嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

皆のもの御機嫌よう!

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でござる。

気軽に「コリュ」って呼んでちょ。

(↑最近キャラが迷子)

 

 

さて、今日は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話したいと思う。

 

 

誕生日って何かと嬉しいよね。

僕も先日、誕生月ということで映画館のタダ券をもらった。

 

 

 

そのタダ券を使って「ダーウィンが来た!」を見に行ってきた。

 

 

 

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この映画はNHKのTV番組が映画化されたみたいだけど、

正直、この番組自体は全然知らない(笑)。

僕の家、テレビないから。

 

 

↑番組のHP。面白そうではあるけどね。

 

 

でも、プラネットアースというDVDは大好きでよく観てたから

動物や自然現象の映像に関しては

「NHKはとにかくすごい」

という印象があった。

 

 

だから自然と「ダーウィンが来た!」も観たいと思ったんだよね。

 

 


↑こちらは「プラネットアース」。

様々なエリアに住むありとあらゆる動物たちの生態が映し出されている。

自然の残酷さや気持ち悪さもありのままに映し出されている一方、

動物たちの癒やされる、楽しめる映像も満載。

 

 

 

 

 

さて、映画の内容は動物のドキュメンタリーということもあり

残酷な運命を受け入れながらも

仲間と共に生きる動物たちの強さ、優しさが映し出されていた。

 

 

メインとなる動物の物語3つの途中で

箸休め的に珍獣の紹介もされていたんだけど

これがまた面白かった。

 

 

その中の珍獣として「ハネジネズミ」が出てきたのだが………

 

 

 

こいつのなんて可愛いこと!!!!

 

 

 

 

 

 

 

そんなハネジネズミの生態はと言うと、

彼らは自分専用の道路を作っているのだ。

 

 

道路をせっせと作るのには意味があって

天敵から自分を守るためだそうだ。

 

 

いざ天敵と出くわした時にはこの道路を通って

敵から逃れるというわけだ。

 

 

 

 

 

こんなちっちゃな動物が道を作れるなんて

しかもその道の整備すらも欠かさず行ってるなんて

 

 

「すげえええええええ」

って思ったよね。

 

 

でも、人間の生き方だって、

このハネジネズミに学べるところはたくさんあると思うんだ。

 

 

例えばあなたももしかしたら

「なんだか嫌な人に振り回される」とか

「嫌な上司にこき使われている」とか

「面倒な人が寄ってきやすい」とか

なんだか頑張っても報われないとか、

嫌なことが続いて悩んでいる方もいるかもしれない。

 

 

それはもしかしたら

「あなた自身が逃げるための道を作っていないから」

だと思うんだ。

 

 

 

 

まず、ハネジネズミにとって「最悪の出来事」とは

「天敵に食べられてしまうこと」である。

 

 

「天敵と出会った時」もそれはそれで嫌だと思うが

食べられていない(接触していない)ならまだマシだよね。

逃げ切ればよいだけだから。

 

 

その「逃げ切る」ための環境を

彼らは自ら整えておいているのだ。

 

 

この様子を観た時に「備えあれば憂いなし」だと思った。

 

 

 

つまり、自分自身の身に降りかかる全てのことって

自分自身が準備出来ているかによるんだよね。

 

 

 

そうなると、

 

「俺が今まで面倒な人を寄せ付けてきたのは、明らかに自己責任だ」

と思った。

 

 

 

つまり、「自分が逃げ切るための道を作っていない」というのは

自分が準備不足で環境を整えていない結果、

嫌な人や嫌な出来事を寄せ付けてしまうことなのである。

 

 

 

それは具体的にどういうことかというと、

相手の顔色を伺うばかりで自分を抑えつけてしまい、

「自分がされて嫌なこと」を相手に提示していない。

 

そのため、相手が自分に対して、

嫌なことをしてくるようになるのだ。

 

 

そうなると、

面倒くさい人間に都合よく扱われてしまい、

理不尽な思いをすることも多くなることだろう。

 

 

他にも、断るべきところを断れないとか

嫌なことを嫌と言えないとか

相手の気持ちを優先しすぎてしまうと

あなた自身が辛くなってくるだろう。

 

 

今の日本じゃ難しい部分もあるかもしれないが、

仮に大多数の人間からは「変な人」と思われたとしても

ありのままの自分を「面白い人」と好意的に捉えてくれる人

あなたを心から好いてくれる人達と付き合っていったほうが

あなたにとってのストレスも少ないのではと思う。

 

 

 

要するに、「自分に正直に生きようよ」ってことだ。

 

 

 

素直に生きるためには

あなたが嫌な人を寄せ付けて嫌な思いをさせられない

「あなたが生きやすくなる道」を作り出すのも

大切なことじゃないかと思うんだよね。

 

 

まぁできれば「天敵」自体に会わないようにしたいものだけども。

 

 

せめて「あなたにとっての天敵」を避けるためにも

「あなたが嫌いなもの」

「あなたが嫌だと思う人」

「あなたが人にされると嫌なこと」

をハッキリさせておくのも有効だろう。

 

 

おすすめなのは、「自分の好き嫌いリスト」を作っておくこと。

 

 

 

↑まるで道を整備するかのように

自分自身の「好き嫌い」をしっかり分けておこう。

 

 

ExcelやGoogleのスプレッドシートでも良いし

Evernoteなら思いついた時に追加で書き込めるし

あなた自身が使いやすいツールを使いながら

自分と向き合う時間を意識的に作ってみるのも良いだろう。

 

 

僕も今「自分の好き嫌いリスト」を作っているので

こちら↓の自己紹介ページにも随時追加していく予定だ。

 

 

 

「自分の好きなこと、嫌いなことが今ひとつよくわからない」

そんな方でも日常生活の中に、

思い当たるヒントがたくさんあるはずだ。

 

 

嬉しいと思ったこと、イラッと来てしまったこと、

そういった出来事を経験した時に

 

 

「あ、自分はこうされるのが嬉しい(嫌)なのか。

 じゃあリストにしよう!」

 

 

という感じで「全てがネタ」だと思えば、

好き嫌いリストも充実することだし、

あなた自身を知る材料にもなるはずだ。

 

 

あなた自身が生きやすい環境を作るためにも

「自分自身の好き嫌いを知る」ことは一番大切なんだよね。

 

 

 

 

というわけで今回は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話した。

 

 

ハネジネズミが自分専用の道路を作るように

あなたが自分らしく楽に生きられる方法の一つとして

あなた自身の好き嫌いリストを作ってみてはいかがだろうか。

 

 

毎日毎日、一つ一つの出来事の積み重ね。

 

 

例え小さな力でも、いつかは大きな花が開ける…

 

 

自分自身で作ったその道路が、

いざという時に役に立つときが来るかもしれない…

 

 

自分を信じて、出来る限りのことをしていきましょう。

 

 

 

ちなみにハネジネズミに関しては

こちらの動画↓で詳しく説明されている。

 

動物の世界って奥が深い…。

 

 

俺も性別の分類が迷子だけど

この子もまた分類迷子だったんだな…。

 

 

 

苦労したんだね…。

 

 

 

ハグしてあげよう。

 

 

 

【コリュは 妙な仲間意識が 芽生えた!】

(※だがしかし嫌われてしまった)

 

 

 

ではまたご機嫌麗しゅう〜(泣)。

トランスで「彼女いない歴=年齢」の童貞だけど、何か文句ある?

ぶっちゃけると…というか

以前から度々言ってることだけど

 

 

 

僕には一切の性経験がない。

 

 

 

 

これを「気持ち悪!」

と思うのか、

「まぁ…人それぞれだし」

と思うのかは個人の自由だ。

 

 

僕にも、なんとなく「彼女欲しいな」と思っていた時期もあった。

 

 

今は全く思わない。

 

 

じゃあ彼氏が欲しいのかというと…決してそんなこともない。

 

 

 

彼女というか、恋人を作るのを単純に「面倒くさい」というのもあるし、

自分のことにしか興味が無いのかもしれない。

 

 

立場上だけで実質会う機会のほとんどない「恋人」ならいても良いと思うが、

そんな形だけの「恋人」も意味があるのか?と思ってしまうし。

 

 

それなら別にいなくても良いだろう。

 

 

一方で、性欲がないかというとそうでもない。

 

 

「緊縛」という性に関するアートをやってもいるのだ。

 

参考↓

 

 

単純に縄が美しいなと思うのと、

縄のアートって人体と縄さえあれば出来るわけだから

極めて原始的な部分も惹かれる要因であるのと、

縄酔いしている女性の表情や身体の様子が非常に艶っぽいからである。

(一方で男性はよっぽど美しい人じゃない限り何とも思わない。)

 

 

 

こちらも完全にアートとして縛り手として楽しんでいるものであり、

プレイとしての経験は皆無なのだが、

それでも18禁ものの動画や画像、本を見るのは好きな普通?の変態ノンケ男子なのである。

 

 

要するに、アセクシュアルではないということだ。

 

 

 

このように、僕と似た人々…つまり

「性欲は人並みにあるけど、恋人は別に欲しくないし、結婚願望もない。」

現状でこのような考えの人々が増えていると思うし、

これからますます増えていくはずだ。

 

 

これは世の中の流れとして防ぎようがないというか、

個人の生き方なのだし、

こういった人々を批判することは誰にも出来ないのである。

 

 

 

ただ、一方で、僕自身の現状としては、

「自分自身がするSEX」にも恋愛にも興味が無いということを

周囲に伝えていることはあまり無い気がする。

 

 

というか、セクシュアリティ関係なく、

自身の性についてあまり語りたがらない人は少なくないだろう。

 

 

そのためか、GIDやセクシュアルマイノリティのコミュニティや

友人との会話の中でも

 

「彼女できた?」

 

という話は普通にされるわけである。

 

 

 

確かに以前の僕だったら

「男として彼女を持つこと」に強い憧れを持っていたわけだし、

トランスジェンダーやGIDのコミュニティにおいて

男(性自認の性)としての会話、

つまり「一般的な男として恋人を持つかどうか」という、

自然な会話のやり取りを楽しむのも良いだろう。

 

 

というか、トランスに限らず、

「当事者自身のセクシュアリティに合致した会話」というのは、

マイノリティ当事者に好まれる傾向はある。

 

 

これは当然だ。

例えばゲイの人は男の話をするほうが楽しいわけだし、

ビアンの人は女性に関する会話のほうが喜ぶだろう。

自分が自然体でいられるんだからね。

 

 

しかし、そういったコミュニティの中ですらも、

自分がちょっとでも外れてしまうと、

相手の「常識」を押し付けられるケースも決して少なくないわけだ。

 

 

例えば、僕が「彼女いない」と言えば

 

「なんでー?早く作らんばー?」(何故かうちなーぐち)

 

というような反応が返ってくるのである。

 

 

しかし、これはある意味、「楽しむ」ために行われる会話のやり取りである。

 

 

こういう「本来の自分に合った会話」をすることで、

「恋人いない」というのが自虐的かつ他人をいじる要素にもなるわけだし、

これらは一般的なノンケ(異性愛者)の人々でも行われている「普通の会話」でもある。

 

 

「本来の自分」を実感できる「普通の会話」をすることで、

これまで押さえられていた部分が開放され、

同じ気持ちを共感できる仲間といることが、喜びに感じられるのである。

 

 

ただ、「恋人いない」というのは、

それだけで「その場のネタ」として楽しく終わればよいのだが、

こういったことが積み重なると、

 

「他の人は可愛い彼女さん連れてきているのに…。

 彼女もできないしモテない自分なんてダメだ。」

 

と劣等感を感じるようになってしまう危険性もある。

 

 

 

僕自身もどこかでそう感じていた部分があるのかもしれないし、

「恋人いない人には、本人に何かしら問題があるからできないんじゃないか」

というような社会の風潮も手伝って、

なおさら自己否定につながっていったところもあるかと思う。

 

 

 

しかし、以下の記事を読んで、

「別に恋人を無理して作る必要もないのかな?」

と思うようになってきたのだ。

 

 

むしろ…

 

 

「恋人を作らないことを選択する」

 

 

そんな生き方を楽しもうとさえ思ったのだ。

 

その記事がこちら↓

 

 

記事を読んでいるだけで元気になるというか、

まさに自分が求めていた内容である。

 

 

特に僕がこの記事を読んで、一番響いたのがこの部分だ。

 

 

息をするように「普通はこうでしょ」とか「それが常識でしょ」と言ってしまえる人は、あまり信用しないほうがいいでしょう。「普通」や「常識」がいかにアテにならないか、無邪気に振りかざすことがいかにタチが悪いか、そこにまったく気付かないのは、けっこう残念なポイントです。まあ、悪い人ではないかもしれませんけど。

 

 

この文章を見て、先日たまたま目に入ったこちらのツイートを思い出したのだ。

 

 

 

 

そうだ。

 

 

今、何かしらの「常識」を周囲から押さえつけられ

生きづらく感じている人はたくさんいるかと思う。

 

 

そんなあなたが第一に考えるべきことは

 

「大衆に好かれること」よりも

 

「自分が、大切な人が、どうしたら幸せになれるか」

 

ということだけで良いのだ。

 

 

 

だって「大衆」はほとんど何も考えていないからだ。

 

 

 

「大衆」は、眼の前にある「常識」をいとも当然のようにむさぼるだけだ。

 

 

 

だから、人付き合いをしていると、

 

「悪気がない、いい人だけど、一緒にいることに何だか違和感を覚える。」

 

そんな機会が増えてくるのである。

 

 

 

そんな「いい人たち」というのは、例えるならば、

 

まるで動物園の檻の中で一生を終える

「見せ物としての動物」なのである。

 

 

 

 

 

自分が住んでいる世界以外に、世界があることを知らない。

 

毎日決まった時間、飼育員に差し出される餌に、当たり前のように食らいつく

 

…そんな状態なのだ。

 

 

そんな動物たちに

 

「外の世界ってもっとずっと広くて面白いらしいよ!行ってみようぜ!」

 

と言ったところで、

 

 

「また変なこと吹き込まれたんだね。」

「危ないからやめたほうが良いよ。」

「飼育員さんが檻から出ちゃダメって言ってるでしょう。」

 

こんな感じで返されるのがオチである。

 

 

 

あなたはなんとなーーーーーく周囲から心配されてしまい、

 

瞬く間になんとなーーーーーく浮いてしまうだろう。

 

 

そんな環境の中に居続けたら

「自分っておかしいのか?」とも思うようになり、

モヤモヤした日々を送ることになるだろう。

 

 

我慢しながら自分を抑えながら

そんな「いい人」たちと付き合って

あなたに何のメリットがあるだろうか?

 

 

むしろ…

 

 

一緒に「外の世界」へ飛び出してくれる仲間。

 

 

あなたの言葉に

「いいね!」「やってみようか!」

と答えてくれる仲間。

 

 

そんな仲間たちを探すことに熱意を注いだほうが

あなた自身が大きく成長する可能性が高まるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

どんな人と付き合うのかは、あなた次第だ。

 

 

環境も、住む場所も、毎日をどう楽しむかも

全て、あなた自身が選べるのである。

 

 

 

いちいち人のせい、環境のせいにしてばかりいると

自分ではどうにもならずに苦しくなるばかりだけれど、

 

自分の選択により引き起こしたことなら、

「自分で選んだんだから自分の責任」

と思えるようになるわけだし、

「それならば、変えることができる」

と考えられるようにもなる。

 

 

そういった「自己決定」の考えが当たり前になってくると非常に楽だし、

あなたの人生をより良くすることも、能動的にできるようになる。

 

 

 

また、あなた自身が誰かから嫌われるかどうかよりも、

あなたが気持ちよく心地よく

自然体でいられる相手といかにして関係を築くかが重要である。

 

 

言葉選びに過剰な気を使う相手からは離れる。

 

 

「〇〇すると良いよ。」とあなたのためを装って

コントロールしてくるような相手からは離れる。

 

 

あなたが怖い思いをした時、嫌な思いをした時、

悩み相談をしても反応が薄い(味方になってくれない)相手からは離れる。

 

 

「社会人として」とか「常識」とか「固定観念」とか

「多数派の正しさ」を押し付けて来る人からは離れる。

 

 

自分がなんとなく軽んじられている気がする相手からは離れる。

 

 

自分がいてもいなくても関係ないなら、そのコミュニティとは距離を置く。

 

 

その代わり、人間的に惹かれる、誠実な人だけと個別に関係を深めていく。

 

 

 

繰り返すと、こういった「誰と付き合うか」も全て、自分の責任。

 

 

 

あなたが自然体で振る舞ってもストレスに思わない人々、

あなたが常識から外れた一面を持っていることに寛容である人々、

あなたの全てを肯定的に捉えてくれる人、

 

 

「童貞」の話からは逸れたけど、

別に誰が何でも良いわけだし、

どんな考えを持っていても良いわけである。

 

 

その考えが世界を変える可能性もあるわけだし、

誰かの「代弁者」になることだってあり得るのだ。

 

 

まずはあなた自身が「体現者」になって、

自分自身の人生を思い切り楽しむ。

 

そんなあなたの生き方が、

多くの人々にとっての共感を生むことになるだろう。

 

 

あとはあなたに共感してくれた人と一緒に

 

「幸せの種」を世界中に撒いていき

 

美しい花々を咲かせていけば良いだけ。

 

 

 

 

「こんな荒れ果てた荒野に花なんか咲かないだろう。」

 

そんな人々の常識を覆すことこそが

 

あなたが生まれてきた使命なのだ。

 

 

 

「常識から外れたあなた自身の存在」を否定するな。

 

 

 

「私が存在することで、人々に気づきを与えることができる。

 

私は非常に尊くて貴重な存在で、愛される価値もある。

 

否定する輩、乱暴に扱う輩は全て、木っ端微塵に焼き尽くす(笑)。」

 

 

誰かの心無い一言によって少しでも心が折れかけたなら

「あなたのためを思って」を免罪符に誰かからの人格攻撃を受けたなら

ぜひこの↑言葉を思い出してみてほしい(笑)。

 

 

「童貞でも良いじゃん。」

「周囲の価値観に合わせなくても良いじゃん。」

「変わり者で良いじゃん。」

 

 

それだけを伝えたいがために書いたこの文章が…

 

少しだけでも良い。

 

あなたの心の支えとなることを願う。

「見た目は小動物、中身が獣フレンズ」な女性との会話で得た「友人づくりの基本」

以前僕が本土(大阪〜三重〜名古屋の電車の旅)へ旅行に行ったときのことだ。

 

 

↑伊勢神宮にて

 

 

「一見すると柔らかい雰囲気の優しそうな女の子だが

めちゃくちゃ芯が強く自立した女性」

 

とお茶をした時のことを書きたい。

 

 

その人は元々知り合いだった本土の方で、

僕がたまたまライブの遠征に名古屋まで行ったついで

会う約束を取り付けたのだった。

 

 

検索をかけたら、ベトナム料理が美味しそうなお店があったので

そこで会う約束をした。

 

 

 

↑やかんが可愛らしい。

 

 

 

まず、僕は見た目と中身にギャップがあり

昔からそれに悩まされている。

 

 

というのも、第一印象がそれなりに良くても

中身は意外と我が強い部分があるので、

あとは下がっていくしかないからだ。

 

 

どちらかと言えば損なタイプである。

 

 

それで嫌われてしまうということも結構あったし、

かといって、「都合が良い人」と一方的に思われるのも大嫌いである。

 

 

最近ではそれで非常に苛ついたことがあり、

自分の過去を思い出したりして

自分のことことについてまた考え込んだりしてしまったため、

以下のような記事を書いたのだった。

 

※↑一部口悪い表現あるので閲覧注意。

 

 

 

そう、僕と彼女、両者に共通しているのは

 

 

「一見すると”種や木の実しか食べなそう”な癒し系小動物だけど

中身が”狙った獲物は絶対逃さない系(?)”の肉食獣」

 

 

 

だということ。

 

 

 

僕はそんな彼女を始め、

男っぽいタイプの人を勝手に「獣フレンズ」と呼ぶことにした。

 

 

 

ちなみに某アニメとは全く関係ないのでご容赦いただきたい。

 

 

 

ベトナム料理を食べながら、

久しぶりに会う彼女と

近況のことや普段考えていることなどを楽しく語り合った。

 

 

 

 

↑普段、ベトナム料理はあまり食べる機会がないんだけど、

フォーがとても美味しかった。

 

 

 

その中で、僕が最も共感したことで

なおかつ今後の「友人づくり」で参考になる話があった。

 

 

それを語っていきたいと思う。

 

 

 

 

まず、その子も元来は非常に芯が強いタイプなのだが、

優しそうな見た目のために「変な人」が寄って来やすいそうだ。

 

 

 

「優しそう」という印象だけで

相手が勝手な期待を抱いてくるそうで

嫌な経験もたくさんしてきたと話してくれた。

見た目も綺麗だから「変な男」も寄ってくるだろうしね。

 

 

 

具体的には…

 

その子はいかにも

 

「まるで聖母マリアのように

あらゆる全てのものを優しく包み込んで受け入れてくれそう」

 

 

というような柔らかい雰囲気があるためか、

 

 

彼女がちょっと内面を出すと

相手(特に男)が「裏切られた」気持ちになるようで

 

 

「思っていたのと違う!」

 

 

と勝手に失望したような反応をしてくるそうだ。

 

 

 

 

そして

 

 

相手が嫌なことを言ってきたり…

すぐに去っていってしまったり…

 

そんな経験をたくさんしてきたそうだ。

 

 

 

そうやって、その子は傷つき悩んで

最終的に「とある考え」に行き着いたそうだ。

 

 

僕もその内容に「全くそのとおりだなー」って同感した。

 

 

その内容とは…

 

 

「私の内面を見せたところで、

こちらに勝手な期待をしてくる、

依存的な考えの人間は去っていくだろう。

 

逆に、それでも私のところに残ってくれて

私を受け入れてくる

自立した人だけと付き合っていけば良い。」

 

 

とのこと。

 

 

まさにそうだよなー。

 

 

仮にあなたが他人から都合よく思われていたとしても

そんなものは

「表面上うまくやっていくためのもの」

と割り切っていれば良いし、

 

 

あなたがストレスを感じる、

我慢できないレベルの人物と遭遇した時…

例えばあなたのことを全く人として尊重してくれていない人、

確実に見下して来る人などに対しては

毅然とした態度で接すれば良いのだ。

 

 

 

僕の場合だと、

「僕を怒らない仏のような存在と思っている」人が

実は人間嫌いという僕の内面を知ったら

こちらを嫌ってくる可能性も高いだろうし

皮肉まみれの僕のブログを見たらきっと引くだろうなwと思う。

 

 

だから、リアルの知り合いには

あまりブログを見られたくないなって気持ちが正直あるし、

逆に、僕の内面を理解してもらうためにも

見てほしいなっていう気持ちもある。

 

自分が何を考えているのかとか

プライベートなこととか

周囲の人にはほとんど話さないから。

 

 

いろいろ複雑なのだが、僕の内面を知ってもなお、

 

「コリュさんって面白い」

「コリュさんのこと、もっと知りたい」

「(ブログの読者様なら)むしろ会いたい!」

 

そう思っていただける方々のことを大切にしていきたいなと思う。

 

 

 

日本は未だに慎ましくしているのが良い、

目上の人に逆らってはいけないみたいな風潮がある。

 

 

ハッキリ言って、そんなものは古い発想だ。

 

 

相手が誰だって構わない。

 

 

「あなたが大切にしているもの」を粗末にする奴とは戦えばよいし、

これ以上関わりたくないと感じたらすぐに去っていけばよいだろう。

 

 

僕も以前は過剰に人の顔色を伺っていたし、

相手に嫌われないよう、

相手の意見にすぐ同意してしまっていたようなところがあったのだが、

 

 

「相手がどう受け取るのか、どう感じるのかは相手の問題だ」

 

…と割り切るようにしたことで、だいぶ楽になった。

 

 

 

あなたが自分自身に無理を強いるような関係性は長く続かない。

 

 

相手を完全に受け入れる前に、

あなたの心身の健康を害してしまうからだ。

 

 

そうならないよう、ちょっとした会話の中で

「私って実はこういうところあるので〜」

と予防線を張っておくことも有効な方法だろう。

 

 

それで警戒するような人は自分から徐々に離れていってくれるだろうし、

あまり気にしなそうな人であれば

あなたそのものを受け入れてくれる可能性も高まるからだ。

 

 

 

僕みたいに他者とのコミュニケーションを避ける者にありがちなのが、

 

 

「自分の弱みを見せたくないから、

自分を知られたくないから、嫌われたくないから、

自分の内面を全く見せないし、話したくもない。」

 

というのは

かえって相手の期待に答えようと無理をしてしまう可能性も高まり

あなた自身にとっても良くないことなのだ。

 

 

相手がどう受け取るのかを過剰に考えすぎず、

あなたの気持ちを素直に伝えたら良いのではないかと思った。

 

 

類は友を呼ぶ。

 

 

僕はLGBT含め、中身が男性的な女性と友人になることが多い。

 

 

しかもその中には過去にスキンヘッド経験者や

ベリーショート経験者も多数いる。

 

 

友達じゃなくてもそんな人はいたな。

 

高校生時代によく通っていた美容室の美容師さんも

過去にスキンヘッド経験があったそうで

なんとなく波長が合うのかその方ばかりよく指名していた。

 

 

世の中にはギャルのような方々や

読者モデルのようなファッションの可愛らしい女性が多い中、

彼女たちのような異端ぶりは絶滅危惧種並みにすごく貴重な存在である。

 

 

要するに、「レッドリスト並に超貴重な獣フレンズ」なのである。

 

 

 

 

僕はそういう貴重な獣…人達と親交があったことを

非常に誇りに思う。

 

 

まぁそういう人は「自分と話が合う、良き友人」であって

恋愛対象としては全然見れないけど。

 

 

僕はどちらかと言えば

幸薄そうで慎ましい雰囲気の女性が好みだからだ。

 

↑はい、どうでも良い情報。

 

 

 

…というわけで今回は

 

「あなたと似たような人を

絶滅危惧種を守るが如く大切にしていこう」

 

という話だったのであった。(雑なまとめ)

 

 

 

俺、刈り上げはよくするんだけどな…

スキンヘッドは未だないな。

 

 

まぁ機会があったらそのうち。

(多分やらないと思う)

人の悪口を言うくらいなら、悪口を言われる人物になれ!

妖怪「性別知らず」天海夜 煌琉でございます。

 

今回は、「人から悪口を言われる人物になれ!」

 

というテーマについて語っていこうと思う。

 

 

 

まず、「悪口」というくくりで人を見た時に、

世の中にはそれぞれ以下のタイプの人間がいると思う。

 

 

・「悪口を言う人」と「悪口を言わない人」

・「悪口を言われる人」と「悪口を言われない人」

 

 

要するに、「自分が他人に対する悪口を言うかどうか」

もしくは

「他人から自分に対する悪口を言われるかどうか」

という観点で、その人の人間性が予想できる。

 

 

実際、この組み合わせを変えると4パターンの人間が存在する。

今からそれを一つずつ、僕なりの雑な解釈を交えながら

テキトーに見ていこうと思う。

 

 

①「自分は人の悪口を言わないが、人から悪口を言われる人」

 

 

→いるよねこういう芸人さん(笑)。

本人はいたってポジティブで自分の人生を楽しんでいるのだが、なぜか人からは叩かれまくる。

自分らしく、好きなように生きている人、キャラが濃い人が多い印象。

そのためか、その叩かれる大半の理由が本人ではなく

「嫉妬」なのでは?と思うこともちらほら。

 

 

 

②「自分も人の悪口を言わないし、人からも悪口を言われない人」

 

 

→こういう人はさぞ素晴らしい人、良い人なんだと思う。

キングオブゴッド(神)だね。

しかしながら人間としては無難すぎて、これといった特徴も魅力もないという印象。

 

 

③「自分は人の悪口を言うが、人からは悪口を言われない人」

 

 

→外面だけは完璧な仮面を作れているので、他人ともうまくやっていける人。

でもネットやSNSで人の悪口や愚痴を書きなぐっている。裏の顔を知っているのは一部の人。

人間として特別魅力もないし、特別興味を持たれないという印象。

仮面ではない本来の良い部分を外に出せていけたら、少しは不満も解消できるのでは?と思う。

 

 

④「自分も人の悪口を言うし、人からも悪口を言われる人」

 

 

→これは日本の一般ピープルほとんどの人が当てはまると思うけど、

言葉だけで見ると性格になんらかの問題がある印象を受ける。

人の悪口を言うのは自分自身に満足していないことの裏返し。

自分自身の魅力に気づいて、他の人の良いところにも目を向けるようにしよう。

 

 

 

 

…こんな感じで、かなり雑だが

それぞれの人間の印象(+ちょっとしたアドバイス)を述べてみた。

 

 

このうち僕が思う、

「人として理想とする姿」はどれか。

 

 

 

 

 

それは………

 

 

 

 

①「自分は人の悪口を言わないが、人から悪口を言われる人」

 

 

 

である。

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

②「自分も人の悪口を言わないし、人からも悪口を言われない人」

 

じゃないの?

 

 

 

 

そう思う人もいるかもしれない。

 

 

 

ゴメンなハニー。

 

 

確かにそうかもしれない。

 

 

「超ポジティブナルシスト芸人」と「神」だったら、

当然「神」のほうが良いはずだ。

 

 

「キモい」「ウザい」と避難されるよりも

「マジ神!」と崇め奉られたほうが良いに決まってるもんね。

 

 

しかし、

 

 

なぜ悪口は言われたほうが良いのか?

 

 

その理由を説明したいと思う。

 

 

あなたが誰かが誰かの悪口を言っている場面に遭遇した時、

あなたがその人達と同意見ならば、

仲間を見つけたようで嬉しい、安心した気分になるかもしれないが、

そうではない場合、大抵の人は嫌な気分になると思う。

 

 

それでも悪口を言うような人というのは、

その人なりの「正義」があるから言っているわけだ。

 

 

要するに、「自分が正義であいつがおかしい、間違っている」

ということを再確認するために悪口を言うのだ。

 

 

 

 

さらに突き詰めて考えよう。

 

 

 

「なぜ人はその人なりの”正義”を貫くために、他人の悪口を言うのか?」

 

 

というと…

 

 

「悪口のターゲットになっている人が、

悪口を言う人の”正義”や”価値観”に反しているからだ」

 

 

と考える。

 

 

 

つまり、大抵の人は

 

「価値観や考えが合う人の悪口は言わない」が、

「価値観や考えが合わない人の悪口を言う」のだ。

 

 

さらに言えば、

 

 

「価値観や考えが合わない=一般的な常識に反している」

 

 

という可能性も考えられる。

 

 

一見、一般常識に反している人、

人から避難されるような言動をする人って

人間性に問題があるように思う。

 

 

しかし、僕も何度かブログで語っているが

 

「世の中には正解などない」のである。

 

 

※「正しさ」だけですべての物事を判断するのが、

いかに虚しいことかをこちら↓で説明している。

 

 

あなたが「正義」と思っていることが

他の人にとっての「正義」とは限らないし、

 

逆にあなたが「間違っている」と思っていることは

他の人も同じように「間違っている」と思っているとも限らないのだ。

 

 

 

つまり、一般常識に反して悪口を言われるような人というのは

その人自体が、一般的な常識や価値観に対して疑問を投げかける存在なのだ。

 

 

その人の存在自体が既成概念を打ち破ってくれてるんだよね。

 

 

 

なので、

その考えに共感できる人が、その人に集まってくるわけだし、

逆に理解できない人達が、その人に対する悪口を言うのである。

 

 

だから、

どうかあなたも

 

「あいつムカつく!!!!」

 

とか

 

「この人のこういう部分はどうかと思う。」

 

とか

 

嫌な感情や疑問が湧き上がってきて、

イライラしたり、モヤモヤしたりしてしまったら…

 

 

一旦その感情はどこかに置いておこう。

 

 

そして、その人に対する悪口を言う前に、

 

 

「この人は自分に何を伝えようとしているのか?」

「この人が大切にしていることはなにか?」

「この人から学べることはなにか?」

 

 

などと考えてみてほしい。

 

 

その人は自分に何かを気づかせようとしているのだ。

 

だから、むしろ感謝しなきゃいけないよね。

 

 

そう。

 

「誰かに気づきを与えられる人」というのは、

「誰かを成長させることが出来る人」なんだ。

 

 

つまり、「悪口を言われる人」というのは…

 

 

「誰かに気づきを与えて、世の中を変える可能性がある人」なんだ。

 

 

そう思ったら、誰かの悪口を言っている暇はないよね。

 

 

世の中にはなんだか「悪口は言ったもん勝ち」みたいな風潮があって、

まぁその発想自体、幼稚でくだらないと僕は思っているけど

 

 

あえてこの言い方をすれば…

 

 

「悪口は言われたもん勝ち。」だと思う。

 

 

 

嫌われたくない、批判されたくない、

悪口を言われたくない…

 

 

あなたがそう思って、自分を抑えつけてしまっては

無難な言動しか生まれない。

 

 

まぁ、人から好かれはするだろうが、

「相手にとって都合の良い人物」と思われている可能性だってあるわけだし、

誰もあなた自体に興味を持たないだろう。

 

 

逆に、たとえ誰かから悪口を言われたとしても

あなたが以下のような考えを持つことで、

多くの人を魅了し、人が集まってくるはずだ。

 

 

「人の悪口を言うことには興味がないから、私は言わない。

悪口を言ったって意味がないし、自分が惨めになるだけ。

 

私の悪口を言いたい奴には、好きなように言わせておけば良いし、

誰がなんと言おうと、私が一番大切にしているものは譲れない。

 

私は私の人生を好きなように生きる!!」

 

 

あなた自身は好き勝手に生きているから

人から反感を買い、悪く言われることもあるかもしれない。

 

 

それは「あなたが自分自身の人生を生きていくための代償」と思えば良い。

あなたが自分自身を出せば出すほど反発をする人は必ずいるのだから、

それはやむを得ないものだし、割り切るしかない。

 

 

 

しかし、あなた自身が悪口という負のエネルギーを周囲に撒き散らさず

自分自身の人生を思い切り楽しんでいれば

自然と良いことは起こるようになるものだ。

 

 

あなたの周りには「あなたが大好きで、あなたに優しい人」ばかりが

集まってくるようになるだろう。

 

 

それなら人の悪口を言っているような人達と

あなたが一緒にいる理由なんて全くないよね。

 

 

愚痴や文句、悪口は人のエネルギーを奪うし、

一緒にいるだけ時間の無駄だ。

 

 

そんな人達と離れたいなら、

あなた自身の考えや生き方をハッキリさせることで、

そんな人達からも嫌われて悪口を言われるので

むしろ丁度よいのではないかな?

 

 

大衆の意見なんかよりも、

もっとあなた自身が大切にしているもの、

あなた自身が大切にしたいと思う人、

そういうものに目を向けていこう。

 

 

 

というわけで今回は

 

「悪口を言うような人間ではなく

悪口を言われるような人間になろう!」

 

というテーマについて語ったが、いかがだったろうか?

 

 

あなたがちょっとでも人の悪口を言いそうになったら

そんな自分を「目ん玉ロケット」で宇宙から眺めてみよう。

 

自分を客観的に眺めることで

「悪口なんてくだらない」と思えるようになるかもね。

 

「目ん玉ロケット」とは何か?

こちら↓で説明しているのでご参考までに。

 

 

誰かからの「批判や悪口」を恐れるのではなく、

それらを一瞬にして全て「気づき」へと変えてしまい

世の中の「固定観念」や「一般常識」など全てを破壊してしまう…

 

 

そんなハイパー人間を目指していきませう。

あなたの「A面」も「B面」も全て受け入れてくれる人を探そう

「あなた」という人間は様々な面から出来ている。

 

 

例えば、この人にはあなたのことを

「A面のあなた」という印象として見えているが

別の人にはあなたについて

また別の「B面のあなた」という印象を持っているとする。

 

 

一つ言えることが、

A面とB面はどちらも他人があなた自身について抱いている印象であり、

それらは決して間違ってはいないのだが、

どちらもあなたが持つキャラクターの一つの側面にすぎないということだ。

 

 

 

 

こんな感じで「A面」や「B面」、以下「C面、D面、E面…α面、β面」など

あなた自身のキャラを構成する様々な「面」、

その「面」をいかにして使い分けながら

自分が付き合いたい人だけとストレスのない関係性を築いていくのか…

 

その方法について話していきたい。

 

 

 

 

 

つい最近、こんな経験があった。

 

 

とある人に

 

「コリュさんってあまり怒らないよね。私もそうなりたい。」

「何言われても文句言わないから偉いね。」

 

と言われたのだった。

 

 

ぶっちゃけると、

 

「あ、こいつ全然俺の事わかってねーな。」

 

と思った。

 

 

まぁ赤の他人だからわかってなくて全然良いわけだし、

別にその人も間違ったことは何一つ言って無いと思う。

 

 

ただ、「その人にはそう見えるんだー。」といった印象だ。

 

 

 

一方で、また別の人から言われた言葉も印象的だった。

 

 

 

その人からは冗談交じりに

 

「お前のそういうとこ、本当にしたたかなんだよな。」

「いつからそんな”ふてぇ奴”(ふてぶてしい奴)になったんだ。」

 

ということを言われた。

 

 

僕はそれを言われて怒るどころか、

 

「お、この人さすが!!よくわかってるぅ〜!!!!」

 

と、逆にその人に対して興味を持ったものだ。

 

まぁ人によって感じ方違うし、

相手との関係性もあるだろうから

何が正しいとは言えないけれど、

ただ、その人のDISは自分にとって光栄だったのだ。

 

 

ちなみにその後日、

その人はこちらがちょっと気を利かせた行動をとった時に、

 

「お前のそういうとこ、良いよな!」

 

と評価してくれたのだ。

 

 

 

 

このように「自分を評価してくる人間」をざっくり分けると、

 

 

①表面の自分だけで評価をしてくる人

②裏面の自分を知った上で評価をしてくる人

 

 

この2つのタイプに当てはまることがわかった。

 

 

先の例で言えば、

僕を大人しいと思っている人が①で

僕を強かだと皮肉ってくる人が②である。

 

 

学校のクラスメイトや職場の同僚など、

知り合い程度の関係性であれば①がほとんどだと思うが、

ちょっと仲良くなると②に当てはまる人も増えていくかと思う。

(もちろん、内面を知られて嫌われる場合もあるが。)

 

 

実は僕にとって過去自分と関わってきた人も含め、

②のような関係性の人は非常に少ない。

 

 

僕にとって②のような関係性の人で思い出されるのは、

高校2、3年の時の担任の先生だった。

 

 

それまでの学校の先生や担任は

皆俺のこと「真面目」としか言わなくて

「家でも勉強してるんだろう」と勝手に思われていて

どれも皆同じ感じだと思っていたし

自分もそれに答えなきゃいけないと思ってしまっていた。

 

ま、今思えば、自分がそういう見られ方を選択していたんだから

自己責任なんだけどね。

 

 

でも…

 

 

「どうせ俺は地味で根暗で、

成績が良いことと絵がちょっと描けることや

マイナーな音楽について他の奴より詳しい以外に取り柄のない奴だし。」

 

 

そんな風に自分を捉えてたから、

無理して「いい子」を演じようとしていたんだね。

 

 

なので、僕自身があまり自分のことを話さない分、

「実は勉強してない」「サボりたい」「怠けたい」

という本音を引き出してくれて、

 

実は頑固で負けず嫌い、無駄や努力が嫌いで要領よくやろうとする…

 

そんな「本当の僕」をわかってくれる人達って貴重だと思ったし、

 

それでも受け入れてくれる人達こそ、大切にしていきたいと思ったんだ。

 

 

 

ただ、きっとあなたも似たような経験があると思うが、

「良い子」などの表面だけで決めつけられるのは誰だって嫌だよね。

なんか「レッテル」を貼られてるみたいで。

 

 

そうやって「他者によって自分に貼られたレッテル」

「周囲が見ている自分像」に合わせるために

無理に自分を演じてしまう人、

「良い人」で居続けることが辛いから

仕事も学校、人間関係などを心から楽しめない人、

無理をしすぎて鬱などの病気になってしまう人、

日本はそんな感じで生きづらさを感じている人も多いかと思う。

 

 

僕自身も「良い子」「良い人」でいるのが辛かったし

それが何らかのきっかけで爆発するとブチ切れて勝手な行動をとり、

かえって周囲に多大な迷惑をかけるような奴だった。

 

 

自分の欲求を押さえつけすぎてしまうこと、

無理して人に好かれようとすることって

良いことなんて何一つ無いんだよね。

 

 

だからか、

自分勝手に好き勝手生きていて

なおかつ穏やかで楽しそうな人達が羨ましくもあり、

嫉妬心で憎らしく思うこともあった。

 

 

でもね、最近では「良い子」「良い人」と思われているってことは

逆にラッキーだと思うようになったんだ。

 

 

僕自身、何かあった時に結構イライラしてしまうし、

譲れないことがあった時は反論というか怒っているつもりだったし、

しかも理不尽な出来事に対しては全く容赦しないし冷徹な態度を取ることもある。

 

 

そういった態度が行き過ぎるとむしろ感情的になりすぎたな、

周囲の人にも悪いなと思っているほどだったのだが、

 

 

逆に「大人しくて我慢強くて真面目な人」

みたいな印象を持ってくれているのか!!!!

 

 

そうわかったら逆にこっちのもんだ。

 

 

例え嫌なことがあった時にも、

もっと自分の気持を最優先させて良い、

もっと自己主張しても良いんだと思った。

 

 

必要な時に必要なことしか言わない分、

説得力や気迫が生まれるから相手がショック受けやすいしね。

 

 

それでこちらのことを都合の良いやつと思っている人は

勝手に逆恨みして離れていくんだろうし、

 

逆に、その時は不快な気持ちにさせたとしても、

きちんと反省してくれる人、

こちらの欲求を受け入れて合わせてくれる人だけと付き合っていけば良いのだ。

 

 

というわけで今回は

 

「A面もB面もC面もD面もα面もβ面も、あなたの魅力的な一面である。」

「例えA面だけしか見えてない相手でも、それ以外の一面を見せてみても良いではないか。」

「あなたのあらゆる面を受け入れて、大切にしてくれる人を大切にしよう。」

 

 

と言ったことについて話した。

 

 

人とうまくやろうとして自分を押さえつける必要なんて全く無い。

 

 

色んな面があってこそのあなたである。

 

 

相手との距離をより縮めるためにも、

あなたにとって本当に必要な人と仲良くなるためにも

そして何より、あなたがより魅力的な人物になるためにも

 

 

A面・B面があるカセットテープを

聞きたい曲に合わせてひっくり返すように

(↑今の若い人達にはわからないかな?w)

 

 

必要な場面に合わせて

あなたの一面をいろいろひっくり返しながら

あなた自身の色んな面をどんどん出してみてはいかがだろうか。

 

 

 

僕も今までずっと人を避けてきた部分はあった。

 

 

しかし、最近では、

 

憎まれ口と言うか「愛のある毒」を言い合える、

気が置けない関係性の人を見つけるのが自分の課題なのかもしれない…

 

そう思うようになった。

 

 

僕の希望としては、皮肉やブラックジョークがわかる人が良いな。

本当に相手を信頼していないと言えないからね、そういうのは。

 

 

言っても仕方がない人の悪口や愚痴ばかりを吐き散らすんじゃなくて、

自分に降り掛かったどんな出来事も皮肉を交えながら笑い飛ばし

ウィットに富んだ大人な会話を楽しんでみたいなぁ。

 

 

そんなお友達も募集中です♪