「ぼくの名前はズッキーニ」感想〜無償の愛さえあれば万事OK〜

「ぼくの名前はズッキーニ」を観てきた。

 

天海夜 煌琉さん(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

※以下、ネタバレ含みます。

 

ちなみに日本語吹き替え版。
実写ならともかく、アニメだったらオリジナルの声優さんじゃなくても別に良いしね。
もちろん、オリジナルの方も気になるではあるけど。

 

このアニメーションの形態はストップモーションアニメだ。
僕のストップモーションアニメで古い思い出があるのは…
そう、「メトロポリタン美術館」。
幼少時代はかなり恐かったけど、不思議な雰囲気があるんだよね。

 

…てか、ググったらトラウマ作品で有名らしいし、
皆同じこと思ってたんだなって安心したよ(笑)

 

この手書きや3Dでは出せない気持ち悪さ(褒めてる)と、
独特な表現ができるのが、ストップモーションの良いところ。
良くも悪くも、観る人の印象に残りやすい。

 

 

ちなみに僕もストップモーションアニメを作ったことがある。

ノリだけで作ったので、内容わかりにくくてもご愛嬌。
これは製作日数2週間、編集1週間くらいだった気がする。
超雑でもこれくらいはかかるのだよ(笑)。

 

一方で、今回観た作品「ぼくの名前はズッキーニ」は一つ一つが非常に丁寧で繊細なので、
とても長くかかったに違いない。

 

話としては特に意外と難航するような部分はなく、さっくり見れた。
イーダおばさんに連れ去られたカミーユもすぐに取り返したし、
シモンを始めとする子供達がだいぶ理解力のある子達だし。

 

ただ、重いテーマを扱ってる分、
作品として本当に伝えたいところが伝われば良いというスタンスなのかなと思った。
だからこれはこれで良い。

 

キャラクターの表情も細かく、複雑な思考の変化も見て取れた。
大切なのは、この話はフィクションかもしれないけど、
ノンフィクションでない現実があるということだよな。

 

個人的には大人たちに問いかけるような終わり方が印象的だった。

 

「あなたは、どんなことがあっても、私達を愛してくれますか?」

 

…と言われているような。

 

その言葉が架空の人物とは言え、
残酷な境遇と一生消えないトラウマを抱える、
そんな子供達が投げかける言葉だからこそ、重みがある。

 

ロージーの返答をあえて明確にしていないところも、意図があるのだろう。

 

孤児に限らず、何かしら人は悲しい過去を持っているはず。

昔は僕もだいぶスレてたけど、
今は「無償の愛」さえあれば良いのかな、
なんて思うようになってきたのだ。

 

子供を愛することが出来ない大人達もいれば、
優しい大人達もいる。

 

気の合う人間もいれば、合わない人間もいる。

 

もちろんどれも現実だが、
この作品では、残酷さの中にある人の温かさと
魅力的なキャラクターで心が癒されたし、
ズッキーニが孤児院で楽しい仲間達と思い出を作って、
本当に信頼できる人と新しい生活を始める…
そんなハッピーエンドで希望が見えるのも良かった。

 

 

孤児に関して、セクシュアルマイノリティとして、
個人的に思うところはある。

 

子供を意識的に作らない人、セクシュアリティの関係で作れない人、
持たない人を悪とする風潮がまだあるのだ。

 

もちろん、自ら子供を作りたいと思う人がいるのも自然なことだし、
心から応援したいと思う。

 

実際に、子供を持ちたくて妊活中のセクシュアルマイノリティの方とお話したことがあるし、
そういった人達のためのSNSサイトがあるとも教えてもらった。

↑気になる方は、過去の記事でチェックして欲しい。

 

しかし、子供を作らないことを決めた人も、作れない人も、
何らかの事情で子供がいない人も、養子制度を活用して欲しいと思うし、
僕も経済的に子供を育てる余裕ができたら検討したい。
…なんてことをうっすら考えているのである。

 

養子制度はあまり明るくないから、もしかしたら甘い考えかもしれないけど、
性別も国籍も属性も生まれも育ちも関係なく、
少しでも多くの子供達が笑顔になれる…そんな世界を築けたら良いよね。