なにもない自分が、「捨てる」ことで気付いた「自分の力」

天海夜 煌琉でございます。

 

先日、こういう内容の文章を書いた。

 

 

 

個人的にここ最近の自分のテーマは「断捨離」だと思っている。

 

 

「捨てる」ということは、自分にとって必要なことだ。

 

 

今までの自分は「モノ」に執着していた。

 

ハマったジャンルのものは、とことんコレクションする傾向もあった。

 

それゆえに、なんだか「モノ」がないと自分が自分じゃないみたいな

不安定な状態にもなっていたんだ。

 

 

そして、僕自身、自分の心には埋められない空虚があるという自覚がある。

 

 

それ故に、本当は「いらないもの」でも、

何かに縋りたかったのだろう。

 

 

しかし、断捨離やミニマリストに関する情報を得るようになって、

本を読んだりYouTubeなどで動画を見るなど、

自分なりに色々と調べていった結果、

 

「いらないものを捨てることで、

本当にやりたいこと、会いたい人との時間を作ることが出来る」

 

って気付いたんだ。

 

 

今まで自分の周りに溢れていたモノや、

馴れ合いの延長線上のような、惰性的な人間関係では

寂しさが拭えるわけじゃない。

 

そして、誰かが作った

「これならうまくいくよ!」っていうノウハウなども

自分にとっては意味がないんだと思うようにもなった。

 

 

ブログに関しても

今までは、皆が読んでためになることを書かなくちゃって

気を張ってたんだなって思う。

 

自分を好きな人のことよりも、

自分のことを嫌いな人にどう思われるかを考えてしまう傾向にもあった。

 

 

でも、今はこうして

誰にどう思われるかあまり気にすること無く、

思ったことをそのまま書き起こすことが出来る。

 

 

それは「意味のないこだわり」を捨てられるよう

意識しているからだ。

 

 

それから、もしかしたら、

SNS関係はほとんどやめるかもしれない。

 

といのも、SNSというのは、実質監視社会だ。

 

 

僕自身、他者からの監視を嫌っているところがある。

 

 

僕が投稿しているのを見て、

 

「この人、この時間に投稿しているのに

なんで私のメッセージには返信してくれないの?」

 

などという面倒くさいことが起こり得るからだ。

 

そんなしがらみからは離れて、もっと自由に発信がしたい。

 

ブログの更新情報は載せたいから、アカウントは残しておくけど。

 

 

LINE@も廃止して、メルマガに変更するかもしれない。

 

読者様には申し訳ないが、僕自身、

LINEはなんだか「違う」と感じているからだ。

 

普段の知り合いとのやり取りも

LINEは手軽すぎるし既読マークもつくし

面倒だと感じ始めたグループもなかなかブロックできないし

「違う」とも思っているのだが、

多くの人にとって、連絡手段として主流になっているものだから

ある程度妥協するのは仕方がない。

(ちなみに、通知機能はオフにしている。)

 

いずれにせよ、

多くの人が勧める、「これが良いよ!」という方法や

多くの人が好んで使っている手段は

自分には合わないのかもしれない

 

…と思うようになってきたのだ。

 

 

何が自分にとって一番良い方法なのかは、自分にはわからない。

 

それは、誰に聞いてもわかるわけはない。

 

 

自分が一番しっくりくる方法を、自分自身で探していくしか無いし

自分が一番しっくりくる居場所も、自分自身で創り上げていくしか無いのだ。

 

 

 

それを明確にするには、どうすれば良いか?

 

 

それは、「捨てる」しかないのだろう。

 

 

いっぱいいっぱいの状態の箱では

物は詰められない。

 

 

四次元ポケットでもブラックホールでもあるまいし、

無限にものが入れられる空間なんてあるわけでもない。

 

 

皆が皆、持っている器はそれぞれ大きさが違うけど、

それでも、入れられるものには限界があるんだよ。

 

 

 

それに、生きている時間だって限られているしね。

 

明日もしかしたら事故に遭って死ぬかもしれない。

それは誰にもわからない。

 

 

 

だから僕らは、いらないものを捨てる必要があるんだ。

 

 

 

何かを捨てて生まれたスペースには、新しい空間が生まれる。

 

 

自分の思考に新しい空間があることで、

新たなアイデアが生まれる。

 

 

また、誰かとの関係が終わっても、

その人がいた空間に、新たな人が来てくれる。

 

 

ジタバタしなくても、焦らなくても良い。

それは自然なことなのだから。

 

 

これまで僕も、

自分が得たもの、築いたものを捨てることで

後悔するかもしれない。

 

 

そう思っていた。

 

 

だから、捨てるのが怖かった。

 

 

 

でも、自分はもう昔の自分ではない。

 

 

昔に比べれば知識も行動力もついてきたし、

失敗を重ねていくうちに判断力もついてきた。

 

それから、

「なんかこれ好き」「なんとなく嫌な感じ」など、

自分の直感も間違っていないのだと、確信を得るようになった。

 

 

僕は「本当に得たいことを得る力と、その可能性」を

十分に身に着けたんだ。

 

 

だから、何も恐れることはない。

 

 

人生は振り出しに戻ることばかり。

 

 

それでも良いんじゃない?

 

 

自分が本当に納得できる結果が得られるのなら

 

何百回でも何万回でも失敗してやるよ。

 

 

 

 

覚悟を決めなきゃ。

過去のブログを消去するということ

かつて運営していたブログを消した。

 

 

 

なんかもうほぼほぼ放置状態でスパムコメントなども増えてきたし、

断捨離イズムを発揮して思い切って消した。

 

むしろ、前から消そうと思っていたから、今やっと実行できてスッキリしている。

 

アクセス数はそこそこ増えてきたから、勿体無いと言えば勿体無いのだけど、

今の自分の方が成長しているし、発信レベルも上がっているはずなので。

 

 

ただ、あんな自己満足ブログでも誰かの役に立っていればと思えば、嬉しい限りだ。

 

過去も何度かブログ作っては消して消しては作っての繰り返しだったしね。

 

 

芸術は破壊すること、捨てることが最近では大切だと思っている。

 

むしろ、それをしないと何かを生み出すことなど出来ないと思うからだ。

 

 

それに、コンセプトが異なってくれば、方向性も変わる。

過去のブログも作って無駄がなかったとは決して思わないけど、

過去の自分がどうとかより、今の自分が心地よく生きられることを重視したい。

 

もしかしたらこのブログも消したいと思う時がいずれ来るかもしれないけれど、

まぁ自分の気持ちが続くまでは続けようと思う。

 

 

それから、文章もちょっと読みやすさを重視しようと思う。

文章も断捨離というか、シンプル化して、

 

「あえて全てを語らない」

 

余白を残すような、読者の方に考えさせる余韻を残していければと思う。

 

脱・完璧主義。