「完璧な自分」という偶像崇拝からの脱出

自分の人生を自分らしく生きていく上で、
「こういう自分でありたい」
という気持ちは誰でも持っているものだ。

 

君は桃太郎のようなヒーローになりたいかい?

 

 

自分が健全に成長していくために
「なりたい自分」という目標は欠かせないもの。

 

しかし、それが行き過ぎると「完璧な自分」を求めるようになってしまう。

 

こうなると注意が必要だ。

 

「完璧な自分」を絶対的な存在として捉えてしまうと、
今の自分が「ダメな存在」に思えてしまうのだ。

 

「”完璧な自分”じゃなきゃ愛されない。」

「認めてもらえない。」

 

…このように一度自分を否定しだすと泥沼にハマってしまうのだ。

 

 

よくよく考えていただきたいのだが、
今あなたの身の回りにいる人は
「あなたが完璧だから」受け入れてくれているのだろうか?

 

 

今あなたがハマっている漫画やアニメ、ドラマなどの主人公は
「そのキャラクターが完璧だから」好きなのだろうか?

 

 

 

 

「完璧」ってどんなものかというと、

具体的には…

 

・失敗なんてしたことがない
・文武両道で運動もできて知識も豊富
・弱点や欠点が一切ない
・生まれてから今まで不自由などしたことがない
・誰にでも優しく誰からも嫌われない

 

みたいな?

 

そんな人物、苦労という言葉を知らないというか、
コンプレックスの欠片すら感じられなくて、
人間的として全く魅力的に思えないのは僕だけではないはず。

 

逆に不自然で機械みたいで気持ちが悪いというか、そんな人物いるのか?という印象だ。

 

人は、どこか「人間らしい生々しさ毒々しさ」があるからこそ

自分と共通点を感じて惹かれるのだと思う。

 

実際、あなたの身近にいる魅力的な人は
「その人が完璧だから」一緒にいたいと思うのだろうか。

 

大抵の場合、そんなことはないはずだ。

 

「気が合う」とか「優しい」とか

「一緒にいて楽しい」とか「尊敬できる」とか

 

その人自身が人として魅力だから付き合っていけるはずだ。

 

そう、多くの人は「そのまま」で十分魅力的なのだ。

 

ただ、自分をより魅力的に魅せる方法を知らないだけ。

 

それを自覚した上で日々学んで試行錯誤して

素敵な人間へ成長していこうとする…

それは極めて自然なことなのだ。

 

その前には、今の自分を十分に愛することが欠かせない。

 

その上で「理想の自分像」へと成長していけるよう、
日々努力していけば良い。

 

その成長過程で「今日も私(俺)、頑張ったなぁ。」と

「今の自分」を精一杯愛せば良い。

 

でないと、完璧な自分像を実現できたところで、

「まだ自分はダメだ。」と自分を否定し続けてしまう。

 

これではいつまで経ってもあなたの心が望まないことや
無理を自分に強いてしまうことになる。

 

 

もしあなたの頭の中で
「完璧な自分像」がこう囁き始めたら…

 

「お前はそのままではダメだ」
「価値がない人間だ」

 

などとあなたにプレッシャーを与え苦しめるのならば…

 

 

そんなもの、今すぐ壊してしまえ。

 

 

 

 

 

ほら、頭から「完璧な自分像」がなくなった。

 

 

前代未聞の自分革命だ。

 

 

「こうでなきゃいけない自分」から開放されて
スッキリしたはず。

 

 

自分を苦しめる自分がいなくなれば
あとはもっと楽になれるよう、
自分自身の「王国」を築いていけばよいだけ。

 

 

もう自分が毎日を過ごしていく上で
「完璧な自分像」の言葉を聞かなくて良いんだ。

 

 

 

「あなたの あなたによる あなたのための自分革命」

 

完璧でなくて良い。

 

あなたが「自分らしく楽しく生きられる楽園」を
あなた自身で好きなように実現させていこう。