人から信頼される人物になりたいのなら「正論」は言うな。

本日は

 

「正論ばっかり言っていると信頼されなくなっちゃうゾ☆」

 

というテーマで語ろうと思う。

 

 

…この言葉、

なんか自分へのブーメランみたいにも見えるので、

自戒を込める意味でも、書く!!!!

 

 

さて、僕は前回の記事で

 

「悪質な営業マンにしつこくされて不快な思いをした」

 

という話をした。

 

 

その時の記事がこちら↓

 

 

実は以前も似たような経験がある。

 

 

その時もかなり悪質で

そいつは22時頃に家へ訪れてきたのだ。

 

 

夜だぜ?夜。

人によってはもうスヤァ…の時間帯だろ。

俺だって今この記事書いてて猛烈に眠いわ!!!!

 

 

まぁドアを開けて出てしまった自分も自分だが

その時の僕は超真面目だったので

 

「家にいて返事してしまった以上でなきゃいけないのかな…」

 

って思ってしまったからだ。

 

 

その後、30分もの時間を何度も何度も同じ質問攻めに遭うことになり、

その時もキレながらしつこい相手に辟易することになった。

 

 

結果、僕もかなり頑固で負けず嫌いなものだから

絶対に相手の言いなりにならないと決めていて、

最終的には名刺だけもらってなんとか帰ってもらったのだった。

(もちろん、その名刺を元に翌日苦情を入れた。)

 

 

その後もイライラモヤモヤの感情が収まらなかった。

 

 

不快な感情もだけど、恐怖心もあり

すぐさま信頼できそうな友人に相談した。

 

 

そもそも夜遅くに家へけしかけてきた上に

30分もドアの前に居座るなんて

どう考えても犯罪である。

 

 

しかし、その「信頼できそうな友人」に相談したのは間違いだった。

 

 

その人もまた「自分なりの正義」を言ってきて

あまり寄り添ってくれるような感じではなかったのだ。

 

 

実はこの人、過去に僕がパワハラ同然で派遣先を切られて相談したときも

全面的に味方についてくれるような感じではなかった。

 

 

なので僕は決めたのだ。

 

 

「正論しか言ってこない人」には

大事なことはもう相談しない。

 

 

って。

 

 

…もしかしたら

あなたもそういう経験あるのでは?と思う。

 

 

仕事や学校、家庭…など嫌な思いをした時に

 

「この人なら話を聞いてくれそう」

 

と思って相談した相手が

 

 

「こちらの話を聞いてくれない。」

「相手が自分のことばかり話してくる。」

「一般的な常識やルールを押し付けてくるばかり。」

 

 

そんな人だとがっかりしないだろうか。

 

 

その人に対して「失望」という感情が生まれるだろうし、

「この人はこうなのか…」

「じゃあ自分とは合わないな」

という考えに行き着いて、

結果、心を閉ざしてしまう。

 

 

そうやって距離を置くようになり、

過去には「疎遠になっていった人」もいただろうし

 

 

逆に自分はなんとも思っていなくても

「疎遠になってしまった」人もいるかもしれない。

 

 

ただ、僕もどちらかと言えば

「正論を言う」タイプだったかもしれない。

 

 

元々超真面目だったので

会社や学校、世の中のルールに対して

割と従順な方だから

「ルールに背いて好き放題やってたり

無頓着だったりいい加減だったり

その結果自業自得な出来事を招いてしまった人」に対して

内心意地悪したくなるというか、疎ましく感じてしまうのは

ものすごくわかる。

 

 

真面目な人ほどある意味「融通がきかない」んだよね。

 

 

だから本当に困っている相手なら全力で助けるけど、

ちょっとでも「相手も悪いな」という要素があると

冷淡にあしらってしまう、みたいな。

 

 

まぁ確かに、そういう「真面目な人」って

言ってることは正しいんだよ。

 

 

決して間違ってはいない。

 

 

でも大抵

その「正しさ」が自分基準じゃないんだ。

 

 

「世の中」に対して同調しているだけであって

自分の考えがない。

 

 

だから目の前の相手やその時の状況に柔軟に対応できないし、

なにか意見を求められても「言えない」のだ。

 

僕の場合、自分自身を「価値がない」と思い込んでいたから、

自分の意見を言うのが苦手だった。

 

 

面倒くさい

自分の身を守りたい

誰かを傷つけたくない

 

 

そういう感情で「ルール」を優先させていたかもしれない。

 

 

少なくともルールを守って「正論」を言っていれば、

それが「隠れ蓑」になるから。

 

 

しかし…

 

 

何を聞いても

 

「ルールだから」

「そういう決まりだから」

 

の一点張りって果たしてどうなのだろうか。

 

 

たとえばあなたが何か困ったことが起きて、

相手に相談をしてそういう答えしか帰ってこないと、

その人の人間性が薄っぺらく感じてしまうだろう。

 

 

そうやって信頼を失っていくんだよね。

 

 

世の中はルールや決まりで片付けられるほど

単純なものじゃない。

 

 

皆それぞれ様々な事情を抱えているわけだし

価値観も考え方も国も文化も違うわけだ。

 

 

ある一定の文化によって築き上げられた「ルール」を押し付けることが

どんなに虚しいことか…

 

 

僕もかなり狭い考えを持っていたと思うが、

短い民泊ホスト経験で、外国のゲストさんを何組か受け入れてわかったのである。

 

「相手には相手が生まれ育って得てきた価値観やルールがある

 

それがあまり良くわかっていなかった頃は

普通に土足で家に上がって来られてビックリしたから(笑)

 

いや、欧米がそういう文化なのは知ってたけど

実際自分の家でやられると

「おいおいおいおいおい!!!!」ってなるよね。

 

 

日本の「空気を読め。」「マナーを守れ。」

というのはまず通用しないからね。

そういう意味では非常に良い経験だった。

 

日本人のほうがマナー悪いこともわかったし(笑)。

 

 

だから僕は「世の中の正しさ」で物事を語るのは

今後は一切しないことにした。

 

 

誰かが決めた「正しさ」を優先させてしまうと

自分の「正しさ」がわからなくなるし、

他人のことも思いやれなくなるからだ。

 

 

あ、もちろん

何か考えがあってそのルールを守っているのなら良いんだよ。

その人自身が自分の頭で考えて選んだことだから。

 

 

例えば

「車を運転中、赤信号で停まらないといけないのは

事故を起こす可能性があるから」

ってどう考えても納得できることだしね。

 

 

でも、そうではなくて、

「思考停止」の状態で「なんとなく」従っているだけなら

それはやめたほうが良いってことさ。

 

 

もちろんルールを楯に

守らない他人を「悪い」「悪くない」って

むやみにジャッジするのもナンセンス。

 

 

実は、

そういう行為は自分に対してしているのと同じで、

自分が苦しくなるだけだからね。

 

 

てなわけでまとめると…

 

 

「正論で語るな。

あなた自身の言葉で語れ。」

 

ということだ。

 

 

少なくても困っている相手が助けを求めてきたら、まずは助けてあげよう。

その人だって勇気を出してあなたに助けを求めているだから

その気持ちを思いやろう。

 

その上で、

「相談してくれてありがとう。」

と相手に感謝の気持ちを述べるんだ。

 

なにか意見やアドバイスなど言いたいことがあっても

そこは一度飲み込んで、相手の話を聴くのが最優先。

 

 

同意できない部分、理解できない部分があっても

「辛かったんですね。」

「嫌な思いをしたんですね。」

とせめて寄り添ってあげよう。

 

 

そうすれば、相手に

「この人は味方だ」「信頼できる人」と思ってもらえるし、

あなたに対する評判が周囲の人も巻き込んで、

その後も様々な面で良いことが訪れるようになるだろう。

 

 

…ちなみに

僕が「相談した相手」だが、

その人の人柄自体は好きなので今も仲良くしていただいている。

 

 

ただ、この人に限らず

 

人間って価値観が合わないと、

将来的には自然と離れていくことになるかもしれない

 

これは仕方がないことなのかなとは思っている。

 

 

だから、

嫌ってはいないけど、なんか合わない…っていう人に対しては

付かず離れずの良い距離感を保ちつつ

色んな人と知り合っていく上で

「この人なら価値観が合うな、似てるな。」

「この人をもっと知りたい!仲良くしたい!」

って人と付き合うようにしていけば良いと思うよ。

 

 

価値観が変わるっていうのは自分が成長しているっていうことだからね。

 

 

生まれてから死ぬまでずっと一緒にいたい人って

むしろいないんじゃないかって思う。

 

 

そう考えると結婚ってかなり無理がある制度だなって思うし

バンドや音楽グループの解散やメンバーの脱退も

ファンにとっては寂しいけれど、必要だから起こる現象なんだよ。

(↑※これは音楽ファンの自分へ言い聞かせている言葉でもある。)

 

 

自分の気持ちを誤魔化さない。

目の前の相手を責めることも一切しない。

 

 

ありのままの事実を受け入れてつつ

流れに身を任せて生きていこう。

 

2013年11月 京都にて撮影。

【4コマ漫画】驚愕!地獄の瓶底メガネ事件

前回の記事で

「メガネ」をテーマにした4コマ漫画を描いた。

 

 

 

今回はその続きを描いてみた。

 

 

 

 

………………3コマ目くらいで気がついた方もいるかも知れないが、

 

メガネジャラジャラさせてた奴って

鳥のキャラクターだったんだよね。

 

厳密に言うと「バリケン」ってやつね。

 

首里城の龍潭池によくいるコイツだよ。

 

 

逆にコリュ(キツネっぽいの)と一緒にいるのはキジムナー。

キジムナーは有名だからわかるよね。

 

 

 

ちなみに

 

「キジムナーはオナラをすると逃げちゃう」

 

という豆知識を、僕は沖縄に来て2年目に知ったのだった。

 

 

 

こんな感じで

 

沖縄特有の動物や妖怪を元にしたキャラクターたちと一緒に

コリュの日常をネタにしていきたいと思う。

 

 

…いい加減キャラについても紹介しなきゃな。

 

 

というわけで、

キャラクターの紹介も兼ねたイラストができたら

また紹介したいと思います。

 

 

どうぞお楽しみに〜。

Wixで「完璧じゃない」ホームページ作りました。

タイトルの通りだけど、

今後仕事で必要になると思い、ポートフォリオサイトを作った。

 

 

 

 

正直、自分の「過去の作品」なんて載せても意味あるのか…とも思うんだけど、

現実的に「自分が過去においてしてきたこと」は

自分の人生において大切な一部なわけであり、

それらを否定することはできない。

 

 

そう思って、

「自分自身のまとめサイト」的なものは必要だと感じたのだ。

 

 

まだ準備中のページもあるし、

画像などもまだまだ上げたいものがたくさんあるんだけど

とりあえず人に見せられるレベルまで落とし込んだので公開に踏み切った。

 

 

最近の僕はできるだけ

「完璧」を目指さないようにしている。

 

 

自分ができる限りの力を尽くして、

出来るだけ「早く出す」こと。

 

それが大切だと考えている。

 

 

今までの僕は

「とにかくミスをしないようにしなきゃ」

っていうプレッシャーがあったし、

人から突っ込まれるのを何よりも恐れていた。

 

 

「とにかく人から揚げ足を取られないようにしよう」

「文句言われないような完璧なものを作ろう」

 

 

そればかり考えていたところはある。

 

 

なので、結局頭の中で考えただけで情熱が尽きてしまい、

ついにそのアイデアが日の目を見ることはなかった。

 

 

そんなことも少なくなかった。

 

 

漫画でいうと、キャラクターとあらすじだけ考えて

中身は描かない、みたいな(笑)

 

 

それじゃ人に見てもらえることもないし、楽しんでもらえないよね。

 

 

「こうしてみたらどうだろう?」

というフィードバックをもらうこともない。

 

 

今思えば、

人のアイデアは自分では思いつかないこともあるのだろうから、

「人が反応したくなるもの」を目指していけばよかったのだ。

 

とりあえず描いてみて、途中で飽きたらやめたって全然良いわけだし。

 

 

なので今後は「とにかく行動に移すこと」を重視していきたいと思っている。

 

 

そして、サイトづくりに置いては、

デザインを「いかにシンプルにするか」ということにこだわった。

 

 

以前の僕は「とにかく描き込むこと」に重点を置いていた。

複雑で難解なものが大好きだったから。

 

 

しかし、最近では、「自分の直感」を以前よりも大事にするようになった。

 

 

自分自身も日本各地を旅をしていくにあたって

観光地の飲食店や宿において様々なサービスを受けた。

 

 

その中で、

何が人にとって好まれるのか、

逆に何が嫌がられるのかを考えるようになった。

 

 

その結果…

 

自分のサービスを提供する上では、

 

「わかりやすいもの」

「自分のキャラやストーリーがわかってもらえるもの」

 

こういったものが好まれるのではないか…

 

そう考えるようになったのだ。

 

 

逆に嫌われるのは

 

「サービス提供者の自己満足さがモロに出ている」

 

というものだ。

 

 

実際、ゲストハウスのレビューなどを見ていても、

「宿主の人柄」が大きな影響を与えると思ったし、

ゲストに対するホスピタリティが微妙だと低評価を書かれやすいようだ。

 

 

そういった口コミによって、

「宿主のホスピタリティ」が保証されて安心できるので、

僕自身も「レビューの高い宿」を選ぶ傾向があるのも事実。

 

 

つまりどんなサービスでも

 

「お客様にとってわかりやすいもの」

「つくりはシンプルだけど、素材の良さ、中の人のキャラが感じ取れるもの」

 

それが一番良いと思っている。

 

 

 

その点では、感覚的に操作ができて、

自分の好きなようにサイトが作れる「Wix」って

Webデザインにおいて大きなイノベーションだよなって思った。

 

 

僕はデザインを学んでいるけど、

Webデザインに関しては独学でWordPressを触る上で

ちょっとかじった程度である。

 

 

だからこれまでは、ブログではないサイトを持ちたいと思っていても

思うようなHPを作ることができなかった。

そして結局作らないで時だけが過ぎていく、みたいな。

 

 

しかし、Wixのようなサービスが生まれたおかげで、

Webサイトを作るのにもう面倒な知識はいらなくなったのだ。

 

 

「Webデザインを学ぶなら、一から作れるようにならないといけない。」

というこだわりのある人もいるかもしれないけど、

 

 

そういう面倒な作業は全てプロや機会にまかせて、

自分自身はクリエイティブなこと、

重要な中身に時間をかけるというのも

全然ありだと思うな。

 

 

というか、世の中はだんだんそうなっていくと思う。

要はそれに対して、柔軟に対応できるかどうかだよね。

 

 

細かいことにこだわってやりたいことを実現できずに苦しむよりも、

自分がやりたいことをスピーディに実現するのが良い。

 

そのほうがストレスフリーにもなれるし、

その分、コンテンツの質の高さを上げることが出来るからだ。

 

面白いコンテンツを作ろうと「世界観」にこだわりすぎて、

難しく考えすぎる…なんてことがないようにしよう。

 

 

「世界観」は自分自身が楽しんでコンテンツを作っていけば

自然と築き上げられていくからである。

 

 

 

というわけで、僕のサイト…

 

 

今は「完璧じゃない」サイトだし、

 

僕自身もまだWixを「完璧に使いこなせてはいない」けれど、

 

せめて「完璧じゃないけどこのサイトは見ていて楽しい。」

 

と思っていただけるようになるために

 

充実した内容を充実させるべく、徐々に作り上げていこうと思う。

 

 

 

 

どうぞ今後とも温かく見守ってくださいませ。

相手が自分の領域を犯してきたら戦争しろ!

「戦争」なんてなんだか物騒な言葉を使ってしまったけど、

まぁタイトルのとおりだね。

 

 

ただ僕は、国家間や宗教間などの「戦争」について語りたいわけじゃないから

それを目当てに来てしまった人はブラウザをそっと閉じていただきたい。

 

 

僕が話したい「戦争」というのは

 

「自分を守るための戦争」

「人と健全な関係性を築くための戦争」

 

である。

 

コミュニケーションにおける戦争…

まぁ言ってみれば「喧嘩」や「口論」「自己主張」だね。

 

 

それを踏まえて、

 

「相手と戦争(バトル)して自分の領域を守ること」

 

の重要性について語っていきたい。

 

 

 

先日、とある会社のセールスの人が家に訪れた。

 

恐らく日本中でも大半の人が迷惑しているであろう

あの企業の訪問員だ。

 

 

その人はなぜかアパートの事情を知っていて、

一方的にこちらの事情を決めつけてきた。

 

僕は直感で「こいつは悪質なやつだ」と判断した。

 

 

出かける間際だったし

「急いでいるのですが。」

「さっきも言ったように…。」

とあれこれ説明しても信じるどころか全く聞き入れてくれない。

 

 

それどころか、

相手も「絶対に契約させる」勢いだったのか

何回も何回も同じことを聞いてくるのだ。

 

 

あまりにしつこいから最終的に

「だから言ったでしょ!?」

とキレて無理やり振り払うかのように相手を追い返した。

 

 

とりあえず申し込み用紙だけもらっておけば

相手も納得するだろうと思い、それは妥協したが。

(もちろん申し込むつもりはない。)

 

 

このように無礼な相手、

こちらの「人としての権利」を無視してくる相手、

自分の縄張りを犯そうとしてくる相手etc…には

僕は非常に厳しい態度をとる。

 

 

自分の「領域」を犯そうとしてくるから当然のことだ。

 

 

ちなみに「領域」とは国のように

自分の縄張りのようなものと思ってくれて良い。

 

 

それでもピンとこなければ

こちら↓でも軽く説明しているので参考にしてほしい。

 

 

 

…しかし…

こういう「赤の他人に自分の領域を侵される」経験は

きっと多くの人にあるはずだ。

 

 

 

例えば子供の頃を思い出してほしい。

 

 

親など大人たちから指図や命令をされたことはないだろうか?

 

 

「宿題しなさい」

「部屋を片付けなさい」

「あれやりなさい」

「これやりなさい」

 

 

まぁこんな細かいこといちいち言われてばっかりじゃ

 

 

「うるせーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「じぶんでやるわーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 

 

ってキレたくもなるよね(笑)。

 

 

でも、従わないと怒られる、叩かれるなどされた人もいるはず。

 

 

そのたびに、相手に対して反発心を抱いてしまう。

 

反抗期では荒れてた人も多いんじゃないかな。

 

今リアルタイムで荒れてる人もいるかもしれないね。

 

 

それはまだ良い。

嵐はいずれ治まるときが来るだろうから。

 

 

問題なのは

「これが出来ない自分はダメなんだ」と

自分自身を否定するようになって、

 

大人になった今でもその呪縛から逃れられず

苦しんでいる人も少なくないはずだ。

 

 

親だけでなく、上司や先輩からも似たようなことをされている人もいるだろうね。

 

 

逆に、人をまとめる立場にある人なら、

人に対してそのようなことをしてしまう人もいるだろう。

 

 

こういった

「相手に対して指図をしてしまう」

もしくは

「相手の言うことに嫌々従ってしまう」

 

それは

「相手の領域を犯す」

もしくは

「相手が自分の領域に入るのを許してしまう」

ということにもなる。

 

 

 

「自分らしい生き方」をする上でも、

「相手との依存的ではない健全な関係性を築く」上でも

全く良いことではない。

 

 

 

 

 

それなのにも関わらず、

「本当はこういう事情があるのに…」

といった気持を言葉にできず

逆らえない人は多いだろう。

 

 

しかし、自分の気持ちを押し殺して人の言うことを聞いてばかりいると

全て相手の基準で物事を考えるようになってしまい、

自分の気持がわからなくなってくる。

 

 

「自分はどう考えているのか」

「自分にとって何が嫌なのか」

「自分は何を望んでいるのか」

 

 

こういった「自分の気持ち」がわからなくなってくると

相手が全ての判断基準になってしまい、

常に相手の顔色を伺うようになり

自分らしく自然体に振る舞うことができなくなる。

 

 

「自分の軸」ではなく「他人の軸」で物事を考えてしまうからだ。

 

 

※「自分の軸」「他人の軸」についてはこちら↓を参考にしてほしい。

 

 

「他人の軸」つまり「他者の気持ち優先」で物事を考えると、

自分が何をするにも相手が優先になる「共依存の関係性」になってしまう。

 

 

いつまでも子離れできない過保護な親とか。

DV彼氏と別れられない彼女とか。

 

 

「この子がいなきゃ…」

「この人がいなきゃ…」

と常に自分がいなきゃいけないと思う込んでいる状態のことだ。

 

 

そうしたことを続けていくと、あなた自身も被害妄想にとらわれやすくなる。

 

 

こうした共依存は、

「相手の存在」で「自分自身の存在意義」が保たれているからである。

 

 

いざその関係性がなくなり

(恋人と別れる、親なら子供が勝手にどこかへ行ってしまうなど)、

あなたにとって不都合な状況(破産や病気など)が訪れた時に

 

 

「あの人のせいだ」

「あいつが悪い」

「あの子が〇〇してくれない」

 

という考えに陥りやすいからである。

 

 

これは人を恨んでばかりの人生だ。

 

そんな人生を送るようになってしまうと、

怒りや悲しみのエネルギーを湧き上がらせたまま毎日を過ごすことになり、

あなたが幸せに生きられなくなる。

 

 

なので、今すぐにそれを断ち切ろう。

 

 

「革命」の始まりだ。

 

 

DV彼氏(彼女)を持った恋人は

今すぐに同棲しているアパートから出ていくべきだし、

 

 

子供に干渉してしまう親は

「子供が幸せなら何をしていても構わない」と

良い意味で子供に対して「無関心」になる必要がある。

 

 

逆もあるよね。

 

 

親のことを「鬱陶しい」と思うのなら、

今すぐにでも一人暮らし出来るアパートを見つけよう。

連絡はたまに行えば十分だし、

なんなら海外まで行ってしまっても構わない。

 

 

僕だって一人になりたくて、

ほぼ海外みたい沖縄を選んだんだから。

 

 

「革命」の後には「戦争」が起こる。

 

 

もしそれでも相手が自分に依存してくるのであれば、

「戦争(バトル)」をしよう。

 

 

↑お前こそ口悪すぎだから自重しろ

 

 

自分が思っていることを相手にぶつける。

 

 

僕もそうだが、日本人には口論が苦手な人は多い。

 

怖いかもしれない。

面倒なことになるかもしれない。

 

 

でもね、

「自分の気持を吐き出すこと」は

自分のためでもあり、

相手のためでもあるのだ。

 

 

少しでもあなたを思いやってくれる人なら自分自身で考えるだろうし、

その人自身が自立して人生が良い方向に向かっていくかもしれない。

 

 

逆に、依存的な考えが抜けない人はいつまでも同じことを繰り返すし、

別の「依存させてくれる人」のところへ去っていくかもわからない。

 

 

でも、それは全て「相手の責任」なんだから、

あなたが心配して気にする必要なんてないんだよ。

 

 

少なくともあなたの「思い」を外にだすことで、

相手が成長する可能性を与えることになる。

 

自分の中で悶々としたままでは

その可能性すら0になるんだ。

 

だから、「言葉にする」ことは大切なことなんだよ。

 

 

それでも相手が

 

「あなたに対して過剰な期待をしてくる」

「あなたに対して依存心を抱いている」

「言うことを聞かせようと支配的な態度を取ってくる」

 

 

その状態であなたのところへまた来ようものなら、

完全にスルーして良い。

 

 

もしくは自分の考えをぶつけて、毅然とした態度で追い払えば良い。

しつこいセールスマンに対処するかのように。

 

 

 

「相手と戦争」をすること…

つまり、あなたが自分の考えを主張することは、

少なくともその人にとっては「意味があること」に繋がるはずだ。

 

 

もしそれで

「相手が怒る」「他の人からも責められる」

などの不都合なことが起きてしまっても、

それは放っておいて構わない。

 

 

厳密に言うと、

「受け取り方は人それぞれなのだから、徹底的に相手に任せる」

ということだ。

 

 

 

あなたに覚えていてほしいのが、

「相手が相手自身で考えて処理をするべき課題や問題」は

確実に「相手の領域」

なんだよね。

 

 

少なくても「あなたの領域」ではないはずだ。

 

つまり、あなたが相手の問題を解決する義務はないということ。

相手の問題なのだから。

 

あなたが相手を思い通りにさせたい、

相手に言うことをきかせたいと思い、

相手の「領域」に無理やり入り込んでいくのであれば

相手に反発されても仕方がないだろう。

 

相手だって相手の「領域」を守る権利があるんだから。

 

逆に言えば、

相手が自分の領域に無理やり入っていくのであれば

反発しても良いし、自分の言いたいことを言って構わない。

あまりにも執拗な行為をするのであれば逃げてしまって構わないし、

他の人に助けを求めるのもアリだ。

 

 

…てなわけでまとめると、

 

 

人に振り回されてばかりで疲れている人が

「人の顔色を伺わず、自分の気持ちを最も優先できる生き方」

ができるようになるには

 

 

「相手と自分との問題を明確に区別し、

必要以上に干渉してくる相手には毅然とした態度をとること。

もしくは必要以上に相手に干渉せずに突き放すこと。」

 

 

こういったことが大切なのだ。

 

 

「自分のことは自分で決める」

「相手のことは相手が決める」

 

それを前提にある程度の距離を置いた関係を築くこと。

 

 

それが本当の意味で

「お互いを信頼し、尊重できる」

自立した大人同士の理想の関係だと思うな。

初めてのGIDカウンセリング〜FTMがホルモン治療開始に至るまで〜

僕が生まれて初めてGID(性同一障害)のカウンセリングを受けたのは

芸大に入学して間もなくだったと思う。

 

 

たぶん2009年あたり…ということは今から10年くらい前か。

 

 

その頃の僕はというとまだまだ暗く挙動不審だったので、

 

「俺、どう見たって女なのに男として生きて良いのか…」

 

という感じで

見た目上のコンプレックスと罪悪感があり、

なかなか男として生きていくことに踏み出せずにいた。

 

 

実際に学校も女として通っているわけだし、

アルバイトなども女として働いていた。

 

しかし…

 

 

「自分は男」

「少なくとも女ではない」

 

…という明確な自己認識はあったので、

モヤモヤしながら毎日を送っていたのだ。

 

 

そして、自分なりにネット上でいろいろ検索したところ、

とあるクリニックがGIDのカウンセリングを行っているということなので

問い合わせて行ってみることにした。

 

 

カウンセリングは思ったほど色々聞かれるわけじゃなかったが

ちょっと気になることがあった。

 

いや別に大したことではないんだけど。

 

 

その時のことを以前のブログで漫画に描いていたので

ぜひご覧いただきたい。

 

 

 

※以前のブログなのでキャラのデザイン違う

 

 

…………………さて、このブログをご覧頂いている方の中にはもしかしたら

「これからGIDのカウンセリングを受けたいけど悩んでいる。」

という方がいるかも知れない。

 

 

全く参考にならなくて申し訳ない(笑)。

 

 

まぁお医者さんは色んな人がいるし

大抵皆優しいから大丈夫だよ(笑)。

 

 

 

あと1回目の通院か2回目か忘れたけれど、

心理テストみたいなものもやったな。

 

 

その時の結果がこちら。

 

 

 

 

「全部高いね。不安定なの?」って言われたよ。

 

 

たしかにそうだよっっっっっっ!!!!

 

 

あとは3ページくらいに渡って色々な質問が書かれた紙を渡された。

 

 

質問は日常的な内容はもちろん、結構哲学的な質問まであった。

俺は真面目に全部答えた。

 

 

 

それは何か参考になったのだろうか?

よくわからない。

 

 

 

 

そんなわけで1回2回くらいの通院で

すぐにセカンドオピニオンの紹介をされたので

ファーストオピニオンは思ったより早々に終わった。

 

 

ちなみに最初、クリニックに行った時に、

 

「こんなイベントありますよ。」

 

と、とあるGID関係のイベントを紹介された。

 

 

偶然にもそのイベントがある前日だったので

急いで申込みをして、ドキドキしながらその集まりに行った。

 

 

 

 

僕もある種、FTMには偏見を抱いていた。

 

 

 

 

栃木にいた時に唯一会ったFTM?の人がいるのだが、

その人は厳密にはどちらかというと中性でビアンって感じの大学生(当時)だった。

(もちろん性別は多種多様だから何でも良いんだけど、本人がそんな感じのこと言ってたので)

 

 

 

「彼」も若かったからだと思うけど、自分の中の「正義」というものがあるらしく、

思ったことやキツイことバンバン言うところがあって

やっぱりこういう人って攻撃的なのかなって思っていた。

 

 

 

 

あとネット上では結構オラオラ系のFTMをよく見かけていたものだし、

掲示板などでも「一般的なFTM像」に当てはまらない人達を

「なんちゃってFTM」「自称FTM」と非難する人もいたわけだから

「人をジャッジするような人がいないだろうか」って不安もあった。

 

 

 

僕が「一般的なFTM像に当てはまるか」不安もあったわけだし。

 

 

今は全くどうでも良くなってるけどね。

当時の僕にとってはかなり深刻な問題だった。

 

今思えばかなり狭い世界や情報の中で生きていたなと思う。

引きこもりだったから仕方ないけど(笑)。

 

 

 

実際にドキドキしながらGIDのイベントに行ったところ…

 

 

 

皆いい人だった!!!!

 

 

 

その時は団体の決起会という趣旨のイベントだったんだけど、

スタッフさん同士皆仲が良くて、

誰かのことを非難する人なんて一人もいなかったな。

 

 

しかも色々な人がいるし、

皆自然体の僕を受け入れてくれた。

 

 

自分は別にイキる必要がない。

このままで良いんだって思えたんだ。

 

 

そして2年くらい後、

僕もそのGID団体のボランティアスタッフとして関わることになり、

今もその人達との関係は続いている。

沖縄県内でGIDの交流会などの企画も行っている。

 

 

同じ悩みを抱えた者同士って、やっぱり通じるところがあるんだろうね。

 

 

というわけで、今後、イベントなどの情報があったら

こちらでも共有しようと思う。

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