「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ

みんなの「コリュ」こと天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だお。

 

 

今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」なんてものは幻想だ。

 

…というわけで、早速いってみよー。

 

 

 

 

 

 

近年、いろんな言葉が「差別用語」として認識されている。

 

 

ここに書くのはなんとなく気が引けてしまうような言葉も、

それらは皆、一昔前まで当たり前のように使われていた言葉だ。

 

 

確かに言葉は時代によって変化しつつあるものだから

「良くない言葉は廃止しよう」

という流れになるのは良いのかもしれない。

 

 

実際、僕も「オナベ」なんて言われたら

まず良い気持ちにはならないかな〜。

 

 

理由は「蔑称だから」じゃなくて、

一応「男として」生きようとしているからだ。

 

 

なので、悪気なく使ってしまっている人がいたら

それはそれで「仕方ない」と割り切ることにはしてるけど。

 

 

 

↑以前のブログで描いた漫画。ちなみにこれは実際にあった出来事である。

(そのため今とキャラデザ違うけど。)

 

 

てか、未だに「セクシュアルマイノリティ=夜の世界」みたいに思っている人って

逆にいるのだろうか…?(笑)

 

あと、性自認(自分自身を認識している性別)と

性対象(恋愛対象となる性別)は全くの別物だからね…。

 

 

 

 

 

しかし、このような「呼び方」を巡る問題だけでなく、

あなた自身もきっとこの漫画と似たような経験をしているはずだ。

 

 

 

例えば、

 

「自分が放った言葉で相手を怒らせてしまった」

「相手が何気なく言った言葉に傷ついてしまった」

 

という経験はないだろうか?

 

 

 

それが原因で人間関係のトラブルが起きたり

どちらかが(もしくはお互いに)距離を置くようになったりというのは

誰しも経験しているのではないかと思う。

 

 

もちろん、お互いに分かり合えることが一番良い結果ではあると思うが。

 

 

ただ、人によっては、

自分が何気なくしてしまったことや、

良かれと思ってやったことなどで

相手が気分を害してしまった場合、

もしくは、微妙な反応が返ってきた場合、

 

「自分のせいだ…」

「迷惑をかけてしまった…」

「自分ってダメな奴…」

 

などと過剰にネガティブに捉えてしまう人もいることだろう。

 

 

逆も同じで、

相手の何気ない一挙一動が気になり

 

「今の言葉はどういう意味だったんだろう…」

「もしかして嫌われてしまったのかな?」

「どうしてこの人は人が傷つくようなことを言うんだろう?」

 

などと深く考えすぎてしまい、

疲弊してしまうこともあるだろう。

 

 

 

僕も以前はこんな状態だった。

 

 

 

相手の気持ちに対してやたら敏感であり

また、非常に自意識過剰であり

他人が自分をどう思っているかをやたら気にしていた。

 

 

 

「自分は受け入れられているのだろうか…。」

「価値のある存在と思ってもらえているのだろうか…。」

「変な奴だと思われてないかな…。」

という相手に対する不安が常に胸の中に渦巻いていたし、

 

時には

「傷つけられた!!!!」

「裏切られた!!!!」

「騙された!!!!」

などと被害者意識に囚われることもあった。

 

 

 

しかし、こうした不安と戦いながら

他人に対する恐怖を抱えながら生きてきて

自分なりに調べながら考えながら、わかったことがある。

 

 

 

それは…

 

 

「誰も自分を傷つけることはできない。

 自分を傷つけているのは他でもない自分だ。」

 

ということだ。

 

 

あなたがあなたの視点や価値観で言葉を発しているように

相手だって相手の視点や価値観で言葉を発しているだけである。

 

 

だから、過剰に相手がどう思うかを推し量る必要はないし

相手の言動に対して過剰に反応する必要も、本来なら全く無いのである。

 

 

 

↑相手の言葉を「傷つけるもの」と認識するのは

自分自身の受け取り方の問題である

 

 

 

 

もし相手の言動で

 

「この人は偏見が強いな。」

 

「この人は私のことを表面だけ、一面だけで判断しているな。」

 

「私の気持ちを考えてくれないな。」

 

「『都合が良い奴』みたいに思ってるのかな。」

 

…などと思ってしまったら

 

 

 

 

このように考えよう。

 

 

 

 

「基本的に人は他人に興味がない。

 

 仮にそれが真実だろうと、真実ではなかろうと、

 この人が私に対して抱いた印象を言っただけ

 

 しかし、それでも良い。

 

 私は他人が思っている以上に色んな面があることを、

 私自身が一番良く知っているのだ。」

 

 

などと思って軽く流せば良いと思う。

(↑これはちょっと長いからもう少し端折っても良いけど。)

 

 

あなた自身の魅力や頑張りをあなた自身が気づいて認めてあげる。

(他人がそれを知っているかどうかは関係ない。)

 

 

それならば、相手が相手の価値観や視点で

あなたに対して勝手なことを発言したとしても

 

「それはその人の考えなので、必ずしも正しいとは限らない」

 

…と割り切ることが出来るし、

 

もちろん、迎合する必要もないわけだし、

 

否定的な発言を受けても、あまり気にならなくなるだろう。

 

 

 

↑自分の心を守るためには

自分自身にとって最も都合の良い考え方や対応をすることが大事。

 

 

 

 

というわけで、今回のテーマは

「言っちゃいけないこと」という幻想に囚われるな

について語ってみた。

 

 

あなたがあなた自身の言動にOKを出すためには

あなた自身の存在、あなた自身のしてきたことにOKを出すことが大切である。

そして、相手の存在や言動に対してもOKを出すことである。

 

 

相手は相手で苦労していることもあるかもしれないし、

あなたが相手の言動の裏側を知ろうとすることで、

あなた自身が最も報われることだろう。

 

 

もしそれでもイライラやモヤモヤ、不安などの感情が消えなければ

以下の記事↓にあるような方法を試して

自分の感情をコントロールしてみるのも良いかもね。

 

 

 

 

あなたが相手のことを理解しようという気持ちがあれば

きっと相手にも理解してもらえるはず。

 

 

相手の気持ちを思いやった上で

あなた自身がどうしてほしいのか、

逆に、してほしくないことは何なのか、

しっかり伝えてみてはいかがだろうか。

 

 

様々な価値観の人と付き合っていく中で

全く嫌な思いをしないのがむしろ難しいものだ。

 

 

お互いに干渉しない。

しかし、相手のことは心から尊重する。

そして、自分自身のことも心から受け入れる。

 

 

適度な距離感を保ちつつ、

素敵な人間関係を築き上げていきましょう。

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

皆のもの御機嫌よう!

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でござる。

気軽に「コリュ」って呼んでちょ。

(↑最近キャラが迷子)

 

 

さて、今日は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話したいと思う。

 

 

誕生日って何かと嬉しいよね。

僕も先日、誕生月ということで映画館のタダ券をもらった。

 

 

 

そのタダ券を使って「ダーウィンが来た!」を見に行ってきた。

 

 

 

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この映画はNHKのTV番組が映画化されたみたいだけど、

正直、この番組自体は全然知らない(笑)。

僕の家、テレビないから。

 

 

↑番組のHP。面白そうではあるけどね。

 

 

でも、プラネットアースというDVDは大好きでよく観てたから

動物や自然現象の映像に関しては

「NHKはとにかくすごい」

という印象があった。

 

 

だから自然と「ダーウィンが来た!」も観たいと思ったんだよね。

 

 


↑こちらは「プラネットアース」。

様々なエリアに住むありとあらゆる動物たちの生態が映し出されている。

自然の残酷さや気持ち悪さもありのままに映し出されている一方、

動物たちの癒やされる、楽しめる映像も満載。

 

 

 

 

 

さて、映画の内容は動物のドキュメンタリーということもあり

残酷な運命を受け入れながらも

仲間と共に生きる動物たちの強さ、優しさが映し出されていた。

 

 

メインとなる動物の物語3つの途中で

箸休め的に珍獣の紹介もされていたんだけど

これがまた面白かった。

 

 

その中の珍獣として「ハネジネズミ」が出てきたのだが………

 

 

 

こいつのなんて可愛いこと!!!!

 

 

 

 

 

 

 

そんなハネジネズミの生態はと言うと、

彼らは自分専用の道路を作っているのだ。

 

 

道路をせっせと作るのには意味があって

天敵から自分を守るためだそうだ。

 

 

いざ天敵と出くわした時にはこの道路を通って

敵から逃れるというわけだ。

 

 

 

 

 

こんなちっちゃな動物が道を作れるなんて

しかもその道の整備すらも欠かさず行ってるなんて

 

 

「すげえええええええ」

って思ったよね。

 

 

でも、人間の生き方だって、

このハネジネズミに学べるところはたくさんあると思うんだ。

 

 

例えばあなたももしかしたら

「なんだか嫌な人に振り回される」とか

「嫌な上司にこき使われている」とか

「面倒な人が寄ってきやすい」とか

なんだか頑張っても報われないとか、

嫌なことが続いて悩んでいる方もいるかもしれない。

 

 

それはもしかしたら

「あなた自身が逃げるための道を作っていないから」

だと思うんだ。

 

 

 

 

まず、ハネジネズミにとって「最悪の出来事」とは

「天敵に食べられてしまうこと」である。

 

 

「天敵と出会った時」もそれはそれで嫌だと思うが

食べられていない(接触していない)ならまだマシだよね。

逃げ切ればよいだけだから。

 

 

その「逃げ切る」ための環境を

彼らは自ら整えておいているのだ。

 

 

この様子を観た時に「備えあれば憂いなし」だと思った。

 

 

 

つまり、自分自身の身に降りかかる全てのことって

自分自身が準備出来ているかによるんだよね。

 

 

 

そうなると、

 

「俺が今まで面倒な人を寄せ付けてきたのは、明らかに自己責任だ」

と思った。

 

 

 

つまり、「自分が逃げ切るための道を作っていない」というのは

自分が準備不足で環境を整えていない結果、

嫌な人や嫌な出来事を寄せ付けてしまうことなのである。

 

 

 

それは具体的にどういうことかというと、

相手の顔色を伺うばかりで自分を抑えつけてしまい、

「自分がされて嫌なこと」を相手に提示していない。

 

そのため、相手が自分に対して、

嫌なことをしてくるようになるのだ。

 

 

そうなると、

面倒くさい人間に都合よく扱われてしまい、

理不尽な思いをすることも多くなることだろう。

 

 

他にも、断るべきところを断れないとか

嫌なことを嫌と言えないとか

相手の気持ちを優先しすぎてしまうと

あなた自身が辛くなってくるだろう。

 

 

今の日本じゃ難しい部分もあるかもしれないが、

仮に大多数の人間からは「変な人」と思われたとしても

ありのままの自分を「面白い人」と好意的に捉えてくれる人

あなたを心から好いてくれる人達と付き合っていったほうが

あなたにとってのストレスも少ないのではと思う。

 

 

 

要するに、「自分に正直に生きようよ」ってことだ。

 

 

 

素直に生きるためには

あなたが嫌な人を寄せ付けて嫌な思いをさせられない

「あなたが生きやすくなる道」を作り出すのも

大切なことじゃないかと思うんだよね。

 

 

まぁできれば「天敵」自体に会わないようにしたいものだけども。

 

 

せめて「あなたにとっての天敵」を避けるためにも

「あなたが嫌いなもの」

「あなたが嫌だと思う人」

「あなたが人にされると嫌なこと」

をハッキリさせておくのも有効だろう。

 

 

おすすめなのは、「自分の好き嫌いリスト」を作っておくこと。

 

 

 

↑まるで道を整備するかのように

自分自身の「好き嫌い」をしっかり分けておこう。

 

 

ExcelやGoogleのスプレッドシートでも良いし

Evernoteなら思いついた時に追加で書き込めるし

あなた自身が使いやすいツールを使いながら

自分と向き合う時間を意識的に作ってみるのも良いだろう。

 

 

僕も今「自分の好き嫌いリスト」を作っているので

こちら↓の自己紹介ページにも随時追加していく予定だ。

 

 

 

「自分の好きなこと、嫌いなことが今ひとつよくわからない」

そんな方でも日常生活の中に、

思い当たるヒントがたくさんあるはずだ。

 

 

嬉しいと思ったこと、イラッと来てしまったこと、

そういった出来事を経験した時に

 

 

「あ、自分はこうされるのが嬉しい(嫌)なのか。

 じゃあリストにしよう!」

 

 

という感じで「全てがネタ」だと思えば、

好き嫌いリストも充実することだし、

あなた自身を知る材料にもなるはずだ。

 

 

あなた自身が生きやすい環境を作るためにも

「自分自身の好き嫌いを知る」ことは一番大切なんだよね。

 

 

 

 

というわけで今回は

嫌な人や嫌な出来事からあなたを守る「最強の環境づくり」

について話した。

 

 

ハネジネズミが自分専用の道路を作るように

あなたが自分らしく楽に生きられる方法の一つとして

あなた自身の好き嫌いリストを作ってみてはいかがだろうか。

 

 

毎日毎日、一つ一つの出来事の積み重ね。

 

 

例え小さな力でも、いつかは大きな花が開ける…

 

 

自分自身で作ったその道路が、

いざという時に役に立つときが来るかもしれない…

 

 

自分を信じて、出来る限りのことをしていきましょう。

 

 

 

ちなみにハネジネズミに関しては

こちらの動画↓で詳しく説明されている。

 

動物の世界って奥が深い…。

 

 

俺も性別の分類が迷子だけど

この子もまた分類迷子だったんだな…。

 

 

 

苦労したんだね…。

 

 

 

ハグしてあげよう。

 

 

 

【コリュは 妙な仲間意識が 芽生えた!】

(※だがしかし嫌われてしまった)

 

 

 

ではまたご機嫌麗しゅう〜(泣)。

ついつい神経質になってしまうあなたへ―「気にしない」考え方―

今回は

「自分がした行為や他人の一挙一動に対して、

 いちいち深く考えすぎない方法」

について話したいと思う。

 

 

かつての僕と言えば、神経質すぎて、

人から言われたことや相手の反応について

やたら気にしてしまったり、深く傷ついてしまったり、

気苦労が絶えなかった。

 

 

もしかしたら、相手にとってポジティブな言動、何気ない言動を

過剰にネガティブに捉えていた可能性がある。

 

 

というか、「可能性」じゃないね。

 

 

確実に「あった」。

 

 

それで急に不機嫌になったり

元気がなくなったり

本当に面倒臭い奴だった。

 

 

「あの言葉はどういう意味だったんだろう」

「ああすれば良かったかな」「こうすれば良かったかな」

「こう思われていないかな」

 

こんな感じで

必要以上に深く考えすぎるタイプだった。

 

 

 

しかし、これって僕だけではなく、

もしかしたら、あなたもこんな感じで

人の反応に対してやたら過剰反応してしまったり、

人の顔色を伺ったりということがあるかもしれないね。

 

 

俗に言う「鬱になりやすいタイプ」だろう。

 

 

例えば、あなたの周りにキレやすい上司や

すぐに嫌味を言うような同僚、

あなたに対して何でも否定的な友人がいたとして

あなたが対等に意見を交わすことを相手が許さないような場合、

ついつい怒られそうな言葉や相手の「地雷ワード」を避けて

無難なことばかりを言ってしまいがち、

もしくは我慢をしてしまいがちだったとする。

 

 

そういった場合、それらの行為は

相手のことを思ってしていることではなく、

自分自身が傷つきたくない、

厄介なことになりたくない、

不利な立場に追いやられたくないからなどの理由で

自分の気持に蓋をしてしまうわけである。

 

 

つまり、

人間関係が悪化して自分が傷つきたくないから、

人の顔色を伺ってしまうのであり、

その結果としてネガティブな感情だけが自分の中に溜まっていき、

モヤモヤを引き起こす原因になるのかと思う。

 

場合によっては相手に対して不信感を抱くこともあるだろう。

 

 

 

 

このような人というのは所謂「他人軸」で、

「他人がどう思うか」で全てのことを判断してしまうのだ。

 

そのため、

「相手が気分を害することはしないようにしよう」

「迷惑をかけないように我慢していよう」

「相手の期待に応えよう」

などと、自分の行動に制限をかけたり

悪い意味で自分にプレッシャーをかけたりすることも多くなる。

 

 

その結果…

 

 

本来、自分自身に対してエネルギーを注ぐべきところを

必要以上に他人のことを気にしすぎてしまうので

人間関係が嫌になったり、生きるのが辛くなったりしてしまうのである。

 

 

自分を差し置いて幸せそうにしている他人を見て、

自分だけが不幸でいいように扱われている気になり、

許せない気持ちになることもあるだろう。

 

 

 

そこで、相手の何気ない言動にイラッと来たり、

場合によっては怒りを爆発させてしまったり…

などということもあるかもしれない。

 

 

 

そのような事態を防ぐために、

あなたにぜひ覚えておいてほしいことがある。

 

それは

 

「相手がどう思っているかは、相手にしかわからない」

 

ということだ。

 

 

相手がどのように反応しようが、

どのように受け取ろうが

全て相手の問題であり、あなたの問題ではないのだ。

 

※詳しくはこちらの記事も参考にしてみてね。↓

 

 

考えて解決できる問題ならば、

思考を深めることで納得できる答えが見つかるかもしれないが、

そうではない場合、

「あの人はきっとこう思っただろうな」と

相手の気持ちを勝手に判断したり

相手が抱いている自分への印象に対して気にしすぎたり

実際に相手が求めてもいないことを

勝手にあなたが「求められている」と思い込んだり…

 

 

これら一連の行為は、考えすぎるだけ無駄だということだ。

 

 

また、仮に相手の行動から悪意を感じてしまったとしても、

思い込みだけで相手のことを悪だと判断したり、

怒りや恨みつらみを増大させたりしてしまうのも、

精神衛生上良くないだけだし、避けたほうが良い。

 

 

あなたももしかしたら、

「お前はこう思っているかもしれないけどさ」とか

「あなたはこうだよね」とか

相手にジャッジされたり、

一方的に決めつけられたりするのは嫌なことだろう。

 

 

逆に、相手があなたに対して勝手に「思い込み」、

「決めつけ」をしてきたとしても、

よっぽど建設的な意見ではない限りは

「子犬が吠えているな」くらいに思っていれば良いのだ。

 

 

人を決めつけることは誰にもできない。

あなたが思っていることが自分にしかわからないのと同じように

相手が思っていることも相手にしかわからないからだ。

「推測」なら出来るけどね。

 

 

そういった「決めつけ」や「思い込み」の行為から

あなた自身を守るためにも、

「あなた自身が人をジャッジしない」

という癖をつけるのも大切なことなのだ。

 

 

 

このように、相手の一挙一動が気になったとしても、

あなたのした行為を相手がどう受け止めているか気になったとしても、

 

「自分で勝手に相手のことを決めつけようとしない。」

 

…それが、あなたにとって最も楽な生き方となるだろう。

 

 

人を決めつけるということは

「こうあるべき」という固定観念が身についてしまっている状態である。

その狭まってしまった考え方からあなた自身を開放するには

宇宙のように広く高い視点を持つことも大切だ。

 

 

↑こちらの記事にもあるような

「あなた自身の感情と向き合い、

物事を広く、高い視点で観察する」ということは、

最初は難しいと感じるかもしれない。

 

 

しかし、慣れてくるとちょっと大変なこと、

嫌なことで怒りが湧きそうになっても

 

「今はちょっと視点が俗世レベルだな。

 目ん玉ロケット発射して土星まで行くか。」

 

などとユーモアも含めつつ楽しめるようにもなってくるだろう。

※「目ん玉ロケット」については上↑の記事参照。

 

 

また、もう一つの方法として

こちら↓の記事で紹介している

「嫌な言葉を消す」方法も参考にしてみてほしい。

 

 

 

なお、こちらの「言葉を消す」やり方に関しては、

「相手があなたを攻撃した」という事実そのものを

もみ消そうというものではない。

 

各種ハラスメントやいじめ、暴力など明らかに法に触れるものは、

所定の機関へ訴えたり通報できたりするからだ。

 

しかし、そうではなく、

通常の会話や議論などによって発せられた言葉というのは、

大抵の場合、不快に思うかどうかは個人の価値観や判断による。

 

 

そのため、

「嫌だ」「腹立つ」「理解できない」と思ったら

「この人はこう思うのか」という認識だけをして、

嫌な感情とともにその言葉を忘れてしまいたいところだ。

 

 

つまり、スルースキルを身に着けろということだね。

 

 

月並みかもしれないけど、

出来るだけ気にしないようにするのが一番なのだ。

 

 

 

 

↑相手の感情を逐一気にせず、NOも言えたら上出来。

 

 

 

最後に、まとめると…

 

 

「自分がした行為や他人の一挙一動に対して、

 いちいち深く考えすぎない方法」とは…

 

 

・いちいち他人の言動をジャッジしない。

 

・「他人の考えていることなんてわからない」と割り切る。

 

・考えて解決できる問題なのか、考えても仕方がないことなのか、しっかり見極める。

 

・宇宙のように広く高い視点を持ち、嫌な出来事を「どうでもよいもの」と考える。

 

・相手の機嫌を自分のせいだと思わない。相手の問題は相手の問題である。

 

・面倒なことはスルーするか、軽く受け流す。

 

 

「忘れよう、気にしないようにしようとしても、

できないから困っている!」

そんな方もいるかもしれない。

 

 

しかし、もしかしたら、

それはあなた自身の中にある「こだわり」が原因なのかもしれない。

 

 

結局の所、正義や悪、などといった概念や

嫉妬や被害妄想などのネガティブな感情が生み出されるのは

僕の中にもあり、あなた自身の中にもある

「こだわり」によるものである。

 

 

その「こだわり」が、時に争いごとを引き起こす原因ともなるのだ。

 

 

自分自身を過剰に庇護することなく、

かといって自責の念にかられることなく、

全ての事象を「一つの現象」として捉えられるようになったら…

 

あなた自身の存在もあなたの過去の行動も

他者の存在も過去の行動も

全て受け入れられるようになってくることだろう。

 

 

考え方や行動の癖を変えるのは

今すぐに出来るようになるものじゃない。

 

自分の思考を徐々に変えていって、

その思考が当たり前に感じられるようになるまで

慣れるしかないんだよね。

 

 

だから…まずは少しでも良い。

こちらの記事で紹介した考え方を実践していただけたらと思う。

 

 

初めはいつも通り神経質に考えすぎてしまうことがあっても、

なにか嫌なことがあって

自分を責めたり、人を責めたりしてしまいそうになったら

「あ!これはやめよう。」

と気づいて、徐々にやめていく。

 

この積み重ねが大切なのである。

 

 

そうやって新しい考えを習慣づけていって

あなた自身が少しでも「成長したな」と思ったその時は…

 

 

他人にはわからないかもしれない。

 

けれど…

 

あなた自身にしか知らない「頑張り」を

あなた自身が思い切り労ってあげましょう。

ストレスフリーの人間関係は…「相手に諦めさせろ!」

今回は「楽な人間関係を構築する方法」について話したい。

 

 

以前投稿した記事で

あるがままに生きる」という書籍についての感想を書いた。

 

 

↓その時の記事はこちら

 

 

 

この追記的な内容として、

著者の足立氏が、

楽な人間関係を構築するには、「相手に諦めてもらうこと」が大切

ということを説いていた。

 

 

 

つまりそれはどういうことかと言うと、

「本来の自然体のあなたのままで、相手に許してもらう」

ということである。

 

 

 

日本社会はガチガチのルールや固定観念で固められている。

 

 

「こうするべき」「こうあるべき」といった理想像を押し付けられ、

挙句の果てには暗黙のルールまで存在する。

 

 

子供の頃から「学校」や「教育」というもので

本来の自分ではない自分像になるように矯正されてしまい、

その自分像に合わせるために無理を強いることになってしまう。

 

 

それで登校拒否になったり、

ストレスによるいじめなどの問題も起こるようになったり、

鬱になったり、

最悪の場合…命を絶ったりしてしまうこともある。

 

 

それは大人になっても同じようなもので、

会社でも「パワハラ」などの暴力が自らの身に降りかかる場合もあれば、

人間関係などの様々な問題が起こって働きにくさを感じることもあるだろう。

 

 

 

相手の顔色を伺って自分の意見を押し殺してしまう、

あなた自身の意志や希望ではなく、相手にとって楽な方法を選択してしまうなど、

他人を軸とした判断が癖になってくると、

「空気を読む」「人に気を使う」など、無理をすることが多くなる。

 

 

あなた自身が好きなように行動することができなくなり、

不満を抱えてしまう原因にもなる。

 

 

本来ならば、「無理をしない程度に人に合わせられる」ことが

最も無難で円滑な人間関係であるが…

 

 

中にはものすごくわがままな人や、

自分の意見を絶対に曲げない頑固な人、

あなたの意見を聞きいれようとしてくれない人、

そんな人だってたくさんいるだろう。

 

 

また、あなた自身がちょっとでも好きにやろうとすると、

あなた自身が楽になるように動こうとすると、

嫉妬心からなのかか、はたまた自分にとって都合が悪くなるからか、

いろいろ理由をつけて文句を言ってくる人もいると思う。

 

 

そういった人と出会った時に

あなたは不満やストレスを感じることになるだろう。

 

 

 

それでは、どうすればあなた自身が

ストレスを感じないようになるかというと、

 

 

「相手に諦めてもらえるように行動していく」ことだ。

 

 

「私はこれがありのままの私で、私の魅力なんです。

だから許してね〜。」

 

と言わんばかりに開き直って自由に振る舞ってしまうのだ。

 

 

相手も最初は戸惑ったり怒ったりするかもしれないが、

それでも気にせずに自分のやりたいように行動していく。

 

 

それを繰り返していくうちに

やがては「〇〇さん(あなた)はこういう人なんだ」と思ってもらえて、

相手に受け入れてもらえる、諦めてくれるようになることだろう。

 

 

そのかわり、自分のワガママばかり言って

相手のワガママを全く聞いてあげないのはいけない。

 

 

自分にとって都合の悪いことや

相手の困った部分があっても

 

「この人は、こういう人なんだ」

 

と思って、ありのままの相手を受け入れてあげること。

 

 

 

人間関係はバランスだ。

 

 

 

あまりにも一方の要望が強すぎると、

一方に無理を強いることになり、

関係性が壊れてしまう原因になりかねない。

 

 

あなたが我慢し続けていると

人間関係の天秤はいずれ壊れてしまうだろう。

 

 

そうならないように、

お互いに「諦めること」「譲歩すること」で

円滑な関係を築くことが出来るのだ。

 

 

ただ、やっぱり自分にとって「合う人」「合わない人」はいるだろう。

 

 

「諦めること」「諦めてもらうこと」が出来そうにない、難しいと判断したら、

その相手や職場、グループとは離れることも考えよう。

 

 

 

…とは言っても人に気を使ってしまう人にとっては

なかなかうまく行動できないものだろうし

ちょっとでも相手が不満を露わにすれば、

自己否定をしたり申し訳なく思ったりしまうこともあるだろう。

 

 

もうこの際言おう。

 

 

 

全然気にしないで良いよ。

 

 

 

僕がかつてのアルバイト先でシフトの希望を提出した時のことだ。

 

 

「この日人がいなくなりそうなんで出てほしいんですけど、できますか?」とお願いされて、

「良いですよ。」と自分の予定を調整した。

 

 

 

しかし、実際にその「相手の希望日」に出勤した時だ。

 

 

 

「コリュさん、今日出勤でしたっけ?」

 

と言われてしまったのだ。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ?????

 

お前が頼んだんだろ!!!!

 

そのために他の予定も調整したんだよ!!!!

 

自分の言ったことには責任持てよ!!!!」

 

 

とイラついたものだ。

 

 

 

今では、この人はちょっと抜けている部分があったんだなとわかったし、

面倒なら断ればよいのに、お願いを受けてしまった自分が悪いって解釈してるけどね。

 

 

このように、

 

「あなたが相手のためにやってあげたことが、

相手が全くそれを感謝していないどころか

完全に忘れてしまっている。」

 

きっとあなたにも、そんな経験があるんじゃないかと思う。

 

 

 

僕がこの経験を通して得られたことは

 

「自分が思っているほど相手は自分のことを把握していないし、気にしていない。」

 

ということだ。

 

 

 

もしかしたら

 

「興味すらないのかもしれない。」

 

…ということにも気づくきっかけにもなった。

 

 

 

その一方で、僕自身が1週間くらいの長期休みをとった時、

相手にちょっと困ったような反応をされたことがあった。

 

 

しかし、後々になって

「この時期こんなに休んでましたっけ?」

と言われたのである。

 

 

 

その時に

 

「別に遠慮なんかする必要ないんだな」

 

って思ったよ。

 

 

 

休みたい時は休めばよいし

やめたい時はやめれば良い。

 

 

もしかしたら、あなたの性格や相手との関係性により

意見や要望が言いにくいこともあるかもしれない。

 

 

しかし、実際相手にあなたの希望や要望を言ったところで、

その時は文句を言われるかもしれないが、

大抵の場合は、意外と大丈夫だろう。

 

 

あなたが自分を優先して行動したところで、

相手から面倒臭い、厄介な人と思われたり、

愚痴や不満を漏らされたりするくらいで、

少なくとも命の危機を感じる事態にはならないはずだ。

 

 

こういうことを続けていくうちに、

いずれ相手が「あるがままのあなたのキャラ」に慣れてくるはず。

 

 

そうなったらもうこっちのものである。

 

 

相手に「〇〇さん(あなた)はこういう人だ」と諦めてもらえたら、

あなた自身がやりやすくなるはずだ。

 

 

あなたが好きなように行動することで、もし恨みに思われたとしても、

それはその人自身の問題なんだから、あなたが気を使う義務なんてまったくない。

 

 

相手の問題は相手の問題であり、

あなたの問題はあなたの問題だ。

 

 

一緒にせずに切り分けて考えよう。

 

 

 

 

さて、今回は

 

一方的なルールや価値観の押しつけなどでガチガチになりがちな社会で

あなた自身が少しでも楽になるようにするには…

 

 

あなたがありのままの自分で生きること、好きなように行動することを、

「相手に諦めてもらうこと」が大切。

 

その上で「あなた自身も相手を受け入れて諦めること」で

円滑な人間関係を築くことができる。

 

 

…ということについて話した。

 

 

お互いの「要望と許容」のバランスが良ければ

人間関係の天秤も保たれる!

 

 

 

夢や目標は諦めない!!

 

 

…とよく言われるだろう。

 

 

でも…

 

 

人間関係は諦めが肝心!!

 

 

自分自身のこだわりが強い人も

ちょっとだけ他の人のことを諦めて、許してあげよう。

 

 

 

そうすれば本来の自分自身も許し、愛することができるはず。

 

 

 

以前のあなたよりちょっとでも諦められるように

相手に「ありのままのあなた」を受け入れてもらえるように

少しずつあなた自身を開放していきましょう。

他人のあら捜しを今すぐやめるべき理由

「人は他人を理解することは不可能」

 

そんなことはわかっている。

 

 

しかし、ちょっとでもわかり合いたい、

心が通じ合いたいと思うのが人間というものだろう。

 

 

それが出来ないと、相手のあら捜しをし始める…

そんな人が本当に多い。

 

 

僕自身も以前は壁を作っていたこともあり、

あまり人付き合いが得意な方ではなかった。

 

集団の中にいても、浮いてしまうことが多かった。

 

今だって必要以上に深い人間関係を構築しないタイプではあるが、

周囲の雰囲気に対しては非常に敏感に察知してしまい、

あれこれ考えてしまうことがある。

 

 

例えば…

 

 

皆が誰か特定の人の悪口を言っている光景を目にするたびに、

 

 

「なぜあの人は浮いているのか?」

「皆が言うほど悪い人ではないんじゃないか?」

「というか、色んな人がいる所で人の悪口言うなんてすごく迷惑。」

 

などと思ってしまうのだ。

 

 

その際に、「いいや、俺には関係ないし」って思おうとしても

嫌でもその「浮いている人」と「自分」が重なって見えてしまうのだ。

 

 

パワハラなど人に意地悪をする人間なら嫌われて当然と思うが、

悪気なく自己中な考え方の人や仕事ができない人、

不器用でうまく人間関係を築けない人も世の中には沢山いるわけであって

そういう人達がどんなことを考えているのか

僕は非常に興味があるのだ。

 

 

心の中ではありがとうと思っていても

うまく気持ちに表せないだけかもしれないし、

平静を取り繕ってひょうひょうとしているけれど、

実は人との距離を感じて寂しさや虚無感を感じているのかもしれないし。

 

 

だから、出来るだけ人を嫌いにならないようにしたいとは思う。

 

 

しかし、人は「わからない」ことに関しては恐怖や不安を覚えるもの。

 

 

自分自身が「相容れない、理解できないタイプの人」と出会うと

どうしても警戒してしまうんだろうね。

 

 

だから、口数少なく誤解されやすいタイプの人や

一般常識からズレているちょっと変わった人というのは、

相手から勝手に決めつけられて損をすることが多くなる。

 

 

その人を受け入れる余裕のない相手からすると

一つ一つの行動が悪気のあるものにしか見えなくなるからね。

 

 

まぁそれは受け取る相手の問題だからどうすることもできない…

そうやって割り切るしかないんだろうけど。

 

 

 

しかし、今の日本社会では

 

「仕事ができるかできないか」

「協調性があるかないか」

「気遣いができるかできないか」

 

…などといった偏った価値観で人を判断しがちだ。

 

 

これらの項目に当てはまらないと、

またたく間に「浮いた人」になってしまい、

皆がその人に対する愚痴や悪口、陰口、噂話大会をするわけである。

 

職場で他の人がいるのもお構いなしに不満を垂れ流す人達もいれば、

本人がいる空間でコソコソと話す人達もいる。

(↑この光景を見るたびに、「いやそれ絶対聞こえてるから」って思うが…。)

 

 

その場にいるすべての人があなたと同じ考え方とは限らないと思うが、

その可能性を想像することすらできないのだ。

 

 

それで、実際に嫌いな人とコミュニケーションをとるとなると、

多くの人が表面上穏やかに取り繕っているが

最悪の場合、いじめなどに発展する可能性だってあるわけだ。

 

 

そうして今の日本は勤務時間だけがやたら長く

給料も少なくて人間関係や職場環境も最悪の

働きづらい職場が多く存在するわけである。

 

 

こういった環境を生み出さないためにも、

 

まずはあなた自身が、

 

「皆が自分と同じ意見だと錯覚をすること」

 

という考え方にならないように注意する必要がある。

 

 

例えば…

 

「私だって我慢してるんだから、あなたも我慢するのが当然でしょ?」

 

という考え方に一度陥ってしまうと、

否定的な見方でしか相手のことを見られなくなる。

 

 

我慢している自分を肯定するために、

「あの人は〇〇してくれない。」

などと相手に対して勝手に期待して、

相手のあら探しをするわけだ。

 

 

それで共感してくれる相手を探して、

悪口大会に発展してしまうわけである。

 

 

しかし、それって非常に視野が狭い考え方だなって僕は思う。

 

 

 

視野が狭いということは、

隙間から覗くようなものだ。

 

 

 

 

つまり、見えている部分が限られてくる。

 

 

そうなると、良くも悪くも相手のことをピンポイントでしか見れなくなるのだ。

 

 

相手のことを好きすぎれば盲目になって

相手の人物像を自分の都合が良いように妄想したり期待したりようになるし

(↑いわゆる「脳内お花畑」ってやつだね。)

 

逆に、嫌いすぎれば否定ばかりするようになる。

(↑いわゆる「アンチ」ってやつだね。)

 

 

どちらも、相手の一部分しか見えていないからだ。

 

 

徐々にでも良いから、視野は広くしていこう。

 

 

視野を広くすれば、見えている部分が多くなっていく。

 

相手のことだって「景色の一つ」と思えるようになるし、

相手のちょっとした欠点も気にならなくなる。

 

 

 

 

 

あなたが見ている世界(景色)の魅力的な一部として、

ありのままの相手を愛せるようになる。

 

 

そもそも人は完璧ではない。

 

 

あなたがよく思っていない相手について、

もしかしたらその仕事はその人にとって向かないのかもしれないが、

その他の分野できっと輝ける場があるはずだ。

 

眼の前の相手を「こういう人だ」とただただ受け入れる…

それで良いじゃないか。

 

 

人によって能力に差があるのだから、

出来ないこと、苦手なことがあるのは当然だし

僕やあなただって

自分自身が出来ないことを他の人にカバーしてもらっているわけだから

皆お互い様なのだ。

 

 

さらに、もしあなたが今自分自身が置かれている状況を

「我慢している」と思うのなら

ちょっとでも「我慢しない」ような方向へもっていくように

あなた自身が努力するのも一つの手である。

 

 

例えば…

 

①人生の学びや人間の研究だと割り切って今の環境に居続ける。

②快適な環境に身をおくために、思い切って抜け出してしまう。

 

などあると思う。

 

 

仕事だと転職が後者に当たると思うが、

「今の環境がどうしても耐えられない」と感じたら

自分から早々に立ち去るのがいち大人としてのマナーだと僕は思う。

 

 

被害妄想を抱えながら不平不満を言いながら仕事をするのは

自らマイナスの波動を放って他の人や環境を汚染させてしまい、

あなた自身もその放った言葉で汚染されてしまう。

 

 

不平不満、悪口や陰口、愚痴などエネルギーを下げる言葉を放っても

その状況が良くなるわけじゃない。

 

むしろ悪くなるばかりだ。

 

 

 

だから、悪口は今すぐにやめよう。

 

それが出来なければ、仕事自体をやめよう。

 

 

僕だって以前はギブアンドテイクの考え方になりがちだった。

 

 

ギブアンドテイク…

この考え方はビジネスなど、人と何かを交渉する上では必要かもしれないけれど、

あなた自身を本当の意味で開放するには、

あまり良くない考え方だと僕は思っている。

 

 

ギブアンドテイクの考え方による悪い影響について

詳しくはこちらの記事↓を参考にしていただきたい。

 

 

ギブアンドテイクではなく、

「ギブ&ギブ」の精神になることが大切だ。

 

 

それはつまり…無償の愛。

 

眼の前の相手に愛を与えることだ。

 

 

 

 

さて、あなたは今、どこか人と「ズレている」部分があって

生きづらさを感じてはいないだろうか?

 

 

 

僕は、自分自身が仲間だと認識している人に関しては、

出来るだけその人のことを受け入れて理解したいし

僕自身もその人を通していろんなことを学びたいと思っている。

 

 

 

あなた自身だってきっと良い部分がたくさんあると思う。

 

 

無理に資格や技術なんて得ようとしなくても、

まずはあなた自身のことを十分に愛してほしい。

 

 

それが出来たらきっと、

相手のちょっとしたミスや欠点も気にならなくなるはずだ。

 

 

 

あなたにしろ相手にしろ

 

「そのままで十分に価値がある存在」

 

そう思えるようになるだろうし、

自然と、何もかもを許せるようになるはずだ。

 

 

そしたら、眼の前の人を愛せる余裕が生まれるはずだし、

素晴らしい世界(景色)が目の前に広がっていくはずだ。

 

 

 

そんな世界(景色)を毎日眺めることが出来たら、

生きるのがちょっとだけ楽になるだろう。