すべての出来事はあなたにとってベストなタイミングで訪れる

沖縄で一人暮らしをしている僕にとって、

別荘みたいな家がある。

 

 

それは、数年前に亡くなった僕の祖父母と叔父の家だ。

 

実家は栃木県なのだが、その祖父母の家は群馬県にある。

 

 

 

先日、後者…

つまり祖父母の家が売られることが決まったのだ。

 

 

どのような家かというと

2階建ての家で広い庭がある。

 

 

いわゆる庭付き一戸建てのマイホームってやつだ。

 

 

恵まれた自然に囲まれ、

子育てをしたり動物を飼ったり

植物を育てたりするなら絶好のロケーションである。

 

 

 

↑山にも近い。写真は近すぎるのでほどよい距離感を保ちたいところ。

 

 

実際に祖母は植物を育てていたし、

叔父も柴犬を飼っていた。

 

 

誰にでもフレンドリーで、非常に可愛く穏やかな性格の犬だったし

僕もその犬のことが大好きだった。

 

 

ちなみに僕は数日前、iPhoneに買い換えた。

 

 

 

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その際に、7年間所持していたガラケーを手放したのだが、

 

待受の画像は

ずーーーーーーーーーーーーーっとその犬だった。

 

 

 

↑実際待受だった画像。

ガラケーの画質で申し訳ない…)

 

 

 

単純に画像を変更するのが面倒くさいというのもあったが、

「犬は買い主に似る」という言葉どおり、

その犬も叔父や祖母の優しい人柄を反映したかのような犬だったので

見ているだけで癒やされたのだ。

 

 

 

子供の頃にはよく祖父母の家へ遊びに来て従兄弟たち(同年代)と遊んだものだ。

 

 

一度だけ、子供だけででかけことがあり、

バスに乗り間違えて迷ってしまったことがある。

 

 

その時は祖父が迎えに来てくれた。

 

 

祖父はドーナツをよく買ってきてくれた。

ス○バでもド○ールでもなく「レトロな喫茶店」が似合いそうな風貌で、

長身でかっこいいと子供ながらに憧れていた。

 

 

 

↑その影響か?僕もレトロなカフェや喫茶店が大好き。

 

 

 

実家や学校での出来事は、

正直思い出したくないこともたくさんあったのだが、

祖父母の家に関しては、こういう懐かしい出来事を思い出したら

楽しいことばかりが浮かんでくる。

 

 

僕にとって祖父母の家は

 

「実家でのつまらない日常から開放してくれる憧れの存在」

 

だったのだ。

 

 

 

 

しかし、そんな思い出に溢れた家を

売りに出すことが決まったわけである。

 

 

 

実は数年前から

 

「電車代もかかるし車の維持費も余計にかかるし

家族の誰も住むつもりがないんじゃ売るかもしれない。」

 

という話を親から聞いていた。

 

 

それがとうとう実行されることになったのである。

 

 

確かに僕も、「祖父母の家で暮らしてみたい」

と思ったことはある。

 

 

僕自身もその家へたまに来るだけなら良いのだけど、

住むにはあまりにも不便すぎると思っていたし、

自治会に入らなければいけなくなるのがネックだったので

実際に住むことはないだろうと思っていた。

 

 

前述したように、全く不便なわけでもないが、

一人暮らしするにはあまりにも辺鄙な場所だと刺激が少なすぎる

…というのが正直な印象だった。

 

 

田舎特有のご近所付き合いも面倒臭そうだし

僕は自分のペースでのんびり生きたいのだ。

 

自然を感じながらのんびり生きるなら田舎は良いよね。

 

 

もちろん、僕や兄弟が住むつもりであれば

その家をその人の名義で引き継がれせてもらえることになるのだが、

刺激が豊富で自然も豊富な沖縄での生活が楽しいので

他の土地に引っ越すのはあまり気が向かなかったのだった。

 

 

売りに出されるのなら、

親の資産なんだから親の好きにすれば良いと思っていたし。

 

 

寂しいとは思ったけど、強く反対することはなかった。

 

 

 

さて、実際、祖父母の家を売りに出すにあたって、

購入希望者を探すのはとある不動産屋さんに任せたそうだが、

 

内覧の際、特に母親に連絡もなく勝手に家の中に入ってカーテンなどを勝手にいじられるなど、

対応にはいろいろ不満があったらしい。

 

 

さらに、その買い手もいつの間にか決まってしまったという。

 

 

親は少々納得がいかない様子だったが、

もう決まったことだし、相手も買うつもりになっているし、

お金も必要なので…と

渋々了承する形になったそうだ。

 

 

僕もその話を聞き、

 

 

「あの家ももうなくなるのか…

いざとなると寂しいなぁ…。」

 

 

と思いながらも、

祖母の家で最後の正月を過ごそうと

飛行機のチケットを確保し、

「この日に帰る」ということを親に伝えた。

 

 

 

しかし、そのたった数日後…

 

 

「転機」は突然訪れた。

 

 

 

買主との契約日のほんの2、3日前のことだった。

 

 

「数年後、家からさほど遠くない所に道の駅が出来る」

 

という情報を親から得たのである。

 

 

 

僕は当初、祖父母の家を民泊として運営していきたいと思っていて、

数年かけて親を説得していたのだった。

 

 

 

 

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今回の件とは関係ないが、

上の写真のような群馬県内の道の駅にはいくつか訪れたことがあるので、

「近くに道の駅が出来たら毎日が楽しくなりそうだな」

と思い、さっそく新しい道の駅に関する情報を得ようとググってみたところ、

それらしき情報がヒットした。

 

 

思ったより大規模なプロジェクトだった。

 

 

僕は震えた。

 

 

そして…直感的にこう思った。

 

 

「もしこの道の駅が実現したら、

このエリアに多くの人が訪れるようになるはず。

 

 

将来発展していく可能性があるし、

土地の価格だって上がるはずだ。

 

 

家を売ってしまうのは勿体無い。

 

 

民泊や貸しスペースを運営すれば

きっと多くの人に利用してもらえるはずだ!」

 

 

そう思い、

家主であり、実際に不動産屋さんとやりとりをしている親に

契約を断れないだろうかと頼んだ。

 

 

親も本当は家を売りたくないので、

「買い手が決まり売ることになった」現実に関しては

ほぼあきらめモードになっていたのだが、

 

 

「どうしてもダメなのか?

ダメだったらあきらめるけど…」

と念を押してみた。

 

 

僕は人と交渉する上でも何かを実現する上でも

諦めが早いという欠点がある。

 

 

しかし、そんな僕に、様々な人から様々な教えを享受していただいたことで、

 

 

「人を動かすのはルールではなく、熱意や思い」

 

「他人ではなく、”自分がどうしたいのか”で行動する」

 

「最後まで諦めない」

 

という考えが自分の中に培われていたのだった。

 

 

※「他人」ではなく「自分」の気持ちを優先する考え方については

こちら↓を参考にしてみてね。

 

 

すると、「あんたが住んでくれるなら…」と親も喜んでくれて、

断る方向に話を進めてくれたのだった。

 

 

 

そして、その家は無事「売らない」という結果になったのである。

 

 

契約前だから違約金なども発生しないし

タイミングとしても非常にラッキーというか

ギリギリセーフだった。

 

 

 

今回、家を売らないきっかけとなった道の駅の情報自体は

数年前から存在したようだが、

「契約日の前」というギリギリのタイミングで得られたのには意味があると思う。

 

 

 

というのは、契約を断った後に、

相手の方が不動産会社を通して親と話したいと言ってきたようで、

実際に面談をしたそうだ。

 

 

その面談の中で、相手のご家族が

 

「2年くらい前から今まで100件ほど見てきた中で一番良い。」

 

「6歳の子供が気に入っている。」

 

と言ってくれたらしい。

 

 

以前の僕は、その家を「良いところだけど辺鄙で不便な場所」にあると思っていて、

他の人にとっても利用価値があるか微妙なところだと判断していた。

 

 

だから、仮にその家で民泊やゲストハウスなどをやりたいと思っていても、

うまくいくか自信がなかった。

 

 

 

ただ、僕もかつて、車じゃないと訪れることが難しい、

自然が豊富なロケーションの素敵な民宿を利用したことはあった。

なので、場所はあまり関係ないのかもしれないが。

 

 

 

しかし、その話を聞いた時、

そして、今回お断りしたご家族含め、

熱意のある購入希望者も何人かいたという話を聞き、

その家が人様から見ても非常に良いロケーションであることがわかったからだ。

 

 

また、親によると、祖父がこの家を購入する際には

「絶対、土地の価格が上がるから」と言われたらしい。

 

 

そのため、この祖父母の家を守ることで彼らが喜ぶ、

車さえ手放せばあと数年なら僕が帰るまでなんとか維持できるだろうと言ってくれた。

 

 

確かに、

「お金がない”から”、泣く泣く家を売る」

 

のではなく

 

「お金がない”こそ”、家を維持できるように工夫する」

 

という発想の転換は重要だよね。

 

 

前向きに物事を考えられるようになった親を見て

僕自身も大きく進歩した。

 

 

というわけで、

 

「数年後は祖父母の家に住んで民泊を運営する。」

 

 

これが僕にとっての目標となったのだった。

 

 

駅からは遠いから、車がないとアクセスが厳しいではあるものの、

かといって国道からさほど離れていないので

買い物や遊びにも問題なくいけるし、

場所や形態を選ばなければ就労先にも困らない。

 

 

ストレスフリーでやりたいことを実現するには絶好の場所だと思った。

 

 

ただ、今沖縄にいるのも理由があって

それは多少苦労してでもやりたいことが沢山あるからだ。

 

 

自分自身が今思い描いていること、

ぜんぶ一つ一つ実現していきたいと思うし、

仮に本土へ帰ることになったとしても、

またいつでも自分が沖縄に帰れるように

沖縄で強いネットワークを築いていきたい。

 

 

そのために、興味のあることにはどんどん挑戦したいし

人とのつながりを大切にしていきたいなと思う。

 

 

とりあえず、まずは行動だ。

 

 

民泊の手続きに関することは

実際にそのエリアで民泊を運営している知人の方に教えてもらい、

正月の仕事始めに役所へ訪れることに決めた。

そこでひとまず実際に民泊ができるのか、相談をしたいと思う。

 

 

家の写真をその知人の方に見せたら

「とても良い!」と絶賛してくれたから

需要はあるとは思うし、

それから先のことはこれから考えていけば良い。

 

 

期待に胸が高鳴る。

 

 

今回の経験は、

 

「すべての物事は自分にとってベストなタイミングでやってくる」

 

ということに気づくきっかけになった。

 

 

もし最初から売りに出さなければ

「購入希望者」という客観的な立場の人々から

意見を得られることもなかっただろうし

親類間だけの「素敵な家」で終わっていただろう。

 

 

それに、僕自身も何も考えずに祖父母の家へ引っ越しして、

沖縄での生活を終わらせてしまうということもしないで済んだ。

 

 

自分がやりたいことの夢や目標をある程度果たすまでは

出来るだけ沖縄には住み続けたいという思いがあるからだ。

 

 

親も購入希望者と話して、

気に入ってもらえたことに対しては「嬉しい」と言っていた。

 

 

このような出来事の数々が

今の自分が本当に必要としていることを

もたらしてくれるんだなって思った。

 

 

もし仮に家を売ってしまうことになったとしても、

それはそれで別の学びがあっただろうし。

その時に「自分がどう捉えるか」を考えれば良いだけだ。

 

 

良いことはもちろん、

一見悪いことや不都合なことも

すべての出来事に感謝できるようになるのが目標。

 

 

 

そして、すべての出来事の「内容」はもちろん、

「タイミング」も、

 

「この出来事は、自分にとって一番良いタイミングだからこそ今起こったんだ。」

 

 

…と、

自分に訪れるすべての物事を感謝して受け入れられるようにしたい。

 

僕がKindle Unlimitedをやめた理由

タイトルの通り、1年以上契約していたKindle Unlimitedを解約した。

 

 

そのきっかけとなったのが

以前ブログでも紹介したこちらの書籍。

 


↓書籍の感想はこちら

 

改めて書籍のタイトルを紹介しよう。

 

あるがままに生きる(足立 幸子・著

 

である。

 

 

まさにこの書籍こそがKindle Unlimitedで読んだものだったのだが、

皮肉なことに、この書籍を読んだ後に、

「Kindle Unlimitedを解約しようかな…」

と思ってしまったのだった。

 

 

もちろん書籍の内容が自分に合わなかったから、ではない。

 

 

むしろ逆だ。

 

 

上のリンク先にある記事でも述べているが、

書籍の内容が自分にとって共感できたからである。

 

 

「自分の直感に従って、

自分にとって必要なものだけあれば良い」

 

そういう考えを自分は採用していきたいと思ったからだ。

 

 

「引き寄せの法則」とはよく言ったものである。

 

さらにそれを決定づけたのがこちらの電子書籍である。

 

 

Dr.ドルフィンの地球人革命(松久正・著)

 

 

まぁ、たまたまこちらの書籍が

「おすすめの本」に出てきたから読んだというだけであって

偶然といえば偶然なのであるが

必然といえば必然である。

 

 

 

書籍の感想に関してはまた後日書こうと思うが、

これら2冊の書籍を読んだ感想として、

 

ただ闇雲に情報を得ることよりも

自分にとって本当に必要なものは何かを考えて、

自発的に情報を得ていくことが大切なのではないか

 

と思ったのである。

 

 

 

つまりはそれが

 

「主体的に生きる」

 

ということなのかもしれないと思ったのだ。

 

 

 

情報を受け取るってどうしても受け身になりがちである。

ツイッターなどを見てると自分が得たい情報だけを手に入れることができるから

それが世界のすべてだと思ってしまいがちである。

 

 

 

しかし、実際はそうではない。

自分の興味がある分野がニッチであればあるほど

いかに自分がマニアックであることを気付かされるし

加えて、世の中には自分の考えを否定する人もいるわけである。

 

 

そのような人が存在することを理解しながらも、

しかし、自分は自分の生きたいように生きるし、

自分のやりたいようにやる。

 

 

そういった現象とうまく付き合いながら、

すべてをありのままに受け入れること…

それが理想の形だと思うようになったのだ。

 

 

以前の「俺の考えに異を唱える人は全員敵同然だ。」

みたいな考えの自分からするとだいぶ成長したように思う。

 

 

 

 

 

話をKindle Unlimitedに戻すと、

もちろん、Kindle Unlimitedにも良い本はたくさんある。

 

 

しかし、毎月の引き落とし額が発生してしまうので、

最低でもその元をとるために

無理にでも電子書籍を探さないといけなくなってくる。

 

 

さらに、Kindle Unlimitedの対象となる電子書籍は限られているから、

それに限定して探すことになる。

 

 

そうなると、Kindle Unlimitedではない通常の本を

「読みたい本」の選択肢から省いてしまうこともあるからだ。

 

 

その「通常の、読みたい本」こそが

自分にとって有益な場合もあり得るし、

それを見落としてしまうのが非常に勿体無い。

 

 

そのような習慣にならないようにするには、

 

 

「自分が得たい情報を得ようと思ったときだけ、本を探すようにする。」

「読みたい本を読みたいときに購入する。」

「受け身で得られる情報はすべて断捨離する。」

 

 

こういった考えこそが、自分にとって一番良い

情報との付き合い方なのではないかと思った。

 

 

 

 

また、同様の理由で高城剛氏のメルマガも購読をやめた。

 

 

 

↑僕が初めて読んだ高城剛氏の電子書籍

 

 

もちろん、彼のことが興味なくなったとか、嫌いになったとか

そういった理由ではない。

 

 

僕は元々気になる人のメルマガを読んでいても、

途中で飽きてしまい読まなくなってくる傾向がある。

 

 

高城氏のメルマガに関しても

メルマガを読むことを後回しにするようになってしまい

どんどん溜まる一方になってしまった。

 

 

いくら精度の高い情報でも読まなかったら意味がないし、

「読まなきゃ」と思ってしまうとストレスを感じるようになってしまう。

 

 

上にも挙げたように、

自分にとって必要だと思うものだけを

必要なときに取り入れれば良いのだ。

 

 

メルマガだってまた購読したいと思ったら

再度登録し直せばよいし。

 

 

それに、別に自分からわざわざ情報を得るために

セミナーに参加したり、ニュースなどをチェックしたりしなくても、

自分が「ほしい」と思っていることは

タイミングよく人から情報が得られることだってたくさんある。

 

 

その詳しい経験談に関しては

また後日話そうと思うが、

無理をして高額セミナーに参加しなくても

人には話したくないような有益な情報を得ようとしなくても

あなたがなりたいと思う自分像になれるものだ。

 

 

その理由は単純で、

「言霊」という言葉にもあるように

自分の夢や希望を口にだすことで

再現率も高くなるからだ。

 

 

何も話さないよりかは、

自分がしたいと思うことを言葉にすることで、

周囲の人が協力をしてくれるからである。

 

 

人は理想と現実のギャップを感じると

その埋め合わせをするために努力をするものである。

 

 

人に対して自分の夢を話して、

人に協力してもらえるようお願いをするなどして、

最後まで諦めずに努力をした人達だけが

「思い描いていた理想の未来」を手にすることが出来るのではないか…

と僕は思う。

 

 

僕もこれまでにいろいろ学んで様々な経験をしてきて、

金額的な損失はたくさんあったものの、

「誰かに依存しない、被害妄想もしない、孤高な存在のカッコいい俺」

になりつつある。

 

 

それは途中で形を変えながらも、

「自分の考えを発信をし続けること」をやめなかったからだ。

 

それに共感してくれた人々が

僕に「本当に必要なもの」だけをもたらしてくれたと僕は思うし、

そう考えると背伸びをして「意識高い系」を気取る必要もないわけである。

 

 

ありのままの、等身大の自分だけでお腹いっぱい、

満足できるようになれるものだ。

 

もちろん、さらなる成長はしていきたいし、

収入は増やしていきたいとは思うが。

 

 

 

世の中には「夢を見させるビジネス」が数多く溢れている。

 

 

しかし、実際収入が伴わなかったら全く意味がない。

 

 

僕はブログやインスタで漫画や旅に関する楽しいコンテンツを発信しながらも

「一攫千金も派手な生活もないかもしれないけれど、地に足がついた確かな情報」

だけをあなたに提供できたらと思う。

 

 

あなたもぜひ今一度ご自身のとっている情報やサービスが

本当に必要なものなのかを考えていただきたい。

 

 

将来、何がどうなるかなんて誰にもわからない。

 

 

「備えあれば憂い無し」という考えで無駄なものに余計なお金を払っているよりかは、

 

「今、あなたにとって本当に必要かどうか」

 

シンプルに判断できる力を培っていきましょう。

 

 

あなたのライフスタイルや考え方によって、

Kindle Unlimitedのようなサービスが本当にあなたにとって有益かどうかもわかるので、

まずは「あなた自身と情報の付き合い方のルール」を明確にしていきましょう。

 

 

今後もこちらのブログや、一番下↓↓↓で紹介している僕のLINE@で

その過程における気づきや学びなどを発信していけたらと思うので

気になる方はぜひフォローしていただきたい。

「恐れ」と「完璧主義」が自身を破滅へと導く

以前投稿したブログで、「喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと」(アニータ・ムアジャーニ著)を読んだ感想を綴った。

 

 

今は同氏が書いた以下のkindle本を読み進めている。
まだ途中だけど。

 

もしここが天国だったら? ― あなたを制限する信念から自由になり、本当の自分を生きる
(アニータ・ムアジャーニ著)
 

 

途中経過の感想だと、

「病気を恐れて自分がストレスを感じることをしてしまうようなことがないようにしよう」

という著者からのメッセージを感じた。

 

最近の僕の生活は割と不規則だし比較的自分の感情に忠実である。

 

 

今だって僕は夜ももう23時を過ぎているのにもかかわらずお菓子なんぞ食べている。

最近ハマっている越後製菓の「ふんわり名人きなこ餅」だ。

僕が好きなあの金髪の可愛いアイドルの女の子もハマっていたという「ふんわり名人きなこ餅」だ。

一応スナック菓子なのにふわふわトロトロしてて口の中がボルケーノだ。

違う、ボーノだ。

ボルケーノは火山だ。むしろ逆の表現だ。

 

 

…そんなことはどうでも良い。

 

 

なぜこの時間にきなこ餅を食べるのか?

それはそれが今の自分にとって一番良いと思っているからだ。

罪悪感など微塵もない。

 

 

僕は元々ほぼ半日断食しているからこれだけで太るとは考え難いし。

 

もう自分が気持ちよくなるためならなんだって言いやって思って。
完璧主義からも脱出できるようになってきた。

 

 

実際、健康管理をしっかりしていた人が死んでしまう場合もあるし、
逆に生活習慣に対してこだわらず偏食家でヘビースモーカーで酒豪みたいな人が
長く生きられる場合だってある。

 

僕だって身体がどんな状態になれば真の健康になれるんだろうって
本気で悩んだこともあった。

 

でもそれでは本末転倒だ。

 

 

僕たちは健康になるために生きるわけではない。

 

自分が最も気分が良いと感じる状態で人生を楽しむのがベストなんだ。

 

健康に生きられるように自分自身の心を優先するんだ。

 

 

だから、「何かを達成する」ために完璧主義になるんじゃなく、
強いて言えば自分の耳の声をもらさない完璧主義を目指すんだ。

 

 

完璧主義なんかそもそも目指さないのが良いに越したことはないけど。

 

 

なかなか治らずかえって自分の首を締めてしまっているこの「完璧主義」という病気も
日々色んな本や作品に触れることで徐々に改善されていっている。
もちろん人との出会いも良い薬になったかな。

 

 

そもそもなぜ完璧主義になってしまったのか…

 

 

それは誰かに「認められたい」「見下されたくない」という思いが強かったからだと思う。

 

 

でも、著者のアニータさんが言うように、本来人間は誰でも愛を受け取る資格があるし、

全ての人間には誰でも強いエネルギーがあるはずなのだ。

だとしたら自分もその例外ではないだろう。

 

もし神様が僕だけその資格がないというのなら残酷すぎるロシアンルーレットだ。

 

…ではなぜ苦しんでいたのかと言うと、
過去の経験などを通して傷ついてしまい、
傷つかないように他人に対して予防線を張るようになり、
自分の存在価値を下げることが楽だと感じるようになり、
自ら自分の可能性を否定してしまっていたのだろう。

 

でももうその必要はない。

 

自分なりに訓練をした成果が出てきたのか、
現に以前と比べて嫌なことが起こりにくくなっている気がするし、
苦手な人も減ってきたように思う。

 

自分に辛く当たる人は皆、なんとなく不満を感じているというか、
愛に飢えているのだろうなと思うようになってきたからだ。

 

こういった考え方の変化を通して、
「引き寄せの法則」というか、心の持ちようで見える世界は変わるのだと思った。

 

 

情報社会では自分を保つ上で他人の意見で混乱されないことも大事。

 

 

たまには1日から2日くらい離島に行って情報断食しても良いかもしれない。

 

写真は2014年に行った宮古島の砂山ビーチ(だと思う)。
宮古島また行きたいなぁ…。
 

 

自分自身の判断に「恐れ」を感じること。
結局の所、それが一番の「毒」なのだ。

 

恐れるべきなのは病気ではない。
病気は敵じゃない。
では何が敵かと言うと、自分の中には二面性があって、
味方の顔して敵のように自分を痛めつける自分自身なのかもしれない。

 

ならばいっそのこと、すべてを愛して皆味方にしてしまえば良い。

負の感情には幸せになるためのヒントがある

今、KindleUnlimitedで読み進めている本があり、

途中ではあるが大変参考になった箇所があったので、

メモ代わりに書いておきたい。

 

 

その本というのは、

「サラとソロモン」というタイトルの本だ。

 

 

小説のように読めるので、

作中での少女とフクロウ、周囲の人間との関係性を追いながら

生き方について学ぶことが出来る。

 

 

こんな博識なフクロウが身近にいたら面白いのになぁ。

 

 

30%くらい読み進んだと思うが、

今のところ一番印象的なのは、

 

 

 

「自分が嫌だと感じることは、

自分が心地よいと思うことを見つけられるチャンス」

 

 

だということ。

 

 

僕自身の解釈であるので、本書内での表現はやや違うと思うが、

ほぼ似たような感じだと思う(←適当過ぎ)。

 

 

 

↑以前のブログでも書いたが、

何か良くない感情が起こったら、

それは自分を成長させるチャンスだと思えば良いことはわかった。

 

 

しかし、それとはまた別に、

自分の「心地よさ」を見つけるという作業もできるんだなということが、

この本を読んでいてわかったのである。

 

 

そう思うと、ネガティブな感情も少しはウェルカムだと思えるのではないか。

 

 

 

決してそれはポジティブシンキングなどではなく、

「少しでも自分が楽に生きられるようにするために、

楽になれる思考を習慣づける」

ということである。

 

 

まとめると、

 

 

心のなかにネガティブな感情が湧き上がってきたら、

客観的にその感情を自然現象として眺めるとともに、

自分のニーズを探ること

 

 

である。

 

 

↑自然現象のイメージ(山口県・秋芳洞にて)
 

 

上記のリンク先にある記事で、

負の感情はブラックホールのようなものと表現したが、

滝のようなもの、激しい水しぶきのようなものを想像するとわかりやすいかも。

 

負の感情を自然現象として客観的に眺める…

 

これができたら人としてだいぶ成長しそうだな。

 

 

嫌な感情は、もちろん好きじゃないけど

少しでも上手く付き合えるようになろう。

 

 

 

 

怒りや不安などの”負の感情”に支配されない方法

僕は子供の頃から怒りや不安を感じやすいタイプではないかと思うし、

実際それで損していることも多々ある。

 

正義感が強いことに加えて、

嫌なことをいつまでもズルズルと引きずる傾向もあるし、

人に対しても気を使ってしまうし、

このままでは、何よりも自分が生きていて辛い。

 

 

嫌な人、嫌なことを避けるために引きこもりがちにもなってしまう。

 

 

しかし最近では、怒りや不安などといった負の感情を感じた時に

その感情に支配されたり、いつまでも不要に引きずったりといったことがないように

自分の中に渦巻く負の感情に「気づく」方法を覚えた。

 

 

今では気づいた時にそのやり方をやるようにしているので、

むしろ「嫌なことはチャンス」だと思うようになった。

 

 

 

それは、

 

「感情を客観的に眺めること」である。

 

 

イラっとするようなことが起こったら、

それに対してイライラしている自分に気づくこと。

 

 

そして自分が怒りを感じている内容を

あれやこれやと考え始めるのではなく、

「感情のエネルギーそのものに気づくこと」である。

 

それを意識していくと、

自分がいかに無意識に負の感情に浸っているのかがわかるはずだ。

 

 

たとえ抑えられないほど強いエネルギーだったとしても、

自然現象だと思えば良い。

 

 

例えばブラックホールを見て宇宙の脅威を感じたとしても、

それに対して怒りや不満を覚える人はいないだろうし、

それと同じ感覚だと思えば良いのだ。

 

 

 

 

 

イラストのように、自分の中の「ブラックホールを眺めるような感覚」で

自分の中に渦巻く感情をただただ眺める。

 

 

そこには善悪、あれやこれやといった独り言、自責の念も他責の念もない。

 

 

まとめると以下の通り。

 

 

①負の感情を感じたら、それに気づく

②湧き上がってくる負の感情のエネルギーを感じて、ただただ眺める。

③心の中で独り言は一切言わない。

④正義や善悪で判断しようとしない。

⑤人を責めることはもちろん、負の感情を抱いた自分に対して責めることもしない。

 

 

今はざっくり紹介したが、今後の記事で一つ一つ取り上げていけたらと思う。

 

 

詳しいやり方はKeiichiさん著のこちら↓↓↓の本で紹介されているので、

こちらを読んで頂いたほうが早いかもしれない。

 

 

タイトルがちょっと物騒だけど、

過去のスピリチャルや引き寄せの法則ではしっくり来なかった僕でも飲み込めたので、

内容はとても実践的というか、自分にもできそうな気がした。

 

 

そして読んでいて思ったのが、本文のコピーが秀逸。

そのため、メソッドに関してはもちろん、

マーケティングに関しても非常に努力されたんだなぁという印象を覚えた。

 

 

この本を読む前にも他に引き寄せ関係の本は読んだが、

「頭ではわかってても胡散臭い」というのが正直な感想である。

 

 

確かに引き寄せの法則は存在するのかもしれないが、

自然発生的に起こり得た幸運な出来事は、

誰にでも起こり得るかというとそうとも限らないし、

疑り深くもなってしまう。

 

自分に嘘をついてまでポジティブなことを言いたいとも思わないし。

 

しかし、こちらの本で紹介されているような、

客観的に自分を見つめるものだと思えばできそうな気がするし、

自分の感情に嘘をついているわけではないというのが大きなポイントである。

 

 

実際、自分の周囲が良いことや悪いことで囲まれているのかということや、

自分が幸せに生きていけるかどうかというのは、

自分の見方次第というのは心理学で証明されていることだしね。

 

良い出来事がたくさん起こったら、

それは自分の思考を改善する習慣の結果だと思えば納得がいく。

 

 

今までの考え方や性格を治すのは、一日二日ではできない。

根気よく自分と向きあう必要がある。

 

 

思った以上に負の感情が渦巻いた自分と対峙してるのに気づいて

ショックを受けることもあるかもしれないけど、

自分にとって心地よい物の考え方ができるように改善していきたい。

 

 

まだまだこの方法を始めてから間もないので、

身につくまで習慣にしてしまって、自分のものにできたらと思う。

 

 

この方法を行って自分の身に起こったエピソードや成果を

今後、ブログでも紹介できたらと思う。

 

 

 

どんな思考法に関する本を読んでも納得のいく答えが見つからなかった皆さんも

ぜひやってみてほしい。