新しい環境に飛び込む勇気を思い出させてくれる人々

先日はGID(性同一性障害)の仲間たちと忘年会だった。

 

 

 

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一応外部にも周知はしていたものの

集まったのはほぼ顔なじみの決まったメンバーだった。

 

 

そんな中で一人だけ新規でご参加いただいた方がいた。

 

 

その人を見て、僕が初めて沖縄でGID団体の集まりに参加した時のことを思い出した。

 

 

僕もそうだったけれど、GIDやLGBTの人って

思春期という貴重な時代を長くたった一人で悩む人が多いことだろう。

 

 

 

 

そんな時にインターネットで色々調べて、

自分以外にも同じ悩みを抱えた人がたくさんいるってことに気づくのだ。

 

 

GIDについて調べて訪れたクリニックで

交流会などのイベントのことについて聞かされ、

実際に同じ悩みを抱えた人と会うことになったのだ。

 

 

ちなみに僕が最初にGIDクリニックでカウンセリングを受けたときと

初めてGIDコミュニティの集まりに参加したときの感想を

こちら↓に書いている。

 

 

 

一歩踏み出すのは大変だ。

 

 

ましてや、まだ踏み込んでない場所に勇気がいることだろう。

 

 

もうコミュニティが出来上がっていると

なかなか話しづらいかもしれないし、

そこで自分のことを話すとなると

緊張してしまうことだろう。

 

 

僕はそんな人達に言いたいことがある。

 

 

「一歩踏み出すことができておめでとう。

 

そして…

 

勇気を出してくれてありがとう。」

 

 

僕もついつい人見知りしてしまうし

自分からお喋りすることは苦手なのだが…

 

来てくれた人が居心地の悪い気分にさせてしまわないように、

「楽しかった」「参加して良かった」と言ってもらえるように、

話しやすい雰囲気作りをしていきたいと思う。

 

 

そういう方々を見て、

逆に自分自身も気づくことがたくさんある。

 

初めてコミュニティに参加した時のこと、

勇気を出して「えいっ」て飛び込んだときの

不安と希望の入り混じったあの気持ち…

 

その気持ちを忘れちゃいけないなって思うし

新しい環境に飛び込むという挑戦はし続けていきたい、

ぬるま湯につかったままじゃ成長できない、

どんどん新しい開拓をしていかねばと思うのだ。

 

 

なので、新しい方が来てくれるということは

僕たちにとってもとてもありがたいことなのだ。

 

 

…というわけで、

もしあなたが性別違和などで悩んでいるのなら

僕のLINE@でも団体のLINE@でも良いので、

お気軽にご相談くださいね。

 

 

ブログやInstagram、LINE@などでも

GID・LGBT関連の情報は随時配信していきたいと思いますので

お気軽にフォローくださいませ。

 

 

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多目的トイレを使う時、周囲の目が気になるあなたへ

トランスを始め、LGBTの方は多目的トイレを使う方が多いかと思う。

 

 

いくらLGBTの認知度が上がったとはいえ、

世の中ではいまだに多目的トイレに対して

 

「身体の不自由な方やお年寄り、妊婦さんなどじゃないと使っちゃいけないトイレ」

 

そんな認識があるのも事実。

 

 

 

「目に見えて使う権利がある人なら使っても良いよ。」

と思っている人が多いんだろうな。

 

LGBT以外でも目には見えない理由で男女に別れたトイレを使えない方なんて

たくさんいるとは思うのだが…。

 

 

「人は誰にでもやむを得ない事情がある」

 

常にこのことを心に留めて、

「正義」や「悪」だけで人を決めつけないようにしていきたいよね。

 

 

 

 

こちらは以前のブログで描いた4コマ漫画だ。

前のやつだからキャラのデザインが違うけど(笑)。

 

 

今はこのときほど多目的トイレを使うことにためらいはない。

 

 

なぜかというと…

 

 

万が一

 

「うわぁーあの人健常者なのに多目的トイレ使っているよー引くわー」

 

 

…と僕に対して誰かがそう思ったとしても、

良かれ悪かれその人が、

その問題に対して考えるきっかけになるかもしれないからだ。

 

 

その時は価値観の問題で受け入れがたいことでも、

「世の中にはいろいろな人がいる」という事実を知ることで

その人の成長にもなるのだ。

 

 

だから僕は最近、

ありのままの自分でふるまって誰かに嫌な感情を与えてしまったとしたら、

逆にそれはチャンスだとさえ思うようになった。

 

 

そりゃさすがに悪いなと思った時は反省するけど、

何も悪いことをしていないのなら

自分を責めたり居心地の悪さを感じたりする必要は一切ないのさ。

 

 

 

「何かに気づく時」や、「新しい価値観に触れた時」

って嬉しいときや感動したときばかりじゃない。

 

 

きっとそこには頭を殴られたようなショックだってあるはずだ。

 

 

受け入れがたいことだってあるだろうし、

怒りや悲しみが湧き上がってくることもあるだろう。

 

 

そりゃそうだよ。

 

 

「今まで自分が信じていた神話」が一気に崩れるんだから。

 

 

でもね

 

 

そういった経験を通して人は学び成長していくんだ。

 

 

だから多目的トイレから出ていくところを誰かから見られたとして、

自分は別にどう思われたって構わない。

 

 

「なにか事情があって多目的トイレを使う人を許さない世の中。

そんな世の中を許さない。」

 

 

そうやって憤慨している人、嘆いている人も多いと思うけど…

 

 

まずは自分自身が他人のちょっとした言動を気にしないことが大切。

 

 

 

他人の言動をいちいち気にするのって、

自分に余裕がないからなんだよ。

 

 

余裕がないからどうしても自分の中の「正義」で判断しがちだ。

 

 

「自分は我慢しているのに、好き放題自由に振る舞っている奴らが許さない。」

 

そういう嫉妬心もあるだろうね。

 

 

だから、まずは自分自身が他人に対して神経質になりすぎないこと。

 

 

「世の中にはいろんな価値観がある」ということを前提に

目の前の相手を受け入れてみよう。

 

 

それが結果として自分自身に対する「許し」を与えることになるし、

自分が大好きで、ありのままの自分で自由に生きていれば、

周囲からどう思われようと気にならなくなる。

 

 

「あなただってもっと自由に生きて良いんだよ。

納得できないルールならスルーしちまえよ。」

 

 

そんなメッセージを人に与えることだって出来る。

 

 

以前の僕はやたら「他人からどう思われるか」を気にしていて、

自分の存在に罪悪感を感じるくらいだった。

何かにつけて挙動不審だったことが多い。

 

 

一方で、最近の僕は

「周囲の人を不快にさせたくない」「自分が我慢すれば良い」

という基準では行動しないようにしている。

 

 

出来るだけ自分にとって心地よいこと、好きなことだけをやるようにしている。

 

 

開き直ったんだ。

 

 

 

「心から楽になりたい。」

 

 

もしもあなたがそう思うなら、まずは自分が変わろう。

 

 

それで相手に不愉快な思いを与えたところで、

それは相手の問題なんだからあなたの管轄外だ。

 

 

自分や周囲の人に対して真摯に生きていれば、

あなたはあなたのままで良いのだから、

誰かの顔色なんて伺う必要なんて全くない。

 

 

「自分はこういう人間だから。何かご不満なら好きにどうぞ。」

 

 

その後どうするかはその人次第。

 

 

堂々と胸張って生きよう。

「応援できる人」最強説。

今日はLGBTイベントの経験を通して得られた、
「誰かをサポート、応援すること」ということについて話していきたい。

 

 

今日はピンクドット那覇に行ってきた。

 

 

 

以下でもちょっと触れるが、身体の調子があまり良くないので

写真をバンバン撮ることはしなかった。

 

よって上の写真は数年前のイベント画像だけどね。

 

いつもこの会場に行く際、企業ブースで売られているフードを楽しみにしているところはある。

 

 

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画像は去年会場で購入したレインボーサンドだ。

 

改めて、「レインボーってインスタ映えするよな」と実感。

 

 

 

…まぁ、それはさておき。

 

 

今年のピンクドットには、
僕はLGBT応援マガジン「空飛ぶ船」のスタッフとして参加した。

 

 

 

10月中にサイトと出版物、が出来上がり、
カフェもオープン予定なので、
随時こちらのブログでも紹介していく予定。

 

様々なLGBTの方を支援できたら良いな、と思う。

 

 

さて、ピンクドット当日は、
なんだか先日の夜から腕が痛くて痛くてなかなか寝付けず、
翌日も痛みが引かなかったので遅れていくことにした。

 

そういうわけか、ちょっと気持ちも落ち気味だったのである。

 

しかし、実際にブースにいる時や他団体さんのブースに行くと、
当事者やアライの方を問わず、
過去に僕が関わった方と出会い、懐かしい気分にもなった。

 

 

改めて、自分に敵対心を抱く人達よりも、
暖かく応援してくれる方の方が多かったんだなぁと実感。

 

 

でも、「思いがけない人と再会して応援された」り、
「思ってもいなかった人物に暖かく声をかけられた」り…

 

そんな経験って誰にでもあるのではないだろうか。

 

 

例えば、会社などで嫌なことを言われたり、
誰かが誰かの愚痴や悪口を言ってたり、
そんな後味悪い場面に遭遇したことってあなたもあるはずだ。

 

 

そうやって嫌な気持ちになっている時に、
「どうしたの?」と声をかけてもらったり、
ふとしたことで「いつもありがとう。」とお礼を言ってもらったり、
自分の仕事を評価してもらったり、

 

そんな些細な出来事で嬉しくなることはないだろうか。

 

声をかけてくれる人が、日頃親しくしている人ならともかく、
あまり話したことがない人であればなおさらである。

 

それから、何気なく上げた記事をフェイスブックで共有した際に、
思わぬ人から「いいね!」がついたことはないだろうか?

 

 

そんな時にも、
「この人は見てくれているんだ。」
と嬉しくなることだろう。

 

例え誰かからも反応がない日があったとしても、
それだけで報われたというか、
記事を書くこと自体は無意味じゃなかったと思えるだろう。

 

 

つまり、人は、「誰かから声をかけてもらえる」「反応してもらえる」というだけで、

「この人は自分を受け入れてくれる。」と思えるのだ。

 

 

「誰かを応援する」ということは、
「自分の可能性も認める。」ということ。

 

 

逆に、「誰かを批判する。」ということは、
「自分の可能性を制限する。」ということだ。

 

 

批判ばかりしている人は大抵、自分にも厳しい。

そのため、「自分はダメだ。」と、自分を卑下しがちなのである。

 

結果、「出来ること」の範囲もどんどん狭まっていくし、
夢を叶えづらい体質になってしまう。

 

 

一方で、誰かを応援したり、誰かの可能性を信じる人というのは、

自分に対しても、「何をやってもきっと大丈夫。」と思えるものである。

諦めることなく目標を達成できれば、自分の価値観の幅も一気に広がるしね。

 

 

 

僕は過去の記事にも、自分を徹底的に愛することを推奨してきた。

 

 

 

大切なのは、「正義」か「悪」かよりも、
自分も含め、「自分らしく幸せに生きられる人が一人でも増えること。」である。

 

それは自分を愛することから始まる。

 

自分が大好きになれば、批判や悪口、他人の評価も一切気にならなくなるから。

 

 

 

自分を愛しながら、誰かの応援もしていこうぜ?

 

 

さて、今回(2018年)のピンクドット那覇は
真剣にLGBTの活動に取り組んでいる団体さんが多く見られて良かった。

 

 

僕は自分の活動を応援してもらうことはもちろんのこと、
そんな人達のことも応援していきたい。

 

 

ということで、「本当に良いな。」と感じたものは、
こちらのブログでも紹介していくので、
その時はぜひあなたも応援にご協力いただければと思う。

 

 

もちろん、出来る範囲でで良いので…

よろしくお願いしますね。

 

 

さて、今回は

「自分自身が少しでも楽しく生きられるためにも、

誰かのことを批判することはやめて、気になっている人のことを暖かく応援しよう。

それが自分を愛すること、自分の可能性を広げることにもつながる。」

ということについて語ってみた。

 

 

もし良ければあなたも、様々なイベントに参加したり、ボランティア活動の協力をしたり、
ご自身のアンテナが立つところは積極的にしてみてはいかがだろうか。

 

 

思わぬ誰かが、あなたを見守っていてくれるかもしれないからね。

 

 

 

…そうだ、今年のピンクドットで楽しみにしていたフードのことだけれど、

 

 

今年はなんとピンクたい焼き!!

 

 

 

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色は派手だけど美味しかった!!

 

 

来年はどんなフードが出るのか楽しみだなぁ。

コミュニティやイベントは「見えない想い」の宝物庫

トランス仲間とビーチパーティだった。

 

一応当事者向けの企画だったので、新規の方の参加もあった。

 

イベントごとにいつも会う仲間とも楽しく話せたし、
新しい方とも話せて新しい発見があった。

 

↑えらく波が激しかった昨年。これじゃ泳げん。
 

台風が近海を通っていたものの波も穏やかだったので、
久しぶりに海に入れてスッキリした。

 

 

僕が最近実践しているアーシングだけど、
海で泳ぐだけでもその効果があるらしいしね。

 

確かに海で泳ぐとさっぱりした気持ちになるし、
さらに仲間と楽しく過ごすことでストレスが緩和されていく気がした。

 

「病は気から」という言葉通り、
一人で悶々としてばかりではストレスが溜まってしまうし、
視野も狭くなりがち。

 

様々なコミュニティを持って、
色んな人と話をしたり思い切り遊んだりすることで、
見えていなかったものが見えるようになるし、
いろんな情報も得られるようになる。

 

どうしても一人で過ごしがちだけれど、
こういう時間をもっと増やす必要もあるんだろうなぁ。

 

というわけで、出来るだけ引きこもらずに
アンテナ立てて行動範囲を広げていきたい。

 

僕は基本的に、どんな人とも関係を築いていきたいと思っているが、
やっぱり同じ悩みを抱えている人同士って通じるものがあるし、
一緒にいて楽しい。

 

僕と同じ旅行好きな人も結構いるので
その情報についても共有できたし。

 

バーやコミュニティ、イベントなどの場で皆が出会いを求めているのも同じような感じで、
「繋がり」を求めるのは、人として自然な行為なんだよね。

 

単細胞生物だって性行為をするらしいしね。↓

 

 

最近僕は、LGBTの会社設立のスタッフとして関わらせてもらっていて、
「マイノリティの人達が生きやすい場所づくり」
「マイノリティの人達が求めている情報」
を提供するのに協力していきたいと思っている。

 

 

もちろんこうやって個人で発信するのもそうだし、
近日個人サイトを作る予定もあるし、
僕なりに世の中に対してどんどんメッセージを打ち出していきたいと考えている。

 

 

…ちなみに、この日は安室さんのライブがあったこともあり、
終日その話題で持ちきりだったのだ。

 

「沖縄中の居酒屋にファンの方が集まっているんだろうねー」
という話もしていた。

 

 

僕はギルガメッシュというバンドの解散ライブに行ったことがあるけど、
「終」を連想するライブやコンサートというのは、
やっぱりいたたまれない気持ちになるものだよね。

 

未だになんだか切なくなることもあるし。

 

その分ライブ当日は感動も大きかったけれど。

 

そんな時に同じ思いをしている人達が近くにいれば、心強いと思う。

 

その時はTwitterをやっていたから、
まだ他の人と「繋がっている」感を実感することが出来た。

 

だからこそ救われたし、物事を前向きに捉えられたのである。

 

それがなかったら、完全に打ち塞がれた状態で過ごしてしまった可能性もある。

 

実際、バンド解散後、わずか1年も立たない内に、
東京でギルガメッシュ中心のクラブイベントが行われた。
(もちろんクラブイベントなので本人は不在。)

 

そのイベントは、岩瀬ガッツさん(ファンキーディスコボーイズ)を中心に行われ、

 

「ギルガメッシュに復活してほしい!」
「ギルガメッシュの音楽でまた暴れまくりたい!」
「ギルガメッシュって本当に凄いバンドなんだぜ!」

 

…というような、「同じ思い」を抱いた人達が集まったイベントである。

恐らくだが、少なくとも僕はそう認識した。

 

↓ガッツさんによる第一回目のイベントの感想はこちら。

 

 

実際バンドメンバーの本人は誰もいないし、
僕自身は特にイベントに参加した誰ともお話したわけではないが、
どういうわけか楽しかった。

 

 

上に挙げたような、「ギルガメッシュを愛する」気持ちが
「空気」として伝わってきたからである。

 

バンドメンバーご本人もイベント前に来場し、花を贈ってきたそうである。

 

 

要するに、「一体感」が会場を超えて色んな人に伝わっていくんだよね。

 

その後も定期的にそのイベントは行われているらしい。

 

なかなか本土に行く機会が限られてしまっているけれど、ぜひまた行きたい。

 

 

そういう気持ちに自然となるのは、
「理屈」ではなく「思い」に人は動かされるからなのだと思う。

 

 

というわけで、どのようなジャンルや状況においても、
人は、「安心感」や「同じ思い」を共有するために
「出会い」や「繋がり」を求めていることがわかった。

 

 

そういう「皆が抱いている見えない言葉」を形にしていくことが
「生きやすい社会」を作ることになるのだ。

 

 

その上で重要となるのが、「コミュニティ」という存在だ。

 

 

日本人は基本的にTwitterなどで鬱憤晴らしをするくらい、
ストレスや悩み、苦しみ、不安…などといった気持ちを抱えている人が多い。

 

 

恐らくそれは気持ちの奥深くでモヤモヤしていて、
実態のないものも多い。

 

 

似たような思いや境遇の人同士でしかわかりえないことも多いので、
そんな人達との出会いが少ない場合、
職場や学校ではその思いを抑えて過ごすことになるからだ。

 

 

 

でも、今後は皆が「自分らしさ」をもっと出して良い時代になってくるはず。

 

 

そのためにも、このモヤモヤした思いを解決するには
「その思いを具体的に形にしたもの」を見つけ出していく必要があるのだ。

 

 

「その思いを具体的に形にしたもの」に人が集まってくるからだ。

 

 

それは何かと言うと、この記事で取り上げた内容としては、

僕が実際に行った「解散したバンドをテーマにしたクラブイベント」や、

今関わっているこのGID(トランス)のコミュニティなのだ。

 

LGBTの会社で今後打ち出していくサービス(場所や情報などの提供)もそれに該当するだろう。

 

そして、安室さんの場合でも、彼女のコンサートやそれに関連するイベント、
各地やSNSに存在するコミュニティなどがきっとあることだろう。

 

他にも、LGBT向けのイベントであれば、プライドパレードなどがあるし、
各地において当事者向けのバーや様々なコミュニティが存在する。

 

 

それらの「思いを具体的に形にしたもの」ももちろんのこと、

 

「皆が感じているはずなんだけれど、見えないし、気づいていない。」

 

この感覚にもっと敏感になっていこうと思った。

 

 

そこに宝の地図、つまり「皆が心底求めているもの」のヒントがある。

 

 

そして、宝のありかをより探しやすくするために、

「自分が抱いている熱い想い」をどんどん共有していこう。

 

 

その「想い」に対して、言葉に出来ないだけで気づいていない人も多いはずだ。

 

 

というわけで、

「やりたい!」と思ったことはやったら良いし、

「言いたい!」と思ったことはどんどん言ったほうが良い。

 

 

「正解」や「間違い」などないのだから、

皆の言葉や抱いている想いをヒントに、

自分の直感を信じて行動を起こしていこうと思う。

 

 

 

人生は宝探し。

 

人間、死ぬこと以外はかすり傷。

 

どんどん怪我しよう。

ゾウリムシ先生と一緒に「性」について考よう

最近知った衝撃的事実。

 

どうやらゾウリムシはセックスをするらしいのだ。

 

あまり詳しくはわからないが「セックスのようなもの」をするらしい。

 

 

 

 

マジですかゾウリムシ先生。

 

 

ちょっと色気づきすぎでしょゾウリムシ先生。

 

 

単細胞だから分裂すれば良いのに?

 

 

そう思ったのだが、
実際のところ、そのセックスみたいな行為というのは
繁殖のために行うものではないようだ。

 

 

そう考えると、必ずしもセックスが
繁殖行為に結びつくわけじゃないのでは?と思った。

 

その行為に快感…が伴うのかはわからないが、
生き物として生きていく以上、
子孫繁栄はもちろんのこと、

 

「何か(誰か)と繋がりたい」

 

そう感じて行動を起こすことが、生物の本質であり本能なんじゃないかな。

 

だからSNSが流行るわけだし、
僕もそうだけど多くの方がネット上で発信をしているわけだ。

 

人間も他の動物も、親しい間柄の中では手をつないだり、頬に触れたりなど、
肌と肌との触れ合いが生じることがある。

 

肉体として繋がる前に精神的に繋がることが必要だし、
人間はそれを必要としている生き物なのだ。
昔からコミュニティを形成して生きてきた生物だからね。

 

 

なので、政治家の失言などでよく見られる
「生む道具」として人間を捉える考え方って極めてナンセンスだと思うし、
「セックス」という行為を見下している印象さえ受ける。

 

ただのエロスじゃないんだよ、セックスは。
一つの命と命がぶつかりあう、神々しいものなんだ。

 

もちろんLGBTを否定的なものとして捉える考え方も、
生き物としての自然な行為を否定している印象さえ受ける。

 

「子孫を残すことに貢献しないから」という理由で否定する人もいるかも知れないけれど、
それは絶対ウソだなって思うし。
その人が生まれ育った文化や価値観が大きく影響してるんじゃないかな。
もしくはその人自身が当事者の傾向があるから、
そんな自分を受け入れられないというのもあるかもしれないし。

 

どうしても受け入れられないならそれはそれで仕方がない。

 

しかし、「こうであるべき」という考え方があまりにも強いと、
それって結局自分自身の首を締める気がするんだ。

 

 

自分にしろ他人にしろ、何かを強く拒絶することで、
自ら幸せになる道を閉ざしているんだよ。

 

だったら、
まず第一にありのままの自分を受け入れる。

 

そして、他の人の生き方を受け入れてあげる。
許容してあげる。

 

固定観念に縛られている状態よりも、
その方が自分にとっても楽になれるんだよね。

 

 

今はピンとこない人もいるかも知れないけれど、
いずれわかる時が来る。

 

 

誰しも自分が自分であることを禁止されるほど
生きにくいことはないからね。

 

心に余裕が持てるようになれば、
自分がされて嫌なことは人にしなくなってくる。

 

昔の僕だったらLGBTを否定する人を強く拒絶していたかもしれないが、
もう否定はしない。
人それぞれだから。

 

もちろん考え方は合わないと思うし、攻撃的な人や面倒な人は避けるけどね。

 

ただただ、自分らしく生きられる人、
生きやすいと感じる人が増える世の中になれば良いなと思う。

 

 

そんなことをゾウリムシ先生と考えてた、今日この頃。

 

 

 

 

 

でも異種姦はあかんよ。