「無意識」を意識して、心のままに生きる

「社会人としてのモラルが必要だ」

「そんなんじゃ社会人としてやっていけないよ」

「社会人なら常識でしょ」

 

あなたもよくこのような言葉を耳にするだろう。

 

 

そして、自分自身に対して投げかけられた心配の言葉として、

 

もしくは、あなた自身も人に対して言ったことがある言葉として、

 

この言葉は当然のように語られる。

 

 

さらには、

常に「社会人」という言葉が脳裏に焼き付いて離れないくらい

しかもそれが自分の目指すイメージとして知らず知らず意識してしまうくらい

 

「人に迷惑をかけない、礼儀正しいだけの社会人」

 

になってしまっている人もいるかと思う。

 

 

 

ちなみに、僕には昔から「社会人」という言葉には

違和感しか感じられない。

 

 

 

そもそも「社会人」て何なんだろうね?????

 

 

 

というのも、

「社会人」を自称している多くの人は

ただ会社のルールに縛られて、

人に「常識」を押し付けるだけの「会社人」だと、

僕は思うのだ。

 

 

それに、「人に迷惑をかけない」ための常識が

人に押し付けることにより、

実際迷惑になっていることもまた事実である。

 

 

大抵、自分自身が信じている「常識」は

自分の会社や学校(その他コミュニティ)、家族や地域社会などなど…

実際には自分自身の周辺でしか通用しない。

 

 

しかし、その「限定的な範囲の常識」が

「全世界で通用する常識」

だと、多くの人が思いこんでいる「常識(最強)」である。

 

 

ただそれだけだと思うのだ。

 

 

 

だから、僕は、

「社会人」であることを押し付けるような「会社人」には

人として全く魅力を感じないのだ。

 

 

僕は、

「社会人として」どうのこうのよりも、

「自分の生き方として」どうのこうの考える方が、

より魅力的で、周囲に影響を与えられる人物になれるのでは?

 

…と考えている。

 

 

 

 

先日、このような記事を読んだ。

 

 

 

 

詳しい内容に関してはリンク先で確認してほしいが、

僕としては、全体的に、非常に共感できる内容であった。

 

 

僕はオーストラリアが自由で寛大な社会であることは耳にしていた。

(↑行ったことはないけどね。)

 

それに対して、日本って

「あれはダメ」「これはダメ」「〇〇してはいけない」

みたいな義務が多すぎて

非常に窮屈だなって思うこともある。

 

 

一方で、日本はオタク文化も発達しているので、

その反動でコスプレなどの趣味に没頭している人々がいるのは

日本独自の素晴らしい現象ではあるし、

 

実際に、多方面において

日本人は非常に高いエネルギーを秘めた民族だと

海外の人から言われているのも事実。

 

 

オーストラリアが良くて、日本が悪いということは、一切無い。

逆も然りだ。

 

 

どこの国も素晴らしい点はある。

 

 

ただ、日本人は周囲の視線を気にするために、

自分が心地よく生きていくという、

「自分自身の生き方」を知らない人が多いのではないか?と思う。

 

そのため生き辛さを感じる人もいるというわけだ。

 

 

誰かが敷いたレールに沿って

 

「学校に行けば良い」

「就職すれば安泰だ」

 

それを信じて歩いていったために…

 

 

いつの間にか

「社会が自分をどう見るか?」という、

「他者」「社会」を基準として物事を判断するようになり、

 

 

「自分がどう生きたいのか?」と

「自分自身」を基準にして考えることがなくなっていた…。

 

 

それで、自分の意志ではなく、

他者に重きをおいた人達の価値基準から見れば…

 

人様から認められれば、立派な「社会人」になれるのだろう。

 

 

これでは、自分の生き方がわからなくなるのも当然だ。

 

 

 

 

実際僕もそうだった。

 

 

自分が「こうしたい」という思いがあっても

ついつい「他人からどう思われるか」を考えがちだったのである。

 

 

自分自身の無意識が発している「心の声」を聞かなかったために

我慢を続けた結果、限界がきてしまい、

嫌な結果を招いてしまったこともあった。

 

 

しかし、その過去の出来事(失敗)があったおかげで

「今後はできるだけ、自分自身の要求を優先しよう」

と、思うようになったのだ。

 

 

「社会が自分をどう見るか?」を、意識的なものとすれば、

「自分がどう生きたいのか?」は、無意識的なものになる。

 

 

きっと、大半の人はこの

「意識」と「無意識」の間で

自分の好きなことが何かわからず、

悶々とした日々を送っていることだろう。

 

 

 

 

 

「意識」していることは自覚できる。

 

 

では、「無意識」は一体どのようにして自覚できるのか?

 

 

 

「無意識」とは、「心の声」である。

 

虫の知らせと言うか、「直感」とも言えるだろう。

 

 

直感を高めるためには、

瞑想をしたり、自然と触れ合ったり、

自分自身の感覚を高めていく習慣が効果的だ。

 

 

あとは、

これまで経験したことのないことをやってみたり、

逆に普段はしないこともあえてやってみることも

大切ではないかと思う。

 

 

様々な経験を増やすことで、

「これは好き」「これは嫌い」という状況を

自分の中で認知しておけるし、

 

「こういうことをしていると楽しい!」など

これまで気づかなかった、新たな発見があるからだ。

 

 

あとは、将来的に何がしたいのか、欲しいものは何なのか

日常的に自分の欲望にも耳を傾けていく必要がある。

 

やりたいことをひたすらノートに書いていくのも有効だし、

小さな欲望(行ってみたかったところに行く、食べたいものを食べるなど)を、

毎日のように少しずつ実現させていけば、

常に自分の気持ちに従って生きているわけだから、

自分の心を見失う…ということはなくなるはずだ。

 

 

 

あなた自身の感覚が研ぎ澄まされば、

あなた自身の心の声にも耳を傾けられるようになり、

「本当にやりたいこと」

「実現したい生き方」がわかってくるようになるだろう。

 

 

あなた自身の「無意識」を蔑ろにしないためにも、

「違和感を感じたらそれ以上は行動しない、断る」など

あなた自身のルールを決めておくことも重要だ。

 

 

↓参考になりそうなものをいくつか貼っておくので

あなたの「無意識」を確かなものにして、

あなたが望む生き方を実現したいなら、

ぜひ確認してみてね。

 

 

 

 

 

自己中心的な性格は嫌われるけど、

もっと自分中心で生きていい。

 

 

 

他者よりも、自分自身を大切にしよう。