人生は城づくり〜あなただけの「心の城」を築く方法〜

僕はこれまでに「人生」を様々なものに例えてきた。

 

 

具体的には、星空、パレット、監督、宝探し…などなど。

「劇場」に例えていた時期もあった。

 

 

 

 

 

 

このように、

これまでに「自分の人生」をより良く、自分らしく楽しく生きるために

様々な思考を巡らせてきたわけだが…

 

 

今の僕は、「人生とは城作りだ。」と考えている。

 

 

↑天空の城(ドラゴンクエスト)

 

 

さらに言えば、

 

「人生とは城作りだ。

それは他の人には決して作ることはできず、

自分だからこそ作れる城である。

 

自分だけの心地よい空間があって、

揺るぎない掟(信条、哲学など)があり、

自分の好きな人しか入ることができない、

自分が揺るぎない一国の主となる…

 

失敗したならば建て直し、

傷ついたならば修復し、

攻めらたならば守りを固め、

挑戦をするならば攻めとなる武器を強化すればよい。

 

自分自身の一生をかけて”世界に唯一つしかない城”を築いていく

決して完成することのないサグラダ・ファミリアのような存在。

 

それが私が目指す”人生の城”である。」

 

 

 

思いの外長くなったけど(笑)

これこそが、僕が理想としている「人生=城作り」論である。

 

 

 

まず、この考えに至ったきっかけとして

僕の動物占いが関係している。

 

 

動物占いだと僕は「猿」に該当する。

 

 

以下のサイトを参考にしてもらえればわかるが、

動物占いは大きく分けて「月・地球・太陽」という3つのグループが存在する。

 

 

言い換えると、これらはそれぞれ「人・城・大物」グループとなり、

各グループごとに大きな特徴がある。

 

 

つまり、僕の動物である「猿」は地球グループなので

城グループとなるのだ。

 

 

動物占いのサイトはこちら↓

 

 

また、地球グループ(城思考)の特徴について

詳しい説明が載っているサイトを見つけた。↓

 

こちらの文章を読んで「まさしく俺じゃん!」と思ったものだ(笑)。

 

 

 

その他、月(人思考)について↓

 

太陽(大物思考)について↓

 

 

※ちなみに自分自身としてはマイペースな変人なの自覚していて

他の人から敬遠されがちな個性の強い変人さんすらも好む傾向もあるから

性格的にも「狼」が一番近いと思っていたのだが

5アニマルにさえも存在しないのはすごく不思議なのである。

同じ地球である虎とコアラはあるのに…。

 


より詳しく自分を分析できる「5アニマル」に関する本↑

 

 

ただ、占いというのは「自分の声質としてこういう傾向がある」というものなので

あまり過信しすぎるのも問題だけど、

参考にすることで生き辛さの原因がなんとなくわかるよねーって話。

 

 

話が逸れたが…

 

 

例えきっかけが「動物占い」という万人にとっつきやすい占いだったとしても、

僕はこの「城」という表現が自分の中ですごくしっくり来たのだ。

 

 

 

「自分はどんな人生を送りたいのか?」

 

「何のために、誰のために生きているのか?」

 

「なんだかよくわからない世の中の”常識”や”ルール”に縛られたいと思うか?」

 

「他の人と全く同じ人生を自分も生きたいと思うのか?」

 

「辛かった精神状態や依存的な状況からようやく脱却して

今自分なりに楽しい人生を送ろうとしているのは何故なのか?」

 

 

こういったことを自問自答していくうちに

 

 

「自分にしか築けない城の一国一城の主でありたい。」

と考えるようになったのだ。

 

 

そして、この考え方はあなたにとっても役に立つと思う。

 

 

あなたが動物占いで城思考かどうかは関係ない。

どのグループに入ろうとも、

 

あなたにしか生きられない人生を生きるためには

あなただけにしか築けない城を設計して、

どんな環境でも揺るぎない強固な城を築き上げる必要がある

 

…と僕は考える。

 

 

でないと、芯の部分がぶれてしまい

あなた自身がどうなりたいか、

どう生きたいかが明確にならないからだ。

 

一生、誰かの意見や感情、情報に左右されることになるだろう。

 

 

以上の理由により、全ての人が自分らしく生きるためにも

「人生は城作り」を強く勧めていきたい。

 

 

 

いかにしてあなたが「心地よい」と感じる城を作れるかが

人生において大切なことなのではないだろうか。

 

 

 

実際の城は建造物なので、

災害や戦争などで壊れてしまうこともあるかもしれない。

心無い来訪者にいたずらや落書きなどをされてしまうかもしれない。

 

 

↑復旧工事中の熊本城。完成したらまたお目にかかりたい。

 

 

それはそれで考えさせるものがあるのだが…

 

一方で、「あなたの城」というのは実際に存在するものではなく、

「あなたの心の中にある城」なのだ。

 

 

「核となる部分」と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 

震災が起ころうが革命が起きようがトラブルが起きようが

揺るぎない「あなた自身」を保つことが出来るもの…

それがあなたの城である。

 

 

まずは、信念となる土台さえしっかりとできていれば、

誰にも邪魔されないあなただけの城が出来上がる。

 

 

あとはあなた好みにどうアレンジしても良いのだ。

 

 

時に世の中の人は、あなたに対して様々な攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 

常識や固定観念を押し付けたり、

コントロールしようとしてきたり、

不平不満、怒りなどのマイナスエネルギーをぶつけてきたりもする。

 

 

しかし、ここでいちいち折れてしまったりようでは

まだまだあなたの城が築けていないのかもしれない。

 

 

しかし、外部からの攻撃を受けたことで、

あなた自身も様々なことを学び、

「城(人生)の設計図」そのものを変えることにもなるかもしれない。

 

 

敵を寄せ付けないために

武者返しを作ったり大砲を装備したりもするかもしれない。

 

 

↑下関市にて

 

そんな時は

 

「よし!今ならまだまだ作り直せるな!

前よりも強くてかっこよくて快適な城を作るぞー。」

 

 

などと思って、一度初心に帰って1からスタートしていけば良いだけ。

 

 

そう、「城(人生)の設計図」は

あなたが好きな時に、

好きなように書き換えて良いのだ。

 

 

どんな城にしたいかはあなたの自由である。

 

 

もちろん、素敵な人の生き方をマネをしたり

誰かに憧れたりするのは構わない。

 

 

しかし、その人はそもそもあなたと生まれ育った環境も違うわけだし

彼・彼女なりの努力があったからこそ

今のその人が実現しているわけだ。

 

 

あなたが全く同じようにはなれないのである。

 

 

「他の人と同じ城は作れない。

でも私には私にしか作れない、魅力的な城があるのだ。

 

 

それを理解した上で、

「あなただけの城」を築いていってみてはいかがだろうか。

 

 

↑中城城跡(沖縄)のデカいスケール感も好きだ。

 

 

ちなみに僕の城はどんなものかというと…

 

 

「明確な形がない。」

 

 

城を建てろだの設計図だの何だのこれだけ言っておいてだが(笑)

 

そもそも素材すらも決まっていない状態である。

 

 

当初は西洋よりかは日本の城が好きだから

木造が良いかなと思っていたけど

伝統的なものは飽きてしまう可能性もある。

 

それならばハイテクなものを組み合わせれば

現代風な城にはなるかもしれないが。

 

もしくは変形が自由自在なスライムでも良いだろうし

城としては前代未聞で面白いよな。

夜になると光るかもしれないし(笑)

 

最近は自然が好きだから

岩や木など自然のものだけでできた城も十分あり得るし

自然発生的に出来た城でも良いかもしれない。

与那国の遺跡みたいに海底に存在するのもアリかもね。

 

 

いや…もしかしたら…

「僕の城」は今後も永久に形が存在しない可能性だってあるわけである。

 

 

形としては永久に存在しないだろうけれど、

自分の中で確かに存在している城。

 

 

それこそが、

僕が現時点で目指しているというか、

自分の中で認識している「”理想の城”像」なのかもしれない。

 

 

 

こんな感じで

夏のビーチで砂の城を作る子供のように夢中になって

自由な発想で「お城作り」をしていくことで

人生をちょっと楽しくすることが出来る。

 

 

 

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具体的な設計図を絵に描いてみても良いしね。

 

 

ぜひあなただけのオリジナリティ溢れるお城をイメージしてみてね。

人の悪口を言うくらいなら、悪口を言われる人物になれ!

妖怪「性別知らず」天海夜 煌琉でございます。

 

今回は、「人から悪口を言われる人物になれ!」

 

というテーマについて語っていこうと思う。

 

 

 

まず、「悪口」というくくりで人を見た時に、

世の中にはそれぞれ以下のタイプの人間がいると思う。

 

 

・「悪口を言う人」と「悪口を言わない人」

・「悪口を言われる人」と「悪口を言われない人」

 

 

要するに、「自分が他人に対する悪口を言うかどうか」

もしくは

「他人から自分に対する悪口を言われるかどうか」

という観点で、その人の人間性が予想できる。

 

 

実際、この組み合わせを変えると4パターンの人間が存在する。

今からそれを一つずつ、僕なりの雑な解釈を交えながら

テキトーに見ていこうと思う。

 

 

①「自分は人の悪口を言わないが、人から悪口を言われる人」

 

 

→いるよねこういう芸人さん(笑)。

本人はいたってポジティブで自分の人生を楽しんでいるのだが、なぜか人からは叩かれまくる。

自分らしく、好きなように生きている人、キャラが濃い人が多い印象。

そのためか、その叩かれる大半の理由が本人ではなく

「嫉妬」なのでは?と思うこともちらほら。

 

 

 

②「自分も人の悪口を言わないし、人からも悪口を言われない人」

 

 

→こういう人はさぞ素晴らしい人、良い人なんだと思う。

キングオブゴッド(神)だね。

しかしながら人間としては無難すぎて、これといった特徴も魅力もないという印象。

 

 

③「自分は人の悪口を言うが、人からは悪口を言われない人」

 

 

→外面だけは完璧な仮面を作れているので、他人ともうまくやっていける人。

でもネットやSNSで人の悪口や愚痴を書きなぐっている。裏の顔を知っているのは一部の人。

人間として特別魅力もないし、特別興味を持たれないという印象。

仮面ではない本来の良い部分を外に出せていけたら、少しは不満も解消できるのでは?と思う。

 

 

④「自分も人の悪口を言うし、人からも悪口を言われる人」

 

 

→これは日本の一般ピープルほとんどの人が当てはまると思うけど、

言葉だけで見ると性格になんらかの問題がある印象を受ける。

人の悪口を言うのは自分自身に満足していないことの裏返し。

自分自身の魅力に気づいて、他の人の良いところにも目を向けるようにしよう。

 

 

 

 

…こんな感じで、かなり雑だが

それぞれの人間の印象(+ちょっとしたアドバイス)を述べてみた。

 

 

このうち僕が思う、

「人として理想とする姿」はどれか。

 

 

 

 

 

それは………

 

 

 

 

①「自分は人の悪口を言わないが、人から悪口を言われる人」

 

 

 

である。

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

②「自分も人の悪口を言わないし、人からも悪口を言われない人」

 

じゃないの?

 

 

 

 

そう思う人もいるかもしれない。

 

 

 

ゴメンなハニー。

 

 

確かにそうかもしれない。

 

 

「超ポジティブナルシスト芸人」と「神」だったら、

当然「神」のほうが良いはずだ。

 

 

「キモい」「ウザい」と避難されるよりも

「マジ神!」と崇め奉られたほうが良いに決まってるもんね。

 

 

しかし、

 

 

なぜ悪口は言われたほうが良いのか?

 

 

その理由を説明したいと思う。

 

 

あなたが誰かが誰かの悪口を言っている場面に遭遇した時、

あなたがその人達と同意見ならば、

仲間を見つけたようで嬉しい、安心した気分になるかもしれないが、

そうではない場合、大抵の人は嫌な気分になると思う。

 

 

それでも悪口を言うような人というのは、

その人なりの「正義」があるから言っているわけだ。

 

 

要するに、「自分が正義であいつがおかしい、間違っている」

ということを再確認するために悪口を言うのだ。

 

 

 

 

さらに突き詰めて考えよう。

 

 

 

「なぜ人はその人なりの”正義”を貫くために、他人の悪口を言うのか?」

 

 

というと…

 

 

「悪口のターゲットになっている人が、

悪口を言う人の”正義”や”価値観”に反しているからだ」

 

 

と考える。

 

 

 

つまり、大抵の人は

 

「価値観や考えが合う人の悪口は言わない」が、

「価値観や考えが合わない人の悪口を言う」のだ。

 

 

さらに言えば、

 

 

「価値観や考えが合わない=一般的な常識に反している」

 

 

という可能性も考えられる。

 

 

一見、一般常識に反している人、

人から避難されるような言動をする人って

人間性に問題があるように思う。

 

 

しかし、僕も何度かブログで語っているが

 

「世の中には正解などない」のである。

 

 

※「正しさ」だけですべての物事を判断するのが、

いかに虚しいことかをこちら↓で説明している。

 

 

あなたが「正義」と思っていることが

他の人にとっての「正義」とは限らないし、

 

逆にあなたが「間違っている」と思っていることは

他の人も同じように「間違っている」と思っているとも限らないのだ。

 

 

 

つまり、一般常識に反して悪口を言われるような人というのは

その人自体が、一般的な常識や価値観に対して疑問を投げかける存在なのだ。

 

 

その人の存在自体が既成概念を打ち破ってくれてるんだよね。

 

 

 

なので、

その考えに共感できる人が、その人に集まってくるわけだし、

逆に理解できない人達が、その人に対する悪口を言うのである。

 

 

だから、

どうかあなたも

 

「あいつムカつく!!!!」

 

とか

 

「この人のこういう部分はどうかと思う。」

 

とか

 

嫌な感情や疑問が湧き上がってきて、

イライラしたり、モヤモヤしたりしてしまったら…

 

 

一旦その感情はどこかに置いておこう。

 

 

そして、その人に対する悪口を言う前に、

 

 

「この人は自分に何を伝えようとしているのか?」

「この人が大切にしていることはなにか?」

「この人から学べることはなにか?」

 

 

などと考えてみてほしい。

 

 

その人は自分に何かを気づかせようとしているのだ。

 

だから、むしろ感謝しなきゃいけないよね。

 

 

そう。

 

「誰かに気づきを与えられる人」というのは、

「誰かを成長させることが出来る人」なんだ。

 

 

つまり、「悪口を言われる人」というのは…

 

 

「誰かに気づきを与えて、世の中を変える可能性がある人」なんだ。

 

 

そう思ったら、誰かの悪口を言っている暇はないよね。

 

 

世の中にはなんだか「悪口は言ったもん勝ち」みたいな風潮があって、

まぁその発想自体、幼稚でくだらないと僕は思っているけど

 

 

あえてこの言い方をすれば…

 

 

「悪口は言われたもん勝ち。」だと思う。

 

 

 

嫌われたくない、批判されたくない、

悪口を言われたくない…

 

 

あなたがそう思って、自分を抑えつけてしまっては

無難な言動しか生まれない。

 

 

まぁ、人から好かれはするだろうが、

「相手にとって都合の良い人物」と思われている可能性だってあるわけだし、

誰もあなた自体に興味を持たないだろう。

 

 

逆に、たとえ誰かから悪口を言われたとしても

あなたが以下のような考えを持つことで、

多くの人を魅了し、人が集まってくるはずだ。

 

 

「人の悪口を言うことには興味がないから、私は言わない。

悪口を言ったって意味がないし、自分が惨めになるだけ。

 

私の悪口を言いたい奴には、好きなように言わせておけば良いし、

誰がなんと言おうと、私が一番大切にしているものは譲れない。

 

私は私の人生を好きなように生きる!!」

 

 

あなた自身は好き勝手に生きているから

人から反感を買い、悪く言われることもあるかもしれない。

 

 

それは「あなたが自分自身の人生を生きていくための代償」と思えば良い。

あなたが自分自身を出せば出すほど反発をする人は必ずいるのだから、

それはやむを得ないものだし、割り切るしかない。

 

 

 

しかし、あなた自身が悪口という負のエネルギーを周囲に撒き散らさず

自分自身の人生を思い切り楽しんでいれば

自然と良いことは起こるようになるものだ。

 

 

あなたの周りには「あなたが大好きで、あなたに優しい人」ばかりが

集まってくるようになるだろう。

 

 

それなら人の悪口を言っているような人達と

あなたが一緒にいる理由なんて全くないよね。

 

 

愚痴や文句、悪口は人のエネルギーを奪うし、

一緒にいるだけ時間の無駄だ。

 

 

そんな人達と離れたいなら、

あなた自身の考えや生き方をハッキリさせることで、

そんな人達からも嫌われて悪口を言われるので

むしろ丁度よいのではないかな?

 

 

大衆の意見なんかよりも、

もっとあなた自身が大切にしているもの、

あなた自身が大切にしたいと思う人、

そういうものに目を向けていこう。

 

 

 

というわけで今回は

 

「悪口を言うような人間ではなく

悪口を言われるような人間になろう!」

 

というテーマについて語ったが、いかがだったろうか?

 

 

あなたがちょっとでも人の悪口を言いそうになったら

そんな自分を「目ん玉ロケット」で宇宙から眺めてみよう。

 

自分を客観的に眺めることで

「悪口なんてくだらない」と思えるようになるかもね。

 

「目ん玉ロケット」とは何か?

こちら↓で説明しているのでご参考までに。

 

 

誰かからの「批判や悪口」を恐れるのではなく、

それらを一瞬にして全て「気づき」へと変えてしまい

世の中の「固定観念」や「一般常識」など全てを破壊してしまう…

 

 

そんなハイパー人間を目指していきませう。

あなたの「A面」も「B面」も全て受け入れてくれる人を探そう

「あなた」という人間は様々な面から出来ている。

 

 

例えば、この人にはあなたのことを

「A面のあなた」という印象として見えているが

別の人にはあなたについて

また別の「B面のあなた」という印象を持っているとする。

 

 

一つ言えることが、

A面とB面はどちらも他人があなた自身について抱いている印象であり、

それらは決して間違ってはいないのだが、

どちらもあなたが持つキャラクターの一つの側面にすぎないということだ。

 

 

 

 

こんな感じで「A面」や「B面」、以下「C面、D面、E面…α面、β面」など

あなた自身のキャラを構成する様々な「面」、

その「面」をいかにして使い分けながら

自分が付き合いたい人だけとストレスのない関係性を築いていくのか…

 

その方法について話していきたい。

 

 

 

 

 

つい最近、こんな経験があった。

 

 

とある人に

 

「コリュさんってあまり怒らないよね。私もそうなりたい。」

「何言われても文句言わないから偉いね。」

 

と言われたのだった。

 

 

ぶっちゃけると、

 

「あ、こいつ全然俺の事わかってねーな。」

 

と思った。

 

 

まぁ赤の他人だからわかってなくて全然良いわけだし、

別にその人も間違ったことは何一つ言って無いと思う。

 

 

ただ、「その人にはそう見えるんだー。」といった印象だ。

 

 

 

一方で、また別の人から言われた言葉も印象的だった。

 

 

 

その人からは冗談交じりに

 

「お前のそういうとこ、本当にしたたかなんだよな。」

「いつからそんな”ふてぇ奴”(ふてぶてしい奴)になったんだ。」

 

ということを言われた。

 

 

僕はそれを言われて怒るどころか、

 

「お、この人さすが!!よくわかってるぅ〜!!!!」

 

と、逆にその人に対して興味を持ったものだ。

 

まぁ人によって感じ方違うし、

相手との関係性もあるだろうから

何が正しいとは言えないけれど、

ただ、その人のDISは自分にとって光栄だったのだ。

 

 

ちなみにその後日、

その人はこちらがちょっと気を利かせた行動をとった時に、

 

「お前のそういうとこ、良いよな!」

 

と評価してくれたのだ。

 

 

 

 

このように「自分を評価してくる人間」をざっくり分けると、

 

 

①表面の自分だけで評価をしてくる人

②裏面の自分を知った上で評価をしてくる人

 

 

この2つのタイプに当てはまることがわかった。

 

 

先の例で言えば、

僕を大人しいと思っている人が①で

僕を強かだと皮肉ってくる人が②である。

 

 

学校のクラスメイトや職場の同僚など、

知り合い程度の関係性であれば①がほとんどだと思うが、

ちょっと仲良くなると②に当てはまる人も増えていくかと思う。

(もちろん、内面を知られて嫌われる場合もあるが。)

 

 

実は僕にとって過去自分と関わってきた人も含め、

②のような関係性の人は非常に少ない。

 

 

僕にとって②のような関係性の人で思い出されるのは、

高校2、3年の時の担任の先生だった。

 

 

それまでの学校の先生や担任は

皆俺のこと「真面目」としか言わなくて

「家でも勉強してるんだろう」と勝手に思われていて

どれも皆同じ感じだと思っていたし

自分もそれに答えなきゃいけないと思ってしまっていた。

 

ま、今思えば、自分がそういう見られ方を選択していたんだから

自己責任なんだけどね。

 

 

でも…

 

 

「どうせ俺は地味で根暗で、

成績が良いことと絵がちょっと描けることや

マイナーな音楽について他の奴より詳しい以外に取り柄のない奴だし。」

 

 

そんな風に自分を捉えてたから、

無理して「いい子」を演じようとしていたんだね。

 

 

なので、僕自身があまり自分のことを話さない分、

「実は勉強してない」「サボりたい」「怠けたい」

という本音を引き出してくれて、

 

実は頑固で負けず嫌い、無駄や努力が嫌いで要領よくやろうとする…

 

そんな「本当の僕」をわかってくれる人達って貴重だと思ったし、

 

それでも受け入れてくれる人達こそ、大切にしていきたいと思ったんだ。

 

 

 

ただ、きっとあなたも似たような経験があると思うが、

「良い子」などの表面だけで決めつけられるのは誰だって嫌だよね。

なんか「レッテル」を貼られてるみたいで。

 

 

そうやって「他者によって自分に貼られたレッテル」

「周囲が見ている自分像」に合わせるために

無理に自分を演じてしまう人、

「良い人」で居続けることが辛いから

仕事も学校、人間関係などを心から楽しめない人、

無理をしすぎて鬱などの病気になってしまう人、

日本はそんな感じで生きづらさを感じている人も多いかと思う。

 

 

僕自身も「良い子」「良い人」でいるのが辛かったし

それが何らかのきっかけで爆発するとブチ切れて勝手な行動をとり、

かえって周囲に多大な迷惑をかけるような奴だった。

 

 

自分の欲求を押さえつけすぎてしまうこと、

無理して人に好かれようとすることって

良いことなんて何一つ無いんだよね。

 

 

だからか、

自分勝手に好き勝手生きていて

なおかつ穏やかで楽しそうな人達が羨ましくもあり、

嫉妬心で憎らしく思うこともあった。

 

 

でもね、最近では「良い子」「良い人」と思われているってことは

逆にラッキーだと思うようになったんだ。

 

 

僕自身、何かあった時に結構イライラしてしまうし、

譲れないことがあった時は反論というか怒っているつもりだったし、

しかも理不尽な出来事に対しては全く容赦しないし冷徹な態度を取ることもある。

 

 

そういった態度が行き過ぎるとむしろ感情的になりすぎたな、

周囲の人にも悪いなと思っているほどだったのだが、

 

 

逆に「大人しくて我慢強くて真面目な人」

みたいな印象を持ってくれているのか!!!!

 

 

そうわかったら逆にこっちのもんだ。

 

 

例え嫌なことがあった時にも、

もっと自分の気持を最優先させて良い、

もっと自己主張しても良いんだと思った。

 

 

必要な時に必要なことしか言わない分、

説得力や気迫が生まれるから相手がショック受けやすいしね。

 

 

それでこちらのことを都合の良いやつと思っている人は

勝手に逆恨みして離れていくんだろうし、

 

逆に、その時は不快な気持ちにさせたとしても、

きちんと反省してくれる人、

こちらの欲求を受け入れて合わせてくれる人だけと付き合っていけば良いのだ。

 

 

というわけで今回は

 

「A面もB面もC面もD面もα面もβ面も、あなたの魅力的な一面である。」

「例えA面だけしか見えてない相手でも、それ以外の一面を見せてみても良いではないか。」

「あなたのあらゆる面を受け入れて、大切にしてくれる人を大切にしよう。」

 

 

と言ったことについて話した。

 

 

人とうまくやろうとして自分を押さえつける必要なんて全く無い。

 

 

色んな面があってこそのあなたである。

 

 

相手との距離をより縮めるためにも、

あなたにとって本当に必要な人と仲良くなるためにも

そして何より、あなたがより魅力的な人物になるためにも

 

 

A面・B面があるカセットテープを

聞きたい曲に合わせてひっくり返すように

(↑今の若い人達にはわからないかな?w)

 

 

必要な場面に合わせて

あなたの一面をいろいろひっくり返しながら

あなた自身の色んな面をどんどん出してみてはいかがだろうか。

 

 

 

僕も今までずっと人を避けてきた部分はあった。

 

 

しかし、最近では、

 

憎まれ口と言うか「愛のある毒」を言い合える、

気が置けない関係性の人を見つけるのが自分の課題なのかもしれない…

 

そう思うようになった。

 

 

僕の希望としては、皮肉やブラックジョークがわかる人が良いな。

本当に相手を信頼していないと言えないからね、そういうのは。

 

 

言っても仕方がない人の悪口や愚痴ばかりを吐き散らすんじゃなくて、

自分に降り掛かったどんな出来事も皮肉を交えながら笑い飛ばし

ウィットに富んだ大人な会話を楽しんでみたいなぁ。

 

 

そんなお友達も募集中です♪

ストレスフリーの人間関係は…「相手に諦めさせろ!」

今回は「楽な人間関係を構築する方法」について話したい。

 

 

以前投稿した記事で

あるがままに生きる」という書籍についての感想を書いた。

 

 

↓その時の記事はこちら

 

 

 

この追記的な内容として、

著者の足立氏が、

楽な人間関係を構築するには、「相手に諦めてもらうこと」が大切

ということを説いていた。

 

 

 

つまりそれはどういうことかと言うと、

「本来の自然体のあなたのままで、相手に許してもらう」

ということである。

 

 

 

日本社会はガチガチのルールや固定観念で固められている。

 

 

「こうするべき」「こうあるべき」といった理想像を押し付けられ、

挙句の果てには暗黙のルールまで存在する。

 

 

子供の頃から「学校」や「教育」というもので

本来の自分ではない自分像になるように矯正されてしまい、

その自分像に合わせるために無理を強いることになってしまう。

 

 

それで登校拒否になったり、

ストレスによるいじめなどの問題も起こるようになったり、

鬱になったり、

最悪の場合…命を絶ったりしてしまうこともある。

 

 

それは大人になっても同じようなもので、

会社でも「パワハラ」などの暴力が自らの身に降りかかる場合もあれば、

人間関係などの様々な問題が起こって働きにくさを感じることもあるだろう。

 

 

 

相手の顔色を伺って自分の意見を押し殺してしまう、

あなた自身の意志や希望ではなく、相手にとって楽な方法を選択してしまうなど、

他人を軸とした判断が癖になってくると、

「空気を読む」「人に気を使う」など、無理をすることが多くなる。

 

 

あなた自身が好きなように行動することができなくなり、

不満を抱えてしまう原因にもなる。

 

 

本来ならば、「無理をしない程度に人に合わせられる」ことが

最も無難で円滑な人間関係であるが…

 

 

中にはものすごくわがままな人や、

自分の意見を絶対に曲げない頑固な人、

あなたの意見を聞きいれようとしてくれない人、

そんな人だってたくさんいるだろう。

 

 

また、あなた自身がちょっとでも好きにやろうとすると、

あなた自身が楽になるように動こうとすると、

嫉妬心からなのかか、はたまた自分にとって都合が悪くなるからか、

いろいろ理由をつけて文句を言ってくる人もいると思う。

 

 

そういった人と出会った時に

あなたは不満やストレスを感じることになるだろう。

 

 

 

それでは、どうすればあなた自身が

ストレスを感じないようになるかというと、

 

 

「相手に諦めてもらえるように行動していく」ことだ。

 

 

「私はこれがありのままの私で、私の魅力なんです。

だから許してね〜。」

 

と言わんばかりに開き直って自由に振る舞ってしまうのだ。

 

 

相手も最初は戸惑ったり怒ったりするかもしれないが、

それでも気にせずに自分のやりたいように行動していく。

 

 

それを繰り返していくうちに

やがては「〇〇さん(あなた)はこういう人なんだ」と思ってもらえて、

相手に受け入れてもらえる、諦めてくれるようになることだろう。

 

 

そのかわり、自分のワガママばかり言って

相手のワガママを全く聞いてあげないのはいけない。

 

 

自分にとって都合の悪いことや

相手の困った部分があっても

 

「この人は、こういう人なんだ」

 

と思って、ありのままの相手を受け入れてあげること。

 

 

 

人間関係はバランスだ。

 

 

 

あまりにも一方の要望が強すぎると、

一方に無理を強いることになり、

関係性が壊れてしまう原因になりかねない。

 

 

あなたが我慢し続けていると

人間関係の天秤はいずれ壊れてしまうだろう。

 

 

そうならないように、

お互いに「諦めること」「譲歩すること」で

円滑な関係を築くことが出来るのだ。

 

 

ただ、やっぱり自分にとって「合う人」「合わない人」はいるだろう。

 

 

「諦めること」「諦めてもらうこと」が出来そうにない、難しいと判断したら、

その相手や職場、グループとは離れることも考えよう。

 

 

 

…とは言っても人に気を使ってしまう人にとっては

なかなかうまく行動できないものだろうし

ちょっとでも相手が不満を露わにすれば、

自己否定をしたり申し訳なく思ったりしまうこともあるだろう。

 

 

もうこの際言おう。

 

 

 

全然気にしないで良いよ。

 

 

 

僕がかつてのアルバイト先でシフトの希望を提出した時のことだ。

 

 

「この日人がいなくなりそうなんで出てほしいんですけど、できますか?」とお願いされて、

「良いですよ。」と自分の予定を調整した。

 

 

 

しかし、実際にその「相手の希望日」に出勤した時だ。

 

 

 

「コリュさん、今日出勤でしたっけ?」

 

と言われてしまったのだ。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ?????

 

お前が頼んだんだろ!!!!

 

そのために他の予定も調整したんだよ!!!!

 

自分の言ったことには責任持てよ!!!!」

 

 

とイラついたものだ。

 

 

 

今では、この人はちょっと抜けている部分があったんだなとわかったし、

面倒なら断ればよいのに、お願いを受けてしまった自分が悪いって解釈してるけどね。

 

 

このように、

 

「あなたが相手のためにやってあげたことが、

相手が全くそれを感謝していないどころか

完全に忘れてしまっている。」

 

きっとあなたにも、そんな経験があるんじゃないかと思う。

 

 

 

僕がこの経験を通して得られたことは

 

「自分が思っているほど相手は自分のことを把握していないし、気にしていない。」

 

ということだ。

 

 

 

もしかしたら

 

「興味すらないのかもしれない。」

 

…ということにも気づくきっかけにもなった。

 

 

 

その一方で、僕自身が1週間くらいの長期休みをとった時、

相手にちょっと困ったような反応をされたことがあった。

 

 

しかし、後々になって

「この時期こんなに休んでましたっけ?」

と言われたのである。

 

 

 

その時に

 

「別に遠慮なんかする必要ないんだな」

 

って思ったよ。

 

 

 

休みたい時は休めばよいし

やめたい時はやめれば良い。

 

 

もしかしたら、あなたの性格や相手との関係性により

意見や要望が言いにくいこともあるかもしれない。

 

 

しかし、実際相手にあなたの希望や要望を言ったところで、

その時は文句を言われるかもしれないが、

大抵の場合は、意外と大丈夫だろう。

 

 

あなたが自分を優先して行動したところで、

相手から面倒臭い、厄介な人と思われたり、

愚痴や不満を漏らされたりするくらいで、

少なくとも命の危機を感じる事態にはならないはずだ。

 

 

こういうことを続けていくうちに、

いずれ相手が「あるがままのあなたのキャラ」に慣れてくるはず。

 

 

そうなったらもうこっちのものである。

 

 

相手に「〇〇さん(あなた)はこういう人だ」と諦めてもらえたら、

あなた自身がやりやすくなるはずだ。

 

 

あなたが好きなように行動することで、もし恨みに思われたとしても、

それはその人自身の問題なんだから、あなたが気を使う義務なんてまったくない。

 

 

相手の問題は相手の問題であり、

あなたの問題はあなたの問題だ。

 

 

一緒にせずに切り分けて考えよう。

 

 

 

 

さて、今回は

 

一方的なルールや価値観の押しつけなどでガチガチになりがちな社会で

あなた自身が少しでも楽になるようにするには…

 

 

あなたがありのままの自分で生きること、好きなように行動することを、

「相手に諦めてもらうこと」が大切。

 

その上で「あなた自身も相手を受け入れて諦めること」で

円滑な人間関係を築くことができる。

 

 

…ということについて話した。

 

 

お互いの「要望と許容」のバランスが良ければ

人間関係の天秤も保たれる!

 

 

 

夢や目標は諦めない!!

 

 

…とよく言われるだろう。

 

 

でも…

 

 

人間関係は諦めが肝心!!

 

 

自分自身のこだわりが強い人も

ちょっとだけ他の人のことを諦めて、許してあげよう。

 

 

 

そうすれば本来の自分自身も許し、愛することができるはず。

 

 

 

以前のあなたよりちょっとでも諦められるように

相手に「ありのままのあなた」を受け入れてもらえるように

少しずつあなた自身を開放していきましょう。

相手が自分の領域を犯してきたら戦争しろ!

「戦争」なんてなんだか物騒な言葉を使ってしまったけど、

まぁタイトルのとおりだね。

 

 

ただ僕は、国家間や宗教間などの「戦争」について語りたいわけじゃないから

それを目当てに来てしまった人はブラウザをそっと閉じていただきたい。

 

 

僕が話したい「戦争」というのは

 

「自分を守るための戦争」

「人と健全な関係性を築くための戦争」

 

である。

 

コミュニケーションにおける戦争…

まぁ言ってみれば「喧嘩」や「口論」「自己主張」だね。

 

 

それを踏まえて、

 

「相手と戦争(バトル)して自分の領域を守ること」

 

の重要性について語っていきたい。

 

 

 

先日、とある会社のセールスの人が家に訪れた。

 

恐らく日本中でも大半の人が迷惑しているであろう

あの企業の訪問員だ。

 

 

その人はなぜかアパートの事情を知っていて、

一方的にこちらの事情を決めつけてきた。

 

僕は直感で「こいつは悪質なやつだ」と判断した。

 

 

出かける間際だったし

「急いでいるのですが。」

「さっきも言ったように…。」

とあれこれ説明しても信じるどころか全く聞き入れてくれない。

 

 

それどころか、

相手も「絶対に契約させる」勢いだったのか

何回も何回も同じことを聞いてくるのだ。

 

 

あまりにしつこいから最終的に

「だから言ったでしょ!?」

とキレて無理やり振り払うかのように相手を追い返した。

 

 

とりあえず申し込み用紙だけもらっておけば

相手も納得するだろうと思い、それは妥協したが。

(もちろん申し込むつもりはない。)

 

 

このように無礼な相手、

こちらの「人としての権利」を無視してくる相手、

自分の縄張りを犯そうとしてくる相手etc…には

僕は非常に厳しい態度をとる。

 

 

自分の「領域」を犯そうとしてくるから当然のことだ。

 

 

ちなみに「領域」とは国のように

自分の縄張りのようなものと思ってくれて良い。

 

 

それでもピンとこなければ

こちら↓でも軽く説明しているので参考にしてほしい。

 

 

 

…しかし…

こういう「赤の他人に自分の領域を侵される」経験は

きっと多くの人にあるはずだ。

 

 

 

例えば子供の頃を思い出してほしい。

 

 

親など大人たちから指図や命令をされたことはないだろうか?

 

 

「宿題しなさい」

「部屋を片付けなさい」

「あれやりなさい」

「これやりなさい」

 

 

まぁこんな細かいこといちいち言われてばっかりじゃ

 

 

「うるせーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「じぶんでやるわーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 

 

ってキレたくもなるよね(笑)。

 

 

でも、従わないと怒られる、叩かれるなどされた人もいるはず。

 

 

そのたびに、相手に対して反発心を抱いてしまう。

 

反抗期では荒れてた人も多いんじゃないかな。

 

今リアルタイムで荒れてる人もいるかもしれないね。

 

 

それはまだ良い。

嵐はいずれ治まるときが来るだろうから。

 

 

問題なのは

「これが出来ない自分はダメなんだ」と

自分自身を否定するようになって、

 

大人になった今でもその呪縛から逃れられず

苦しんでいる人も少なくないはずだ。

 

 

親だけでなく、上司や先輩からも似たようなことをされている人もいるだろうね。

 

 

逆に、人をまとめる立場にある人なら、

人に対してそのようなことをしてしまう人もいるだろう。

 

 

こういった

「相手に対して指図をしてしまう」

もしくは

「相手の言うことに嫌々従ってしまう」

 

それは

「相手の領域を犯す」

もしくは

「相手が自分の領域に入るのを許してしまう」

ということにもなる。

 

 

 

「自分らしい生き方」をする上でも、

「相手との依存的ではない健全な関係性を築く」上でも

全く良いことではない。

 

 

 

 

 

それなのにも関わらず、

「本当はこういう事情があるのに…」

といった気持を言葉にできず

逆らえない人は多いだろう。

 

 

しかし、自分の気持ちを押し殺して人の言うことを聞いてばかりいると

全て相手の基準で物事を考えるようになってしまい、

自分の気持がわからなくなってくる。

 

 

「自分はどう考えているのか」

「自分にとって何が嫌なのか」

「自分は何を望んでいるのか」

 

 

こういった「自分の気持ち」がわからなくなってくると

相手が全ての判断基準になってしまい、

常に相手の顔色を伺うようになり

自分らしく自然体に振る舞うことができなくなる。

 

 

「自分の軸」ではなく「他人の軸」で物事を考えてしまうからだ。

 

 

※「自分の軸」「他人の軸」についてはこちら↓を参考にしてほしい。

 

 

「他人の軸」つまり「他者の気持ち優先」で物事を考えると、

自分が何をするにも相手が優先になる「共依存の関係性」になってしまう。

 

 

いつまでも子離れできない過保護な親とか。

DV彼氏と別れられない彼女とか。

 

 

「この子がいなきゃ…」

「この人がいなきゃ…」

と常に自分がいなきゃいけないと思う込んでいる状態のことだ。

 

 

そうしたことを続けていくと、あなた自身も被害妄想にとらわれやすくなる。

 

 

こうした共依存は、

「相手の存在」で「自分自身の存在意義」が保たれているからである。

 

 

いざその関係性がなくなり

(恋人と別れる、親なら子供が勝手にどこかへ行ってしまうなど)、

あなたにとって不都合な状況(破産や病気など)が訪れた時に

 

 

「あの人のせいだ」

「あいつが悪い」

「あの子が〇〇してくれない」

 

という考えに陥りやすいからである。

 

 

これは人を恨んでばかりの人生だ。

 

そんな人生を送るようになってしまうと、

怒りや悲しみのエネルギーを湧き上がらせたまま毎日を過ごすことになり、

あなたが幸せに生きられなくなる。

 

 

なので、今すぐにそれを断ち切ろう。

 

 

「革命」の始まりだ。

 

 

DV彼氏(彼女)を持った恋人は

今すぐに同棲しているアパートから出ていくべきだし、

 

 

子供に干渉してしまう親は

「子供が幸せなら何をしていても構わない」と

良い意味で子供に対して「無関心」になる必要がある。

 

 

逆もあるよね。

 

 

親のことを「鬱陶しい」と思うのなら、

今すぐにでも一人暮らし出来るアパートを見つけよう。

連絡はたまに行えば十分だし、

なんなら海外まで行ってしまっても構わない。

 

 

僕だって一人になりたくて、

ほぼ海外みたい沖縄を選んだんだから。

 

 

「革命」の後には「戦争」が起こる。

 

 

もしそれでも相手が自分に依存してくるのであれば、

「戦争(バトル)」をしよう。

 

 

↑お前こそ口悪すぎだから自重しろ

 

 

自分が思っていることを相手にぶつける。

 

 

僕もそうだが、日本人には口論が苦手な人は多い。

 

怖いかもしれない。

面倒なことになるかもしれない。

 

 

でもね、

「自分の気持を吐き出すこと」は

自分のためでもあり、

相手のためでもあるのだ。

 

 

少しでもあなたを思いやってくれる人なら自分自身で考えるだろうし、

その人自身が自立して人生が良い方向に向かっていくかもしれない。

 

 

逆に、依存的な考えが抜けない人はいつまでも同じことを繰り返すし、

別の「依存させてくれる人」のところへ去っていくかもわからない。

 

 

でも、それは全て「相手の責任」なんだから、

あなたが心配して気にする必要なんてないんだよ。

 

 

少なくともあなたの「思い」を外にだすことで、

相手が成長する可能性を与えることになる。

 

自分の中で悶々としたままでは

その可能性すら0になるんだ。

 

だから、「言葉にする」ことは大切なことなんだよ。

 

 

それでも相手が

 

「あなたに対して過剰な期待をしてくる」

「あなたに対して依存心を抱いている」

「言うことを聞かせようと支配的な態度を取ってくる」

 

 

その状態であなたのところへまた来ようものなら、

完全にスルーして良い。

 

 

もしくは自分の考えをぶつけて、毅然とした態度で追い払えば良い。

しつこいセールスマンに対処するかのように。

 

 

 

「相手と戦争」をすること…

つまり、あなたが自分の考えを主張することは、

少なくともその人にとっては「意味があること」に繋がるはずだ。

 

 

もしそれで

「相手が怒る」「他の人からも責められる」

などの不都合なことが起きてしまっても、

それは放っておいて構わない。

 

 

厳密に言うと、

「受け取り方は人それぞれなのだから、徹底的に相手に任せる」

ということだ。

 

 

 

あなたに覚えていてほしいのが、

「相手が相手自身で考えて処理をするべき課題や問題」は

確実に「相手の領域」

なんだよね。

 

 

少なくても「あなたの領域」ではないはずだ。

 

つまり、あなたが相手の問題を解決する義務はないということ。

相手の問題なのだから。

 

あなたが相手を思い通りにさせたい、

相手に言うことをきかせたいと思い、

相手の「領域」に無理やり入り込んでいくのであれば

相手に反発されても仕方がないだろう。

 

相手だって相手の「領域」を守る権利があるんだから。

 

逆に言えば、

相手が自分の領域に無理やり入っていくのであれば

反発しても良いし、自分の言いたいことを言って構わない。

あまりにも執拗な行為をするのであれば逃げてしまって構わないし、

他の人に助けを求めるのもアリだ。

 

 

…てなわけでまとめると、

 

 

人に振り回されてばかりで疲れている人が

「人の顔色を伺わず、自分の気持ちを最も優先できる生き方」

ができるようになるには

 

 

「相手と自分との問題を明確に区別し、

必要以上に干渉してくる相手には毅然とした態度をとること。

もしくは必要以上に相手に干渉せずに突き放すこと。」

 

 

こういったことが大切なのだ。

 

 

「自分のことは自分で決める」

「相手のことは相手が決める」

 

それを前提にある程度の距離を置いた関係を築くこと。

 

 

それが本当の意味で

「お互いを信頼し、尊重できる」

自立した大人同士の理想の関係だと思うな。