漬物を発酵させるように毎日文章を書き続ける

最近はデジタルネイティブと言うか、
小学生の子供が当たり前にYouTubeを見たりネット上で発言をしたりしているんだね。

 

僕は高校生になってから叔父さんからパソコンをゆずってもらって
その時にようやくパソコンを使うようになった人間だし
最初の頃なんてキーなんてまともに打てなかったと思う。

 

それまではWindowsのノートパソコンを使っていて、
年数が経つに連れえらい重くなっていき頑張って使うことに耐えかねて
芸大3年次の時にようやく新しいMacbook Proを購入したのだが…

 

 

その2年後くらいに写真のような状態になり壊れてしまった。

担任の教授いわく「今まで見たことがない不具合」だそうだ。

常に不具合の最先端行ってるんだな、俺(笑)

そんな最先端いらんわ!!!!

 

 

 

ちなみに今使用しているMacbook Proは2代目。

 

初代は15インチだったけれどサイズを落として13インチにしたが、
問題なく使えているし、5年近く経った今でも現役。
さすがにもうそろそろ買い替えたいなとは思っているが、
DIR EN GREYの武道館に参戦した際に購入したステッカーを貼ってあるくらい
自分にとって生きる糧にもなっている。

(初代と比べて本土に連れ回す頻度も増えたしよく壊れないなとは思うが)

 

話を戻すが、それまではネット上で発言するなんて恥ずかしいし
変な人とトラブルになったら嫌だと思っていたから
ブログやTwitterなんてやらないだろうと思っていた。

 

そもそも他人のブログなんか見て楽しいのかどうかも理解できなかったし。

 

でも今現状やっているしな。
最初の一歩を踏み出してみると後は楽というか、やってみるとなんとも思わないものだ。

ブログやTwitterだって自分と考えの近い人のものであればむしろ楽しみだし
文章を通して他の人の意見や考えを知るのは好きだ。

 

ブログやInstagramはともかく、Twitterに関してはほとんどやる気ないけど(笑)

 

mixi時代も含めると、僕がネット上で発言するようになってから10年くらい経つらしい。
最初の頃はそりゃーもう内容ペラッペラだったはず。

 

こんなにペラッペラなら外国語も4カ国語くらいペラッペラだったら良いんじゃないか
と思うくらいペラッペラだった。

 

しかし、残念ながら外国語は未だにほとんど話せない。

 

それでもeラーニングを聞いたり書籍を読んだり色々試したことで
色んな人の考えに触れることが出来たし、
その影響からか文章に少しでも厚みが出てきたとは思う。

 

外国語は依然として話せないが、心なしか日本語はちょっと上手くなってきた気がする(笑)

日本語でさえ不自由だったからちょっとはマシになったってことだね。

 

ちなみに以前発酵食品に関して考えたことを書いたことがある。

 

 

「偽物」ではない「本物」の発酵食品を摂ることで、自分の身体が活性化する。

 

発信することも粕漬けのような漬物と同じで、
自分の考えを毎日のように綴っていくことで熟成されて、
文章や表現に自分なりの味が出てくるのだろう。

 

自分の考えや好みもわかってくるから、自分のコアとなる部分が見えてきて、
自分にしか出せない味が凝縮された世界観が出来上がってくるのだと思う。

 

こういった一連の作業を通して自分の理想的な生き方へと繋がっていく。

 

ちなみに僕がなぜ毎日のように発信するのかについては、こちらの記事もぜひ参考にしてほしい。

 

食も発信も結局の所、自分が心地よく生きるためにするもの。

 

それならばもっと自分を人生を深く味わえるように
人によってはペラッペラだと思えるような内容でも、
受け取った人の笑顔がキラッキラになるように
一つ一つの言葉を大切に綴っていけたらと思う。

上から目線ではない。「俺様から目線」だ。

僕は言い切り型の文章だ。

 

それはこのブログが独り言だからというのもある。

 

敬語だとなんだか緊張してしまって
なかなか思うように物が言えなくなるからだ。

 

言い切り型だともしかしたら
「上から目線で偉そう」みたいな印象を与えてしまい、
もしかしたら不快に感じる人もいるのかもしれない。

 

しかし、主張するということは、自分の考えを述べることだ。

 

相手に何かしら考える余地が生まれないと

自分の言葉なんてただのゴミになりうる。

 

もちろん、宝なのかゴミなのかは言葉を受け取った相手が決めることだ。

 

その際に回りくどい言い方じゃ自分の真意が相手に伝わりにくいし、
心にひっかからないだろう。

 

覚えてくれることもないかもしれない。

 

それでは主張する意味がない。

 

それに日本人特有の「〜は遠慮します」「〜したほうが良いですね」みたいな表現より
「○◯だ」「好き」「嫌い」「良い」「悪い」の方が
自分はこういう人間なんだと、自分にとっても他人にとっても明確になる。

 

日常生活で人に気を使ってばかりの人も多いのだから、
特定の個人に対する誹謗中傷を言わないなど最低限のマナーさえ抑えておけば
ネットくらい好き放題にものを言っても良いと思う。

 

個人に対してものを言っているわけじゃないから
言い方に気をつける必要もないしな。

 

文章を見て傷つくのも考えるのも同意するのも相手の自由なのだから。

 

一般的に、世の中にクソリプがたくさん生まれる要因として
皆他人の主張に過剰に反応し過ぎなんだよな。

 

自分があまり好まない意見であれば大概はスルーすれば良いことであって
攻撃するのはちょっと違うなと感じているし、
僕自身全く関係ない他者を攻撃することはまず無い。
自分自身が直接何かを言われたわけではないのだから。

 

そもそも、自分の考えを主張することに
上も下も右も左も全く関係ない。

 

自分が思う「正しさ」というのは
そこに存在する事実を自分の言葉で表現しているのであり、
そこに優劣なんて存在しないからだ。

 

「自分はこう思う」と言っているだけなのである。

 

それを相手がどう思うかだろう。

 

つまりのところ、

 

「上から目線」じゃない。

 

「俺から目線」なんだ。

 

 

僕は今後とも「俺様から目線」で
完璧ではない、ありのままの自分を曝け出していきたい。

僕が睡眠時間を削っててもブログを書く理由

最近仕事終わってからブログを書くようにしているので
就寝時間がどうしても遅くなってしまいがちだ。

 

不健康だからもうちょっと摂生した生活を送りたいとは思っているんだけどね。

 

しかし、どうして僕がそこまでして
ブログを書くことにこだわるのかと言うと…

 

「ブログ=発信すること=息をすること」

 

だと思っているから。

発信していなければ、ネットの世界では「死」と同じだからね。

生きてるんだったら何かしら生きている証を残さなきゃ。

 

でも、ただ息をするだけじゃダメなんだ。

 

「あるべき自分」として息をすること、
「あるがままの自分」として重要なんだ。

 

「あるべき自分」は自分が世界に見せたいと思っている自分のこと、
「あるがままの自分」とは自分がストレスを感じない自然体の自分のことだ。

 

つまり、自分が日々思ったことをそのままブログに綴っていくことで、
「あるべき自分」と「あるがままの自分」を両方を表現することができる。

 

つまり、自分が自分らしく生きることを体現することができるんだよね。

 

世の中はストレス社会だしね。
自分が自分でいられる場所というのは、全ての人にとって必要かと思う。

 

ブログに書いた内容は実態を伴わないといけないから
自分自身の習慣やライフスタイルにも変化が見られるようにもなる。
さらに自分の好きなことや考えを表に出すことで、
自分ってこういう人間だとわかるようになるから
ブレない「自分」を作ることもできる。

 

そんな「自分」を形成するためには、
毎日時間を確保して、自分の気持と向き合うことが必要だと思うんだ。

 

今特に発信媒体を持っていない人は、
ぜひブログなりTwitterなり初めて見ると良いかも。

 

もちろん毎日更新する必要はないし、
「書きたい!」「吐き出したい!」
「自分が大好きな素晴らしいものを他の人に教えたい!」
そんな衝動が湧き上がってきた時で十分。

 

自分が生きていることを世界中に知らしめてやりましょう。

 

ということで、今日は予定通りの時間に寝たいので手身近に終わらせようと思う。

 

 

おやす眠◯打破で今日も眠れない。(意味無い)

極度の人見知りだった僕が自分の意見を言えるようになった方法

ここのところ毎日のようにブログを更新するようになった。

 

ブログ自体は形を変えながらも数年前から続けている。

 

結構暴論だなと思うようなことも平気で書いている。

 

 

これは以前自分がノートに書いていたことの延長線というか、
ほぼ独り言のようなものだからね。

 

 

僕だって以前は自分の意見をまともに言えない人間だった。

 

 

もともと人見知りが激しく対人恐怖症のような感じだったので、
人前や慣れないグループ内で喋るのが苦痛というのもあるし、
何か振られたとしても、まず言葉が出てこない。

 

さらに、何を言おうか考えている時に

「こう思うけど、これを言ったら怒られるだろう」とか
「こう言いたいけど、相手が傷つくんじゃないか」とか

余計なことを考えてしまうのだ。

 

それでさらに言葉が詰まってしまう。

 

結果として、「意見が言えない奴」みたいな烙印を押されてしまうのだ。

 

僕はどうも伝え方が不器用だからオブラートに包むことが出来なくて
悪気はなくとも相手をイラッとさせてしまうことがある。

 

相手が何で不快に思ったのかわからないから、
相手の顔色ばかり伺うようになる。

 

しかしそれではいつになっても臆病者のままだ。

 

もっと本音で話さないと、本当の関係は築けない。

 

中途半端な馴れ合いは一番嫌いだ。

 

しかし、本当は頭で色々考えているのに、何故か出てこない。

 

伝える口があるのに伝えられないということほど
不幸なことはない。

 

 

ということで訓練をし始めた。

 

 

一人暮らしでペットもいないルームシェアでもない
ましてや恋人もいない僕が出来ることと言えば、
ブログで自分の気持ちを整理することだと思った。

 

 

こうやってブログを書くことで
自分が今何を考えているかを可視化出来る。

 

 

最初は上手く行かなくてもとにかく習慣にしてしまうこと。
何かしら書き続けていることで、自然と文字を打てるようになってくる。

 

 

上手く言葉で綴ろうとしなくても、とにかく書くことが大切だと心がける。
そうすることで、完璧主義も捨てられる。
それで僕はあえて「誰でも読みやすいブログ」は作らないと決めているのだ。

 

あとは読書も効果的だなと思った。
有名な人のメルマガを読むのも良いかも。

 

様々な考えに触れていることで
表現の仕方も身についてくるし、
感想文やレビューを書いたりアウトプットをしたりすることで
自分の考えも自然と身についてくるし、
迷いながらも取捨選択していって
最終的に一貫した考えを持てるようになってくると思う。

 

そんなこんなで、今は昔に比べてだいぶ自分の意見が言えるようになったと思う。

 

何か不満や改善点があるのに黙っていて、
勝手に被害妄想になっても、自分も含め誰も得しないし、
世界が良くならないしね。

 

 

ただし、言い方を間違えたり感情的になったりしてしまうと
クレームやクソリプみたいにはなると思うから、

 

「○○して頂いてありがとうございます。
○○は素晴らしいと思うけど、○○は改善の必要があります(理由は○○だからです)。」

 

これは一種のテンプレだけど、

①感謝②良いところ③改善点(場合によっては④理由も)

これらをしっかり伝えれば相手に必ず伝わるはず。

 

皆、自分を大切にしてほしいと思っているはずだから、
その気持さえ伝われば仮に意見の相違があっても
不愉快な気持ちにはならないだろうし。

 

まぁ僕自身もかなり職人気質だからかなり頑固だし、
かと言って素直な面もある。
そんな時に人の意見を聞けるのは、
「好きな人が自分のために言ってくれている」のかどうかが
判断基準となるからね。

 

自分がしてほしいことを相手にもするというのは鉄則だと思ったのだ。

 

…ちなみに僕の考えだが、接客業の人に接客を教育するよりも、
接客業の人に対して悪態付く人にも教育した方が良いとも思っている(笑)。
そうすれば理不尽なことでストレスを抱える人も減るだろうにね。

 

 

話は逸れたけど…

 

 

今自分の意見がないとか、
自分の頭で考えることが苦手とか、
そのようなことで悩んでいる方がいれば、
ぜひ、毎日のように何かしら発信してみて欲しい。

 

ブログでも良いしツイッターでも良いし。
人目にさらされるのが嫌なのであれば、鍵をかけられるし。

 

発信媒体を持つことを勧めるのは、
何と言ってもあなた自身のためだ。

 

フォロワーや読者のことなど一切考えず、
自分が呟きたいように呟けばよいし、
自分が興味のあることだけ発信すれば良いと思うよ。

 

知識に関しても完ぺきじゃなくて良い。

 

今ある知識で言えることだけを発信していけば良い。

 

知識や経験はあとからいくらでもついてくる。

 

人間は成長する生き物だから、その過程を楽しんでくれる人だっているしね。

 

 

興味がある人の興味があるものなら、
自然と興味を抱く人もたくさんいるだろうしね。

 

むしろ学べることのほうが多いはずだ。

 

 

それに、好みが合うかどうかは実際あまり重要じゃないんじゃないかな…
って最近になって思うんだ。

 

 

自分にとって異なる属性の人でも、
価値観とか、雰囲気とか、馬が合うかとか…
そういう直感的なもので惹きつけられるというのもあると思う。

 

例え離れていく人がいたとしても、
本当にあなたが好きな人のことだけ考えていれば大丈夫!

 

ぜひとも「強烈な自分」という存在を、
全世界にアピールしてみてください。

自分にしかできないことって 何だろう?

最近、転売をしたいという友人にPhotoshopの簡単な使い方を教えた。

 

「この画像をこのようにしたい」

 

という要望に合わせて、こういう機能があるというのを提案してみせたら、

それだけで喜んでくれた。

 

 

芸大時代はPhotoshopやIllustratorなどのAdobeソフトを使える人の方が多く、

むしろ自分はあまり使いこなせていないのではとさえ思っていたのだが、

自分が当たり前にやっていることは、

他の人にとっては当たり前じゃないことに気づいた。

 

 

他にも、僕は民泊ホストとしてはまだまだだけど、

全く初めてない人、やってない人から見たら、

少しだけ進んでいるはずだから、

勇気づけくらいならできる。

 

 

それから、ちょっとしたテクニックは知っているから、

経験者の方に対してもアドバイスできることがあるかもしれない。

 

 

今一度、自分がやろうことしていること、

自分ができることについてまとめてみよう。

 

 

まだまだネットオークションやクラウドサービスを利用するのは、

わからない部分も多いし、躊躇しているのだが、

昔に比べたら一歩ずつでも前に進んでいっている。

 

 

誰にでも、自分にしかできないこと

自分だからこそ教えられることがある。

 

このクッキーだって僕からしたら作った人はすごいなって思うし。

 

 

あなたもあなた自身が持っているものを、

出し惜しみをする必要はないのだ。

 

 

完璧である必要もないし、

その分野で権威を持つ存在にならなくたって良い。

 

今の状態でも十分あなたには価値がある。

 

 

その「価値」を

まずは誰かにちょっとおすそ分けしてみてはいかがだろうか。

 

 

誰かに必要とされること、感謝されることの喜びを

感じられるきっかけになると思う。