石垣島離島巡り①〜滞在初日はアットホームな白保で〜

2018年10月末〜11月上旬のことだった。

 

念願の石垣島へ4泊5日の旅をした。

 

その時のことを書いていきたいと思う。

 

 

 

僕は沖縄で生活を始めて10年以上になるが

実は石垣島に行くのは初である。

 

 

前から行ってみたいと思っていたが、

どうにもタイミングが掴めなかった。

 

 

しかし、Vanilla Airで那覇〜石垣の路線ができたのをきっかけに

今年こそは!と石垣島への旅行を目論んでいた。

 

 

そして、ついに!!

 

 

セールで石垣島行きのチケットを確保したのだった。

 

 

 

 

行きと帰りで4000円くらいだった。やっす!!!!

 

しかも、行きは500円くらい、帰りは2000円くらいだったから

帰りの便の選び方によってはもっと安く出来たかもしれない。

 

しかし、滞在日数と帰りの便の時間を考えると

これがベストだと判断した。

 

 

ちなみにこのチケットを確保したのは

同年8月下旬に青春18きっぷの旅に行く前であった。

 

 

この旅は四国から地元・宇都宮まで何日かにかけて

日本を電車で縦断するというものだった。

 

※青春18きっぷの旅の記録は↓こちらから辿ることができる。

 

次々と電車を乗り継いでいくのは本当に楽しかったので、

皆さんも機会があればぜひトライしてみてほしい。

 

 

 

僕は電車の旅も好きだが、離島の旅も好きだ。

 

 

僕は基本的に物欲があまり無いので、発展したエリアでショッピングを楽しむ…

などということはあまり好まない。

 

以前は今と比べて物欲がかなりあったのだが、

「本当にほしいわけでもなく、無理して商品を買っている」

そんな自分に気づいたのだ。

 

断捨離イズムを身につけるようになってからは

最低限のものしか買わなくなっているが

これが本当に楽なので、今もこのスタイルを続けているという感じだ。

 

 

物欲は減退しているが、

その代わり、食欲と好奇心が異様に旺盛なため

自分の足であちこち探検して

いろんな景色を堪能して

美味しいものを食べるのが好きだ。

 

 

そんな旅をこれからも続けていきたいと思っているし、

今回の旅もすごく楽しみだった。

 

 

さて、肝心のVanilla Airはというと

10月でオフシーズンということもあってか

 

 

LCCなのに!!!!

 

 

LCCなのにだよ!!!!

 

 

行きも帰りも隣に人がいなくて非常に快適だった!!!!

 

 

そう、こういうこともあるので、

あなたもなるべくなら大型連休やオンシーズンではなく、

ご自身で好きな時に好きな場所へ旅行を楽しむことをおすすめしたい。

 

 

僕自身、混雑時期を避けるタイミングはなんとなくわかってきたので、

あとは那覇空港のあのテンション下がる倉庫みたいな第3ターミナルから

ANAやJALなどと同じ建物に移行してくれる日が待ち遠しい。

(2019年に実現されるけどな。)

 

 

 

 

さて、飛行機からの景色を楽しみつつ、

石垣空港に到着。

 

 

 

 

いつも飛行機は本土ばっかり行ってるからか

約1時間のフライトってものすごく短く感じる。

LCCで十分だね。

 

空港は全体的にオシャレな印象だ。

 

 

以前の石垣空港は今ひとつだと聞いていたけれど、

この空港なら旅が楽しくなりそうだね。

 

 

 

以前の石垣空港を知らないのだが、リニューアルしたからこうなったのかな?

 

 

行きはすぐに宿へ向かってしまったので、

特に内部の写真は撮らなかったのだが、

帰路の際にゆっくり過ごしたので、空港の様子はその時の記事で紹介しよう。

 

 

宿に行く前に空港内のドラッグイレブンで水とお菓子を購入し、バスに乗車した。

 

 

この日、那覇は晴れていたのに、

台風が近くに来ているためか天気は荒れ模様だった。

 

 

バスからの眺めも荒れ放題だったので

本来の景色を楽しむことは出来なかったが、

これはこれで貴重な経験。

 

 

そして、バスに揺られること10分くらい…

 

 

 

こちらのバス停で降りた。

 

 

ばすきなよ?変わった名前だよね。

 

 

よくわからないけど、

バス停になるために生まれてきたような名前に思えた。

 

 

本来はどんな意味があるのかとても気になる。

 

 

…さて、なぜこのバス停で降りたかと言うと、

この日は石垣市内の中心部には行かないからだ。

 

 

この日は昼過ぎまで仕事だったし、飛行機の便が夕方着なので

初日は近くで食事をして寝るだけで良いかなと思っていたのだ。

 

 

楽天トラベルで見つけた、安くてアットホームそうな民宿があったので

こちらを利用することにした。

 

 

 

民宿 ザーバル <石垣島>」さん。

 

これはこれで不思議な名前だ。

 

どんな意味があるんだろう…。

 

 

まぁそれは置いといて、

この日、台風の影響で飛行機が飛ばなかったら

もしかしたらキャンセルになってしまう可能性もあったので、

無事にたどり着けたことには正直ホッとしている。

 

 

 

テーブルにコーラがおいてあるけど、これはわけがある。

 

いや、単純に飲みたいからといえば、そうなんだけど…。

 

 

宿から歩いて数分くらいの自販機でジュースを買ったのだが、

残念なことにそのジュースには「アセスルファムK」が入っていて

これがありえないくらいまずかったのだ。

 

 

食いしん坊なので基本なんでも「美味しい」って言って食べる性格だが、

もう2口目を飲むのが憂鬱になるのがまずくて

これはもう無理!!!!と思ったくらいだった。

 

 

もったいなくて罪悪感があったけど、

そのジュースは捨てて、コーラを口直しとして買い直したのである。

 

 

一時期、市販の清涼飲料水やジュースなどは糖分がすごいので

ほとんど飲まなかったのだが…

 

 

最近は緩んできていて、

コーラ(ただし人工甘味料じゃないやつ)なども飲むようになった。

 

 

「飲んじゃいけない!」みたいなストレスがあると

かえって身体を壊してしまうと思うようになったからだ。

 

 

まぁそんなに頻繁に飲むわけじゃないから別に良いかと思って。

 

 

 

 

ソファーベッドが2つあったけど、

こちらの部屋は本来なら2~3人用の部屋なのかな?

 

 

この日は宿泊客が僕しかいないということだったので、

大きめのお部屋を用意してくれたのだろう。

 

 

その心遣いが非常に嬉しい。

 

 

基本的に安い宿は当たり外れ激しいので

ロケーションさえ気にしなければ、コスパ最高の宿だと思った。

 

宿の方も親切だし、次回もぜひ利用したい。

 

 

 

…さてと、お腹が空いてきた。

 

 

 

親切な宿の方に食事処を聞いたら、

こちらが開いているだろうということで紹介してもらった。

 

 

 

 

「ファミリーダイニング絆」さん。

 

 

居酒屋のようだが、定食メニューも豊富だった。

とにかくボリューム満点のご飯が食べたい僕は

こちらのトンカツ定食を注文。

 

 

 

石垣島らしい食事ではないが、

石垣島の人と同じようなスタイルで食事を楽しむという点では

ある意味石垣島の人らしい食事なのかもしれない。

 

 

こじんまりとしているが、地元の人や外国人の方がいて、

荒れた天気の中でもホッとするような空間だった。

 

 

さて、これらの宿と居酒屋がある白保というエリアは、

コンビニなど、夜でも空いているお店が殆ど無い。

 

 

なので、レンタカーを借りる予定のない人は、

空港で食料を購入しておくとよいだろう。

 

 

そのかわり、グーグルでレストランや定食屋を検索したところ、

白保エリアには地元の方に人気らしい、気になるお店がちらほらあったので

次の旅の時にはぜひ行きたいと思った。

 

 

僕は観光客向けのお店よりも

地元の方がよく行くようなお店に興味がある。

 

 

そういったお店からお店の人と地元の人とのやり取りを通して、

そのエリアの人の生活が見えてくるからね。

 

 

今回の石垣島の旅でも、

そこで暮らす人々の色んなキャラクターを知ることが出来たらと思う。

 

 

ただ、残念なことに台風が停滞しているため、

滞在中はほとんど天気が悪いと思われる。

 

 

しかし、それ以上にまだ見ぬ土地の旅が非常に楽しみでもある。

 

 

 

雨が降っても槍が降っても

 

頭上に石垣が落ちてきても

 

旅行をどう楽しむかは全て自分次第!

 

(↑いやさすがにそれは死ぬか…)

 

 

 

…というわけで、滞在2日目となる翌日は、

いよいよ離島めぐり初日となる。

 

 

ゆっくりまったり

楽しい八重山離島への旅を実現させようかね。

ストレスフリーの人間関係は…「相手に諦めさせろ!」

今回は「楽な人間関係を構築する方法」について話したい。

 

 

以前投稿した記事で

あるがままに生きる」という書籍についての感想を書いた。

 

 

↓その時の記事はこちら

 

 

 

この追記的な内容として、

著者の足立氏が、

楽な人間関係を構築するには、「相手に諦めてもらうこと」が大切

ということを説いていた。

 

 

 

つまりそれはどういうことかと言うと、

「本来の自然体のあなたのままで、相手に許してもらう」

ということである。

 

 

 

日本社会はガチガチのルールや固定観念で固められている。

 

 

「こうするべき」「こうあるべき」といった理想像を押し付けられ、

挙句の果てには暗黙のルールまで存在する。

 

 

子供の頃から「学校」や「教育」というもので

本来の自分ではない自分像になるように矯正されてしまい、

その自分像に合わせるために無理を強いることになってしまう。

 

 

それで登校拒否になったり、

ストレスによるいじめなどの問題も起こるようになったり、

鬱になったり、

最悪の場合…命を絶ったりしてしまうこともある。

 

 

それは大人になっても同じようなもので、

会社でも「パワハラ」などの暴力が自らの身に降りかかる場合もあれば、

人間関係などの様々な問題が起こって働きにくさを感じることもあるだろう。

 

 

 

相手の顔色を伺って自分の意見を押し殺してしまう、

あなた自身の意志や希望ではなく、相手にとって楽な方法を選択してしまうなど、

他人を軸とした判断が癖になってくると、

「空気を読む」「人に気を使う」など、無理をすることが多くなる。

 

 

あなた自身が好きなように行動することができなくなり、

不満を抱えてしまう原因にもなる。

 

 

本来ならば、「無理をしない程度に人に合わせられる」ことが

最も無難で円滑な人間関係であるが…

 

 

中にはものすごくわがままな人や、

自分の意見を絶対に曲げない頑固な人、

あなたの意見を聞きいれようとしてくれない人、

そんな人だってたくさんいるだろう。

 

 

また、あなた自身がちょっとでも好きにやろうとすると、

あなた自身が楽になるように動こうとすると、

嫉妬心からなのかか、はたまた自分にとって都合が悪くなるからか、

いろいろ理由をつけて文句を言ってくる人もいると思う。

 

 

そういった人と出会った時に

あなたは不満やストレスを感じることになるだろう。

 

 

 

それでは、どうすればあなた自身が

ストレスを感じないようになるかというと、

 

 

「相手に諦めてもらえるように行動していく」ことだ。

 

 

「私はこれがありのままの私で、私の魅力なんです。

だから許してね〜。」

 

と言わんばかりに開き直って自由に振る舞ってしまうのだ。

 

 

相手も最初は戸惑ったり怒ったりするかもしれないが、

それでも気にせずに自分のやりたいように行動していく。

 

 

それを繰り返していくうちに

やがては「〇〇さん(あなた)はこういう人なんだ」と思ってもらえて、

相手に受け入れてもらえる、諦めてくれるようになることだろう。

 

 

そのかわり、自分のワガママばかり言って

相手のワガママを全く聞いてあげないのはいけない。

 

 

自分にとって都合の悪いことや

相手の困った部分があっても

 

「この人は、こういう人なんだ」

 

と思って、ありのままの相手を受け入れてあげること。

 

 

 

人間関係はバランスだ。

 

 

 

あまりにも一方の要望が強すぎると、

一方に無理を強いることになり、

関係性が壊れてしまう原因になりかねない。

 

 

あなたが我慢し続けていると

人間関係の天秤はいずれ壊れてしまうだろう。

 

 

そうならないように、

お互いに「諦めること」「譲歩すること」で

円滑な関係を築くことが出来るのだ。

 

 

ただ、やっぱり自分にとって「合う人」「合わない人」はいるだろう。

 

 

「諦めること」「諦めてもらうこと」が出来そうにない、難しいと判断したら、

その相手や職場、グループとは離れることも考えよう。

 

 

 

…とは言っても人に気を使ってしまう人にとっては

なかなかうまく行動できないものだろうし

ちょっとでも相手が不満を露わにすれば、

自己否定をしたり申し訳なく思ったりしまうこともあるだろう。

 

 

もうこの際言おう。

 

 

 

全然気にしないで良いよ。

 

 

 

僕がかつてのアルバイト先でシフトの希望を提出した時のことだ。

 

 

「この日人がいなくなりそうなんで出てほしいんですけど、できますか?」とお願いされて、

「良いですよ。」と自分の予定を調整した。

 

 

 

しかし、実際にその「相手の希望日」に出勤した時だ。

 

 

 

「コリュさん、今日出勤でしたっけ?」

 

と言われてしまったのだ。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ?????

 

お前が頼んだんだろ!!!!

 

そのために他の予定も調整したんだよ!!!!

 

自分の言ったことには責任持てよ!!!!」

 

 

とイラついたものだ。

 

 

 

今では、この人はちょっと抜けている部分があったんだなとわかったし、

面倒なら断ればよいのに、お願いを受けてしまった自分が悪いって解釈してるけどね。

 

 

このように、

 

「あなたが相手のためにやってあげたことが、

相手が全くそれを感謝していないどころか

完全に忘れてしまっている。」

 

きっとあなたにも、そんな経験があるんじゃないかと思う。

 

 

 

僕がこの経験を通して得られたことは

 

「自分が思っているほど相手は自分のことを把握していないし、気にしていない。」

 

ということだ。

 

 

 

もしかしたら

 

「興味すらないのかもしれない。」

 

…ということにも気づくきっかけにもなった。

 

 

 

その一方で、僕自身が1週間くらいの長期休みをとった時、

相手にちょっと困ったような反応をされたことがあった。

 

 

しかし、後々になって

「この時期こんなに休んでましたっけ?」

と言われたのである。

 

 

 

その時に

 

「別に遠慮なんかする必要ないんだな」

 

って思ったよ。

 

 

 

休みたい時は休めばよいし

やめたい時はやめれば良い。

 

 

もしかしたら、あなたの性格や相手との関係性により

意見や要望が言いにくいこともあるかもしれない。

 

 

しかし、実際相手にあなたの希望や要望を言ったところで、

その時は文句を言われるかもしれないが、

大抵の場合は、意外と大丈夫だろう。

 

 

あなたが自分を優先して行動したところで、

相手から面倒臭い、厄介な人と思われたり、

愚痴や不満を漏らされたりするくらいで、

少なくとも命の危機を感じる事態にはならないはずだ。

 

 

こういうことを続けていくうちに、

いずれ相手が「あるがままのあなたのキャラ」に慣れてくるはず。

 

 

そうなったらもうこっちのものである。

 

 

相手に「〇〇さん(あなた)はこういう人だ」と諦めてもらえたら、

あなた自身がやりやすくなるはずだ。

 

 

あなたが好きなように行動することで、もし恨みに思われたとしても、

それはその人自身の問題なんだから、あなたが気を使う義務なんてまったくない。

 

 

相手の問題は相手の問題であり、

あなたの問題はあなたの問題だ。

 

 

一緒にせずに切り分けて考えよう。

 

 

 

 

さて、今回は

 

一方的なルールや価値観の押しつけなどでガチガチになりがちな社会で

あなた自身が少しでも楽になるようにするには…

 

 

あなたがありのままの自分で生きること、好きなように行動することを、

「相手に諦めてもらうこと」が大切。

 

その上で「あなた自身も相手を受け入れて諦めること」で

円滑な人間関係を築くことができる。

 

 

…ということについて話した。

 

 

お互いの「要望と許容」のバランスが良ければ

人間関係の天秤も保たれる!

 

 

 

夢や目標は諦めない!!

 

 

…とよく言われるだろう。

 

 

でも…

 

 

人間関係は諦めが肝心!!

 

 

自分自身のこだわりが強い人も

ちょっとだけ他の人のことを諦めて、許してあげよう。

 

 

 

そうすれば本来の自分自身も許し、愛することができるはず。

 

 

 

以前のあなたよりちょっとでも諦められるように

相手に「ありのままのあなた」を受け入れてもらえるように

少しずつあなた自身を開放していきましょう。

依存的な相手の言いなりにならない魔法の言葉

以前、「”あなたの領域”に他人が踏み込んできたら」

という内容の記事を書いたことがある。

 

 

 

 

まず、相手があなたの領域に踏み込むこと…

 

 

それはつまりどういうことかと言うと、

 

 

「あなたは〇〇すべき。(決めつけ)」

「〇〇しなさい。(命令)」

「〇〇しないと〇〇しません。(条件を提示)」

 

 

といったように

相手の都合を考えず、一方的に相手に要求をすることだ。

 

 

上で紹介している記事は、

相手からそのようなことを言われた時に、

あなた自身を楽にする考え方を説明したもの。

 

 

自分の領域も相手の領域も尊重し、

感情が込み上げたら言いたいことを言うことで、

依存的な相手を振り払い、相手との適度な距離を保つことができるのだ。

 

 

…さて、今回の記事では

「なぜ、相手の領域に踏み込んではいけないのか?」

もう少し詳しく説明したいと思う。

 

そしてさらに、

「相手の言いなりにならない魔法の言葉」

伝えていけたらと思う。

 

 

 

相手の領域に踏み込みすぎるとどうなるか?

 

 

「あなたは〇〇すべき。(決めつけ)」

「〇〇しなさい。(命令)」

「〇〇しないと〇〇しません。(条件を提示)」

 

 

こういうことを言い続けているとどうなるか?

 

 

 

まぁ、仕事にしろ家庭にしろ

相手が言うことを聞いてくれれば、

あなたはやりやすくなるよね。

 

 

自分にとって都合が良い人物になるように、

すごく嫌な言い方だけれど、

相手を「調教」「教育」するわけだから。

 

 

 

しかし…

これはお互いに信頼しあっている関係ならまだ良いのだけれど、

中途半端な関係性だと相手から反感を買うことになる。

 

 

また、たとえ信頼しあってても、

「相手が反発しないから」

と調子に乗って一方的な要求をするのもよくない。

 

これも相手が不満を抱えてしまう原因になりかねない。

 

 

 

それでは、どういうやり方で伝えればよいかと言うと…

 

 

すごく基本的なことだけれど、

相手に「お願い」することだ。

 

 

なぜ、「お願い」なら良いかと言うと…

 

 

最終的に「そのお願い」を受け入れるかどうかは、

相手が判断することだからだ。

 

 

これは別に「自分の意見を押し付けている」わけではないよね?

 

 

自分の要望を言っただけで、相手の領域には踏み込んでいない。

 

 

あなたのお願いに対して、もし相手が「無理、出来ない」と感じたら?

当然、断られることになるのだけれど、

それでも相手を恨んではいけない。

 

 

「ダメか…仕方がない。じゃあ別の方法を考えよう。」

 

…と、気持ちを切り替えて、また別の方法を考えれば良いことだ。

 

 

成長が出来る人というのは、

どんな状況も楽しみながら前向きに試行錯誤をしていく人だ。

 

 

逆に、依存度が高い人間は

自分の思い通りにならないと不平不満や文句を言うのだ。

 

 

僕も過去に関わってた人は

身内も含め後者のタイプが本当に多かったし

僕自身もそうだった。

 

 

僕自身も「嫌われたくない」「あることないこと言われたら嫌だ」

という恐怖心を抱いていたので

無理をして自分を安売りすることも多かった。

 

 

過剰な要求を受けてオーバーワークをしてしまうため

ミスも多くなるし

さらに「ちゃんとやらなきゃ」という強迫観念に囚われて

自分自身が疲弊してしまう。

 

 

結果、自分の価値を自ら下げてしまい

相手からも

「だからあなたはダメなんだ」と否定され

より多大な要望や要求を受けることになってしまう。

 

 

自分自身も

「こんなことも出来ないから自分はダメなんだ」

と思うようになる。

 

 

そういったことが積み重なり、

クレームや批判などをやたら恐れるようになってしまった。

 

 

 

でも、今なら言える。

 

 

 

そういった一方的な押しつけや決めつけは

 

 

すべてスルーOK!!!!

 

 

…ということを。

 

 

あなたが嫌だと感じる言葉をスルーするためにも

この魔法の言葉を唱えれば良い。

 

 

「そうですか。あなたはそう思うんですね。」

 

 

この言葉自体は、相手自身を受け入れ、

相手の意見に対して最低限の敬意を払っているので、何ら問題ない。

 

 

しかし、あなた自身は相手の意見や要求に対して従う必要はあるのか?

当然、そんな義務は全くないのだ。

 

 

相手の言うことを聞き入れるも聞き入れないも、

あなた自身が判断してよいのである。

 

 

人の意見に左右されることがなければ、

あなたの領域に相手を踏み込ませないで済む。

 

つまり、相手があなたを「都合の良い奴」と認識しなくなるので

相手があなたに対して依存してこなくなる。

 

結果、相手とあなたの距離感を適切なものに保つことが出来るし、

不平不満ばかりの嫌な人はあなたの元から離れていく。

 

 

逆にあなたが人の意見にいちいち左右されることなく、

「ブレることのないしっかりした自分」を確立していれば

あなたを大切に思う人ばかりが寄ってくるようになる。

 

 

それでもギャーギャー言ってくる奴には

頭の中で次のような言葉を呟いても良いし

場合によっては口にしたって構わない。

 

 

「あ、そう。」

 

 

面倒くさい奴にはこの一言で突っぱねれば良いことだ。

 

 

 

「右から左へ受け流す」どころか、

安全圏(自分の領域)というバリア内にいるから一切寄せ付けない。

 

 

 

まとめると、

あなたが人から要望やアドバイスを受けたとして、

それを「参考」として受け入れるのは良いのだけど、

すべて従う義務や必要は全くないということ。

 

 

「意見の一つ」として捉えれば良いだけだ。

 

 

 

…さて、ここで気をつけたいことは、

あなた自身も相手に対して、

どうしても言いたいことがあるとか、

相手に対して意見や不満があるとか、

アドバイスをしたいとか、

接している上で様々な願望や要求が出てくると思う。

 

 

それを言ってはいけないということではない。

 

 

むしろ、言いたいことは言っても構わない。

 

 

ただ、

「最終的な判断はすべて相手自身にある」

…ということを覚えておこう。

 

 

 

このような考え方を繰り返していくうちに、

「相手があなたに求めていること」を理解しつつ

「あなたが相手に求めていること」をはっきり伝えられるようになるはずだ。

 

 

僕もまだ自分の思いを伝えるのがうまくできないのだが、

以前よりかは意見を言えるようになったし

むしろ誰も仕切らないと、自然と中心的存在になる…

そんな一面があることにも気づくようになった。

 

 

何も言わないくせに全て相手任せにして不平不満を言う…

そんなダサい奴になりたくないからだ。

 

 

 

一人ひとりにとって価値観やルール、正義は違う。

 

 

それがぶつかった時に

相手に対して憤りを感じるかと思う。

 

 

そんな時は

「そう思う人もいるんだな。」

「色んな意見があって面白いな。」

「教えてくれてありがとう。

くらいに思って

あまり深く考えすぎないようにしよう。

 

 

例えあなたと意見や考え方が違う人と出会っても

「あなたが大切にしていること」も

「相手が大切にしていること」も大切に出来るように

 

 

また、相手に言いたいことを言わせてあげながら、

あなた自身も言いたいことを言えるようにするために

 

 

お互いに尊重し、信頼できる人が常にあなた自身の周りにいる…

あなたにとって心地よい環境を見つけられるように

 

 

少しずつでも良い。

 

誰の基準でもない、「あなた自身が感じている思い」を

眼の前の人に伝えられるようにしていきましょう。

他人のあら捜しを今すぐやめるべき理由

「人は他人を理解することは不可能」

 

そんなことはわかっている。

 

 

しかし、ちょっとでもわかり合いたい、

心が通じ合いたいと思うのが人間というものだろう。

 

 

それが出来ないと、相手のあら捜しをし始める…

そんな人が本当に多い。

 

 

僕自身も以前は壁を作っていたこともあり、

あまり人付き合いが得意な方ではなかった。

 

集団の中にいても、浮いてしまうことが多かった。

 

今だって必要以上に深い人間関係を構築しないタイプではあるが、

周囲の雰囲気に対しては非常に敏感に察知してしまい、

あれこれ考えてしまうことがある。

 

 

例えば…

 

 

皆が誰か特定の人の悪口を言っている光景を目にするたびに、

 

 

「なぜあの人は浮いているのか?」

「皆が言うほど悪い人ではないんじゃないか?」

「というか、色んな人がいる所で人の悪口言うなんてすごく迷惑。」

 

などと思ってしまうのだ。

 

 

その際に、「いいや、俺には関係ないし」って思おうとしても

嫌でもその「浮いている人」と「自分」が重なって見えてしまうのだ。

 

 

パワハラなど人に意地悪をする人間なら嫌われて当然と思うが、

悪気なく自己中な考え方の人や仕事ができない人、

不器用でうまく人間関係を築けない人も世の中には沢山いるわけであって

そういう人達がどんなことを考えているのか

僕は非常に興味があるのだ。

 

 

心の中ではありがとうと思っていても

うまく気持ちに表せないだけかもしれないし、

平静を取り繕ってひょうひょうとしているけれど、

実は人との距離を感じて寂しさや虚無感を感じているのかもしれないし。

 

 

だから、出来るだけ人を嫌いにならないようにしたいとは思う。

 

 

しかし、人は「わからない」ことに関しては恐怖や不安を覚えるもの。

 

 

自分自身が「相容れない、理解できないタイプの人」と出会うと

どうしても警戒してしまうんだろうね。

 

 

だから、口数少なく誤解されやすいタイプの人や

一般常識からズレているちょっと変わった人というのは、

相手から勝手に決めつけられて損をすることが多くなる。

 

 

その人を受け入れる余裕のない相手からすると

一つ一つの行動が悪気のあるものにしか見えなくなるからね。

 

 

まぁそれは受け取る相手の問題だからどうすることもできない…

そうやって割り切るしかないんだろうけど。

 

 

 

しかし、今の日本社会では

 

「仕事ができるかできないか」

「協調性があるかないか」

「気遣いができるかできないか」

 

…などといった偏った価値観で人を判断しがちだ。

 

 

これらの項目に当てはまらないと、

またたく間に「浮いた人」になってしまい、

皆がその人に対する愚痴や悪口、陰口、噂話大会をするわけである。

 

職場で他の人がいるのもお構いなしに不満を垂れ流す人達もいれば、

本人がいる空間でコソコソと話す人達もいる。

(↑この光景を見るたびに、「いやそれ絶対聞こえてるから」って思うが…。)

 

 

その場にいるすべての人があなたと同じ考え方とは限らないと思うが、

その可能性を想像することすらできないのだ。

 

 

それで、実際に嫌いな人とコミュニケーションをとるとなると、

多くの人が表面上穏やかに取り繕っているが

最悪の場合、いじめなどに発展する可能性だってあるわけだ。

 

 

そうして今の日本は勤務時間だけがやたら長く

給料も少なくて人間関係や職場環境も最悪の

働きづらい職場が多く存在するわけである。

 

 

こういった環境を生み出さないためにも、

 

まずはあなた自身が、

 

「皆が自分と同じ意見だと錯覚をすること」

 

という考え方にならないように注意する必要がある。

 

 

例えば…

 

「私だって我慢してるんだから、あなたも我慢するのが当然でしょ?」

 

という考え方に一度陥ってしまうと、

否定的な見方でしか相手のことを見られなくなる。

 

 

我慢している自分を肯定するために、

「あの人は〇〇してくれない。」

などと相手に対して勝手に期待して、

相手のあら探しをするわけだ。

 

 

それで共感してくれる相手を探して、

悪口大会に発展してしまうわけである。

 

 

しかし、それって非常に視野が狭い考え方だなって僕は思う。

 

 

 

視野が狭いということは、

隙間から覗くようなものだ。

 

 

 

 

つまり、見えている部分が限られてくる。

 

 

そうなると、良くも悪くも相手のことをピンポイントでしか見れなくなるのだ。

 

 

相手のことを好きすぎれば盲目になって

相手の人物像を自分の都合が良いように妄想したり期待したりようになるし

(↑いわゆる「脳内お花畑」ってやつだね。)

 

逆に、嫌いすぎれば否定ばかりするようになる。

(↑いわゆる「アンチ」ってやつだね。)

 

 

どちらも、相手の一部分しか見えていないからだ。

 

 

徐々にでも良いから、視野は広くしていこう。

 

 

視野を広くすれば、見えている部分が多くなっていく。

 

相手のことだって「景色の一つ」と思えるようになるし、

相手のちょっとした欠点も気にならなくなる。

 

 

 

 

 

あなたが見ている世界(景色)の魅力的な一部として、

ありのままの相手を愛せるようになる。

 

 

そもそも人は完璧ではない。

 

 

あなたがよく思っていない相手について、

もしかしたらその仕事はその人にとって向かないのかもしれないが、

その他の分野できっと輝ける場があるはずだ。

 

眼の前の相手を「こういう人だ」とただただ受け入れる…

それで良いじゃないか。

 

 

人によって能力に差があるのだから、

出来ないこと、苦手なことがあるのは当然だし

僕やあなただって

自分自身が出来ないことを他の人にカバーしてもらっているわけだから

皆お互い様なのだ。

 

 

さらに、もしあなたが今自分自身が置かれている状況を

「我慢している」と思うのなら

ちょっとでも「我慢しない」ような方向へもっていくように

あなた自身が努力するのも一つの手である。

 

 

例えば…

 

①人生の学びや人間の研究だと割り切って今の環境に居続ける。

②快適な環境に身をおくために、思い切って抜け出してしまう。

 

などあると思う。

 

 

仕事だと転職が後者に当たると思うが、

「今の環境がどうしても耐えられない」と感じたら

自分から早々に立ち去るのがいち大人としてのマナーだと僕は思う。

 

 

被害妄想を抱えながら不平不満を言いながら仕事をするのは

自らマイナスの波動を放って他の人や環境を汚染させてしまい、

あなた自身もその放った言葉で汚染されてしまう。

 

 

不平不満、悪口や陰口、愚痴などエネルギーを下げる言葉を放っても

その状況が良くなるわけじゃない。

 

むしろ悪くなるばかりだ。

 

 

 

だから、悪口は今すぐにやめよう。

 

それが出来なければ、仕事自体をやめよう。

 

 

僕だって以前はギブアンドテイクの考え方になりがちだった。

 

 

ギブアンドテイク…

この考え方はビジネスなど、人と何かを交渉する上では必要かもしれないけれど、

あなた自身を本当の意味で開放するには、

あまり良くない考え方だと僕は思っている。

 

 

ギブアンドテイクの考え方による悪い影響について

詳しくはこちらの記事↓を参考にしていただきたい。

 

 

ギブアンドテイクではなく、

「ギブ&ギブ」の精神になることが大切だ。

 

 

それはつまり…無償の愛。

 

眼の前の相手に愛を与えることだ。

 

 

 

 

さて、あなたは今、どこか人と「ズレている」部分があって

生きづらさを感じてはいないだろうか?

 

 

 

僕は、自分自身が仲間だと認識している人に関しては、

出来るだけその人のことを受け入れて理解したいし

僕自身もその人を通していろんなことを学びたいと思っている。

 

 

 

あなた自身だってきっと良い部分がたくさんあると思う。

 

 

無理に資格や技術なんて得ようとしなくても、

まずはあなた自身のことを十分に愛してほしい。

 

 

それが出来たらきっと、

相手のちょっとしたミスや欠点も気にならなくなるはずだ。

 

 

 

あなたにしろ相手にしろ

 

「そのままで十分に価値がある存在」

 

そう思えるようになるだろうし、

自然と、何もかもを許せるようになるはずだ。

 

 

そしたら、眼の前の人を愛せる余裕が生まれるはずだし、

素晴らしい世界(景色)が目の前に広がっていくはずだ。

 

 

 

そんな世界(景色)を毎日眺めることが出来たら、

生きるのがちょっとだけ楽になるだろう。

すべての出来事はあなたにとってベストなタイミングで訪れる

沖縄で一人暮らしをしている僕にとって、

別荘みたいな家がある。

 

 

それは、数年前に亡くなった僕の祖父母と叔父の家だ。

 

実家は栃木県なのだが、その祖父母の家は群馬県にある。

 

 

 

先日、後者…

つまり祖父母の家が売られることが決まったのだ。

 

 

どのような家かというと

2階建ての家で広い庭がある。

 

 

いわゆる庭付き一戸建てのマイホームってやつだ。

 

 

恵まれた自然に囲まれ、

子育てをしたり動物を飼ったり

植物を育てたりするなら絶好のロケーションである。

 

 

 

↑山にも近い。写真は近すぎるのでほどよい距離感を保ちたいところ。

 

 

実際に祖母は植物を育てていたし、

叔父も柴犬を飼っていた。

 

 

誰にでもフレンドリーで、非常に可愛く穏やかな性格の犬だったし

僕もその犬のことが大好きだった。

 

 

ちなみに僕は数日前、iPhoneに買い換えた。

 

 

 

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その際に、7年間所持していたガラケーを手放したのだが、

 

待受の画像は

ずーーーーーーーーーーーーーっとその犬だった。

 

 

 

↑実際待受だった画像。

ガラケーの画質で申し訳ない…)

 

 

 

単純に画像を変更するのが面倒くさいというのもあったが、

「犬は買い主に似る」という言葉どおり、

その犬も叔父や祖母の優しい人柄を反映したかのような犬だったので

見ているだけで癒やされたのだ。

 

 

 

子供の頃にはよく祖父母の家へ遊びに来て従兄弟たち(同年代)と遊んだものだ。

 

 

一度だけ、子供だけででかけことがあり、

バスに乗り間違えて迷ってしまったことがある。

 

 

その時は祖父が迎えに来てくれた。

 

 

祖父はドーナツをよく買ってきてくれた。

ス○バでもド○ールでもなく「レトロな喫茶店」が似合いそうな風貌で、

長身でかっこいいと子供ながらに憧れていた。

 

 

 

↑その影響か?僕もレトロなカフェや喫茶店が大好き。

 

 

 

実家や学校での出来事は、

正直思い出したくないこともたくさんあったのだが、

祖父母の家に関しては、こういう懐かしい出来事を思い出したら

楽しいことばかりが浮かんでくる。

 

 

僕にとって祖父母の家は

 

「実家でのつまらない日常から開放してくれる憧れの存在」

 

だったのだ。

 

 

 

 

しかし、そんな思い出に溢れた家を

売りに出すことが決まったわけである。

 

 

 

実は数年前から

 

「電車代もかかるし車の維持費も余計にかかるし

家族の誰も住むつもりがないんじゃ売るかもしれない。」

 

という話を親から聞いていた。

 

 

それがとうとう実行されることになったのである。

 

 

確かに僕も、「祖父母の家で暮らしてみたい」

と思ったことはある。

 

 

僕自身もその家へたまに来るだけなら良いのだけど、

住むにはあまりにも不便すぎると思っていたし、

自治会に入らなければいけなくなるのがネックだったので

実際に住むことはないだろうと思っていた。

 

 

前述したように、全く不便なわけでもないが、

一人暮らしするにはあまりにも辺鄙な場所だと刺激が少なすぎる

…というのが正直な印象だった。

 

 

田舎特有のご近所付き合いも面倒臭そうだし

僕は自分のペースでのんびり生きたいのだ。

 

自然を感じながらのんびり生きるなら田舎は良いよね。

 

 

もちろん、僕や兄弟が住むつもりであれば

その家をその人の名義で引き継がれせてもらえることになるのだが、

刺激が豊富で自然も豊富な沖縄での生活が楽しいので

他の土地に引っ越すのはあまり気が向かなかったのだった。

 

 

売りに出されるのなら、

親の資産なんだから親の好きにすれば良いと思っていたし。

 

 

寂しいとは思ったけど、強く反対することはなかった。

 

 

 

さて、実際、祖父母の家を売りに出すにあたって、

購入希望者を探すのはとある不動産屋さんに任せたそうだが、

 

内覧の際、特に母親に連絡もなく勝手に家の中に入ってカーテンなどを勝手にいじられるなど、

対応にはいろいろ不満があったらしい。

 

 

さらに、その買い手もいつの間にか決まってしまったという。

 

 

親は少々納得がいかない様子だったが、

もう決まったことだし、相手も買うつもりになっているし、

お金も必要なので…と

渋々了承する形になったそうだ。

 

 

僕もその話を聞き、

 

 

「あの家ももうなくなるのか…

いざとなると寂しいなぁ…。」

 

 

と思いながらも、

祖母の家で最後の正月を過ごそうと

飛行機のチケットを確保し、

「この日に帰る」ということを親に伝えた。

 

 

 

しかし、そのたった数日後…

 

 

「転機」は突然訪れた。

 

 

 

買主との契約日のほんの2、3日前のことだった。

 

 

「数年後、家からさほど遠くない所に道の駅が出来る」

 

という情報を親から得たのである。

 

 

 

僕は当初、祖父母の家を民泊として運営していきたいと思っていて、

数年かけて親を説得していたのだった。

 

 

 

 

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今回の件とは関係ないが、

上の写真のような群馬県内の道の駅にはいくつか訪れたことがあるので、

「近くに道の駅が出来たら毎日が楽しくなりそうだな」

と思い、さっそく新しい道の駅に関する情報を得ようとググってみたところ、

それらしき情報がヒットした。

 

 

思ったより大規模なプロジェクトだった。

 

 

僕は震えた。

 

 

そして…直感的にこう思った。

 

 

「もしこの道の駅が実現したら、

このエリアに多くの人が訪れるようになるはず。

 

 

将来発展していく可能性があるし、

土地の価格だって上がるはずだ。

 

 

家を売ってしまうのは勿体無い。

 

 

民泊や貸しスペースを運営すれば

きっと多くの人に利用してもらえるはずだ!」

 

 

そう思い、

家主であり、実際に不動産屋さんとやりとりをしている親に

契約を断れないだろうかと頼んだ。

 

 

親も本当は家を売りたくないので、

「買い手が決まり売ることになった」現実に関しては

ほぼあきらめモードになっていたのだが、

 

 

「どうしてもダメなのか?

ダメだったらあきらめるけど…」

と念を押してみた。

 

 

僕は人と交渉する上でも何かを実現する上でも

諦めが早いという欠点がある。

 

 

しかし、そんな僕に、様々な人から様々な教えを享受していただいたことで、

 

 

「人を動かすのはルールではなく、熱意や思い」

 

「他人ではなく、”自分がどうしたいのか”で行動する」

 

「最後まで諦めない」

 

という考えが自分の中に培われていたのだった。

 

 

※「他人」ではなく「自分」の気持ちを優先する考え方については

こちら↓を参考にしてみてね。

 

 

すると、「あんたが住んでくれるなら…」と親も喜んでくれて、

断る方向に話を進めてくれたのだった。

 

 

 

そして、その家は無事「売らない」という結果になったのである。

 

 

契約前だから違約金なども発生しないし

タイミングとしても非常にラッキーというか

ギリギリセーフだった。

 

 

 

今回、家を売らないきっかけとなった道の駅の情報自体は

数年前から存在したようだが、

「契約日の前」というギリギリのタイミングで得られたのには意味があると思う。

 

 

 

というのは、契約を断った後に、

相手の方が不動産会社を通して親と話したいと言ってきたようで、

実際に面談をしたそうだ。

 

 

その面談の中で、相手のご家族が

 

「2年くらい前から今まで100件ほど見てきた中で一番良い。」

 

「6歳の子供が気に入っている。」

 

と言ってくれたらしい。

 

 

以前の僕は、その家を「良いところだけど辺鄙で不便な場所」にあると思っていて、

他の人にとっても利用価値があるか微妙なところだと判断していた。

 

 

だから、仮にその家で民泊やゲストハウスなどをやりたいと思っていても、

うまくいくか自信がなかった。

 

 

 

ただ、僕もかつて、車じゃないと訪れることが難しい、

自然が豊富なロケーションの素敵な民宿を利用したことはあった。

なので、場所はあまり関係ないのかもしれないが。

 

 

 

しかし、その話を聞いた時、

そして、今回お断りしたご家族含め、

熱意のある購入希望者も何人かいたという話を聞き、

その家が人様から見ても非常に良いロケーションであることがわかったからだ。

 

 

また、親によると、祖父がこの家を購入する際には

「絶対、土地の価格が上がるから」と言われたらしい。

 

 

そのため、この祖父母の家を守ることで彼らが喜ぶ、

車さえ手放せばあと数年なら僕が帰るまでなんとか維持できるだろうと言ってくれた。

 

 

確かに、

「お金がない”から”、泣く泣く家を売る」

 

のではなく

 

「お金がない”こそ”、家を維持できるように工夫する」

 

という発想の転換は重要だよね。

 

 

前向きに物事を考えられるようになった親を見て

僕自身も大きく進歩した。

 

 

というわけで、

 

「数年後は祖父母の家に住んで民泊を運営する。」

 

 

これが僕にとっての目標となったのだった。

 

 

駅からは遠いから、車がないとアクセスが厳しいではあるものの、

かといって国道からさほど離れていないので

買い物や遊びにも問題なくいけるし、

場所や形態を選ばなければ就労先にも困らない。

 

 

ストレスフリーでやりたいことを実現するには絶好の場所だと思った。

 

 

ただ、今沖縄にいるのも理由があって

それは多少苦労してでもやりたいことが沢山あるからだ。

 

 

自分自身が今思い描いていること、

ぜんぶ一つ一つ実現していきたいと思うし、

仮に本土へ帰ることになったとしても、

またいつでも自分が沖縄に帰れるように

沖縄で強いネットワークを築いていきたい。

 

 

そのために、興味のあることにはどんどん挑戦したいし

人とのつながりを大切にしていきたいなと思う。

 

 

とりあえず、まずは行動だ。

 

 

民泊の手続きに関することは

実際にそのエリアで民泊を運営している知人の方に教えてもらい、

正月の仕事始めに役所へ訪れることに決めた。

そこでひとまず実際に民泊ができるのか、相談をしたいと思う。

 

 

家の写真をその知人の方に見せたら

「とても良い!」と絶賛してくれたから

需要はあるとは思うし、

それから先のことはこれから考えていけば良い。

 

 

期待に胸が高鳴る。

 

 

今回の経験は、

 

「すべての物事は自分にとってベストなタイミングでやってくる」

 

ということに気づくきっかけになった。

 

 

もし最初から売りに出さなければ

「購入希望者」という客観的な立場の人々から

意見を得られることもなかっただろうし

親類間だけの「素敵な家」で終わっていただろう。

 

 

それに、僕自身も何も考えずに祖父母の家へ引っ越しして、

沖縄での生活を終わらせてしまうということもしないで済んだ。

 

 

自分がやりたいことの夢や目標をある程度果たすまでは

出来るだけ沖縄には住み続けたいという思いがあるからだ。

 

 

親も購入希望者と話して、

気に入ってもらえたことに対しては「嬉しい」と言っていた。

 

 

このような出来事の数々が

今の自分が本当に必要としていることを

もたらしてくれるんだなって思った。

 

 

もし仮に家を売ってしまうことになったとしても、

それはそれで別の学びがあっただろうし。

その時に「自分がどう捉えるか」を考えれば良いだけだ。

 

 

良いことはもちろん、

一見悪いことや不都合なことも

すべての出来事に感謝できるようになるのが目標。

 

 

 

そして、すべての出来事の「内容」はもちろん、

「タイミング」も、

 

「この出来事は、自分にとって一番良いタイミングだからこそ今起こったんだ。」

 

 

…と、

自分に訪れるすべての物事を感謝して受け入れられるようにしたい。

 

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