君も「雨人(あめんちゅ)」にならないかい?

晴れやかで穏やかな日は最高だ。

 

 

どこにだって行けるし、

旅行やレジャー、屋外でのスポーツなどは晴れの方がもちろん良いだろう。

 

 

しかし、僕は日本各地を旅行している中で、

雨の日に旅することも多かった。

 

別に雨乞いをしたわけでは一切ないのだが(笑)

「雨は良いぞ!」と言いたくなるような写真もいくつかある。

 

 

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2017年3月、知覧武家屋敷庭園にて。

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2016年12月、吉野ヶ里歴史公園にて。

 

ちなみに2015年4月には奈良の吉野山に行ったけれど、

その日も最初の方は雨で靄がかかっていた。

でも逆にそれがとても良かった。

その時の写真が選びきれないので、後日また記事として上げられたらと思う。

 

 

こういった名所を雨天歩き回るのも大変ではあったが、

雨で滲んだ和の情趣にしみじみした。

 

 

晴れほど写りは良くなくても、独特の雰囲気がたまらない。

 

雨の日は、晴れの日とはまた違った味があるのだ。

 

 

さて、僕は最近ブログにて、

 

「自然体で生きよう」

「自分が心から望んでいることをしよう」

 

というようなことを言っているが、

 

今ここに

 

「本来の自分に還ろう」

 

という言葉も追加したい。

 

 

そのヒントとなるのが「雨」なのである。

 

 

僕はまるで「晴」を象徴するかのような

開放感があってカラッとした人も人間的に好きなのだが、

「雨」のようにどこか影がある人々により魅力を感じるのだ。

 

 

 

雨というのは、降っては流れて蒸発し、また降っては流れて…を繰り返す。

 

「恵みの雨」として大地に命を与えてくれる。

 

その一方で、非常に気まぐれで、

降ったと思ったらまた止んで、

時には災害をもたらすかもしれない。

 

 

そんな一面もある。

 

 

人々に「憂い」や「恵み」も与え、

時には荒ぶることもあるけれど、

そこにその人独特の魅力があるのだ。

 

 

 

そうやって「雨」は永遠に循環して

自身もいろいろな経験をしていく。

 

 

様々な場所へ旅をしながら、

結局は元の自分に帰ることが出来る。

 

吹割の滝。(群馬県沼田市)また行きたいなぁ…。

 

 

「嬉しさ」や「悲しさ」…どんな感情も経験もすべて受け入れて、

「本来の自分」として生きられるようになるのだ。

 

 

そうやって思いついたのが

「雨呑家(あめのみや)」という言葉だ。

 

「雨呑家」は自身の活動名というか、屋号みたいなもの。

 

ブログタイトルでもある「雨呑み者(あめのみやー、アミヌミヤー)」は

かつて沖縄で虹を意味していた。

 

そのため、虹の象徴、LGBTである僕にもぴったりだと思ったのだ。

 

この写真、当時(2011年らしい)ガラケーで撮ったのだが

なかなかハッキリ撮れているなぁ。

 

 

というわけで、そんな私「雨呑家」と同様、

「雨のような人」を増やしていきたいと思い、

「雨のような人」を「雨人(あめんちゅ)」と呼ぶことにした。

 

 

「自分自身」を「ありのままの存在」として受け入れ、

自然体で振る舞い、

その人にしか歩めない人生を楽しむ。

 

必要以上に人に気を使わない、

自分にとって嫌だと思うことはしない。

好きなことだけをして生きる。

 

自身の感情や思いを抑圧させること無く、

遠慮なく曝け出すことが出来る。

 

ふらっとどこにでも行くから地に足ついていないようでいて、

芯の部分がしっかりしているからどこでも生きられる。

 

自分自身がそんな生き方を体現することで、

人に安らぎと癒やし、時には笑顔を与えることも出来る。

 

それが美しく儚くもたくましい

「雨人(あめんちゅ)」しての生き方である。

 

 

…うん、なんか筋が通っているようでいて

結構メチャクチャなこと言ってるけど、

要するに「変人」を増やしたいってことさ。

 

 

そんな変人・「雨人(あめんちゅ)」を増やして、

殺伐としているこの世に恵みを与えていけたら良いなと思い、

これからもこのブログでは、様々なことをお伝えしていくつもりだ。

 

 

 

ちなみに紫陽花と上の睡蓮の写真は

2017年6月、大分の別府(地獄巡り)にて撮影したものだ。

(地獄そのものの写真についてはまた旅の話をした時にでも。)

 

 

このように僕は時間を見つけて、日本各地をアクティブに巡ってもいるのだ。

 

 

あなたが雨のように様々な場所へ気軽に旅ができるようになるためにも、

旅に関する情報も提供していきたいと思う。

 

 

というわけで、

あなたもぜひ「雨人(あめんちゅ)」になりませんか?

 

 

「雨人(あめんちゅ)として本来の自分に還って

様々な場所を旅してみたい!」

 

 

そう思っていただけたのであれば、

僕の想いに共感していただけたのであれば、

ぜひ今後も僕の発信をご参考いただければと思います。

 

 

ブログなどで人生のヒントや旅の楽しさをお伝えしていきます。

 

 

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これからは「こだわり」を捨てて「直感」と「自然体」で生きる時代

また一冊の本を読み終えた。

 

もしかしたら、岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」に続き、

人生のバイブルになるんじゃないかって思えるくらいの本と出会った。

 

 

 

それは、足立幸子氏による「あるがままに生きる」だ。

 

 

僕はこの書籍を読んだ時、

身体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。

 

「波動を上げる」だの「人は誰でも超能力者」だの

「脳はろくなことを考えない」だの

「ぼーっとしているのが良い」だの

著者が語っていることは一見斬新なように思えるのだが、

自分には通じるものがあったらしい。

 

 

「まさにこれまでの自分が触れてきたもの、学んできたことの集大成だ」

と思ったのだ。

 

 

それくらい自分にとって、どんな有名な書籍よりも

ネット上で売られているセミナー動画やメルマガなどよりも

すんなり受け入れられやすいと言うか、しっくりくる内容だったのだ。

 

 

逆に自分がもっと若い頃にこの本を読んでも、

ピンとくるものがあったかどうかわからない。

 

この本と出会ったのは、出会うべくして出会ったんだな、という印象だ。

 

今、僕が情報をとっている中で、様々な人が言っていること、

この本の中でそのすべてが語られているのだ。

 

いわば、「まとめ」的な存在。

 

もはや10年前の本とは思えないくらい。

もうこの本さえあれば他に何もいらないのでは?と思ったほどだ。

 

それくらい、なんというか、自分と波長が合う気がした。

 

 

だからかえってブログでは何も語りたくないのだ。

 

 

なので、とりあえずの感想としては、

「波動を上げる」ように精進していこうと思った。

 

 

 

「波動を上げるってなんだ?」

と思った方もいるかもしれない。

 

 

一応僕なりに説明しておくと、

僕自身はこの言葉を、

自分自身が「宇宙」に近くなることだと解釈している。

 

 

 

まだよくわからないよね(笑)

 

 

 

要するに、「自然と一体になって生きる」ってことで良いと思う。

 

 

 

もし何かに迷ったら、「自分の心」に聞くのが一番じゃないかなって思うんだ。

 

誰かの意見よりも、情報よりも、自分自身の「直感」を大切にする。

 

その直感がより鋭くなるように、日頃から「直感」を鍛えるようにする。

 

お出かけ先を選ぶにしても、飲食店でメニューを選ぶにしても、

できるだけ「情報」ではなく「直感」で物事を選択していくようにする。

 

 

書籍の内容として伝えられるのはこれくらい。

 

 

基本、僕は「感覚的に生きてる妖怪」で、

直感として「なんとなく」で感じてしまうので、

言葉にするのが難しい。

 

だから、足立氏の言葉を、「なんとなく」実践していくことで、

その姿を皆さんにお伝えできればと思った。

 

 

その代り、「波動をあげる三つの条件」として
著者が以下3つのことを挙げているので、
参考にしていただければと。

 

①あらゆるこだわりを取り除く

②行動に移す

③深い部分の自分(神我・真我・本当の自分)が望んでいることをやる

 

それぞれについては作中で詳しく説明しているので、
気になる方はぜひ読んでみてほしい。

 

 

要するにこれらも簡単にまとめると、

 

「こだわりを捨てて、自然体で生きろ」ってことだ

(…と僕は解釈している。)

 

 

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僕の場合の「こだわり」というのは

「執着」とか「完璧主義」だと思っている。

 

 

過去や特定の人物に対する恨みつらみだとか、

仕事でも創作でも完璧にやらないと気がすまない質で、

逆にそれが自分にストレスを与えてしまっていた。

 

 

マナー違反をする人、デリカシーのない人に対して

蔑視してしまうところがあるけれど、

よくよく考えたらだね、

「それって自分にとって本当に大切なことなのか?」

とも思うようにもなったし。

 

 

そのことにようやく、最近になって気がついたのだ。

 

 

 

 

「物」に対する執着もすごかったと思う。

「これがなくなったらどうしよう」という脅迫めいたものがあるんだろうね。

 

確かに、お金やカード関係は慎重に扱っているけども。

 

今は「必要なものだけあればよい」という考えになって
余計なものを買わなくなった。

 

むしろ「買いたい」欲よりも
「捨てたい」「手放したい」欲の方が強いように思う。

 

有形のものよりも、目に見えない「無形のもの」に価値を感じるようになった。

 

 

…それが僕のここ数年で実感している、自分の中の大きな変化だな。

 

 

ちなみに、この書籍の中で

足立氏は「やがて医者などはいらなくなる」というようなことを言っているのだが、

 

この部分を読んだ翌日、僕はこのような記事を目にした。

 

 

もしかして、「引き寄せ」ってこのことを言うのかな…?

 

「医者がなくなる」

 

ぶっちゃけ、未来のことだから「わからない」のだが、

実際、その可能性はなくもないと思う。

 

10年も前の本なのに、将来を見通せる人はいるんだなって。

 

 

ちなみに、高学歴者の多い職業・取得の難しい資格の職業がなくなるという現実が

実際に待ち受けているのかどうかはわからないが、

何かしら動いていたほうが良いことは事実。

 

 

だってこれからは、一人ひとりが「自然体」で生きる時代になるからだ。

 

もう古い価値観が塗り替えられて、
今後は皆が一人一人あるがままの自分で生きられるようになって、
自分をもっと出していい世の中になっていくんだ。

 

なので、お子さんをお持ちの方は、

どうか子供の安定を優先するのではなく、

「子供が心から夢中になれること」

を優先させて応援してあげてほしい。

 

 

そういえば、僕が中学の頃(2000年台前半)に

「真面目な子が殺人を犯してしまう」

というニュースがよく話題になっていた。

 

 

僕の中学では有志?による寸劇が行われたほど、

当時は深刻な問題だったと記憶しているし、

「自分もそうなってしまうのでは?」という恐怖を抱いていた。

 

 

対人恐怖だったけれど、自分自身が一番怖かったのかもしれない。

 

 

今思えば、そうした事件ってきっと

威圧的な世の中に対してエネルギーを反発させた

「良い子」たちの反乱だったんだよね。

 

 

自分が壊れてしまわないように、自分自身の人生を楽しむには、

「自然体で生きる」

「人に良い顔をするのをやめる」

「出来る人・完ぺきな人を演じるのをやめる」

これしかないんだよ。

 

ありのままの自分で、やりたいことをやること。

自分自身に「もっと気楽に生きていい」って許しを与えること。

 

自分の中にあるエネルギーを抑圧させちゃダメだ。

 

そのエネルギーって自分自身が思っている以上に

ものすごいものなんだよ?

 

だから、抑圧すると何かしら病気になる。

 

 

それでも、今も減らない自殺率。

 

 

もう世の中に期待したって仕方がない。

 

他人を変えることは出来ないからだ。

 

「自分自身が変わらない限り、何も変わらない。」

 

 

だから僕はもう無難な「良い子」であることをやめた。

 

 

たとえどう思われようが、

変人として、周囲の人に何かしらのメッセージを与えられる存在になる。

 

 

それが皆にとっての「良い未来」に繋がると信じているからだ。

 

 

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さて、今後もコリュのブログでは、

私コリュのような「変人」「妖怪」をたくさん生み出せるよう、

人生のヒントになる情報をたくさん伝えていきます。

 

 

もし今後もブログの更新情報や哲学、人生のちょっとしたヒントを受け取りたければ、

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レッツゴー変人。

他人の感情なんて気にしなくていいのサ

以前、以下の記事↓で「自分の問題」と「相手の問題」を切り分ける、といった内容について説明した。

 

 

自分が楽になるためにも、相手を本当の意味で思いやるためにも、
「自分」と「相手」の領域は認識しておくことが大切なのだ。

 

今回はより情緒的な面、

「自分の感情」と「相手の感情」の切り分け方についてさらに深掘りしていきたい。

 

 

 

最近、ちょっと面倒なことが起きた。

 

 

いや、僕も言い方が悪かったなという反省はあったのだけれど、

 

 

明らかに相手が自分で事を招いたというか、
相手が勝手に思い込んで僕にきちんとした確認もせず勝手に話を進めていたのだ。

 

それで両者で認識が違っていたという事態が起きた。

 

さらに、自分で事を招いたにも関わらず、
「〇〇してもらえないと困るんですよ。」というようなことを僕に言ってきたのだ。

 

 

まぁ簡単に言うと…

 

 

「そんなの知るかよ(笑)。」と言いたくなるような出来事だった。

 

 

しかも、相手は相手でこちらを悪いと思っているフシがあるらしく、
自らの過失を認めつつも特にちゃんとした謝罪の言葉はなかった。

 

 

ただ、相手も一応相手自身のしたことは反省したようで、
事が起こった後はこちらにきちんと確認してきた。

 

 

そして、最終的には両者が妥協できる形で落ち着いたから別に良いんだけどね。

 

 

でもなんだかモヤッと来た、ぶっちゃけ。

 

 

俺が相手の立場だったら、きちんと確認しなかったこちらが悪いと思ってちゃんと謝るし、
実際、こちらの何気ない発言で相手が間違った認識で動いてしまっていたことは申し訳なく思った。

 

しかし、実際動く前に再確認するなどしてもらわなければ、そんな事情はわからないわけである。

 

さらに、「こちらも悪いところはあったけど、心底納得していない。」みたいな空気を
相手から感じ取ってしまったからだ。

 

 

あーーーーーーーーめんどくせーーーーーーー!!!!!!!!!

 

 

って思ったね(笑)。

 

 

…愚痴ってしまって申し訳ない。

 

 

でも、こういうトラブルって誰もが経験したことあると思うんだ。

 

 

「相手だって悪い部分があるのに、被害妄想が激しいなぁ。」

 

とか

 

「一方的にこちらが悪いみたいになるのは納得いかない。」

 

とか

 

このような感じで、

モヤモヤした感情になることはあなたも少なくないのではないか。

 

むしろ「そんなのしょっちゅうだよ!」っていう人もいるかもね。

 

 

でも、こういう出来事っていうのは、意味があって起こるんだよ。

 

 

 

こういう事態になった時、気をつけたいことがいくつかある。

 

 

まず…

 

相手のせいにするのは簡単だけれど、被害妄想的な考えにはならないこと。

 

 

起こってしまったことに対して、いつまでも怒っていたって仕方がない。

どう気をつけたら良いのか?自分の中での改善点を探し出すなり、

相手はどうしてほしかったのか?と考察するなりしよう。

 

次に…

 

例え相手があなたのせいにしてきても、そんなのは放っておこう。

 

 

これは簡単なことで、

そんなことに時間もエネルギーも奪われてしまうのは無駄なことだからだ。

 

自分のことは十分に愛せている分、自分に対する評価には無関心で、

「あぁ、そうですか。」と受け流す、

もしくは笑ってネタにするくらいが丁度よい。

 

※ちなみに僕としては、NON STYLEの井上さんみたいな生き方が理想だ。

 

自分のことを十分に愛せていれば、他人がなんと言おうか気にならない。
 

 

そして…

 

 

人がどう言おうと、あなたはあなたの内面だけに目を向けて、
自分が成長するような考え方を身に着けるようにしよう。

 

 

つまり、人間関係に置いて、こういうモヤッとした感情になった時に
ぜひ思い出してほしいことがある。

 

 

それは…

 

「相手の被害妄想、相手の自分に対する怒りの感情は相手の問題だ。」

 

ということである。

 

 

事態を招いた原因は、もちろん自分にもあるかもしれないが、
犯罪や暴力、権力の乱用などを除き、
大抵のことはどちらかが100%悪いということはないのである。

 

 

今回の場合、僕は

 

「僕自身も思い込みが強いため、

“もしかしたら”のことを考えて相手に確認しなかったのが問題だった。」

 

「相手が何も言わなければ(特に問題ないと思い込み)

こちらは何もしない、という受け身の姿勢が問題だった。」

 

という「自分の反省点」を明確にすることができた。

 

 

一方で、相手のことはどうだろう。

 

 

冒頭で相手の行為について「事前に確認してこなかった」と言ってしまったが、

相手は相手の問題なので、

正直、「推測はできるが、わからない。」というのが僕の答えだ。

 

 

誤解を恐れず言えば、

「相手の問題は相手の問題なんだから、僕には関係ない。」

ということである。

 

相手がキレようが泣こうがこちらのせいにしてこようが
徹底的に「他人は他人、自分は自分。」を貫く。

 

それが相手に対する本当の思いやりで、健全なメンタルを保つための姿勢なのだ。

 

一見逃げているように見えるけど、これがお互いにとってベストな考え方なんだよ。

 

どこまでが自分の責任で、自分が相手の機嫌を取らなくちゃいけなくて…

などと考え始めたらキリがないからね。

 

 

「自分が解決できる領域」と「自分には解決できない領域」

これらを区別することが大切なんだ。

 

 

自分の領域(問題、願望など)だけを把握しておこう。相手の領域は未知数なのだから。
 

 

 

ここで、「相手を迷惑をかけてしまって自分ってダメな奴」とか
「何をしたら自分に対する印象を良くしてくれるかなぁ?」とか…

 

相手の考え方や感情に踏み込むような、余計なことを考えてはいけない。

 

というか、そんな事を考えたって仕方がない。

 

直接相手に聞くならともかく、

勝手に自分自身で思い込んでいるからだ。

 

それは「自分にとって解決できない領域」なのである。

 

 

もし問題が起きて、

あなたが「〇〇してきたのは明らかに相手が悪いのに!」と思ってしまったら、

それは「相手の問題に踏み込んでしまっている」ということだ。

 

 

ここでもう一度思い出してほしい。

 

 

「相手の被害妄想、相手の自分に対する怒りの感情は相手の問題だ。」

 

 

私は私の好きなように生きる。

 

それを嫌だと思う、文句があるのならご自由にどうぞ。

 

 

自分の人生を楽しく生きるのも、誰かを嫌ったり恨んだりするのも、

その人の自由であり、

その人の人生における「その人自身の責任」なのだ。

 

あなたが自分の身を捧げて削ってまで解決するべきことじゃない。

 

相手のことは、相手を信頼して、相手に任せよう。

 

例え一時的に嫌な感情になったとしても、

自己成長できる人は自分自身できちんと考えてくれるから。

 

なので、起きたことに対していつまでも怒ったり悲しんだりしないこと。

 

 

というわけで、まとめると

 

「他人があなたのせいにしようがあなたに不満を抱こうがそんなの関係ない。

それは相手の人生に対する相手自身の責任だからだ。

 

あなたはあなたの人生を、自分自身のために生きればよい。

それがあなたの人生に対するあなた自身の責任だ。」

 

 

…ということだ。

 

 

ただし、相手が明らかに名誉毀損や営業妨害に当たる行為をしてきたときは、

あなた自身の「正義」を守るためにも、徹底的に戦って良いと思うよ。

 

 

でもあなた(もしくは相手)に悪意がなくてことが起こった場合、

大概のことは、相手(あなた)がどのように受け取ろうが自己責任の範囲である。

 

それを捻くれた認識で捉えすぎてしまうと、人間嫌いになってしまうのである。

 

↓これについて、もしよければこちらの記事も参考にしてほしい。

 

別に人が好きにならなくても良いけど、

人に対してさほど期待しなければ嫌いにもならないと思うんだ。

 

 

あなたに対して怒り狂っている相手がいたとしても、

それに怯むこと無く、

「ふーん、そうなんだー。」とただただ眺めていればいい。

 

それから、相手の事情を把握した上で、

自分を客観視して解決策(改善点など)を見出してみよう。

 

 

急には難しくても、少しずつ、実践してみてほしい。

 

 

 

日常で一つ一つの出来事や感情に対して、

「これは自分の問題か?」「これは相手の問題か?」

って考えるのもおすすめ!

 

 

こういったことを続けていくうちに、

 

周囲の人に気を使いすぎて、相手のことを考えすぎて疲れてしまう…

 

そんなこともなくなるはずだ。

 

 

というか…そんなこと、もうしなくて良い。

 

 

自分のために生きていこうよ。

人前で喋るの超苦手な僕が自宅でボイトレを始めた結果…

僕は昔から自分の声が好きではなかった。

 


稀に「低音でかっこいい」と言われることもあるが、
録音した自分の声を聴くのが全然好きではない。

 

複雑な感情が岩に張り付いた藻のように
べっとりと胸の内に張り巡らされているような…そんな感じ。

 

 

元々内向的な性格なのでボソボソしゃべる。

 

声が小さくて相手に「え?」と聞き返される。

 

学校でもクラスの中で人前に立って何かを発表したり喋るとなると、
「聞こえないよ!」「もっと大きな声で喋って!」とクラスメイトから責められる。

 

そんな自分をあからさまにバカにしてくる輩もいたし、
学年によってはクラスの殆どから嫌われていたほど暗かった時期もあった。
個人的に中学時代は暗黒である。

 

その後、大学以降も人前で喋るとあがる、テンパるのがなかなか改善されない。
必要以上にしゃべらず、何かを振られても簡潔に答えてしまう。

 

かつてのアルバイト先で他の部署の社員さんから「挨拶してこない。」とクレームが入る。
(もちろん、自分はしていたつもりだった。)

 

コールセンター時代でも「おどおどして喋っているから不安だ。」と客からクレームが入る。
(あえて言い訳させてもらうと、まだ研修中の時で自分自身も不安だったというのもあるけどね。)

 

意地悪そう、偉そう、なんとなく嫌な感じがする…な相手に萎縮して声がどもる。挙動不審になる。
→相手の「何か」を刺激してしまい余計ネガティブなエネルギーを受けてしまう。

 

 

ここに書くのが嫌なくらい自分の「声」や「喋り」に関しては
良い思い出があまりない。

 

 

さらに僕はトランスジェンダーという壁がある。

 

僕は元々、女子としてもそこそこ低い声であった。
それはトランスとして考えると良いことではあるが、
自分では「汚い」とも思っていたのだ。

 

一生懸命声を出しても「小さい」「聞こえない」ということもあったけど、
自分の声があまり好きではなかったのも手伝って、声がこもりがちになるのである。
無意識に自ら声を小さくしていたのかもしれない。

 

逆に、緊張などでつい油断して高い声になってしまうと
「今の声女みたいだったな。」とすごく落ち込んでしまう。

 

 

こういったことが重なり、
人とコミュニケーションをとるのも辛いとさえ思っていくようになった。

 

 

対人関係も嫌になり、
「他人は自分を傷つけるもの」と思い込んで、
人間もどんどん嫌いになっていった。

 

 

学生時代は誰とも会話せず一日を過ごした日も珍しくなかった。

 

 

最近では自分でも生きやすい考え方になるよういろいろ試行錯誤しているが、
喋るのが苦手なのは依然として変わらない。

 

 

しかし、僕は今LGBT系の会社の立ち上げにもメンバーとして関わっているし、
それと同時並行で、自分一人でもフリーランスとして活動していけるよう色々実践しながら勉強している。

 

現在はブログといくつかのSNS、YouTubeに制作したアニメを載せているくらいだが

もしかしたら今後、自分の声で発信したりオンラインで人と会話する機会も増えていくかもしれないのだ。

 

 

だから最近では自分の声をちょっとでも好きになれるように
自宅で簡単なボイトレを始めてみた。

 

 

初対面の方と会うときや人前でもテンパらず
カンペや台本に頼ること無く人前で自分の考えや思いをスラスラ言えたら
きっと自分の発言にも説得力が増すだろうと思って。

 

 

そうしたらもっと多くの人との繋がりが持てるかもしれないし、
自分の仕事にも繋がっていくかもしれない。

 

人生がより楽しくなるかもしれない。

 

そのためには今できることをしようと思ったのだ。

 

 

そして、現在自宅でボイストレーニングを行うことにした。

 

 

参考にしている本はこちら↓

人生が変わる!! 本当に「いい声」になる方法(金丸 明日香・著 )である。

 

 

こちらの書籍ではハリウッド式ボイトレが紹介されている。

小学館のIDに登録すれば、実際にYouTubeで動画を見ながら練習することも出来るようだ。

 

 

実際に「え?」と思うくらい個性的な練習法ばかりであるが、

たった一日だけでも十分な効果を感じることができた。

 

 

現在でも書籍で紹介されているボイトレをほぼ毎日のように試している。

 

 

マッサージやブレスなどを含めると一日15分くらい。
週に何回かは休みを入れている。

 

 

なぜ続けられているかというと、
練習をする前とした後では
声の出し方に違いがはっきり感じられるのだ。

 

著者が言うように、
「自分本来の声」が引き出せていそうな感覚がある。

 

 

第二章に書かれている著者のストーリーも必読。

 

 

がむしゃらなだけでは自分を見失う。
古くからの「腹式呼吸」だけではいけない。

 

わざわざアメリカまで渡り、
ハリウッド式の「効率が良い」「その人一人一人にあったやり方」を教わることで
劇的な効果が得られて、著者自身の人生が良い方向に向かったようだ。

 

 

これは何もボイトレだけでなく、すべてのことに当てはまると思う。

 

 

「安価でお手軽なやり方」を選択するより、
ちょっと高価で苦労してでも、本当に自分に合った方法を選択する。
その方が余計な時間を浪費すること無く、
苦労したり悩んだりする時間も省くことが出来るのだ。

 

古くからの体制や考え方に縛られていては余計苦しくなってしまうんだよね。

 

それと、かつての著者と同じように、
一般的な「歌がうまい人」というのは、
「歌手の真似が上手い人」というのも新しい発見だった。

 

僕がカラオケで歌うと歌がうまいと誉められるのも
きっと人の歌い方を真似ているだけなのかなと思った。

 

 

歌手を目指しているわけじゃないけれど、歌うのは好き。

 

なぜなら、歌っているときは自分の世界に入れるからだ。

とても気持ちが良い。

 

逆に話すのは苦手だ。

 

なんでなんだろう?

 

理由は恐らく、自分だけの世界ではないからだ。

 

相手がいなきゃ成り立たない。

 

 

でもこのままではいけないし、

「自分本来の声」で話せるようになったら

どんなに楽しいだろうと思う。

 

今だって相手や状況によって話し方や声を無意識に変えてしまっているのかもしれない。

 

いつでも「本来の自分」でいられるのは理想の生き方だ。

 

声に関してはこの本だけでも十分効果を感じられているが、
実際にレッスンを受けたほうが劇的な変化を感じられそうだよね。

 

↓こちらは著者・

金丸明日香氏のホームページだそうだ。

 

 

レッスン料も思っていたより安いし、
人前で話すことが多くなったら検討してみようっと。

 

 

今、自宅でボイトレを始めて大体2週間くらい経った。

 

普段の生活で声を出すのがちょっとだけ楽しくなった。

 

自分の声が胸に響いているか、余裕があるときは確認もしている。

 

喋るの苦手で人見知りは相変わらずだが

僕が運営するLINE@で自分の音声を送れるまでになった。
まぁ10秒位の簡単な挨拶だけどね(笑)。

 

でも!!!!

 

自分の音声を見えない相手に送れるようになるまで、かなり抵抗感があったわけよ。わかる?(笑)
僕と似たような性格の方なら、きっとわかっていただけるだろうな。

 

 

「インターネット上で喋るなんて絶対無理!!!!」

と思っていた僕が

「インターネット上で話せた(対象も内容も超限定的だけど)!!!!」

までこぎつけた。

 

あとは

「人前でもスラスラと喋れるようになる!」

最終的に

「もっと多くの人がアクセスできる場(もしくは大勢の人の前)で
気持ちよく喋れるようになる!」

まで目指していけたらと思う。

 

 

焦らなくて良いので、少しずつ取り組んでいきたい。

 

 

以下の記事などでも考え方などを書いているわけだが、

最近、精神的な部分をいろいろ学んでいくうちに、

「ありのままの自分で良い。」

ということがわかってきてブログなどの発信も実生活でも楽になってきた。

 

 

 

無理に自分を演じる必要がないんだって。

 

 

僕が人前でうまくしゃべれないのは

「かっこいい自分を見せなければ!(さもなくば、自分の価値はない。)」

「自分を(必要以上に)良く見せよう!」

「失敗したらどうしよう。」

「攻撃される!」

かつてのトラウマなどから呼び起こされる恐怖心や
防衛本能からきていたものと思う。

 

今はあまり利用しなくなったけど以前は廃人レベルで頻繁にTwitterを見ていたことがあった。

 

そんな時によく思っていたこと、

「こんなこと言うと嫌われるかな、クソリプくるかな。」

「とりあえずこう言っておけば角が立たないだろう。」

 

…と、思ったことを発言できないというストレスも一切なくなった。

 

 

「他人は敵だ。」という認識だったからね。

 

 

でももうそんなに過度に予防線を張ることも、最近ではあまりなくなってきた。

 

 

とりあえずボイトレを習慣にして
声とともに「本来の自分」を取り戻せていけたらと思う。

 

 

FTMやMTFなどのトランスジェンダーは特に、

「希望の性別」に自分の声を合わせがち。

 

 

でも本当は、世の中の求める「価値観」に合わせて自分を演じる必要なんて全くないんだよ。

 

 

それよりも、自然体で生きたほうがもっとずっと楽しいと思う。

 

 

これは何もトランスの人だけに限ったことではないはず。

 

 

 

あなたも一緒に

 

「まだ出会ったことのない、あなた自身の魅力的な声」

 

を見つけていきませんか?

 

 

 

…ちなみに僕が今住んでいる賃貸は楽器OKのところなので大丈夫なんだけど、

もしあなたがご自宅で発声練習をする場合は

近所迷惑にならないように十分配慮いただきたい。

 

 

さもないと、自分の声が変わる前に住所が変わっちゃう(家を追い出される)…かも。

 

 

もちろん意図的に住所を変えるのは良いけど

 

 

変わるのは自分だけで良いのだあああああああああぁ!!!!

「あなたは悪くない」というまやかしの言葉

何か落ち込んだり不愉快な思いを抱いている時に

 

「あなたは悪くないよ。」

 

という言葉をかけられたことがある人は多いかと思う。

 

 

もしくは、自分がそのような言葉をかけた経験もある人もいるだろう。

 

 

実際、いじめや暴力など何かしらの被害を受けた状況で
さらに多くの人から責められているなど四面楚歌の状態であれば
その言葉の効果は絶大だろう。

 

 

この言葉をかけられた人物は
その言葉をかけた相手に対して
「この人は私の味方だ。」と思い、
優しい、信頼できる人物などといった認識をするだろう。

 

 

しかし、この言葉こそ扱いに気をつけなければいけないものはない。

 

 

というのは、この言葉は傷ついた相手の傷口に
応急処置として薬を塗るだけにすぎないのである。

 

※これはハロウィンの時にやった偽の傷。
ビックリさせたらゴメンね。
 

残念ながら、根本的な解決法にはならない。

 

いや、場合によっては塩を塗ってしまうことになるかもしれない。

 

実はそれくらい注意が必要な言葉なのだ。

 

「自分は怪我をしやすいんだよね〜。」と言いつつ
毎回怪我をするたびに傷口を薬を塗ってもらうようなものだ。

 

たまに怪我をするくらいなら良いのかもしれないが、
頻繁に怪我をするようであれば、
怪我をしてしまう根本的な原因を除去する必要がある。

 

もしかしたら段差でつまづきやすい、
つい無理をしてしまい疲労で筋肉がうまく使えないなど
身体の使い方や癖に問題があるかもしれないし。

 

もしくは自分が怪我をしやすい体質だと自覚しているなら
仮に怪我をしてもすぐに治るような体質にしていかないといけない。

 

その場合、日頃の生活習慣を見直すことが改善のヒントになるのかもしれないし。
身体の機能がきちんと働いていれば自然治癒力も高まるからね。

 

 

つまり、「あなたは悪くない。」という言葉だけでは
本当の意味で自分(相手)を救うことは出来ないのだ。

 

根本的な考え方を変えたり、
嫌な出来事に対する対処法などを身に着けたりなどしていかないといけない。

 

でないと、いつまでも
「私は悪くない。」という被害妄想や依存的な考えに陥ってしまう。

 

 

それの何が悪いかというと、
マイナスのエネルギーを周囲に与えるのはもちろんだけど、

 

「あの人は〇〇してくれない。(私はやってあげたのに。)」

 

…というように
一方的な思い込みで周囲の人に不満を抱きやすくなり、
場合によっては攻撃的な態度に出てしまう可能性がある。

 

 

「あなたは悪くない。」

 

もしあなたがこの言葉をかけられたときは
一旦はこの言葉に甘えて良い。

 

でもだんだんと自分をなるべく苦しめない、
傷つけた人間に対して生まれる恨みつらみの感情に支配されない、
自分にとって幸せな考え方をするようにしていこう。

 

「あなたは悪くない。」

 

もしあなたが相手に対してその言葉をかけるときは、
ただの慰めだけでは無責任だ。

 

実のところ、自分自身の心の傷を癒せるかどうかは、
他者はあまり関係ない。

 

いくら心優しい人が自分を慰めてくれたところで、
その好意を受け取るかどうかは自分自身にしか選択できない。

 

つまり、自分の機嫌をとるのは自分自身にしかできないことなのだ。

 

本当にその人の為を思って言うのであれば、
あなたではなく、自分自身で傷を癒せるように
どのような考え方をすればよいのか教えてあげよう。

 

相手の問題にも必要以上に干渉しない。

 

相手が本当に強い人物になれるまで暖かく見守り、
相手が助けを求めたその時に手を差し伸べれば良い。

 

その人の傷が本当の意味で早く癒えるようになるには
それが一番の優しさなのだ。

 

正義感が強い人、白黒はっきり付けたがる人ほど
悪い、悪くないという視点にこだわりがちだけど、
それは「自分が楽に生きられるかどうか」ということにはあまり関係ない。

 

それなら自分が楽に生きられるように、
あまりこだわりすぎないのも一つの方法なんだよね。

 

「正義」にこだわらず、「依存心」を捨てていくには
良かったらこの辺↓の記事も参考にしてみてね。

 

↓”正義”にこだわるのか?それとも自分の”機嫌”を優先するのか?

 

↓人から何か言われるのを待っていてはいけない。依存的な考えから脱却しよう。

 

 

天海夜 煌琉さん(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

 

こんにゃくのように強くしなやかに

ゆるく気楽に生きよう。