君も「雨人(あめんちゅ)」にならないかい?

晴れやかで穏やかな日は最高だ。

 

 

どこにだって行けるし、

旅行やレジャー、屋外でのスポーツなどは晴れの方がもちろん良いだろう。

 

 

しかし、僕は日本各地を旅行している中で、

雨の日に旅することも多かった。

 

別に雨乞いをしたわけでは一切ないのだが(笑)

「雨は良いぞ!」と言いたくなるような写真もいくつかある。

 

 

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2017年3月、知覧武家屋敷庭園にて。

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2016年12月、吉野ヶ里歴史公園にて。

 

ちなみに2015年4月には奈良の吉野山に行ったけれど、

その日も最初の方は雨で靄がかかっていた。

でも逆にそれがとても良かった。

その時の写真が選びきれないので、後日また記事として上げられたらと思う。

 

 

こういった名所を雨天歩き回るのも大変ではあったが、

雨で滲んだ和の情趣にしみじみした。

 

 

晴れほど写りは良くなくても、独特の雰囲気がたまらない。

 

雨の日は、晴れの日とはまた違った味があるのだ。

 

 

さて、僕は最近ブログにて、

 

「自然体で生きよう」

「自分が心から望んでいることをしよう」

 

というようなことを言っているが、

 

今ここに

 

「本来の自分に還ろう」

 

という言葉も追加したい。

 

 

そのヒントとなるのが「雨」なのである。

 

 

僕はまるで「晴」を象徴するかのような

開放感があってカラッとした人も人間的に好きなのだが、

「雨」のようにどこか影がある人々により魅力を感じるのだ。

 

 

 

雨というのは、降っては流れて蒸発し、また降っては流れて…を繰り返す。

 

「恵みの雨」として大地に命を与えてくれる。

 

その一方で、非常に気まぐれで、

降ったと思ったらまた止んで、

時には災害をもたらすかもしれない。

 

 

そんな一面もある。

 

 

人々に「憂い」や「恵み」も与え、

時には荒ぶることもあるけれど、

そこにその人独特の魅力があるのだ。

 

 

 

そうやって「雨」は永遠に循環して

自身もいろいろな経験をしていく。

 

 

様々な場所へ旅をしながら、

結局は元の自分に帰ることが出来る。

 

吹割の滝。(群馬県沼田市)また行きたいなぁ…。

 

 

「嬉しさ」や「悲しさ」…どんな感情も経験もすべて受け入れて、

「本来の自分」として生きられるようになるのだ。

 

 

そうやって思いついたのが

「雨呑家(あめのみや)」という言葉だ。

 

「雨呑家」は自身の活動名というか、屋号みたいなもの。

 

ブログタイトルでもある「雨呑み者(あめのみやー、アミヌミヤー)」は

かつて沖縄で虹を意味していた。

 

そのため、虹の象徴、LGBTである僕にもぴったりだと思ったのだ。

 

この写真、当時(2011年らしい)ガラケーで撮ったのだが

なかなかハッキリ撮れているなぁ。

 

 

というわけで、そんな私「雨呑家」と同様、

「雨のような人」を増やしていきたいと思い、

「雨のような人」を「雨人(あめんちゅ)」と呼ぶことにした。

 

 

「自分自身」を「ありのままの存在」として受け入れ、

自然体で振る舞い、

その人にしか歩めない人生を楽しむ。

 

必要以上に人に気を使わない、

自分にとって嫌だと思うことはしない。

好きなことだけをして生きる。

 

自身の感情や思いを抑圧させること無く、

遠慮なく曝け出すことが出来る。

 

ふらっとどこにでも行くから地に足ついていないようでいて、

芯の部分がしっかりしているからどこでも生きられる。

 

自分自身がそんな生き方を体現することで、

人に安らぎと癒やし、時には笑顔を与えることも出来る。

 

それが美しく儚くもたくましい

「雨人(あめんちゅ)」しての生き方である。

 

 

…うん、なんか筋が通っているようでいて

結構メチャクチャなこと言ってるけど、

要するに「変人」を増やしたいってことさ。

 

 

そんな変人・「雨人(あめんちゅ)」を増やして、

殺伐としているこの世に恵みを与えていけたら良いなと思い、

これからもこのブログでは、様々なことをお伝えしていくつもりだ。

 

 

 

ちなみに紫陽花と上の睡蓮の写真は

2017年6月、大分の別府(地獄巡り)にて撮影したものだ。

(地獄そのものの写真についてはまた旅の話をした時にでも。)

 

 

このように僕は時間を見つけて、日本各地をアクティブに巡ってもいるのだ。

 

 

あなたが雨のように様々な場所へ気軽に旅ができるようになるためにも、

旅に関する情報も提供していきたいと思う。

 

 

というわけで、

あなたもぜひ「雨人(あめんちゅ)」になりませんか?

 

 

「雨人(あめんちゅ)として本来の自分に還って

様々な場所を旅してみたい!」

 

 

そう思っていただけたのであれば、

僕の想いに共感していただけたのであれば、

ぜひ今後も僕の発信をご参考いただければと思います。

 

 

ブログなどで人生のヒントや旅の楽しさをお伝えしていきます。

 

 

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綺麗な虹も 昔は嫌われていた

さて、前回の続きでサイト名について説明したいと思う。

 

↓前回

 

 

ブログ名をどうしようか考えてた時に、

いくら僕がセクシュアルマイノリティだからといって

タイトルに「虹」ってつけてもありきたりな気がするし

(「虹」をブログなどのタイトルにしている人すみません…)

 

どうしても別の方法でブログ名を表現したいな

 

…と思って色々探していた。

 

 

すると、ある日…

 

「これだ!!」

 

って思うものを見つけたのだった。

 

 

そう、それが「雨呑み者(アミヌミヤー)」なのだ!

 

 

 

「雨呑み者(アミヌミヤー)」ってなんだ?

 

と思われる人も多いと思うが、

 

これは、昔の沖縄の人が「虹」のことを呼んでいた名前だそうだ。

 

 

そもそも、「虹」の漢字の由来を調べて頂ければわかると思うが、

「虹」は、もともとは「蛇」を連想させるものだったそうな。

 

 

今でこそ虹を見つけるとなんとなく嬉しくなったり、

喜んだりする人がほとんどかと思うが、

昔は人々にとって忌み嫌われる存在だったようだ。

 

 

沖縄の人にとっても「虹」は赤まだらの大蛇を意味し、

「雨を呑む」ということで、干ばつの象徴とされていたのだ。

 

 

 

 

しかし、現在の「虹」はというと、

全世界でレインボー=LGBTが主流になっているし、

性の多様性を象徴するものにもなっているほどである。

 

 

大昔の虹に対する酷い扱いはなんだったのか…?

 

 

まぁいいでしょ!今は今!

 

 

今が良ければ全て良し!

 

 

ということで、

 

 

昔の常識が今では非常識に

新しい価値観として生み出され

人々に広がっていく…

 

 

 

 

そんなことが続けられたら世の中が変わると思う。

 

 

それに、「虹」は

「目に見えるものと見えないものをつなぐ橋」

だと僕は思うんだ。

 

 

あなたの思い描いている夢と現実を、

「虹」という見えない架け橋で繋げられたら良いなぁ。

 

 

しかし、「雨を呑む」なんて、

人々に潤いをもたらさないように見えるし、

実際この「雨呑み者」というものが

人々にとって迷惑な存在であったことは事実だろう。

 

 

実在しない、価値のない、それどころか不吉な存在を

現実的で、価値を生み出す存在に変えていく…

 

 

そんな気持ちを常に抱いて、

自分なりに発信をしていきたい。

 

 

そしてこのサイトがあなたにとって

全ての憂いや悲しみを呑み干せる…

そんな存在でありたいと思う。