悪口を言えば言うほど惨めになる理由

妖怪・性別知ラズ

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)見参!!

 

 

今回は

「悪口を言えば言うほど、惨めになる理由」

について考えていきたい。

 

 

 

 

僕はひっじょーーーーーーーーに寛大な性格なので

これまでに誰かの悪口を言ったことがない。

 

 

 

 

…といえば、もちろん嘘になると思うが(←オイ)、

なるべくなら悪口を言わないように意識はしている。

 

 

 

あなたがもし、どうしても人の悪口を言いたくなったら、

冗談交じりの皮肉やブラックジョークなら

笑いを生み出して生産活動にもなるので、良いと思う。

 

そこから新たな発見もあるかもしれないしね。

 

 

 

あと、誰かに対する悪口や批判により

あなた自身が学べることがあるのなら、

その経験から得た学びの内容をハッキリさせることで、

あなた自身が成長することもあるかもしれないよね。

 

 

 

それに対して、

誰かをただ罵るだけの会話、

文句や悪口だけを延々と言っている状態というのは

ハッキリ言って「悪」でしかない。

 

 

なぜなら、悪口というのは、

内容自体がネガティブなのはもちろんのこと、

視野が狭く一方的な見解により発せられていることが多いからだ。

 

 

いわば思考停止の状態なのだ。

 

 

思考停止からは何も生み出されない。

 

 

 

また、悪口を言うことのデメリットは、それだけではない。

 

 

「悪口を言うこと」があなた自身にとって毒なのは、

意識・無意識にかかわらず、

あなた自身の「とある感情」を無視している、

もしくは心の奥底に追いやってしているからである。

 

 

 

大抵、悪口というのは、

人の嫌な面が目についたり、

あなた自身が不快な思いをしたりした時に

発せられるものである。

 

 

その発言には当然、様々な形とはいえ、

「怒り」が伴うものだ。

 

 

これら全ての「怒り」の本質として

その「とある感情」が共通している。

 

 

 

それは、「嫉妬」である。

 

 

 

つまり、あなた自身の「嫉妬心」から目を背けたまま、

人の悪口を言っているということだ。

 

 

「嫉妬心」に向き合わないということは、

「あなた自身の本心と向き合わない」ということだ。

 

 

 

 

上の図のように、

悪口を言うと、一時的には気分がスッキリするが、

あなたの心の奥底に渦巻いている嫉妬心は

消えないままだろう。

 

 

なぜなら、その嫉妬心の影に隠れた

あなたの本心の願いや要求が

解決されていないからである。

 

 

あなたの本心がわかるのはあなただけだ。

 

 

本心の叫びにあなた自身が気づかないと、

この「嫉妬心」があなたの感情をコントロールするメイン装置として

半永久的に悪さをし続けることだろう。

 

 

 

さて、ここで、

「なぜ人は他者に対して嫉妬心を抱いてしまうのか?」

を考えてみよう。

 

 

 

その理由はぶっちゃけ、その人が報われていないからである。

 

 

もしくは、「自分ばかりが負担を強いられている」などと

被害者意識に囚われているからである。

 

 

 

例えば、あなたが真面目に仕事しているのに、

サボってばかりの同僚がいて、

しかも待遇も給料もあなたより良かったら

それは確かに嫉妬するかもしれないね。

 

 

怒りを感じて当然だ。

 

 

しかし、そんな時こそ、学びのチャンスだと思うことが肝心だ。

 

 

相手のことも、あなた自身も責めてしまうことなく、

「誰かと比べてしまっているあなた自身」に、いち早く気づこう。

 

 

もしかしたらその怒りや嫉妬心の中に隠れている、

あなたの無意識の本音は、こう言っているかもしれない。

 

 

「あの人は私よりも能力があって羨ましい」

「沢山お金もらえて良いなー」

「この会社こんな体制でよく社会で立ち回れているよね」

「俺だって運が良ければ、もっと認めてもらえるはずなのに」

 

…といった具合にだ。

 

↑俺もこんなこと言ってみてぇわ。

 

 

これらの本音に気づくことなく、

怒りがあなた自身を支配してきたら、

その怒りを相手や誰かにぶつけるのではなく、

 

 

一度冷静になって、あなた自身の本心に耳を傾けることが

重要ではないだろうか。

 

 

 

 

一方、人によっては「嫉妬」ではなく、

悪口の対象となる人の存在や発言が地雷となる場合、

その人がいるだけでストレスを抱えてしまうこともあるだろう。

 

 

その場合は、「悪口の対象となる人」の嫌な部分を

あなた自身に投影しているだけである。

 

 

相手に対して嫌悪感を覚えている部分が、

あなた自身の中にもあるから、悪口を言うのである。

 

 

例えば、

ランチをどれにするか決められなくて迷っているAさんを見て

Bさんが「早くしろよ!」とイライラしてしまう。

 

 

それでBさんが「あいつのウジウジしている部分が嫌」って

誰かにAさんの悪口を言うかもしれない。

 

 

ここで、Bさんが怒りを感じた原因は、

Bさんが「せっかちでイライラしやすい性質だから」とは限らない。

 

 

もしかしたら、Bさんが元々優柔不断な人である可能性も高く、

Aさんの嫌な部分を自分自身の中に見出している場合もあるのだ。

 

↑…………えっと…ソーキもてびちも豚肉なのだが…

 

 

その「嫌な部分」は過去の自分なのか、

現在の自分なのかはわからないけれど。

 

 

どちらにせよ、この出来事を客観的に見た時に、

「BさんがBさん自身を受け入れていない。」

と判断することも可能である。

 

 

自分自身を正しく愛せていないってことだね。

 

 

「他人は自分自身を写す鏡」だというが、まさにそれである。

 

 

自覚しているか否かに関わらず

あなた自身が抑圧させているあなた自身の嫌な部分を

相手の言動の中に見出しているということだ。

 

 

その事実を棚に上げて、

Bさん自身が自分の中にある「嫌な部分」を直視しないようにして、

「Aさんのこういうところが嫌」と

クレームをつけているだけであり、

根本的な原因を解決していないのである。

 

 

 

 

そのため、あなたが相手に対して嫌悪感を覚えたら、

悪口を言う前にまずはすべきことがある。

 

 

 

それは、

あるがままのあなた自身を受け入れること。

 

 

相手の全てを許せるようになれるには

まず、あなた自身の中にいる、

「あなた自身の小さな子供」を

優しく抱きしめてあげよう。

 

 

「自分には悪いところがある!」

「ここはダメ!」

「ここは直さなければいけない!」

 

…などと潔癖になる必要なんて全く無い。

 

 

自分にも他人にもダメ出しばかりしていたら

自分自身が辛くなるだけだ。

 

 

誰かの悪口を言うということは

あなたの中にいる「小さな子供」を傷つけているのと同じなのだ。

 

 

子供が求めているのは、海よりも深い愛情と、受容だ。

 

 

彼らのSOSにちょっとでも気づいたら、

人の悪口を言ってる場合じゃないよね。

 

 

彼ら…つまり「あなたの中にいる子供」を救うのが先だ。

 

 

 

 

 

最後にまとめると…

 

・言っても仕方がないだけの愚痴や悪口は、出来るだけ言わない。

 

・もしどうしても言いたくなったら、言う相手は厳選しよう。

 

・批判だけで終わらせず、何か学びを得るような形で考えていく。

 

・ネタとして冗談交じりに話すか、

 ブラックジョークで笑い飛ばすのは有効な方法。

 

・悪口を言うメカニズムは、「相手の嫌な部分≒自分の嫌な部分」を見出し、

 相手への嫌悪感を覚えている状態。

 さらに、相手を嫉妬心が湧き上がっている状態。

 

・嫉妬心が湧き上がったら、あなた自身の心が発している「本音」に気づこう。

 

・相手の言動に怒りを感じたら、

 「私は自分自身を愛せているだろうか?」と考えてみよう。

 

・自分自身にダメ出ししなくなれば、他人にもダメ出しをしなくなり、

 あなた自身が楽になる。

 

・どうしても耐えられない相手ならば、距離を置くなどの対策を考えるか、

 誰かに相談すること。

 

 

あなたも誰かに怒りを感じて悪口を言いそうになったら、

言葉の裏にある「あなた自身の本心」を探ってみよう。

 

過去の出来事でトラウマの原因となるものがあるのなら、

そこからヒントを得てみるのも良いだろう。

 

 

もしかしたら、その怒りは相手の問題じゃなくて

実はあなた自身に対してなのかもしれないし、

 

「本当はこんなルールに従いたくないんだ!」

 

「私はなんでこんな不遇を強いられているんだ!」

 

…などという、社会の仕組みそのものに対してかもしれないしね。

 

 

 

とはいえ、我慢は禁物。

 

 

あなた自身が気持ちを整理したり、

考えていることをまとめたりする目的ならば、

誰かに愚痴を聞いてもらうことは決して悪いことではない。

 

 

信頼できる友人に話をするか、

友人がいないのであれば、

全く無関係の第三者に相談するのも良いかと思う。

 

 

誰かの愚痴や悪口ではないけれど、

実際僕も自分自身の「性別違和」に苦しんでいた時は

「全く無関係の第三者」に相談したからね。

 

 

知らない人の方が自分のことを話しやすいので、

その点ではとてもおすすめ。

 

 

 

重要なのは、自分一人で何もかも抱え込みすぎず、

誰かへの怒りで、自分自身を傷つけないこと。

 

 

たとえ世間から悪口や批判の嵐を受けて大災害状態になったとしても、

「あなたの中にいる小さな子ども」は

何としても守り抜きましょう。

 

 

他にも、「悪口」や「他者からの非難」をテーマにした記事を

過去にはいくつか書いているので

もし良ければ参考にしてみてね。

 

 

全てのトラブルは「自分自身の問題」だけに注目しよう

こんにちは!

みんなの天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ!

…でも、現実的には誰のものでもないよ!

 

 

 

…………………さて、

今回は

全てのトラブルは「自分自身の問題」だけに注目しよう

ということで、持論を語っていきたい。

 

 

 

人間関係にはトラブルは付きものである。

 

 

 

異なる価値観の人間と関わっている以上、

これまでにトラブルが0だった!なんて人は

ほとんどいないと思われる。

 

 

いたとしたらどんだけモーゼなんだその人は。

 

 

 

↑自分が歩けばトラブルが避ける…なんて夢のような話だ

 

 

 

ところで、大抵の場合、

トラブルの後って個人の性格によって

問題への対処の仕方が変わると思う。

 

 

他罰的な人ほど相手のことを恨みに思って

自分は悪くない、相手が悪いと責任逃れをしようとするし、

 

逆に、自罰的な人ほど自分のしたことを後悔したり、

自分のことを責めてしまったり、

必要以上に相手に申し訳なく思ったりしてしまうことだろう。

 

 

 

ここで気をつけたいのが

「責める」ことと、「反省すること」は違うのだ。

 

 

自分を責めるにしろ、相手を責めるにしろ、

過去の出来事を延々と頭の中で繰り返しただけでは

反省したことにはならない。

 

 

 

だから、あなたがもし自罰的な人で

「なんであんなことをしてしまったんだろう…」

「自分にも悪いところはあるから…」

というように、自らを責めるような形で過去を悔やんでも

実はあまり意味がないのだ。

 

 

必要以上に気に病んでしまっても、

問題にきちんと向き合ったことにはならないし、

自分のことを客観視できるようにはならないし、

相手が行動を改めてくれるわけでもない。

 

 

嫌なことを忘れるのって難しいことだけど、

考えるだけ損なんだよね。

 

 

そこには「嫌なことがあった」という苦い思い出だけでなく、

「自分を理解してもらえない悲しさ」

「相手に恥をかかせられた悔しさ」

などの感情的な問題も混ざっているからだと思う。

 

 

まずは、例え自分が引き起こしてしまった問題と言えど、

「トラブルはトラブル、つまり一種の現象であり、

 私の人間性を完全に否定するものではない。」

と割り切ること。

 

 

その上で、自分で引き起こしてしまったことは

全て自己責任だと思うことだ。

 

 

その上で、

 

「これはここが悪かったね。では次はこうしようか。

 はい、終了。」

 

というように、反省点だけを明らかにさせて、

出来るだけ引きずらないことも大切だ。

 

 

僕も引きずりやすい性格なので

トラブルに対してのメンタル処理はかなり苦労するのだが、

 

結局のところ、「いつまでも引きずらないこと」が、

自分に対して一番優しい生き方なのだとわかったのだ。

 

 

それがなかなかできないので、

難しいと感じている部分もあるのだけど。

 

 

しかし、その過程で見つけた

「自分自身に降り掛かった全ての出来事に対する考え方」がある。

 

 

例えば、もしあなたがトラブルに見舞われてしまったり、

相手に悪気なく迷惑をかけてしまったりしたとする。

 

 

それはほとんどの場合、あなただけでなく、

相手にも何かしら問題がある場合だってあるのだ。

 

 

 

大概の物事は、両者が悪いのだ。

 

 

 

相手自身の行動も、あなた自身の行動も

それぞれが自分自身で問題を引き起こしたのならば、

相手もあなたも自己責任なのである。

 

 

 

例えば、職場の伝達ミスなどの認識違いによるトラブルが起きたとして、

これは一見すると、同じ問題を両者で共有しているように見えるのだが、

 

 

実は、両者が別々にトラブルを起こしたと考えることも出来る。

 

↑それぞれの問題が「同じ問題」として共有され、トラブルになる。

 

 

つまり、物事に対する両者の価値観・考え方の食い違いや、

コミュニケーションのミスによる思い違いの結果、

同じ出来事を共有する形でトラブルが起きたのである。

 

 

 

無理やりな具体例を示すと、

Aが自分のまんじゅうを会社の冷蔵庫に入れていたところ、

Bが食べてしまったとする。

 

 

それに気づいたAが

「俺のまんじゅうが食べられた!マジでコ○ス」と騒ぎ立てる。

それに対してBが「会社に私物置くなよプンスコ!」と反論する。

 

 

↑殺意剥き出しなA(右)、

責任感の欠片もなさそうなのがB(左)。

 

 

しかし、実際にこの問題の本質を考えると、

たまたま会社という同じ空間の場で起きただけのことであって、

 

Aはまた別の場所で別の人と、

 

↑まんじゅう一つで宇宙戦争の始まり?

 

 

Bもまた別の場所で別の人と、

 

↑さっさと謝っちまえよ。

 

 

それぞれ別々で起こしていた可能性のあるトラブルとも考えられる。

 

 

 

つまり、

「誰も他人の物には手を出さないだろうと、何も対策をしなかったA」と、

「誰かに確認することもなく、人のものを勝手に食べてしまうB」、

それぞれに問題があるわけである。

 

 

それぞれがお互いの改善点を見出さない限り、

それぞれがまた似たようなトラブルを、

どこかで起こす可能性があるだろう。

 

 

そうならないようにするためには、

AもBも各自がそれぞれの問題に対して、

「自分のこういう部分が問題だった」と客観視して、

「自分の改善点だけ」に焦点を当てて考えるのが

最も誰も傷つかない、平和な解決方法なんだよね。

 

 

ついつい「あいつが勝手にまんじゅう食うのが悪い。」だとか

「なんで自分のものに名前書いておかないんだよ。」だとか

人のせいにしたくもなるかもしれないが、

本来ならば、人のことはどうでも良いのである。

 

 

他人の問題は、その人が解決すべき問題なのだから、

自分がどうこう思うだけでは意味がない。

 

 

入ったことのない赤の他人の家の間取りを勝手に妄想して

 

「あの家、トイレが1つしかないから不便なんだよ!!!!

朝、お父さんがトイレで新聞読みだしたら漏れてしまうじゃないか!!!!」

 

などと勝手に怒っているようなものである。

 

 

↑トイレ掃除が大変だからトイレは1つで良いよ…(聞いてない)

 

 

 

自分がその家に住むわけではない、

つまり、誰も他人の人生をコントロールできるわけではないのにも関わらず、

人は他人のことをあれこれ批判的に考えてしまうのである。

 

 

 

考えたことを意見として相手に提案するのは良いけれど、

自分の頭の中で考えているだけでは時間と労力の無駄である。

 

 

 

 

というわけで、実際のトラブルが起きた時に一番重要なのは、

「自分はこういう傾向があるから気をつけよう」

と、自分自身の行動の反省点を冷静に分析しつつ

相手の行動の問題は相手が解決すべき問題として捉えて、

両者の問題をいかにして折り合いをつけて

再発を防止していくかを考えることである。

 

 

そして、ストレスのない人間関係は

相手の嫌なこと、してほしいことなどの妥協できる点を見つけながら

自分自身を納得させて

「相手はこういう人だからこのように対応していこう」

といった感じで、出来るだけ自分なりにストレスを軽減させながら

付き合う人を決めていくことだ。

 

 

他人には一切期待しないし、基本的には受け入れて諦める。

その代り、自分も受け入れてもらい、諦めてもらう。

 

 

それがストレスのないトラブル解決法と

お互いに歩み寄る人間関係の築き方である。

 

 

↑仲良く喧嘩しな。

 

 

一方で、

どうにも歩み寄る気にならない相手、

ストレスを感じる相手と判断したら、

離れるなり、環境を変えるなり

自由にしてよいかと思う。

 

 

ぶっちゃけ僕も、一方的にクレーム付けてきたり

人のせいにしてきたりする人とは

見限って離れることにしているから。

 

そしたら、人間関係がすごく楽になった。

 

 

基本的に、自分の問題は自分自身の課題として

責任持って対応していく。

 

 

それだけでOK。

 

 

ただ、例えあなたに苦手なことや問題点があったとしても、

それを上回るだけの魅力があれば大丈夫。

 

 

他の人があなたの苦手な部分をカバーしてくれるからね。

 

 

基本的にあなたは今のままで良い。

 

 

ただ、誰でも「もうこんな出来事はこりごりだ!」と思うことはあるはず。

 

 

嫌な出来事に再び遭遇しないためにも、

そしてあなたの人生がもっと良くなるようにするためにも、

自分にとって「どうしても嫌だ」と思うところだけを気をつけるようにして、

 

 

「自分がより良く人生を生きるようになるためにはどうすれば良いか」

「自分がより魅力的な人物になるにはどうすれば良いか」

だけを考えていけば良いと思うよ。

 

 

 

最後にまとめると…

 

・トラブルは両者の問題点がたまたま重なって引き起こされたことである。

 

・大抵のトラブルはどちらも悪い。

 

・自分の問題は自分の課題として考える。

 相手の問題は相手の課題なので、必要以上に考えない。

 

・人のせいにしたり、自分を責めたりしない。

 

・自分の非を素直に認めるには、

 「トラブル」と「自分の人間性」は切り離して考えること。

 

・相手の問題を勝手に想像して、あれこれ考えるのは時間と労力の無駄。

 

・穏便なトラブル解決方法は「両者が自分の非を認めて、謝ること。」

 どちらかが片方のせいにすると、わだかまりが残る。

 

・トラブルを通して相手を受け入れられないと判断したら、

 その人との関係を考え直す(離れる、環境を変える)のも一つの手。

 

・基本的にあなたは今のままで良い。

 改善点があるとすれば、「自分がより魅力的になれるか」

 「自分が生きやすくなるか」という基準でOK。

 

 

もしあなたが他人とのトラブルなどの

嫌な出来事を起こしてしまったら

今回紹介した方法を思い出してもらえると嬉しい。

 

 

例え今までどおり人のせいにしたり、

自分のせいにしたりしてしまっても

「問題点だけ」を意識するだけで、

少しだけ気持ちが楽になるはずだ。

 

 

あなた自身が成長するきっかけにもなるはず。

 

何はともあれ、

どんなトラブルが起きても、あまり深刻に受け止めすぎないこと。

 

 

ちょっとでも気が楽になれるように

「トラブルが起きたら、むしろラッキー!」

くらいに思うのも良いだろう。

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

皆のもの御機嫌よう!

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でござる。

気軽に「コリュ」って呼んでちょ。

(↑最近キャラが迷子)

 

 

さて、今日は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話したいと思う。

 

 

誕生日って何かと嬉しいよね。

僕も先日、誕生月ということで映画館のタダ券をもらった。

 

 

 

そのタダ券を使って「ダーウィンが来た!」を見に行ってきた。

 

 

 

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この映画はNHKのTV番組が映画化されたみたいだけど、

正直、この番組自体は全然知らない(笑)。

僕の家、テレビないから。

 

 

↑番組のHP。面白そうではあるけどね。

 

 

でも、プラネットアースというDVDは大好きでよく観てたから

動物や自然現象の映像に関しては

「NHKはとにかくすごい」

という印象があった。

 

 

だから自然と「ダーウィンが来た!」も観たいと思ったんだよね。

 

 


↑こちらは「プラネットアース」。

様々なエリアに住むありとあらゆる動物たちの生態が映し出されている。

自然の残酷さや気持ち悪さもありのままに映し出されている一方、

動物たちの癒やされる、楽しめる映像も満載。

 

 

 

 

 

さて、映画の内容は動物のドキュメンタリーということもあり

残酷な運命を受け入れながらも

仲間と共に生きる動物たちの強さ、優しさが映し出されていた。

 

 

メインとなる動物の物語3つの途中で

箸休め的に珍獣の紹介もされていたんだけど

これがまた面白かった。

 

 

その中の珍獣として「ハネジネズミ」が出てきたのだが………

 

 

 

こいつのなんて可愛いこと!!!!

 

 

 

 

 

 

 

そんなハネジネズミの生態はと言うと、

彼らは自分専用の道路を作っているのだ。

 

 

道路をせっせと作るのには意味があって

天敵から自分を守るためだそうだ。

 

 

いざ天敵と出くわした時にはこの道路を通って

敵から逃れるというわけだ。

 

 

 

 

 

こんなちっちゃな動物が道を作れるなんて

しかもその道の整備すらも欠かさず行ってるなんて

 

 

「すげえええええええ」

って思ったよね。

 

 

でも、人間の生き方だって、

このハネジネズミに学べるところはたくさんあると思うんだ。

 

 

例えばあなたももしかしたら

「なんだか嫌な人に振り回される」とか

「嫌な上司にこき使われている」とか

「面倒な人が寄ってきやすい」とか

なんだか頑張っても報われないとか、

嫌なことが続いて悩んでいる方もいるかもしれない。

 

 

それはもしかしたら

「あなた自身が逃げるための道を作っていないから」

だと思うんだ。

 

 

 

 

まず、ハネジネズミにとって「最悪の出来事」とは

「天敵に食べられてしまうこと」である。

 

 

「天敵と出会った時」もそれはそれで嫌だと思うが

食べられていない(接触していない)ならまだマシだよね。

逃げ切ればよいだけだから。

 

 

その「逃げ切る」ための環境を

彼らは自ら整えておいているのだ。

 

 

この様子を観た時に「備えあれば憂いなし」だと思った。

 

 

 

つまり、自分自身の身に降りかかる全てのことって

自分自身が準備出来ているかによるんだよね。

 

 

 

そうなると、

 

「俺が今まで面倒な人を寄せ付けてきたのは、明らかに自己責任だ」

と思った。

 

 

 

つまり、「自分が逃げ切るための道を作っていない」というのは

自分が準備不足で環境を整えていない結果、

嫌な人や嫌な出来事を寄せ付けてしまうことなのである。

 

 

 

それは具体的にどういうことかというと、

相手の顔色を伺うばかりで自分を抑えつけてしまい、

「自分がされて嫌なこと」を相手に提示していない。

 

そのため、相手が自分に対して、

嫌なことをしてくるようになるのだ。

 

 

そうなると、

面倒くさい人間に都合よく扱われてしまい、

理不尽な思いをすることも多くなることだろう。

 

 

他にも、断るべきところを断れないとか

嫌なことを嫌と言えないとか

相手の気持ちを優先しすぎてしまうと

あなた自身が辛くなってくるだろう。

 

 

今の日本じゃ難しい部分もあるかもしれないが、

仮に大多数の人間からは「変な人」と思われたとしても

ありのままの自分を「面白い人」と好意的に捉えてくれる人

あなたを心から好いてくれる人達と付き合っていったほうが

あなたにとってのストレスも少ないのではと思う。

 

 

 

要するに、「自分に正直に生きようよ」ってことだ。

 

 

 

素直に生きるためには

あなたが嫌な人を寄せ付けて嫌な思いをさせられない

「あなたが生きやすくなる道」を作り出すのも

大切なことじゃないかと思うんだよね。

 

 

まぁできれば「天敵」自体に会わないようにしたいものだけども。

 

 

せめて「あなたにとっての天敵」を避けるためにも

「あなたが嫌いなもの」

「あなたが嫌だと思う人」

「あなたが人にされると嫌なこと」

をハッキリさせておくのも有効だろう。

 

 

おすすめなのは、「自分の好き嫌いリスト」を作っておくこと。

 

 

 

↑まるで道を整備するかのように

自分自身の「好き嫌い」をしっかり分けておこう。

 

 

ExcelやGoogleのスプレッドシートでも良いし

Evernoteなら思いついた時に追加で書き込めるし

あなた自身が使いやすいツールを使いながら

自分と向き合う時間を意識的に作ってみるのも良いだろう。

 

 

僕も今「自分の好き嫌いリスト」を作っているので

こちら↓の自己紹介ページにも随時追加していく予定だ。

 

 

 

「自分の好きなこと、嫌いなことが今ひとつよくわからない」

そんな方でも日常生活の中に、

思い当たるヒントがたくさんあるはずだ。

 

 

嬉しいと思ったこと、イラッと来てしまったこと、

そういった出来事を経験した時に

 

 

「あ、自分はこうされるのが嬉しい(嫌)なのか。

 じゃあリストにしよう!」

 

 

という感じで「全てがネタ」だと思えば、

好き嫌いリストも充実することだし、

あなた自身を知る材料にもなるはずだ。

 

 

あなた自身が生きやすい環境を作るためにも

「自分自身の好き嫌いを知る」ことは一番大切なんだよね。

 

 

 

 

というわけで今回は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話した。

 

 

ハネジネズミが自分専用の道路を作るように

あなたが自分らしく楽に生きられる方法の一つとして

あなた自身の好き嫌いリストを作ってみてはいかがだろうか。

 

 

毎日毎日、一つ一つの出来事の積み重ね。

 

 

例え小さな力でも、いつかは大きな花が開ける…

 

 

自分自身で作ったその道路が、

いざという時に役に立つときが来るかもしれない…

 

 

自分を信じて、出来る限りのことをしていきましょう。

 

 

 

ちなみにハネジネズミに関しては

こちらの動画↓で詳しく説明されている。

 

動物の世界って奥が深い…。

 

 

俺も性別の分類が迷子だけど

この子もまた分類迷子だったんだな…。

 

 

 

苦労したんだね…。

 

 

 

ハグしてあげよう。

 

 

 

【コリュは 妙な仲間意識が 芽生えた!】

(※だがしかし嫌われてしまった)

 

 

 

ではまたご機嫌麗しゅう〜(泣)。

全ての「出会い」と「別れ」があなたに教えてくれるもの

明日の天気は晴れ?雨?

私の性は男?女?

 

妖怪「性別知らず」天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございまする。

(↑気軽に「コリュ」と呼んでね。)

 

 

今回のテーマは

「全ての”出会い”と”別れ”があなたに教えてくれるもの」ということで

全ての出会いも別れも自然に受け入れて

「怖いものなし!」の人間になるための考え方を伝えようと思う。

 

 

 

 

平成31年4月…

 

 

 

新元号「令和」が発表され、

平成もあと残りわずかとなった。

 

 

 

僕は「自分自身の性別も自分のことも

なんだかよくわからない妖怪」として生まれ

早30年ちょっとが過ぎた。

 

 

そして来週、また一つ年を取ろうとしている。

 

 

 

3月とはシーズン的に主に別れが多い季節と思うが、

この4月という時期は新年度が始まるということで

様々な出会いが訪れることだろう。

 

 

当然、僕にだってこれまでに様々な出会いがあった。

そして、その分の別れがあった。

 

 

プラスもあれば当然、マイナスもあるわけだ。

 

 

出会えてなきゃ、別れだって存在しない。

 

 

ネットやSNS上でのメッセージのやり取りだって立派な「出会い」であるわけだし、

果たして「出会ってもいない人との別れがあった」という事実などあり得るのか?

 

 

「別れるはずのない人との別れ」が存在するなんて…

新作のホラー映画でも出来そうだよな。

 

 

 

 

…まぁそんなことはどうでも良い。

 

 

 

ところで、一概に「別れ」と言っても様々なケースがあるよね。

 

 

引っ越しや転職、転校など、相手が物理的に離れてしまう場合

なんとなく合わなくなって疎遠になる場合

喧嘩別れになる場合

死別の場合

…などなど。

 

 

パターンが違えど、

全ての別れに共通しているのは「寂しさ」や「悲しさ」「辛さ」などの

ネガティブな感情がしばしつきまとうことだ。

 

 

中には当然、苦手な人、嫌いな人など、

別れたことで「スッキリした」「楽になった」「セイセイする」などの

ポジティブな感情を実感する人もいるかも知れないが。

 

というか…ぶっちゃけ僕もたまーーーーーーーーに思う(笑)。

 

 

ただ、仮にその別れ自体があなたにとって気分の良いものだったとしても、

その別れが訪れるまでに

「怒り」や「悲しみ」、「苛立ち」などのネガティブな感情を

伴っていたかもしれないね。

 

 

そういう意味では

「”別れ”に至るまで、”全ての出会い”にネガティブな感情は付き物」だと言える。

 

 

 

ただ、例えあなたが、

訪れた別れを「寂しい」と思ったとしても

「良かった」と思ったとしても

向き合ってほしい事実がある。

 

 

それは…

 

「良くも悪くも、”その人の存在”があったからこそ”今のあなた”がある」

 

ということだ。

 

 

周囲の人に見守られている状況と言えど、

基本的に人間は一人で生まれ、

一人で死んでいく生き物である。

 

 

そして、世界中には人間はもちろん、

他の生物も含めると数多の生命が存在するということ。

 

 

そんな中、あなたが「一人の人間」として生まれ

出会った人々と「一人の人間」として出会えた事実というのは

あなたに与えられた貴重な恵み…いわば「宝物」なのである。

 

…というと、ちょっとスピリチュアルな考えになるわけだが、

実際に何でもかんでも「あいつは悪い奴」だと決めつけて

被害者意識に陥ってしまうことは、あなたにとって悪でしか無い。

 

 

というのは、

「誰が悪いか、悪くないか」というのは、

明らかな犯罪でないほとんどのケースの場合、虚しい議論でしかないからだ。

 

 

逆に、自分自身にも反省すべきことがあると認めた上で

 

「どうして別れが訪れてしまったのか」

「(もし可能であれば)どうしたらその別れを防げたのか」

「自分自身が面倒な人々を引き寄せないようにするにはどうしたら良いか」

「自分自身が楽になるためにどのように生きていけば良いのか…」

 

などと内省する方が、よほど今後のためにもなるわけである。

 

 

↓※ちなみにこちらはこれまで何かにつけて正義と悪を判断していた僕が

「自己責任」で生きようと決心した時の記事。

 

 

その人との出会いがあなたにとって良いことだとしても、

悪いことだとしても、

その分、別れに意味を見出すことが出来るのだ。

 

 

あなた自身が考えて出した結論に納得したら、

いつまでもくよくよ考えずに「次いこ、次!」という感じで、

新たに訪れる出会いを楽しみにすれば良いのではないだろうか。

 

 

つまり…

 

 

あなたが過去に出会ってきた人々というのは

あなたにとって良いものをもたらす人もいれば

悪いものをもたらす人もいたかもしれない。

 

 

いずれの場合も

「その人と出会ったことで、自分はその人から何を学んだのか?」

と考えることが大切だということだ。

 

 

ただただ別れる悲しさを嘆いたり

相手のことを恨みに思ったりするよりも

 

 

「その人との出会いから別れまで」という経験を通して

あなた自身が自分自身の成長にどう生かしていくのか…

 

 

それを考えることが当たり前のように出来るようになれば、

きっとどんな「出会い」も「別れ」も

自然と受け入れられるようになるし、

あなたの人生も好転していくことだろう。

 

 

 

…最後に、

「全ての”出会い”と”別れ”があなたに教えてくれるもの」

とは何かをまとめると…

 

 

全ての人との出会った喜びを味わい、

全ての人があなたにくれたメッセージを読み取り、

全ての出来事を学びや教訓として今後の人生に活かし

これまで出会ってきた人全てに「ありがとう」と感謝すること。

 

 

新学期が始まったり、

新入社員が入社してきたりと、

様々な出会いが訪れるこの季節。

 

 

 

 

新しく出会った人に対して

「この人から自分を何を学べるか?」と思いながら

恐らくいつかは訪れるであろう「別れ」も笑顔で受け入れられるように

 

 

どんな喜びも困難も楽しみながら

その人との貴重なかけがえのない時間を、

一緒に過ごしてみてはいかがだろうか。

「多数派」を利用して従わせようとしてくる輩への対処法

先日の記事で、

 

「〇〇さんがあなたの悪口言ってたよ。」

 

というような、「悪口を報告してくる人」の心理について説明した。

 

 

 

こちら↑の記事では主に

「”〇〇さん”があなたの悪口言ってたよ。」

と、「”個人”から聞いた悪口」について説明していたが、

 

今回は、”集団”を利用してあなたの悪口を言うケースに絞って

この言葉を放つ人の心理を考えていきたいと思う。

 

 

つまり

 

「皆があなたのこと悪く言ってるよ。」

「皆があなたのこういう部分を嫌って言ってたよ。」

「あちこちであなたの悪評を耳にするよ。」

 

などと言ってくる相手の対策について、考えていこうと思う。

 

 

ちなみに、これらの言葉と似たような批判については、

僕も言われたことがある。

 

 

その時は僕自身何も言い返せず、

ショックを受けつつも

なんとなーーーく違和感を感じただけだったが…

 

 

後でよくよく考えたらおかしな点も多かった。

 

 

というのは、他人の性格、性質をどう思うかなんて

もはや個人の価値観、好き嫌いの問題なのだから、

100人中100人が「悪い」「困っている」「不愉快」

などの批判めいたことを言うなんてあり得ないのである。

 

そのうち一人くらいは

「別に何とも思わない」と思っているかもしれないし、

 

「いやむしろ大好き!」

などの肯定的な意見を言ってくれるかもしれない。

 

 

もし、個人の性質などの一つの事象に対して、

「皆が同じ考えだ」と思いこんでいるなら、

それは価値観が狭いということだ。

 

 

つまり、「皆言ってるよ」という言葉というのは、

その言葉を発した人物の強い思い込みと自惚れ、

視野の狭さが露見されてしまうだけに過ぎないのだ。

 

 

実際その人、「皆」や「あちこち」という言葉を使用している割に、

具体的な名前を挙げてきたのはたった一人だったし(笑)

 

↑誰だよ

 

そもそも、その言葉を言ってきた人(僕の悪評を報告してきた人)の傾向として

 

「他人に言うことを聞かせるため、

自分自身の都合の良い状況に持っていくために

言葉巧みに話を盛ることがある

 

…ということを、僕は以前から薄々気づいていたのだ。

 

 

そのため、「彼が言っていることがハッタリだ」とわかったのだ。

 

 

 

しかし、こういった言葉は、

日本で生きている限り、あなたもきっと一度は言われていることだろう。

 

 

僕は、このような他者の意見を代弁したり、

「皆同じ考え」という極端な思考を耳にする度、

「これは日本の誤った学校教育によるものだ。」

と実感してしまう。

 

 

もちろん、日本人そのもの国民性もあるかもしれないが、

教育の弊害や問題についてはこちら↓でも考察しているので

ご参考いただければと思う。

 

 

 

例えば、日本中の学校でよく言われることとして、

 

「みんなちがって、みんないい」

 

という名言があるのだろうが、

 

 

悲しいことに、この言葉は実際にはただの綺麗事でしかなくなっている。

 

 

というのも、ほとんどの人の認識は

 

「みんなちがって(いるように見えるけど

 学校や会社によって偏った常識を植え付けられ

 みんな同じような考えに矯正されていて

 やりやすくなっているから)

 みんないい(+そこからちょっとでも外れている人は、わるい)」

 

ということだからだ。

 

 

つまり、一見個性的なようでいて中身は同じという

実質無個性なロボットや人形を大量生産するための国策による結果なのである。

 

 

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実際、「皆があなたの悪口言ってるよ」と言うような人々にとっては

「みんなちがう」ことは不都合なのである。

 

 

というのも、

そのような人々はきっと、真面目で優秀なロボットになれるように

会社や学校などでの無茶苦茶なルールや

理不尽な仕打ちにも耐えてきた可能性がある、

もしくは現在そのような苦痛を強いられている状況にあるからだ。

 

 

そのため、あなたが幸せだったり、楽をしていたり、

ルールを守らなかったりすると、

「許さない」という感情が湧き上がってしまうのである。

 

 

そして、あなたが「みんなと同じ(自分と同じ)」辛い気持ちを味わえるように

自分が受けてきた暴力的な行為を、あなたに強いる傾向があるのだ。

 

 

また、明らかに周囲と違う人もターゲットにされる。

 

 

あなたにちょっとでも周囲の人と違っている部分、

変わっている部分があると、

瞬く間に攻撃対象にするのである。

 

 

その人にとっては、才能がある人が許せなくて、

工業製品のように「みんな同じ」じゃないといけないからね。

 

出る杭は打たれ、「不良品」扱いされて捨てられるのである。

 

 

 

特に日本人には右へ倣えの性質があるから

他者や皆(集団)という言葉を使ってあなたを批判することで

「今のままじゃこの集団の中に受け入れてもらえない」

…とあなたに恐怖を覚えさせて、従わせようとする人も多い。

 

 

まさに「虎の威を借る狐」状態だ。

 

 

 

(↓虎の威を借る狐になった奴の心境)

 

「よっしゃぁー「架空のみんな(虎)」を味方にしたぞーーー!!!!

 

 これなら奴(あなた)に勝てるーーー!!!!

 

 俺最強ーーー!!!!」

 

 

 

 

というような感じで、

まるで強力な能力を身につけたかのような気分になるんだろうね。

 

 

それで実際にやっていることと言えば

「正義」を盾にして人を批判したり説教をしたりなど

いじめと同等のことをしているのだから陰湿極まりない。

 

※ちなみに俺は狐と狸の妖怪だが

そんなくだらないことは一切したくないと思っている。

すぐ虎(多数派・強者)に迎合する狐どもはマジで迷惑。

 

 

 

人は「誰かが悪口を言ってたよ」と聞くと、

コソコソと悪口を言っている人達のほうに

ついつい嫌な印象を抱いてしまいがちである。

 

確かにそうかもしれないが、

しかし、そもそもその事実が捻じ曲げられている可能性も考えておこう。

 

 

例えあなたのことが嫌いではなくても、

冗談交じりに笑いながら悪口を言うケースはいくらでもあるだろうし、

あなたに対する評判全てを、必ずしも悪意を持って言っているわけではない

(「こうしたほうが良いのにね」みたいな意見など)だろうし、

話の流れで相槌を打ったり、同意したりしてしまったというケースなどもあるわけである。

 

 

そのため、

 

「頭の中だけであれこれ考えて不信感を募らせても、良いことはまるで無い。」

 

これだけは覚えておいて、健全な人間関係を構築していこう。

 

 

事実がどうあれ、あなたが接していて

なんとなーく嫌な感じがする相手からは、

そっと離れていけば良いだけなのだから。

 

 

ただ、優しい人や純粋な人は

「皆が自分の悪口を言っている」ことを疑いもせず、

全て真に受けてしまうこともあるかもしれない。

 

 

すると、他の人に対して申し訳なく思ったり、

負い目を感じてしまうこともあるだろう。

 

 

場合によっては、人間不信になり、人が怖くなり、

コミュニティなどにも行きづらくなり

自分の居場所がなくなってしまうこともあるかもしれない。

 

 

しかし、僕に言わせれば、

 

 

あなたが負い目を感じる必要は全く無い。

 

 

というのは、悪口を言う人というのは多くの場合、

暇さえあれば無理にでも他人のあら捜しをしてしまうほど

不満が溜まっている状態か、

冒頭のリンク先にある記事でも説明しているように、

嫉妬などの醜悪な感情が原因だからである。

 

 

その記事でも指摘しているが、

「〇〇さんがあなたの悪口を言っているよ。」という人は

自分の心が満たされたいために、

人の言葉を借りてあなたを従わせたいだけなのである。

 

 

それは「皆があなたの悪口言っているよ。」でも同じで、

集団という威力(実際中身は空っぽだけど)を使って

あなたをコントロールしたいだけである。

 

 

そのためにはあなたが傷つこうが、

実際より話を誇張することも厭わない。

 

 

そんな人の言葉など、信用できるかな?

 

 

「一切信用しなくて良い」と僕は思うし、

そんな言葉に傷ついてしまい、

あなたの大切な人生を棒に振ってしまうことがないよう、気をつけてほしい。

 

 

もし違和感を感じたら、すぐに誰かに相談するのも良いしね。

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

これまであなたが生きてこれたのは、他でもない、

あなたの「直感」があってこそだ。

 

 

世の中に飛び交う意見や不確かな言葉なんかよりも、

もっとあなた自身の感覚を信じてあげてほしい。

 

 

 

最後に、まとめると…

 

 

「皆があなたのこと悪く言ってるよ。」

と言ってくる人の心理は以下のようになる。

 

 

・視野が狭く、一つの事象を「正しい」「間違っている」という判断しかできない状態。

 

・自分が辛い思いをしているから、個性的な人、要領が良い人、

 ルールや常識などから外れている人etc…のことが許せない状態。

 

・実際は自信がなくノミの心臓だが、

「集団」という虎の威を借りて気が大きくなっている状態。

 

とにかくどんな手を使ってでも相手をコントロールしたい状態。

 

・破壊的で醜悪な感情が渦巻いていてどうしようもないため、

 相手に八つ当たりをしたい状態。

 

 

こうやって書き連ねると

「皆があなたの悪口言っているよ。」という言葉を躊躇なく言える人物って

その人間性がいかに危険なのかがわかってしまうね。

 

 

よって…

 

 

「皆があなたの悪口言ってるよ」と言われたとしても、

 

 

あなたがその言葉を鵜呑みにしてしまう必要も

気にする必要も全然ないのである!!!!

 

 

 

最後に、「皆があなたの悪口言ってるよ」の件について

いろいろ調べてみたところ…

面白おかしく解説している素敵なサイトさんを見つけたので

こちら↓も参考にしてみると良いかもね。

 

 

 

 

攻撃性のある相手、

感情的になっている相手には

出来るだけ冷静に対応することで、

自分を不利な状況にしたり、何も言えず後悔をしたりすることも少なくなるだろう。

 

 

しかし、問題は「急に言われても対応できない」ということである。

 

 

紹介している1つ目のリンク先にもあるように、

一般的な会話として行われる言葉のキャッチボールならば

受け止めて返すことが出来るが、

攻撃は準備しないとうまく対応できない。

 

 

それなのに、「黙っていないでなんとか言ってみろ」などと言って

相手をさらに批判したり攻撃したりしてくる人が多いのだから

 

 

…まーーーーー困ったものだよね。

 

 

そもそも「皆言ってるよ」という内容自体、確認のしようがないし、

一方的なだけで中身がすごくスッカスカな言葉なのだが。

 

 

そんな時は

(…ああ、この人は今までこうやって人から攻撃されてきたんだね。可哀想に。)

と、同情してさしあげてはいかがだろうか。

 

 

共感はしなくて良い。

 

 

ひたすら同情してさしあげよう。

 

 

というのも、相当心の強い人ではない限り

大抵の人は不安な時に感情的になり、周囲に攻撃してしまうだろう。

 

その人の状況や心理を思いやることで

ちょっとは憎しみも減るかもしれない。

 

「皆大変なんだな」って。

 

 

 

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↑スイーツ食べてほっこりするのも良いよね。

 

 

たとえあなたがこれまで信頼していた相手にそのような言葉を言われて、

その人の人間性に不信感を覚えてしまうような辛い出来事があったとしても

「これも勉強だ」と思って

のらりくらりと、やりすごせられたら良いよね。

 

 

そのためには、攻撃的な人の心理や真意を予め理解しておくのも良いかと思う。

 

 

色々書いたが、僕も辛い出来事のおかげで自分自身が成長できているのだ。

 

 

それは、人の言動の裏にある感情や真意に注目して、

過去の自分の心境とも照らし合わせながら、冷静に分析できるようになったからだ。

 

 

あなたが誤った解釈で自らを責めてしまうということがないよう、

今後も出来る限りの情報や出来事は共有していきたいと思う。

 

 

自分に厳しく、心は日々鍛錬。

人には優しく、言葉は時に厳選。

 

 

同志よ、共に心の刀を磨いていきませう。