SNSの「ブロック」なんて、全然怖くない

「コリュ」こと天海夜 煌琉(こうりゅう)でございまするん。

 

 

このところ、

人間関係の考え方や

自分自身のコミュニティを構築する方法などを

書く機会が多くなった。

 

 

 

それはきっとすぐに不安になったり

気が気ではなくなったりしてしまう自分の性質から

ちょっとでも楽になりたいと思って、

人間関係に関連する情報を勉強しているがゆえのことだ。

 

 

 

その、自分が「不安じゃない」「気が気じゃなくなる」状態に

させられる原因となるものの一つ…

 

 

それはSNSである。

 

 

というわけで今日は

 

「僕がSNS上の”ブロック”を怖がらなくなった方法」として

 

 

「ブロックに対する考え方を根こそぎ変えて、

リアルでもSNSでも人間関係を100倍楽にする話」をしたいと思う。

 

 

 

僕は、今ではあまりSNSをそれほどやらなくなったが、

昔はTwitterなどでブロックされたりフォローを外されたりした度に

酷く落ち込んでしまっていたものだ。

 

 

そのため、いろいろな人々の考えが見れて楽しい半面、

常に不安な感情と戦いながらSNSをしていたのである。

 

 

今相互フォローしている人が、急にTLに現れなくなったらどうしようとか

 

たまたまその人のページを見に行ったら

自分へのフォローを外されていたらどうしようとか

 

自分がたまたま何気なく呟いたことで

他の人の気分を害したらどうしようとか

 

悪口言われていたらどうしようとか

 

そんな不安ばかりが付きまとっていたのだった。

 

 

また、自分の考えを表明するとクソリプを食らったり、

嫌な内容の空リプをしている人を見て、

「これって自分のことかな…?」とモヤモヤしたりすることもあった。

 

 

 

 

でも今では、とある考え方をするようになって、ちょっと楽になった。

 

 

それは

 

「ブロックされるということは、

自分の人間関係の質がより良くなる」

 

ということだ。

 

 

「え?ブロックされたり嫌われたりされたら、普通凹まない?」

 

 

多くの人はそう思うだろう。

 

 

 

しかし、よくよく考えてみよう。

 

 

とある人からブロックされて落ち込むなんて

長い人生の中で見たらほんの一瞬の出来事である。

 

 

しかも、ネット上だと相手は素性のわからない赤の他人である。

 

 

その相手は良い人かも悪い人なのかもわからない。

 

 

知らない誰かからブロックされたというだけで、

あなたの人間性の価値が低くなるわけではないのだ。

 

 

さらに言えば、

もしあなたが顔のわかる知人や友人からブロックされた場合だとして、

ブロックされずにそのまま付き合いを続けていたら?

その人との人間関係は今後も良好に続くだろうか?

 

 

 

その答えは、

残念ながら「NO」の可能性が極めて高い。

 

 

 

というのは、

あなたをブロックしてくる人、

もしくは

あなたをブロックしたいと思っている人、

 

 

そのような人々との人間関係が、今後も良好に続くとは

僕には全く思えないのだ。

 

 

 

 

 

それに、「あなたがブロックされる」ということは、

あなたが人間的に劣っているからではなく、

「その人とは合わない」というだけである。

 

 

それを相手が判断してくれて、ブロックしてくれたというわけだ。

 

 

長期的な視点で見れば、

むしろ早めにブロックしてくれた相手に対して、感謝しても良いくらいでは?

とも思うのだ。

 

 

でも、多くの人はブロックされただけで、

「嫌われた」「何か悪いことしたんじゃないか?」

「何だあいつ!ブロックしやがって!」

「(自覚がある場合)あんなことしなければ良かった」

などと嫌な気持ちが次々と湧き上がってくるだろう。

 

 

自己嫌悪に陥ったり、疑心暗鬼になったり

相手に対して恨みつらみの感情を抱いたり

後悔の念を抱いたりするようにもなるかもしれない。

 

 

しかし、心が読めるわけじゃあるまいし、

人の考えなんて、言わなきゃわからないものである。

 

 

わからないものをあれこれ推測して嫌な気持ちになってしまうのは

精神衛生上良くないし

昔の僕のように、ちょっとしたことにでも過剰に反応してしまい、

常に不安と戦いながらSNSを使うことになるだろう。

 

 

 

しかも、たとえオフラインだろうがオンラインだろうが、

仮にブロックせず(されず)にそのまま関係を続けていったとして、

あなたが過剰に気を使う関係というのは、

あなたにとって必要だろうか?

 

 

むしろ、その人間関係があることで、

あなたがより自由になることを妨げてしまう可能性だってあるのだ。

 

 

ホリエモンこと堀江貴文さんも、ストレスを抱えてまで

昔の友人と付き合う必要は無いと明言している。

 

 

 

人によっては一見冷たい考え方に思えるだろうが、

これは本当にそうだなと思う。

 

 

以前の友人と合わなくなってきたということは、

自分自身が成長しているということだからである。

 

 

お互いに違う環境に身をおいていれば

考えが違ってくるのは当然である。

 

 

お互いに自立した人間だけれど、長年仲良くむつまじい関係…

それは一見素晴らしいことのように思えるけど、

 

「自分自身が成長していない可能性」

「これで良いや…と、ぬるま湯に浸かってしまっている可能性」

「いつまでも自分が相手に合わせている可能性」

「新しいことに挑戦していない可能性」

 

…などなど、負の側面で様々な可能性も考えられるのだ。

 

 

その点を踏まえた上で、

あなた自身がストレスを感じる人間関係って必要だろうか?

 

 

僕自身で言うならば、

僕は、必要とは思わない。

 

 

友達は多いほうが良いとも限らないし、

自分自身はむしろ少ない方である。

 

 

そもそも、あまり沢山の人と付き合えないから

少人数の人と深い付き合いをしていきたい。

 

 

しかも、友達の人数だけで、

人の価値が決まるわけじゃないとも思っている。

 

 

それならば、「合わないな」と思ったら距離を置けばよいのである。

 

 

もし、あなたがネット上で本音を発信をしているのを見て、

あなたから離れていく人がいるのなら、

 

それは相手があなたと「合わない」と判断してくれて、

その後起こりうる人間関係のトラブルや、

価値観が合わないことによって発生する

互いのストレスを回避してくれたとも考えられる。

 

 

 

 

要するに、

「将来的な関係性を視野に入れれば、ブロックはむしろ必要」

ということだ。

 

 

 

そのため、

もしあなたがブロックされたら…

 

まるでRPGなどのゲームでレベルが上ったかのように

 

「自分の人間関係の質が上がった!」

 

と思えば良いのだ。

 

 

 

 

そう、どんどんブロックされて良いし、

ブロックして良いのだ。

 

 

 

僕も以上のような考え方ができるようになって、

最近ではブロックされたり嫌われたりすることを

以前ほど恐れなくなったし、

 

 

逆に、自分も逆恨みなどを恐れることなく、

「はい、さよならー。」

と、合わない人とは即ブロックができるようになった。

 

 

もちろん、ブロックをすぐにできそうにない場合は、

距離をおいたりミュートしたりなど

最低限の気遣いとしての処置は取っているけど、

 

「もうこの人とは金輪際関わりたくない」

と思った場合は、全く容赦しないな(笑)。

 

 

「ブロックするなんて、酷い!」と思われそうだが、

自分の幸せを最優先に考えれば、それで良いと思うし、

その行為ができる自分を許せるようになったし、

結果的に相手のことも許せるようになるのだ。

 

 

というわけで、

総合的には「ブロック」という概念を

さほど恐れなくなったし、受け入れられるようになった。

 

 

というのも、僕がブロックやフォロー解除するケースを具体的に話すと、

 

僕だって色々な情報を取っているが、

昔から同じ人のメルマガを読んでいるわけじゃなかったのだ。

 

もう購読を解除してしまったり、

メールの受信はするが、もう読まなくなったりしてしまった人もいる。

 

 

でも実際のところ、

嫌いになった人はあまりいないのだ。

 

 

むしろ「ありがたい」と思っている人のほうが圧倒的に多い。

 

 

その人の言葉が、自分の血や肉となったことは事実だし、

その人の存在があったことで、自分が成長できるようになったのだから。

 

 

もちろん、その人のことを深く知る上で

「根本的なものが合わない」「なんかこの人嫌だな」

などと感じて、離れる場合もあるけど、

それはどちらかと言えば、

オフラインでの人間関係によく見られる傾向である。

 

 

しかし、それはそれで、自分自身が成長している証拠であり、

むしろその事実をわからせてくれた相手に、感謝できるようにもなったのだ。

 

 

 

そうやってブロックやフォロー解除を繰り返して

さらに色々な人々と出会い、

その人々の良い部分を吸収していった結果、

自分というオリジナルな存在が出来上がっていく…

 

 

そう考えたら、

「むしろブロックは推奨すべきものなのでは?」

と思うようになったのだ。

 

 

 

さて、まとめると…

 

ブロックという行為自体は

ブロックを実行した本人が、

ブロックした相手と「距離を置くことを提案」して

「強制的に実施」しているだけである。

 

 

そのため、ブロックされることで、あなた自身の価値が下がるわけではない。

 

 

それで「嫌われた」などとネガティブな感情が湧き上がってきたのなら、

それは自分自身で意味付けをしてしまっているだけである。

 

 

それならば、その意味付けを、

あなたがストレスを感じないものに変えれば良いのだ。

 

 

もしブロックなどで誰かがあなたから離れていったら、

 

「これからまた一人、別の人と友だちになれる。」

 

と考えてみてはいかがだろうか?

 

 

 

そうやって「誰かから嫌われても大丈夫」と思っていれば、

一人の人に依存しなくて済むし、

あなた自身も、今後新たな人間関係が

より楽しみになってくるだろう。

 

 

 

この記事を読んでいただいた後、

もし、あなたがSNS上でブロックされたら

怒ったり悲しくなったりすることもあるだろうが、

 

「これは新しい人と出会うチャンスだ」

 

と思うことで、人付き合いのストレスも軽減されるだろう。

 

 

 

空いた穴は必ず埋まる

空いた心も必ず埋まる

 

 

そう思うことで

一瞬の出来事に一喜一憂しなくなったのだ。

 

 

「去る者」で空いた穴は、「来る者」によって必ず塞がる。

 

 

 

…さて、いかがだっただろうか?

 

 

 

ちなみに今回の記事は

メンタリストDaiGoさんの

コミュ障でも5分で増やせる超人脈術」よりインスピレーションを得た。

 

 

こちらの本の内容自体は、

ブロックがどうというよりかは、

嫌われることを恐れなくなる考え方や

友だちが少ない内向的な人でも、色々な人と繋がれるようになるための、

人間関係の構築法などが書かれている。

 

 

そのため、

「これは自分のために書かれた本だ!」

と、読み終わった際は大変感激したものだ。

 

 

そして、本の内容を一つ一つ実行することで、

僕はもうすべての人から好かれようなんて微塵も思わなくなったし、

その延長で、SNS上の「ブロック」に対する考え方も変わったのである。

 

 

もうこれからは、

「たとえ自分と合わなくても、周りの人とうまくやるのが当たり前」

みたいな、妥協したような考え方も一切しないだろう。

 

 

 

なぜなら、本気で成功したいからだ。

 

 

 

「一般的な人々」の考え方を鵜呑みにしていては

自分らしい人生を歩むことなど出来ない…

 

 

僕は自分にしか成しえないことで

自分の人生を歩んでいきたいし、発信を続けていきたい。

 

 

だからこそ、

「与えられたものに甘んじるのではなく、

自分自身で選んだ人間関係を構築していく」

と心に決めたのだ。

 

 

 

 

というわけで、もしあなたが

本気で「自分と合う人」だけと楽しく人生を送りたいと思うのなら、

ぜひこちらの本を読んでみてほしい。↓↓↓

 

 

 

 

僕がこうして賢人たちから学びを得たように、

僕の思いが、あなたの人間関係に対する考え方に

少しでも良い影響を与えることが出来たら嬉しい。

 

 

 

もちろん、ちょっとでも「違うな」と思うのだったら

ブロックしてくれたって構わない。

 

 

 

 

ブロック…

 

 

 

 

 

ブロックね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い切り怖がってんじゃねーか(笑)

自分自身の「好き」は、自重するな。

やぁ、皆の諸君。

 

ZOYO TOWNの国からやってきた

天海夜 煌琉(こうりゅう)だZOYO。

 

僕のことは遠慮なくコリュと呼ぶZOYO。

 

 

 

そして、今日は

「あなた自身が『好き』を発信することを、自重(遠慮)しなくて良い理由」

について話していきたいZOYO。

 

 

 

…とまぁ、今回限りの鬱陶しい語尾と胡散臭い設定はこれくらいにして…

 

 

 

 

人気YouTuberのKAZUYAさんが

LUNA SEAが好きだという動画を投稿したそうな。

 

 

 

 

正直、僕はそれまでKAZUYAさんの動画は

特にマークしているわけでなく、

たまたま目に入った時、気になった時にしか見なかったのだが…

 

 

 

この動画を見て、さっそくチャンネル登録した(笑)。

 

 

 

させていただきました。はい!!!!

 

 

 

というわけで、

これからは毎日のように観ていこうと思います!!はい!!!!

 

 

 

…というのはだな、

熱狂的なファンではないにしろ、

僕もLUNA SEAは小学生のときから好きで聴いていたからだ。

 

 

 

当時の僕は河村隆一さんを聴いていたのだけれど、

その後再結成したLUNA SEAの音楽がかっこよすぎて衝撃的だった。

 

 

それで、解散までのシングルは一通り聴いてきたのだ。

 

 

 

中学生以降はしばらく好きな音楽のジャンルが変わっていたので

活動を追うということはなかったが(てか、一時期は解散もしてたしね)

2009年頃になってまた興味を持ち始め、

それまでの音源を調べ始めた。

 

 

そしたらROSIERのかっこよさに痺れてしまい

何度も何度もPVを観てしまったのだ!!

 

 

↑初めて買ったLUNA SEAのCD。

 

その他、「END OF SORROW」「SLAVE」「Dejavu」など
好きな曲はたくさんある。

 

 

というわけで、他の好きなミュージシャンを聴きつつも、

LUNA SEAの楽曲も好んで聴く…

 

 

それが現在に至るというわけだ。

 

 

 

とまぁ、僕自身もLUNA SEAについてちょっと語ってしまったが

今回はこれくらいにしておいて…

 

 

「ネット上の有名人が、好きな音楽を語っている動画をアップしていた。」

 

 

その事実から気づいたこと、それは…

 

 

 

「好きな音楽」が自分と共通している(似通っている)だけで、

それまでは気にかけていなかった相手を、好きになることもあるんだ!

 

 

…ということ。

 

 

もしあなたが、他の「誰か」と好きなものが被っていたら、

どう思うだろうか?

 

 

その「誰か」は著名人に限らず、身近にいる人でも良い。

 

 

 

今回は僕の例として「好きな音楽」で語ったが、

好きなアイドル、ブランド、趣味、特技、キャラクター、漫画、アニメ…

あなたの「好きなもの」は色々あるだろう。

 

 

その中で、誰かがあなたと「好きなもの」が同じだったら?

 

 

 

「え、この人、アレが好きなの!?

ヤダァーーーー/////アタシと趣味合うかもーーーーー!?」

 

 

 

(なぜオネエ言葉なのかはさておき)

↑こんな思いをした経験は少なくないはず。

 

 

 

というのは、

人間は自分と近しい人、何かしらが共通している人に対し、

親近感を覚えることがあるからだ。

 

 

 

例えば、現在、沖縄在住で内地出身の僕だったら、

もしかしたら生まれも育ちも沖縄の方や、

沖縄に移住した人が興味を持ってくれる可能性があるだろう。

 

 

 

加えて、FTM(女→男になりたい人)なわけだから

LGBTQや性別違和の人も引き寄せるかもしれない。

 

 

 

また、今回のように音楽について語ることもあるから、

音楽好きの人にも何かしら響くかもしれない。

 

 

さらに、旅のことを書いているから、

旅好きな人も集まってくるかもしれないな。

 

 

ついでに言うと、緊縛アートのことも書いてるけど…

 

こういう際どいジャンルにいそうな変質者が寄ってきたら、

絶対に容赦しないかなー!!

もちろん周囲の人に配慮しながらアートを嗜める紳士や淑女はウェルカムだけどね!!

 

 

てか、変質者に限らず、

ブログの内容をよく読まずに訳のわからないコメント残して去っていくような、

無礼な奴は寄ってくんなぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!

 

 

 

 

…おっと、色々語りすぎたようだ。

 

 

 

自分の好きなものを話すついでに

自分の属性や嫌いなものを一通り挙げてファンを増やしたかったのだが、

それはまた別の機会にしよう。

 

 

 

このように、僕が発信した内容で誰かを引き寄せる場合もあるのだが、

もちろん逆の場合だってある。

 

 

僕がネット上でたまたま沖縄在住の人の書いた記事を目にした時や、

好きなアーティストのことを取り上げている人のブログを見た時に、

その人に親近感を覚えたことが多々あった。

 

 

それが意図していない時ほど、その嬉しさは爆発するものだ。

 

 

 

類は友を呼ぶ。

 

 

 

もしかしたらあなたも、僕と似たような経験をしているのではないかな?

 

 

 

仮に出まれも育ちも全く違っている人がいるとして、

お互いに文化や習慣などの考え方は異なっていたとしても、

「好き」や「嫌い」などの嗜好や価値観は

共通することだってあるはず。

 

 

それを証拠に、LUNA SEAほどの人気バンドとなると

全世界にファンがいることだろう。

 

 

それは僕自身と趣向が似ている人が、全世界にいるということであり、

世界中のLUNA SEAファンと繋がれる可能性があるということだ。

 

 

LUNA SEAは比較的メジャーなバンドだが、

その他のあまり名の知られていないV系バンドやインディーズバンドとなってくると

マイナーな趣味、マニアックな趣味となり、

「同類」と出会えた時の感動はより大きくなる。

 

 

その場合、好きなアーティストが共通している相手に対して、

 

 

「やっべ、あの人あのバンドが好きなの!?

話合いそう!!!!」

 

 

…などと思う気持ちは強くなり、

相手に興味を持つ可能性も高くなるのだ。

 

 

だから余計、身近に好きな人がなかなかいないとなると、

仲間意識を感じるのかもしれない。

 

 

だから皆、TwitterなどのSNSで「同類」を求めるのだ。

 

 

 

 

↑共通点がわかる場合とわからない場合じゃ

こんなにも心理的な距離感が違う。

 

 

 

 

以上のような点を踏まえて、

僕は自分自身の発信を続ける上で、次のようなことを思ったのだった。

 

 

 

「僕が好きなものをどんどん発信していくことで

もしかしたら、意外な人たちから反応があるかもしれない…。」

 

 

と。

 

 

ネット上で発信する際に、

あまりにも自分のファンやフォロワーに気を使うあまり、

自分自身の好きなものをうまく発信できない…

 

そういう優しい方は少なくないだろう。

 

 

 

でもね、あなた自身が自分の「好き」を発信すれば、

それが見知らぬ誰かの「喜び」を生むのだ。

 

 

そこからあなたのことをより深く知りたいと思う人が増えるはずだし、

ファンの質も高くなっていく。

あなた自身のコミュニティも質の高いものとなっていくというわけだ。

 

 

「ファンの質が濃い」=「自分と近い価値観を持つ」

それはつまり「コミュニティの質が高まる」ということだ。

 

だから、

あなたは自分自身の好きを発信する際に、

自重したり、誰かに遠慮したりする必要なんて

全く無いのだ。

 

 

ぜひ、あなた自身のためにも、

相手があなたのことをより好きになってもらうためにも、

あなたの「好き」はどんどん発信していってほしい。

 

 

 

というわけで、今後も当ブログでは

天海夜 煌琉の「好き」を多面的に発信していくつもりである。

 

 

あなたの「好き」という琴線に

僕の「好き」が少しでも共鳴できたら嬉しい。

 

 

 

 

 

…ちなみに、最近注目しているバンド。

(※以下の動画は流血表現などあるため閲覧注意。)

 

 


素晴らしい才能を持っている人は

若手だろうがベテランだろうが大好きだ。

 

 

 

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人から言われたことを気にする必要なんて、全く無い理由

「あなたの虹はどこから?」

「鼻から〜!」

 

…天海夜 煌琉でございます。

 

(↑最初の挨拶について、未だ試行錯誤中…というより迷走気味。)

 

 

さて、この前までずっと旅行記ばかり書いていたものだから、

自分の考えや日々の学びを書く機会が少なくなっていた。

 

 

なので、今日からは久しぶりに

「自分らしく気楽に生きるためのヒント」を

お伝えしたいと思う。

 

 

 

さて、今日のテーマは

 

「人から言われたことを気にする必要なんて、全く無い理由

 

ということで、話していきたいと思う。

 

 

 

 

とある一人の人物に対して、ある人は言う。

 

 

「あいつってさー、いつも自分のことしか考えてないよな。」

 

と。

 

 

それに対して、ある人は言う。

 

 

「え?あの人はだれよりもみんなのことを考えてるよ。」

 

と。

 

 

 

 

このようにとある対象に対して、

両者によって意見の違いが見られるのは

決して珍しいことではないと思う。

 

 

それは、人気の有名人や作品に対して、

ファンもいれば、アンチもいるということからも明白である。

 

 

 

この場合、

どちらの意見が正しいのだろうか。

 

 

 

結論から言うと、

「どちらも間違ってはいないのかもしれない。」

ということ。

 

 

 

なぜ「間違っていない」ではなく、

「かもしれない」かというと…

 

 

やはり、人間はどうしても何かを評価する際に、

個人的な感情が入ってしまうので、

 

実際よりも過剰に良い評価をしてしまったり、

逆に捻くれた解釈をして実際よりも悪い評価をしてしまったり

 

…などということもあるからだ。

 

 

 

その状態では、その人の下した評価が

必ずしも正しいとは言い切れないだろう。

 

 

 

 

繰り返すが、上の図の2人はそれぞれとある人に対して、

「良い評価(左)」と「悪い評価(右)」をしているかと思う。

 

 

同じ人物を評価しているのに、二人の解釈が違うのは、

「一人の人物」もとい「一つの対象」を違う視点から見ているからだ。

 

 

 

わかりやすいようにもっと簡素化して表現してみた。

 

 

 

 

図の物体は

一方から見ると青に見えるようだが、

もう一方から見ると、赤に見えるようだ。

 

そのため、それぞれが自分の見えている面の色を

主張していることがわかる。

 

 

このように、一つの対象を片方の面ばかり見ていると、

もう片方の面はどうしても見えなくなるので、

自分の見えている視点から、事実を主張することになる。

 

 

だから、同じ対象物を見ていても、

両者の意見は異なるということだ。

 

 

それは見ての通り、一つの側面から対象を判断しているからだ。

 

 

しかし、2人とも、

対象に対する客観的な評価としては

決して間違ってはいないのだ。

 

 

評価している人が、その人の視点から、

「あなたにはそう見えるだろうが、私にはこう見える。」

と、その人なりの見解を言っているからである。

 

 

 

赤に見えるのだったら、赤に見えるのだろうし、

青に見えるのだったら、青に見えるのだろう。

 

 

同様に、良い人に見えるんだったら、良い人なのだろうし、

逆に悪い人に見えるのであれば、悪い人なのだろう。

 

 

 

事実はともかく、

少なくとも「その人の視点」という意味では、

その意見は間違いではないのだ。

 

 

 

だまし絵などはよく知られているかと思う。

 

 

 

 

上の図については、

もしかしたら花瓶のような形のオブジェに見える人もいるかもしれない。

 

 

その一方で、

キスしようとしているのか変顔大会しているのかわからないが、

2人の人物が向かい合っていると思う人もいるだろう。

 

 

 

これも同じことで、一度どちらかで見えてしまったら、

なかなか別の見え方で捉えるのは難しいだろう。

 

 

でも、どちらも正しいのだ。

 

 

この原理と同じで、

当然一つの面ばかりを見て、

それが「これは〇〇だ」と思っていると、

他の意見が「正しい」とは、受け入れがたいものである。

 

 

しかも、どうしてもそこには「好き」とか「嫌い」とか

個人的な感情まで入ってきてしまうのだ。

 

 

そのため、自分と正反対の意見は

なかなか受け入れられない、全く理解できないということもあるだろう。

 

 

それは仕方がないことだ。

 

 

しかし、この世界をもっと柔軟に生きていくためには、

いくらあなたが理解できない、好きになれない人がいたとしても、

全く違う考えや意見の人がいたとしても、

 

「この人を好きだと感じる人もいるのは、

私とは見ている部分が違うからだ。」

 

「この人の考えは私にとって受け入れがたいが、

その考えを支持する人もいるのだ。」

 

などと思うだけでも、

 

「自分と違う意見の人たちがいて当たり前」

という事実を受け入れやすくなると思う。

 

 

 

そのため、もし、あなたと違う意見の人がいたとしても、

その意見を真っ向から否定したり

過剰に反応して激昂したりするのではなく、

「そういうものなのだ」と思うだけでも、

人の意見に振り回されることが無くなり、

だいぶ楽になれることだろう。

 

 

 

ちなみに、なぜこのような「違う意見の人を認める」という考えが良いのかと言うと、

この考えはあなたの場合にも当てはまるからだ。

 

 

 

つまり、評価される対象が他の誰かではなく、

「あなた」になった場合も

あなたへの評価が人によって違う…

その事実も全く気にならなくなるからだ。

 

 

 

 

そこにはあなたの全てを好意的に思って

温かく応援してくれる人もいれば、

 

 

あなたの苦手な部分、至らない部分やミスにだけ目を向けて

悪口や批判、誹謗中傷を言う人もいることだろう。

 

 

 

誰だって、嫌な言葉はできるだけ聞きたくない。

 

 

あなたのことを好きな人はともかくとして、

あなたを嫌いな人に対して、

精神衛生上、どのように考えるのが良いものなのか。

 

 

その場合も上で挙げたようなことと同じで、

 

 

「私を嫌いな人が私を見ている面は、私を好きな人とは異なるのだ。」

 

「私に対する悪評価は受け入れがたいが、

その人の視点から考えれば、そう思うのも仕方がないのだろう。」

 

 

…などといった感じである。

 

 

 

というのは、仮にあなたのことを嫌いな人があなたを悪く評価したとしても、

それは大抵その人の置かれている環境や過去の経験、心理状態も絡んでいて、

その上であなたに対して評価を下していることもあるからだ。

 

 

その場合は、必ずしもあなたに非があるわけではない。

 

 

だから、あなたのことを嫌いな人がいても

あなたがその人たちに対して萎縮したり、

悪いところを正そうと努力したり…

そんな必要なんて全く無いのだ。

 

 

むしろその時間が無駄なのである。

 

 

では、なぜ苦手な部分を直す必要がないのかというと、

 

仮に、あなたに苦手な部分があっても

それを受け入れて、カバーしてくれる人たちがいるからだ。

 

 

それは誰か?

 

 

…そう、「あなたのことを好きな人達」である。

 

 

あなたはきっと今まで努力をしてきただろう。

おそらく、辛い思いだって、たくさんしてきただろう。

 

 

それを一つの側面だけ見て切り取って文句を言ってくる…

そんな人たちの意見を優先してしまっては、

あなたの価値を本当に欲している人たちに、

届かなくなる可能性だってある。

 

 

嫌な人たちの意見を優先してしまった場合の末路として、

あなたの周りには「あなたにとって嫌な人」しか

寄ってこなくなるだろう。

 

 

嫌いな人にすり寄った結果、

本来のあなたを好きな人たちが、あなたから離れてしまうからだ。

 

これは非常に悲しいことである。

 

 

そのため、嫌いな人からの悪意ある言葉や意見は

 

「この人達は、私の一部だけを見て言いたいことを言っているだけ。」

「そういう意見もあるのか…まぁ参考にはなったな。」

 

などと適当にスルーしていれば良い。

 

 

↑相手の立場や視点を理解してはいるが

自分の意見を譲る様子はないようだ(笑)。

 

 

悪意ある言葉に対して、あなたが気に病む必要なんて全く無いのだし、

気にしたところで、悪意ある人達の思う壺である。

 

 

人生は短い。

 

 

短い人生を少しでも楽しく過ごして、

人生の質を高めたいなら、

あなたの努力や人柄を正しく理解してくれる人達を大切にしよう。

 

 

 

そして、

 

 

あなたのことを好きで、

かつ、あなたが好きだと思う人達がいること…

 

その人たちに対して、感謝の気持ちを持ち続けいていよう。

 

 

 

つまり、「両思いなら二人ともハッピー♪」というわけだ。

(↑表現が端的すぎるが…)

 

 

その、両思いの人達に

もっともっとあなたを好きになってもらえるように、

 

「実は、自分にはこういう面があるんだよ。」

と、話しづらいこともどんどん自己開示していくなどして、

あなたの多面的な姿を見せていこう。

 

 

その上で、弱い部分は支えてもらったり、

時には人にお願いしたり、

自分の得意分野の際はお手伝いをしたり、

お互いにとってWin-Winな関係になれば、

素敵な人間関係が築けることだろう。

 

 

というわけで、今回は

「あなたが人から言われたことを気にする必要なんて、全く無い理由」

について話した。

 

 

人に嫌われたくないと、嫌な部分を改善しようとするのではなく、

あなたを好きな人にもっと好きになってもらえるように、

あなたの好きなことや得意なこと、ワクワクするようなことに

チャレンジし続けていってはいかがだろうか。

青春18きっぷ2019夏⑩〜フライト前に天園ハイキングコースに行ってきた話・後編〜

本来ならサクッと終わらせようとしたはずなのに

意外と長くかかってしまった18きっぷの旅も

今回で本当の本当に最終回。

 

旅の間には浜名湖近辺で理学療法士さんにお会いしたり、

豊洲のライブに参戦したわけだけど、

そのへんのイベントについてはまたあとで書く予定。

 

というわけで、

最後までお楽しみいただけたらと思う。

 

最初から読むにはこちらから↓

 

 

前回は鎌倉の天園ハイキングコースに行こうということで

電車の中や鎌倉に着いた時の様子を書いた。

 

というわけで、今回はさっそく本編である天園コースの様子を書いていきたい。

 

前回↓

 

 

さて、予め言っておきたいのだが、

 

 

基本的に僕は自然の中をひたすら歩くとなると、

一心不乱になるので、あまり詳しいことは覚えていない。

 

 

歩く距離も長かったし、

しかもほとんど急に決めたことだったものだから

歴史や具体的なスポットなど事前の情報収集も甘かったしね。

 

 

そのため、ここから下はほぼ写真のみの掲載となる。

 

 

文中の情報や記憶もあやふやなことが多いので、

そのへんは自己責任で。

 

ハイキングの雰囲気だけでも楽しんでいただけたらと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう狭い道もあるんだね。

 

 

 

なぜかここだけ穴が空いているのが気になる。

 

 

現代アートみたいな不思議な形の岩。

 

 

こういう穴を見かけるとなんだか気になっちゃう病らしい。

 

 

結構登るのがきついところもいくらかある。

 

 

あと、完全に道が作られているわけではないなど、

構造的にどちらへ行ったら良いのか一瞬迷う場所もあった。

 

 

 

 

 

途中で木々の隙間から遠くの景色が見える。

時折こういう景色も楽しみながら、

歩き続けることができるのも、ハイキングの醍醐味。

 

 

 

 

 

紐があるのは登る人のためかな???

親切な仕様だ。

 

 

 

 

こういう形の構造物ってなんだかジ◯リ作品に親和性がありそう。

(ちなみに僕、ジ◯リ作品に全く興味なし。)

 

 

 

 

どうしたらこんなミルフィーユみたいな形になるんだろ?

 

 

 

途中でこのような案内板があった。

0.7kmくらい歩いたということか。

僕は天園方面に進むので、あと3kmは歩かないといけないな。

 

 

綺麗。

 

 

こういう形も自然にできるのかな?

すごく独特で面白いな。

 

 

 

さっきから岩ばっかり撮っているけれど、

それくらいユニークな自然の造形美に心奪われているからだ。

 

 

過去には様々な自然の中を歩いてきたけど、

こんなに山の中が

「自然が作った現代美術館」と言わんばかりに

珍しい形の岩で溢れている…

 

歩いているだけで美術館を訪れているような気分になれるのは

素敵なことだ。

 

 

 

前回訪れた飛龍の滝の周辺は、

まるで日本の寺院のように神秘的な和の雰囲気が漂う山だったので

それはそれですごく好みだったのだが、

さすがに現代アートっぽくはなかったので、

その点でこの山はまた違った雰囲気がある。

 

 

それぞれの山を芸術家に例えると

「横山大観」か「草間彌生」かって感じかな?

(僕は両名に関してそれほど詳しいわけじゃないけど)

 

 

↑両者の違いを個人的な見解でイメージした図

 

 

同じ神奈川県の中にあるのに、

それぞれ個性的な特徴があるのは面白いなと思った。

 

 

飛龍の滝への旅の記録はこちらから↓

 

 

 

そしてなぜこの木は他の部分がなくこれだけの状態で立っているのだろう?

と不思議だった。

 

 

 

 

岩の造形美も美しいけれど、

木の美しさも素晴らしい。

 

 

 

こうして木々が連なる様子を撮影するのも好きなのだ。

 

 

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風が強いので背の高い木々がざわわざわわしてるのも

ちょっと怖く感じるのだが、

妖しさ満点で個人的にはすごく良い。

(なので上の動画は白黒に加工している。)

 

 

天に向かってまっすぐ伸びた木。

そのまま雲をも突っ切ってしまいそうだ。

 

 

 

木の根っこの形も静脈みたいで好きなんだ。

 

 

箱根のときと違って岩が本当に多いけれど、

その分異世界の迷路に迷い込んだような

SFっぽい気分になれた気がする。

 

 

 

ちなみに、写真に関しては

山の中で歩きながら撮影するので、

基本的にほぼ1回きりの撮影だし、構図もあまり気にしない。

 

 

 

その分、作られていない「リアル感」を

感じ取っていただければなと思う。

 

 

 

 

 

そして、駅からずっと歩いてきて

2時間ほど経った頃だろうか。

 

 

この辺で山頂に着く。

 

 

最初は山頂だとわからなかったが

建物があることで山の中ではなく、

むしろ出口に近いと思っていた。

 

 

幻想から一気に現実に戻ったようで

ちょっとテンションが下がりもしたが、

 

一方で、ずっと一人で山の中を歩いていたものだから

人の気配がすることでちょっと安心感を覚えた。

 

 

ちなみに、天園コースに入り始める頃

天狗の像のところで見かけたおじさんと数人の子供たちは

いつの間にか先へ先へ進んでいたのか、全く追いつかない。

 

自分はその人たちから5分くらい遅れてスタートしたはずなのに

なんて速さだ。

 

もしかしたら、普段からハイキングやトレッキングに

慣れている人たちだったのかもな。

 

 

そうでなかったら、きっと神の使いかなにかかも知れない。

 

 

…なんてことを考えていたのだ。

 

 

 

山頂からの景色は、こうして鎌倉アルプスを一望できる。

周りには誰もいなかったし、絶景を独り占め。

 

それはきつい山道をひたすら歩き続けた者だけが味わえる、

自然からの贈り物なのだ。

 

この山頂からの景色は動画でも撮っておいた。

 

↓とにかく風の音がすごすぎて

感動できるほどのものではないが(笑)。

 

 

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でもずっと歩いてきたら、

ここにたどり着いた時にはすごく感動するだろう。

 

 

 

山頂に行き着いたところで、

あとはひたすら先へ進むのみ。

 

 

 

 

建長寺から1時間ほど歩いてきたようだ。

瑞泉寺まであと35分だ。

 

頑張れ俺。

 

 

 

この先だっけ?

うろ覚えなのだけど休憩所があった気がする。

 

ちなみにこの休憩所で、

見失っていた先客たちを見かけることになった。

 

今回、その休憩所は素通りしたけれど、

食事のメニューを頼んでもよいし、

最安だと自販機で売られているジュースを買えば

誰でも自由に利用できるようだ。

 

 

こうしてひたすら歩いて疲れた頃に

ちょうどよくこの休憩所が現れるのだから

僕のように北鎌倉から天園コースに入ることをおすすめする。

 

 

 

 

 

 

 

何かの巣かな?

 

そういえば途中でトレイルランニングしている方ともすれ違ったな。

 

走りにくい箇所などはあるだろうけど、

自然の中で走れるって楽しそうだよね。

インドアな俺には全く無縁の世界かもしれないが。

 

 

 

木々も千差万別でいろいろな種類がある。

木という自然が生んだ偉大な芸術品に

自分たち生命体はどうあがいても勝てない気がするのだ。

 

 

 

この木、なんか好きなんだよなー。

 

 

 

 

 

 

この辺だったかな?

逆方向から来た外国人に「ここから先は天園ですか?」

というようなことを聞かれたのだ。

 

 

さすが鎌倉。

寺院だけでなく山の中まで世界中の人を魅了するのだ。

 

 

 

瑞泉寺まであと0.4km!!!!

 

ここまで来たら一気に追い上げるぜ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

木々の隙間から住宅が見える!

 

 

そろそろ出口が近い予感。

 

 

きっとこの階段を抜けると…

 

 

 

じゃじゃん。

 

 

どうやら到着したらしい。

 

 

ここから駅までひたすら街中を歩く。

 

途中でいろいろ寺院や

小町通りなどの観光スポットを散策したかったけれど

もうこの時点で16時半くらい。

 

 

先程の看板周辺から駅までさらに20分もあるのだ。

 

 

17時台の電車には乗りたいので

ちょっと足を速める。

 

 

ちょっと急ぎ足だったので、この間の写真は無い。

 

 

 

 

鎌倉の町並みを楽しみながら、ようやく駅の近くまで到着。

 

 

その後は駅のロッカーから荷物を取り出し、

電車を乗り継いで羽田空港まで向かった。

 

 

羽田空港では、

楽天ゴールドカードのラウンジ無料サービスがあと1回残っていたので

保安検査通過後のラウンジ「POWER LOUGE NORTH」で過ごすことに。

 

 

楽天ゴールドカードは年2回まで無料でカードラウンジを利用できるので、

年に何回か国内旅行をする方であれば1枚持っておくと便利なのだ。

カードラウンジは1回1000円くらいの所がほとんどだから、
2回利用できれば年会費分は相殺できるしね。
 

 

下の写真は過去にラウンジを利用した時の写真だけど、

このように飛行機が間近で眺められるのだ!

 

 

ドリンクバーも充実してるので、

日本全国のカードラウンジの中でも、

特にお気に入りのラウンジの一つだ。

 

ちなみに、楽天ゴールドカードは
他のゴールドカードに比べて審査が通りやすいとは思うけど、
まずは普通の楽天カードを作ってそちらを利用してみることをオススメする。

僕も初めは普通の楽天カードを使ってたし、
定期的に使って信用を得ていけば、
年収や社会的ステータスがそんなに高くない方でも
簡単にゴールドカードを作れるかと思う。

楽天カードの詳細はこちらから。↓


 

飛行機の中では、普段であればあまり買わない弁当を食べながら、

機内で放送されているドキュメンタリー番組を観ながら

快適な時間を過ごした。

 

 

この時台風が西日本を直撃していたものだから、

帰省ラッシュと被っているし、

空港も保安検査場も絶対混んでるかな?と思っていたのだが

幸運なことにそんなことはなく、スムーズに移動できた。

 

 

 

 

ちなみに弁当を食べているとすぐにCAさんがお手拭きを渡してくれる。

こんな風にホスピタリティも高いからANAは好きなんだよね。

別々のCAさんから合計2つもお手拭きもらっちゃったよ(笑)。

 

 

 

とうきび茶もうまかった。

今後も内地に来た時はこれ買おう(売っていればな)。

 

 

 

 

…さて、最後の方はちょっと雑になってしまったが、

以上が天園ハイキングコースの感想である。

 

 

今回の天園ハイキングコースで個人的に印象深かったことや

個人的な反省点をまとめると

 

・天園コースの山中は現代アートのように個性的な岩がたくさんあった!

 

・その個性的な岩の間を歩いているのがなんだかSFっぽかった。

 

・自然が豊富で十分な森林浴が出来た!

 

・とにかく景色が素晴らしいの一言。

 

・しかもコース入口付近で天狗さんが出迎えてくれてテンション上がる。

 

・風がゴーゴーすごかった。(当時西日本に近づいていた台風の影響?)

 

・事前に歴史的なことを調べていたらもっと楽しめたかも?

 

・寺院や観光スポットや休憩所などでゆっくりしたかった。

 

・そのエリアを隅から隅まで楽しみたいなら、

午後だけ旅行する形をとるのではなく、

1日中楽しむくらいの気持ちで時間にゆとりを持って行動しよう。

 

・休憩所が後半に現れるので、北鎌倉から行くのが良さげ。

 

こんなところかな。

 

さて、今回で長かった18きっぷの旅も終わり。

 

 

2019年は台風シーズンということもあり、

天園コースも木々の倒壊などで一部通れない箇所があるらしい。

 

参考↓

 

 

天園ハイキングコースは、その文字通り

天まで通じていそうなほどに崇高な雰囲気で

まるで鎌倉全体を包んでしまいそうなくらいの

絶景を見渡せるような山である。

 

 

被害に遭う直前に訪れる機会があったのは

個人的にはラッキーだったが、

その分このような被害を受けていることを知り、

とてもショックだった。

 

 

ちなみにこの記事を書いている時は

台風19号が日本を直撃した後で

地元もかなりの大打撃を食らっていたことを知った。

 

 

上の映像は田川が氾濫した宇都宮駅周辺の様子である。

 

 

氾濫したという情報は親から聞いていたのだが、

映像で見ると想像以上に酷くて恐ろしいと思った。

 

近くにある寺院は年末までお墓参りができない状態だという。

 

 

↑ちなみに、普段の田川はこんな感じである。

基本的には穏やかで、桜が満開の時期は本当に美しいのだ。

 

 

電車も両毛線などは、一部が破壊されて運行できなくなってしまった。

 

それが各地にあることを知って、心が傷んだのは僕だけじゃないはず。

 

 

また皆さんが安心して電車に乗ったり

各地を旅したりできるように、

台風で傷を負った箇所の1日も早い復旧と、

皆さんの心の傷が癒えることを願っている。

 

 

僕も復興した場所に訪れてその様子を書くなどして

地域の活性化に貢献できたら良いなーと思う。

 

今回挑戦できなかった飯田線からの中央線経由の旅も

いつか実現させたいしな!

 

 

というわけで、今後も旅の記録は書いていくので

楽しんでご覧いただけると嬉しい。

青春18きっぷ2019夏⑨〜フライト前に天園ハイキングコースに行ってきた話・前編〜

8回続いてきた2019年18きっぷの旅も

日をおいてついに最終回に突入。

 

 

ここまでの話を簡単にまとめると…

 

 

中部国際空港から金山へ向かい、

以降は18きっぷを使い浜名湖を訪れ、

 

2日目は静岡区間を通り越して

夜に熱海を散歩して小田原に宿泊、

 

3日目に箱根へ滝を見に行った後は

豊洲でのライブを楽しみ、宇都宮へと帰る。

 

 

こんな感じで3日間連続で

18きっぷ(と、その他の交通機関を使って

時間の許す限りいろんな場所に行く)

旅を楽しんだのだ。

 

 

そして、3日間の連続した旅の後は、

実家で家族とゆっくりお盆を過ごすことが出来た。

 

 

さすがに実家でのお盆の様子について話してみたところで

特に誰の得にもならないので割愛するが、

旅に関しては、詳しい様子をこちら↓から辿っていくことで

お楽しみいただけることだろう。

 

 

 

さてと、前置きはここまでにして…。

 

 

 

タイトルの通りだけど、天園ハイキングコースに行ってきた。

 

 

 

ハイキング…ということで、

今回も電車とほとんど関係ない話題なんだけど(笑)

「18きっぷを使った旅」ということでシリーズの一括りにしているのだ。

 

 

お盆を実家で過ごした後、

元々この日は夜のフライトで沖縄に帰る予定だったのだが、

 

 

せっかく18きっぷが余っているのだから、

ちょっと足を伸ばして、

どこかで旅を楽しもうと思ったのだ。

 

 

それで、距離としても18きっぷ1回分の元が取れて

なおかつ首都圏で空港までの交通の便も良いため

「鎌倉に行こう!」と決めたのだ。

 

 

鎌倉は昨年(2018年)に訪れて、また行きたいと思っていたのだ。

 

 

2018年に訪れた時の様子はこちら↓

 

 

僕の本心として、できれば涼を取りに滝を見に行きたかったのだが、

都内近郊で気軽に見に行けそうで、

かつ「見たい!」と思えるようなものがなかったのだ。

 

 

水と自然が豊富な環境の多摩エリアも考えていたのだが、

残念ながら夜のフライトに間に合うようにするには

空港からの距離が遠すぎるところは避けたいところだし、

仕方がないので自然の中を歩くだけにしようと思ったのだ。

 

 

そのため鎌倉に行くのがちょうど良いかなと思ったのだ。

 

 

鎌倉といえば寺院やレトロな街があって雰囲気が良いだけでなく、

豊かな自然に恵まれているということで、魅力を感じていた。

 

 

そして、調べたところ、

鎌倉にはハイキングコースがいくつかあるらしいということがわかった。

 

 

その中で、所用時間が2〜3時間くらいあり、

自然を存分に楽しめそうな「天園ハイキングコース」を選んだのだ。

 

 

 

ちなみに、僕は元々、

どちらかと言えば内向的かつインドア派な妖怪である。

 

 

 

「ハイキングが趣味」なんて

自分とは無縁の世界だと思っていた。

 

 

 

 

上はアウトドアな方々(左・勝手なイメージ)と自分(右)を

比較してみた図である。

 

 

こうしてみると、アウトドア派な方々と自分とは

全く住む世界が違うように見える。

 

 

なぜハイキングというか山登りをあまりしたことがない僕が

突然ハイキングをしたいと思うようになったかというと

箱根で飛龍の滝を訪れたからである。

 

 

 

 

数日前にこの飛龍の滝という超絶景の穴場スポットを訪れているから、

観光スポットを巡るだけじゃ絶対に消化不良になりそうだし

一生の思い出になりそうなことをしたかったのだ。

 

 

元々自然や動物と触れ合うのは好きで

(↑人間との接触は避けるくせに)

離島を訪れたり自然の中を歩いたりするのは好きだったのだが…

 

 

飛龍の滝を訪れて、

「本当に素晴らしい景色は、自らの足で歩いて巡り会うものである」

とわかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

2019年8月12日 飛龍の滝にて。

 

誰かが連れてってくれるではなく、

駅やバス停の近くにあるのではなく、

車でも行けない。

 

自分の力で目的地までたどり着く…

 

だからこそ、

周りに誰もいない環境で

絶景を独り占めすることだって可能なのだと思った。

 

 

飛龍の滝と出会った時の詳しい様子はこちら↓から読める。

 

 

 

さて、話を鎌倉に戻すと…

 

 

地元から鎌倉までのアクセスはもちろん電車で、

18きっぷを使うことにした。

 

 

 

 

しかし、時間くらいかかる電車の旅となるので、

せっかくだから悠々自適に過ごしたい…

 

 

そう思って、グリーン車に乗ることを決めた。

 

 

宇都宮からの発車だし時間的にも10時くらいでほとんど人もいなくて、

好きな席を選ぶことが出来た。

 

 

 

この移動時間を使ってKindleを読もうと

あらかじめ電子書籍をダウンロードしておいた。

それは何かと言うと、

DaiGoさんの「コミュ障でも5分で増やせる超人脈術 」である。

 

本の感想はまた別の記事で詳しく書こうと思うけど、

 

「まさに内向的な自分のために書かれた本だ!!」

と思って感動した。

 

それまで、人間関係の本に関しては、

どんな本を読んでもしっくり来なかったのだ。

 

今はこちらの書籍に書かれた意識して実践することで

嫌われることを以前ほど恐れなくなった。

 

それどころか

 

「たとえ一つの関係性が終わってしまっても、

自分はまた新たに友人やネットワークを作れることができるかもしれない。」

 

という自信までついてきているのだ。

 

 

本の内容が気になった方は↑こちらから詳細を確認してね。

 

 

 

まぁそれはさておき…

 

 

これでゆっくり本も読みながら、

3時間ほどの乗車時間をのんびりゆったり過ごせるぞ…

 

 

と思っていた。

 

 

ところが…

 

 

途中、小山あたりかな?

幼稚園生くらいの子供と父親が乗ってきて

僕の後ろに座った。

 

 

なんだか嫌な予感がする…。

 

 

…と思いきや、

話し声は大人しかったし、そんなに気になる言動もない。

 

 

「…まぁ、見たところ普通の親子だろうし、気のせいだろう。」

 

そう思ってやり過ごすことにした。

 

 

 

ところが…

 

 

 

予感は見事に的中。

 

 

席は子供が窓際、つまり僕の後ろに座っていたのだが、

 

度々前の席である僕の席を足で蹴ったり

席についているテーブルをドンドンと叩いたりしてくるのだ。

そのためその振動がモロに伝わってきた。

 

 

うーん…

 

 

僕としてはグリーン車に子供が乗る事自体は否定しないタイプ。

 

 

「子供がグリーン車に乗るなんて贅沢だ」みたいな意見も見受けられるが、

それに対しては「お前それ完全に嫉妬だろ。」って思うし

ご家族揃って電車の旅を楽しんでもらえば、それで良いんじゃないかな?

 

 

というか、赤の他人の経済観念や子育ての方針に

とやかく言うつもりは毛頭ないし

そもそもの話、全く興味がない。

 

 

だけど…

 

 

前の席に振動加える、ギャーギャー騒ぐなど

子供の明らかな迷惑行為を注意しない親は

 

 

グリーン車であろうがなかろうが…

 

 

ボタン押したら床に穴が開いてそのまま席ごと落下してほしいなー

(※その後どうなるかはお察し)

 

 

って心底思う。

 

 

 

 

というのは冗談で…(笑)

 

 

 

まぁ幸運なことにその親子は池袋あたりで降りてはくれたので

半分くらいの時間は

Kindleを読みながら

iPhoneで旅先の情報を調べながら

そして母親が作ってくれたおにぎりを食べながら

ゆったりのんびり過ごすことが出来たのである。

 

 

ここで母親の話をすると、

母親は未だに僕が何をしたいのかよく知らないようだし、

あまり聞いてもこないのだが、

自分を応援し、支えてくれる人がいる…

そのおかげでこんなに楽しい旅を実現できたんだって思った。

 

 

価値観の異なる赤の他人にイライラしてばかりいても仕方ないし、

ありがたいことに感謝できる自分でありたいよね。

 

 

それと同時に、自分はこういった公共の場におけるマナーに関しては

きちんと教えてくれるような親の元に生まれて、

 

 

本当ーーーーーーーーーに良かった!!!!と思ったものだ(笑)。

 

 

 

そんなこんなで電車に揺られること約3時間。

 

 

 

 

 

 

まずは鎌倉駅へ到着。

ここのロッカーに一旦荷物を預ける。

 

 

この日は数日前に使っていた

「ロッカーの空き状況を調べるサイト」が見つからなかったので

もしロッカーに空きがなければ荷物預かり所を利用しようと思っていたのだが、

幸いなことにロッカーが1つだけ空いていたのだ。

 

 

※主にロッカー問題対策のことについて書いた旅の記録はこちら↓。

 

 

そして、ロッカーに荷物を預けたその後はすぐさま逆の電車に乗り、

隣駅である北鎌倉へ。

 

 

 

 

 

最初、どこが出口なのかちょっと戸惑ったよね。

 

だから、駅員のおじさんにきっぷを見せた後、

駅の再び中に入ろうとしてしまった(笑)。

 

 

 

まずは水を買いにコンビニまで向かう。

 

 

 

あとで調べたらハイキングコースに向かう途中にも

コンビニがあったようだが、

水筒の水もほとんど切れていたし、早めに欲しかったのだ。

 

そのため、一度線路を渡って東側に行った後、

Uターンする形になった。

 

 

 

この電車が走る風景が、趣があってとても良い。

 

 

そして、駅から歩いて15分ほど。

 

 

建長寺に到着。

 

 

ここで500円ほどの入館料を支払い

境内の奥まで歩けばハイキングコースに突入というわけだ。

 

 

 

 

建物に近づきすぎて2枚に分けて撮影。

 

 

この時点で時間は14時くらい。

フライトは20時なので、18時半くらいには空港に着いていたい。

 

 

ハイキングの予想所要時間は大体2〜3時間ほど。

 

 

…ということで残念ながら今回は、

境内の中をゆっくり見て回るほどの時間の余裕がなかった。

 

まぁ仮に時間があったとしても、

山に登る前に寺の中まで歩き回るのは体力的に厳しいとは思うが。

 

 

 

 

こういう珍しい穴を見つけて不思議に思うも、

ハイキングコースに向かって一直線である。

 

 

 

 

 

 

この先に階段があるが、これが何気なくキツかった。

 

 

 

 

藻の付き方といい形のばらつき感といい

並んだ石のこの感じが美しいなと思って撮影。

こういう感性というか、美的感覚は大切にしていきたい。

 

 

 

こういう和の風景の中を歩くのが好き。

 

 

こんな感じで、しみじみと趣を感じながら歩いていると…

 

 

 

天狗様の登場。

 

 

他にも何体かいらっしゃるようだ。

 

 

ポーズには何か意味があるのかな?

 

 

デザインが漫画のキャラクターのようで可愛らしい。

 

 

僕のインスタでは一体一体を撮影した画像を載せてあるので

よろしければどうぞ↓

 

 

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こんな感じで、この辺りから見える景色も素晴らしいが

もっともっと上に登れるらしい。

 

 

ということで、

ここからさらに階段をどんどんと登っていく。

 

 

これもなかなかキツかった。

 

しかも風がだんだん強くなってくるし

とにかくキツいの連続なのだが

心休まる時間はあるのだろうか…。

 

 

…と思った矢先

 

 

 

勝上嶽展望台に到着。

 

ここから見えた景色は、さらに眺望が良かった。

 

 

このように、鎌倉の山々を見渡せるのだ。

 

 

遠くの町並みも一望できるのだ。

ちょっとだけ海も見えたかも?

 

健脚の方はハイキングをしなくても、

ここまででも良いので、ぜひ頑張って登ってみることをおすすめする。

 

 

 

さて、ここからはさっそく天園コースのメイン?である

鎌倉アルプスの中をハイキングしようと思う。

 

 

長くなるので今回はこれでおしまい!!

 

 

続きはまた次回♪

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