「違和感」を無視してはいけない理由

天海夜 煌琉でござい。

 

今日は

「違和感」を無視してはいけない理由

というテーマで語っていきたい。

 

 

まず、僕は非常に嫌われることを恐れていた。

 

 

病的なまでに。

 

 

実際、距離を置かれたと感じたら

「嫌われたのかな…」

と気になってしまう。

 

 

というのも、自分が相手から距離を置く場合というのは、

大抵、相手が攻撃的だったり支配的だったり過干渉だったりなど…で

 

「本当に嫌われても構わないからとにかく離れたい」

「この人と一緒にいると、自分が不幸になってしまう」

「なんだか相手が驚異的に感じる」

 

などと判断したときである。

 

 

そのため、

自分がそのように距離を置かれると

「拒絶された」

「なんでだろう」

「あんなことしたからかな?」

などと思い悩んでしまうのである。

 

 

相手が何も言わずとも、人格否定をされたような気分になるのだ。

 

 

しかし、ここ数年は

「自分の気持ちに嘘をつかない生き方」を研究しまくっているため

「距離を置かれる」「拒絶される」「SNSでブロックされる」

などという行為も、

ストレス無く受け入れられるようになった。

 

 

逆に、僕自身も誰かと接している上で

「なんか嫌だな…」「なんか違う…」

などと「違和感」を感じたら

その違和感を最優先して、

その相手とは距離を置くことも、躊躇なくできるようになったのだ。

 

 

ただ、一口に違和感といっても、

「価値観は人それぞれ」なので、

 

自分が感じた「違和感」が

「この人はこういう人だ」と受け入れられるレベルだったり、

「この人というより、人間とはそういうものだ(自分もそうかもしれない)」

と割り切れることだったり、

もちろん、単なる誤解や思いすごしだったり

一時的にムカ着火ファイヤーなだっただけだったり

 

…などというのであれば、全く問題ない。

 

 

では、僕が

「この人とは距離を置こう」

と決断するレベルの違和感とは、

一体どれほどのものなのか。

 

 

それは、

「自分の信念を曲げて、

自分の気持に嘘をついて、

ストレスを感じてまで、

この人の価値観に合わせる必要がない」

 

と判断したときである。

 

 

つまり、僕自身の判断基準とは、

 

「相手の信念に、どうしても自分が賛同できない」

 

と感じた時である。

 

 

そこで、よくよく考えてみたら、

「自分が誰かと距離を置きたい」と思った時に、

その人のことが嫌いだからかというと、

必ずしもそうではないということがわかったのだ。

 

 

自分が「違和感」を感じるのは

相手自身がどうかというよりかは、

相手の考え、信念であることが多い。

 

 

 

 

そのため、逆に相手が僕から距離を置いたとしても、

それは必ずしも「嫌い」というわけではないだろうし、

万が一「嫌い」だからといって、

それは僕自身の価値を否定する意味でもない。

 

…ということがわかったのだ。

 

 

「相手の信念に合わせるか、合わせられないか」

「相手の価値観が合うか、合わないか」

ということが、判断基準となるのだ。

 

 

ここで大切なのは、

「自分が”相手の考え”をどう思うか」

であって、

「”相手自身”を否定しているかどうか」

ではない。

 

 

つまり、

相手の考えに賛同できないからという理由で距離を置くことは、

相手自身の人間性を、全面的に否定するわけではないのだ。

 

 

 

もちろん、

 

こちらを攻撃してくる人

こちらを尊重してくれる態度や心遣いが見られない人

権力を振りかざして、自分より弱い立場の人をいじめたりしている人

…など

 

こういう暴力的で攻撃的な地雷人間は徹底的に嫌うし、

距離を置くどころか縁を切ることにしているが。

 

 

 

 

わかりやすく動物に例えてみよう。

 

元々木の上で住むのに適した種と

土の中で住むのに適した種が

仲良く一緒に洞窟の中に住み始めたとする。

 

 

 

しかし、

元はといえば、それぞれが別の場所で生きるのに適していたから、

当然、だんだんと無理が生じてくるのである。

下手すりゃこのまま死んでしまうかもしれない。

 

誤解のないよう言っておくが

コリュ(作者)はリスさんももぐらさんも大好きですよ

 

 

そのため、それぞれが住むのに適した場所に戻っていくことにした。

 

 

 

 

 

すると、やはり元々の場所が一番住みやすく、

さらに、そこに住んでいる仲間と共生したら

皆同じような性質(価値観)であるため、

すごくウェイな気分になったり

 

かたや一人を満喫できるようになったり

 

それぞれにハッピーな毎日を送ったとさ。

 

 

 

…ということで、一件落着。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

以上は今思いついた適当な物語だが、

なかなか理に適っていると思うし、

人間関係も同じようなものだと思われる。

 

 

ここで、種族が生き長らえることができ、

子孫をたくさん残せたのは、

自分自身の「違和感」に従ったからである。

 

 

そのため、

あなたがもし、特定の人に「違和感」を感じた時は

どうかその「心の声」を聞き逃さないでほしい。

 

 

その違和感を否定しようとするのではなく、

「なぜそう感じるのか?」と

深く心に問いかけてみてほしいんだ。

 

 

もしかしたら、その「違和感」には

あなたがより良く生きるためのヒントや、

次のステージに進むための階段が隠されているかもしれない。

 

 

「違和感」を感じたら、

それはあなた自身が発しているSOSである。

 

そのため、

「あなたが、あなた自身を知る良い機会」

だと考えれば、

むしろ違和感ウェルカムって思えるだろう。

 

 

日本で生きていると、同調圧力を感じることが多々あるかもしれない。

村八分やのけ者にされたり、いじめられたり…

それを恐れて、あなたは言いたいことを言えないのではないだろうか。

 

 

でもさ…

 

もっとわがままに生きて良いんだよ?

 

…と、僕は思う。

 

 

時代は目まぐるしいスピードで変化しているし、

人間だって本人が思う以上のスピードで成長する生き物だ。

 

 

誰かが決めた常識なんて、

きっといつかは滅びるだろう。

 

 

なぜ、そんな「誰が作ったかわからない、得体の知れないもの」にすがっているんだい?

 

なぜ、「誰かが作ったかわからない、得体の知れないもの」を

当然だと思っていて思考停止しているような人たちに

「嫌われたくない」と思うのかい?

 

そんな人達は、あなたにとって

「自分の信念を曲げてまでも尽くしたい、本当に大切な人たち」

なのか?

 

 

無理に周りに合わせようとして、

周囲の期待に応えようとして、

あなた自身の「違和感」を否定しないでほしい。

 

 

なぜなら、それはあなた自身にしか気づくことが出来ない、

「大切な宝物」なのだ。

 

 

権威ある学者だってお偉い政治家だって

その宝物に気づくことは出来ないだろう。

 

誰にも気づかれることが無ければ、

命が尽きるまで埋もれたままになってしまうのだ。

 

 

その宝物には

「世の中の既成概念を壊して、皆が幸せに生きられるアイデア」

が眠っているかもしれないのに。

 

 

これは非常にもったいないことだ。

 

 

そのアイデアが表に出て、世の中に広がっていくためには、

あなたが自分自身で気付いて、

その「違和感」という感情を呼び起こしていくしか無いのだ。

 

つまり、

あなた自身が、自分自身に嘘をつかずに生きていくことは

個人的なことでは決して無いのだ。

社会的な視点から見ても、とても大切なことなのだ。

 

 

たしかに、周りの人だって

それぞれの常識や価値観、信念を信じて生きている。

それを否定する必要はない。

 

 

そのかわり、

あなたは自分自身の常識や価値観、信念を守っていく必要がある。

 

誰に否定されたとしてもね。

 

 

なぜなら、

その信念は、あなたにしか守れないものだからだ。

 

それは、多数決で決まるものじゃないんだよ。

 

 

その信念を守るかどうかは、あなたが決めて良いことだ。

 

 

その信念が歪められる時に感じる「違和感」で

あなた自身の今後の生き方を決めることができる。

 

 

だから、その「違和感」は絶対に見落とさないでほしいし、

あなたの信念は、誰がなんと言おうと

絶対に守らないといけないんだよ。

 

 

 

「違和感」はしばし不安な感情を伴う。

他者に対して疑心暗鬼になることもある。

 

 

しかし僕は、「違和感」を

「僕が、僕自身を知ることができる機会」

だと思うようになってからは…

 

むしろ「違和感」を感じたら、

 

それは成長している証で、より自分自身が飛躍できる良いチャンスだ

 

そう思うようになったよね。

 

 

だから、他人から距離を置かれることで

自分を責めたり卑下したりする必要なんて全く無い。

 

相手は相手にとって心地良い生き方をしたいから、

こちらの考え方に迎合できなかっただけ。

 

 

嫌われても、嫌がられても仕方ない。

 

 

もっと自分の心に素直になって

自分の信念を貫いた生き方をしよう。

 

 

そう思ったんだ。

 

 

 

というわけで、「違和感」に関して

以上の内容をまとめると…

 

・あなた自身の信念を曲げてまで

違和感を感じる人に付き合う必要はない。

 

・あなたが誰かに「違和感」を感じたら、

それは自分の心が発している警告(SOS)だ。

その時はあなた自身の「心」に耳を傾けて、

あなた自身の「心」が発するメッセージに、素直に従おう。

 

・逆に、あなたから誰かが離れていったとしても、そっと見逃してあげよう。

その人はその人で大切にしているものがあり、

あなたがそれをコントロールする権利はない。

もちろん、あなたが誰かにコントロールされる義務も、全く無い。

 

・距離を置かれたからといって、必ずしも嫌われたとは限らないし、

あなた自身の価値観を否定されたわけではない。

ただし、あなた自身の大切なものを攻撃してくる人とは

今後、金輪際関わらなくて良い。

 

・「違和感」を感じたら、あなた自身がより成長できるチャンス。

その時は、環境を変えたり、新しいことを始めたり…

軌道修正していきながら、

「違和感のない」生き方を目指していこう。

 

 

 

ちなみに、今回の関連する内容として、

SNSのブロックに関して、以下のような考えも書いているので、

もし良ければこちら↓もご参考いただきたい。

 

 

 

 

「NO 違和感 , NO LIFE」

 

 

「違和感」がなければ人生じゃない。

 

 

「違和感」を、楽しもう。

電子書籍派の僕、紙の本を買うときの判断基準について語る

年が明けたのに全然正月気分ではない、天海夜 煌琉なのだ。

 

 

今回は僕が古本屋で本を買う際の判断基準を

書いていきたいと思う。

 

 

先日はブックオフでたくさん本を買ってきた。

 

 

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雨呑家(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

 

 

 

元々お目当ての商品を探して買うつもりだったのだが、

店に入ってしばらくしたら、

そんなことはほとんど忘れてしまったのである。

 

 

どうやら、瞬く間に

「古本屋マジック」にかかってしまったようなのだ。

 

 

 

久しぶりに大量の本が飾ってある本棚を見て

 

知識のジャングルに迷いこんじゃったーーーーーーー!!!!

 

って感じ。

 

 

 

 

要するにテンション上がったってわけだ。

 

 

「あれもこれも」って、ついつい物色しちゃうよね。

 

 

ここ近年、かさばるのが嫌という理由で

電子書籍されている本に関しては紙の本ではなく、

ほぼKindleで読んでいる。

 

 

やはり気軽に持ち運びができるというのは便利だし、

一人暮らしの狭い部屋にあまりたくさんの本はおけない。

 

 

そのため、電子書籍がメインというこのスタイルは今後も変わらないと思うが

やっぱり気軽に立ち読みが出来て価格も安く、

購入後気になった時にパラパラめくれるという点で

古本に勝るものはないのだ。

 

 

結局、いろいろ見て回って、

2、3時間は確実に店の中にいたかと思う。

 

 

本来、単純に本棚を見て回るだけで、なおかつ立ち読みしないなら、

そんなに時間はかからないはずだ。

 

 

しかし、僕の場合、気になる本を見つけては、

「電子書籍(Kindle)化されていないか」とか

「新しい本との価格の差(さほど変わらなければやめる)」とか

「Kindleとの価格の差(同上)」などを

逐一調べ上げたあとに、

「買うか、買わないか」を決めているからだ。

 

 

試しに購入した本をどのようにして選んだのか、

詳しくご紹介しよう。

 

 

 

 

「まんがでわかる 新渡戸稲造『武士道』」

Kindleでも読める作品だ。

しかし、古本での価格がだいぶ安く、500円以上の差があったので、

古本を購入したのだ。

 

 

ちなみにこちら↓PHP文庫版の「武士道」は

Kindle Unlimitedでも読める。

 

 

 

名作が電子書籍(しかも読み放題)で読めるのも素晴らしいものだが、

まずは読みやすい漫画で読んで、それから文庫の方を読むことで

内容がすんなり入りやすくなるのでは?と思ったのだ。

 

 

 

西野亮廣さんの「新・魔法のコンパス」は前から読んでみたかったのだが、

価格も110円だったので、こちらも古本で買い。

 

 

新品もKindleもそんなに高くないけれど、

ついつい先延ばしにしがちだし、

安く手に入れることができればそのほうが良いしね。

 

 

そして、内容が気に入ったら

紙の本を手放して、その後にKindleで買うことだって出来る。

 

 

良い本、気になる本は出来るだけ早く読んだほうが良いから

100円〜300円程度であれば、先行投資(?)としてはお手軽な価格だろう。

 

 

ちなみに、僕が学生の時などは、

まだ電子書籍などがなく、また、「投資」という感覚がないので、

「安ければ良い」という理由で、

古本屋で漫画や小説などを買ってたわけだけど…

 

 

電子書籍という選択肢が増えたおかげで、

「電子書籍も良いけど、まずは試しに古本で読んでみるのは、どうだい?」

…と自分に問いかけることも出来るようにもなったので、

改めて安く買える古本って最高だなと思った。

 

 

 

お次はこちら。

 


ジュリア・キャメロンの

「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」

 

 

本の雰囲気からしてアーティスティックな雰囲気が漂っているので、

惹かれて買ってしまった。

絵が可愛い。

 

タイトルも見たことあったし、気になってはいた。

 

古本の価格も200円と、Kindle価格に比べて非常に安かったしね。

 

 

実質この本はワークショップ形式だったので、

電子書籍よりかは、紙の本が適しているのかもしれない。

 

紙の本なら、書き込みながらワークをすることだってできるしね。

 

 

 

 

また、こちら↓は古本ではなく、

別の書店で購入したものだが、

電子書籍化されていないという理由で買ったものである。

 

 

 

「マンガでわかるこんなに危ない!?消費税増」。

 

しかし、こちらは結果的に紙の本で良かったと思った。

 

なぜなら、人に貸せるからだ。

 

消費税が増税されたが、

この本は特に、人に貸したいと思えるほどに、

ぜひたくさんの人に読んでもらいたいと思った内容だったのだ。

 

今回は長くなるので詳しくは語らないが、

あなたも気になったら、絶対に読んでほしい。

 

 

 

 

…とまぁ、こんな感じで

僕が紙の本を選ぶ基準を書いてきたわけだが…

 

 

 

実際に購入したものは、

ほとんど電子書籍化していないものである。

 

 

 

つまり、

電子書籍化していないので、紙の本を買ったという感じだ。

 

当然といえば当然か。笑

 

 

それ以外の理由として、

紙の本を買うときのポイントをまとめると、

以下のようになる。

 

 

①写真集やアートブックなど、見開いて読むのに適している。

②書き込んだほうが使いやすい、ワークショップ形式のものである。

③電子書籍よりも価格が圧倒的に安い。

④人に貸してまで広めたい内容だと思えるもの。

⑤同様の内容がマンガや絵本で読める。

 

 

こんな感じだ。

 

 

 

そして、上に加えてもう一つ、

本を買う際の決定的な理由がある。

 

 

 

一番上のインスタ写真を見る限り、

僕が買った本は、「漫画でわかるシリーズ」を始め

比較的読みやすそうな内容の本がほとんどかと思う。

 

 

というのは、

本を選ぶにあたって

 

「よほど必要に迫られない限り、

難しい内容の本は読まない。」

 

というルールを自分の中で決めたからだ。

 

 

先日、中田敦彦さんとDaiGoさんの貴重なコラボが

YouTubeに上げられていた。

 

 

ちなみに両名の動画の大ファンである僕にとって

 

このコラボはマジ神だと思った。

 

 

上の動画は11:30頃から再生されるようにしてあるが

だいたいこのあたりに、

個人的に

「あ〜〜〜確かに!」と思ったことが話されているのだ。

 

 

その概要をざっくりまとめると、

 

「本の出会いは人の出会いと同じ。

好き嫌いで決めて良いし、

まずは自分にとって馴染みやすそうな本から始めること。

最初からハードルの高い本を読む必要はない。」

 

ということである。

 

 

こちらは上に挙げた5つのポイントの⑤にも当たる部分であるが、

僕の場合問題なのは、

 

いくら読みやすい内容だとしても、

未読の本がたくさんありすぎて、

読む時間を確保しないといけない…

 

ということである。

 

 

Kindleで無料サンプルをダウンロードしたものの、

まだ購入に至ってないものもたくさんあるしね。

 

 

というわけで、今後の課題は

「いかに読書時間を捻出するか」なのだ。

 

 

そのためにはまず、本家でなくてもかまわない。

わかりやすく表現されているものを読んでみることだ。

 

漫画などの「導入しやすいもの」や

「読みやすいもの」から

初めてみることが大切だと思ったのだ。

 

 

それから難しめの本、専門的な内容の本にチャレンジしたって良いし、

確かに、そのほうが頭の中に入りやすいかと思う。

 

 

それと、

「著者の人間性が自分に合うかどうか」もポイントだよね。

 

 

もしちょっとでも読んでみて、

直感やフィーリングが「なんか合わないな」と思ったら、

その本との相性は今ひとつなのだろう。

 

 

つまらなくなったら途中でやめたって構わない。

 

 

出来るだけ早くその「合わない本」との付き合いを「損切り」して

その時間を他の好きな時間に有効活用するかも大切だ。

 

 

紙の本だったら、仮に合わなくてもフリマサイトで売ることも出来るしね。

 

 

 

というわけで、

 

読書を含め、なにか物事を始める際には

「自分が行動を起こしやすい判断基準」を作り

「自分のフィーリングと合う作品」を

探すことが大切だと考えている。

 

 

そして、

 

 

価格の安さでも良いし、とっつきやすさでも良い。

本が苦手なら、動画や漫画からでも全然構わない。

 

 

それに古本屋なら、立ち読みだって気軽に出来るし、

「導入のしやすさ」という点では最高なわけだ。

 

 

仮に「この世界を知りたい」という思いがあった時に

その世界を知るためのハードルが高すぎると

やる気を無くしてしまう人は多い。

 

 

しかし、そのハードルを低くしてくれるのが

気軽に立ち寄れる古本屋であり、わかりやすい漫画であり、

ネット上だとサイトや動画、電子書籍などだ。

 

 

これらの恩恵を受けて、

自分が気軽に知ることができる世界が広がるので、

今の時代はとても素晴らしいって思ったし、

それを利用しない手はないなと思った。

 

 

久々に古本屋に足を運んだことで、

安く良い本が買えただけでなく、

このような学びが得られたのは大きかった。

 

 

というわけで、電子書籍に慣れすぎて、

しばらく足を運ぶのを面倒臭がってたのだけど…

 

 

たまには本屋を覗いて、

知識のジャングルを彷徨いながら、

バード・ウォッチングならぬ

「ブック・ウォッチング」をしても良いかもしれない。

 

 

 

そう思った。

 

【4コマ漫画】おこったー

天海夜 煌琉だよ。

 

 

皆様、いかがお過ごしかな。

 

 

さっそく年明け早々、

思いついたネタをどんどん書こうと思うので、

今日は「おこた」という題名で漫画を描いてみたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い日が続きますね。

 

 

そんな時、あったかいおこた(コタツ)はたまらんですよね。

 

 

皆様も新年早々、心地よさを求めて

ご家族とのコタツの席取り(関取)で

忙しないのではないでしょうか?

 

 

 

ちなみに俺んち、コタツ無いですけどね。

朝目が覚めたときの、

お布団との戦いはしょっちゅうでございます。

 

 

 

しかし、そんな時は「強制押し出し」で

布団から出て負けてやるのです。

 

 

布団の中にいたままでも、快適さに負けることになるし

布団から出ても、布団に負けたことになるし

 

どちらにせよ負けることになるのですが…。

 

 

しかし…

 

 

たとえ千秋楽が来なくとも

こんなに幸せな戦いなどあるのか?

 

 

 

そう考えたら

「負けても別にいいや〜」と思った。

 

 

 

 

 

ていうか、沖縄は基本的に冬でも暖かいからねー。

 

 

ちょっとだけコタツが恋しくなるのであった。

2020年をどんな年にしたいか考えてみた

2020年、あけましておめでとうございます。

 

 

 

↑ねずみ年ということで、ねずみモードにしてみた。

 

 

 

早速だが、2020年をどんな年にしたいか

考えてみたいと思う。

 

 

 

まず、2020年の干支は「子」である。

 

 

 

しかもただの「子」ではない。

 

 

 

「庚子(かのえね)」なのである。

 

 

 

↑こいつは「庚」以外の時でもこう言ってそうだよね。

 

 

 

 

ちなみに、「庚」にはどんな意味があるのかと言うと、

 

植物の生長が止まって新たな形に変化しようとする状態

 

 

だそうだ。

 

 

↑キモキャラ路線に変化したいのだろうか?

 

 

 

また、「庚」という字は、「更新」の「更」に通じてもいるようだ。

 

 

つまり、「前の状態を一新する、これまでのやり方を改める」

という意味にもとれるということだね。

 

 

その意味を知って、以前、僕にアドバイスをくれた人の話を思い出した。

 

 

↓その時の話を受けて、今後の方向性について考えたこと。

 

 

 

その人の話によると、

 

「”これは違う”と思うものを、完全に捨てなさい。」

 

だそうだ。

 

 

ちなみに、その時は干支の話を全くされなかった。

 

 

つまりこれは、完全に「僕に対してのメッセージ」だったのだ。

 

 

 

「前の状態を一新する、これまでのやり方を改める」

この「庚子」という年の意味と、

 

「これまでのことを捨てて、次のステージに進め」

という、自分に対するメッセージが重なったのだ。

 

 

以上のメッセージを受けて、

僕は、このように解釈した。

 

 

「これまでの経験や人間関係にしがみついていちゃダメ。

あなたが本当の意味で自由で、心地よくなれる…

そんなやり方や方向性、人間関係だけを構築していきなさい

 

何度でもリセットして良いから。

 

身の回りの整理整頓も忘れずにね☆」

 

 

↑このように考えたら、なんだかすごくしっくりしたのだ。

 

 

正直、それまで「思うように行かないな」と思うことが多々あった。

 

 

でもそれは、2019年の干支が「己亥」だったので、

「自分自身が新たな可能性を切り開くための準備期間」だと思えたら

それでよかったんだーと思えたのだ。

 

 

過ぎたことを振り返り、

出来なかったことに対して、自分はダメだと責める必要はない。

 

 

なぜなら、仮に「できなかった」と思っていても、

その事象は、「自分自身にとって必要だった」から、起こったことなのだ。

 

 

「タスク」という観点で見ると、

「やり残したことがいっぱいあったー!!」などと思ってしまったとしても、

長い自分の人生から見ると、大切な準備期間だった。

 

 

それがわかれば、もし今後の人生において、

「やりたいことがあっても、できなかった」

などという悔しい思いをしたとしても、

それが原因で自分の行動を阻害してしまうような悪循環には陥らないだろう。

 

 

そう考えれば、2019年という年があったことで、

自分がより大きく飛躍する可能性があると思われる。

 

 

 

…というわけで、以上を踏まえて、

2020年に意識していきたいことは、次のとおりだ。

 

 

①何事もシンプルに考えて、いらないものはどんどん断捨離。

 

②自分の中で新たな可能性を見出したら、どんどん切り開いていく。

 

③違ったらすぐにやり方を変える(トライアンドエラーの精神)。

 

④迷いがなくなったら、「より楽しくなるにはどうすれば良いか?」を追求していく。

 

⑤①〜④を繰り返して「これだ!」という方向性を見つけていく。

 

⑥あとはその状態をひたすら楽しみながら開拓していく。

 

 

 

そして、①〜⑥までをやり抜いた先の

2020年の大きな目標として、

以下のようなテーマを決めたのだった。

 

 

それは

 

「自分の心(潜在意識)が求めるニーズに応えよう」

 

ということだ。

 

 

もしあなたが誰かを喜ばせるにも、

 

「相手が何を求めているのか」を追求することは重要。

 

 

でも、それにはまずあなた自身からだ。

 

 

やりたくないことをやる必要なんて、全く無い。

 

 

あなたの自尊心を傷つけるような人や、

あなたが過剰に気を使ってしまうような人と

付き合う必要も、全く無い。

 

 

誰がどう思うか、ではなく、

あなたの心が欲していることを、素直に実現できるようになろう。

 

 

 

というわけで、2020年は「庚子」。

 

 

 

この年があなたにとって楽しく、新しい可能性が切り開ける一年になりますように。

 

 

人からもらった「悪いもの」なんて、いらない

天海夜 煌琉でございます。

 

 

今回のテーマは

「あなたが生きてきた過程で、人からもらった(悪い)ものなんて、いらない」

だ。

 

 

僕たちはどうしても、

生まれ育った環境や周囲の人の考え方に影響されがちである。

 

 

その、周囲の人の考え方が前向きで良いものだったら

その中で育った子供は、自立した考え方を持ち、

自己肯定感もあり、思いやりのある人物に成長することになるだろう。

 

 

しかし、大抵の場合は、

「あなたは〇〇だからできない」などと、

なにかと「できない理由」を決めつけられてしまいがちである。

 

 

 

そういった他者からの言動が積み重なると、

「自分って価値がない」

「自分ってダメな奴」など

自己肯定感を下げる原因にもなってしまう。

 

 

でも、よくよく考えてみよう。

 

 

「〇〇だから、自分にはできない」

「〇〇だから、自分はダメなんだ」

 

 

この「〇〇」だからという理由付け…

 

 

そんな考え方って、今のあなたが行動できないこと、

あなたが不安を抱えていることに関係あるのだろうか?

 

 

 

結論からすると…

 

「全く根拠はない」ということだ。

 

 

 

つまり、

あなたが行動する上で

「〇〇だからできない」と、

自分の可能性を決めつけることは、

全く無意味だということだ。

 

 

実際ハンデを利用して成功している人々、

逆境から立ち上がってきた人々なんて、

世の中にたくさんいるしね。

 

 

では、なんで根拠のないものを信じてしまっているのか?

 

 

それはたぶん、生きている過程で誰かから「もらった」んだろうね。

 

 

 

 

「もらった」というと

オカルトチックな話にも聞こえるが…

 

 

実際思い込んでしまっているということは、

「もらっちゃって」いるんだろう。

 

 

では、なぜ

本来なら生きていく上で必要のないものなのに

「もらっちゃった」んだろうか?

 

 

もし、あなたが嫌いなものを誰かが押し付けようとしたら、

あなたはそれを喜んで受け入れるだろうか?

 

 

いらないものは受け取る必要はない。

 

 

NOと言って拒否するか、

受け取ったふりして受け流すかして、

自分にとっていらないものは受け取らないこと、間に受けないことだ。

 

 

その時は

「断ったら相手に悪い」と思われるかもしれないが、

高い視点から見れば、その方法が自分にとっても相手にとっても、

良いことなのである。

 

 

ましてやあなたがネガティブになるような考え方なんて、全く不要だ。

 

 

なぜなら、全く根拠がないものだからだ。

 

 

 

それでも恐らく、あなたも含め、

多くの方がその「呪い」にかかってしまってるのだと思われる。

 

 

 

言い訳なんか、いらない。

 

嫌な思い込みも、いらない。

 

 

自分自身にかかった呪いは今すぐ解いてあげよう。

 

 

誰がその呪いを解くのか?

 

それは…

 

他の誰でもない。あなた自身だ。

 

 

あなた自身が本気になって考え方を変える決意をすれば、

いつだって呪いを解くことはできる。

 

 

「自分にはできない」

 

じゃなくて…

 

「やる」と決めたら、「やる」んだ。

 

 

 

人からもらった悪いものは、今すぐ捨てよう。

 

 

 

根拠なんて、ないから。

 

 

ちなみに、ネガティブな考え方を捨てる具体的な方法などは

当ブログでもいくつか紹介しているので、

ぜひ下記の記事などもご覧いただけたらと思う。

 

 

ハネジネズミのように天敵(嫌なこと)から身を護るための事前準備はこちら↓

 

「いろいろな意見があって当然」と思えるようになる考え方はこちら↓

 

SNSなどで「嫌われることを恐れなくなる」考え方はこちら↓

 

 

 

最後に…

 

あなたが本気で自分らしく自由に人生を送りたいなら、

あなたが必要なものだけを選択して、取り入れていこう。

 

 

いらないものは、断っちゃっていいから。

 

 

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