「恐れ」と「完璧主義」が自身を破滅へと導く

以前投稿したブログで、「喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと」(アニータ・ムアジャーニ著)を読んだ感想を綴った。

 

 

今は同氏が書いた以下のkindle本を読み進めている。
まだ途中だけど。

 

もしここが天国だったら? ― あなたを制限する信念から自由になり、本当の自分を生きる
(アニータ・ムアジャーニ著)
 

 

途中経過の感想だと、

「病気を恐れて自分がストレスを感じることをしてしまうようなことがないようにしよう」

という著者からのメッセージを感じた。

 

最近の僕の生活は割と不規則だし比較的自分の感情に忠実である。

 

 

今だって僕は夜ももう23時を過ぎているのにもかかわらずお菓子なんぞ食べている。

最近ハマっている越後製菓の「ふんわり名人きなこ餅」だ。

僕が好きなあの金髪の可愛いアイドルの女の子もハマっていたという「ふんわり名人きなこ餅」だ。

一応スナック菓子なのにふわふわトロトロしてて口の中がボルケーノだ。

違う、ボーノだ。

ボルケーノは火山だ。むしろ逆の表現だ。

 

 

…そんなことはどうでも良い。

 

 

なぜこの時間にきなこ餅を食べるのか?

それはそれが今の自分にとって一番良いと思っているからだ。

罪悪感など微塵もない。

 

 

僕は元々ほぼ半日断食しているからこれだけで太るとは考え難いし。

 

もう自分が気持ちよくなるためならなんだって言いやって思って。
完璧主義からも脱出できるようになってきた。

 

 

実際、健康管理をしっかりしていた人が死んでしまう場合もあるし、
逆に生活習慣に対してこだわらず偏食家でヘビースモーカーで酒豪みたいな人が
長く生きられる場合だってある。

 

僕だって身体がどんな状態になれば真の健康になれるんだろうって
本気で悩んだこともあった。

 

でもそれでは本末転倒だ。

 

 

僕たちは健康になるために生きるわけではない。

 

自分が最も気分が良いと感じる状態で人生を楽しむのがベストなんだ。

 

健康に生きられるように自分自身の心を優先するんだ。

 

 

だから、「何かを達成する」ために完璧主義になるんじゃなく、
強いて言えば自分の耳の声をもらさない完璧主義を目指すんだ。

 

 

完璧主義なんかそもそも目指さないのが良いに越したことはないけど。

 

 

なかなか治らずかえって自分の首を締めてしまっているこの「完璧主義」という病気も
日々色んな本や作品に触れることで徐々に改善されていっている。
もちろん人との出会いも良い薬になったかな。

 

 

そもそもなぜ完璧主義になってしまったのか…

 

 

それは誰かに「認められたい」「見下されたくない」という思いが強かったからだと思う。

 

 

でも、著者のアニータさんが言うように、本来人間は誰でも愛を受け取る資格があるし、

全ての人間には誰でも強いエネルギーがあるはずなのだ。

だとしたら自分もその例外ではないだろう。

 

もし神様が僕だけその資格がないというのなら残酷すぎるロシアンルーレットだ。

 

…ではなぜ苦しんでいたのかと言うと、
過去の経験などを通して傷ついてしまい、
傷つかないように他人に対して予防線を張るようになり、
自分の存在価値を下げることが楽だと感じるようになり、
自ら自分の可能性を否定してしまっていたのだろう。

 

でももうその必要はない。

 

自分なりに訓練をした成果が出てきたのか、
現に以前と比べて嫌なことが起こりにくくなっている気がするし、
苦手な人も減ってきたように思う。

 

自分に辛く当たる人は皆、なんとなく不満を感じているというか、
愛に飢えているのだろうなと思うようになってきたからだ。

 

こういった考え方の変化を通して、
「引き寄せの法則」というか、心の持ちようで見える世界は変わるのだと思った。

 

 

情報社会では自分を保つ上で他人の意見で混乱されないことも大事。

 

 

たまには1日から2日くらい離島に行って情報断食しても良いかもしれない。

 

写真は2014年に行った宮古島の砂山ビーチ(だと思う)。
宮古島また行きたいなぁ…。
 

 

自分自身の判断に「恐れ」を感じること。
結局の所、それが一番の「毒」なのだ。

 

恐れるべきなのは病気ではない。
病気は敵じゃない。
では何が敵かと言うと、自分の中には二面性があって、
味方の顔して敵のように自分を痛めつける自分自身なのかもしれない。

 

ならばいっそのこと、すべてを愛して皆味方にしてしまえば良い。

負の感情には幸せになるためのヒントがある

今、KindleUnlimitedで読み進めている本があり、
途中ではあるが大変参考になった箇所があったので、
メモ代わりに書いておきたい。

 

その本というのは、
「サラとソロモン」というタイトルの本だ。

 

 

小説のように読めるので、
作中での少女とフクロウ、周囲の人間との関係性を追いながら
生き方について学ぶことが出来る。

 

こんな博識なフクロウが身近にいたら面白いのになぁ。

 

30%くらい読み進んだと思うが、
今のところ一番印象的なのは、

 

「自分が嫌だと感じることは、
自分が心地よいと思うことを見つけられるチャンス」

 

だということ。

 

僕自身の解釈であるので、本書内での表現はやや違うと思うが、
ほぼ似たような感じだと思う(←適当過ぎ)。

 

 

↑以前のブログでも書いたが、
何か良くない感情が起こったら、
それは自分を成長させるチャンスだと思えば良いことはわかった。

 

しかし、それとはまた別に、
自分の「心地よさ」を見つけるという作業もできるんだなということが、
この本を読んでいてわかったのである。

 

そう思うと、ネガティブな感情も少しはウェルカムだと思えるのではないか。

 

決してそれはポジティブシンキングなどではなく、
少しでも自分が楽に生きられるようにするために、
思考を習慣づけるといった方が正しい。

 

まとめると、

心のなかにネガティブな感情が湧き上がってきたら、
客観的にその感情を自然現象として眺めるとともに、
自分のニーズを探ること

である。

 

↑自然現象のイメージ(秋芳洞にて)
 

上記のリンク先にある記事で、負の感情はブラックホールのようなものと表現したが、
滝のようなもの、激しい水しぶきのようなものを想像するとわかりやすいかも。
 

これができたら人としてだいぶ成長しそうだな。

 

嫌な感情は、もちろん好きじゃないけど
少しでも上手く付き合えるようになろう。

怒りや不安などの”負の感情”に支配されない方法

僕は子供の頃から怒りや不安を感じやすいタイプではないかと思うし、
実際それで損していることも多々ある。

 

正義感が強いことに加えて、
嫌なことをいつまでもズルズルと引きずる傾向もあるし、
人に対しても気を使ってしまうし、
このままでは、何よりも自分が生きていて辛い。

 

嫌な人、嫌なことを避けるために引きこもりがちにもなってしまう。

 

しかし最近では、怒りや不安などといった負の感情を感じた時に
その感情に支配されたり、いつまでも不要に引きずったりといったことがないように
自分の中に渦巻く負の感情に「気づく」方法を覚えた。

 

今では気づいた時にそのやり方をやるようにしているので、
むしろ「嫌なことはチャンス」だと思うようになった。

 

それは、

「感情を客観的に眺めること」である。

 

イラっとするようなことが起こったら、
それに対してイライラしている自分で気づくこと。

 

そして自分が怒りを感じている内容をあれやこれやと考え始めるのではなく、
「感情のエネルギーそのものに気づくこと」である。

 

それを意識していくと、自分がいかに無意識に負の感情に浸っているのかがわかるはずだ。

 

たとえ抑えられないほど強いエネルギーだったとしても、
自然現象だと思えば良い。

 

例えばブラックホールを見て宇宙の脅威を感じたとしても、
それに対して怒りや不満を覚える人はいないだろうし、
それと同じ感覚だと思えば良いのだ。

 

 

イラストのように、自分の中の「ブラックホールを眺めるような感覚」で
自分の中に渦巻く感情をただただ眺める。

そこに善悪、あれやこれやといった独り言、自責の念も他責の念もない。

 

まとめると以下の通り。

 

①負の感情を感じたら、それに気づく

②湧き上がってくる負の感情のエネルギーを感じて、ただただ眺める。

③心の中で独り言は一切言わない。

④正義や善悪で判断しようとしない。

⑤人を責めることはもちろん、負の感情を抱いた自分に対して責めることもしない。

 

今はざっくり紹介したが、今後の記事で一つ一つ取り上げていけたらと思う。

 

詳しいやり方はKeiichiさん著のこちらの本で紹介されているので、
こちらを読んで頂いたほうが早いかもしれない。

 

 

タイトルがちょっと物騒だけど、
過去のスピリチャルや引き寄せの法則ではしっくり来なかった僕でも飲み込めたので、
内容はとても実践的というか、自分にもできそうな気がした。

 

そして読んでいて思ったのが、本文のコピーが秀逸。
そのため、メソッドに関してはもちろん、
マーケティングに関しても非常に努力されたんだなぁという印象を覚えた。

 

この本を読む前にも他に引き寄せ関係の本は読んだが、
「頭ではわかってても胡散臭い」というのが正直な感想である。

 

確かに引き寄せの法則は存在するのかもしれないが、
自然発生的に起こり得た幸運な出来事は、
誰にでも起こり得るかというとそうとも限らないし、
疑り深くもなってしまう。

自分に嘘をついてまでポジティブなことを言いたいとも思わないし。

 

しかし、こちらの本で紹介されているような、
客観的に自分を見つめるものだと思えばできそうな気がするし、
自分の感情に嘘をついているわけではないというのが大きなポイントである。

 

実際、自分の周囲が良いことや悪いことで囲まれているのかということや、
自分が幸せに生きていけるかどうかというのは、
自分の見方次第というのは心理学で証明されていることだしね。
良い出来事がたくさん起こったら、
それは自分の思考を改善する習慣の結果だと思えば納得がいく。

 

今までの考え方や性格を治すのは、一日二日ではできない。
根気よく自分と向きあう必要がある。

 

思った以上に負の感情が渦巻いた自分と対峙してるのに気づいて
ショックを受けることもあるかもしれないけど、
自分にとって心地よい物の考え方ができるように改善していきたい。

 

まだまだこの方法を始めてから間もないので、
身につくまで習慣にしてしまって、自分のものにできたらと思う。

 

この方法を行って自分の身に起こったエピソードや成果を
今後、ブログでも紹介できたらと思う。

 

どんな思考法に関する本を読んでも納得のいく答えが見つからなかった皆さんも
ぜひやってみてほしい。

人の悪口を聞いてしまったら

誰かが誰かの悪口を言っているのを聞いた。

 

言動に対する批判なら、考え方の違いだからまだ仕方ない部分もあるだろう。

 

しかし、実際の内容は

「◯ね」とか

「ウゼェ」とか

その人の容姿や属性に関する中傷だとか

 

ネットに書かれているような低俗なものばかりで不愉快極まりなかったし、
なぜだろう…他人事ながら物凄くショックだった。

 

まぁ確かに心の中だったら自分も含めそういうことを思う人もたくさんいるかもしれないけど、
他の人がいる所で明らかに不快な言葉を使うって理解に苦しむな。

 

ネット上ならまだ見ないようにするということもできるだろうけど、
職場など拘束されている場を、一部の人間の憂さ晴らしに使ってほしくはない。

 

そういえば、ネット上で奥様の容姿を中傷されたとして、野球選手が訴訟を起こしたのは記憶に新しい。

 

その奥様、調べてみたらむしろ綺麗な方だったので、醜い嫉妬心からの書き込みだとは思うが、
かつては事実と違うことや誹謗中傷をネット上に書かれて泣き寝入りするしかなかった人達も、
これからはこうやって実際に行動を起こしていく人達が増えていくのかなと思う。

ネット世代が生まれてきている中、
オンラインの世界もオフラインの世界も全くの別物ではなく、
同一線上にあるというのを実感してきているし。

 

今日聞いた悪口も、現にその人が発した言葉を僕が聞いてるしね。
もちろん悪口を言われていたその人にはその事実を伝えないけど、
公共の場、他の人がいる場でそういう発言をするということは、そういうことなんだよ。

 

誰かに聞かれている、見られている自覚が足りない。
井戸端会議と同じ感覚で、公共の場で発言や書き込みをしてしまっている。
自分だけが良ければ良いという自分勝手な感情で動いているということだ。

どうしても悪口でスッキリしたければ、
王様の耳はロバの耳のごとく誰にも見られないTwitterの鍵アカウントを作って
そこにひたすら好き放題呟けばよいだろう。

 

結局のところ、人間て誰しもが良い部分もあれば悪い部分もある。

 

完ぺきな人間などいない。

 

人の悪いところばかり目について悪口ばかり言っていると、
そういう人間ばかりが集まってしまう。

 

もし気づいたら誰かの批判をしているようであれば、
自分はそういう傾向がある人間なんだと疑ってかかるべき。

 

自分と違う人が居たら、無理に同調しなくても良いから、
「そういう意見もある」「そういう人もいる」とまずは事実を受け入れる。

 

どうしても合わなければ、
できるだけ嫌な人、苦手な人との接触を避ける。

 

選択肢はいくらでもある。

 

今の自分は自分が作っているし、変えたければ変えることが出来る。

 

その悪口を言っている人が、自分の選択でそうしているのだと気づくまで、
そういう人間や嫌な出来事を引き寄せ続けてしまうだろう。

 

僕もかつてメンタルがだいぶ追い込まれていた時期は、嫌な波動を放っていたと思うけど、
自ら気づいてより悪化することがないように、今日から感情を整理する特訓を始めた。

 

食生活だって長年かかって大方改善できた僕だから、
一番難しいと感じているメンタル面も自分が納得できる形でコントロールしていけたらと思う。

 

 

こちらもやもやした気分の時は、ヘルシーなスイーツで癒やされましょう。
金山のベトナム料理店で食べたチェーは美味しかった。

 

 

脱・悪口で汚染された空気。

脱・豆腐メンタル。