと言うと…

 

後半に続く!!!!

 

 

 

…ちなみに余談だが、

僕はフリマサイトなどで一方的な値下げ交渉をされたら

お断りするか、コメントを削除するかしている。

 

プロフィールにもそう書いているし、

面倒そうな客は門前払いをすることで、

必要以上に安くすることもなく、

良い人だけにご購入いただけるようにしているのだ。

 

以前の僕ならば

優柔不断で人に嫌われたくないために、

嫌な人、面倒臭そうな人のお願いも嫌々聞いてしまっていた。

その結果、自分にとって不利益な結果を招くことにも

繋がってしまっていたのだ。

 

今はストレスのない関係性を築けているのも、

「自分の価値」を正しく理解して

「Win-Win」の関係を重視するようになったからだと思う。

 

 

後半ではその考え方について、詳しく説明していきたい。

 

今後も当ブログでは、

「日本人が自分自身の価値を正しく理解して、

自由な生き方ができる方法」

などの考え方を発信していくので、

どうぞお楽しみに!

 

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見返りを求めると、苦しくなる

コリュにちは。

天海夜 煌琉でございます。

 

 

今回は

「見返りを求めると、苦しくなる」

ということで、

その理由について、話をしていこう。

 

 

 

人はついつい見返りを求めてしまう。

 

 

 

家族のために身を粉にして頑張ってるのに、感謝されない。

 

会社のために尽くしているのに、認められない。

 

献身的にサポートしているのに、文句ばっかり言われる。

 

 

 

そりゃ〜嫌になるよね。

 

 

でもね、よくよく考えてみよう。

 

 

 

仮にあなたがペットを飼っているとして、

ペットに対して何か「見返り」を求めるだろうか?

 

 

 

もし、あなたが実際にペットを飼っているならば、

 

「将来的にこの子(ペット)が、自分に対して何かしてくれる」

 

なんてことを考えながら飼っているわけじゃないだろう?

 

 

 

 

さすがに上のイラストのような人はいないとは思うが…

 

 

 

もしいるとするならば、

老後とは言わず、今すぐ施設に入居することをおすすめする。

 

 

 

 

そう。

 

当然かもしれないが、

あなたは老後の世話を診てもらうために、

ペットを飼っているわけじゃないよね。

 

 

「とにかく可愛いから」だよね。

 

 

大抵、人が動物や小さい子供などを可愛がるのは

 

「条件付の愛」ではなく、「無償の愛」…

 

つまり、

 

「この子が好きで好きで、とっても愛おしい。」

と思うから、愛情を注ぐのだ。

 

 

お金がもらえるから、可愛がっているわけでも、

将来的な見返りを期待しているから、

可愛がっているわけでもないわけだよね。

 

 

 

 

ただ、これが赤の他人となると、また事情が違ってくると思う。

 

 

もしあなたが相手に親切にしているのにも関わらず、

 

 

相手が文句を言ってきたり

至らない点を攻撃してきたり

 

そんなことも多々あると思うし、

そんなワガママばかりの人に「愛情を注げ」と言われても、

無理な話である。

 

 

あなた自身が、相手に対して「愛おしい」と思えないからだ。

 

 

 

 

相手から何か嫌なことを言われる

感謝されない

 

その度に、

 

「なんでこれだけのことをしたのに、

そのようなことを言われてしまうんだろう。

 

「なんで感謝してくれないんだろう。」

 

と、怒りや悲しみを感じたり、

 

一方で、

「自分がダメだから相手が満足できなかった」

 

と思ってしまい、

相手に認められようとしたりする人もいることだろう。

 

 

そして、完璧主義に陥っちゃうんだよね。

 

 

しかし…

 

 

本来なら、

「相手が悪態をついてきたから」と言って、

怒りや悲しみを感じることも、

 

「相手に言われたから」と言って、

自分の悪い部分を直す必要も

 

 

全く無いんだよね。

 

 

 

というのも、

最近僕は「7つの習慣」の考え方に触れるなどして、

自分の考え方が一方的なものにならず、

俯瞰的なものの見方になるように

日々、自分の考え方を「調整」している。

 

 

そこでわかったことだが、

 

 

良い現象も悪い現象も、

 

 

人は、すべての出来事に対して

自分自身で「反応すること」を「選択」してしまっているのだ。

 

 

 

基本的に人は、

相手に嫌なことをされたり、嫌な反応が帰ってきた時に、

相手のせいにしがちである。

 

 

しかし…

 

自分が悪いとか、あいつが悪いとか…

「どちらが正義なのか」はともかくとして、

 

自分自身がとった行動には、自分で責任を持つ必要があるのだ。

 

 

「自分自身の過去にしてきた行動が、今の自分を作り上げている」

ということだね。

 

 

人に優しくしている人は優しい顔つきになるし、

意地悪ばかりしている人は悪人顔になる。

 

 

…とはよく聞くけれど…

 

 

それと同じようなことで、

あなたが、見返りを求めない人物

 

…つまり、「自分の幸せは自分で掴み取り、

周囲の反応は自分の幸せに関係無い」人物になりたいなら、

 

「見返りを求めない考え方」へ変えていく必要がある。

 

 

もし、あなたが人から見返りを求めず、

周囲からの反応ではなく、

自分の幸せを決める

自分の幸せは自分で掴みたいと思うのならば、

 

 

人の言動にできるだけ「反応」しないこと。

 

 

「スルーが一番」なのだ。

 

 

 

「見返りを求めている」ということは、

あなたが、他人の言動にスルーできず、

「反応」してしまっているということ。

 

 

つまりそれは、

「他人の言動によって、あなた自身の心が満たされるかどうかが決まる」

ということで、

依存的な状態になっているのだ。

 

 

あなた自身の幸せが

内的な要因(あなた自身の中)ではなく、

外的な要因(他人や周囲の環境)によって決まってしまうのである。

 

 

つまり…

 

スルーできれば、幸せになれるのに、

スルーできないから、幸せになれないんだよね。

 

 

他人からも、自らの感情にも振り回されちゃう。

 

 

↑どう考えても無理なんだから、スルーしちゃえば良いのにねぇ。

 

 

 

このままだと、

仮に経済的な自由を手に入れたとしても、

心の自由は手に入れることができないだろう。

 

 

あなただけじゃない。

 

 

相手は相手で

本人がされて嬉しいことと嫌なことに対して、

それぞれ反応してしまっているのだと思う。

 

 

そのため、お互いにスルースキルがなくて、

ネット上で喧嘩になったり暴言吐きあったり…

などといった現象が起こるのだ。

 

 

 

ここで、知っておきたいのが、

 

 

 

あなたが他人と接する時に

あなたがとった何気ない言動で

相手が喜んだとしても、

逆に相手が不愉快な気持ちになってしまったとしても、

 

 

どちらにせよ、

その人の反応は「その人自身の責任」であり、

あなたが取るべき責任ではない。

 

 

そのため、

それが喜びか怒りかに関わらず、

過去に起きたことを頭の中で何度も何度も反芻することは、

もうやめよう。

 

 

時間はもとに戻せないし、

あなたの力ではどうにもできないからだ。

 

 

あなたの感情に相手が絡んでいたとしても、

それはあなた自身の問題で

相手や第三者が解決できるものではない。

 

 

だから、嫌なことはできるだけ早く忘れるようにする。

心にモヤモヤやわだかまりがあっても、徐々に遠のかせていく。

いつまでも相手を憎らしく思うよりも、

自分を変える努力をしたほうが、生産的なのだ。

 

 

逆も同じで、

相手の感情にあなたが絡んでいたとしても、

それは相手の問題で

あなた自身が「どうにかしなきゃ」と思う必要もない。

 

 

あなたが本当の意味で心の自由を手に入れて、

周囲に振り回されない生き方を実現したいなら、

以上のようなことも、頭に入れておくと良いだろう。

 

 

 

 

最後に…

 

あなたが日々の感情をコントロールできるようになるには、

 

 

あなたがしたことに対して、

相手がどのような反応をしてきたとしても、

 

 

「自分は相手のためにこれだけのことをしたから、それで良い。

あとは相手が判断することだ。」

 

 

と思えば良いだけ。

 

 

相手に期待しないこと。

 

 

「相手に嫌がられるかも…?」と思って、

自分の行動を制限しないこと。

 

 

過去のことは過去のことだし、

未来のことは未来のことだし、

あなたが今、この瞬間に生きたいならば、

どちらも考えすぎてはいけない。

 

 

他人のことなら、なおさら考えすぎてはいけない。

 

 

その人の問題は、その人が解決すべきことだからだ。

 

 

 

そのため、相手がどのような反応をしたとしても、

あなたは「相手のために必要だからやった。」

と思うだけで良いのだ。

 

 

自分にとって都合の良い解釈をしてしまって大丈夫。

 

 

最終的にお互いにとって楽になるなら、

自己中心的でも全然大丈夫。

 

 

 

まずは先手、先手で、相手に働きかけることが大切なんだ。

 

 

 

もちろん、あなたがしたことに対して

相手が「こうされると嫌だ」「やってくれなくても大丈夫だよ」

「やめてほしい」などと言ってきたら

その配慮はしてあげよう。

 

 

その際は、情報を教えてくれた相手に対して、

「ありがとう」と、感謝の気持ちを持って

今後はしないと決めれば良い。

 

 

必要以上に自分を責めたり、

自分の行動を後悔したりしないこと。

 

 

過去は過去のことだから、もう反芻しない。

振り返らない。

 

 

失敗から学ぶのは良いけれど、

あなたの過去の行動が、

未来への挑戦の足かせになってはいけないのだ。

 

 

 

「なるようになれ。」

 

と、今を生きる。

 

 

そんな精神で

前を向いてチャレンジし続けていこう。

「居心地の悪さ」を、「最高の心地良さ」に変えよう

週明けに東京から沖縄へ帰ってきた。

 

基本的に僕は冬にあまり内地に行きたがらない。

 

理由は簡単。

 

寒いからだ。

 

寒いの嫌だ!!!!

 

 

それだけ。

 

 

でも、今回、東京までわざわざ足を運んだのは、

オンラインサロンを運営している方の勉強会に参加してきたからだ。

 

 

内容は詳しく言えないが、

その方や参加者の方と意見を交わすことができて、

たっくさんの新しいことを学ぶことができた。

 

 

とにかく濃い時間だった。

 

 

参加している人も熱心な方ばかりだから

自分自身のレベルもぐーーーんと引き上げられた。

 

 

 

で、これまでの自分だったら周囲の人と自分を比べて

 

「みんなすごい人ばっかり…」

「自分なんて何もないし…」

 

と自分を卑下しがちだったんだけど、

 

 

今では違う。

 

 

確かに、素晴らしい人がいっぱいいる環境にいる時に、

他者への羨望や嫉妬が全く無いというと嘘になるわけだが、

 

「この人は自分よりずっとずっと知識や能力がすごい!」

 

「この人たちと同じ土俵に立てるようになりたい!」

 

「もっともっと成長したい!」

 

なーんてことを思えるようになった。

 

 

それと同時に、

 

「これまで自分が満足していたような、ぬるい人間関係はいらない」

 

とも思えるようになったのだ。

 

 

「ぬるい」というのは、

特に目的なく一緒にダラダラした時間を過ごしてしまったり

「この人は自分にとって本当に合うのか?」

と思ってしまうような人間関係だ。

 

 

 

さて、家庭にしろ職場にしろ友人関係にしろ

今あなたがいるその空間は、

本当の意味であなたにとって「心地よい」場所なのか?

 

 

一見して「あなたが居心地良い場所」…

それは麻薬のような中毒性があるので、注意が必要だ。

 

 

たとえば…

 

 

あなたや周りの人が人の悪口や愚痴を言ってばかりで

「あなたは悪くない」みたいな会話ばかりして

お互いを慰め合うような環境にいるとどうなるか。

 

 

確かに、いろんな感情があってこその人間だし、

時には吐き出す機会も必要だ。

 

 

僕もどちらかと言えばネガティブなタイプなので、

そのような会話をしたくなる人達の気持ちも、よくわかる。

 

 

自分自身も、かつては理不尽な目に遭った時に

「あなたは悪くない」ということを言ってくれる人をむしろ必要としていた。

 

 

その場にいない人物を批判したり、同調したりして

お互いの絆を強める…そりゃ楽しいよね。

 

 

 

しかし、ある時から考え方が変わったのだ。

 

 

 

人の悪口や愚痴を言うくらいだったら

自分をそうさせてしまう環境や人から離れること、

もしくは離れられるように努力すること…

 

 

それが一番良くないか?

 

と思ったのだ。

 

 

自分自身がネガティブなことをし続ける環境にいると

「ネガティブな自分を肯定してくれる人」

ばかりしかいなくなるようになるのだ。

 

 

そうなると、人によっては

 

①「ネガティブな自分でい続ける」

②「成長しない」

③「『自分はだめだ…』とさらに自己肯定感が下がる」

①〜③の繰り返し…

 

 

という悪循環に陥ってしまう。

 

 

そうなると、あなたは「惨めな人」になり、

あなたの周囲の人も

「自分と同じ惨めな人」ばかり集まるようになる。

 

 

そんな時、あなたは

「周囲の人はつまらない人ばかり」

とまた愚痴をこぼすかもしれない。

 

 

そうなったら注意が必要だ。

 

 

なぜなら、周囲の人は悪くないからだ。

 

その人たちのせいにしちゃいけないんだ。

 

 

「あなたの周りにいる人は、あなた自身を映す鏡。」

 

 

…なーんて、よく言われるけれど…

 

たしかにそうだよね。

 

 

魅力的な人と付き合いたいなら、あなた自身が魅力的になろう。

 

 

 

そのためには、あなたが憧れるような魅力的な人が周囲にたくさんいて、

 

「自分がこんな場所にいていいのか?」

 

そんな「居心地悪い感覚」を常に感じるような空間に飛び込もう。

 

僕も自分が良い意味で「居心地悪くなる」空間を探し続けた結果、

 

今は偏見が強い人や被害者意識のある人、

文句ばかりを言うような人は周りにあまりいない。

 

 

「人のことより、自分が成長することに興味がある」

そんな感じで、向上心が強い人たちと付き合っていこうと決めたからだ。

 

 

僕のように人付き合いが苦手な方にとっては、

新しく出会う人達がたくさんいる環境って

初めはなんだか違う感覚があるかもしれないけど…

 

 

大丈夫!!!!

 

 

いずれ慣れる!!!!

 

 

 

かなーーーーり人見知りのおいらが言うんだから、間違いない!!!!

(↑根拠のない自信)

 

 

 

僕だって昔はキラキラ輝いている人気者に対して

「自分なんかがあの人に近づけるわけない」

なんて思っていたからね。

 

 

しかし、慎重で相手の出方を見る傾向は相変わらずだけど、

今は興味がある人には積極的に関われるようになったのだ。

 

 

それは、良い意味で「居心地悪い環境を探す」行為を繰り返していくだけ。

 

 

居心地の悪い環境を探すには、どうすればよいのかと言うと…

 

 

①人が集まっている場所やコミュニティに参加する

(コミュニティはビジネスや趣味、共通する悩みや目標があるなど、

テーマは何でも良い)

 

②一緒にいる人達が魅力的で、「自分はまだまだだな〜」と悔しい思いをする。

 

 

 

③コミュニティの集まりやイベントに参加し続けて、

他の人の良い部分を盗む(自分の中に取り入れる)!

 

 

 

④他の人からフィードバックをもらうなどして、

自分が成長していることを実感する!

 

 

 

こんな感じかな?

 

 

あなた自身がしっくりくるまで、

本当に心地良い感覚を得られるようになるまでは、

なかなか大変かもしれない。

 

 

しかし、

ちょっとした勇気は、あなた自身を大きく変えるのだ。

 

 

 

あなたもぜひ、素晴らしい才能を持った人達に囲まれて、

「居心地悪い感覚」をたくさん経験していって、

あなたが生きる上で「本当に心地良い場所」を見つけていってほしい。

 

 

見つけた場所がもし「違う」感じがしたら、

その時はまた次を探せば良い。

 

 

とにかく行動して、トライアンドエラーを繰り返すことが大切だ。

 

…と僕は思う。

 

 

荒波に飛び込もう。

人のことを「使える」「使えない」って言う人って、サイッテーーーーー

自分のことをFTMとは言ってるけど

実質別になんでもよい「コリュ」こと天海夜 煌琉だよ。

 

 

今回の話はタイトルのとおりである。

 

 

 

あなたも仕事をしている時など、

 

「あの人は使えるよねー」

 

とか

 

「あいつ使えねーな」

 

とか

 

誰かが言っている光景を見たことはないだろうか。

 

 

 

もしくは、あなた自身がその言葉を言ったり、

逆に言われたことがあったりしないだろうか。

 

 

 

結論から言えば、

 

人のことを表現する際に、「使える」とか「使えない」などの言葉を

平気で発する人の人間性を、僕は疑っている。

 

 

そして、正直なところ、

僕は、そのような言葉を使う人々を、人間として全く信用できない。

 

 

 

 

その理由を含め、

そのような言葉を使って

あなたを攻撃してくる人々の対処法などを話していきたいと思う。

 

 

 

 

では、人を「使える」「使えない」と言う人のことが、

なぜ信用出来ないのか。

 

 

その理由は、大きく分けて2つある。

 

 

まず、第一に「人間は物ではない」からだ。

 

 

 

実はというと、僕自身こだわりが強く、

人ではなく、目標や理想を第一に考えてしまうと、

下手するとサディストというか、

ちょっと独裁者になりやすくなるタイプなのである。

 

 

まぁ自己弁護をするとすれば、

過去に自分自身がそのような雑な仕打ちを受けたから

人に対してもどう接したら良いかわからず、

その行為をなんとも思わなかったということもあるだろう。

 

 

しかし実際に自分がしたことで反感を買われたケースもあったり

誰かを傷つけたり不快な思いをさせてしまったり…

 

とにかく何かが爆発すると自己中心的にものを考えるようになるため、

今考えれば、過去に関わったたくさんの人に対して、

非常に申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

でも、その自分自身の弱さも含め、

たくさんのことを学ぶことができた。

 

 

 

誰かを動かしたいと思ったときや、

相手の言動に対して要望があるときは

自分の意のままに動いてくれるとは思わないことだ。

 

 

それを踏まえた上で、

相手に敬意を払って、「お願い」や「提案」をする…

それが一番大切なことなのだ。

 

 

もちろん相手の事情によっては、

今すぐにはできないこともあるだろうから、

その際は

 

「できたらで良いから」

「あなたのタイミングで大丈夫だよ」

「お手すきの際にお願いします」

 

などと、相手を配慮する言葉を

一言かけることもポイントだ。

 

 

というのも、

人は本来、命令されて動くものではないし、

他の誰にも支配できない存在である。

 

 

それと同時に、

理屈ではなく、気持ちや感情で動く生き物だからである。

 

 

 

誰だって、挨拶がきちんと出来る人や周囲の人への配慮を忘れない人、

自分の話や事情を理解してくれる人に対しては親切にしたいし、

そんな人からお願いごとがあるなら、聞いてあげたいと思うだろう。

また、もし相手の話に熱意を感じたのなら、協力したいと思うだろう。

 

 

以前の僕というと、

わりと合理的なタイプである上に人との接触を極力避ける性格なので

お店での店員さんとのやり取りだったり、

人に物事を頼む際だったり、

どうしても無愛想になりがちだったのである。

 

なんとなく恥ずかしいって気持ちもあったしね。

 

 

さらに、相手に頼み事や指摘をすること自体を申し訳ないと思っていたし、

それで迷惑がられたら嫌だなと思っていて、できるだけ避けていたし、

自分でできることはできるだけ自分でやってしまっていた。

 

 

しかし、「自分自身は人の気持を動かせる人間なのか?」と考えるようになって、

とりあえずはお願いしたり、交渉したりすることが大切だと思うようになったのだ。

それでダメならやり方を変えれば良い、

自分の思いがより伝わりやすくなるように、自分自身をもっと磨いて

魅力的な人になれば良いからだ。

いわゆる、「背中を見せる」ということだね。

 

 

そのためには、普段の自分自身の振る舞いも大切だと思っているのだ。

人って意外と他人のことをちゃんと見ているからね。

 

 

 

 

そう考えると、もしかしたら、

人のことを「使える」「使えない」と表現する人は

 

 

命令口調だったり、自己中心的な頼み方だったりなど、

その人自身の物の言い方や頼み方が悪い可能性がある。

 

もしくは

 

相手を正しく理解しようとしていない可能性がある。

 

 

さらには

 

自分自身の問題を直視しようとせず、

全てを人のせいにして、

自分の成長を止めている可能性もあるのだ。

 

 

もし「仕事ができない」など相手自身の能力不足だったとしても

伝え方に問題があるのかもしれないし、

そもそも配置ミスだったり、システムだったり別の原因も考えられるからだ。

 

 

それを自分自身や組織の改善点だと思わず、

相手の能力などを含めて人のせいにして、

「言われたことができない、使えないダメなやつ」

などと、人をモノ扱いしているのだと思われる。

 

 

 

 

というか、なぜ人のせいにするのか?

 

 

自分の改善点を考えるよりも、

人のせいにするのって、すごく楽だからである。

 

 

そりゃそうだ。

 

 

自分の悪い面に目を向けるのは

誰だって辛いからね。

 

 

一方で

人を攻撃するのはすごく楽だし〜

っつーか、チョー気持ちいい。

 

…ことだろう。

 

 

それで、人のことを「使える」「使えない」など、

人格を疑うような言葉として表れるのである。

 

 

 

「人は皆自分の思う通りに動いてくれる」

「思い通りに動かない奴は無能だ」

 

 

このように、人を従順な奴隷や道具みたいに思っている人のことを

誰が人として信用するだろうか?

 

 

 

そういうわけで、

僕は全くそんな人を「信用できない」のだ。

 

 

 

 

 

第二の理由としては、「人の世界観や考え方は言葉に表れる」からだ。

 

あなたも表面的に親切だったり、フレンドリーだったりする人を

ついつい「良い人そう」って思ってしまう

 

…なんてことはないだろうか。

 

 

まぁそれで実際「良い人」だったら良いのだろうけど、

よくよくその人の発する言葉に耳を傾けてみよう。

 

 

人のことを「使う」「使わない」などと言ったり

 

「使える」「使えない」などと言ったり

 

 

人を物としか見ていない…

人をどこか見下している…

 

 

そういった「なんか嫌〜な雰囲気」を

言葉の端々に感じないだろうか?

 

 

たとえ「なんとなく」でも

そのような直感はとても大切なのである。

 

 

 

というのも、最近僕はとある書籍を読んでいて、

その中に、「人や物事を判断する際の基準」として

非常に大きなヒントが書かれていたのだ。

 

 

 

 

その書籍とは、

「運のいい人の法則」リチャード・ワイズマン博士 (著), 矢羽野 薫 (翻訳)

である。

 

 

 

こちらの本には「運が良い人」のことを

スピリチュアル的なものではなく、科学的な研究とともに分析されている。

 

 

 

僕も現時点でまだ全てを読み終えたわけではないのだが、

その中で強く共感した部分がある。

 

 

 

それは…

 

「運が良い人」とは、「自分の直感を信じている人」なのだ。

 

 

そして、これはきっと誰にも当てはまる法則だ。

 

 

書籍の中にもいくつか参考となる事例が紹介されているが、

僕自身も同様に、自分の直感に従ったことで幸運を感じた出来事、

もしくは後悔した出来事があったからだ。

 

 

人と接している上で、その人の自分に対するふとした態度や表情、

その人が誰かのことを批判する際の言葉などに違和感を感じ、

「もっと早くその人(団体)と離れていたら良かった」

と思ったケースも過去に多々あった。

 

 

直感も大事だけど、

その人自身に表れる「言葉の世界観」で、

それは明らかだったんだよ。

 

 

それは、自分自身の経験や感覚に基づいて

嫌な出来事や人間に対して

「なんとなく」でも拒絶を覚えているからだと思われる。

 

 

その人に対する他人からの評価なんて、一切関係ない。

 

信じられるのは自分だけなのだ。

 

 

 

あなただってきっと同じで、

誰がなんと言おうと、「あなた自身が感じた違和感」は

きっと間違っていないはずだ。

 

 

 

だから、もしあなたが他人の言葉や判断ではなく、

あなた自身の直感を一番に信じることができれば、

他人の世界観を、あなたなりの基準で判断することが出来る。

 

 

そうすることで、人を「使える」「使えない」と言うような、

人のことをモノ扱いする人だけでなく、

接していて違和感がある人から、すぐに離れることができるだろう。

 

 

 

もし人を見誤って、あなた自身が傷つくことがあったら、

それはそれで「自分を知ることができる良いきっかけだった」と思えば良い。

 

 

その辛い経験を教訓にして、

「こういう人とは深い仲にはならない」

というマイルールを決めることもできるのだ。

 

 

そのルールの中に、

人のことを「使える」「使えない」と言う人だけではなく、

あなた自身が過去の経験で得られた、

「こういう言葉を使う人は要注意」とノートにリストで書いておき、

人間関係で困った時など、いつでも確認できるようにしておくのも良いかもね。

 

 

 

 

上の画像は実際に僕が「嫌いなタイプの人間の特徴(個人名ではない)」や

「自分が言われて嫌なこと」や

「自分がされて嫌なこと」を記したリストの一部である。

 

 

さらに、このリストはGoogle Driveに保存しているので、

いつでも追加や修正、更新ができるのだ。

 

あなたがもしこれを真似る場合は、

デジタルでも良いし、もちろん手書きのノートでも構わない。

 

「要注意人物のリスト」を作っておくことで、

あなたの世界観が、より確立されてくるだろう。

 

 

その世界観に共感してくれる人は恐らく

「あなたと価値観・世界観が似ている人」であり、

あなたが大切にするべき人達である。

 

 

あなたが親切な人や好きな人を寄せ付けるためにも、

「嫌いな人なんていない!」と自分に嘘を付くこと無く、

「嫌いなタイプの人間の特徴を書いたリスト」はぜひ作ってみてほしい。

 

 

 

 

 

 

いかがだったろうか。

 

 

ざっくりまとめると、

 

人のことを「使える」「使えない」という人は

人をモノや奴隷みたいに思っている可能性が非常に高く、

それゆえにトラブルや問題をすぐ人のせいにするため、

成長できない可能性がある。

 

そんな人と一緒にいると、

一方的な考え方を押し付けられて、あなた自身も成長できなくなる可能性がある。

 

 

また、あなた自身も「お前は使えない」などと言われ、

自尊心を傷つけられて、辛い思いをする可能性があるだろう。

 

 

…まぁ、とはいっても「可能性」

つまり一つの考え方だから、

必ずしも全ての人が当てはまるわけじゃないけどね。

 

 

ただ、その言葉を耳にしたところで、

決して気持ちが良いものではないだろう。

 

 

また、こういう「使える・使えない」という言葉を言う人が

あなたの近くにいたときの対処法としては、

以下のようなことが挙げられる。

 

 

・相手から「あなたをモノ扱いする」

「あなたを雑に扱ってくる」気配が感じられたら、

できるだけ早くその人から離れる。

 

・あなた自身の直感を、他の誰の意見よりも再優先して信じる。

 

・あなた自身が嫌だと思う他人の言葉や

あなたが関わりたくないと思う人間の特徴などを、

リスト化してノートに書いておき、

「おや?」と思ったことがあったときに、すぐに確認できるようにしておく。

 

 

リスト化するのは個人的にすごくおすすめだ。

 

 

というのも、僕もご縁があって自分自身を見つめ直す機会があり、

自分自身にとっての「嫌なこと」を、

かなり詳しくリスト化することができた。

 

 

そのため、今は人の顔色よりも、

「自分の直感」や「自分ルール」を優先できるようになったのだ。

 

 

自分自身を正しく分析して

「自分ルール」や「リスト化」を詳しく書くにはどうしたら良いのか…

 

その話はまた後日書くとするとして、

 

 

人間関係においてちょっとでも違和感を感じたら、

「あなた自身の心の声を聞くチャンス」だと思って

 

「自分が言われて、

嫌な気持ちになる言葉は何なのか?」

 

「自分がされて嫌なことは何なのか?」

 

 

ぜひ考えてみてほしい。

 

 

 

さて、最後になるが…

 

 

もしあなたが、誰かから怒られたなどの理由で

「自分は『使えない人間かもしれない…』」

と不安になっていても、

 

 

それは全く意味がないことだから、今すぐ止めることをおすすめする。

 

 

というのも、

 

あなたが「他人から見て、使えるかどうか(支配できるか)」ではなく、

あなたが「あなた自身を使えるか(コントロールできるか)」という問題のほうが、

あなた自身の人生を生きる上で、よっぽど大事だからである。

 

 

他人に尽くしすぎて、結果、他人にコントロールされてしまい、

損をした気分になることはあるかもしれない。

 

 

しかし、あなた自身が自分自身をコントロールすることは

誰にも迷惑をかけないから全く問題ないし、

むしろ、あなた自身がより生きやすくなるかもしれない。

 

 

「自分自身を磨きたい!」と思ったときに、

自分自身の感情なり日々の習慣なり何かを訓練するなり練習するなり…

などなど自己コントロールしていけば

あなたの思い描いている目標や、理想の自分自身を形にしていけることだろう。

 

 

たとえすぐには実現しなくても、

できることをコツコツといけば、

いつかはきっとその努力が実を結ぶはずだ。

 

 

僕はそう思って、日々やるべきことをやっているし、

日々のちょっとした習慣も、途中で投げ出すことがないように、

大事なことをコツコツと、これからも続けていけたら良いな、と思う。

 

 

 

というわけで、ちょっと関係ない話になったけど、

 

あなたが、人を「使う」「使えない」と言う人間の話に耳を傾ける必要は全くないし、

あなた自身がそのような人間になってしまっては、

あなた自身の信用を自ら落とすことになるだろう。

 

 

もし、そのような言葉をあなたに投げかける人間がいたとしても

そんな人の言葉を真に受けることはない。

 

 

なぜなら、そのような暴言を吐くのは、

その人が全く自己コントロールができていない証拠だからだ。

 

 

あなたがもしそんな言葉を言われたら、

その人に対して

 

「自分自身でさえ『使えない(コントロールできない)』奴が、

人を『使える(コントロールできる)』わけないよね〜。」

 

とでも思っておけば良いだろう。

 

 

 

 

 

一方で、あなたがすべきことは…

 

一般的な判断基準や常識などではなく、

相手の話にも自分の心にも真摯に耳を傾けて

自分の人生を思いのままに楽しく生きられる!

 

 

そんな人間を目指していきましょう。