すべての出来事はあなたにとってベストなタイミングで訪れる

沖縄で一人暮らしをしている僕にとって、

別荘みたいな家がある。

 

 

それは、数年前に亡くなった僕の祖父母と叔父の家だ。

 

実家は栃木県なのだが、その祖父母の家は群馬県にある。

 

 

 

先日、後者…

つまり祖父母の家が売られることが決まったのだ。

 

 

どのような家かというと

2階建ての家で広い庭がある。

 

 

いわゆる庭付き一戸建てのマイホームってやつだ。

 

 

恵まれた自然に囲まれ、

子育てをしたり動物を飼ったり

植物を育てたりするなら絶好のロケーションである。

 

 

 

↑山にも近い。写真は近すぎるのでほどよい距離感を保ちたいところ。

 

 

実際に祖母は植物を育てていたし、

叔父も柴犬を飼っていた。

 

 

誰にでもフレンドリーで、非常に可愛く穏やかな性格の犬だったし

僕もその犬のことが大好きだった。

 

 

ちなみに僕は数日前、iPhoneに買い換えた。

 

 

 

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その際に、7年間所持していたガラケーを手放したのだが、

 

待受の画像は

ずーーーーーーーーーーーーーっとその犬だった。

 

 

 

↑実際待受だった画像。

ガラケーの画質で申し訳ない…)

 

 

 

単純に画像を変更するのが面倒くさいというのもあったが、

「犬は買い主に似る」という言葉どおり、

その犬も叔父や祖母の優しい人柄を反映したかのような犬だったので

見ているだけで癒やされたのだ。

 

 

 

子供の頃にはよく祖父母の家へ遊びに来て従兄弟たち(同年代)と遊んだものだ。

 

 

一度だけ、子供だけででかけことがあり、

バスに乗り間違えて迷ってしまったことがある。

 

 

その時は祖父が迎えに来てくれた。

 

 

祖父はドーナツをよく買ってきてくれた。

ス○バでもド○ールでもなく「レトロな喫茶店」が似合いそうな風貌で、

長身でかっこいいと子供ながらに憧れていた。

 

 

 

↑その影響か?僕もレトロなカフェや喫茶店が大好き。

 

 

 

実家や学校での出来事は、

正直思い出したくないこともたくさんあったのだが、

祖父母の家に関しては、こういう懐かしい出来事を思い出したら

楽しいことばかりが浮かんでくる。

 

 

僕にとって祖父母の家は

 

「実家でのつまらない日常から開放してくれる憧れの存在」

 

だったのだ。

 

 

 

 

しかし、そんな思い出に溢れた家を

売りに出すことが決まったわけである。

 

 

 

実は数年前から

 

「電車代もかかるし車の維持費も余計にかかるし

家族の誰も住むつもりがないんじゃ売るかもしれない。」

 

という話を親から聞いていた。

 

 

それがとうとう実行されることになったのである。

 

 

確かに僕も、「祖父母の家で暮らしてみたい」

と思ったことはある。

 

 

僕自身もその家へたまに来るだけなら良いのだけど、

住むにはあまりにも不便すぎると思っていたし、

自治会に入らなければいけなくなるのがネックだったので

実際に住むことはないだろうと思っていた。

 

 

前述したように、全く不便なわけでもないが、

一人暮らしするにはあまりにも辺鄙な場所だと刺激が少なすぎる

…というのが正直な印象だった。

 

 

田舎特有のご近所付き合いも面倒臭そうだし

僕は自分のペースでのんびり生きたいのだ。

 

自然を感じながらのんびり生きるなら田舎は良いよね。

 

 

もちろん、僕や兄弟が住むつもりであれば

その家をその人の名義で引き継がれせてもらえることになるのだが、

刺激が豊富で自然も豊富な沖縄での生活が楽しいので

他の土地に引っ越すのはあまり気が向かなかったのだった。

 

 

売りに出されるのなら、

親の資産なんだから親の好きにすれば良いと思っていたし。

 

 

寂しいとは思ったけど、強く反対することはなかった。

 

 

 

さて、実際、祖父母の家を売りに出すにあたって、

購入希望者を探すのはとある不動産屋さんに任せたそうだが、

 

内覧の際、特に母親に連絡もなく勝手に家の中に入ってカーテンなどを勝手にいじられるなど、

対応にはいろいろ不満があったらしい。

 

 

さらに、その買い手もいつの間にか決まってしまったという。

 

 

親は少々納得がいかない様子だったが、

もう決まったことだし、相手も買うつもりになっているし、

お金も必要なので…と

渋々了承する形になったそうだ。

 

 

僕もその話を聞き、

 

 

「あの家ももうなくなるのか…

いざとなると寂しいなぁ…。」

 

 

と思いながらも、

祖母の家で最後の正月を過ごそうと

飛行機のチケットを確保し、

「この日に帰る」ということを親に伝えた。

 

 

 

しかし、そのたった数日後…

 

 

「転機」は突然訪れた。

 

 

 

買主との契約日のほんの2、3日前のことだった。

 

 

「数年後、家からさほど遠くない所に道の駅が出来る」

 

という情報を親から得たのである。

 

 

 

僕は当初、祖父母の家を民泊として運営していきたいと思っていて、

数年かけて親を説得していたのだった。

 

 

 

 

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今回の件とは関係ないが、

上の写真のような群馬県内の道の駅にはいくつか訪れたことがあるので、

「近くに道の駅が出来たら毎日が楽しくなりそうだな」

と思い、さっそく新しい道の駅に関する情報を得ようとググってみたところ、

それらしき情報がヒットした。

 

 

思ったより大規模なプロジェクトだった。

 

 

僕は震えた。

 

 

そして…直感的にこう思った。

 

 

「もしこの道の駅が実現したら、

このエリアに多くの人が訪れるようになるはず。

 

 

将来発展していく可能性があるし、

土地の価格だって上がるはずだ。

 

 

家を売ってしまうのは勿体無い。

 

 

民泊や貸しスペースを運営すれば

きっと多くの人に利用してもらえるはずだ!」

 

 

そう思い、

家主であり、実際に不動産屋さんとやりとりをしている親に

契約を断れないだろうかと頼んだ。

 

 

親も本当は家を売りたくないので、

「買い手が決まり売ることになった」現実に関しては

ほぼあきらめモードになっていたのだが、

 

 

「どうしてもダメなのか?

ダメだったらあきらめるけど…」

と念を押してみた。

 

 

僕は人と交渉する上でも何かを実現する上でも

諦めが早いという欠点がある。

 

 

しかし、そんな僕に、様々な人から様々な教えを享受していただいたことで、

 

 

「人を動かすのはルールではなく、熱意や思い」

 

「他人ではなく、”自分がどうしたいのか”で行動する」

 

「最後まで諦めない」

 

という考えが自分の中に培われていたのだった。

 

 

※「他人」ではなく「自分」の気持ちを優先する考え方については

こちら↓を参考にしてみてね。

 

 

すると、「あんたが住んでくれるなら…」と親も喜んでくれて、

断る方向に話を進めてくれたのだった。

 

 

 

そして、その家は無事「売らない」という結果になったのである。

 

 

契約前だから違約金なども発生しないし

タイミングとしても非常にラッキーというか

ギリギリセーフだった。

 

 

 

今回、家を売らないきっかけとなった道の駅の情報自体は

数年前から存在したようだが、

「契約日の前」というギリギリのタイミングで得られたのには意味があると思う。

 

 

 

というのは、契約を断った後に、

相手の方が不動産会社を通して親と話したいと言ってきたようで、

実際に面談をしたそうだ。

 

 

その面談の中で、相手のご家族が

 

「2年くらい前から今まで100件ほど見てきた中で一番良い。」

 

「6歳の子供が気に入っている。」

 

と言ってくれたらしい。

 

 

以前の僕は、その家を「良いところだけど辺鄙で不便な場所」にあると思っていて、

他の人にとっても利用価値があるか微妙なところだと判断していた。

 

 

だから、仮にその家で民泊やゲストハウスなどをやりたいと思っていても、

うまくいくか自信がなかった。

 

 

 

ただ、僕もかつて、車じゃないと訪れることが難しい、

自然が豊富なロケーションの素敵な民宿を利用したことはあった。

なので、場所はあまり関係ないのかもしれないが。

 

 

 

しかし、その話を聞いた時、

そして、今回お断りしたご家族含め、

熱意のある購入希望者も何人かいたという話を聞き、

その家が人様から見ても非常に良いロケーションであることがわかったからだ。

 

 

また、親によると、祖父がこの家を購入する際には

「絶対、土地の価格が上がるから」と言われたらしい。

 

 

そのため、この祖父母の家を守ることで彼らが喜ぶ、

車さえ手放せばあと数年なら僕が帰るまでなんとか維持できるだろうと言ってくれた。

 

 

確かに、

「お金がない”から”、泣く泣く家を売る」

 

のではなく

 

「お金がない”こそ”、家を維持できるように工夫する」

 

という発想の転換は重要だよね。

 

 

前向きに物事を考えられるようになった親を見て

僕自身も大きく進歩した。

 

 

というわけで、

 

「数年後は祖父母の家に住んで民泊を運営する。」

 

 

これが僕にとっての目標となったのだった。

 

 

駅からは遠いから、車がないとアクセスが厳しいではあるものの、

かといって国道からさほど離れていないので

買い物や遊びにも問題なくいけるし、

場所や形態を選ばなければ就労先にも困らない。

 

 

ストレスフリーでやりたいことを実現するには絶好の場所だと思った。

 

 

ただ、今沖縄にいるのも理由があって

それは多少苦労してでもやりたいことが沢山あるからだ。

 

 

自分自身が今思い描いていること、

ぜんぶ一つ一つ実現していきたいと思うし、

仮に本土へ帰ることになったとしても、

またいつでも自分が沖縄に帰れるように

沖縄で強いネットワークを築いていきたい。

 

 

そのために、興味のあることにはどんどん挑戦したいし

人とのつながりを大切にしていきたいなと思う。

 

 

とりあえず、まずは行動だ。

 

 

民泊の手続きに関することは

実際にそのエリアで民泊を運営している知人の方に教えてもらい、

正月の仕事始めに役所へ訪れることに決めた。

そこでひとまず実際に民泊ができるのか、相談をしたいと思う。

 

 

家の写真をその知人の方に見せたら

「とても良い!」と絶賛してくれたから

需要はあるとは思うし、

それから先のことはこれから考えていけば良い。

 

 

期待に胸が高鳴る。

 

 

今回の経験は、

 

「すべての物事は自分にとってベストなタイミングでやってくる」

 

ということに気づくきっかけになった。

 

 

もし最初から売りに出さなければ

「購入希望者」という客観的な立場の人々から

意見を得られることもなかっただろうし

親類間だけの「素敵な家」で終わっていただろう。

 

 

それに、僕自身も何も考えずに祖父母の家へ引っ越しして、

沖縄での生活を終わらせてしまうということもしないで済んだ。

 

 

自分がやりたいことの夢や目標をある程度果たすまでは

出来るだけ沖縄には住み続けたいという思いがあるからだ。

 

 

親も購入希望者と話して、

気に入ってもらえたことに対しては「嬉しい」と言っていた。

 

 

このような出来事の数々が

今の自分が本当に必要としていることを

もたらしてくれるんだなって思った。

 

 

もし仮に家を売ってしまうことになったとしても、

それはそれで別の学びがあっただろうし。

その時に「自分がどう捉えるか」を考えれば良いだけだ。

 

 

良いことはもちろん、

一見悪いことや不都合なことも

すべての出来事に感謝できるようになるのが目標。

 

 

 

そして、すべての出来事の「内容」はもちろん、

「タイミング」も、

 

「この出来事は、自分にとって一番良いタイミングだからこそ今起こったんだ。」

 

 

…と、

自分に訪れるすべての物事を感謝して受け入れられるようにしたい。

 

僕がKindle Unlimitedをやめた理由

タイトルの通り、1年以上契約していたKindle Unlimitedを解約した。

 

 

そのきっかけとなったのが

以前ブログでも紹介したこちらの書籍。

 


↓書籍の感想はこちら

 

改めて書籍のタイトルを紹介しよう。

 

あるがままに生きる(足立 幸子・著

 

である。

 

 

まさにこの書籍こそがKindle Unlimitedで読んだものだったのだが、

皮肉なことに、この書籍を読んだ後に、

「Kindle Unlimitedを解約しようかな…」

と思ってしまったのだった。

 

 

もちろん書籍の内容が自分に合わなかったから、ではない。

 

 

むしろ逆だ。

 

 

上のリンク先にある記事でも述べているが、

書籍の内容が自分にとって共感できたからである。

 

 

「自分の直感に従って、

自分にとって必要なものだけあれば良い」

 

そういう考えを自分は採用していきたいと思ったからだ。

 

 

「引き寄せの法則」とはよく言ったものである。

 

さらにそれを決定づけたのがこちらの電子書籍である。

 

 

Dr.ドルフィンの地球人革命(松久正・著)

 

 

まぁ、たまたまこちらの書籍が

「おすすめの本」に出てきたから読んだというだけであって

偶然といえば偶然なのであるが

必然といえば必然である。

 

 

 

書籍の感想に関してはまた後日書こうと思うが、

これら2冊の書籍を読んだ感想として、

 

ただ闇雲に情報を得ることよりも

自分にとって本当に必要なものは何かを考えて、

自発的に情報を得ていくことが大切なのではないか

 

と思ったのである。

 

 

 

つまりはそれが

 

「主体的に生きる」

 

ということなのかもしれないと思ったのだ。

 

 

 

情報を受け取るってどうしても受け身になりがちである。

ツイッターなどを見てると自分が得たい情報だけを手に入れることができるから

それが世界のすべてだと思ってしまいがちである。

 

 

 

しかし、実際はそうではない。

自分の興味がある分野がニッチであればあるほど

いかに自分がマニアックであることを気付かされるし

加えて、世の中には自分の考えを否定する人もいるわけである。

 

 

そのような人が存在することを理解しながらも、

しかし、自分は自分の生きたいように生きるし、

自分のやりたいようにやる。

 

 

そういった現象とうまく付き合いながら、

すべてをありのままに受け入れること…

それが理想の形だと思うようになったのだ。

 

 

以前の「俺の考えに異を唱える人は全員敵同然だ。」

みたいな考えの自分からするとだいぶ成長したように思う。

 

 

 

 

 

話をKindle Unlimitedに戻すと、

もちろん、Kindle Unlimitedにも良い本はたくさんある。

 

 

しかし、毎月の引き落とし額が発生してしまうので、

最低でもその元をとるために

無理にでも電子書籍を探さないといけなくなってくる。

 

 

さらに、Kindle Unlimitedの対象となる電子書籍は限られているから、

それに限定して探すことになる。

 

 

そうなると、Kindle Unlimitedではない通常の本を

「読みたい本」の選択肢から省いてしまうこともあるからだ。

 

 

その「通常の、読みたい本」こそが

自分にとって有益な場合もあり得るし、

それを見落としてしまうのが非常に勿体無い。

 

 

そのような習慣にならないようにするには、

 

 

「自分が得たい情報を得ようと思ったときだけ、本を探すようにする。」

「読みたい本を読みたいときに購入する。」

「受け身で得られる情報はすべて断捨離する。」

 

 

こういった考えこそが、自分にとって一番良い

情報との付き合い方なのではないかと思った。

 

 

 

 

また、同様の理由で高城剛氏のメルマガも購読をやめた。

 

 

 

↑僕が初めて読んだ高城剛氏の電子書籍

 

 

もちろん、彼のことが興味なくなったとか、嫌いになったとか

そういった理由ではない。

 

 

僕は元々気になる人のメルマガを読んでいても、

途中で飽きてしまい読まなくなってくる傾向がある。

 

 

高城氏のメルマガに関しても

メルマガを読むことを後回しにするようになってしまい

どんどん溜まる一方になってしまった。

 

 

いくら精度の高い情報でも読まなかったら意味がないし、

「読まなきゃ」と思ってしまうとストレスを感じるようになってしまう。

 

 

上にも挙げたように、

自分にとって必要だと思うものだけを

必要なときに取り入れれば良いのだ。

 

 

メルマガだってまた購読したいと思ったら

再度登録し直せばよいし。

 

 

それに、別に自分からわざわざ情報を得るために

セミナーに参加したり、ニュースなどをチェックしたりしなくても、

自分が「ほしい」と思っていることは

タイミングよく人から情報が得られることだってたくさんある。

 

 

その詳しい経験談に関しては

また後日話そうと思うが、

無理をして高額セミナーに参加しなくても

人には話したくないような有益な情報を得ようとしなくても

あなたがなりたいと思う自分像になれるものだ。

 

 

その理由は単純で、

「言霊」という言葉にもあるように

自分の夢や希望を口にだすことで

再現率も高くなるからだ。

 

 

何も話さないよりかは、

自分がしたいと思うことを言葉にすることで、

周囲の人が協力をしてくれるからである。

 

 

人は理想と現実のギャップを感じると

その埋め合わせをするために努力をするものである。

 

 

人に対して自分の夢を話して、

人に協力してもらえるようお願いをするなどして、

最後まで諦めずに努力をした人達だけが

「思い描いていた理想の未来」を手にすることが出来るのではないか…

と僕は思う。

 

 

僕もこれまでにいろいろ学んで様々な経験をしてきて、

金額的な損失はたくさんあったものの、

「誰かに依存しない、被害妄想もしない、孤高な存在のカッコいい俺」

になりつつある。

 

 

それは途中で形を変えながらも、

「自分の考えを発信をし続けること」をやめなかったからだ。

 

それに共感してくれた人々が

僕に「本当に必要なもの」だけをもたらしてくれたと僕は思うし、

そう考えると背伸びをして「意識高い系」を気取る必要もないわけである。

 

 

ありのままの、等身大の自分だけでお腹いっぱい、

満足できるようになれるものだ。

 

もちろん、さらなる成長はしていきたいし、

収入は増やしていきたいとは思うが。

 

 

 

世の中には「夢を見させるビジネス」が数多く溢れている。

 

 

しかし、実際収入が伴わなかったら全く意味がない。

 

 

僕はブログやインスタで漫画や旅に関する楽しいコンテンツを発信しながらも

「一攫千金も派手な生活もないかもしれないけれど、地に足がついた確かな情報」

だけをあなたに提供できたらと思う。

 

 

あなたもぜひ今一度ご自身のとっている情報やサービスが

本当に必要なものなのかを考えていただきたい。

 

 

将来、何がどうなるかなんて誰にもわからない。

 

 

「備えあれば憂い無し」という考えで無駄なものに余計なお金を払っているよりかは、

 

「今、あなたにとって本当に必要かどうか」

 

シンプルに判断できる力を培っていきましょう。

 

 

あなたのライフスタイルや考え方によって、

Kindle Unlimitedのようなサービスが本当にあなたにとって有益かどうかもわかるので、

まずは「あなた自身と情報の付き合い方のルール」を明確にしていきましょう。

 

 

今後もこちらのブログや、一番下↓↓↓で紹介している僕のLINE@で

その過程における気づきや学びなどを発信していけたらと思うので

気になる方はぜひフォローしていただきたい。

「自分探し」の人生より、「宝探し」の人生のほうが簡単。

僕は自分のこだわりがあまりにも強い。

 

短気だし。気分屋だし。

 

良い人ぶって大人しくしているうちは害がないのだが、
そういう我が強い部分が出ていると非常に面倒くさい奴だと思う。

 

なので、他人のちょっとした言動を
必要以上に気にしたり、
イライラしたりしてしまうことが多かった。

 

相手の言葉一つとっても

 

「今のどういう意味だったんだろう?」
「俺のこと嫌いなのかな?」

 

 

…という

端から見ればどうでも良いことを細かく気にしてしまうので

 

 

 

まぁーーー気が休まらなかったね。

 

 

 

 

でも、最近ようやく気づいたんだ。

 

 

「人が自分が快適に過ごせるようにしてくれるのかを気にするよりも、

自分が人と一緒に成長していく…

そんな風に考えたほうが楽だし楽しくないか?」

 

 

って。

 

 

今までの僕は、すぐに人と自分を比べては

劣等感を感じてしまっていた。

 

 

自意識過剰で

「どう見られるか」「どう思われるか」

やたら気にしていたし。

 

 

一つの出来事をネガティブに捉えてしまうものだから

卑屈で皮肉屋で斜に構えすぎていた時期もあった。

 

 

 

 

しかし…

こういった一連の行為は全て自分を苦しめるものだ。

 

 

自分を受け入れられない、愛せていない。

 

 

「より自分を嫌いになるために」

自分自身で選んだ行為なのだ。

 

 

ついつい他人のせいにしてしまっていたけれど、

過去に起こった出来事はもう既に過去のことだし、

それに執着するのも時間が勿体無い。

 

 

そもそもその行為に他人は関係ないのだ。

 

 

「自分の人生なのだから、全てが自分の責任。」

 

 

…この言葉に納得するには時間がかかったけれど、

徐々にでも考えを改めるようになった。

 

 

そして、気づいたんだ。

 

 

これからは人の顔色を伺わないで

自分の機嫌だけとれば良いんだって。

 

 

相手の感情は相手の責任であり、

相手が引き起こしたことは相手の責任だからである。

 

 

もちろん同様に、

自分の感情の責任も自分で取らないといけないし、

自分が引き起こしたことも自分の責任となる。

 

 

一見すると、これって苦痛に見える。

 

 

しかし、これって逆に言えば、

 

 

「どんなに大変な状況を引き起こしてしまったとしても

自分の解釈次第で嫌な出来事にも良い出来事にでもなる」

 

ということだ。

 

 

 

 

つまりこれって、

「判断を他者に委ねない、自分の好きにできるからめちゃくちゃ楽」

なんだよ。

 

 

嫌な出来事を良い出来事として解釈できるようになるには、

日頃から自分の成長を実感していけば良い。

 

 

一見すると自分が悪くないものでも、

自分で引き起こしたことだと思えば、

その経験を生かして次に繋げることができる。

 

 

「他者が自分を快適にさせてくれるかどうか」や

「他社によって自分が傷つかないか」

 

 

ということに目を向けていては

常ににそのことばかり意識を取られてしまい、

大きく成長することはできないだろう。

 

 

自分のことしか考えていない、

視野が狭まっている状態だからである。

 

 

その上、何かを恨んでいる暗い自分のままでは、

自分を愛せていないゆえに不満も多く、

「自分が愛せない自分」であり続けるために

いつまでもやりたいことを実現できないし、

付き合う人も限られていくことにもなる。

 

 

こういった性格から脱却するためにも

「良い人」を演じることをしなくなるためにも

「傷つきたくない」という目的のために

無理に予防線を張ることもなく、

ありのままの自分で生きるためにも

好きなように振る舞ったら良いのだ。

 

 

行きたいところに行けば良いし、

やりたいことをやれば良い。

 

とにかく

 

「頭に描いている自分のイメージを

すぐに実践して体現させること。」

 

 

 

それに気づいてから楽になった。

 

 

僕の場合は旅行で全国を飛び回ることかな。

 

 

自分がどう振る舞おうと、

相手の感情までコントロールできないんだし。

 

 

それならいっそのこと

「自分はこうだから」って

開き直ってしまったほうが良いだろう。

 

 

結果、僕の場合だが、

自分の機嫌を取ることにしか興味がなくなった。

 

 

その結果…

 

「他人の言動が自分を不快にさせるかどうか」

 

以前に比べてあまり気にならなくなった。

 

 

まぁ失礼な奴がいたら相応の態度は取るかもしれないけど、

基本的にはスルーすれば良いし

人が自分をどう思うかあまり深く考えない。

 

 

「相手がどう感じるか、どう考えるのか」

こういった相手の思考は相手の問題だし

そこは自分の踏み込むべき領域じゃないからだ。

 

 

同様に、

「相手が自分をどう思うか」も、

自分にはどうにでもできないことだし

相手の自由にさせておけば良いだろう。

 

 

不幸な人生を送りたい人は

悲劇のヒーロー(ヒロイン)ぶって被害妄想を続けるだろうし、

 

 

自分の人生を変えたい、成長したいと思っている人は

どんな出来事からも学ぶことが出来るからだ。

 

 

全ての出来事はね、必要があるから起こるんだ。

 

 

「目の前の相手が何を求めて伝えようとしているのか?」

「過去にどういう経緯があって今こういう状況なのか?」

 

 

相手がどんなメッセージを発しているのかを考えるようにすることで、

自分自身の成長にも繋がる。

 

 

すべての人と仲良くする必要はないかもしれないが、

理解しようと努めることで大きな気付きにもなる。

 

 

自分の本当の気持がわからない人、

やりたいことがわからない人、

もやもやしながら毎日を送っている人、

世の中にはそんな人達がたくさんいることだろう。

 

 

僕は、自分探しの人生もいいけど、

宝探しの人生を送る方がもっと簡単だと思う。

 

 

「宝」とは「学び」のことだ。

 

 

何気なく過ごしている毎日でも

自分の成長となるための「宝」が

そのへんに転がっているはず。

 

 

より多くの「宝」を見つけるために、

普段のあなたではあまり見ないような部分にも

目を向けていってみてはいかがだろうか。

 

 

もしかしたら巨大な財宝が隠されているかもしれない…。

 

相手が自分の領域を犯してきたら戦争しろ!

「戦争」なんてなんだか物騒な言葉を使ってしまったけど、

まぁタイトルのとおりだね。

 

 

ただ僕は、国家間や宗教間などの「戦争」について語りたいわけじゃないから

それを目当てに来てしまった人はブラウザをそっと閉じていただきたい。

 

 

僕が話したい「戦争」というのは

 

「自分を守るための戦争」

「人と健全な関係性を築くための戦争」

 

である。

 

コミュニケーションにおける戦争…

まぁ言ってみれば「喧嘩」や「口論」「自己主張」だね。

 

 

それを踏まえて、

 

「相手と戦争(バトル)して自分の領域を守ること」

 

の重要性について語っていきたい。

 

 

 

先日、とある会社のセールスの人が家に訪れた。

 

恐らく日本中でも大半の人が迷惑しているであろう

あの企業の訪問員だ。

 

 

その人はなぜかアパートの事情を知っていて、

一方的にこちらの事情を決めつけてきた。

 

僕は直感で「こいつは悪質なやつだ」と判断した。

 

 

出かける間際だったし

「急いでいるのですが。」

「さっきも言ったように…。」

とあれこれ説明しても信じるどころか全く聞き入れてくれない。

 

 

それどころか、

相手も「絶対に契約させる」勢いだったのか

何回も何回も同じことを聞いてくるのだ。

 

 

あまりにしつこいから最終的に

「だから言ったでしょ!?」

とキレて無理やり振り払うかのように相手を追い返した。

 

 

とりあえず申し込み用紙だけもらっておけば

相手も納得するだろうと思い、それは妥協したが。

(もちろん申し込むつもりはない。)

 

 

このように無礼な相手、

こちらの「人としての権利」を無視してくる相手、

自分の縄張りを犯そうとしてくる相手etc…には

僕は非常に厳しい態度をとる。

 

 

自分の「領域」を犯そうとしてくるから当然のことだ。

 

 

ちなみに「領域」とは国のように

自分の縄張りのようなものと思ってくれて良い。

 

 

それでもピンとこなければ

こちら↓でも軽く説明しているので参考にしてほしい。

 

 

 

…しかし…

こういう「赤の他人に自分の領域を侵される」経験は

きっと多くの人にあるはずだ。

 

 

 

例えば子供の頃を思い出してほしい。

 

 

親など大人たちから指図や命令をされたことはないだろうか?

 

 

「宿題しなさい」

「部屋を片付けなさい」

「あれやりなさい」

「これやりなさい」

 

 

まぁこんな細かいこといちいち言われてばっかりじゃ

 

 

「うるせーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「じぶんでやるわーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 

 

ってキレたくもなるよね(笑)。

 

 

でも、従わないと怒られる、叩かれるなどされた人もいるはず。

 

 

そのたびに、相手に対して反発心を抱いてしまう。

 

反抗期では荒れてた人も多いんじゃないかな。

 

今リアルタイムで荒れてる人もいるかもしれないね。

 

 

それはまだ良い。

嵐はいずれ治まるときが来るだろうから。

 

 

問題なのは

「これが出来ない自分はダメなんだ」と

自分自身を否定するようになって、

 

大人になった今でもその呪縛から逃れられず

苦しんでいる人も少なくないはずだ。

 

 

親だけでなく、上司や先輩からも似たようなことをされている人もいるだろうね。

 

 

逆に、人をまとめる立場にある人なら、

人に対してそのようなことをしてしまう人もいるだろう。

 

 

こういった

「相手に対して指図をしてしまう」

もしくは

「相手の言うことに嫌々従ってしまう」

 

それは

「相手の領域を犯す」

もしくは

「相手が自分の領域に入るのを許してしまう」

ということにもなる。

 

 

 

「自分らしい生き方」をする上でも、

「相手との依存的ではない健全な関係性を築く」上でも

全く良いことではない。

 

 

 

 

 

それなのにも関わらず、

「本当はこういう事情があるのに…」

といった気持を言葉にできず

逆らえない人は多いだろう。

 

 

しかし、自分の気持ちを押し殺して人の言うことを聞いてばかりいると

全て相手の基準で物事を考えるようになってしまい、

自分の気持がわからなくなってくる。

 

 

「自分はどう考えているのか」

「自分にとって何が嫌なのか」

「自分は何を望んでいるのか」

 

 

こういった「自分の気持ち」がわからなくなってくると

相手が全ての判断基準になってしまい、

常に相手の顔色を伺うようになり

自分らしく自然体に振る舞うことができなくなる。

 

 

「自分の軸」ではなく「他人の軸」で物事を考えてしまうからだ。

 

 

※「自分の軸」「他人の軸」についてはこちら↓を参考にしてほしい。

 

 

「他人の軸」つまり「他者の気持ち優先」で物事を考えると、

自分が何をするにも相手が優先になる「共依存の関係性」になってしまう。

 

 

いつまでも子離れできない過保護な親とか。

DV彼氏と別れられない彼女とか。

 

 

「この子がいなきゃ…」

「この人がいなきゃ…」

と常に自分がいなきゃいけないと思う込んでいる状態のことだ。

 

 

そうしたことを続けていくと、あなた自身も被害妄想にとらわれやすくなる。

 

 

こうした共依存は、

「相手の存在」で「自分自身の存在意義」が保たれているからである。

 

 

いざその関係性がなくなり

(恋人と別れる、親なら子供が勝手にどこかへ行ってしまうなど)、

あなたにとって不都合な状況(破産や病気など)が訪れた時に

 

 

「あの人のせいだ」

「あいつが悪い」

「あの子が〇〇してくれない」

 

という考えに陥りやすいからである。

 

 

これは人を恨んでばかりの人生だ。

 

そんな人生を送るようになってしまうと、

怒りや悲しみのエネルギーを湧き上がらせたまま毎日を過ごすことになり、

あなたが幸せに生きられなくなる。

 

 

なので、今すぐにそれを断ち切ろう。

 

 

「革命」の始まりだ。

 

 

DV彼氏(彼女)を持った恋人は

今すぐに同棲しているアパートから出ていくべきだし、

 

 

子供に干渉してしまう親は

「子供が幸せなら何をしていても構わない」と

良い意味で子供に対して「無関心」になる必要がある。

 

 

逆もあるよね。

 

 

親のことを「鬱陶しい」と思うのなら、

今すぐにでも一人暮らし出来るアパートを見つけよう。

連絡はたまに行えば十分だし、

なんなら海外まで行ってしまっても構わない。

 

 

僕だって一人になりたくて、

ほぼ海外みたい沖縄を選んだんだから。

 

 

「革命」の後には「戦争」が起こる。

 

 

もしそれでも相手が自分に依存してくるのであれば、

「戦争(バトル)」をしよう。

 

 

↑お前こそ口悪すぎだから自重しろ

 

 

自分が思っていることを相手にぶつける。

 

 

僕もそうだが、日本人には口論が苦手な人は多い。

 

怖いかもしれない。

面倒なことになるかもしれない。

 

 

でもね、

「自分の気持を吐き出すこと」は

自分のためでもあり、

相手のためでもあるのだ。

 

 

少しでもあなたを思いやってくれる人なら自分自身で考えるだろうし、

その人自身が自立して人生が良い方向に向かっていくかもしれない。

 

 

逆に、依存的な考えが抜けない人はいつまでも同じことを繰り返すし、

別の「依存させてくれる人」のところへ去っていくかもわからない。

 

 

でも、それは全て「相手の責任」なんだから、

あなたが心配して気にする必要なんてないんだよ。

 

 

少なくともあなたの「思い」を外にだすことで、

相手が成長する可能性を与えることになる。

 

自分の中で悶々としたままでは

その可能性すら0になるんだ。

 

だから、「言葉にする」ことは大切なことなんだよ。

 

 

それでも相手が

 

「あなたに対して過剰な期待をしてくる」

「あなたに対して依存心を抱いている」

「言うことを聞かせようと支配的な態度を取ってくる」

 

 

その状態であなたのところへまた来ようものなら、

完全にスルーして良い。

 

 

もしくは自分の考えをぶつけて、毅然とした態度で追い払えば良い。

しつこいセールスマンに対処するかのように。

 

 

 

「相手と戦争」をすること…

つまり、あなたが自分の考えを主張することは、

少なくともその人にとっては「意味があること」に繋がるはずだ。

 

 

もしそれで

「相手が怒る」「他の人からも責められる」

などの不都合なことが起きてしまっても、

それは放っておいて構わない。

 

 

厳密に言うと、

「受け取り方は人それぞれなのだから、徹底的に相手に任せる」

ということだ。

 

 

 

あなたに覚えていてほしいのが、

「相手が相手自身で考えて処理をするべき課題や問題」は

確実に「相手の領域」

なんだよね。

 

 

少なくても「あなたの領域」ではないはずだ。

 

つまり、あなたが相手の問題を解決する義務はないということ。

相手の問題なのだから。

 

あなたが相手を思い通りにさせたい、

相手に言うことをきかせたいと思い、

相手の「領域」に無理やり入り込んでいくのであれば

相手に反発されても仕方がないだろう。

 

相手だって相手の「領域」を守る権利があるんだから。

 

逆に言えば、

相手が自分の領域に無理やり入っていくのであれば

反発しても良いし、自分の言いたいことを言って構わない。

あまりにも執拗な行為をするのであれば逃げてしまって構わないし、

他の人に助けを求めるのもアリだ。

 

 

…てなわけでまとめると、

 

 

人に振り回されてばかりで疲れている人が

「人の顔色を伺わず、自分の気持ちを最も優先できる生き方」

ができるようになるには

 

 

「相手と自分との問題を明確に区別し、

必要以上に干渉してくる相手には毅然とした態度をとること。

もしくは必要以上に相手に干渉せずに突き放すこと。」

 

 

こういったことが大切なのだ。

 

 

「自分のことは自分で決める」

「相手のことは相手が決める」

 

それを前提にある程度の距離を置いた関係を築くこと。

 

 

それが本当の意味で

「お互いを信頼し、尊重できる」

自立した大人同士の理想の関係だと思うな。

暗くて捻くれていた僕を「毎日楽しく生きてる変態」に変えてくれた人

今日は僕が今フォローしている方について紹介したい。

 

 

僕は最近、メンタルに関する記事をたくさんあげているのだが、

それはこの方から大きな影響を受けている。

 

 

その名もウィックスあやみさん。

 

 

 

詳しくはリンク先を参照してほしいのだが…

 

 

かつては彼女も自分自身に対して

「何をやってもダメだ」と思い込んでしまうくらい

自己肯定感が低かったそうだ。

 

 

うつ病などで苦しんだ時期もあったらしい。

 

 

それが、人生が一変して年収何百万は軽く超えるセレブ女子になった。

 

 

しかし

 

「急に人生が変わるなんてあり得ないだろ。」

 

最初はそう思った。

 

 

しかし、発信の一つ一つにリアリティがあるから

嘘ややらせではないようだ。

 

「どうしてそうなったんだろう?」

 

僕は気になり、彼女を追いかけてみた。

 

 

そしてわかった。

 

 

彼女は自分なりに努力し続けた結果、今の姿を掴んだのだ。

 

 

カウンセリングもたくさん受けたし、

セラピストなどにもたくさん会ったそうだ。

学びに1,000万もの金額を自己投資していたのだ。

 

 

僕はその話を聞いて、強く心を打たれた。

 

 

そして、

 

彼女自身もWEBデザイナーであることと、

僕自身もクリエイティブ系であること、

 

 

また、スピ系ではないものの、

スピリチュアルなことについても興味関心が高い。

(あやみさんのほうが知識の量が半端ないが)

 

この点でも共通点があり、親近感を覚えた。

 

 

あとは旅が好きなこともね。

 

 

一般にセレブ系って言うと

「キラキラしているおしゃれな女性」って感じで

住む世界が全く違うって印象だった。

 

 

香港のリッツカールトン最上階にあるバー「OZONE」(わかりにくいけどw)。

バーだけなら宿泊者じゃなくても入れるし誰でもセレブ気分を味わえる。

 

 

しかし、現在オーストラリアに在住のあやみさんは

その性格もサバサバしていて行動的だからか

むしろ「自分と似ている」とさえ思ったほどだ。

 

 

僕の知り合いで現在マレーシアで暮らしている沖縄の女性がいる。

いや…現在別の国にいるんじゃないかってくらい神出鬼没で超行動的かつ破天荒。

その方とどことなく似ているなとも思ったし。

 

 

ということで、

なんとなく直感で「この人なら!」と思って、

彼女を信じてみることにした。

 

 

その結果…

 

 

今、毎日が超絶楽しい。

 

 

自分の「異質さ」「変態さ」をもっと出していいとさえ思うようになったし、

以前まで自分の中にあった「自意識過剰さ」がなくなった。

 

 

「他人を変えることは出来ない。」

 

「まずは自分が変わるしかない。」

 

 

 

よく言われる言葉であるが、

それを今、自分自身で実感している。

 

 

今までどんな自己啓発本や

メンタルに関する本を読んでも変わらなかったのに。

 

 

その理由は今ならわかる。

 

 

「理屈」では理解していても、

「納得」出来ていなかったからだ。

 

 

人は「納得」できないと、

モヤモヤしたり反発心を抱いたりしてしまうものだ。

 

 

ところが、あやみさんの言葉は全て納得できるものばかり。

自分にとって腑に落ちやすいものばかりだった。

 

 

だから、すんなり受け入れることができたのだ。

 

 

OZONEから撮影した景色…は上手く撮れていたものがなかった。

その代り香港の夜景をどうぞ。

 

 

こんな感じで旅行を楽しむことだってできるのだ。

 

 

 

 

宝くじなどで一攫千金を夢みる人は多いと思う。

 

 

 

しかし、それって本当にその人自身にとって良いことなのか?

 

 

 

自分の心に聞いて、考えてみてほしい。

 

 

宝くじで人生が破綻してしまった人もいるくらいだし、

本来、人間とはその人に見合った収入が得られることになっているのだ。

 

 

自己肯定感が低いままや、

世の中に対して不平不満を抱いたまま、

人をただのお金としか思っていない、

 

 

そんな状態だと一時的に稼げたとしても長くは続かない。

 

 

まずは自分を愛すること。

 

 

「今のままで良いんだよ。」って

 

「失敗したってヘマしたって大丈夫だよ。」って

 

 

自分を受け入れること。

 

 

そして様々な人と関わって様々なことを学び、

自然体の自分のままで成長していくこと。

 

 

その結果、自分にとってふさわしい金額の収入を得られるようになるのだ。

 

 

今やりたいことが特に無かったとしても、

毎日を楽しく生きている内に見つかるようになるんだ。

 

 

今は収入が低くて辛い思いをしている人もいるかもしれない。

 

 

でもね、「自分の幸せ」に「お金」は関係ないんだよ。

 

 

僕だって今収入そんなにないけど、自分なりに毎日を楽しんでいる。

 

 

「変態」であることに開き直って、

 

「変態」である自分を愛せるようになったからだ。

 

 

もし、

 

「生きるのが辛い」

「毎日仕事ばかりで心も身体も限界…」

 

 

そう感じている方がいたら、

まずはあやみさんの発信を追いかけてみるのも良いと思う。

 

彼女のLINEを友だちに追加すれば、

 

「パソコン1台、1日たった数時間で

月数百万もの安定した収入を得られるようになった方法」

 

こういったことを知ることが出来る。

 

 

もちろん、彼女自身も鬱を乗り越えたことから、

「楽になる考え方」についても教えてもらうことが出来る。

 

 

あやみさんのことが気になったらぜひ、

彼女のことを友だちに追加して

彼女の発信する音声や動画などを見てみてほしい。

 

 

※こちら↓無料で登録できます。

 

 

「働かずに一生遊んで暮らしたい!」

 

 

そう思っている人は多いと思うけど、

 

 

僕はそうは思わない。

 

 

「自分にとって余裕のある働き方で

安定した収入を得ながら好きなことをやって生きていきたい!」

 

「ありのままの自分で、世の中に大きく還元していきたい!」

 

 

そんなライフスタイルが理想だ。