「見た目は小動物、中身が獣フレンズ」な女性との会話で得た「友人づくりの基本」

以前僕が本土(大阪〜三重〜名古屋の電車の旅)へ旅行に行ったときのことだ。

 

 

↑伊勢神宮にて

 

 

「一見すると柔らかい雰囲気の優しそうな女の子だが

めちゃくちゃ芯が強く自立した女性」

 

とお茶をした時のことを書きたい。

 

 

その人は元々知り合いだった本土の方で、

僕がたまたまライブの遠征に名古屋まで行ったついで

会う約束を取り付けたのだった。

 

 

検索をかけたら、ベトナム料理が美味しそうなお店があったので

そこで会う約束をした。

 

 

 

↑やかんが可愛らしい。

 

 

 

まず、僕は見た目と中身にギャップがあり

昔からそれに悩まされている。

 

 

というのも、第一印象がそれなりに良くても

中身は意外と我が強い部分があるので、

あとは下がっていくしかないからだ。

 

 

どちらかと言えば損なタイプである。

 

 

それで嫌われてしまうということも結構あったし、

かといって、「都合が良い人」と一方的に思われるのも大嫌いである。

 

 

最近ではそれで非常に苛ついたことがあり、

自分の過去を思い出したりして

自分のことことについてまた考え込んだりしてしまったため、

以下のような記事を書いたのだった。

 

※↑一部口悪い表現あるので閲覧注意。

 

 

 

そう、僕と彼女、両者に共通しているのは

 

 

「一見すると”種や木の実しか食べなそう”な癒し系小動物だけど

中身が”狙った獲物は絶対逃さない系(?)”の肉食獣」

 

 

 

だということ。

 

 

 

僕はそんな彼女を始め、

男っぽいタイプの人を勝手に「獣フレンズ」と呼ぶことにした。

 

 

 

ちなみに某アニメとは全く関係ないのでご容赦いただきたい。

 

 

 

ベトナム料理を食べながら、

久しぶりに会う彼女と

近況のことや普段考えていることなどを楽しく語り合った。

 

 

 

 

↑普段、ベトナム料理はあまり食べる機会がないんだけど、

フォーがとても美味しかった。

 

 

 

その中で、僕が最も共感したことで

なおかつ今後の「友人づくり」で参考になる話があった。

 

 

それを語っていきたいと思う。

 

 

 

 

まず、その子も元来は非常に芯が強いタイプなのだが、

優しそうな見た目のために「変な人」が寄って来やすいそうだ。

 

 

 

「優しそう」という印象だけで

相手が勝手な期待を抱いてくるそうで

嫌な経験もたくさんしてきたと話してくれた。

見た目も綺麗だから「変な男」も寄ってくるだろうしね。

 

 

 

具体的には…

 

その子はいかにも

 

「まるで聖母マリアのように

あらゆる全てのものを優しく包み込んで受け入れてくれそう」

 

 

というような柔らかい雰囲気があるためか、

 

 

彼女がちょっと内面を出すと

相手(特に男)が「裏切られた」気持ちになるようで

 

 

「思っていたのと違う!」

 

 

と勝手に失望したような反応をしてくるそうだ。

 

 

 

 

そして

 

 

相手が嫌なことを言ってきたり…

すぐに去っていってしまったり…

 

そんな経験をたくさんしてきたそうだ。

 

 

 

そうやって、その子は傷つき悩んで

最終的に「とある考え」に行き着いたそうだ。

 

 

僕もその内容に「全くそのとおりだなー」って同感した。

 

 

その内容とは…

 

 

「私の内面を見せたところで、

こちらに勝手な期待をしてくる、

依存的な考えの人間は去っていくだろう。

 

逆に、それでも私のところに残ってくれて

私を受け入れてくる

自立した人だけと付き合っていけば良い。」

 

 

とのこと。

 

 

まさにそうだよなー。

 

 

仮にあなたが他人から都合よく思われていたとしても

そんなものは

「表面上うまくやっていくためのもの」

と割り切っていれば良いし、

 

 

あなたがストレスを感じる、

我慢できないレベルの人物と遭遇した時…

例えばあなたのことを全く人として尊重してくれていない人、

確実に見下して来る人などに対しては

毅然とした態度で接すれば良いのだ。

 

 

 

僕の場合だと、

「僕を怒らない仏のような存在と思っている」人が

実は人間嫌いという僕の内面を知ったら

こちらを嫌ってくる可能性も高いだろうし

皮肉まみれの僕のブログを見たらきっと引くだろうなwと思う。

 

 

だから、リアルの知り合いには

あまりブログを見られたくないなって気持ちが正直あるし、

逆に、僕の内面を理解してもらうためにも

見てほしいなっていう気持ちもある。

 

自分が何を考えているのかとか

プライベートなこととか

周囲の人にはほとんど話さないから。

 

 

いろいろ複雑なのだが、僕の内面を知ってもなお、

 

「コリュさんって面白い」

「コリュさんのこと、もっと知りたい」

「(ブログの読者様なら)むしろ会いたい!」

 

そう思っていただける方々のことを大切にしていきたいなと思う。

 

 

 

日本は未だに慎ましくしているのが良い、

目上の人に逆らってはいけないみたいな風潮がある。

 

 

ハッキリ言って、そんなものは古い発想だ。

 

 

相手が誰だって構わない。

 

 

「あなたが大切にしているもの」を粗末にする奴とは戦えばよいし、

これ以上関わりたくないと感じたらすぐに去っていけばよいだろう。

 

 

僕も以前は過剰に人の顔色を伺っていたし、

相手に嫌われないよう、

相手の意見にすぐ同意してしまっていたようなところがあったのだが、

 

 

「相手がどう受け取るのか、どう感じるのかは相手の問題だ」

 

…と割り切るようにしたことで、だいぶ楽になった。

 

 

 

あなたが自分自身に無理を強いるような関係性は長く続かない。

 

 

相手を完全に受け入れる前に、

あなたの心身の健康を害してしまうからだ。

 

 

そうならないよう、ちょっとした会話の中で

「私って実はこういうところあるので〜」

と予防線を張っておくことも有効な方法だろう。

 

 

それで警戒するような人は自分から徐々に離れていってくれるだろうし、

あまり気にしなそうな人であれば

あなたそのものを受け入れてくれる可能性も高まるからだ。

 

 

 

僕みたいに他者とのコミュニケーションを避ける者にありがちなのが、

 

 

「自分の弱みを見せたくないから、

自分を知られたくないから、嫌われたくないから、

自分の内面を全く見せないし、話したくもない。」

 

というのは

かえって相手の期待に答えようと無理をしてしまう可能性も高まり

あなた自身にとっても良くないことなのだ。

 

 

相手がどう受け取るのかを過剰に考えすぎず、

あなたの気持ちを素直に伝えたら良いのではないかと思った。

 

 

類は友を呼ぶ。

 

 

僕はLGBT含め、中身が男性的な女性と友人になることが多い。

 

 

しかもその中には過去にスキンヘッド経験者や

ベリーショート経験者も多数いる。

 

 

友達じゃなくてもそんな人はいたな。

 

高校生時代によく通っていた美容室の美容師さんも

過去にスキンヘッド経験があったそうで

なんとなく波長が合うのかその方ばかりよく指名していた。

 

 

世の中にはギャルのような方々や

読者モデルのようなファッションの可愛らしい女性が多い中、

彼女たちのような異端ぶりは絶滅危惧種並みにすごく貴重な存在である。

 

 

要するに、「レッドリスト並に超貴重な獣フレンズ」なのである。

 

 

 

 

僕はそういう貴重な獣…人達と親交があったことを

非常に誇りに思う。

 

 

まぁそういう人は「自分と話が合う、良き友人」であって

恋愛対象としては全然見れないけど。

 

 

僕はどちらかと言えば

幸薄そうで慎ましい雰囲気の女性が好みだからだ。

 

↑はい、どうでも良い情報。

 

 

 

…というわけで今回は

 

「あなたと似たような人を

絶滅危惧種を守るが如く大切にしていこう」

 

という話だったのであった。(雑なまとめ)

 

 

 

俺、刈り上げはよくするんだけどな…

スキンヘッドは未だないな。

 

 

まぁ機会があったらそのうち。

(多分やらないと思う)

あなたの「A面」も「B面」も全て受け入れてくれる人を探そう

「あなた」という人間は様々な面から出来ている。

 

 

例えば、この人にはあなたのことを

「A面のあなた」という印象として見えているが

別の人にはあなたについて

また別の「B面のあなた」という印象を持っているとする。

 

 

一つ言えることが、

A面とB面はどちらも他人があなた自身について抱いている印象であり、

それらは決して間違ってはいないのだが、

どちらもあなたが持つキャラクターの一つの側面にすぎないということだ。

 

 

 

 

こんな感じで「A面」や「B面」、以下「C面、D面、E面…α面、β面」など

あなた自身のキャラを構成する様々な「面」、

その「面」をいかにして使い分けながら

自分が付き合いたい人だけとストレスのない関係性を築いていくのか…

 

その方法について話していきたい。

 

 

 

 

 

つい最近、こんな経験があった。

 

 

とある人に

 

「コリュさんってあまり怒らないよね。私もそうなりたい。」

「何言われても文句言わないから偉いね。」

 

と言われたのだった。

 

 

ぶっちゃけると、

 

「あ、こいつ全然俺の事わかってねーな。」

 

と思った。

 

 

まぁ赤の他人だからわかってなくて全然良いわけだし、

別にその人も間違ったことは何一つ言って無いと思う。

 

 

ただ、「その人にはそう見えるんだー。」といった印象だ。

 

 

 

一方で、また別の人から言われた言葉も印象的だった。

 

 

 

その人からは冗談交じりに

 

「お前のそういうとこ、本当にしたたかなんだよな。」

「いつからそんな”ふてぇ奴”(ふてぶてしい奴)になったんだ。」

 

ということを言われた。

 

 

僕はそれを言われて怒るどころか、

 

「お、この人さすが!!よくわかってるぅ〜!!!!」

 

と、逆にその人に対して興味を持ったものだ。

 

まぁ人によって感じ方違うし、

相手との関係性もあるだろうから

何が正しいとは言えないけれど、

ただ、その人のDISは自分にとって光栄だったのだ。

 

 

ちなみにその後日、

その人はこちらがちょっと気を利かせた行動をとった時に、

 

「お前のそういうとこ、良いよな!」

 

と評価してくれたのだ。

 

 

 

 

このように「自分を評価してくる人間」をざっくり分けると、

 

 

①表面の自分だけで評価をしてくる人

②裏面の自分を知った上で評価をしてくる人

 

 

この2つのタイプに当てはまることがわかった。

 

 

先の例で言えば、

僕を大人しいと思っている人が①で

僕を強かだと皮肉ってくる人が②である。

 

 

学校のクラスメイトや職場の同僚など、

知り合い程度の関係性であれば①がほとんどだと思うが、

ちょっと仲良くなると②に当てはまる人も増えていくかと思う。

(もちろん、内面を知られて嫌われる場合もあるが。)

 

 

実は僕にとって過去自分と関わってきた人も含め、

②のような関係性の人は非常に少ない。

 

 

僕にとって②のような関係性の人で思い出されるのは、

高校2、3年の時の担任の先生だった。

 

 

それまでの学校の先生や担任は

皆俺のこと「真面目」としか言わなくて

「家でも勉強してるんだろう」と勝手に思われていて

どれも皆同じ感じだと思っていたし

自分もそれに答えなきゃいけないと思ってしまっていた。

 

ま、今思えば、自分がそういう見られ方を選択していたんだから

自己責任なんだけどね。

 

 

でも…

 

 

「どうせ俺は地味で根暗で、

成績が良いことと絵がちょっと描けることや

マイナーな音楽について他の奴より詳しい以外に取り柄のない奴だし。」

 

 

そんな風に自分を捉えてたから、

無理して「いい子」を演じようとしていたんだね。

 

 

なので、僕自身があまり自分のことを話さない分、

「実は勉強してない」「サボりたい」「怠けたい」

という本音を引き出してくれて、

 

実は頑固で負けず嫌い、無駄や努力が嫌いで要領よくやろうとする…

 

そんな「本当の僕」をわかってくれる人達って貴重だと思ったし、

 

それでも受け入れてくれる人達こそ、大切にしていきたいと思ったんだ。

 

 

 

ただ、きっとあなたも似たような経験があると思うが、

「良い子」などの表面だけで決めつけられるのは誰だって嫌だよね。

なんか「レッテル」を貼られてるみたいで。

 

 

そうやって「他者によって自分に貼られたレッテル」

「周囲が見ている自分像」に合わせるために

無理に自分を演じてしまう人、

「良い人」で居続けることが辛いから

仕事も学校、人間関係などを心から楽しめない人、

無理をしすぎて鬱などの病気になってしまう人、

日本はそんな感じで生きづらさを感じている人も多いかと思う。

 

 

僕自身も「良い子」「良い人」でいるのが辛かったし

それが何らかのきっかけで爆発するとブチ切れて勝手な行動をとり、

かえって周囲に多大な迷惑をかけるような奴だった。

 

 

自分の欲求を押さえつけすぎてしまうこと、

無理して人に好かれようとすることって

良いことなんて何一つ無いんだよね。

 

 

だからか、

自分勝手に好き勝手生きていて

なおかつ穏やかで楽しそうな人達が羨ましくもあり、

嫉妬心で憎らしく思うこともあった。

 

 

でもね、最近では「良い子」「良い人」と思われているってことは

逆にラッキーだと思うようになったんだ。

 

 

僕自身、何かあった時に結構イライラしてしまうし、

譲れないことがあった時は反論というか怒っているつもりだったし、

しかも理不尽な出来事に対しては全く容赦しないし冷徹な態度を取ることもある。

 

 

そういった態度が行き過ぎるとむしろ感情的になりすぎたな、

周囲の人にも悪いなと思っているほどだったのだが、

 

 

逆に「大人しくて我慢強くて真面目な人」

みたいな印象を持ってくれているのか!!!!

 

 

そうわかったら逆にこっちのもんだ。

 

 

例え嫌なことがあった時にも、

もっと自分の気持を最優先させて良い、

もっと自己主張しても良いんだと思った。

 

 

必要な時に必要なことしか言わない分、

説得力や気迫が生まれるから相手がショック受けやすいしね。

 

 

それでこちらのことを都合の良いやつと思っている人は

勝手に逆恨みして離れていくんだろうし、

 

逆に、その時は不快な気持ちにさせたとしても、

きちんと反省してくれる人、

こちらの欲求を受け入れて合わせてくれる人だけと付き合っていけば良いのだ。

 

 

というわけで今回は

 

「A面もB面もC面もD面もα面もβ面も、あなたの魅力的な一面である。」

「例えA面だけしか見えてない相手でも、それ以外の一面を見せてみても良いではないか。」

「あなたのあらゆる面を受け入れて、大切にしてくれる人を大切にしよう。」

 

 

と言ったことについて話した。

 

 

人とうまくやろうとして自分を押さえつける必要なんて全く無い。

 

 

色んな面があってこそのあなたである。

 

 

相手との距離をより縮めるためにも、

あなたにとって本当に必要な人と仲良くなるためにも

そして何より、あなたがより魅力的な人物になるためにも

 

 

A面・B面があるカセットテープを

聞きたい曲に合わせてひっくり返すように

(↑今の若い人達にはわからないかな?w)

 

 

必要な場面に合わせて

あなたの一面をいろいろひっくり返しながら

あなた自身の色んな面をどんどん出してみてはいかがだろうか。

 

 

 

僕も今までずっと人を避けてきた部分はあった。

 

 

しかし、最近では、

 

憎まれ口と言うか「愛のある毒」を言い合える、

気が置けない関係性の人を見つけるのが自分の課題なのかもしれない…

 

そう思うようになった。

 

 

僕の希望としては、皮肉やブラックジョークがわかる人が良いな。

本当に相手を信頼していないと言えないからね、そういうのは。

 

 

言っても仕方がない人の悪口や愚痴ばかりを吐き散らすんじゃなくて、

自分に降り掛かったどんな出来事も皮肉を交えながら笑い飛ばし

ウィットに富んだ大人な会話を楽しんでみたいなぁ。

 

 

そんなお友達も募集中です♪

ストレスフリーの人間関係は…「相手に諦めさせろ!」

今回は「楽な人間関係を構築する方法」について話したい。

 

 

以前投稿した記事で

あるがままに生きる」という書籍についての感想を書いた。

 

 

↓その時の記事はこちら

 

 

 

この追記的な内容として、

著者の足立氏が、

楽な人間関係を構築するには、「相手に諦めてもらうこと」が大切

ということを説いていた。

 

 

 

つまりそれはどういうことかと言うと、

「本来の自然体のあなたのままで、相手に許してもらう」

ということである。

 

 

 

日本社会はガチガチのルールや固定観念で固められている。

 

 

「こうするべき」「こうあるべき」といった理想像を押し付けられ、

挙句の果てには暗黙のルールまで存在する。

 

 

子供の頃から「学校」や「教育」というもので

本来の自分ではない自分像になるように矯正されてしまい、

その自分像に合わせるために無理を強いることになってしまう。

 

 

それで登校拒否になったり、

ストレスによるいじめなどの問題も起こるようになったり、

鬱になったり、

最悪の場合…命を絶ったりしてしまうこともある。

 

 

それは大人になっても同じようなもので、

会社でも「パワハラ」などの暴力が自らの身に降りかかる場合もあれば、

人間関係などの様々な問題が起こって働きにくさを感じることもあるだろう。

 

 

 

相手の顔色を伺って自分の意見を押し殺してしまう、

あなた自身の意志や希望ではなく、相手にとって楽な方法を選択してしまうなど、

他人を軸とした判断が癖になってくると、

「空気を読む」「人に気を使う」など、無理をすることが多くなる。

 

 

あなた自身が好きなように行動することができなくなり、

不満を抱えてしまう原因にもなる。

 

 

本来ならば、「無理をしない程度に人に合わせられる」ことが

最も無難で円滑な人間関係であるが…

 

 

中にはものすごくわがままな人や、

自分の意見を絶対に曲げない頑固な人、

あなたの意見を聞きいれようとしてくれない人、

そんな人だってたくさんいるだろう。

 

 

また、あなた自身がちょっとでも好きにやろうとすると、

あなた自身が楽になるように動こうとすると、

嫉妬心からなのかか、はたまた自分にとって都合が悪くなるからか、

いろいろ理由をつけて文句を言ってくる人もいると思う。

 

 

そういった人と出会った時に

あなたは不満やストレスを感じることになるだろう。

 

 

 

それでは、どうすればあなた自身が

ストレスを感じないようになるかというと、

 

 

「相手に諦めてもらえるように行動していく」ことだ。

 

 

「私はこれがありのままの私で、私の魅力なんです。

だから許してね〜。」

 

と言わんばかりに開き直って自由に振る舞ってしまうのだ。

 

 

相手も最初は戸惑ったり怒ったりするかもしれないが、

それでも気にせずに自分のやりたいように行動していく。

 

 

それを繰り返していくうちに

やがては「〇〇さん(あなた)はこういう人なんだ」と思ってもらえて、

相手に受け入れてもらえる、諦めてくれるようになることだろう。

 

 

そのかわり、自分のワガママばかり言って

相手のワガママを全く聞いてあげないのはいけない。

 

 

自分にとって都合の悪いことや

相手の困った部分があっても

 

「この人は、こういう人なんだ」

 

と思って、ありのままの相手を受け入れてあげること。

 

 

 

人間関係はバランスだ。

 

 

 

あまりにも一方の要望が強すぎると、

一方に無理を強いることになり、

関係性が壊れてしまう原因になりかねない。

 

 

あなたが我慢し続けていると

人間関係の天秤はいずれ壊れてしまうだろう。

 

 

そうならないように、

お互いに「諦めること」「譲歩すること」で

円滑な関係を築くことが出来るのだ。

 

 

ただ、やっぱり自分にとって「合う人」「合わない人」はいるだろう。

 

 

「諦めること」「諦めてもらうこと」が出来そうにない、難しいと判断したら、

その相手や職場、グループとは離れることも考えよう。

 

 

 

…とは言っても人に気を使ってしまう人にとっては

なかなかうまく行動できないものだろうし

ちょっとでも相手が不満を露わにすれば、

自己否定をしたり申し訳なく思ったりしまうこともあるだろう。

 

 

もうこの際言おう。

 

 

 

全然気にしないで良いよ。

 

 

 

僕がかつてのアルバイト先でシフトの希望を提出した時のことだ。

 

 

「この日人がいなくなりそうなんで出てほしいんですけど、できますか?」とお願いされて、

「良いですよ。」と自分の予定を調整した。

 

 

 

しかし、実際にその「相手の希望日」に出勤した時だ。

 

 

 

「コリュさん、今日出勤でしたっけ?」

 

と言われてしまったのだ。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ?????

 

お前が頼んだんだろ!!!!

 

そのために他の予定も調整したんだよ!!!!

 

自分の言ったことには責任持てよ!!!!」

 

 

とイラついたものだ。

 

 

 

今では、この人はちょっと抜けている部分があったんだなとわかったし、

面倒なら断ればよいのに、お願いを受けてしまった自分が悪いって解釈してるけどね。

 

 

このように、

 

「あなたが相手のためにやってあげたことが、

相手が全くそれを感謝していないどころか

完全に忘れてしまっている。」

 

きっとあなたにも、そんな経験があるんじゃないかと思う。

 

 

 

僕がこの経験を通して得られたことは

 

「自分が思っているほど相手は自分のことを把握していないし、気にしていない。」

 

ということだ。

 

 

 

もしかしたら

 

「興味すらないのかもしれない。」

 

…ということにも気づくきっかけにもなった。

 

 

 

その一方で、僕自身が1週間くらいの長期休みをとった時、

相手にちょっと困ったような反応をされたことがあった。

 

 

しかし、後々になって

「この時期こんなに休んでましたっけ?」

と言われたのである。

 

 

 

その時に

 

「別に遠慮なんかする必要ないんだな」

 

って思ったよ。

 

 

 

休みたい時は休めばよいし

やめたい時はやめれば良い。

 

 

もしかしたら、あなたの性格や相手との関係性により

意見や要望が言いにくいこともあるかもしれない。

 

 

しかし、実際相手にあなたの希望や要望を言ったところで、

その時は文句を言われるかもしれないが、

大抵の場合は、意外と大丈夫だろう。

 

 

あなたが自分を優先して行動したところで、

相手から面倒臭い、厄介な人と思われたり、

愚痴や不満を漏らされたりするくらいで、

少なくとも命の危機を感じる事態にはならないはずだ。

 

 

こういうことを続けていくうちに、

いずれ相手が「あるがままのあなたのキャラ」に慣れてくるはず。

 

 

そうなったらもうこっちのものである。

 

 

相手に「〇〇さん(あなた)はこういう人だ」と諦めてもらえたら、

あなた自身がやりやすくなるはずだ。

 

 

あなたが好きなように行動することで、もし恨みに思われたとしても、

それはその人自身の問題なんだから、あなたが気を使う義務なんてまったくない。

 

 

相手の問題は相手の問題であり、

あなたの問題はあなたの問題だ。

 

 

一緒にせずに切り分けて考えよう。

 

 

 

 

さて、今回は

 

一方的なルールや価値観の押しつけなどでガチガチになりがちな社会で

あなた自身が少しでも楽になるようにするには…

 

 

あなたがありのままの自分で生きること、好きなように行動することを、

「相手に諦めてもらうこと」が大切。

 

その上で「あなた自身も相手を受け入れて諦めること」で

円滑な人間関係を築くことができる。

 

 

…ということについて話した。

 

 

お互いの「要望と許容」のバランスが良ければ

人間関係の天秤も保たれる!

 

 

 

夢や目標は諦めない!!

 

 

…とよく言われるだろう。

 

 

でも…

 

 

人間関係は諦めが肝心!!

 

 

自分自身のこだわりが強い人も

ちょっとだけ他の人のことを諦めて、許してあげよう。

 

 

 

そうすれば本来の自分自身も許し、愛することができるはず。

 

 

 

以前のあなたよりちょっとでも諦められるように

相手に「ありのままのあなた」を受け入れてもらえるように

少しずつあなた自身を開放していきましょう。

依存的な相手の言いなりにならない魔法の言葉

以前、「”あなたの領域”に他人が踏み込んできたら」

という内容の記事を書いたことがある。

 

 

 

 

まず、相手があなたの領域に踏み込むこと…

 

 

それはつまりどういうことかと言うと、

 

 

「あなたは〇〇すべき。(決めつけ)」

「〇〇しなさい。(命令)」

「〇〇しないと〇〇しません。(条件を提示)」

 

 

といったように

相手の都合を考えず、一方的に相手に要求をすることだ。

 

 

上で紹介している記事は、

相手からそのようなことを言われた時に、

あなた自身を楽にする考え方を説明したもの。

 

 

自分の領域も相手の領域も尊重し、

感情が込み上げたら言いたいことを言うことで、

依存的な相手を振り払い、相手との適度な距離を保つことができるのだ。

 

 

…さて、今回の記事では

「なぜ、相手の領域に踏み込んではいけないのか?」

もう少し詳しく説明したいと思う。

 

そしてさらに、

「相手の言いなりにならない魔法の言葉」

伝えていけたらと思う。

 

 

 

相手の領域に踏み込みすぎるとどうなるか?

 

 

「あなたは〇〇すべき。(決めつけ)」

「〇〇しなさい。(命令)」

「〇〇しないと〇〇しません。(条件を提示)」

 

 

こういうことを言い続けているとどうなるか?

 

 

 

まぁ、仕事にしろ家庭にしろ

相手が言うことを聞いてくれれば、

あなたはやりやすくなるよね。

 

 

自分にとって都合が良い人物になるように、

すごく嫌な言い方だけれど、

相手を「調教」「教育」するわけだから。

 

 

 

しかし…

これはお互いに信頼しあっている関係ならまだ良いのだけれど、

中途半端な関係性だと相手から反感を買うことになる。

 

 

また、たとえ信頼しあってても、

「相手が反発しないから」

と調子に乗って一方的な要求をするのもよくない。

 

これも相手が不満を抱えてしまう原因になりかねない。

 

 

 

それでは、どういうやり方で伝えればよいかと言うと…

 

 

すごく基本的なことだけれど、

相手に「お願い」することだ。

 

 

なぜ、「お願い」なら良いかと言うと…

 

 

最終的に「そのお願い」を受け入れるかどうかは、

相手が判断することだからだ。

 

 

これは別に「自分の意見を押し付けている」わけではないよね?

 

 

自分の要望を言っただけで、相手の領域には踏み込んでいない。

 

 

あなたのお願いに対して、もし相手が「無理、出来ない」と感じたら?

当然、断られることになるのだけれど、

それでも相手を恨んではいけない。

 

 

「ダメか…仕方がない。じゃあ別の方法を考えよう。」

 

…と、気持ちを切り替えて、また別の方法を考えれば良いことだ。

 

 

成長が出来る人というのは、

どんな状況も楽しみながら前向きに試行錯誤をしていく人だ。

 

 

逆に、依存度が高い人間は

自分の思い通りにならないと不平不満や文句を言うのだ。

 

 

僕も過去に関わってた人は

身内も含め後者のタイプが本当に多かったし

僕自身もそうだった。

 

 

僕自身も「嫌われたくない」「あることないこと言われたら嫌だ」

という恐怖心を抱いていたので

無理をして自分を安売りすることも多かった。

 

 

過剰な要求を受けてオーバーワークをしてしまうため

ミスも多くなるし

さらに「ちゃんとやらなきゃ」という強迫観念に囚われて

自分自身が疲弊してしまう。

 

 

結果、自分の価値を自ら下げてしまい

相手からも

「だからあなたはダメなんだ」と否定され

より多大な要望や要求を受けることになってしまう。

 

 

自分自身も

「こんなことも出来ないから自分はダメなんだ」

と思うようになる。

 

 

そういったことが積み重なり、

クレームや批判などをやたら恐れるようになってしまった。

 

 

 

でも、今なら言える。

 

 

 

そういった一方的な押しつけや決めつけは

 

 

すべてスルーOK!!!!

 

 

…ということを。

 

 

あなたが嫌だと感じる言葉をスルーするためにも

この魔法の言葉を唱えれば良い。

 

 

「そうですか。あなたはそう思うんですね。」

 

 

この言葉自体は、相手自身を受け入れ、

相手の意見に対して最低限の敬意を払っているので、何ら問題ない。

 

 

しかし、あなた自身は相手の意見や要求に対して従う必要はあるのか?

当然、そんな義務は全くないのだ。

 

 

相手の言うことを聞き入れるも聞き入れないも、

あなた自身が判断してよいのである。

 

 

人の意見に左右されることがなければ、

あなたの領域に相手を踏み込ませないで済む。

 

つまり、相手があなたを「都合の良い奴」と認識しなくなるので

相手があなたに対して依存してこなくなる。

 

結果、相手とあなたの距離感を適切なものに保つことが出来るし、

不平不満ばかりの嫌な人はあなたの元から離れていく。

 

 

逆にあなたが人の意見にいちいち左右されることなく、

「ブレることのないしっかりした自分」を確立していれば

あなたを大切に思う人ばかりが寄ってくるようになる。

 

 

それでもギャーギャー言ってくる奴には

頭の中で次のような言葉を呟いても良いし

場合によっては口にしたって構わない。

 

 

「あ、そう。」

 

 

面倒くさい奴にはこの一言で突っぱねれば良いことだ。

 

 

 

「右から左へ受け流す」どころか、

安全圏(自分の領域)というバリア内にいるから一切寄せ付けない。

 

 

 

まとめると、

あなたが人から要望やアドバイスを受けたとして、

それを「参考」として受け入れるのは良いのだけど、

すべて従う義務や必要は全くないということ。

 

 

「意見の一つ」として捉えれば良いだけだ。

 

 

 

…さて、ここで気をつけたいことは、

あなた自身も相手に対して、

どうしても言いたいことがあるとか、

相手に対して意見や不満があるとか、

アドバイスをしたいとか、

接している上で様々な願望や要求が出てくると思う。

 

 

それを言ってはいけないということではない。

 

 

むしろ、言いたいことは言っても構わない。

 

 

ただ、

「最終的な判断はすべて相手自身にある」

…ということを覚えておこう。

 

 

 

このような考え方を繰り返していくうちに、

「相手があなたに求めていること」を理解しつつ

「あなたが相手に求めていること」をはっきり伝えられるようになるはずだ。

 

 

僕もまだ自分の思いを伝えるのがうまくできないのだが、

以前よりかは意見を言えるようになったし

むしろ誰も仕切らないと、自然と中心的存在になる…

そんな一面があることにも気づくようになった。

 

 

何も言わないくせに全て相手任せにして不平不満を言う…

そんなダサい奴になりたくないからだ。

 

 

 

一人ひとりにとって価値観やルール、正義は違う。

 

 

それがぶつかった時に

相手に対して憤りを感じるかと思う。

 

 

そんな時は

「そう思う人もいるんだな。」

「色んな意見があって面白いな。」

「教えてくれてありがとう。

くらいに思って

あまり深く考えすぎないようにしよう。

 

 

例えあなたと意見や考え方が違う人と出会っても

「あなたが大切にしていること」も

「相手が大切にしていること」も大切に出来るように

 

 

また、相手に言いたいことを言わせてあげながら、

あなた自身も言いたいことを言えるようにするために

 

 

お互いに尊重し、信頼できる人が常にあなた自身の周りにいる…

あなたにとって心地よい環境を見つけられるように

 

 

少しずつでも良い。

 

誰の基準でもない、「あなた自身が感じている思い」を

眼の前の人に伝えられるようにしていきましょう。

他人のあら捜しを今すぐやめるべき理由

「人は他人を理解することは不可能」

 

そんなことはわかっている。

 

 

しかし、ちょっとでもわかり合いたい、

心が通じ合いたいと思うのが人間というものだろう。

 

 

それが出来ないと、相手のあら捜しをし始める…

そんな人が本当に多い。

 

 

僕自身も以前は壁を作っていたこともあり、

あまり人付き合いが得意な方ではなかった。

 

集団の中にいても、浮いてしまうことが多かった。

 

今だって必要以上に深い人間関係を構築しないタイプではあるが、

周囲の雰囲気に対しては非常に敏感に察知してしまい、

あれこれ考えてしまうことがある。

 

 

例えば…

 

 

皆が誰か特定の人の悪口を言っている光景を目にするたびに、

 

 

「なぜあの人は浮いているのか?」

「皆が言うほど悪い人ではないんじゃないか?」

「というか、色んな人がいる所で人の悪口言うなんてすごく迷惑。」

 

などと思ってしまうのだ。

 

 

その際に、「いいや、俺には関係ないし」って思おうとしても

嫌でもその「浮いている人」と「自分」が重なって見えてしまうのだ。

 

 

パワハラなど人に意地悪をする人間なら嫌われて当然と思うが、

悪気なく自己中な考え方の人や仕事ができない人、

不器用でうまく人間関係を築けない人も世の中には沢山いるわけであって

そういう人達がどんなことを考えているのか

僕は非常に興味があるのだ。

 

 

心の中ではありがとうと思っていても

うまく気持ちに表せないだけかもしれないし、

平静を取り繕ってひょうひょうとしているけれど、

実は人との距離を感じて寂しさや虚無感を感じているのかもしれないし。

 

 

だから、出来るだけ人を嫌いにならないようにしたいとは思う。

 

 

しかし、人は「わからない」ことに関しては恐怖や不安を覚えるもの。

 

 

自分自身が「相容れない、理解できないタイプの人」と出会うと

どうしても警戒してしまうんだろうね。

 

 

だから、口数少なく誤解されやすいタイプの人や

一般常識からズレているちょっと変わった人というのは、

相手から勝手に決めつけられて損をすることが多くなる。

 

 

その人を受け入れる余裕のない相手からすると

一つ一つの行動が悪気のあるものにしか見えなくなるからね。

 

 

まぁそれは受け取る相手の問題だからどうすることもできない…

そうやって割り切るしかないんだろうけど。

 

 

 

しかし、今の日本社会では

 

「仕事ができるかできないか」

「協調性があるかないか」

「気遣いができるかできないか」

 

…などといった偏った価値観で人を判断しがちだ。

 

 

これらの項目に当てはまらないと、

またたく間に「浮いた人」になってしまい、

皆がその人に対する愚痴や悪口、陰口、噂話大会をするわけである。

 

職場で他の人がいるのもお構いなしに不満を垂れ流す人達もいれば、

本人がいる空間でコソコソと話す人達もいる。

(↑この光景を見るたびに、「いやそれ絶対聞こえてるから」って思うが…。)

 

 

その場にいるすべての人があなたと同じ考え方とは限らないと思うが、

その可能性を想像することすらできないのだ。

 

 

それで、実際に嫌いな人とコミュニケーションをとるとなると、

多くの人が表面上穏やかに取り繕っているが

最悪の場合、いじめなどに発展する可能性だってあるわけだ。

 

 

そうして今の日本は勤務時間だけがやたら長く

給料も少なくて人間関係や職場環境も最悪の

働きづらい職場が多く存在するわけである。

 

 

こういった環境を生み出さないためにも、

 

まずはあなた自身が、

 

「皆が自分と同じ意見だと錯覚をすること」

 

という考え方にならないように注意する必要がある。

 

 

例えば…

 

「私だって我慢してるんだから、あなたも我慢するのが当然でしょ?」

 

という考え方に一度陥ってしまうと、

否定的な見方でしか相手のことを見られなくなる。

 

 

我慢している自分を肯定するために、

「あの人は〇〇してくれない。」

などと相手に対して勝手に期待して、

相手のあら探しをするわけだ。

 

 

それで共感してくれる相手を探して、

悪口大会に発展してしまうわけである。

 

 

しかし、それって非常に視野が狭い考え方だなって僕は思う。

 

 

 

視野が狭いということは、

隙間から覗くようなものだ。

 

 

 

 

つまり、見えている部分が限られてくる。

 

 

そうなると、良くも悪くも相手のことをピンポイントでしか見れなくなるのだ。

 

 

相手のことを好きすぎれば盲目になって

相手の人物像を自分の都合が良いように妄想したり期待したりようになるし

(↑いわゆる「脳内お花畑」ってやつだね。)

 

逆に、嫌いすぎれば否定ばかりするようになる。

(↑いわゆる「アンチ」ってやつだね。)

 

 

どちらも、相手の一部分しか見えていないからだ。

 

 

徐々にでも良いから、視野は広くしていこう。

 

 

視野を広くすれば、見えている部分が多くなっていく。

 

相手のことだって「景色の一つ」と思えるようになるし、

相手のちょっとした欠点も気にならなくなる。

 

 

 

 

 

あなたが見ている世界(景色)の魅力的な一部として、

ありのままの相手を愛せるようになる。

 

 

そもそも人は完璧ではない。

 

 

あなたがよく思っていない相手について、

もしかしたらその仕事はその人にとって向かないのかもしれないが、

その他の分野できっと輝ける場があるはずだ。

 

眼の前の相手を「こういう人だ」とただただ受け入れる…

それで良いじゃないか。

 

 

人によって能力に差があるのだから、

出来ないこと、苦手なことがあるのは当然だし

僕やあなただって

自分自身が出来ないことを他の人にカバーしてもらっているわけだから

皆お互い様なのだ。

 

 

さらに、もしあなたが今自分自身が置かれている状況を

「我慢している」と思うのなら

ちょっとでも「我慢しない」ような方向へもっていくように

あなた自身が努力するのも一つの手である。

 

 

例えば…

 

①人生の学びや人間の研究だと割り切って今の環境に居続ける。

②快適な環境に身をおくために、思い切って抜け出してしまう。

 

などあると思う。

 

 

仕事だと転職が後者に当たると思うが、

「今の環境がどうしても耐えられない」と感じたら

自分から早々に立ち去るのがいち大人としてのマナーだと僕は思う。

 

 

被害妄想を抱えながら不平不満を言いながら仕事をするのは

自らマイナスの波動を放って他の人や環境を汚染させてしまい、

あなた自身もその放った言葉で汚染されてしまう。

 

 

不平不満、悪口や陰口、愚痴などエネルギーを下げる言葉を放っても

その状況が良くなるわけじゃない。

 

むしろ悪くなるばかりだ。

 

 

 

だから、悪口は今すぐにやめよう。

 

それが出来なければ、仕事自体をやめよう。

 

 

僕だって以前はギブアンドテイクの考え方になりがちだった。

 

 

ギブアンドテイク…

この考え方はビジネスなど、人と何かを交渉する上では必要かもしれないけれど、

あなた自身を本当の意味で開放するには、

あまり良くない考え方だと僕は思っている。

 

 

ギブアンドテイクの考え方による悪い影響について

詳しくはこちらの記事↓を参考にしていただきたい。

 

 

ギブアンドテイクではなく、

「ギブ&ギブ」の精神になることが大切だ。

 

 

それはつまり…無償の愛。

 

眼の前の相手に愛を与えることだ。

 

 

 

 

さて、あなたは今、どこか人と「ズレている」部分があって

生きづらさを感じてはいないだろうか?

 

 

 

僕は、自分自身が仲間だと認識している人に関しては、

出来るだけその人のことを受け入れて理解したいし

僕自身もその人を通していろんなことを学びたいと思っている。

 

 

 

あなた自身だってきっと良い部分がたくさんあると思う。

 

 

無理に資格や技術なんて得ようとしなくても、

まずはあなた自身のことを十分に愛してほしい。

 

 

それが出来たらきっと、

相手のちょっとしたミスや欠点も気にならなくなるはずだ。

 

 

 

あなたにしろ相手にしろ

 

「そのままで十分に価値がある存在」

 

そう思えるようになるだろうし、

自然と、何もかもを許せるようになるはずだ。

 

 

そしたら、眼の前の人を愛せる余裕が生まれるはずだし、

素晴らしい世界(景色)が目の前に広がっていくはずだ。

 

 

 

そんな世界(景色)を毎日眺めることが出来たら、

生きるのがちょっとだけ楽になるだろう。