修理に出した愛用のPCが手元に戻って来る間に考えたこと〜前編〜

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

初めましての方は初めまして。

お久しぶりな方はお久しぶり。

 

 

実は約半月ほど、ブログの更新を止めてしまっていたのだ。

 

 

というのも、これには理由があって、

 

 

愛用しているPC(Macbook)を修理に出していたのだ。

 

 
 
 
 
 
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上の画像はわかりにくいけど、

MacBookを置くためにいつも使っている書見台に、Kindleを置いてるだけ。

 

 

 

使っている書見台↓

ブックスタンド 13段階調節 (307mm x 210mm)
※クリックするとAmazon商品ページ

 

 

そのパソコンも、一週間くらいで無事に手元に戻ってきた。

 

 

 

 

故障した…わけではなく、厳密に言えばバッテリーの劣化。

バッテリーの交換に出していたのだ。

 

 

電源を押しても、しばらくしないと起動しない

…という症状が頻繁に見られたからだ。

 

 

色々なブログを見てあらゆることを試してみたが、

起動する度にそのような症状に見舞われる。

 

 

でも近くにApple Storeがない…ということで修理に出すのを渋っていたのだが、

(2週間位はかかるみたいだしね)

 

調べたところ、沖縄にもアップル製品の修理の正規店があるとわかったので、

意を決して訪れることにしたのだ。

 

 

 

受付のお兄さんには、

 

「だいぶ古い機種ですので、バッテリーを交換しても、

もし電源のボタンに問題がある可能性もあるので、

もしかしたら症状が直らないかもしれません。」

 

とは言われた。

 

 

もう5年以上も使っている機種だからね。

劣化するのも無理もない。

 

 

それでも、バッテリーを交換することでちょっとでも長く使えるならと思い、

買い替えではなく、バッテリーの交換を選んだわけだ。

 

 

 

でも幸い今の所、戻ってきた今、こうして問題なく使えている。

 

 

正直、新しいものを買うとなると、最低でも10万の出費も覚悟していた。

 

 

しかし、結果的にバッテリー代だけの2万ちょっとで済んだのだ。

めでたしめでたし。

 

 

PC代が浮いて安く済んだし、

せっかく給付金も入ったことだし…

 

 

念願のiPadを購入することにした。

 

 

 
 
 
 
 
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正直、PCの修理には3週間ほどかかると聞いていて、

タブレットはその間のPC代わりとして購入した側面もあったのだが、

 

結果、一週間くらいで返ってきたので、

タブレットをどのような用途で使っていこうか考えている。

 

家を離れる際や旅に行く際は

PCを持ち歩くとかさばるので、iPadが丁度よいしね。

 

 

この際、iPadはPCよりも作業するまでの敷居を下げるものとして使いたいと思い、

Apple Pencilも購入した。

 

 

 

 

元々は別のペンでも良いと思っていたのだけれど、

家電量販店で試し描きをした祭、その描き心地に感動してしまってね。

 

iPadとApple Pencilの組み合わせは最強の神器だって実感したのだ。

 

この2つの神器により、今後ブログもイラスト主体の内容になるかもしれない。

 

 

Apple Pencilを使って初めて描いたイラスト↓

 

 

 

 

 

ただ、今持っているワコムのペンタブも製品としてのクオリティは高いと思うし、

今後もこちらは使っていきたい。

 

なので、PCとペンタブは、ちょっと本格的なものを作る際に使うかなー。

 

 

愛用しているペンタブ↓

Wacom Intuos Pro ペン and タッチ スモールタブレット (PTH451)
※クリックするとAmazon商品ページ

 

作業道具に関しては、初期投資は惜しまない!!

そんな自分がいろいろ調べた結果、ちょっと高価でもApple Pencilを選んだのも、

至極当然のことなのだ。

 

 

あと、PCに関しては今の所、個人的に最新の機種にする必要性は全く感じて無くて、

愛用しているものをできるだけ長く使っていきたいと思っている。

 

 

快適さを求めることって、それが必ずしも幸福に結びつくわけじゃないからね。

むしろ快適さを追求すればするほど、

こだわりが強くなって自由度が低くなることもあるからだ。

 

 

そのため、

 

「作業のしやすさを追求すること」

「今あるものをいかに工夫するか」

ということに関しては、

 

適度なバランスを保って、自分が一番良いと思うやり方を見つけていきたいと思う。

 

 

持っているものを工夫することに頭を使えば、

アイデアのバリエーションも増えるしね。

 

 

それに、PCが使えなかったからと言って焦ってはいけない。

 

 

前回のブログでも言ったように、

デジタルデトックスをして、

今までやったことのない新しい挑戦をする上では、

これもまたとないチャンスだとも思ったのだ。

 

 

前回のブログ↓

 

 

 

 

 

というわけで、PCがない間、結果的ブログに更新をサボってしまうことにはなったが、

その代りにDIYなど、新たなことに挑戦したこともいくつかあった。

 

 

逆にPCがなかったことで気づいたPCの良さ、

PCがないことによって気づいた新たな価値観もたくさんあった。

今後のブログのあり方をどうするか、新しい発信媒体についても毎日のように考えた。

 

 

 

その具体的な内容について、次のブログ↓で話していければと思う。

 

 

 

 

こうして発信から離れる時期も生まれてしまうこともあるけれど、

自分のやりたいことを諦めたりやめたりしたわけでは決して無いので、

今後とも末永く応援していただけると、とても嬉しい。

 

 

今後共どうぞよろしくお願いいたしまする。

大自然の中で瞑想をして気づいた「本当に大切なもの」

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

 

今日は、

 

大自然の中で瞑想をして気づいた「本当に大切なもの」

 

として、自然が身体にもたらす効果について

実体験や調べた情報を元に語っていきたい。

 

 

 

最近、最低でも週に2回はビーチや公園に行き、

散歩やアーシング、 瞑想を行っている。

 

 

※画像は別の時期の、石垣島で撮ったもの。

 

 

 

さらに、時間に余裕があれば自然の中で読書をすることもあるし、

夏場は海で泳ぐこともある。

 

 

アーシングについて詳しくはこちら↓

 

 

 

また、旅をする時は都市部でのショッピングよりも

山や海などへ行くことが多く、時には離島へ行くこともある。

 

 

↓飛龍の滝へ訪れた時の記録。滝大好きー!!

 

 

 

このように、普段の習慣としても、レジャーとしても、

自然で過ごす時間を意識的に増やしているのだ。

 

 

自然の中で過ごす習慣は今に始まったことではなく、

ここ数年やっていることだ。

 

 

ただ、去年まではビーチに行っても

30分いるかいないかといった程度だった。

 

 

ビーチで海辺を歩くのは気持ち良いけれど、

なんとなく早く帰りたい気持ちが常にあったのか、

 

「さっさとやること済ませて、家に帰って別のことがしたい」

などという義務的な要因もあったのか、

 

そんなに長い時間は居られなかったのだ。

 

 

 

一方、最近では周辺の公園や遊歩道の散策、そして瞑想も含めて、

40〜60分くらいは、海などの大自然に身を置くようにしている。

 

 

瞑想を始めようと思った時の話↓

 

 

瞑想も、最初は「面倒くさい」と思ってあまり時間をかけなかったのだけれど、

その恩恵を具体的に感じられるようになってからは、

10分以上はやるようにしている。

 

 

今日に関しては20分も瞑想をやったし、

それ以上やっても良いかなと思ってしまったくらいだ。

 

 

一方で、以前の僕というと、

瞑想があまり得意でなかったというのもあるし、

なかなか瞑想をする気にならなかった。

 

 

というのも、瞑想している間は何もできなくなるから、

その間何も生まれることはないし、仕事もできない。

生産性もないし、時間のムダになるのでは?

 

と、思い込んでいたのだ。

 

 

そしたら、実際は真逆で

むしろ、瞑想には、集中力と生産性を高める効果があるのだ。

 

 

加えて、リラックス効果を始め、身体やメンタルにも良い影響を及ぼし、

それ以外にも様々なメリットがあるというので、

こんな最強なものをやらない理由はないと思ったのだ。

 

僕自身、根っからのスピリチュアルではないので、

科学的なエビデンスがないと、今ひとつやる気が起きなかったようである…。

 

 

さらに、大自然で過ごすことは、

マッサージなどのリラクゼーションよりもリラックス効果が高いことが

科学的にも証明されているそうだ。

 

 

そのため、

「お金をかけずにストレス解消が出来るのなら、自然って最強だな」

と思えるようになったし、

以前にも増して積極的に自然と戯れるようになった。

 

さらに、様々な恩恵を得られるというか

悪いことは何一つ無いという理由で

瞑想をする時間も増やすことが出来たのだ。

 

 

 

 

そして、こうして自然と接したり、

瞑想やアーシングなどを行っていくうちに、

自分の考えの過ちに気づいた。

 

 

お金や生活のために時間を使うことは、

結局の所、動機が「お金」になってしまっている。

 

 

しかも、「お金」は必ずしも、

自分自身の幸せに直結するわけではないのだ。

 

 

お金はあくまでも、

 

「自分がやりたいこと、なりたい自分を目指して、結果として伴った指標

 

でしかないことに気づいたのだ。

 

 

逆に、「お金」に目を向けすぎていると、

心の奥底から自分が発している「心の声」に、

耳を傾けられなくなる可能性がある。

 

 

もちろん、仕事などの稼ぐ手段は必要だけれど、

お金のために精神を病んだり、健康を損なったり、最悪命を絶ったりなど

人生を棒に振ってしまうことがあっては絶対にならないし、

お金のために好きなことを犠牲にしすぎるのも、

何のために生きているのかわからなくなる。

 

 

「自分の内面」に意識を向けてこそ、

本当に自分が生きたい自分でいられるわけだし、

同じ時間を過ごすにしても、

お金を生み出す作業だけでなく、

自分が好きなものや大自然に癒やされながら、

自分自身が自然体でいられる時間を増やすことが大切だ。

 

 

そう思ったのだ。

 

 

自然体でいられる時間が増えるほど、

自分の内面の変化に気づく時間も増えるわけだからね。

好きなことをする時間や、癒やしの時間を増やすことも出来るのだ。

 

仕事も真面目すぎず、完璧主義すぎず、

「好きに過ごせる時間を増やしたい」

と効率化出来るようになる。

 

そのため、自然の中で一定の時間を過ごすことは、

時間的なコストパフォーマンスが非常に高いのでは?

と判断しているのだ。

 

 

自分にとっての「癒やし」について考えてみた時の話↓

 

 

ちなみに、上の手記を書いた時は、

YouTubeなどでの犬猫動画より、実際に犬猫に触ったほうが良いと思っていたのだが、

今は全くそんな考えは無くて、犬猫の動画もよく見ているし、

インスタなどでもワンちゃんや猫ちゃんのアカウントを

たくさんフォローしている。

 

 

そりゃ実際に触ってモフモフできるならその方が良いけど、

自然と同じで、犬や猫などの動物動画を観るだけでも癒やされるなら

観たほうが良いだろう。

 

 

 
 
 
 
 
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公園に行く時間すらも取れないという方は、

通勤中や休憩中の空き時間に自然音を聞いたり、

自然の画像を待受にするのも良いみたいだよ。

もちろん、大自然の動画やDVDを観るのも効果的。

 

 

実際僕も待受に関しては、

スマホに元々プリインストールされている「地球」や

ネットから拾った宇宙の画像にしているのだけれど、

スマホを開くたび、なんとなくだけれど、

宇宙の神秘や偉大さを感じているような気がしている。

 

 

※スマホ用・宇宙の壁紙画像が無料で手に入るサイト↓

 

 

自然にしても何でもそうだけれど、

習慣や身の回りのアイテムに関しては、

「ない」ものに目を向けるのではなく、

「今できること」をちょっとでも変えるだけで良い。

 

 

それで何も変わらなければそれまでだけれど、

何かが変わるのであれば、

自分を知る上での新しい発見になるのだ。

 

 

まずはデジタルな方法でも構わないので、

あなたの毎日の習慣に、

「自然と接する時間」を増やしてみることをオススメする。

 

 

 

最後に、本日のブログは今までより早い時間に書いているが、

今までは21時を回ってようやく書く体制になれたのだ。

いつも出かけるのが遅いから帰宅時間も遅くなり、

作業自体も遅くなっていたというのもあるけど。

 

 

集中力が高まり、生産性が高まったのも、

自然の中で過ごす時間と、瞑想の時間を増やした結果、

得られた賜物なのかもしれない。

 

 

晴れた日はカフェなどの代わりに

お天道様の下でパソコン作業するのも良いかもしれないし、

今後も自然の中で過ごす時間を増やしていけたら良いなぁ。

 

 

万が一自然と戯れても、不安感が拭えないという方は、

よろしければ下記の手記も参考にしてみてね。

 

 

 

世界には、こちら↑で紹介している書籍のような奇跡も起こり得るわけだし、

もっと肩の力を抜いて生きてみないかい?

 

休暇をとることと、「何もしない」選択をすること

先日、無事に誕生日を迎えた。

 

去年は地元で母親と食事を楽しみ、

 

 

 

そして新木場で行われたlynch.のライブに参戦した。

 

 

一昨年は北海道

 

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写真はゲストハウスの人に祝ってもらったものだ。

 

 

その前の年は緊縛サークルと、その仲間と栄町で飲み歩き。

 

 

 

さらにその前の年は南城市のペンション、久高島…

 

 

 

覚えている限りじゃこんなとこかな。

 

 

こうしてみると、たくさんの人との関わりがあり、

その中で自分の誕生日を祝ってもらっている。

 

 

こんな感じで毎年どこかしら行っているか、

イベントに参加していたのだが、

今年は特に目立った場所へは行かなかった。

 

 

ずっと一人で過ごしていた。

 

 

離島に行くことも考えたんだけどね。

ゆっくりしたいなと思って。

 

 

 

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ただ、食事と買物には行ったけど(笑)

 

 

去年は「遠征を習慣にしよう」をテーマに、

毎月のようにどこかに行っていたのだが、

今年はそこまで活動的になれそうもない。

 

旅行は行けるときに行ければ良いかな。

 

って、なんかちょっとジジイっぽい思考になってきた…。

まだまだアラサーなんだけどなぁ(笑)

 

 

でも、やりたいことはたくさんある。

 

 

どちらかと言うとそちらに力を注ぎたいのかもしれない。

 

 

 

最近はどちらかといえば、

「いかにして質の良い休暇を取るか」を重視している。

 

 

もしかしたら、最大の生産性は「マイナスする」ことで生まれるのかもしれない…

そう感じているのだ。

 

 

人は常に「何かしてないといけない」みたいな錯覚に陥ることがある。

 

 

そういう義務感から逃れられることは難しいのかもしれない。

 

 

実質、「何もしない」日でも、実際「何かしている」からだ。

 

 

しかし、実際に活動していることよりも、

何もない空白の部分に意味を見出さられたら、

人生はもっと豊かなものになるに違いない。

 

 

とは言え、無理は禁物だし、かと言ってのんびりしてる暇もない。

 

 

「何もしない」ことを、少しずつ実践していこう。

 

 

そうすることで、「何かしている」よりも、

生み出せるものが増えていくかもしれない。