悪口を言えば言うほどあなた自身が惨めになる理由

妖怪・性別知ラズ

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)見参!!

 

 

今回は

「悪口を言えば言うほど、あなた自身が惨めになる理由」

について考えていきたい。

 

 

僕はひっじょーーーーーーーーに寛大な性格なので

これまでに誰かの悪口を言ったことがない。

 

 

…といえば、もちろん嘘になると思うが、

 

なるべくなら悪口を言わないように意識はしている。

 

 

もし、あなたがどうしても人の悪口を言いたくなったら、

冗談交じりの皮肉やブラックジョークなら

笑いを生み出せるので生産活動になるわけだし、

そこから新たな発見もあるかもしれないので、良いと思う。

 

 

あと、誰かに対する悪口や批判により

あなた自身が学べることがあるのなら、

その学びの内容をハッキリさせることで、

あなた自身が成長することもあるだろう。

 

 

それに対して、

誰かをただ罵るだけの会話、

文句や悪口だけを延々と言っている状態というのは

ハッキリ言って悪でしかない。

 

 

なぜなら、悪口というのは、

視野が狭く一方的な見解により発せられていることが多いからだ。

 

 

いわば思考停止の状態なのだ。

 

 

思考停止からは何も生み出されない。

 

 

 

それだけではない。

 

 

「悪口を言うこと」があなた自身にとって毒なのは、

意識・無意識にかかわらず、

あなた自身の「とある感情」を無視している、

もしくは心の奥底に追いやってしているからである。

 

 

大抵、人の嫌な面が目についたり、

あなた自身が不快な思いをしたりした時に

悪口は発せられるものである。

 

 

その発言には当然、様々な形とはいえ、

「怒り」が伴うものだ。

 

 

これら全ての「怒り」の本質として

とある感情が共通している。

 

 

それは、「嫉妬」である。

 

 

なぜ、嫉妬心が湧くのかというと、

ぶっちゃけ、あなた自身が報われていないからである。

 

もしくは、「自分ばかりが負担を強いられている」と

被害者意識に囚われているからである。

 

 

例えば、あなたが真面目に仕事しているのに、

サボってばかりの同僚がいて、

しかも待遇も給料もあなたより良かったら

それは確かに嫉妬するかもしれないね。

 

怒りを感じて当然だ。

 

 

しかし、そんな時こそ、学びのチャンスだと思うことだ。

 

 

そんな時は、相手もあなた自身も責めてしまうことなく、

「誰かと比べてしまっているあなた自身」に、いち早く気づこう。

 

 

もしかしたらその怒りや嫉妬心の中に隠れている、

あなたの無意識の本音は、こう言っているかもしれない。

 

 

「あの人は自分よりも能力があって羨ましい」

「沢山お金もらえて良いなー」

「この会社こんな体制でよく社会で立ち回れているよね」

「私だって運が良ければもっと世間に認めてもらえるはずなのに」

 

…なんてね。

 

 

これらの本音に気づくことなく、

怒りがあなた自身を支配してきたら、

その怒りを相手や誰かにぶつけるのではなく…

 

 

一度冷静になって、あなた自身の本心を見つけ出すことが

重要ではないだろうか。

 

 

 

一方で、人によっては「嫉妬」ではなく、

悪口の対象となる人の存在や発言が地雷となる場合、

その人がいるだけでストレスを抱えてしまうこともあるだろう。

 

 

その場合は、「悪口の対象となる人」の嫌な部分を

あなた自身に投影しているだけである。

 

 

相手に対して嫌悪感を覚えている部分が、

あなた自身の中にもあるから、悪口を言うのである。

 

 

例えば、

ランチをどれにするか決められなくて迷っているAさんを見て

Bさんが「早くしろよ!」とイライラしてしまう。

 

それでBさんが「あいつのウジウジしている部分が嫌」って

誰かにAさんの悪口を言うかもしれない。

 

 

Bさんが怒りを感じた原因は、

Bさんがせっかちでイライラしやすい性質だからとは限らない。

 

 

もしかしたら、Bさんが元々優柔不断な人である可能性も高く、

Aさんの嫌な部分を自分自身の中に見出している場合もあるのだ。

 

 

その「嫌な部分」は過去の自分なのか、

現在の自分なのかはわからないけれど。

 

 

どちらにせよ、この出来事を客観的に見た時に、

「BさんがBさん自身を受け入れていない。」

と判断することも可能である。

 

 

自分自身を正しく愛せていないってことだね。

 

 

「他人は自分自身を写す鏡」だというが、まさにそれである。

 

 

相手の言動の中に、自分自身が自覚している嫌な部分を

見出しているということだ。

 

 

その事実を棚に上げて、

Bさん自身が自分の中にある「嫌な部分」を直視しないようにして、

「Aさんのこういうところが嫌」と

クレームをつけているだけなのだ。

 

 

客観的に直したほうが良いと思う部分があれば、

淡々と意見(+理由)を伝えれば良いだけなのに。

 

それならば、後は取り入れるかどうかは

相手が決めれば良いだけなのだから。

 

感情的に怒りをぶつけたって無駄というか、

何も良い方向には解決しないのだ。

 

意見を言うのが面倒だと思う相手ならば、

我慢するか、出来るだけ関わらないよう距離を置けば良いし。

 

 

一方で、相手がどんなことをしても

あなたが嫌悪感を覚えていなければ、何とも思わないはずだ。

 

 

なぜなら、「相手の言動を受け入れている」ということは、

当然だが、あなた自身が相手の全てを許しているからだ。

 

 

だから、嫉妬心も覚えなければ、

劣等感やトラウマなどを刺激されることもなく、

悪口を言うまでの感情に至らないわけである。

 

 

相手の言動で何か気になる点があったとしても、

建設的な意見として、落ち着いて提案することができるだろう。

 

 

 

そのため、あなたが相手に対して嫌悪感を覚えたら、

悪口を言う前にまずはすべきことがある。

 

 

それは、

あるがままのあなた自身を受け入れること。

 

 

相手の全てを許せるようになれるには

まず、あなた自身の中にいる、

「あなた自身の小さな子供」を

優しく抱きしめてあげよう。

 

 

「自分には悪いところがある!」

「ここはダメ!」

「ここは直さなければいけない!」

 

…などと潔癖になる必要なんて全く無い。

 

 

自分にも他人にもダメ出しばかりしていたら

あなた自身が辛くなるだけだ。

 

 

誰かの悪口を言うということは

あなたの中にいる「小さな子供」を傷つけているのと同じなのだ。

 

子供が求めているのは、海よりも深い愛情と、受容だ。

 

 

それに気づいたら、悪口は言えないよね。

 

 

 

最後に、まとめると…

 

・言っても仕方がないだけの愚痴や悪口は、出来るだけ言わない。

 

・もしどうしても言いたくなったら、言う相手は厳選しよう。

 

・批判だけで終わらせず、何か学びを得るような形で考えていく。

 

・ネタとして冗談交じりに話すか、

 ブラックジョークで笑い飛ばすのは有効な方法。

 

・悪口を言うメカニズムは、「相手の嫌な部分≒自分の嫌な部分」を見出し、

 相手への嫌悪感を覚えている状態。

 さらに、相手を嫉妬心が湧き上がっている状態。

 

・嫉妬心が湧き上がったら、あなた自身の心が発している「本音」に気づこう。

 

・相手の言動に怒りを感じたら、

 「私は自分自身を愛せているだろうか?」と考えてみよう。

 

・自分自身にダメ出ししなくなれば、他人にもダメ出しをしなくなり、

 あなた自身が楽になる。

 

・どうしても耐えられない相手ならば、距離を置くなどの対策を考えるか、

 誰かに相談すること。

 

 

あなたも誰かに怒りを感じて悪口を言いそうになったら、

言葉の裏にある「あなた自身の本心」を探ってみよう。

 

 

もしかしたら、その怒りは相手の問題じゃなくて

実はあなた自身に対してなのかもしれないし、

「本当はこんなルールに従いたくないんだ!」

「私はなんでこんな不遇を強いられているんだ!」

…などという、社会の仕組みそのものに対してかもしれないしね。

 

 

とはいえ、我慢は禁物。

 

 

あなた自身が気持ちを整理したり、

考えていることをまとめたりする目的ならば、

誰かに愚痴を聞いてもらうことは決して悪いことではない。

 

 

信頼できる友人に話をするか、

友人がいないのであれば、

全く無関係の第三者に相談するのも良いかと思う。

 

 

誰かの愚痴や悪口ではないけれど、

実際僕も自分自身の「性別違和」に苦しんでいた時は

「全く無関係の第三者」に相談したからね。

 

知らない人の方が自分のことを話しやすいので、

その点ではとてもおすすめ。

 

もし良ければ、僕に相談してくれても良いしね!

 

 

重要なのは、自分一人で何もかも抱え込みすぎず、

誰かへの怒りで、自分自身を傷つけないこと。

 

 

たとえ世間から悪口や批判の嵐を受けて大災害状態になったとしても、

「あなたの中にいる小さな子ども」は

何としても守り抜きましょう。

依存的な自分から脱するには…「〇〇生産機」になろう。

「みんなの”コリュ”」こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございます。

 

 

今回は、「依存的な自分から脱するために必要なこと」

について話していきたい。

 

 

最近はジャンル関係なく

いろんなコミュニティに参加して

様々な方と知り合う機会が多くなった。

 

 

しかし、そのような場所以外で普段生活していると、

なんとなく、価値観が合わないなー

と思う人と出会うことがよくある。

 

 

そういった、自分と価値観が合わない方々の共通点としては、

人生の貴重な時間、有り難い毎日を

「被害者意識」で過ごしているであろう方々が多い。

 

 

一言で言えば、「依存的」だということだろう。

 

 

そういう人って

自分にとって苦しい状況になってくると

「誰かがやってくれる」

「誰かがこの悪い状況を改善してくれる」

といった発想をしがちなんだよね。

 

 

まるで、スーパーマンが来るのを

ただじっと待っているだけの通行人Aみたいな。

 

 

 

↑ちなみにこの工場は商品だけじゃなくて

「自称・悲劇のヒロイン」も生産しているのか?

 

 

常に自分が被害者、可哀相な人でいたいというモブ感というか、

「自分の人生を自分の意志で生きている」

という感覚がなくて、

常に何かに巻き込まれる受け身な状態であり、

言うなれば、他人に人生を支配されている状態なのだろう。

 

 

もしくは、「自分の人生は自分で決められる」ということを

知らないだけかもしれない。

 

 

何かに対して文句をいうこと

他者に対して批判的になること

 

 

恐らくその人の周囲の人々も↑こういった行為をしている人が多いのか、

そんな習慣に対して何も疑問に思うことなく、

むしろすっかり身についてしまっているのだろう。

 

 

そして、時には、

「明らかにこうした方が良いのに、あいつらバカだな」

みたいな感じで、人を見下すこともあるだろう。

 

 

で、頑張っても自分が報われないものだから、

誰かの不幸を喜んでしまう。

 

 

芸能人のゴシップネタとか、ご近所さんの噂話とかに花が咲くのだ。

 

 

悪口の花が一年を通して満開なものだから

桜の時期じゃなくても花見ができるんじゃないかってレベルで。

 

 

 

さらに、自分に理不尽な仕打ちをしてきた人間に対しては

「ひどい目に遭ってしまえ」などと恨みに思ったり、

発散できないストレスを怒りとして周囲に撒き散らしたり。

 

 

そして、そんな自分を客観的に見て自己嫌悪になってしまい

また不満を感じては誰かに怒りをぶつけたりと…

同じようなサイクルに陥っているんだろうね。

 

 

 

 

というのは、かくいう自分も似たような感じだったからだ。

 

 

さすがに噂話は軽蔑していたものの、

なんとなく人の不幸話に惹かれてしまう面があったし、

親しい人や心を開いた人には

ついつい人の愚痴や悪口、不平不満を言ってしまいがちだったからだ。

 

 

 

今考えると、人に依存していた状態だったんだなって思う。

 

 

そうでもしないと、誰かに寄りかかっていないと

不安定な自分が立ち続けていられることはできなかったから。

 

 

思えば、思春期には

義務教育や学校という体制に不満を感じながらも

そこに甘んじていた自分がいたわけである。

 

 

子供の頃からかなりのコミュ障で

何をやっても人並みにできなくて、

皆と同じことをしようとすると、なんだか違う結果になってしまう。

 

 

こんな自分でも生きていけるのか、いつも不安で仕方がなくて、

将来自分がどのようになるかなんて全くわからなかったし

自分自身で夢を実現すべく動いてきたわけではなかった。

 

 

一日誰とも話さない日もあったし

ただただ今日という日が過ぎるのを待つだけ

 

一体何のために生まれてきたのか

自分は無価値で生きてて良いのだろうか

 

 

そんなことさえ考えていた。

 

 

 

しかし、沖縄で一人暮らしをするようになって

もう10年以上経つわけだが

「全てを自分でする」ということは、本当に大変だと実感した。

 

 

たまに実家へ帰ると

特に自分が何もしなくても、外食に行かなくても

母親がご飯を作ってくれるのだから

すごくありがたいなって思うんだ。

行きたい場所へも車で連れてってくれるしね。

 

 

 

そうやって食事などの身の回りの面倒を見てくれたり、

やりたいことをサポートしてくれたりする親がいて

雨風しのげる家があることって

それだけで幸せだったんだなって

今になって思うんだ。

 

 

ただ、自分を取り巻いていた家庭環境や学校の状況というのは

どちらかというと不健全だったと思う。

 

 

だから、ここ数年、

本当の意味で自立している人達と付き合うようになって、

自分の考えがいかにおかしいかに、気付かされるようになったんだ。

 

 

環境も変わって、付き合う人も変わったら、

なんだか毎日がすごく楽しいんだよ。

 

 

そこで、最近の僕は自分の人生をこのように解釈している。

 

 

「これは自分の人生だ。

 何があっても自己責任。

 付き合う人も今いる場所も、何もかも自分自身で選択できるんだ。」

 

って。

 

 

 

何が言いたいかと言うと、

「依存的な状況を脱するには、自発的に行動してみる」

ということが大事なんだよね。

 

 

「自発的に行動する」というのが今ひとつよくわからなければ、

 

 

 

あなた自身が「スマイル(笑顔)生産機」になることだ。

 

 

 

 

 

そうそう、スマイルを口から生み出して

そのスマイルが成長したら某戦闘民族に復讐を…

 

 

って違うわ(笑)。

 

 

そうじゃなくて、

 

「あなたが誰かを笑顔にさせること」なんだ。

 

 

何か皆が喜ぶ食べ物やお菓子を差し入れてみたり

ちょっとした冗談で笑いを取ったり

困っている人がいたら手を差し伸べたり

 

それだけで良いと思う。

 

 

別に何か特別なプロジェクトを発足して

沢山の人を巻き込んで…

など大掛かりなことをする必要なんて全然ないんだ。

 

 

「今、目の前にいる人に、

いかに喜んで(スマイルになって)もらえるか」

 

それだけで十分なんだ。

 

 

むしろ、復讐なんてもっての外だよね(笑)。

 

 

 

誰かを笑顔にすることさえも難しいと思うのならば、

 

「人の幸せを喜ぶ(スマイルになる)自分になる」

 

というのも効果的な方法だ。

 

 

例えば、

ファミレスなどの飲食店で、楽しそうに笑い合いながら

幸せそうな時を過ごしている子供連れの家族を見たら

ただただ「良かったね」と思う。

 

 

もしくはFacebookなどのSNSで

知人や友人の楽しそうな投稿、近況に

「いいね」をするのも良いだろう。

 

 

↑花見の花だって綺麗な方が「いいね!」

 

 

ただ、無理をする必要はない。

 

 

もし、あなたの中に怒りや嫉妬を感じてしまったら

それを否定することはない。

 

さらに、そんな自分を嫌になったり卑下したり

そんな必要も全く無い。

 

 

自分自身の感情だけに気づくようにしよう。

 

 

無理をして怒らない自分になるのではなく、

「自分の感情に気づく」ことが大切なんだ。

 

 

そうすれば、自分の感情に振り回されなくなる。

 

 

前回の記事↑でも述べているが、

あなたの心を傷つけるのは、他者ではなくあなた自身なんだ。

 

 

あなた自身の感情で、あなた自身の心のあり方が変わる。

 

 

それを自覚した上で、

これまでは何かにつけて不満を感じ、

人の悪口や愚痴を言っていたあなたの大切な時間を、

本当に価値あることに使うようにしよう。

 

 

もちろん、怒りを感じたら吐き出すことはしても良いけど、

「一度怒りを吐き出したら、後は闇雲に蒸し返さない」

などのルールを決めておくのも良いかもね。

 

 

モヤモヤの対処法に関しては

この辺↓の記事もぜひ参考にしていただけたらと思う。

 

 

 

 

なかなか思うようにいかないこともあるかもしれないけれど、

意識的に続けていくうちに、あなた自身の物事の見方が

ちょっとでも変わっていくはずだ。

 

 

今までどおりの自分で停滞していたら変化はできないけれど、

自分自身が変化するのを楽しむようになれたら

いろんなことにチャレンジできるようになれるし

正体不明な不安や怖れ、やり場のない怒りや不満など

ネガティブな感情も消えていくことだろう。

 

 

↑ハッピースマイル工場

 

 

というわけで今回は

あなたが「スマイル生産機」になる方法として、

 

・目の前の人を笑顔にすること

・人の幸せで自分が笑顔になること

 

という方法を提案してみた。

 

 

不満や怒り、ストレスで爆発寸前→白髪寸前にならないように、

「あなたのスマイル生産機がフル稼働するハッピースマイル工場」

を経営していこう。

 

 

 

ただーーーし

 

 

スマイル工場の労働環境はブラックにならないように

365日24時間じゃなくて良い。

 

 

スマイルも生産しすぎると機械の調子が狂って

逆に鬱になっちゃうかもしれないからね。

 

 

出来るときに、たまにはお休みしながら

少しずつ周りの人をハッピーにしていきましょう。

 

 

 

 

 

ちなみにこの人達…

 

 

 

 

もしかしたら僕のスマイル工場の従業員だったりして?

 

 

 

 

んなわけないかーーー♪

取扱い注意!「間違った正しさ」との付き合い方

この世の雨(憂い)を全て呑み干す雨呑家(あめのみや)

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)参上。

 

 

今回は

「間違った正しさ」との付き合い方

について語りたいと思う。

 

 

 

 

僕はFTMなのだが、

思春期を始め、まだホルモンを打ち始める前や

自分が本来の性別(男)に合わせて生活が出来ていなかった時は

自分というものがよくわからず、

精神的に非常に不安定だった。

 

 

「差別」に対してやたら敏感になったり

メディアが煽るような「正しさ」に触発されやすくなったり

ある意味「流されやすい」部分があった。

 

 

沖縄の基地問題では、

大学の先輩に誘われて関連イベントに参加したことがあったし

数年後は左寄りの友人と高江まで行ったことがあった。

 

また、可哀想な動物たちを救おうと、ヴィーガンを目指したりもした。

 

 

好きなアーティストのチケットが高額転売されている時は

転売厨を叩くようなツイートを支持したり、

自分自身も転売厨に対しての批判を呟いたりしたこともある。

 

 

しかし、今ではこういった

「一見正しいように見える”正しさ”」を全て捨てた。

 

 

場合によっては、過去に信じていた「正しさ」を捨て、

むしろ逆の立場の「正しさ」を支持することもあるくらいだ。

(それでも人と争うことは好まないが)

 

 

というのは、

 

 

自らの信じる「正しさ」を追求すればするほど

「”正しいことをしている”という歪んだ優越感」を抱くようになり

自分自身を「独りよがりな偽善者」に染め上げていってしまうような感覚

 

また、誰か(何か)を叩く気持ち良さと、

誰か(何か)に対する怒りが未だ収まらず

なんだか常にモヤモヤしている感覚…

 

 

それを実感するようになった。

 

 

 

 

 

イラストはわかりやすいように

アイドルとファンという例にしたが、

「正しさの象徴」に対する「信者」の「信仰心」が

強ければ強いほど排他的になり、

優越感を覚えることもあるだろう。

 

 

また、排他的になればなるほど、

「正しさの象徴と信者」及び「信者同士」の絆が深まるが、

場合によっては「正しさの象徴以外は信じられない」などの

「歪んだ正しさ」を支持してしまう危険性も含んでいる。

 

 

あなた自身がこのような偏った信仰に陥らないようにするには、

一つの「正しさの象徴」にのめり込まず、

どんな「正しさの象徴」とも距離を置いて付き合うのが良いだろう。

 

 

 

さて、このような「間違った正しさを信じている状態」

というのは、僕やあなたも含め、

全ての人が経験したことがあるのではないかと思う。

 

 

例えば、あなたがもし過去に厨二病だったり、

ヤンキーだったり、引きこもりだったり、

グレたりしていたことがあるのなら、

それはそれで「世の中に反発し、自らの正しさ」を追い求めている状況である。

人によってはカルト宗教などにハマってしまっていた人もいるかもしれない。

 

 

いずれの場合も共通しているのは

「”痛さ”と”辛さ”を伴うこと」である。

 

 

共通した価値観や目的を持った仲間と

お互いに「自分たちは正しい」と認識していれば楽しいかもしれないが、

自らの信じているものが「正しい」と思い込み、

それ以外、もしくは相反する世界の住人を見下してばかりいると、

一歩引いて周囲から見れば、

「ただの痛い人たち」と見られてしまうだけなのである。

 

 

もちろん、自分と相容れない人達と住み分けること自体は大切だし、

お互いの平和と幸せのためにも、むしろ必要なことである。

 

 

しかし、それは「他人には他人の信じるものや価値観がある」

と受け入れて認め、尊重することが出来て初めて、

健全なコミュニティを築き上げることが出来るのだ。

 

 

逆に、「自分は正しい」「それ以外は悪」という極端な思想を持ってしまうと、

「あなたが所属しているコミュニティ」と、

「あなたが生きているこの世界」との健全な関係を築くことが出来ず、

結果的に孤立を招いてしまうのだ。

 

 

思想や趣味の世界などのジャンルによっては、

そういった閉鎖的なやり方を好む場合もあるかもしれないが、

特定の人々とばかり仲良くしたり、

特定のリーダーの考えだけを支持したりしていると

自らの視野や可能性を狭めてしまうことにもなる。

 

 

俗に言う「洗脳されている」状態だよね。

 

 

そこから色々と嫌な思いを経験したり

様々な意見や情報を取り入れたりするうちに

「自分の信じていた正しさ」が

どんどんと揺らいで不安定になっていき

最終的には「本当の正しさではない」ことに気づくのだ。

(逆に信仰心が強まる場合もあるが)

 

 

 

もちろん、そういった「黒歴史」的な体験から

学べることもたくさんあるとは思うが、

あなた自身が自らの「正しさ」を追求する上で

知っておいてほしいことがある。

 

 

それは、

「本当に正しいことなど、この世には存在しない」ということだ。

 

 

いくらあなたが、自分では「正しい」と思っていた思想があったとしても、

同じ思想を持った人々の人間性に嫌悪感を覚えれば、

その思想が本当に正しいのか、考え直すことにもなるだろう。

 

 

例えば、アイドルやミュージシャンのファンにマナーの悪い人間、

狂信的で周囲をこき下ろすような人間が多ければ、

そういうファンに嫌気が差したり

自らもファンをやめるというのはよくある話だ。

 

 

一方で、あなた自身の「正しさ」を侵害する人物がいたとして、

あなたがその「正しさ」を守るために、

相手(誰か)への攻撃として明確な言葉や態度として表現してしまうことで、

相手、もしくは周囲からの反発を招き、信頼をも失うことになり、

かえってあなた自身が苦しむ可能性もある。

 

 

攻撃は諸刃の剣である。

 

 

攻撃をすることで、一定数の支持は得られるかもしれないが、

相手を、誰かを攻撃するたびに、

実は一番あなた自身を攻撃していることにもなるのだ。

 

 

それを自覚した上でネガティブな言葉を発しているなら、

時には他者批判も必要なことかもしれないが、

一方で、しょっちゅう誰かの悪口や愚痴ばかり言っている人がいる。

 

 

例えば、職場で上司の悪口を言う会社員や

井戸端会議で夫の愚痴を言う主婦などがそうである。

 

 

そういう人達はその「悪口や愚痴ばかり言っている」状態が

当たり前になってしまっているのだ。

 

 

本来なら、環境を変えるのは自分で決められることなのだが、

愚痴や悪口などの「正しさ」を言うことばかりに固執しているものだから、

その力を発揮しようと思わないのである。

自分で「現状維持」を選択している状態なのである。

 

 

それはそれで周囲から見れば

「自らの正しさ」により周りが見えていない状態なのである。

 

 

 

 

もしあなたが「正しさ」に固執して環境を変える選択をせず、

愚痴・悪口などを言ってばかりの被害者意識に陥っている恐れがあるのなら、

無自覚にやっているからこそ、

自ら自覚して、考え方の癖を変えていかないといけない。

 

 

でないと、自ら発した「正しさ」によって

「何だかよくわからないけれど、辛い。」などといった

鬱のような状態に追い込まれてしまう危険性もあるので、

気をつけよう。

 

 

「正しさ」は自らの主張をする上で手軽なようでいて、

実は取扱い注意なのだ。

 

 

また、誰かに酷いことを言われたとして、

その言葉をいつまでも恨みに思ってしまう人もいるかもしれない。

 

 

そういう場合は、

時に自らの「正しさ」を捨ててみたり、

相手の言動を、自分の中で「なかったこと」にしてしまうのも良い方法である。

 

 

要するに、スルースキルだね。

 

 

「他人の不正や悪質な行為が許せない。」

「だから見て見ぬふりはしたくない。」

…そんな正義感が強いあなたにとって

「なかったことにする」という選択肢は耐え難いものだろう。

 

 

しかし、

「あなたがこれ以上苦しまない」「鬱にならない」

「健やかに楽しく生きる」ために…

 

「自らの”正しさ”を捨てること」

「他人の”悪”を時には知らんぷりをすること」

これらは、実は最も有効な方法なのだ

(※もちろん、犯罪に手を貸すのはダメだぞ。)

 

 

だからこそ、

「この世には”真の正しさ”など存在しない」

「全ての物事は、人間が意味づけしているだけである」

という諦めも、時には必要なのである。

 

 

 

程よい距離感で「正しさ」と付き合おう。

 

 

 

 

さて、今回は

「間違った正しさ」との付き合い方

ということで、

 

「自分の正しさ」を「間違っているかも?」と認める勇気

「自分の正しさを侵害する相手」をスルー(知らんぷり)する勇気

について語ってみた。

 

 

誰がなんと言おうと、みんな自分が一番可愛い。

あなただってそうだろう。

 

 

だからこそ、他人との衝突やトラブルがあった時に

あなたがが信じる「正しさ」やあなた自身、

同じ「正しさ」を支持するコミュニティ、

もしくは世の中の常識だとか道徳だとか倫理観だとかを

なんとしても守りたいのはわかる。

 

 

しかし…

 

最も守るべきなのは、

「あなたの作り上げた正しさ」や「他人が決めたルール」でも

「世間の常識」でも何でもない。

 

 

最も恐れるべきは、本来は守る必要のない「間違った正しさ」によって、

あなた自身が壊され、潰されてしまうことである。

 

 

そして…

 

 

最も大切にするべきものは、

「そのままのあなた自身」「あなたの心」であることを、

どうか忘れないでいてほしい。

「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ

みんなの「コリュ」こと天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だお。

 

 

今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ。

 

…というわけで、早速いってみよー。

 

 

 

 

 

 

近年、いろんな言葉が「差別用語」として認識されている。

 

 

ここに書くのはなんとなく気が引けてしまうような言葉も、

それらは皆、一昔前まで当たり前のように使われていた言葉だ。

 

 

確かに言葉は時代によって変化しつつあるものだから

「良くない言葉は廃止しよう」

という流れになるのは良いのかもしれない。

 

 

実際、僕も「オナベ」なんて言われたら

まず良い気持ちにはならないかな〜。

 

 

理由は「蔑称だから」じゃなくて、

一応「男として」生きようとしているからだ。

 

 

なので、悪気なく使ってしまっている人がいたら

それはそれで「仕方ない」と割り切ることにはしてるけど。

 

 

 

↑以前のブログで描いた漫画。ちなみにこれは実際にあった出来事である。

(そのため今とキャラデザ違うけど。)

 

 

てか、未だに「セクシュアルマイノリティ=夜の世界」みたいに思っている人って

逆にいるのだろうか…?(笑)

 

あと、性自認(自分自身を認識している性別)と

性対象(恋愛対象となる性別)は全くの別物だからね…。

 

 

 

 

 

しかし、このような「呼び方」を巡る問題だけでなく、

あなた自身もきっとこの漫画と似たような経験をしているはずだ。

 

 

 

例えば、

 

「自分が放った言葉で相手を怒らせてしまった」

「相手が何気なく言った言葉に傷ついてしまった」

 

という経験はないだろうか?

 

 

 

それが原因で人間関係のトラブルが起きたり

どちらかが(もしくはお互いに)距離を置くようになったりというのは

誰しも経験しているのではないかと思う。

 

 

もちろん、お互いに分かり合えることが一番良い結果ではあると思うが。

 

 

ただ、人によっては、

自分が何気なくしてしまったことや、

良かれと思ってやったことなどで

相手が気分を害してしまった場合、

もしくは、微妙な反応が返ってきた場合、

 

「自分のせいだ…」

「迷惑をかけてしまった…」

「自分ってダメな奴…」

 

などと過剰にネガティブに捉えてしまう人もいることだろう。

 

 

逆も同じで、

相手の何気ない一挙一動が気になり

 

「今の言葉はどういう意味だったんだろう…」

「もしかして嫌われてしまったのかな?」

「どうしてこの人は人が傷つくようなことを言うんだろう?」

 

などと深く考えすぎてしまい、

疲弊してしまうこともあるだろう。

 

 

 

僕も以前はこんな状態だった。

 

 

 

相手の気持ちに対してやたら敏感であり

また、非常に自意識過剰であり

他人が自分をどう思っているかをやたら気にしていた。

 

 

 

「自分は受け入れられているのだろうか…。」

「価値のある存在と思ってもらえているのだろうか…。」

「変な奴だと思われてないかな…。」

という相手に対する不安が常に胸の中に渦巻いていたし、

 

時には

「傷つけられた!!!!」

「裏切られた!!!!」

「騙された!!!!」

などと被害者意識に囚われることもあった。

 

 

 

しかし、こうした不安と戦いながら

他人に対する恐怖を抱えながら生きてきて

自分なりに調べながら考えながら、わかったことがある。

 

 

 

それは…

 

 

「誰も自分を傷つけることはできない。

 自分を傷つけているのは他でもない自分だ。」

 

ということだ。

 

 

あなたがあなたの視点や価値観で言葉を発しているように

相手だって相手の視点や価値観で言葉を発しているだけである。

 

 

だから、過剰に相手がどう思うかを推し量る必要はないし

相手の言動に対して過剰に反応する必要も、本来なら全く無いのである。

 

 

 

↑相手の言葉を「傷つけるもの」と認識するのは

自分自身の受け取り方の問題である

 

 

 

 

もし相手の言動で

 

「この人は偏見が強いな。」

 

「この人は私のことを表面だけ、一面だけで判断しているな。」

 

「私の気持ちを考えてくれないな。」

 

「『都合が良い奴』みたいに思ってるのかな。」

 

…などと思ってしまったら

 

 

 

 

このように考えよう。

 

 

 

 

「基本的に人は他人に興味がない。

 

 仮にそれが真実だろうと、真実ではなかろうと、

 この人が私に対して抱いた印象を言っただけ

 

 しかし、それでも良い。

 

 私は他人が思っている以上に色んな面があることを、

 私自身が一番良く知っているのだ。」

 

 

などと思って軽く流せば良いと思う。

(↑これはちょっと長いからもう少し端折っても良いけど。)

 

 

あなた自身の魅力や頑張りをあなた自身が気づいて認めてあげる。

(他人がそれを知っているかどうかは関係ない。)

 

 

それならば、相手が相手の価値観や視点で

あなたに対して勝手なことを発言したとしても

 

「それはその人の考えなので、必ずしも正しいとは限らない」

 

…と割り切ることが出来るし、

 

もちろん、迎合する必要もないわけだし、

 

否定的な発言を受けても、あまり気にならなくなるだろう。

 

 

 

↑自分の心を守るためには

自分自身にとって最も都合の良い考え方や対応をすることが大事。

 

 

 

 

というわけで、今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」という幻想に囚われるな

について語ってみた。

 

 

あなたがあなた自身の言動にOKを出すためには

あなた自身の存在、あなた自身のしてきたことにOKを出すことが大切である。

そして、相手の存在や言動に対してもOKを出すことである。

 

 

相手は相手で苦労していることもあるかもしれないし、

あなたが相手の言動の裏側を知ろうとすることで、

あなた自身が最も報われることだろう。

 

 

もしそれでもイライラやモヤモヤ、不安などの感情が消えなければ

以下の記事↓にあるような方法を試して

自分の感情をコントロールしてみるのも良いかもね。

 

 

 

 

あなたが相手のことを理解しようという気持ちがあれば

きっと相手にも理解してもらえるはず。

 

 

相手の気持ちを思いやった上で

あなた自身がどうしてほしいのか、

逆に、してほしくないことは何なのか、

しっかり伝えてみてはいかがだろうか。

 

 

様々な価値観の人と付き合っていく中で

全く嫌な思いをしないのがむしろ難しいものだ。

 

 

お互いに干渉しない。

しかし、相手のことは心から尊重する。

そして、自分自身のことも心から受け入れる。

 

 

適度な距離感を保ちつつ、

素敵な人間関係を築き上げていきましょう。

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

皆のもの御機嫌よう!

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でござる。

気軽に「コリュ」って呼んでちょ。

(↑最近キャラが迷子)

 

 

さて、今日は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話したいと思う。

 

 

誕生日って何かと嬉しいよね。

僕も先日、誕生月ということで映画館のタダ券をもらった。

 

 

 

そのタダ券を使って「ダーウィンが来た!」を見に行ってきた。

 

 

 

View this post on Instagram

 

雨呑家さん(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

 

この映画はNHKのTV番組が映画化されたみたいだけど、

正直、この番組自体は全然知らない(笑)。

僕の家、テレビないから。

 

 

↑番組のHP。面白そうではあるけどね。

 

 

でも、プラネットアースというDVDは大好きでよく観てたから

動物や自然現象の映像に関しては

「NHKはとにかくすごい」

という印象があった。

 

 

だから自然と「ダーウィンが来た!」も観たいと思ったんだよね。

 

 


↑こちらは「プラネットアース」。

様々なエリアに住むありとあらゆる動物たちの生態が映し出されている。

自然の残酷さや気持ち悪さもありのままに映し出されている一方、

動物たちの癒やされる、楽しめる映像も満載。

 

 

 

 

 

さて、映画の内容は動物のドキュメンタリーということもあり

残酷な運命を受け入れながらも

仲間と共に生きる動物たちの強さ、優しさが映し出されていた。

 

 

メインとなる動物の物語3つの途中で

箸休め的に珍獣の紹介もされていたんだけど

これがまた面白かった。

 

 

その中の珍獣として「ハネジネズミ」が出てきたのだが………

 

 

 

こいつのなんて可愛いこと!!!!

 

 

 

 

 

 

 

そんなハネジネズミの生態はと言うと、

彼らは自分専用の道路を作っているのだ。

 

 

道路をせっせと作るのには意味があって

天敵から自分を守るためだそうだ。

 

 

いざ天敵と出くわした時にはこの道路を通って

敵から逃れるというわけだ。

 

 

 

 

 

こんなちっちゃな動物が道を作れるなんて

しかもその道の整備すらも欠かさず行ってるなんて

 

 

「すげえええええええ」

って思ったよね。

 

 

でも、人間の生き方だって、

このハネジネズミに学べるところはたくさんあると思うんだ。

 

 

例えばあなたももしかしたら

「なんだか嫌な人に振り回される」とか

「嫌な上司にこき使われている」とか

「面倒な人が寄ってきやすい」とか

なんだか頑張っても報われないとか、

嫌なことが続いて悩んでいる方もいるかもしれない。

 

 

それはもしかしたら

「あなた自身が逃げるための道を作っていないから」

だと思うんだ。

 

 

 

 

まず、ハネジネズミにとって「最悪の出来事」とは

「天敵に食べられてしまうこと」である。

 

 

「天敵と出会った時」もそれはそれで嫌だと思うが

食べられていない(接触していない)ならまだマシだよね。

逃げ切ればよいだけだから。

 

 

その「逃げ切る」ための環境を

彼らは自ら整えておいているのだ。

 

 

この様子を観た時に「備えあれば憂いなし」だと思った。

 

 

 

つまり、自分自身の身に降りかかる全てのことって

自分自身が準備出来ているかによるんだよね。

 

 

 

そうなると、

 

「俺が今まで面倒な人を寄せ付けてきたのは、明らかに自己責任だ」

と思った。

 

 

 

つまり、「自分が逃げ切るための道を作っていない」というのは

自分が準備不足で環境を整えていない結果、

嫌な人や嫌な出来事を寄せ付けてしまうことなのである。

 

 

 

それは具体的にどういうことかというと、

相手の顔色を伺うばかりで自分を抑えつけてしまい、

「自分がされて嫌なこと」を相手に提示していない。

 

そのため、相手が自分に対して、

嫌なことをしてくるようになるのだ。

 

 

そうなると、

面倒くさい人間に都合よく扱われてしまい、

理不尽な思いをすることも多くなることだろう。

 

 

他にも、断るべきところを断れないとか

嫌なことを嫌と言えないとか

相手の気持ちを優先しすぎてしまうと

あなた自身が辛くなってくるだろう。

 

 

今の日本じゃ難しい部分もあるかもしれないが、

仮に大多数の人間からは「変な人」と思われたとしても

ありのままの自分を「面白い人」と好意的に捉えてくれる人

あなたを心から好いてくれる人達と付き合っていったほうが

あなたにとってのストレスも少ないのではと思う。

 

 

 

要するに、「自分に正直に生きようよ」ってことだ。

 

 

 

素直に生きるためには

あなたが嫌な人を寄せ付けて嫌な思いをさせられない

「あなたが生きやすくなる道」を作り出すのも

大切なことじゃないかと思うんだよね。

 

 

まぁできれば「天敵」自体に会わないようにしたいものだけども。

 

 

せめて「あなたにとっての天敵」を避けるためにも

「あなたが嫌いなもの」

「あなたが嫌だと思う人」

「あなたが人にされると嫌なこと」

をハッキリさせておくのも有効だろう。

 

 

おすすめなのは、「自分の好き嫌いリスト」を作っておくこと。

 

 

 

↑まるで道を整備するかのように

自分自身の「好き嫌い」をしっかり分けておこう。

 

 

ExcelやGoogleのスプレッドシートでも良いし

Evernoteなら思いついた時に追加で書き込めるし

あなた自身が使いやすいツールを使いながら

自分と向き合う時間を意識的に作ってみるのも良いだろう。

 

 

僕も今「自分の好き嫌いリスト」を作っているので

こちら↓の自己紹介ページにも随時追加していく予定だ。

 

 

 

「自分の好きなこと、嫌いなことが今ひとつよくわからない」

そんな方でも日常生活の中に、

思い当たるヒントがたくさんあるはずだ。

 

 

嬉しいと思ったこと、イラッと来てしまったこと、

そういった出来事を経験した時に

 

 

「あ、自分はこうされるのが嬉しい(嫌)なのか。

 じゃあリストにしよう!」

 

 

という感じで「全てがネタ」だと思えば、

好き嫌いリストも充実することだし、

あなた自身を知る材料にもなるはずだ。

 

 

あなた自身が生きやすい環境を作るためにも

「自分自身の好き嫌いを知る」ことは一番大切なんだよね。

 

 

 

 

というわけで今回は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話した。

 

 

ハネジネズミが自分専用の道路を作るように

あなたが自分らしく楽に生きられる方法の一つとして

あなた自身の好き嫌いリストを作ってみてはいかがだろうか。

 

 

毎日毎日、一つ一つの出来事の積み重ね。

 

 

例え小さな力でも、いつかは大きな花が開ける…

 

 

自分自身で作ったその道路が、

いざという時に役に立つときが来るかもしれない…

 

 

自分を信じて、出来る限りのことをしていきましょう。

 

 

 

ちなみにハネジネズミに関しては

こちらの動画↓で詳しく説明されている。

 

動物の世界って奥が深い…。

 

 

俺も性別の分類が迷子だけど

この子もまた分類迷子だったんだな…。

 

 

 

苦労したんだね…。

 

 

 

ハグしてあげよう。

 

 

 

【コリュは 妙な仲間意識が 芽生えた!】

(※だがしかし嫌われてしまった)

 

 

 

ではまたご機嫌麗しゅう〜(泣)。