「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ

みんなの「コリュ」こと天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だお。

 

 

今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ。

 

…というわけで、早速いってみよー。

 

 

 

 

 

 

近年、いろんな言葉が「差別用語」として認識されている。

 

 

ここに書くのはなんとなく気が引けてしまうような言葉も、

それらは皆、一昔前まで当たり前のように使われていた言葉だ。

 

 

確かに言葉は時代によって変化しつつあるものだから

「良くない言葉は廃止しよう」

という流れになるのは良いのかもしれない。

 

 

実際、僕も「オナベ」なんて言われたら

まず良い気持ちにはならないかな〜。

 

 

理由は「蔑称だから」じゃなくて、

一応「男として」生きようとしているからだ。

 

 

なので、悪気なく使ってしまっている人がいたら

それはそれで「仕方ない」と割り切ることにはしてるけど。

 

 

 

↑以前のブログで描いた漫画。ちなみにこれは実際にあった出来事である。

(そのため今とキャラデザ違うけど。)

 

 

てか、未だに「セクシュアルマイノリティ=夜の世界」みたいに思っている人って

逆にいるのだろうか…?(笑)

 

あと、性自認(自分自身を認識している性別)と

性対象(恋愛対象となる性別)は全くの別物だからね…。

 

 

 

 

 

しかし、このような「呼び方」を巡る問題だけでなく、

あなた自身もきっとこの漫画と似たような経験をしているはずだ。

 

 

 

例えば、

 

「自分が放った言葉で相手を怒らせてしまった」

「相手が何気なく言った言葉に傷ついてしまった」

 

という経験はないだろうか?

 

 

 

それが原因で人間関係のトラブルが起きたり

どちらかが(もしくはお互いに)距離を置くようになったりというのは

誰しも経験しているのではないかと思う。

 

 

もちろん、お互いに分かり合えることが一番良い結果ではあると思うが。

 

 

ただ、人によっては、

自分が何気なくしてしまったことや、

良かれと思ってやったことなどで

相手が気分を害してしまった場合、

もしくは、微妙な反応が返ってきた場合、

 

「自分のせいだ…」

「迷惑をかけてしまった…」

「自分ってダメな奴…」

 

などと過剰にネガティブに捉えてしまう人もいることだろう。

 

 

逆も同じで、

相手の何気ない一挙一動が気になり

 

「今の言葉はどういう意味だったんだろう…」

「もしかして嫌われてしまったのかな?」

「どうしてこの人は人が傷つくようなことを言うんだろう?」

 

などと深く考えすぎてしまい、

疲弊してしまうこともあるだろう。

 

 

 

僕も以前はこんな状態だった。

 

 

 

相手の気持ちに対してやたら敏感であり

また、非常に自意識過剰であり

他人が自分をどう思っているかをやたら気にしていた。

 

 

 

「自分は受け入れられているのだろうか…。」

「価値のある存在と思ってもらえているのだろうか…。」

「変な奴だと思われてないかな…。」

という相手に対する不安が常に胸の中に渦巻いていたし、

 

時には

「傷つけられた!!!!」

「裏切られた!!!!」

「騙された!!!!」

などと被害者意識に囚われることもあった。

 

 

 

しかし、こうした不安と戦いながら

他人に対する恐怖を抱えながら生きてきて

自分なりに調べながら考えながら、わかったことがある。

 

 

 

それは…

 

 

「誰も自分を傷つけることはできない。

 自分を傷つけているのは他でもない自分だ。」

 

ということだ。

 

 

あなたがあなたの視点や価値観で言葉を発しているように

相手だって相手の視点や価値観で言葉を発しているだけである。

 

 

だから、過剰に相手がどう思うかを推し量る必要はないし

相手の言動に対して過剰に反応する必要も、本来なら全く無いのである。

 

 

 

↑相手の言葉を「傷つけるもの」と認識するのは

自分自身の受け取り方の問題である

 

 

 

 

もし相手の言動で

 

「この人は偏見が強いな。」

 

「この人は私のことを表面だけ、一面だけで判断しているな。」

 

「私の気持ちを考えてくれないな。」

 

「『都合が良い奴』みたいに思ってるのかな。」

 

…などと思ってしまったら

 

 

 

 

このように考えよう。

 

 

 

 

「基本的に人は他人に興味がない。

 

 仮にそれが真実だろうと、真実ではなかろうと、

 この人が私に対して抱いた印象を言っただけ

 

 しかし、それでも良い。

 

 私は他人が思っている以上に色んな面があることを、

 私自身が一番良く知っているのだ。」

 

 

などと思って軽く流せば良いと思う。

(↑これはちょっと長いからもう少し端折っても良いけど。)

 

 

あなた自身の魅力や頑張りをあなた自身が気づいて認めてあげる。

(他人がそれを知っているかどうかは関係ない。)

 

 

それならば、相手が相手の価値観や視点で

あなたに対して勝手なことを発言したとしても

 

「それはその人の考えなので、必ずしも正しいとは限らない」

 

…と割り切ることが出来るし、

 

もちろん、迎合する必要もないわけだし、

 

否定的な発言を受けても、あまり気にならなくなるだろう。

 

 

 

↑自分の心を守るためには

自分自身にとって最も都合の良い考え方や対応をすることが大事。

 

 

 

 

というわけで、今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」という幻想に囚われるな

について語ってみた。

 

 

あなたがあなた自身の言動にOKを出すためには

あなた自身の存在、あなた自身のしてきたことにOKを出すことが大切である。

そして、相手の存在や言動に対してもOKを出すことである。

 

 

相手は相手で苦労していることもあるかもしれないし、

あなたが相手の言動の裏側を知ろうとすることで、

あなた自身が最も報われることだろう。

 

 

もしそれでもイライラやモヤモヤ、不安などの感情が消えなければ

以下の記事↓にあるような方法を試して

自分の感情をコントロールしてみるのも良いかもね。

 

 

 

 

あなたが相手のことを理解しようという気持ちがあれば

きっと相手にも理解してもらえるはず。

 

 

相手の気持ちを思いやった上で

あなた自身がどうしてほしいのか、

逆に、してほしくないことは何なのか、

しっかり伝えてみてはいかがだろうか。

 

 

様々な価値観の人と付き合っていく中で

全く嫌な思いをしないのがむしろ難しいものだ。

 

 

お互いに干渉しない。

しかし、相手のことは心から尊重する。

そして、自分自身のことも心から受け入れる。

 

 

適度な距離感を保ちつつ、

素敵な人間関係を築き上げていきましょう。

ついつい神経質になってしまうあなたへ―「気にしない」考え方―

今回は

「自分がした行為や他人の一挙一動に対して、

 いちいち深く考えすぎない方法」

について話したいと思う。

 

 

かつての僕と言えば、神経質すぎて、

人から言われたことや相手の反応について

やたら気にしてしまったり、深く傷ついてしまったり、

気苦労が絶えなかった。

 

 

もしかしたら、相手にとってポジティブな言動、何気ない言動を

過剰にネガティブに捉えていた可能性がある。

 

 

というか、「可能性」じゃないね。

 

 

確実に「あった」。

 

 

それで急に不機嫌になったり

元気がなくなったり

本当に面倒臭い奴だった。

 

 

「あの言葉はどういう意味だったんだろう」

「ああすれば良かったかな」「こうすれば良かったかな」

「こう思われていないかな」

 

こんな感じで

必要以上に深く考えすぎるタイプだった。

 

 

 

しかし、これって僕だけではなく、

もしかしたら、あなたもこんな感じで

人の反応に対してやたら過剰反応してしまったり、

人の顔色を伺ったりということがあるかもしれないね。

 

 

俗に言う「鬱になりやすいタイプ」だろう。

 

 

例えば、あなたの周りにキレやすい上司や

すぐに嫌味を言うような同僚、

あなたに対して何でも否定的な友人がいたとして

あなたが対等に意見を交わすことを相手が許さないような場合、

ついつい怒られそうな言葉や相手の「地雷ワード」を避けて

無難なことばかりを言ってしまいがち、

もしくは我慢をしてしまいがちだったとする。

 

 

そういった場合、それらの行為は

相手のことを思ってしていることではなく、

自分自身が傷つきたくない、

厄介なことになりたくない、

不利な立場に追いやられたくないからなどの理由で

自分の気持に蓋をしてしまうわけである。

 

 

つまり、

人間関係が悪化して自分が傷つきたくないから、

人の顔色を伺ってしまうのであり、

その結果としてネガティブな感情だけが自分の中に溜まっていき、

モヤモヤを引き起こす原因になるのかと思う。

 

場合によっては相手に対して不信感を抱くこともあるだろう。

 

 

 

 

このような人というのは所謂「他人軸」で、

「他人がどう思うか」で全てのことを判断してしまうのだ。

 

そのため、

「相手が気分を害することはしないようにしよう」

「迷惑をかけないように我慢していよう」

「相手の期待に応えよう」

などと、自分の行動に制限をかけたり

悪い意味で自分にプレッシャーをかけたりすることも多くなる。

 

 

その結果…

 

 

本来、自分自身に対してエネルギーを注ぐべきところを

必要以上に他人のことを気にしすぎてしまうので

人間関係が嫌になったり、生きるのが辛くなったりしてしまうのである。

 

 

自分を差し置いて幸せそうにしている他人を見て、

自分だけが不幸でいいように扱われている気になり、

許せない気持ちになることもあるだろう。

 

 

 

そこで、相手の何気ない言動にイラッと来たり、

場合によっては怒りを爆発させてしまったり…

などということもあるかもしれない。

 

 

 

そのような事態を防ぐために、

あなたにぜひ覚えておいてほしいことがある。

 

それは

 

「相手がどう思っているかは、相手にしかわからない」

 

ということだ。

 

 

相手がどのように反応しようが、

どのように受け取ろうが

全て相手の問題であり、あなたの問題ではないのだ。

 

※詳しくはこちらの記事も参考にしてみてね。↓

 

 

考えて解決できる問題ならば、

思考を深めることで納得できる答えが見つかるかもしれないが、

そうではない場合、

「あの人はきっとこう思っただろうな」と

相手の気持ちを勝手に判断したり

相手が抱いている自分への印象に対して気にしすぎたり

実際に相手が求めてもいないことを

勝手にあなたが「求められている」と思い込んだり…

 

 

これら一連の行為は、考えすぎるだけ無駄だということだ。

 

 

また、仮に相手の行動から悪意を感じてしまったとしても、

思い込みだけで相手のことを悪だと判断したり、

怒りや恨みつらみを増大させたりしてしまうのも、

精神衛生上良くないだけだし、避けたほうが良い。

 

 

あなたももしかしたら、

「お前はこう思っているかもしれないけどさ」とか

「あなたはこうだよね」とか

相手にジャッジされたり、

一方的に決めつけられたりするのは嫌なことだろう。

 

 

逆に、相手があなたに対して勝手に「思い込み」、

「決めつけ」をしてきたとしても、

よっぽど建設的な意見ではない限りは

「子犬が吠えているな」くらいに思っていれば良いのだ。

 

 

人を決めつけることは誰にもできない。

あなたが思っていることが自分にしかわからないのと同じように

相手が思っていることも相手にしかわからないからだ。

「推測」なら出来るけどね。

 

 

そういった「決めつけ」や「思い込み」の行為から

あなた自身を守るためにも、

「あなた自身が人をジャッジしない」

という癖をつけるのも大切なことなのだ。

 

 

 

このように、相手の一挙一動が気になったとしても、

あなたのした行為を相手がどう受け止めているか気になったとしても、

 

「自分で勝手に相手のことを決めつけようとしない。」

 

…それが、あなたにとって最も楽な生き方となるだろう。

 

 

人を決めつけるということは

「こうあるべき」という固定観念が身についてしまっている状態である。

その狭まってしまった考え方からあなた自身を開放するには

宇宙のように広く高い視点を持つことも大切だ。

 

 

↑こちらの記事にもあるような

「あなた自身の感情と向き合い、

物事を広く、高い視点で観察する」ということは、

最初は難しいと感じるかもしれない。

 

 

しかし、慣れてくるとちょっと大変なこと、

嫌なことで怒りが湧きそうになっても

 

「今はちょっと視点が俗世レベルだな。

 目ん玉ロケット発射して土星まで行くか。」

 

などとユーモアも含めつつ楽しめるようにもなってくるだろう。

※「目ん玉ロケット」については上↑の記事参照。

 

 

また、もう一つの方法として

こちら↓の記事で紹介している

「嫌な言葉を消す」方法も参考にしてみてほしい。

 

 

 

なお、こちらの「言葉を消す」やり方に関しては、

「相手があなたを攻撃した」という事実そのものを

もみ消そうというものではない。

 

各種ハラスメントやいじめ、暴力など明らかに法に触れるものは、

所定の機関へ訴えたり通報できたりするからだ。

 

しかし、そうではなく、

通常の会話や議論などによって発せられた言葉というのは、

大抵の場合、不快に思うかどうかは個人の価値観や判断による。

 

 

そのため、

「嫌だ」「腹立つ」「理解できない」と思ったら

「この人はこう思うのか」という認識だけをして、

嫌な感情とともにその言葉を忘れてしまいたいところだ。

 

 

つまり、スルースキルを身に着けろということだね。

 

 

月並みかもしれないけど、

出来るだけ気にしないようにするのが一番なのだ。

 

 

 

 

↑相手の感情を逐一気にせず、NOも言えたら上出来。

 

 

 

最後に、まとめると…

 

 

「自分がした行為や他人の一挙一動に対して、

 いちいち深く考えすぎない方法」とは…

 

 

・いちいち他人の言動をジャッジしない。

 

・「他人の考えていることなんてわからない」と割り切る。

 

・考えて解決できる問題なのか、考えても仕方がないことなのか、しっかり見極める。

 

・宇宙のように広く高い視点を持ち、嫌な出来事を「どうでもよいもの」と考える。

 

・相手の機嫌を自分のせいだと思わない。相手の問題は相手の問題である。

 

・面倒なことはスルーするか、軽く受け流す。

 

 

「忘れよう、気にしないようにしようとしても、

できないから困っている!」

そんな方もいるかもしれない。

 

 

しかし、もしかしたら、

それはあなた自身の中にある「こだわり」が原因なのかもしれない。

 

 

結局の所、正義や悪、などといった概念や

嫉妬や被害妄想などのネガティブな感情が生み出されるのは

僕の中にもあり、あなた自身の中にもある

「こだわり」によるものである。

 

 

その「こだわり」が、時に争いごとを引き起こす原因ともなるのだ。

 

 

自分自身を過剰に庇護することなく、

かといって自責の念にかられることなく、

全ての事象を「一つの現象」として捉えられるようになったら…

 

あなた自身の存在もあなたの過去の行動も

他者の存在も過去の行動も

全て受け入れられるようになってくることだろう。

 

 

考え方や行動の癖を変えるのは

今すぐに出来るようになるものじゃない。

 

自分の思考を徐々に変えていって、

その思考が当たり前に感じられるようになるまで

慣れるしかないんだよね。

 

 

だから…まずは少しでも良い。

こちらの記事で紹介した考え方を実践していただけたらと思う。

 

 

初めはいつも通り神経質に考えすぎてしまうことがあっても、

なにか嫌なことがあって

自分を責めたり、人を責めたりしてしまいそうになったら

「あ!これはやめよう。」

と気づいて、徐々にやめていく。

 

この積み重ねが大切なのである。

 

 

そうやって新しい考えを習慣づけていって

あなた自身が少しでも「成長したな」と思ったその時は…

 

 

他人にはわからないかもしれない。

 

けれど…

 

あなた自身にしか知らない「頑張り」を

あなた自身が思い切り労ってあげましょう。

頭から離れない「嫌な言葉」をたった1分で消し去る方法

明日の天気は晴れ?雨?

私の性は男?女?

 

妖怪「性別知らず」天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございまする。

 

 

(↑今後はこれを冒頭の挨拶にしようかね…)

 

 

 

さて、今回はタイトルの通り

「頭から離れない『嫌な言葉』をたった1分で消し去る方法」

について語っていきたいと思う。

 

 

 

最近、僕はこちら↓の本を読んでいる。

 

 

これも修行のうち。 実践!あらゆる悩みに「反応しない」生活(草薙龍瞬・著)

 

 

 

こちらの書籍はかつて過去記事↓でも少しだけ紹介した、

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」(草薙龍瞬・著)の続編であり、

心を快も不快もない、ニュートラルな状態、

つまり、何が起きても心を冷静な状態に保つにするための

実践的な「プチ修行」が書かれた本である。

 

 

 

これも修行のうち。 実践!あらゆる悩みに「反応しない」生活(草薙龍瞬・著)

にて具体的に提案されている「修行」について実践したことなどは

またその都度書いていこうと思うが、

 

 

今回はこの中で紹介されている

 

【プチ修行37】秘技「言葉抜き」

 

の内容を参考にしつつ、僕なりに考えた解釈も踏まえながら、

「頭に浮かんだ嫌な言葉を一瞬で消し去る方法」をご紹介したいと思おう。

 

 

まず、嫌な言葉というのは何かと言うと、

ネガティブな意味合いの言葉である。

 

 

具体的に言うと、

人の悪口や批判、根拠のない不安や不信感、被害妄想

自己肯定感を下げる言葉…などである。

 

 

具体例がわからないと、今ひとつよくわからないかもしれない。

 

 

ので!!!!

 

 

 

例として、あなたが過去に言われた嫌な言葉や

偶然聞いてしまった悪口などが頭から離れられず

モヤモヤしている状況を挙げるとしよう。

 

 

 

長いし頭悪そうなセリフだな。

 

 

 

もうちょっと短くしよう。

 

 

 

うん。シンプルで良いね。

 

 

よく色んな所で聞くけど、

言葉としては全然良くない、不快極まりない言葉だけどね。

 

 

人を「使う」とか「使えない」とか

人を「モノとして扱う」神経を疑うし

そんな言葉を抵抗なく言える人って

僕は正直なところ、全然信頼できないな。

 

 

…おっと、いけないいけない。

 

 

こんな言葉だけで、僕まで怒りを感じてしまうといけないな。

 

 

僕がブログ書いてるときって、

大抵お家でリラックスしながら

自分自身と向き合っているすっごく貴重な時間だからね。

 

 

 

嫌な言葉はレッツ消去。

 

 

 

さて、言葉を消す方法としては、

ラジオを思い浮かべていただけると、わかりやすいかと思う。

 

↑こんな感じの。

 

 

あなたがラジオを聞いていて

「番組を変えたい」と思った時どうするだろうか。

 

 

当然、チューナーを回すよね。

 

 

チューナーを回していくと

はっきりしていた声がだんだん聞こえにくくなって

ノイズと共にかき消されていく…

そして段々と違う番組に切り替わっていくことだろう。

 

 

その感覚を思い出していただきたい。

 

 

つまり、どうするのかと言うと…

 

 

嫌な言葉が思い浮かんだら、

人から嫌な言葉を言われたら、

 

 

「あ、チャンネル変えよう!」

 

 

この言葉を合言葉に、心のチューナーを回していこう。

 

 

実際あなたもラジオを聞いていて、

「興味ない」「不愉快」「理解不可能」「飽きた」などと思ったら

電源を消すか、チャンネルを変えるかするだろう。

 

 

まるで、あなたの頭の中にあるラジオのチャンネルを変えるかように、

あなたが嫌なものに心を奪われてしまうことなく、

あなたが好きなものに目を向けていくことが可能だ。

 

 

このように心のチューナーを回していきながら

はっきりとしていた言葉をどんどん短くしていく。

映像にもノイズをかけていく。

 

 

 

実際、ラジオもチューナーを回すとこんな感じで聞こえにくくなるよね。

声がはっきり聞こえなくなるから、

言葉から思い浮かべる状況もイメージしにくくなる。

 

それはつまり、悪いイメージも音と共にかき消していけるということ。

 

 

すると…ほら…

 

 

 

だんだんと「無」に近づいていく。

 

 

 

 

「嫌な記憶」という番組が終了しました。

 

 

こんな感じで

嫌な言葉や記憶を消した後は気分転換。

 

 

あなたの好きなチャンネルに変えて、

あなたが好きなこと、興味のあることだけを考えていこう。

 

↑ニューメタル・ミクスチャー音楽をかけてテンションMAX中。

 

 

 

気をつけたいことは、

火を消すのが早ければ火事を防げるのと同じように、

もちろん、言葉を消すのも早いほうが良いということだ。

 

 

嫌な言葉が思い浮かんで、

怒りなどのネガティブな感情を感じたら、

その感情が増大しないうちに、

出来るだけ早くチューナーを回して消していくのがコツだ。

 

 

どうしてもあなたが許せないと感じるような言葉でも、

怒っている時や混乱している時にアレコレ考えるのと、

冷静になった時に考えるのとでは、

当然、行き着く答えも違ってくるからね。

 

 

冷静な時は

 

「今回の出来事から、私は何を学べるのか?」

「この人はこういう状態だったから、こういう言葉を発したのだろう。」

「この人はこういう性質・傾向があるので、こういう対策をしよう。」

 

…などといった分析も出来るだろうし、

その考えから、あなたが今後その人に対して

もしくは言われた言葉に対して

あるいはあなた自身の生き方や考え方に対して

どう対応していけばよいかを考えていくことも出来る。

 

 

感情的に対応しても、全く効果がないというか

あなたにとって良くない結果に行き着く可能性もあるので

気をつけたいところだ。

 

 

なので、正しいか正しくないかは置いておいて、

一旦は「言葉を消す」ことをおすすめする。

 

 

 

なお、勘違いしないでいただきたいのだが、

怒りを抑えつけるのではない。

 

 

怒りを感じたら、ただただそれを客観的に見て、

「現象」として「認知」すれば良い。

 

 

「私は今、怒りを感じているようだ。」

「なんとなーくモヤモヤしているな。」

「ムカ着火ファイアー中。消防車出動せよ。」

 

というようにね。

 

 

その湧き上がった感情に対して、誰かを責めたり、

自分自身を責めたりすることは一切しないこと。

あなたが「感情」に振り回されたくないなら

ぜひ意識してみると良いだろう。

 

 

あなたが怒りなどの感情に支配されないようにするための方法は

こちら↓も参考にしてみてね。

 

 

 

いかがだったろうか。

 

 

 

もちろん、このやり方をすぐにあなた自身がものにするには難しいかと思う。

 

 

しかし、ついつい心の中で

人への不満を溜め込みがちな傾向にある人にとっては

「正義」とか「悪」とか

「理不尽」とか「腹立つ」とか「理解できない」とか

そういった考えや感情があることで、

自分自身を縛ってしまうことにもなるだろう。

 

 

あらゆる現象に対して過剰に反応することなく、

客観的に物事を観察できるようになるためには、

宇宙の視点を身につけるようにすることも効果的である。

 

 

嫌なことを見聞きしてしまった…

自分自身が今嫌な状況にある…

 

 

そんな時には一旦冷静になって、視線を宇宙まで飛ばし、

客観的にあなた自身を含めた「世界」を観察する。

 

 

そのやり方をこちら↓でも紹介しているので

参考までにどうぞ。

 

 

 

 

最後に、まとめると…

 

 

嫌な言葉を思い出したり、

嫌な言葉を聞いたり

嫌な言葉が頭に浮かんだりした時は

心のチューナーを回して、

嫌な感情と共にかき消していこう。

 

 

チューナーを変えればほら

あなたの好きな番組に出会えるかもしれないしね。

 

 

あなたが嫌だと思う現象や言葉に対して

真摯に向き合うことも必要だけど、

その現象にあなた自身が振り回されてはいけない。

 

 

イライラしながら聞きたくもないラジオを聞き続ける人って

周囲から見れば滑稽で理解不能である。

 

しかし、僕を含めた多くの人が、

実際にこれと似たようなことをしているのだ。

 

「他人への悪口・批判を反復する」

「過去の出来事を思い出して怒りを蒸し返す」という形でね。

 

 

 

そうではなく、

あなたが好きなラジオ番組を延々と聞き続けるように

 

 

「楽しいことを考えるとワクワクする」

「犬や猫のことを考えると幸せな気持ちになる」

「大好きな恋人や友人、アイドルに早く会いたい」

 

こんな感じで、心の中ではあなたが好きな番組を流す…

つまり、あなたが好きなことを考えて

前向きな気持ちで人生を生きられるように

 

 

あなたの心が欲しているものを与えてあげましょう。

 

 

 

 

…今度はエアギターを始めたようだが↑

今回の記事はこれにて終了。

あなたの「地雷」を「宝」に変えてしまう方法

狐と狸の両性具有妖怪・天海夜 煌琉でござい。

 

 

最近では、何か怒りを感じたりイラッと来たり

負の感情が湧き上がるようなことや気になることが起きても

 

「これは学びだ、勉強だ」と思ったり

「これは自分にとって必要なことだから起こった出来事だ」と言い聞かせたり

「この人はこういうところがある」と諦めたりすることで

 

自分の感情をコントロールしていた。

 

 

 

そのため、以前の「ウニみたいにトゲトゲした自分」と比べれば

自分や他人をあるがままに受け入れられるようになり

過去のことをズルズルと引きずらなくなってきたし

無意味にピリピリすることもなくなってきた。

 

 

 

 

しかし、本日久々に地雷案件というか

朝から夜までずっとモヤモヤが消えない状態が続き

以前の「トゲトゲウニ」な僕に戻ってしまった出来事があった。

 

 

 

 

その内容はというと、

 

先日上げた記事の話とも関係する。

 

 

 

上の記事で

 

「コリュさんみたいに怒らない人が羨ましい」

と言ってきた人が

まーーーた僕に同じことを言ってきたのだ。

 

 

「私、コリュさんみたいに(怒らない人に)なりたい」

「いっつも穏やかだし何言われても文句一つ言わない」

「次生まれ変わったらそうしよ!コリュさんみたいになーーーろう!」

 

 

多分、この文章だけで見ると

僕がこの言葉にどれだけ苛ついたのか

多くの人は理解できないかもしれない。

 

 

しかし僕は

 

 

「黙れク○BBA。くだらねーことほざいてる暇があったら仕事しろ。」

 

 

という口汚い言葉が喉元まで出そうになったほど

心の中でブチ切れていたのだ。

 

 

 

その言葉を言ってきた人は、

上の記事でいう僕の「A面」だけで僕の全てを判断しているらしく、

「表面的な僕の性格=本来の僕の性格」

という、自分に都合の良い解釈をしているようだ。

 

そのため、僕のことを「怒らない仏のような人」と思っているのかもしれない。

 

 

 

しかし、残念なことに、僕は元来エベレスト並にプライド高く我が強い。

(↑たまたま読んだ誕生日の本にそんな感じのことが書いてあったw当たってるw)

 

その反面、尊敬されたい気持ちが強いため

人から嫌われたくないという願望を持ってしまってもいる。

 

それ故、過度に周囲に気を使うので、優しいといえば優しいかもしれないが

どちらかといえば「人間嫌い」が根底にあるため

他人との深い関わりを面倒臭がって避けてきたし

無駄な争いでさらに自分が傷つくなら我慢したほうがマシと思い続けてきたし

未だに自分でも他人とどう接したら良いのかよくわからない部分がある。

だからあまり怒らないし、怒れない。

 

 

そのため、面倒な輩も寄ってきやすく、

都合の良い人と思われたり、舐められたりされやすかった。

これは今なお続く、自分の中での悩みの種であり、

思春期など一時期は「俺に近づくな」オーラを放っていた。

そのおかげでだんだんと感情を表に出せるようになり、

「敵」と認識した相手には怒りを露わにし、口論が出来るようにはなった。

 

 

しかし、過去の経験で、こちらには都合の良いように扱ってくるのに

自分が勇気を出して怒ったり言い返したりしても相手が反省してくれず、

かえって逆ギレされたり、人格否定をされた経験をたくさん重ねてきたので、

(しかも残念なことに、原因は家族でもあった。)

「怒っても無駄」、「何を言っても無駄」

「摩擦を起こすだけエネルギーの無駄遣い」

「人間ってそういう生き物だから」

みたいな諦めの精神が身についてしまったのだ。

 

 

そんな僕にとって他人からの「怒らない」という評価は

どうしても皮肉にしか聞こえないのだ。

 

 

精神的に病みながらも、

今の自分は血の滲むような努力で築いてきたもの。

 

 

「お前に何がわかる?」とまで思ってしまうのだ。

 

 

地雷オブ地雷なのである。

 

 

仮に、同じように僕のことを「怒らない」「大人しい」と解釈している人でも

 

「コリュさんはあまり喋らないし、腹の中では何を考えているのかわからないので、

なんか話しかけにくいし、苦手だ。」

 

という印象を抱く人がいたとする。

 

このような意見のほうが

まだ客観的で「なるほどなぁー」と思える。

 

 

 

つまり、

 

「肯定だろうか否定だろうが、

自分のことを表面だけではなく、

その人なりの視点で分析してくれる」

 

それ自体をありがたいと思えるようになった。

 

 

逆に、土足で踏み込んでくると言うか

表面だけ、一部だけで全部知ったような顔をしてくる人はすごく迷惑。

 

 

肯定、否定に関わらず

土足で踏み込まれる感じの一方的な意見や要求、

完全に的はずれな言葉は基本的に嫌なのである。

 

 

仮に肯定意見だっとして、

その意見を言った本人としては「褒めている」つもりなのかもしれないけれど、

僕自身、「嫌われる勇気」の影響でアドラー心理学を取り入れるようになり、

「”褒める”という行為自体が上から目線で失礼な行為だよなー」

って思うようになってきたし、

基本的に他人の”人格”に対して”褒める”ことはあまりしない。

その人のブログや書籍などを読まない限り、

過去の経験や心の中などわかるわけないからである。

 

 

※逆に、「相手の印象について、良いと思った部分を相手に伝える」だけなら

失礼にはならないと考えている。

その辺の線引が難しいなとは思う。

 

 

 

でも、こうやっていろいろ書き出すことで

「なぜ地雷なのか?」

という理由がわかってきた。

 

 

恐らく、僕もそうなのだが、

世の中の多くの人にとって

原因は家庭、学校だな。

 

 

つまり過去のトラウマだね。

 

 

 

あなたにもきっとあるはずだ。

 

 

他人にはきっと理解出来ないであろう、

でも絶対に触れられたくない地雷、

埋めたことすらも思い出したくない地雷が。

 

 

 

その時は一度冷静になって

 

「なぜ私はこんなことで怒るんだろう?」

「その原因は何?」

「誰のどんな言葉に反応したの?」

「過去に同様なことをしてきた人は誰?」

「その時あなたはどんなことを思った?」

 

 

…というように、感情を深掘りしてみると良い。

 

 

 

「真面目な良い子を演じ続けなきゃいけなくなり、自己主張ができなくなってしまった。」

「授業中に指されて、答えを間違えてしまい皆に笑われて恥ずかしかった。」

「周囲の期待に答えようとしたけれど、落胆させてしまい自分はダメだと思った。」

 

など、過去の経験が思い出されて、

そこからヒントが得られるかもしれない。

 

こういった出来事があなたの「地雷の原因」となっているはずだ。

 

 

そういった出来事から

「真面目でいないといけない」とか

「失敗しちゃいけない」とか

「周囲の期待に答えなくちゃいけない」とか

 

自分に対する脅迫感が地雷となり、

 

「私はこう生きたい!」という

本来のあなた自身とのギャップを生み出しているのかもしれない。

 

 

このように、「地雷の原因」がわかったら

そこからあなた自身を遠ざけるように

徐々にでも良いから、あなた自身を開放してあげると良い。

 

 

「真面目じゃなくても大丈夫な自分」

「失敗しても大丈夫な自分」

「期待に答えなくても大丈夫な自分」

 

 

こんな感じで悩み続けてきたことに対して、

真逆の自分を受け入れてあげられるようにしよう。

 

 

ただし、その際には「地雷」の形成に関与してきた人を責めてはいけない。

 

 

仮に原因はその人だったとしても、

「地雷」を作り出したのは他でもない、あなた自身だからだ。

 

 

逆に言えば、自分で作り出した「地雷」は自分で「取り除く」ことが出来る。

 

 

心の何処かに埋められたあなたの地雷。

 

 

その埋めた場所がどこかわかっているのは、あなたしかいないからだ。

 

 

また、「地雷を取り除く」ということは

あなた自身の劣等感と向き合うことなのだから

時に「したくない」ことも「する」必要があるかもしれない。

 

 

地雷だからこそ、向き合うのが怖くて今まで避けてきた。

 

 

しかし、地雷を何度も踏まれて爆発しまくって

傷ついた心をそのままにしておくのは

今後も似たような事象を引き起こしてしまうことだろう。

 

あなたの心がさらに傷ついてしまうかもしれない。

 

 

だからこそ、今、ちゃんと向き合って、

癒やしてあげることが大切だ。

 

 

 

 

…しかし、今回の「地雷」な出来事は最終的な結論として、

「ありがたい出来事」だと思うようにはなった。

 

 

最近、僕自身が「感情をコントロールできるようになった」

と思えるようになってきたからか、

ちょっと自惚れていたところもあるのかもしれない。

 

 

今回の出来事はそれを戒める意味でも必要だったのかもな、って思う。

 

 

「地雷がある」ということは、

「まだまだ自分にとって課題がある」ということなのだ。

 

 

以前よりもだいぶ改善されたとはいえ、

まだまだ「本来の自分じゃ愛されない」という恐怖心があるのか、

行動にブレーキをかけているのかもしれないね。

 

 

そうやって問題にぶち当たるたびに、

「どうしたら自分自身が生きやすく、やりやすくなるのだろう?」

「どうやって他人とコミュニケーションを取れば誤解されないんだろう?」

と悩みだしたらキリがなく、

ネット上で同様の悩みを持っている人のブログや掲示板などで

答えを探そうとしてしまうのだ。

 

 

しかし、結局答えなんて見つからず、

さらにわからなくなって悩んでしまう。

 

 

 

そこで行き着いたんだ。

 

 

「答えなんてない。」

 

「自分自身が、今の自分を愛せば良いんだ。」

 

って。

 

 

今のあなたのままでOK。

間違ってもOK。

嫌われてもOK。

 

 

あなたも自分自身に「OK」サインをたくさん出していこう。

 

 

 

行動に制限をすることがなくなれば、

モヤモヤしていた感情がシンプルスッキリになっていき、

「地雷のありか」もわかるようになるだろうし、

最終的に「地雷のありか」を

「宝のありか」へと変えることも出来るかもしれないんだ。

 

 

「宝」はもちろん「あなた自身の課題」だ。

 

あなた自身をさらに魅力的な人物へ

成長させてくれる鍵となるものだ。

 

だから

 

「地雷」と思われる出来事と遭遇したらむしろラッキー。

 

と思わなきゃいけないね。

 

 

「地雷?よっしゃ!100億くらい埋まってるかも?」

 

そう思えるくらいまでは、強くなりたいものだ。

 

 

 

さて、今回は「”地雷”を”宝”に変えるための方法」について

自分の経験も交えて語ってみた。

 

まとめると…

 

あなたもモヤモヤするような「地雷」が見つかったら

ひとまず、その感情を客観的に眺めて、

自分自身に質問をしていきながら、

過去の出来事や感情を深掘りしていこう。

 

 

そして

「どうしたら、どんな自分になれたら、

その地雷で自分がこれ以上傷つかないのか?」

そこから行き着いた解決方法を徐々にでも実行していく。

 

 

ぜひ、憎むべき「地雷」を、

かけがえのない「宝」へと変えてみてね。

「自分探し」の人生より、「宝探し」の人生のほうが簡単。

僕は自分のこだわりがあまりにも強い。

 

短気だし。気分屋だし。

 

良い人ぶって大人しくしているうちは害がないのだが、
そういう我が強い部分が出ていると非常に面倒くさい奴だと思う。

 

なので、他人のちょっとした言動を
必要以上に気にしたり、
イライラしたりしてしまうことが多かった。

 

相手の言葉一つとっても

 

「今のどういう意味だったんだろう?」
「俺のこと嫌いなのかな?」

 

 

…という

端から見ればどうでも良いことを細かく気にしてしまうので

 

 

 

まぁーーー気が休まらなかったね。

 

 

 

 

でも、最近ようやく気づいたんだ。

 

 

「人が自分が快適に過ごせるようにしてくれるのかを気にするよりも、

自分が人と一緒に成長していく…

そんな風に考えたほうが楽だし楽しくないか?」

 

 

って。

 

 

今までの僕は、すぐに人と自分を比べては

劣等感を感じてしまっていた。

 

 

自意識過剰で

「どう見られるか」「どう思われるか」

やたら気にしていたし。

 

 

一つの出来事をネガティブに捉えてしまうものだから

卑屈で皮肉屋で斜に構えすぎていた時期もあった。

 

 

 

 

しかし…

こういった一連の行為は全て自分を苦しめるものだ。

 

 

自分を受け入れられない、愛せていない。

 

 

「より自分を嫌いになるために」

自分自身で選んだ行為なのだ。

 

 

ついつい他人のせいにしてしまっていたけれど、

過去に起こった出来事はもう既に過去のことだし、

それに執着するのも時間が勿体無い。

 

 

そもそもその行為に他人は関係ないのだ。

 

 

「自分の人生なのだから、全てが自分の責任。」

 

 

…この言葉に納得するには時間がかかったけれど、

徐々にでも考えを改めるようになった。

 

 

そして、気づいたんだ。

 

 

これからは人の顔色を伺わないで

自分の機嫌だけとれば良いんだって。

 

 

相手の感情は相手の責任であり、

相手が引き起こしたことは相手の責任だからである。

 

 

もちろん同様に、

自分の感情の責任も自分で取らないといけないし、

自分が引き起こしたことも自分の責任となる。

 

 

一見すると、これって苦痛に見える。

 

 

しかし、これって逆に言えば、

 

 

「どんなに大変な状況を引き起こしてしまったとしても

自分の解釈次第で嫌な出来事にも良い出来事にでもなる」

 

ということだ。

 

 

 

 

つまりこれって、

「判断を他者に委ねない、自分の好きにできるからめちゃくちゃ楽」

なんだよ。

 

 

嫌な出来事を良い出来事として解釈できるようになるには、

日頃から自分の成長を実感していけば良い。

 

 

一見すると自分が悪くないものでも、

自分で引き起こしたことだと思えば、

その経験を生かして次に繋げることができる。

 

 

「他者が自分を快適にさせてくれるかどうか」や

「他社によって自分が傷つかないか」

 

 

ということに目を向けていては

常ににそのことばかり意識を取られてしまい、

大きく成長することはできないだろう。

 

 

自分のことしか考えていない、

視野が狭まっている状態だからである。

 

 

その上、何かを恨んでいる暗い自分のままでは、

自分を愛せていないゆえに不満も多く、

「自分が愛せない自分」であり続けるために

いつまでもやりたいことを実現できないし、

付き合う人も限られていくことにもなる。

 

 

こういった性格から脱却するためにも

「良い人」を演じることをしなくなるためにも

「傷つきたくない」という目的のために

無理に予防線を張ることもなく、

ありのままの自分で生きるためにも

好きなように振る舞ったら良いのだ。

 

 

行きたいところに行けば良いし、

やりたいことをやれば良い。

 

とにかく

 

「頭に描いている自分のイメージを

すぐに実践して体現させること。」

 

 

 

それに気づいてから楽になった。

 

 

僕の場合は旅行で全国を飛び回ることかな。

 

 

自分がどう振る舞おうと、

相手の感情までコントロールできないんだし。

 

 

それならいっそのこと

「自分はこうだから」って

開き直ってしまったほうが良いだろう。

 

 

結果、僕の場合だが、

自分の機嫌を取ることにしか興味がなくなった。

 

 

その結果…

 

「他人の言動が自分を不快にさせるかどうか」

 

以前に比べてあまり気にならなくなった。

 

 

まぁ失礼な奴がいたら相応の態度は取るかもしれないけど、

基本的にはスルーすれば良いし

人が自分をどう思うかあまり深く考えない。

 

 

「相手がどう感じるか、どう考えるのか」

こういった相手の思考は相手の問題だし

そこは自分の踏み込むべき領域じゃないからだ。

 

 

同様に、

「相手が自分をどう思うか」も、

自分にはどうにでもできないことだし

相手の自由にさせておけば良いだろう。

 

 

不幸な人生を送りたい人は

悲劇のヒーロー(ヒロイン)ぶって被害妄想を続けるだろうし、

 

 

自分の人生を変えたい、成長したいと思っている人は

どんな出来事からも学ぶことが出来るからだ。

 

 

全ての出来事はね、必要があるから起こるんだ。

 

 

「目の前の相手が何を求めて伝えようとしているのか?」

「過去にどういう経緯があって今こういう状況なのか?」

 

 

相手がどんなメッセージを発しているのかを考えるようにすることで、

自分自身の成長にも繋がる。

 

 

すべての人と仲良くする必要はないかもしれないが、

理解しようと努めることで大きな気付きにもなる。

 

 

自分の本当の気持がわからない人、

やりたいことがわからない人、

もやもやしながら毎日を送っている人、

世の中にはそんな人達がたくさんいることだろう。

 

 

僕は、自分探しの人生もいいけど、

宝探しの人生を送る方がもっと簡単だと思う。

 

 

「宝」とは「学び」のことだ。

 

 

何気なく過ごしている毎日でも

自分の成長となるための「宝」が

そのへんに転がっているはず。

 

 

より多くの「宝」を見つけるために、

普段のあなたではあまり見ないような部分にも

目を向けていってみてはいかがだろうか。

 

 

もしかしたら巨大な財宝が隠されているかもしれない…。