君も「雨人(あめんちゅ)」にならないかい?

晴れやかで穏やかな日は最高だ。

 

 

どこにだって行けるし、

旅行やレジャー、屋外でのスポーツなどは晴れの方がもちろん良いだろう。

 

 

しかし、僕は日本各地を旅行している中で、

雨の日に旅することも多かった。

 

別に雨乞いをしたわけでは一切ないのだが(笑)

「雨は良いぞ!」と言いたくなるような写真もいくつかある。

 

 

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2017年3月、知覧武家屋敷庭園にて。

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2016年12月、吉野ヶ里歴史公園にて。

 

ちなみに2015年4月には奈良の吉野山に行ったけれど、

その日も最初の方は雨で靄がかかっていた。

でも逆にそれがとても良かった。

その時の写真が選びきれないので、後日また記事として上げられたらと思う。

 

 

こういった名所を雨天歩き回るのも大変ではあったが、

雨で滲んだ和の情趣にしみじみした。

 

 

晴れほど写りは良くなくても、独特の雰囲気がたまらない。

 

雨の日は、晴れの日とはまた違った味があるのだ。

 

 

さて、僕は最近ブログにて、

 

「自然体で生きよう」

「自分が心から望んでいることをしよう」

 

というようなことを言っているが、

 

今ここに

 

「本来の自分に還ろう」

 

という言葉も追加したい。

 

 

そのヒントとなるのが「雨」なのである。

 

 

僕はまるで「晴」を象徴するかのような

開放感があってカラッとした人も人間的に好きなのだが、

「雨」のようにどこか影がある人々により魅力を感じるのだ。

 

 

 

雨というのは、降っては流れて蒸発し、また降っては流れて…を繰り返す。

 

「恵みの雨」として大地に命を与えてくれる。

 

その一方で、非常に気まぐれで、

降ったと思ったらまた止んで、

時には災害をもたらすかもしれない。

 

 

そんな一面もある。

 

 

人々に「憂い」や「恵み」も与え、

時には荒ぶることもあるけれど、

そこにその人独特の魅力があるのだ。

 

 

 

そうやって「雨」は永遠に循環して

自身もいろいろな経験をしていく。

 

 

様々な場所へ旅をしながら、

結局は元の自分に帰ることが出来る。

 

吹割の滝。(群馬県沼田市)また行きたいなぁ…。

 

 

「嬉しさ」や「悲しさ」…どんな感情も経験もすべて受け入れて、

「本来の自分」として生きられるようになるのだ。

 

 

そうやって思いついたのが

「雨呑家(あめのみや)」という言葉だ。

 

「雨呑家」は自身の活動名というか、屋号みたいなもの。

 

ブログタイトルでもある「雨呑み者(あめのみやー、アミヌミヤー)」は

かつて沖縄で虹を意味していた。

 

そのため、虹の象徴、LGBTである僕にもぴったりだと思ったのだ。

 

この写真、当時(2011年らしい)ガラケーで撮ったのだが

なかなかハッキリ撮れているなぁ。

 

 

というわけで、そんな私「雨呑家」と同様、

「雨のような人」を増やしていきたいと思い、

「雨のような人」を「雨人(あめんちゅ)」と呼ぶことにした。

 

 

「自分自身」を「ありのままの存在」として受け入れ、

自然体で振る舞い、

その人にしか歩めない人生を楽しむ。

 

必要以上に人に気を使わない、

自分にとって嫌だと思うことはしない。

好きなことだけをして生きる。

 

自身の感情や思いを抑圧させること無く、

遠慮なく曝け出すことが出来る。

 

ふらっとどこにでも行くから地に足ついていないようでいて、

芯の部分がしっかりしているからどこでも生きられる。

 

自分自身がそんな生き方を体現することで、

人に安らぎと癒やし、時には笑顔を与えることも出来る。

 

それが美しく儚くもたくましい

「雨人(あめんちゅ)」しての生き方である。

 

 

…うん、なんか筋が通っているようでいて

結構メチャクチャなこと言ってるけど、

要するに「変人」を増やしたいってことさ。

 

 

そんな変人・「雨人(あめんちゅ)」を増やして、

殺伐としているこの世に恵みを与えていけたら良いなと思い、

これからもこのブログでは、様々なことをお伝えしていくつもりだ。

 

 

 

ちなみに紫陽花と上の睡蓮の写真は

2017年6月、大分の別府(地獄巡り)にて撮影したものだ。

(地獄そのものの写真についてはまた旅の話をした時にでも。)

 

 

このように僕は時間を見つけて、日本各地をアクティブに巡ってもいるのだ。

 

 

あなたが雨のように様々な場所へ気軽に旅ができるようになるためにも、

旅に関する情報も提供していきたいと思う。

 

 

というわけで、

あなたもぜひ「雨人(あめんちゅ)」になりませんか?

 

 

「雨人(あめんちゅ)として本来の自分に還って

様々な場所を旅してみたい!」

 

 

そう思っていただけたのであれば、

僕の想いに共感していただけたのであれば、

ぜひ今後も僕の発信をご参考いただければと思います。

 

 

ブログなどで人生のヒントや旅の楽しさをお伝えしていきます。

 

 

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これからは「こだわり」を捨てて「直感」と「自然体」で生きる時代

また一冊の本を読み終えた。

 

もしかしたら、岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」に続き、

人生のバイブルになるんじゃないかって思えるくらいの本と出会った。

 

 

 

それは、足立幸子氏による「あるがままに生きる」だ。

 

 

僕はこの書籍を読んだ時、

身体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。

 

「波動を上げる」だの「人は誰でも超能力者」だの

「脳はろくなことを考えない」だの

「ぼーっとしているのが良い」だの

著者が語っていることは一見斬新なように思えるのだが、

自分には通じるものがあったらしい。

 

 

「まさにこれまでの自分が触れてきたもの、学んできたことの集大成だ」

と思ったのだ。

 

 

それくらい自分にとって、どんな有名な書籍よりも

ネット上で売られているセミナー動画やメルマガなどよりも

すんなり受け入れられやすいと言うか、しっくりくる内容だったのだ。

 

 

逆に自分がもっと若い頃にこの本を読んでも、

ピンとくるものがあったかどうかわからない。

 

この本と出会ったのは、出会うべくして出会ったんだな、という印象だ。

 

今、僕が情報をとっている中で、様々な人が言っていること、

この本の中でそのすべてが語られているのだ。

 

いわば、「まとめ」的な存在。

 

もはや10年前の本とは思えないくらい。

もうこの本さえあれば他に何もいらないのでは?と思ったほどだ。

 

それくらい、なんというか、自分と波長が合う気がした。

 

 

だからかえってブログでは何も語りたくないのだ。

 

 

なので、とりあえずの感想としては、

「波動を上げる」ように精進していこうと思った。

 

 

 

「波動を上げるってなんだ?」

と思った方もいるかもしれない。

 

 

一応僕なりに説明しておくと、

僕自身はこの言葉を、

自分自身が「宇宙」に近くなることだと解釈している。

 

 

 

まだよくわからないよね(笑)

 

 

 

要するに、「自然と一体になって生きる」ってことで良いと思う。

 

 

 

もし何かに迷ったら、「自分の心」に聞くのが一番じゃないかなって思うんだ。

 

誰かの意見よりも、情報よりも、自分自身の「直感」を大切にする。

 

その直感がより鋭くなるように、日頃から「直感」を鍛えるようにする。

 

お出かけ先を選ぶにしても、飲食店でメニューを選ぶにしても、

できるだけ「情報」ではなく「直感」で物事を選択していくようにする。

 

 

書籍の内容として伝えられるのはこれくらい。

 

 

基本、僕は「感覚的に生きてる妖怪」で、

直感として「なんとなく」で感じてしまうので、

言葉にするのが難しい。

 

だから、足立氏の言葉を、「なんとなく」実践していくことで、

その姿を皆さんにお伝えできればと思った。

 

 

その代り、「波動をあげる三つの条件」として
著者が以下3つのことを挙げているので、
参考にしていただければと。

 

①あらゆるこだわりを取り除く

②行動に移す

③深い部分の自分(神我・真我・本当の自分)が望んでいることをやる

 

それぞれについては作中で詳しく説明しているので、
気になる方はぜひ読んでみてほしい。

 

 

要するにこれらも簡単にまとめると、

 

「こだわりを捨てて、自然体で生きろ」ってことだ

(…と僕は解釈している。)

 

 

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僕の場合の「こだわり」というのは

「執着」とか「完璧主義」だと思っている。

 

 

過去や特定の人物に対する恨みつらみだとか、

仕事でも創作でも完璧にやらないと気がすまない質で、

逆にそれが自分にストレスを与えてしまっていた。

 

 

マナー違反をする人、デリカシーのない人に対して

蔑視してしまうところがあるけれど、

よくよく考えたらだね、

「それって自分にとって本当に大切なことなのか?」

とも思うようにもなったし。

 

 

そのことにようやく、最近になって気がついたのだ。

 

 

 

 

「物」に対する執着もすごかったと思う。

「これがなくなったらどうしよう」という脅迫めいたものがあるんだろうね。

 

確かに、お金やカード関係は慎重に扱っているけども。

 

今は「必要なものだけあればよい」という考えになって
余計なものを買わなくなった。

 

むしろ「買いたい」欲よりも
「捨てたい」「手放したい」欲の方が強いように思う。

 

有形のものよりも、目に見えない「無形のもの」に価値を感じるようになった。

 

 

…それが僕のここ数年で実感している、自分の中の大きな変化だな。

 

 

ちなみに、この書籍の中で

足立氏は「やがて医者などはいらなくなる」というようなことを言っているのだが、

 

この部分を読んだ翌日、僕はこのような記事を目にした。

 

 

もしかして、「引き寄せ」ってこのことを言うのかな…?

 

「医者がなくなる」

 

ぶっちゃけ、未来のことだから「わからない」のだが、

実際、その可能性はなくもないと思う。

 

10年も前の本なのに、将来を見通せる人はいるんだなって。

 

 

ちなみに、高学歴者の多い職業・取得の難しい資格の職業がなくなるという現実が

実際に待ち受けているのかどうかはわからないが、

何かしら動いていたほうが良いことは事実。

 

 

だってこれからは、一人ひとりが「自然体」で生きる時代になるからだ。

 

もう古い価値観が塗り替えられて、
今後は皆が一人一人あるがままの自分で生きられるようになって、
自分をもっと出していい世の中になっていくんだ。

 

なので、お子さんをお持ちの方は、

どうか子供の安定を優先するのではなく、

「子供が心から夢中になれること」

を優先させて応援してあげてほしい。

 

 

そういえば、僕が中学の頃(2000年台前半)に

「真面目な子が殺人を犯してしまう」

というニュースがよく話題になっていた。

 

 

僕の中学では有志?による寸劇が行われたほど、

当時は深刻な問題だったと記憶しているし、

「自分もそうなってしまうのでは?」という恐怖を抱いていた。

 

 

対人恐怖だったけれど、自分自身が一番怖かったのかもしれない。

 

 

今思えば、そうした事件ってきっと

威圧的な世の中に対してエネルギーを反発させた

「良い子」たちの反乱だったんだよね。

 

 

自分が壊れてしまわないように、自分自身の人生を楽しむには、

「自然体で生きる」

「人に良い顔をするのをやめる」

「出来る人・完ぺきな人を演じるのをやめる」

これしかないんだよ。

 

ありのままの自分で、やりたいことをやること。

自分自身に「もっと気楽に生きていい」って許しを与えること。

 

自分の中にあるエネルギーを抑圧させちゃダメだ。

 

そのエネルギーって自分自身が思っている以上に

ものすごいものなんだよ?

 

だから、抑圧すると何かしら病気になる。

 

 

それでも、今も減らない自殺率。

 

 

もう世の中に期待したって仕方がない。

 

他人を変えることは出来ないからだ。

 

「自分自身が変わらない限り、何も変わらない。」

 

 

だから僕はもう無難な「良い子」であることをやめた。

 

 

たとえどう思われようが、

変人として、周囲の人に何かしらのメッセージを与えられる存在になる。

 

 

それが皆にとっての「良い未来」に繋がると信じているからだ。

 

 

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さて、今後もコリュのブログでは、

私コリュのような「変人」「妖怪」をたくさん生み出せるよう、

人生のヒントになる情報をたくさん伝えていきます。

 

 

もし今後もブログの更新情報や哲学、人生のちょっとしたヒントを受け取りたければ、

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レッツゴー変人。

「自分自身の監督」になって、自分の人生をセルフプロデュースしよう

僕は最近、

 

「他人の感情には振り回されるな。自分自身の気持ちを優先しろ。」

 

といった内容の文章を書いている。

 

 

逆に言うと、それは自分自身にも当てはまることで、

「自分の感情には振り回されるな。」とも言える。

 

 

「自分の感情に振り回されず、自分を客観視する。」

 

 

もしかしたら、この生き方を意識することで、

他人の批評も一切気にならなくならず、

ほんとうの意味で自分らしい人生を送れるのでは?と思った。

 

 

というわけで、今日は

 

「自分の感情に振り回されず、自分を客観視する。」

 

…このテーマについて考えていこうと思う。

 

 

 

最近…に限ったことじゃないけど、

街中、特に買い物している時とか、テレビをみている時とか

やたら感情を煽る表現が多いなと思う。

 

「あなたはこのままではダメですよ」

「今のままでは将来〇〇ですよ」

 

というような…

 

購買欲を煽るためなのか、

やたら不安にさせるような言葉をよく見かけるし、

 

「タイムセール中!」

 

「今買わないと損ですよ!」

 

といったセールもよく見かける。

 

実際それに飛びついて別に欲しくなかったものを

買ってしまった方も多いかと思う。

 

 

大丈夫、僕もその経験たくさんあるから(笑)。

 

 

その他、人の感情を煽る表現としては、

過激な活動家がヘイトスピーチを行っているデモとか

パワハラ、セクハラ上司がいる職場とか

 

 

まぁ色々あると思う。

 

 

…もう数え上げたらキリがないよね。

 

 

そんな人の言うことをいちいち真に受けていたら

身が持たないし、自分を見失ってしまうだろう。

 

 

疲れちゃうよね。

 

 

さて、こんなにたくさんの情報に溢れた現代。

 

 

こんな時、しっかりと自分を持って、

誰にも振り回されず、狼狽えないようにするにはどうすれば良いんだろう?

 

 

 

僕は以前、このような記事を書いたことがある。

 

 

 

「自分の人生の”主人公”にはなるな。」

 

 

これはつまり、どういうことかと言うと、

 

 

「自分の人生の主人公になる」というのは、

「自分の主観」で生きている状態ということなんだ。

 

 

それは結果どうなるというと、

いつまでも「動かされる側」になっちゃうんだよね。

 

 

感情的なものに左右されてしまうし、

基本、「情に厚い良い人」だからお涙頂戴の演出にも弱い。

要するに「カモ」的な扱いを受けてしまうこともあるだろう。

 

 

 

そういう「常に何かに煽られる生き方」をやめて、

 

「流行りには惑わされない。」

 

「自分は自分の選んだものだけを信じて生きる」

 

そんなかっこいい生き方をしたい!!

 

 

そんな生き方を実現するにはどうすればよいか。

 

 

そのためには…

 

 

 

「自分自身を一歩引いて見つめる存在」を

自分の中で作ってしまおう。

 

 

わかりやすく言うと、「監督」だ。

 

 

監督は監督でも、自分の人生の「監督」だ。

 

 

映画やアニメなどはもちろん、スポーツにも「監督」という存在は必要だよね。

 

 

自分をコントロールする「監督」がいるから、

作品は出来上がるし、選手なら勝てるように動いていける。

(かなり雑な表現だけど、実際そうだよね笑)

 

 

アートとスポーツで違うけれど、

両者に共通しているのは、

「目標(ゴール)を達成すること。」

 

 

これを自分の人生に当てはめると、

自分の中の監督が決めた「目標(ゴール)」。

つまり、「なりたい自分像」を明確にすることで

それに向かって「自分という人間」を動かしていける。

 

 

つまり、

 

「目標(ゴール)に向かって自分に指示する監督を、自分の中で作ろう」

 

ということなのだ。

 

 

 

「俺の人生」の主導権を握るのはこの俺だ!(By.監督)

 

 

例えば…

 

 

自分の中で「痩せたい!」という目標を決めたとする。

 

 

主人公である自分は「目の前のラーメンを食べたい。」という気持ちを抑えられない。

いや、もしかしたら欲望に勝てず食べてしまうかもしれないね。

 

 

 

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でも、外から見ているもう一人の自分、つまり監督が

「今後、こいつ(自分)は痩せるというシナリオにする。でなきゃ困る。」

って言うんだったらもうそれに従うしかない。

 

 

一度それを決めたら、ラーメンを目の前にしても、

「とりあえず我慢するか。」

「低カロリーのもので置き換えよう。」

という選択肢が生まれるはず。

 

それがなかなかうまくいかないから、困っている人もいるかもしれない。

 

でも僕だって昔太ってたのに

今は「細すぎ」と言われるくらいまでになったから、

やろうと思えばできるんだよ。

 

今だって結構大食らいだけど、

旅行と人と一緒にいる時以外は1日1.5食にしているからか、

食べてもあまり太らない。

 

しかも、好みも変わってくるのか、

昔ほど甘いものを好まなくなった。

 

 

…なぜそうなったかと言うと、

「こういう自分になりたい」

というイメージを明確にしていたからだと思う。

 

その時ちょうどヴィーガン料理にハマっていたから、

そんな自分が好きだというのもあったかもしれない。

今はもうしんどくなってやめた(笑)。

 

それにぷくぷくした自分よりもスッキリした自分のほうがかっこいいから

今の自分を維持しているわけ。

夜のストレッチとスクワット以外、特に運動はしてないけどね。

なるべく自転車で行動するようにはしているけど。

 

 

自分を客観視して、目標を決める監督が

「痩せる」という目標を決めたから、

「できている部分」と「できていない部分」も把握できるようになって、

自分(主人公)をコントロールできるようになったからだ。

 

 

わかりやすくダイエットを例にしたけれど、

これと似たようなことがどんなことにも応用できる。

 

 

「物事に応じない」自分になりたいのだったら、

いろんな出来事に慣れていくしかない。

 

「余裕のある」自分になりたいのだったら、

とにかく収入を増やして、時間を作るようにすること。

どうしたらそういう自分になれるのかを考えて

いろいろ勉強したり人の話を聞いたりしていく。

 

そういった過程の中で、自分にとって必要なことを取り入れて

いらないものを捨てていく。

 

成長するにはとにかく学んでいく、経験を積むしかないわけだし。

 

 

僕だってまだまだ成長したいと思っている。

 

挫折しそうになったこともあるけれど、

昔ほど不安から物を溜め込んでしまったり、

余計なものを買うこともなくなった。

 

 

寂しさや虚しさで必要以上に飲み会に参加することもなくなった。

 

 

それは僕の中の「監督」が

 

「お前(自分)はもうそれはそれは臆病者だし

どこに行っても浮いてしまって社会不適合者みたいな奴だ。

 

でも、この先、“自分自身の生き方がまさにアートだ”と言えるような、

将来的にカリスマ性のある奴になっていくんだ。

 

それにはそれに恥じない人格を、今から作っていく必要があるのだ。」

 

って決めているからだ。

 

 

 

いやーーー困った困った。

 

 

俺、超絶コミュ症だけどそんな風になれるのかな?

 

 

でも、そのおかげで

例え今苦しいことや嫌なことがあったとしても、

「大丈夫。」と思えるんだよね。

 

 

そう。

 

 

「監督」である自分は自分に支持を出せるわけだし、

「主人公」である自分はその過程を楽しむことができる。

 

 

うまくいかなくても、

例え人からバカにされたとしても、

その過程すら「美味しい」と思えるようになる。

何かにつけて一喜一憂しなくなるんだ。

 

 

だから…

 

 

どうせ人生の主人公になるなら、

監督から脚本まで何から何まで自分でセルフプロデュースできる、

そんな人物を目指していくのはいかがだろうか。

 

 

例えると、チャップリンみたいな!!!!

 

 

 

 

まとめると…

 

感情だけで自分を動かさない。というか、誰にも動かされない。

 

 

「人生の監督である自分」を自分の中に作って、

一歩引いた上で自分を見つめ、

その上で「なりたい自分」「目標(ゴール)」に向かって

「人生の主人公である自分」を動かしていこう。

 

 

そして…

 

誰も経験したことがない。他の誰にも置き換えられない。

 

「これが自分の人生!」

 

そう胸を張って言えるような人生を送りましょう。

他人の感情なんて気にしなくていいのサ

以前、以下の記事↓で「自分の問題」と「相手の問題」を切り分ける、といった内容について説明した。

 

 

自分が楽になるためにも、相手を本当の意味で思いやるためにも、
「自分」と「相手」の領域は認識しておくことが大切なのだ。

 

今回はより情緒的な面、

「自分の感情」と「相手の感情」の切り分け方についてさらに深掘りしていきたい。

 

 

 

最近、ちょっと面倒なことが起きた。

 

 

いや、僕も言い方が悪かったなという反省はあったのだけれど、

 

 

明らかに相手が自分で事を招いたというか、
相手が勝手に思い込んで僕にきちんとした確認もせず勝手に話を進めていたのだ。

 

それで両者で認識が違っていたという事態が起きた。

 

さらに、自分で事を招いたにも関わらず、
「〇〇してもらえないと困るんですよ。」というようなことを僕に言ってきたのだ。

 

 

まぁ簡単に言うと…

 

 

「そんなの知るかよ(笑)。」と言いたくなるような出来事だった。

 

 

しかも、相手は相手でこちらを悪いと思っているフシがあるらしく、
自らの過失を認めつつも特にちゃんとした謝罪の言葉はなかった。

 

 

ただ、相手も一応相手自身のしたことは反省したようで、
事が起こった後はこちらにきちんと確認してきた。

 

 

そして、最終的には両者が妥協できる形で落ち着いたから別に良いんだけどね。

 

 

でもなんだかモヤッと来た、ぶっちゃけ。

 

 

俺が相手の立場だったら、きちんと確認しなかったこちらが悪いと思ってちゃんと謝るし、
実際、こちらの何気ない発言で相手が間違った認識で動いてしまっていたことは申し訳なく思った。

 

しかし、実際動く前に再確認するなどしてもらわなければ、そんな事情はわからないわけである。

 

さらに、「こちらも悪いところはあったけど、心底納得していない。」みたいな空気を
相手から感じ取ってしまったからだ。

 

 

あーーーーーーーーめんどくせーーーーーーー!!!!!!!!!

 

 

って思ったね(笑)。

 

 

…愚痴ってしまって申し訳ない。

 

 

でも、こういうトラブルって誰もが経験したことあると思うんだ。

 

 

「相手だって悪い部分があるのに、被害妄想が激しいなぁ。」

 

とか

 

「一方的にこちらが悪いみたいになるのは納得いかない。」

 

とか

 

このような感じで、

モヤモヤした感情になることはあなたも少なくないのではないか。

 

むしろ「そんなのしょっちゅうだよ!」っていう人もいるかもね。

 

 

でも、こういう出来事っていうのは、意味があって起こるんだよ。

 

 

 

こういう事態になった時、気をつけたいことがいくつかある。

 

 

まず…

 

相手のせいにするのは簡単だけれど、被害妄想的な考えにはならないこと。

 

 

起こってしまったことに対して、いつまでも怒っていたって仕方がない。

どう気をつけたら良いのか?自分の中での改善点を探し出すなり、

相手はどうしてほしかったのか?と考察するなりしよう。

 

次に…

 

例え相手があなたのせいにしてきても、そんなのは放っておこう。

 

 

これは簡単なことで、

そんなことに時間もエネルギーも奪われてしまうのは無駄なことだからだ。

 

自分のことは十分に愛せている分、自分に対する評価には無関心で、

「あぁ、そうですか。」と受け流す、

もしくは笑ってネタにするくらいが丁度よい。

 

※ちなみに僕としては、NON STYLEの井上さんみたいな生き方が理想だ。

 

自分のことを十分に愛せていれば、他人がなんと言おうか気にならない。
 

 

そして…

 

 

人がどう言おうと、あなたはあなたの内面だけに目を向けて、
自分が成長するような考え方を身に着けるようにしよう。

 

 

つまり、人間関係に置いて、こういうモヤッとした感情になった時に
ぜひ思い出してほしいことがある。

 

 

それは…

 

「相手の被害妄想、相手の自分に対する怒りの感情は相手の問題だ。」

 

ということである。

 

 

事態を招いた原因は、もちろん自分にもあるかもしれないが、
犯罪や暴力、権力の乱用などを除き、
大抵のことはどちらかが100%悪いということはないのである。

 

 

今回の場合、僕は

 

「僕自身も思い込みが強いため、

“もしかしたら”のことを考えて相手に確認しなかったのが問題だった。」

 

「相手が何も言わなければ(特に問題ないと思い込み)

こちらは何もしない、という受け身の姿勢が問題だった。」

 

という「自分の反省点」を明確にすることができた。

 

 

一方で、相手のことはどうだろう。

 

 

冒頭で相手の行為について「事前に確認してこなかった」と言ってしまったが、

相手は相手の問題なので、

正直、「推測はできるが、わからない。」というのが僕の答えだ。

 

 

誤解を恐れず言えば、

「相手の問題は相手の問題なんだから、僕には関係ない。」

ということである。

 

相手がキレようが泣こうがこちらのせいにしてこようが
徹底的に「他人は他人、自分は自分。」を貫く。

 

それが相手に対する本当の思いやりで、健全なメンタルを保つための姿勢なのだ。

 

一見逃げているように見えるけど、これがお互いにとってベストな考え方なんだよ。

 

どこまでが自分の責任で、自分が相手の機嫌を取らなくちゃいけなくて…

などと考え始めたらキリがないからね。

 

 

「自分が解決できる領域」と「自分には解決できない領域」

これらを区別することが大切なんだ。

 

 

自分の領域(問題、願望など)だけを把握しておこう。相手の領域は未知数なのだから。
 

 

 

ここで、「相手を迷惑をかけてしまって自分ってダメな奴」とか
「何をしたら自分に対する印象を良くしてくれるかなぁ?」とか…

 

相手の考え方や感情に踏み込むような、余計なことを考えてはいけない。

 

というか、そんな事を考えたって仕方がない。

 

直接相手に聞くならともかく、

勝手に自分自身で思い込んでいるからだ。

 

それは「自分にとって解決できない領域」なのである。

 

 

もし問題が起きて、

あなたが「〇〇してきたのは明らかに相手が悪いのに!」と思ってしまったら、

それは「相手の問題に踏み込んでしまっている」ということだ。

 

 

ここでもう一度思い出してほしい。

 

 

「相手の被害妄想、相手の自分に対する怒りの感情は相手の問題だ。」

 

 

私は私の好きなように生きる。

 

それを嫌だと思う、文句があるのならご自由にどうぞ。

 

 

自分の人生を楽しく生きるのも、誰かを嫌ったり恨んだりするのも、

その人の自由であり、

その人の人生における「その人自身の責任」なのだ。

 

あなたが自分の身を捧げて削ってまで解決するべきことじゃない。

 

相手のことは、相手を信頼して、相手に任せよう。

 

例え一時的に嫌な感情になったとしても、

自己成長できる人は自分自身できちんと考えてくれるから。

 

なので、起きたことに対していつまでも怒ったり悲しんだりしないこと。

 

 

というわけで、まとめると

 

「他人があなたのせいにしようがあなたに不満を抱こうがそんなの関係ない。

それは相手の人生に対する相手自身の責任だからだ。

 

あなたはあなたの人生を、自分自身のために生きればよい。

それがあなたの人生に対するあなた自身の責任だ。」

 

 

…ということだ。

 

 

ただし、相手が明らかに名誉毀損や営業妨害に当たる行為をしてきたときは、

あなた自身の「正義」を守るためにも、徹底的に戦って良いと思うよ。

 

 

でもあなた(もしくは相手)に悪意がなくてことが起こった場合、

大概のことは、相手(あなた)がどのように受け取ろうが自己責任の範囲である。

 

それを捻くれた認識で捉えすぎてしまうと、人間嫌いになってしまうのである。

 

↓これについて、もしよければこちらの記事も参考にしてほしい。

 

別に人が好きにならなくても良いけど、

人に対してさほど期待しなければ嫌いにもならないと思うんだ。

 

 

あなたに対して怒り狂っている相手がいたとしても、

それに怯むこと無く、

「ふーん、そうなんだー。」とただただ眺めていればいい。

 

それから、相手の事情を把握した上で、

自分を客観視して解決策(改善点など)を見出してみよう。

 

 

急には難しくても、少しずつ、実践してみてほしい。

 

 

 

日常で一つ一つの出来事や感情に対して、

「これは自分の問題か?」「これは相手の問題か?」

って考えるのもおすすめ!

 

 

こういったことを続けていくうちに、

 

周囲の人に気を使いすぎて、相手のことを考えすぎて疲れてしまう…

 

そんなこともなくなるはずだ。

 

 

というか…そんなこと、もうしなくて良い。

 

 

自分のために生きていこうよ。

「応援できる人」最強説。

今日はLGBTイベントの経験を通して得られた、
「誰かをサポート、応援すること」ということについて話していきたい。

 

 

今日はピンクドット那覇に行ってきた。

 

 

 

以下でもちょっと触れるが、身体の調子があまり良くないので

写真をバンバン撮ることはしなかった。

 

よって上の写真は数年前のイベント画像だけどね。

 

いつもこの会場に行く際、企業ブースで売られているフードを楽しみにしているところはある。

 

 

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画像は去年会場で購入したレインボーサンドだ。

 

改めて、「レインボーってインスタ映えするよな」と実感。

 

 

 

…まぁ、それはさておき。

 

 

今年のピンクドットには、
僕はLGBT応援マガジン「空飛ぶ船」のスタッフとして参加した。

 

 

 

10月中にサイトと出版物、が出来上がり、
カフェもオープン予定なので、
随時こちらのブログでも紹介していく予定。

 

様々なLGBTの方を支援できたら良いな、と思う。

 

 

さて、ピンクドット当日は、
なんだか先日の夜から腕が痛くて痛くてなかなか寝付けず、
翌日も痛みが引かなかったので遅れていくことにした。

 

そういうわけか、ちょっと気持ちも落ち気味だったのである。

 

しかし、実際にブースにいる時や他団体さんのブースに行くと、
当事者やアライの方を問わず、
過去に僕が関わった方と出会い、懐かしい気分にもなった。

 

 

改めて、自分に敵対心を抱く人達よりも、
暖かく応援してくれる方の方が多かったんだなぁと実感。

 

 

でも、「思いがけない人と再会して応援された」り、
「思ってもいなかった人物に暖かく声をかけられた」り…

 

そんな経験って誰にでもあるのではないだろうか。

 

 

例えば、会社などで嫌なことを言われたり、
誰かが誰かの愚痴や悪口を言ってたり、
そんな後味悪い場面に遭遇したことってあなたもあるはずだ。

 

 

そうやって嫌な気持ちになっている時に、
「どうしたの?」と声をかけてもらったり、
ふとしたことで「いつもありがとう。」とお礼を言ってもらったり、
自分の仕事を評価してもらったり、

 

そんな些細な出来事で嬉しくなることはないだろうか。

 

声をかけてくれる人が、日頃親しくしている人ならともかく、
あまり話したことがない人であればなおさらである。

 

それから、何気なく上げた記事をフェイスブックで共有した際に、
思わぬ人から「いいね!」がついたことはないだろうか?

 

 

そんな時にも、
「この人は見てくれているんだ。」
と嬉しくなることだろう。

 

例え誰かからも反応がない日があったとしても、
それだけで報われたというか、
記事を書くこと自体は無意味じゃなかったと思えるだろう。

 

 

つまり、人は、「誰かから声をかけてもらえる」「反応してもらえる」というだけで、

「この人は自分を受け入れてくれる。」と思えるのだ。

 

 

「誰かを応援する」ということは、
「自分の可能性も認める。」ということ。

 

 

逆に、「誰かを批判する。」ということは、
「自分の可能性を制限する。」ということだ。

 

 

批判ばかりしている人は大抵、自分にも厳しい。

そのため、「自分はダメだ。」と、自分を卑下しがちなのである。

 

結果、「出来ること」の範囲もどんどん狭まっていくし、
夢を叶えづらい体質になってしまう。

 

 

一方で、誰かを応援したり、誰かの可能性を信じる人というのは、

自分に対しても、「何をやってもきっと大丈夫。」と思えるものである。

諦めることなく目標を達成できれば、自分の価値観の幅も一気に広がるしね。

 

 

 

僕は過去の記事にも、自分を徹底的に愛することを推奨してきた。

 

 

 

大切なのは、「正義」か「悪」かよりも、
自分も含め、「自分らしく幸せに生きられる人が一人でも増えること。」である。

 

それは自分を愛することから始まる。

 

自分が大好きになれば、批判や悪口、他人の評価も一切気にならなくなるから。

 

 

 

自分を愛しながら、誰かの応援もしていこうぜ?

 

 

さて、今回(2018年)のピンクドット那覇は
真剣にLGBTの活動に取り組んでいる団体さんが多く見られて良かった。

 

 

僕は自分の活動を応援してもらうことはもちろんのこと、
そんな人達のことも応援していきたい。

 

 

ということで、「本当に良いな。」と感じたものは、
こちらのブログでも紹介していくので、
その時はぜひあなたも応援にご協力いただければと思う。

 

 

もちろん、出来る範囲でで良いので…

よろしくお願いしますね。

 

 

さて、今回は

「自分自身が少しでも楽しく生きられるためにも、

誰かのことを批判することはやめて、気になっている人のことを暖かく応援しよう。

それが自分を愛すること、自分の可能性を広げることにもつながる。」

ということについて語ってみた。

 

 

もし良ければあなたも、様々なイベントに参加したり、ボランティア活動の協力をしたり、
ご自身のアンテナが立つところは積極的にしてみてはいかがだろうか。

 

 

思わぬ誰かが、あなたを見守っていてくれるかもしれないからね。

 

 

 

…そうだ、今年のピンクドットで楽しみにしていたフードのことだけれど、

 

 

今年はなんとピンクたい焼き!!

 

 

 

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色は派手だけど美味しかった!!

 

 

来年はどんなフードが出るのか楽しみだなぁ。

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