全ての「出会い」と「別れ」があなたに教えてくれるもの

明日の天気は晴れ?雨?

私の性は男?女?

 

妖怪「性別知らず」天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございまする。

(↑気軽に「コリュ」と呼んでね。)

 

 

今回のテーマは

「全ての”出会い”と”別れ”があなたに教えてくれるもの」ということで

全ての出会いも別れも自然に受け入れて

「怖いものなし!」の人間になるための考え方を伝えようと思う。

 

 

 

 

平成31年4月…

 

 

 

新元号「令和」が発表され、

平成もあと残りわずかとなった。

 

 

 

僕は「自分自身の性別も自分のことも

なんだかよくわからない妖怪」として生まれ

早30年ちょっとが過ぎた。

 

 

そして来週、また一つ年を取ろうとしている。

 

 

 

3月とはシーズン的に主に別れが多い季節と思うが、

この4月という時期は新年度が始まるということで

様々な出会いが訪れることだろう。

 

 

当然、僕にだってこれまでに様々な出会いがあった。

そして、その分の別れがあった。

 

 

プラスもあれば当然、マイナスもあるわけだ。

 

 

出会えてなきゃ、別れだって存在しない。

 

 

ネットやSNS上でのメッセージのやり取りだって立派な「出会い」であるわけだし、

果たして「出会ってもいない人との別れがあった」という事実などあり得るのか?

 

 

「別れるはずのない人との別れ」が存在するなんて…

新作のホラー映画でも出来そうだよな。

 

 

 

 

…まぁそんなことはどうでも良い。

 

 

 

ところで、一概に「別れ」と言っても様々なケースがあるよね。

 

 

引っ越しや転職、転校など、相手が物理的に離れてしまう場合

なんとなく合わなくなって疎遠になる場合

喧嘩別れになる場合

死別の場合

…などなど。

 

 

パターンが違えど、

全ての別れに共通しているのは「寂しさ」や「悲しさ」「辛さ」などの

ネガティブな感情がしばしつきまとうことだ。

 

 

中には当然、苦手な人、嫌いな人など、

別れたことで「スッキリした」「楽になった」「セイセイする」などの

ポジティブな感情を実感する人もいるかも知れないが。

 

というか…ぶっちゃけ僕もたまーーーーーーーーに思う(笑)。

 

 

ただ、仮にその別れ自体があなたにとって気分の良いものだったとしても、

その別れが訪れるまでに

「怒り」や「悲しみ」、「苛立ち」などのネガティブな感情を

伴っていたかもしれないね。

 

 

そういう意味では

「”別れ”に至るまで、”全ての出会い”にネガティブな感情は付き物」だと言える。

 

 

 

ただ、例えあなたが、

訪れた別れを「寂しい」と思ったとしても

「良かった」と思ったとしても

向き合ってほしい事実がある。

 

 

それは…

 

「良くも悪くも、”その人の存在”があったからこそ”今のあなた”がある」

 

ということだ。

 

 

周囲の人に見守られている状況と言えど、

基本的に人間は一人で生まれ、

一人で死んでいく生き物である。

 

 

そして、世界中には人間はもちろん、

他の生物も含めると数多の生命が存在するということ。

 

 

そんな中、あなたが「一人の人間」として生まれ

出会った人々と「一人の人間」として出会えた事実というのは

あなたに与えられた貴重な恵み…いわば「宝物」なのである。

 

…というと、ちょっとスピリチュアルな考えになるわけだが、

実際に何でもかんでも「あいつは悪い奴」だと決めつけて

被害者意識に陥ってしまうことは、あなたにとって悪でしか無い。

 

 

というのは、

「誰が悪いか、悪くないか」というのは、

明らかな犯罪でないほとんどのケースの場合、虚しい議論でしかないからだ。

 

 

逆に、自分自身にも反省すべきことがあると認めた上で

 

「どうして別れが訪れてしまったのか」

「(もし可能であれば)どうしたらその別れを防げたのか」

「自分自身が面倒な人々を引き寄せないようにするにはどうしたら良いか」

「自分自身が楽になるためにどのように生きていけば良いのか…」

 

などと内省する方が、よほど今後のためにもなるわけである。

 

 

↓※ちなみにこちらはこれまで何かにつけて正義と悪を判断していた僕が

「自己責任」で生きようと決心した時の記事。

 

 

その人との出会いがあなたにとって良いことだとしても、

悪いことだとしても、

その分、別れに意味を見出すことが出来るのだ。

 

 

あなた自身が考えて出した結論に納得したら、

いつまでもくよくよ考えずに「次いこ、次!」という感じで、

新たに訪れる出会いを楽しみにすれば良いのではないだろうか。

 

 

つまり…

 

 

あなたが過去に出会ってきた人々というのは

あなたにとって良いものをもたらす人もいれば

悪いものをもたらす人もいたかもしれない。

 

 

いずれの場合も

「その人と出会ったことで、自分はその人から何を学んだのか?」

と考えることが大切だということだ。

 

 

ただただ別れる悲しさを嘆いたり

相手のことを恨みに思ったりするよりも

 

 

「その人との出会いから別れまで」という経験を通して

あなた自身が自分自身の成長にどう生かしていくのか…

 

 

それを考えることが当たり前のように出来るようになれば、

きっとどんな「出会い」も「別れ」も

自然と受け入れられるようになるし、

あなたの人生も好転していくことだろう。

 

 

 

…最後に、

「全ての”出会い”と”別れ”があなたに教えてくれるもの」

とは何かをまとめると…

 

 

全ての人との出会った喜びを味わい、

全ての人があなたにくれたメッセージを読み取り、

全ての出来事を学びや教訓として今後の人生に活かし

これまで出会ってきた人全てに「ありがとう」と感謝すること。

 

 

新学期が始まったり、

新入社員が入社してきたりと、

様々な出会いが訪れるこの季節。

 

 

 

 

新しく出会った人に対して

「この人から自分を何を学べるか?」と思いながら

恐らくいつかは訪れるであろう「別れ」も笑顔で受け入れられるように

 

 

どんな喜びも困難も楽しみながら

その人との貴重なかけがえのない時間を、

一緒に過ごしてみてはいかがだろうか。

自分の幸せに必要なものはお金ではなかった

「お金があれば買いたいものが買えるのに」

 

「時間があればやりたいことができるのに」

 

そんなことを思うことがある。

 

しかし、色々な書籍や発信を他の人の発信を見ているにつれ、

実際の所、そういう言葉はただ自分ができないことを言い訳にしているだけであって

お金なんて大して関係ないのでは?と気づくようになった。

 

そりゃ自分が働かなくてもお金を生み出せる仕組みがあった方が

良いに越したことはないけど。

 

 

世間にはお金さえあればあなたはもっとやりたいことができますよ、とか

嫌いな上司や同僚のいる職場にも行かなくて良いんですよ、とか

様々な言葉を謳ったビジネスで溢れている。

 

 

それよりもまず、自分が本当に心からそれをしたいと思うのかが大事。

 

 

僕も旅行は嫌いではないけれど、

去年毎月のようにライブの遠征に行ってたせいか

頻繁に遠出すると疲れてしまうことがわかった。

 

旅行に行った分、その後の仕事が連勤になってしまうということが

あったからかもしれないが。

 

 

最近は旅行の際に宿を取るのもなんだか面倒臭いなと思うようになってしまった。

 

実は、エアビーなどの民泊も、

客として利用することもあまりない。

ホストとの密な連絡を必要とするからだ。

(自分もホストのくせに知らない人への警戒心が強いからね…。)

 

そういうことから、世界旅行などで長期旅行するのは自分には向いてなくて、

今いる場所でそれなりにレジャーやイベントを楽しむことができれば

十分それで幸せなのかなと思った。

 

しかし、だからと言って夢を諦めるということは考えていない。

 

 

僕は一生遊んで暮らしたいとは思わなくて、

自分が中心となって展開できる、本当に心から好きだと思える仕事をしたいと考えている。

 

 

何かを生み出すのが楽しくて仕方がなくて、逆に休みたいと思わない。

そんなライフスタイルが理想だ。

 

 

幸せの定義なんて人それぞれで千差万別だしね。

 

 

それを実現するまでの過程で大切なことは、

日々どういうことに「豊かさ」や「感謝の気持ち」を感じられるかどうかだ。

 

 

恐らく、小さい器のままだったら、収入が上がっても受け取れる恩恵も少ない。

 

 

逆に、大きな器にすることで、受け取れる恩恵も大きくなる。

 

 

 

だから、収入を上げることよりもまず人間性を高めることが、

順番として正しいのではないかと思う。

 

 

感謝というのは、心底思っていないことを無理にするものでもなく、

誰かから強制されてするようなものでも全く無い。

 

 

不平不満を垂れたりちょっとした他人の言動にイライラしたりすることなく、

そういう気持ちが自然発生的に生まれてくるまで、

自分の「無意識に生まれる感情」を意識し続けて、

どんなことにも動じない心を作り上げていくことが大切。

 

 

結局それが、自分にとって一番優しい生き方だしね。

 

 

不安な気持ちも焦る気持ちを抑えつつも、

自分が今生かされていることを有り難いと思って、

一つ一つのことに対応して、成長していきましょう。

2017年に、ありがとう

あと数時間で2017年も終わろうとしている。

 

長いこと隠居…いや、陰キャ生活を送っていた自分としては、

2017年ほどたくさんの人に出会えた年はない。

 

より多くの人と出会えたこと、

様々な助けをして頂いたこと、

感謝を忘れないようにしたい。

 

 

結局のところ、自分は生きているのではなく、生かされている。

 

 

今食べているもの、身につけているもの、

住んでいる所、普段使用しているもの、働いている所…

 

 

これらは全て、人から提供されたものだ。

 

 

そして、自分でも民泊のホストをして、

サービスを提供する側の気持ちがわかった。

 

 

不平不満、文句を言っている人には誰も寄ってこない、

というか自分が相手にしたくないということがわかったし、

クレクレ精神の人に何かをしてあげたいなんて全く思わない。

 

 

逆に、ルールを守り、こちらに最低限の敬意を払ってくれる人、

自分の力で旅行を楽しもうという人々に対しては、

精一杯力になってあげたいと思うのだ。

 

この人が自分に与えてくれているもの

この人がいることで、学べたこと

できるだけ人間の良い面に目を向けていけたらと思う。

 

 

逆に、感謝されることを考えてはいけない。

 

 

人の問題に対して、

「自分がなんとかしなきゃ」と思うのはエゴ以外の何物でもない。

 

 

最近になって思うのだ。

 

 

自分の承認欲求を満たすために、人を利用しちゃいけないよなって。

 

 

それよりかは、

誰かが自分にしてくれたこと、

どんなに小さなことでも感謝でいっぱいの気持ちになれたら、

自分自身にとって優しい生き方ができるだろう。

 

 

何か貢献することもなく、感謝してばかりというのは、

別に悪いことではない。

 

 

その気持だけで、救われる人がどれだけいるのかわからない。

 

 

それくらい、「ありがとう」という言葉は偉大な力を秘めているのだろう。

 

※「ありがとう」がどれだけ偉大な力を秘めているのかは

↓こちらでも説明していますのでご参考ください。

 

 

誰でも出来るからこそ、怠りがちな所。

 

実はそれって、最も大切なことなのだ。

 

 

 

 

今日も変わらず回っている地球にありがとう。

 

 

 

というわけで、2018年も

感謝でいっぱいの年にしたい。