「見た目は小動物、中身が獣フレンズ」な女性との会話で得た「友人づくりの基本」

以前僕が本土(大阪〜三重〜名古屋の電車の旅)へ旅行に行ったときのことだ。

 

 

↑伊勢神宮にて

 

 

「一見すると柔らかい雰囲気の優しそうな女の子だが

めちゃくちゃ芯が強く自立した女性」

 

とお茶をした時のことを書きたい。

 

 

その人は元々知り合いだった本土の方で、

僕がたまたまライブの遠征に名古屋まで行ったついで

会う約束を取り付けたのだった。

 

 

検索をかけたら、ベトナム料理が美味しそうなお店があったので

そこで会う約束をした。

 

 

 

↑やかんが可愛らしい。

 

 

 

まず、僕は見た目と中身にギャップがあり

昔からそれに悩まされている。

 

 

というのも、第一印象がそれなりに良くても

中身は意外と我が強い部分があるので、

あとは下がっていくしかないからだ。

 

 

どちらかと言えば損なタイプである。

 

 

それで嫌われてしまうということも結構あったし、

かといって、「都合が良い人」と一方的に思われるのも大嫌いである。

 

 

最近ではそれで非常に苛ついたことがあり、

自分の過去を思い出したりして

自分のことことについてまた考え込んだりしてしまったため、

以下のような記事を書いたのだった。

 

※↑一部口悪い表現あるので閲覧注意。

 

 

 

そう、僕と彼女、両者に共通しているのは

 

 

「一見すると”種や木の実しか食べなそう”な癒し系小動物だけど

中身が”狙った獲物は絶対逃さない系(?)”の肉食獣」

 

 

 

だということ。

 

 

 

僕はそんな彼女を始め、

男っぽいタイプの人を勝手に「獣フレンズ」と呼ぶことにした。

 

 

 

ちなみに某アニメとは全く関係ないのでご容赦いただきたい。

 

 

 

ベトナム料理を食べながら、

久しぶりに会う彼女と

近況のことや普段考えていることなどを楽しく語り合った。

 

 

 

 

↑普段、ベトナム料理はあまり食べる機会がないんだけど、

フォーがとても美味しかった。

 

 

 

その中で、僕が最も共感したことで

なおかつ今後の「友人づくり」で参考になる話があった。

 

 

それを語っていきたいと思う。

 

 

 

 

まず、その子も元来は非常に芯が強いタイプなのだが、

優しそうな見た目のために「変な人」が寄って来やすいそうだ。

 

 

 

「優しそう」という印象だけで

相手が勝手な期待を抱いてくるそうで

嫌な経験もたくさんしてきたと話してくれた。

見た目も綺麗だから「変な男」も寄ってくるだろうしね。

 

 

 

具体的には…

 

その子はいかにも

 

「まるで聖母マリアのように

あらゆる全てのものを優しく包み込んで受け入れてくれそう」

 

 

というような柔らかい雰囲気があるためか、

 

 

彼女がちょっと内面を出すと

相手(特に男)が「裏切られた」気持ちになるようで

 

 

「思っていたのと違う!」

 

 

と勝手に失望したような反応をしてくるそうだ。

 

 

 

 

そして

 

 

相手が嫌なことを言ってきたり…

すぐに去っていってしまったり…

 

そんな経験をたくさんしてきたそうだ。

 

 

 

そうやって、その子は傷つき悩んで

最終的に「とある考え」に行き着いたそうだ。

 

 

僕もその内容に「全くそのとおりだなー」って同感した。

 

 

その内容とは…

 

 

「私の内面を見せたところで、

こちらに勝手な期待をしてくる、

依存的な考えの人間は去っていくだろう。

 

逆に、それでも私のところに残ってくれて

私を受け入れてくる

自立した人だけと付き合っていけば良い。」

 

 

とのこと。

 

 

まさにそうだよなー。

 

 

仮にあなたが他人から都合よく思われていたとしても

そんなものは

「表面上うまくやっていくためのもの」

と割り切っていれば良いし、

 

 

あなたがストレスを感じる、

我慢できないレベルの人物と遭遇した時…

例えばあなたのことを全く人として尊重してくれていない人、

確実に見下して来る人などに対しては

毅然とした態度で接すれば良いのだ。

 

 

 

僕の場合だと、

「僕を怒らない仏のような存在と思っている」人が

実は人間嫌いという僕の内面を知ったら

こちらを嫌ってくる可能性も高いだろうし

皮肉まみれの僕のブログを見たらきっと引くだろうなwと思う。

 

 

だから、リアルの知り合いには

あまりブログを見られたくないなって気持ちが正直あるし、

逆に、僕の内面を理解してもらうためにも

見てほしいなっていう気持ちもある。

 

自分が何を考えているのかとか

プライベートなこととか

周囲の人にはほとんど話さないから。

 

 

いろいろ複雑なのだが、僕の内面を知ってもなお、

 

「コリュさんって面白い」

「コリュさんのこと、もっと知りたい」

「(ブログの読者様なら)むしろ会いたい!」

 

そう思っていただける方々のことを大切にしていきたいなと思う。

 

 

 

日本は未だに慎ましくしているのが良い、

目上の人に逆らってはいけないみたいな風潮がある。

 

 

ハッキリ言って、そんなものは古い発想だ。

 

 

相手が誰だって構わない。

 

 

「あなたが大切にしているもの」を粗末にする奴とは戦えばよいし、

これ以上関わりたくないと感じたらすぐに去っていけばよいだろう。

 

 

僕も以前は過剰に人の顔色を伺っていたし、

相手に嫌われないよう、

相手の意見にすぐ同意してしまっていたようなところがあったのだが、

 

 

「相手がどう受け取るのか、どう感じるのかは相手の問題だ」

 

…と割り切るようにしたことで、だいぶ楽になった。

 

 

 

あなたが自分自身に無理を強いるような関係性は長く続かない。

 

 

相手を完全に受け入れる前に、

あなたの心身の健康を害してしまうからだ。

 

 

そうならないよう、ちょっとした会話の中で

「私って実はこういうところあるので〜」

と予防線を張っておくことも有効な方法だろう。

 

 

それで警戒するような人は自分から徐々に離れていってくれるだろうし、

あまり気にしなそうな人であれば

あなたそのものを受け入れてくれる可能性も高まるからだ。

 

 

 

僕みたいに他者とのコミュニケーションを避ける者にありがちなのが、

 

 

「自分の弱みを見せたくないから、

自分を知られたくないから、嫌われたくないから、

自分の内面を全く見せないし、話したくもない。」

 

というのは

かえって相手の期待に答えようと無理をしてしまう可能性も高まり

あなた自身にとっても良くないことなのだ。

 

 

相手がどう受け取るのかを過剰に考えすぎず、

あなたの気持ちを素直に伝えたら良いのではないかと思った。

 

 

類は友を呼ぶ。

 

 

僕はLGBT含め、中身が男性的な女性と友人になることが多い。

 

 

しかもその中には過去にスキンヘッド経験者や

ベリーショート経験者も多数いる。

 

 

友達じゃなくてもそんな人はいたな。

 

高校生時代によく通っていた美容室の美容師さんも

過去にスキンヘッド経験があったそうで

なんとなく波長が合うのかその方ばかりよく指名していた。

 

 

世の中にはギャルのような方々や

読者モデルのようなファッションの可愛らしい女性が多い中、

彼女たちのような異端ぶりは絶滅危惧種並みにすごく貴重な存在である。

 

 

要するに、「レッドリスト並に超貴重な獣フレンズ」なのである。

 

 

 

 

僕はそういう貴重な獣…人達と親交があったことを

非常に誇りに思う。

 

 

まぁそういう人は「自分と話が合う、良き友人」であって

恋愛対象としては全然見れないけど。

 

 

僕はどちらかと言えば

幸薄そうで慎ましい雰囲気の女性が好みだからだ。

 

↑はい、どうでも良い情報。

 

 

 

…というわけで今回は

 

「あなたと似たような人を

絶滅危惧種を守るが如く大切にしていこう」

 

という話だったのであった。(雑なまとめ)

 

 

 

俺、刈り上げはよくするんだけどな…

スキンヘッドは未だないな。

 

 

まぁ機会があったらそのうち。

(多分やらないと思う)

僕が思う「マイペースさ」と「運気」の関係性

2019年 あけましておめでとうござりんす。

 

 

大晦日と元旦は仕事だったし

何よりも一人暮らしなので「正月らしさ」とは無縁だったのだけど、

1月2日には実家に帰るべく飛行機で本土へ向かった。

 

 

 

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正月休みといえど1月2日に移動する人は少なく、

LCCのVanilla Airでも隣に人がいなかったのは最高だった。

 

これからどんな航空会社を使うにしても

オンシーズンを避けるか

オンシーズンの中の微妙なオフシーズンを狙うかして

快適な空の旅を楽しみたいと思う。

 

 

さて、久しぶりに成田を利用したけど

そこから電車に乗るまでが一苦労だった。

 

 

飛行機が到着した滑走路から第3ターミナル、

第3ターミナルから第2ターミナルまで

それぞれバスで移動する必要があったからだ。

 

 

何回もバスに乗らないといけないのと

思ったより時間がかかって、

予定していた電車に乗れなかったこともあり

ちょっとストレスに感じたのだった。

 

 

そして

「今後はちょっとくらい高くても羽田を利用しよう…」

と心に決めたのだった。

 

 

今回のフライトはLCCのほうが圧倒的に安かったけど

数千円の違いだったら最終的な金額もあまり変わらないしな。

 

 

南関東の人だったら成田でも良いかもしれないけど

僕の地元は宇都宮。

バスが出ているとは言ってもさすがに成田までは遠い。

 

 

ただ、時間に余裕がある時にちょっとした旅を楽しむくらいだったら

たまには成田空港を利用するのも良いかもね。

 

 

実際窓から見える風景は成田のほうが面白いしな。

 

 

飛行機代で悩むことがないよう

マイルもガンガン増やしていかなければ。

 

 

とはいえ、久しぶりに成田を利用したので

色々目新しいものがあった。

第3ターミナルのフードコートも沢山種類があって楽しそうだったし。

今後時間に余裕がある時は色々回ってみようかな。

 

 

 

…で、 長い前振りになったけれど

タイトルにもあるように、

 

 

「マイペースさ」「運気」について考えたことを書こう。

 

 

人のために、自分がよく見られたいために、

ついつい無理をしてしまう自分。

 

 

去年はそんな自分から少し脱却できて

楽な考え方に移行できるようになったけれど、

あまり過剰に考えすぎず、

もっと自分のペース、自分のやり方を貫けるようになりたい。

 

 

あなただって、

人に気を使わなくても、

人から好かれようとしなくても、

あなた自身を受け入れてくれる人は必ずいるから大丈夫。

 

 

それに気づいたからには、

もっとあなた自身が好きなように行動して良いのだ。

 

 

皆あなたが思っているほど他人のことを考えていないんだし、

取越苦労であなたが疲れてしまうんだったら

あなたが楽になる方向で考えるようにしたほうがずっと楽だろう。

 

 

あなたが自分自身を大切にしていけばその分良いこともたくさん起こる。

 

 

さらに、ありのままの出来事を受け入れられるよう成長できたら、

運気だって必ず上がるし幸せな出来事もたくさん起こるだろう。

 

 

一般的に言われているのが

 

「悲惨な経験をした人が救われる」

「努力した人が報われる」

 

 

などといったことだが…

 

 

実際の世の中の全ての事象が情緒で動いているわけじゃないから、

残念ながらそんなことはただの願望に過ぎない。

 

 

厳密に言えば

それらの経験や事象はすべて「あなたに何かを学ばせるため」にあるもので、

それ自体が直接「あなた自身の幸せ」と結びつくのではないのだ。

 

例えば、いじめなどのトラウマがなくて、裕福な家に生まれて幸せに暮らしていけるなら

誰だってその方が良いわけだし。

 

でも世の中には貧乏一家に生まれていじめられたような人でも

幸せに生きている人がたくさんいるわけだ。

 

 

世の中には2種類の人間がいて、

いくら恵まれた環境に生まれたところで、自分は不幸せだと嘆く人と

過酷な環境の中でも、少しでも自分なりの幸せを見つけて生きている人がいる。

 

 

全てはその人自身の考え方次第なんだよね。

 

 

ただ、最後まで諦めず、自分自身を信じた人だけに

幸運が訪れるんじゃないか…

 

 

僕はそう考えている。

 

 

そのため、

目標に向かってやるべきことをし続けた人は、その努力は必ず実るのだし

辛い過去を経験した人は、

その経験を生かしてメッセージを発信するなり人を救おうとするなりするから、

最終的には沢山の人がその人に集まり、その人自身が救われるのである。

 

 

過去の僕は自ら壁を作っていたから

人ももちろんだけど、同時に運気もシャットアウトしてしまっていたんだ。

 

 

それに気づいてからは、ちょっとでも自分自身を変えようと思った。

 

 

だから僕自身のことを信じてくれる人がいる限り、

発信をやめることは絶対にないだろう、と思う。

 

 

 

 

さて、まだまだ世間ではお正月モード。

 

 

僕は今、大好きなみかんを食べながらこのブログを書いている。

 

 

1月3日の夜、混み合っていない時間帯に

地元の神社へ訪れた。

 

 

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僕はここ数年正月を沖縄で過ごしているせいか、

初詣はいつも正月明けた後の休みの日にしている。

 

 

なので、「3日までに初詣をする必要なんて無い」

と思っているくらいなのだけど、

今年に限っては僕にしては珍しく世間に合わせたことになる。

ただ時間をずらしただけだけど。

 

 

誤解を恐れず言うが、

いくらパワースポットとはいえ、

多くの人がわんさかいる場所は避けたいのだ。

 

 

お祭りだったら人混みも良いけど、お参りはまた違うからね。

できるだけ静かな環境で行いたいものだろう。

 

 

それに、人がたくさんいることで、

ご利益を受けようと沢山の人が訪れるわけだから

その分自分の運気を吸い取られてしまいそうな、

むしろ逆効果な気がしているのだ。

 

 

僕は自分の運気が下がりそうなことは極力したくない。

 

 

ちなみに運気が下がることをどうやって嗅ぎ分けるかと言うと、

「何かを奪う」発想かどうか、

「自分の品格を下げる」発想かどうかなどである。

 

 

要するにあなた自身が直感で

 

「嫌だ」「こんなことをする人とは関わりたくない」

「こんなことをしたら自分の信念を汚してしまう」

 

などと感じることを避けていけばよいだろう。

 

 

人が避けるような人は運からも見放されるからね。

 

逆に、運気を味方につけるには、

自分の運気を上げるにはどうすればよいかというと、

 

「自分にとって嫌なこと、自分のイメージを下げることは一切しないこと。」

 

と考えている。

 

 

「運気」は「あなたのマイペースさ」にも関係してくる。

 

 

例えば、これは僕自身が個人的に考えてることだけど、

初詣だって混雑のストレスを受けながらお参りをするんじゃなくて、

自分の行きたいときにするのが一番良いのでは?

その方が神様ともゆっくりお話できると思うんだよね。

 

 

これはお参りだけではなく、様々なケースでも言えることだ。

 

 

というわけで年明け早々、僕は安定のマイペースさを実行したのだった。

 

 

 

あとは対人とのやり取りにおいて

いかにして自分のペースを優先できるかが重要だ。

 

 

あなただってもっと自分自身を大切にして良い。

 

 

あなた自身を犠牲にしたって良いことなんてなにもない。

そうなると考え方がネガティブになりがちだし、

むしろ運気が下がるだけだ。

 

 

もっとあなた自身を大切にして、

信念を持ってマイペースさを実行していけば、

あなたがやりやすくなるし、毎日が楽しくなる。

運気だって絶対に上がるはず。

 

 

まとめると、運気を上げるためには

以下のことをちょっとずつ実践していこう。

 

 

・どんな些細なことでも幸せに思えるようになること

・世の中の常識に疑問を持つこと

・人とは違った行動をすること

・人とズレたタイミングで行動をすること

・一般論ではなく、自分の考えをしっかり持つこと

・焦らず急がず慌てず、マイペースに行動していくこと

 

 

皆がしないことを積極的にチャレンジしていきましょう。

 

 

 

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さて、戌年はもう終わっちゃったけど

亥年も愛せるように猪を皆で愛でよう。

 

 

↑2015年ごろにネオパーク(沖縄)で撮影したイノシシ。

 

 

あーかわいい。かわいいよぉ。

 

ちなみに僕、去年の四国・高松への旅では

猪とニアミスの危機(?)に遭っている。

 

 

なので、今年はなんだかスリリングで楽しい年になりそうだ(?)。

 

 

その時の旅の様子はこちらから↓

 

 

 

というわけで、今年も自分の好きなことや考えたこと、LGBT関係、

まだ書いていない旅の記録や思い出を思う存分語っていこうと思う。

 

 

 

2019年もこの変態ブログを

どうぞよろしくお願いいたしますぞえ。

すべての出来事はあなたにとってベストなタイミングで訪れる

沖縄で一人暮らしをしている僕にとって、

別荘みたいな家がある。

 

 

それは、数年前に亡くなった僕の祖父母と叔父の家だ。

 

実家は栃木県なのだが、その祖父母の家は群馬県にある。

 

 

 

先日、後者…

つまり祖父母の家が売られることが決まったのだ。

 

 

どのような家かというと

2階建ての家で広い庭がある。

 

 

いわゆる庭付き一戸建てのマイホームってやつだ。

 

 

恵まれた自然に囲まれ、

子育てをしたり動物を飼ったり

植物を育てたりするなら絶好のロケーションである。

 

 

 

↑山にも近い。写真は近すぎるのでほどよい距離感を保ちたいところ。

 

 

実際に祖母は植物を育てていたし、

叔父も柴犬を飼っていた。

 

 

誰にでもフレンドリーで、非常に可愛く穏やかな性格の犬だったし

僕もその犬のことが大好きだった。

 

 

ちなみに僕は数日前、iPhoneに買い換えた。

 

 

 

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その際に、7年間所持していたガラケーを手放したのだが、

 

待受の画像は

ずーーーーーーーーーーーーーっとその犬だった。

 

 

 

↑実際待受だった画像。

ガラケーの画質で申し訳ない…)

 

 

 

単純に画像を変更するのが面倒くさいというのもあったが、

「犬は買い主に似る」という言葉どおり、

その犬も叔父や祖母の優しい人柄を反映したかのような犬だったので

見ているだけで癒やされたのだ。

 

 

 

子供の頃にはよく祖父母の家へ遊びに来て従兄弟たち(同年代)と遊んだものだ。

 

 

一度だけ、子供だけででかけことがあり、

バスに乗り間違えて迷ってしまったことがある。

 

 

その時は祖父が迎えに来てくれた。

 

 

祖父はドーナツをよく買ってきてくれた。

ス○バでもド○ールでもなく「レトロな喫茶店」が似合いそうな風貌で、

長身でかっこいいと子供ながらに憧れていた。

 

 

 

↑その影響か?僕もレトロなカフェや喫茶店が大好き。

 

 

 

実家や学校での出来事は、

正直思い出したくないこともたくさんあったのだが、

祖父母の家に関しては、こういう懐かしい出来事を思い出したら

楽しいことばかりが浮かんでくる。

 

 

僕にとって祖父母の家は

 

「実家でのつまらない日常から開放してくれる憧れの存在」

 

だったのだ。

 

 

 

 

しかし、そんな思い出に溢れた家を

売りに出すことが決まったわけである。

 

 

 

実は数年前から

 

「電車代もかかるし車の維持費も余計にかかるし

家族の誰も住むつもりがないんじゃ売るかもしれない。」

 

という話を親から聞いていた。

 

 

それがとうとう実行されることになったのである。

 

 

確かに僕も、「祖父母の家で暮らしてみたい」

と思ったことはある。

 

 

僕自身もその家へたまに来るだけなら良いのだけど、

住むにはあまりにも不便すぎると思っていたし、

自治会に入らなければいけなくなるのがネックだったので

実際に住むことはないだろうと思っていた。

 

 

前述したように、全く不便なわけでもないが、

一人暮らしするにはあまりにも辺鄙な場所だと刺激が少なすぎる

…というのが正直な印象だった。

 

 

田舎特有のご近所付き合いも面倒臭そうだし

僕は自分のペースでのんびり生きたいのだ。

 

自然を感じながらのんびり生きるなら田舎は良いよね。

 

 

もちろん、僕や兄弟が住むつもりであれば

その家をその人の名義で引き継がれせてもらえることになるのだが、

刺激が豊富で自然も豊富な沖縄での生活が楽しいので

他の土地に引っ越すのはあまり気が向かなかったのだった。

 

 

売りに出されるのなら、

親の資産なんだから親の好きにすれば良いと思っていたし。

 

 

寂しいとは思ったけど、強く反対することはなかった。

 

 

 

さて、実際、祖父母の家を売りに出すにあたって、

購入希望者を探すのはとある不動産屋さんに任せたそうだが、

 

内覧の際、特に母親に連絡もなく勝手に家の中に入ってカーテンなどを勝手にいじられるなど、

対応にはいろいろ不満があったらしい。

 

 

さらに、その買い手もいつの間にか決まってしまったという。

 

 

親は少々納得がいかない様子だったが、

もう決まったことだし、相手も買うつもりになっているし、

お金も必要なので…と

渋々了承する形になったそうだ。

 

 

僕もその話を聞き、

 

 

「あの家ももうなくなるのか…

いざとなると寂しいなぁ…。」

 

 

と思いながらも、

祖母の家で最後の正月を過ごそうと

飛行機のチケットを確保し、

「この日に帰る」ということを親に伝えた。

 

 

 

しかし、そのたった数日後…

 

 

「転機」は突然訪れた。

 

 

 

買主との契約日のほんの2、3日前のことだった。

 

 

「数年後、家からさほど遠くない所に道の駅が出来る」

 

という情報を親から得たのである。

 

 

 

僕は当初、祖父母の家を民泊として運営していきたいと思っていて、

数年かけて親を説得していたのだった。

 

 

 

 

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今回の件とは関係ないが、

上の写真のような群馬県内の道の駅にはいくつか訪れたことがあるので、

「近くに道の駅が出来たら毎日が楽しくなりそうだな」

と思い、さっそく新しい道の駅に関する情報を得ようとググってみたところ、

それらしき情報がヒットした。

 

 

思ったより大規模なプロジェクトだった。

 

 

僕は震えた。

 

 

そして…直感的にこう思った。

 

 

「もしこの道の駅が実現したら、

このエリアに多くの人が訪れるようになるはず。

 

 

将来発展していく可能性があるし、

土地の価格だって上がるはずだ。

 

 

家を売ってしまうのは勿体無い。

 

 

民泊や貸しスペースを運営すれば

きっと多くの人に利用してもらえるはずだ!」

 

 

そう思い、

家主であり、実際に不動産屋さんとやりとりをしている親に

契約を断れないだろうかと頼んだ。

 

 

親も本当は家を売りたくないので、

「買い手が決まり売ることになった」現実に関しては

ほぼあきらめモードになっていたのだが、

 

 

「どうしてもダメなのか?

ダメだったらあきらめるけど…」

と念を押してみた。

 

 

僕は人と交渉する上でも何かを実現する上でも

諦めが早いという欠点がある。

 

 

しかし、そんな僕に、様々な人から様々な教えを享受していただいたことで、

 

 

「人を動かすのはルールではなく、熱意や思い」

 

「他人ではなく、”自分がどうしたいのか”で行動する」

 

「最後まで諦めない」

 

という考えが自分の中に培われていたのだった。

 

 

※「他人」ではなく「自分」の気持ちを優先する考え方については

こちら↓を参考にしてみてね。

 

 

すると、「あんたが住んでくれるなら…」と親も喜んでくれて、

断る方向に話を進めてくれたのだった。

 

 

 

そして、その家は無事「売らない」という結果になったのである。

 

 

契約前だから違約金なども発生しないし

タイミングとしても非常にラッキーというか

ギリギリセーフだった。

 

 

 

今回、家を売らないきっかけとなった道の駅の情報自体は

数年前から存在したようだが、

「契約日の前」というギリギリのタイミングで得られたのには意味があると思う。

 

 

 

というのは、契約を断った後に、

相手の方が不動産会社を通して親と話したいと言ってきたようで、

実際に面談をしたそうだ。

 

 

その面談の中で、相手のご家族が

 

「2年くらい前から今まで100件ほど見てきた中で一番良い。」

 

「6歳の子供が気に入っている。」

 

と言ってくれたらしい。

 

 

以前の僕は、その家を「良いところだけど辺鄙で不便な場所」にあると思っていて、

他の人にとっても利用価値があるか微妙なところだと判断していた。

 

 

だから、仮にその家で民泊やゲストハウスなどをやりたいと思っていても、

うまくいくか自信がなかった。

 

 

 

ただ、僕もかつて、車じゃないと訪れることが難しい、

自然が豊富なロケーションの素敵な民宿を利用したことはあった。

なので、場所はあまり関係ないのかもしれないが。

 

 

 

しかし、その話を聞いた時、

そして、今回お断りしたご家族含め、

熱意のある購入希望者も何人かいたという話を聞き、

その家が人様から見ても非常に良いロケーションであることがわかったからだ。

 

 

また、親によると、祖父がこの家を購入する際には

「絶対、土地の価格が上がるから」と言われたらしい。

 

 

そのため、この祖父母の家を守ることで彼らが喜ぶ、

車さえ手放せばあと数年なら僕が帰るまでなんとか維持できるだろうと言ってくれた。

 

 

確かに、

「お金がない”から”、泣く泣く家を売る」

 

のではなく

 

「お金がない”こそ”、家を維持できるように工夫する」

 

という発想の転換は重要だよね。

 

 

前向きに物事を考えられるようになった親を見て

僕自身も大きく進歩した。

 

 

というわけで、

 

「数年後は祖父母の家に住んで民泊を運営する。」

 

 

これが僕にとっての目標となったのだった。

 

 

駅からは遠いから、車がないとアクセスが厳しいではあるものの、

かといって国道からさほど離れていないので

買い物や遊びにも問題なくいけるし、

場所や形態を選ばなければ就労先にも困らない。

 

 

ストレスフリーでやりたいことを実現するには絶好の場所だと思った。

 

 

ただ、今沖縄にいるのも理由があって

それは多少苦労してでもやりたいことが沢山あるからだ。

 

 

自分自身が今思い描いていること、

ぜんぶ一つ一つ実現していきたいと思うし、

仮に本土へ帰ることになったとしても、

またいつでも自分が沖縄に帰れるように

沖縄で強いネットワークを築いていきたい。

 

 

そのために、興味のあることにはどんどん挑戦したいし

人とのつながりを大切にしていきたいなと思う。

 

 

とりあえず、まずは行動だ。

 

 

民泊の手続きに関することは

実際にそのエリアで民泊を運営している知人の方に教えてもらい、

正月の仕事始めに役所へ訪れることに決めた。

そこでひとまず実際に民泊ができるのか、相談をしたいと思う。

 

 

家の写真をその知人の方に見せたら

「とても良い!」と絶賛してくれたから

需要はあるとは思うし、

それから先のことはこれから考えていけば良い。

 

 

期待に胸が高鳴る。

 

 

今回の経験は、

 

「すべての物事は自分にとってベストなタイミングでやってくる」

 

ということに気づくきっかけになった。

 

 

もし最初から売りに出さなければ

「購入希望者」という客観的な立場の人々から

意見を得られることもなかっただろうし

親類間だけの「素敵な家」で終わっていただろう。

 

 

それに、僕自身も何も考えずに祖父母の家へ引っ越しして、

沖縄での生活を終わらせてしまうということもしないで済んだ。

 

 

自分がやりたいことの夢や目標をある程度果たすまでは

出来るだけ沖縄には住み続けたいという思いがあるからだ。

 

 

親も購入希望者と話して、

気に入ってもらえたことに対しては「嬉しい」と言っていた。

 

 

このような出来事の数々が

今の自分が本当に必要としていることを

もたらしてくれるんだなって思った。

 

 

もし仮に家を売ってしまうことになったとしても、

それはそれで別の学びがあっただろうし。

その時に「自分がどう捉えるか」を考えれば良いだけだ。

 

 

良いことはもちろん、

一見悪いことや不都合なことも

すべての出来事に感謝できるようになるのが目標。

 

 

 

そして、すべての出来事の「内容」はもちろん、

「タイミング」も、

 

「この出来事は、自分にとって一番良いタイミングだからこそ今起こったんだ。」

 

 

…と、

自分に訪れるすべての物事を感謝して受け入れられるようにしたい。

 

僕がKindle Unlimitedをやめた理由

タイトルの通り、1年以上契約していたKindle Unlimitedを解約した。

 

 

そのきっかけとなったのが

以前ブログでも紹介したこちらの書籍。

 


↓書籍の感想はこちら

 

改めて書籍のタイトルを紹介しよう。

 

あるがままに生きる(足立 幸子・著

 

である。

 

 

まさにこの書籍こそがKindle Unlimitedで読んだものだったのだが、

皮肉なことに、この書籍を読んだ後に、

「Kindle Unlimitedを解約しようかな…」

と思ってしまったのだった。

 

 

もちろん書籍の内容が自分に合わなかったから、ではない。

 

 

むしろ逆だ。

 

 

上のリンク先にある記事でも述べているが、

書籍の内容が自分にとって共感できたからである。

 

 

「自分の直感に従って、

自分にとって必要なものだけあれば良い」

 

そういう考えを自分は採用していきたいと思ったからだ。

 

 

「引き寄せの法則」とはよく言ったものである。

 

さらにそれを決定づけたのがこちらの電子書籍である。

 

 

Dr.ドルフィンの地球人革命(松久正・著)

 

 

まぁ、たまたまこちらの書籍が

「おすすめの本」に出てきたから読んだというだけであって

偶然といえば偶然なのであるが

必然といえば必然である。

 

 

 

書籍の感想に関してはまた後日書こうと思うが、

これら2冊の書籍を読んだ感想として、

 

ただ闇雲に情報を得ることよりも

自分にとって本当に必要なものは何かを考えて、

自発的に情報を得ていくことが大切なのではないか

 

と思ったのである。

 

 

 

つまりはそれが

 

「主体的に生きる」

 

ということなのかもしれないと思ったのだ。

 

 

 

情報を受け取るってどうしても受け身になりがちである。

ツイッターなどを見てると自分が得たい情報だけを手に入れることができるから

それが世界のすべてだと思ってしまいがちである。

 

 

 

しかし、実際はそうではない。

自分の興味がある分野がニッチであればあるほど

いかに自分がマニアックであることを気付かされるし

加えて、世の中には自分の考えを否定する人もいるわけである。

 

 

そのような人が存在することを理解しながらも、

しかし、自分は自分の生きたいように生きるし、

自分のやりたいようにやる。

 

 

そういった現象とうまく付き合いながら、

すべてをありのままに受け入れること…

それが理想の形だと思うようになったのだ。

 

 

以前の「俺の考えに異を唱える人は全員敵同然だ。」

みたいな考えの自分からするとだいぶ成長したように思う。

 

 

 

 

 

話をKindle Unlimitedに戻すと、

もちろん、Kindle Unlimitedにも良い本はたくさんある。

 

 

しかし、毎月の引き落とし額が発生してしまうので、

最低でもその元をとるために

無理にでも電子書籍を探さないといけなくなってくる。

 

 

さらに、Kindle Unlimitedの対象となる電子書籍は限られているから、

それに限定して探すことになる。

 

 

そうなると、Kindle Unlimitedではない通常の本を

「読みたい本」の選択肢から省いてしまうこともあるからだ。

 

 

その「通常の、読みたい本」こそが

自分にとって有益な場合もあり得るし、

それを見落としてしまうのが非常に勿体無い。

 

 

そのような習慣にならないようにするには、

 

 

「自分が得たい情報を得ようと思ったときだけ、本を探すようにする。」

「読みたい本を読みたいときに購入する。」

「受け身で得られる情報はすべて断捨離する。」

 

 

こういった考えこそが、自分にとって一番良い

情報との付き合い方なのではないかと思った。

 

 

 

 

また、同様の理由で高城剛氏のメルマガも購読をやめた。

 

 

 

↑僕が初めて読んだ高城剛氏の電子書籍

 

 

もちろん、彼のことが興味なくなったとか、嫌いになったとか

そういった理由ではない。

 

 

僕は元々気になる人のメルマガを読んでいても、

途中で飽きてしまい読まなくなってくる傾向がある。

 

 

高城氏のメルマガに関しても

メルマガを読むことを後回しにするようになってしまい

どんどん溜まる一方になってしまった。

 

 

いくら精度の高い情報でも読まなかったら意味がないし、

「読まなきゃ」と思ってしまうとストレスを感じるようになってしまう。

 

 

上にも挙げたように、

自分にとって必要だと思うものだけを

必要なときに取り入れれば良いのだ。

 

 

メルマガだってまた購読したいと思ったら

再度登録し直せばよいし。

 

 

それに、別に自分からわざわざ情報を得るために

セミナーに参加したり、ニュースなどをチェックしたりしなくても、

自分が「ほしい」と思っていることは

タイミングよく人から情報が得られることだってたくさんある。

 

 

その詳しい経験談に関しては

また後日話そうと思うが、

無理をして高額セミナーに参加しなくても

人には話したくないような有益な情報を得ようとしなくても

あなたがなりたいと思う自分像になれるものだ。

 

 

その理由は単純で、

「言霊」という言葉にもあるように

自分の夢や希望を口にだすことで

再現率も高くなるからだ。

 

 

何も話さないよりかは、

自分がしたいと思うことを言葉にすることで、

周囲の人が協力をしてくれるからである。

 

 

人は理想と現実のギャップを感じると

その埋め合わせをするために努力をするものである。

 

 

人に対して自分の夢を話して、

人に協力してもらえるようお願いをするなどして、

最後まで諦めずに努力をした人達だけが

「思い描いていた理想の未来」を手にすることが出来るのではないか…

と僕は思う。

 

 

僕もこれまでにいろいろ学んで様々な経験をしてきて、

金額的な損失はたくさんあったものの、

「誰かに依存しない、被害妄想もしない、孤高な存在のカッコいい俺」

になりつつある。

 

 

それは途中で形を変えながらも、

「自分の考えを発信をし続けること」をやめなかったからだ。

 

それに共感してくれた人々が

僕に「本当に必要なもの」だけをもたらしてくれたと僕は思うし、

そう考えると背伸びをして「意識高い系」を気取る必要もないわけである。

 

 

ありのままの、等身大の自分だけでお腹いっぱい、

満足できるようになれるものだ。

 

もちろん、さらなる成長はしていきたいし、

収入は増やしていきたいとは思うが。

 

 

 

世の中には「夢を見させるビジネス」が数多く溢れている。

 

 

しかし、実際収入が伴わなかったら全く意味がない。

 

 

僕はブログやインスタで漫画や旅に関する楽しいコンテンツを発信しながらも

「一攫千金も派手な生活もないかもしれないけれど、地に足がついた確かな情報」

だけをあなたに提供できたらと思う。

 

 

あなたもぜひ今一度ご自身のとっている情報やサービスが

本当に必要なものなのかを考えていただきたい。

 

 

将来、何がどうなるかなんて誰にもわからない。

 

 

「備えあれば憂い無し」という考えで無駄なものに余計なお金を払っているよりかは、

 

「今、あなたにとって本当に必要かどうか」

 

シンプルに判断できる力を培っていきましょう。

 

 

あなたのライフスタイルや考え方によって、

Kindle Unlimitedのようなサービスが本当にあなたにとって有益かどうかもわかるので、

まずは「あなた自身と情報の付き合い方のルール」を明確にしていきましょう。

 

 

今後もこちらのブログや、一番下↓↓↓で紹介している僕のLINE@で

その過程における気づきや学びなどを発信していけたらと思うので

気になる方はぜひフォローしていただきたい。

「恐れ」と「完璧主義」が自身を破滅へと導く

以前投稿したブログで、「喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと」(アニータ・ムアジャーニ著)を読んだ感想を綴った。

 

 

今は同氏が書いた以下のkindle本を読み進めている。
まだ途中だけど。

 

もしここが天国だったら? ― あなたを制限する信念から自由になり、本当の自分を生きる
(アニータ・ムアジャーニ著)
 

 

途中経過の感想だと、

「病気を恐れて自分がストレスを感じることをしてしまうようなことがないようにしよう」

という著者からのメッセージを感じた。

 

最近の僕の生活は割と不規則だし比較的自分の感情に忠実である。

 

 

今だって僕は夜ももう23時を過ぎているのにもかかわらずお菓子なんぞ食べている。

最近ハマっている越後製菓の「ふんわり名人きなこ餅」だ。

僕が好きなあの金髪の可愛いアイドルの女の子もハマっていたという「ふんわり名人きなこ餅」だ。

一応スナック菓子なのにふわふわトロトロしてて口の中がボルケーノだ。

違う、ボーノだ。

ボルケーノは火山だ。むしろ逆の表現だ。

 

 

…そんなことはどうでも良い。

 

 

なぜこの時間にきなこ餅を食べるのか?

それはそれが今の自分にとって一番良いと思っているからだ。

罪悪感など微塵もない。

 

 

僕は元々ほぼ半日断食しているからこれだけで太るとは考え難いし。

 

もう自分が気持ちよくなるためならなんだって言いやって思って。
完璧主義からも脱出できるようになってきた。

 

 

実際、健康管理をしっかりしていた人が死んでしまう場合もあるし、
逆に生活習慣に対してこだわらず偏食家でヘビースモーカーで酒豪みたいな人が
長く生きられる場合だってある。

 

僕だって身体がどんな状態になれば真の健康になれるんだろうって
本気で悩んだこともあった。

 

でもそれでは本末転倒だ。

 

 

僕たちは健康になるために生きるわけではない。

 

自分が最も気分が良いと感じる状態で人生を楽しむのがベストなんだ。

 

健康に生きられるように自分自身の心を優先するんだ。

 

 

だから、「何かを達成する」ために完璧主義になるんじゃなく、
強いて言えば自分の耳の声をもらさない完璧主義を目指すんだ。

 

 

完璧主義なんかそもそも目指さないのが良いに越したことはないけど。

 

 

なかなか治らずかえって自分の首を締めてしまっているこの「完璧主義」という病気も
日々色んな本や作品に触れることで徐々に改善されていっている。
もちろん人との出会いも良い薬になったかな。

 

 

そもそもなぜ完璧主義になってしまったのか…

 

 

それは誰かに「認められたい」「見下されたくない」という思いが強かったからだと思う。

 

 

でも、著者のアニータさんが言うように、本来人間は誰でも愛を受け取る資格があるし、

全ての人間には誰でも強いエネルギーがあるはずなのだ。

だとしたら自分もその例外ではないだろう。

 

もし神様が僕だけその資格がないというのなら残酷すぎるロシアンルーレットだ。

 

…ではなぜ苦しんでいたのかと言うと、
過去の経験などを通して傷ついてしまい、
傷つかないように他人に対して予防線を張るようになり、
自分の存在価値を下げることが楽だと感じるようになり、
自ら自分の可能性を否定してしまっていたのだろう。

 

でももうその必要はない。

 

自分なりに訓練をした成果が出てきたのか、
現に以前と比べて嫌なことが起こりにくくなっている気がするし、
苦手な人も減ってきたように思う。

 

自分に辛く当たる人は皆、なんとなく不満を感じているというか、
愛に飢えているのだろうなと思うようになってきたからだ。

 

こういった考え方の変化を通して、
「引き寄せの法則」というか、心の持ちようで見える世界は変わるのだと思った。

 

 

情報社会では自分を保つ上で他人の意見で混乱されないことも大事。

 

 

たまには1日から2日くらい離島に行って情報断食しても良いかもしれない。

 

写真は2014年に行った宮古島の砂山ビーチ(だと思う)。
宮古島また行きたいなぁ…。
 

 

自分自身の判断に「恐れ」を感じること。
結局の所、それが一番の「毒」なのだ。

 

恐れるべきなのは病気ではない。
病気は敵じゃない。
では何が敵かと言うと、自分の中には二面性があって、
味方の顔して敵のように自分を痛めつける自分自身なのかもしれない。

 

ならばいっそのこと、すべてを愛して皆味方にしてしまえば良い。