思考とは、「狩り」だ。ー「情報」というエサを待ち続ける雛鳥の終末とはー

デンジャラスなジェンダレス妖怪「コリュ」こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

 

先日は、「いい加減、人気者の話だけを鵜呑みにするの、やめない?」と題して、

収入が高い人や地位のある人、フォロワー数が多い人から得た情報を

そのまま信じてしまうことの危険性を話した。

 

 

詐欺師などに惑わされず、真実を語る人を見分けるにはどうしたら良いのか?

そのための方法について解説したので、

考える力を身に着けたい方は、ぜひ参考にしてみてね。

 

 

念の為補足として追記しておくと…

 

もちろん、相手が誰であれ、

「面白い!ためになる!」と思った情報は積極的に取り入れて良いし、

誰かの意見や言葉に共感したのであれば、その気持は大切にしてほしい。

しかし、その考え方や情報が客観的に見てどうなのかは、

別の角度から見るなどして、精査する必要はあるよねってことだ。

 

 

 

現代は情報社会。

 

 

情報によって得をする人もいれば、損をする人もいるし、

喜びを感じる人もいれば、不快な気持ちになる人もいる。

 

 

不確かな情報に惑わされないためにも、

今回も「情報」をテーマに語っていきたい。

 

 

前回のテーマを掻い摘んで言えば、

「情報を選別するために”普段から意識しておきたいこと”」であったが、

 

今回は、「”情報を得る行為”そのものに対する考え方」

僕なりに解説していきたいと思う。

 

 

 

まず、数ある情報の中で、

どうしたら正しい情報を得られるのか?

正しい思考ができるのか?

 

 

それは…

 

 

はっきり言って、近道や王道はない。

 

 

 

 

どんな有名なスポーツ選手も、魅力的なプレイをするミュージシャンも、

最初から上手な人などいないのと同じように、

 

こればかりは経験を積んで、自身を成長させていくしかないのだ。

 

 

そこで、わかりやすいように、

「情報や知識の習得=狩り」にたとえてみたいと思う。

 

 

以下のイラストと文章は

「あなた=鷹」「情報=エサ」として、

鷹がいかにして、より上手に極上のエサを穫れるようになれるかを説明している。

 

…つまり、どのような過程を経て、

正確な情報を得られるようになるのか、

より深い思考力を持てるようになるのか、

解説していこう。

 

 

 

加藤じゃない方の鷹になってみた。

♪ワシ・タカ・トビは 猛禽類

おいらの財布は「もう金(きん)無い!」Yeah…

 

 

まず、狩りに出始めて最初の頃は、失敗することも多々あるだろう。

根も葉もない噂話やフェイクニュース、

ガセネタを信じてしまうこともあるかもしれない。

 

 

 

 

それに気づけばまだ良いのだが、

「これが正しい」と思い込んだ情報で誰かを攻撃したり

喧嘩したりすることもあるかもしれない。

 

 

 

しかし、だんだんと正確な情報を掴むためのパターンが分かってくる。

 

 

 

 

そんな鷹の様子を見て、遠くで雛鳥たちがあざ笑うこともあるだろう。

 

「アイツまた偽物のエサ掴んでるよ」って。

 

 

 

 

しかし、彼らは餌の獲り方も知らないのだ。

 

 

そして餌の獲り方すらも教わることがない、哀れな小鳥たち。

 

 

この先も、ずっと誰かが「エサ」をくれるのをひたすら待ち続けることだろう。

 

 

「おなかがすいた」

「おいしいエサをタダでたべたい」

 

 

そんな彼らを哀れに思ったのか、エサをくれる人が現れた。

 

 

しかし、その中身は少量の毒が混入されている。

 

そのため、食べた瞬間は気づかないけれど、

食べ続ければ死んでしまうことだろう。

 

 

 

 

しかし、そのエサを拒否したところで、

どちらにせよ待っているのは「絶望」…それだけだ。

 

 

恐らくこの先も、彼らは何も知らないまま、

誰かがエサをくれない限り、餓死してしまうことだろう。

 

 

しかし、それは彼らが選んだ結果なのだから、仕方がないことなのだ。

 

 

 

 

一方で、立派な鷹はより美味しいエサを大量に掴むための努力をした。

良質なエサを取り込んで、心身ともに成長した。

 

 

これからも、自分自身が「これは美味い」と思ったエサを求めて

どこへでも飛んでいけることだろう。

 

 

だから、笑いたい奴には笑わせておけば良いのだ。

 

 

 

 

 

というわけで、今度は獲ったエサを一緒に美味しく食べてくれる、

そんな仲間を見つけるとしようか。

 

 

 

今回の参考書籍はこちら

 

クリティカル進化(シンカー)論

―「OL進化論」で学ぶ思考の技法

(※クリックするとAmazon商品ページ)

 

 

書籍の内容は「クリティカル・シンキング」を扱ったもの。

その中で、受動的に情報を受け入れる思考を「ひな鳥思考」

一方で、能動的な思考を「狩猟思考」と表現している。

それらの部分にインスピレーションを感じ、今回の手記を書くことにしたのだ。

 

 

狭い巣の中でひたすらエサを待ち続ける雛鳥(ひな鳥)ではなく、

世界中を優雅に飛び回り、極上のエサを探し続ける鷹を目指しましょう。

 

いい加減、人気者の話だけを鵜呑みにするの、やめない?

デンジャラス妖怪「コリュ」こと天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でっせ。

 

先日は身内の死について色々考えてしまい、

長々とした内容になってしまったため、

また今回から気軽に発信できるよう、ライトな投稿も増やそうと思う。

 

 

先日の記事↓

 

 

 

というわけで今日のテーマは

 

「いい加減、人気者の話だけを鵜呑みにするの、やめない?

 

ということで、語っていきたいと思う。

 

 

日々の会話の中で、人づてに信憑性の低そうな話題が伝わってくることもあるかと思う。

 

 

例えば、最近はコロナウイルスについて、

家族や友人などと話すこともあると思うけど、

 

その話の信憑性の根拠を語る時に、多くの人の傾向として見られがちなのが

 

「〇〇(誰々)が言ってた」

 

という言葉なんだよね。

 

 

この〇〇に入る言葉って

有名人とか、芸能人とか、

フォロワーが何万人いるインフルエンサーとか

有名大学の教授や専門家とか…

 

いわゆる「権威づけがされている人」が多いと思う。

 

 

コロナウイルスに関して言えば、

 

「テレビで専門家が『このままでは2週間後には日本もアメリカみたいになる』と言ってた」

 

みたいな。

 

 

この話が結果的に全くのデタラメだったのは言うまでもないけど笑

まぁそれは置いておいて、

 

 

テレビを主な情報源とする日本人達にとって、

テレビに出ている専門家やコメンテーターが言うことを信じてしまうというのは、

傾向として仕方ないのだろう。

 

 

収入が高い人、

多くの人から人気を集めている人、

社会的に立場が高い人、

専門的に精通している人などの言うことは「正しい」と思われがち。

 

恐らくだが、人というのは、

「自分よりも尊敬できるものがある」というだけで、

「この人なら信頼できるし、任せられる」

などと思ってしまうからだろう。

 

 

しかしその考えこそ落とし穴で、

実際それで契約内容などをわざと難しくして、

何も知らない一般人から、多額のお金を騙し取っている職種もあるというのも事実だ。

 

 

そのため、

「自分では何も調べようとせず、他人に任せっきり」というのは、非常に危険なのだ。

 

 

信憑性の話で言えば、

逆に、「そのへんのオッサン」が言ってたことなんて、

「そんなの嘘だよ」などと一蹴されがちである。

 

 

上の内容に当てはめれば、

 

「そのへんのオッサンが『このままでは2週間後には日本もアメリカみたいになる』と言ってた」

 

これだけでなんだか「オッサンの勝手な妄想」みたいに聞こえるよね。

 

 

同じ言葉でも、「勝手な妄想」として片付けられたら、

きっと今の日本も違っていただろう。

 

 

今の日本は、こういった大多数の人による「選択」の積み重ねの結果でもあるのだ。

 

 

(ちなみにテレビだけではなくYoutubeも要注意だ。

やたら恐怖を煽る内容を発信する人気YouTuberもいるようだが、

個人的にはやめてほしいと思っているし、

ファンだからといって盲目的に信じるのは危険だ。)

 

 

一方でこういったデタラメな報道や怪しげなインフルエンサーを尻目に、

本当に日本や子供たちのためを思って活動している人たちが

世の中にはたくさんいるのだけれど、

 

たとえその人達の意見が理論的で的を射ているものだとしても、

そこに信頼関係がないうちは、

なかなか耳を傾けてくれることなんて無いだろう。

 

 

こういった先入観で、自分にとって都合の良い考え方をしてしまうことを

「確証バイアス」といい、誰もがこのバイアスに陥る可能性がある。

 

 

身近な例で言えば、ネットショッピングをしている時に、

「レビュー数が多くて高評価の商品は安心して買えるけど、

レビュー数が少ない商品は粗悪品の可能性があるし購入するのが不安だ」

といった先入観で錯覚して、

勝手に決めつけて、判断してしまうようなことだね。

 

 

 

↑一見すると評価は同じであるが、

実際はレビュー(購入者)の数よりも、

その質や内容を吟味することも大切である。

 

 

 

一つの話を盲目的に信じてしまうことは、それこそ危険なのだが、

そういう盲目的で確証バイアスに陥っている人に、

他の意見や可能性を提示しても、なかなか話を聞こうとはしない。

 

 

話の内容が理論的かどうかではなく、

「誰が言ったか?」「どこで言われていたか?」

などというのが、判断材料になってしまっているからだ。

 

 

そういう人は他のデータや書籍、文献を提示させても、

ひらすら首を振り続けるばかり。

決して興味を持って歩み寄ろうとはしないのだ。

 

 

 

こういう人を説得しようとしても時間の無駄なので、

手っ取り早く変えられるのは自分自身。

 

 

 

そこで、あなたが普段どこから情報を得ていようが、

「いつでも相手や自らを疑っていてほしい」

ということをお伝えしたい。

 

 

 

仮にあなたが「信頼できる」と判断した人の話を聞く時でも、

仮にその話が「信頼に値する、共感できる、納得できる」ものだと判断したとしても、

 

そのうち10%くらいは、

 

「この人は詐欺師かもしれない」

 

と頭に入れておくことだ。

 

  

 

 

逆に、また別の情報に対して

「こいつが言ってること意味不明。絶対ウソ。全く共感できない。」

などと否定的に捉えたとしても、

 

 

同様に、脳みそのほんの10%くらいは

 

「本当かもしれない」

 

と思えるような余白を常に空けておこう。

 

 

 

 

 

「自分の考えが絶対」という思い込みは、

ありとあらゆる意見に対して排他的になり、視野が狭くなりがち。

 

 

もちろん、「自分の考えが正しい」と思うこと自体は良いのだけれど、

異なる考え方や可能性を提示された時に、

自らの面目を保つべく、意固地になってしまうこともあるだろう。

 

 

そうなると、他の可能性や考え方を受け入れられなくなり、

自ら破滅の道を選んでしまうことにもなりかねない。

 

 

先にちらっと例を上げたが、

「人々の無知を利用して多額のお金をボッタクる人たち」に

騙されてしまうこともあるだろうし、

それだけならまだしも、健康を害してしまう可能性、

あなた自身の「人としての人権」を害される結果になるかもしれないのだ。

 

 

そういった最悪の事態を防ぐには、他者の考えを余裕を持って受け入れること。

そうすることで、自分の考えに新たな知識を肉付けさせることもできるし、

より思考を深めることもできるだろう。

 

 

 

僕の場合、以上のような理由で、ごくたまにだけど、

あえて自分と反対意見の記事も読むようにしている。

 

 

特にTwitterなどSNSのフィードは自分の好みに合わせて情報が流れがち。

 

 

しかし、情報というのは本来、

「受け身で流れてくるものではなく、自ら取りに行くもの」

 

 

自ら「自身を高めよう」「情報を得よう」という姿勢で

情報を取捨選択していくようにすれば、

確証バイアスに陥る危険性も低くなるし、

自らの知識や情報の精度も高まっていき、

「情報強者への道」に一歩近づけるようになるだろう。

 

 

情報を選ぶ力をつけて、より思考を深めたければ、

ぜひこちら↓も参考にしてみてね。

 

 

 

僕もたまに「自分の言ってることなんて誰も聞いてくれないだろう」

と思うこともある。

 

 

それを理由に昔の自分は

とにもかくにも権威(収入、名誉、人気)が、喉から手が出るほど欲しかった。

 

 

しかし、今欲しいものは、

「豊富な知識、クレイバーな思考力、ぶっとんだ生き方」

である。

 

 

知識は投資。

特に、自ら身につけたものは、生涯の宝ものになる。

他人の人生ではなく、自らが選んだ自分だけの人生を生きられるようになる。

 

 

そして、

自分の権威が無くなった時に去っていく可能性がある人達よりも、

自分がどんな状況になっても手を差し伸べてくれる…

 

 

そんな人達を大切にしよう。

 

 

(…てか、冒頭で「ライトな内容」と言ったのに、

結局今日も肉付けしまくってしまった笑)

 

父の死が教えてくれたこと④ー本人らしく生きられたことが一番の誇りー

ジェンダレス妖怪”コリュ”こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

今回は、父親が亡くなった時の話の最終回…ということで

引き続き、考えたことを書いていきたい。

 

 

前回までの内容を読みたい方はこちら↓

 

 

 

 

 

 

父の遺体の火葬後、葬儀は一週間後に無事とり行われたようだ。

 

「骨だけだから良いよ」とのことで家族に気を使ってもらい、

僕自身は火葬前の立会のみで、その翌日に沖縄へ帰ったため、

葬儀に参加しなかったのだが、

今回の件で、以下のような疑問や学びがあった。

 

・父の死後、もしコロナが陽性(本当は陰性)と判定されていたら?

・世の中における過剰なコロナ対策が、一般の入院患者へ与えた弊害

・死に場所の選択や入院の拒否は、本人の意思を尊重されるべき?

・謎の現象(ただのミス?)に込められたメッセージ

・自分らしく好き勝手に生きて、皆に愛されながら一生を終えるということ

 

 

前回までに書いた内容の中にも、気付きや学びは色々書いてあるが、

今回をもってまとめることで、自分の中で最後の整理をつけたいと思う。

 

 

①亡くなったコロナ陽性患者の方々は、本当に「陽性」だったのか?

 

これは以前から調べている中で、疑問に思っていたことだ。

 

幸い父親は、コロナは陰性とされたわけだが、

それでも病院側の規則により面会が制限されていた。

 

僕の場合、もう少し早ければ、生前に一回会えるチャンスがあったのだが、

結局、今年父親と会ったのは、火葬の直前のみ…つまり亡くなった後である。

 

 

幸い、死後のPCR検査により、父は陰性と判断されたため、

対面ができただけでも幸運だと思うが、

もし仮に「陽性」と判定されてしまったのなら、お別れすらもできなくなる。

 

 

そのため、誤診での偽陽性や、水増し目的での陽性とされたのであれば、

火葬される前にどこかへ問いただす必要があると考えていた。

しかし、実際どこへ?誰へ?訴えれば良いのかわからないので、

もしそうなったらどうしようと、

道中の飛行機や電車の中で途方に暮れていたのだ。

 

 

結局のところ、杞憂に終わったわけだけれども。

 

 

しかし、仮に検査結果が「(偽)陽性」で、本当は陰性だった場合…

 

「最後のお別れの機会」すらも、奪われてしまうことになるのだ。

 

 

今、コロナで亡くなったとされる方は

死ぬまで家族が本人と会えず、

死んでからも骨になるまで対面できないと聞く。

 

 

しかし、その亡くなった方々は本当にコロナだったのか?

 

 

仮に、PCR検査で陽性と判定されたとして、

もしこの結果が陽性ではなく、偽陽性だったら?

 

もしかしたら寿命や他の病気で亡くなった可能性も十分有り得る。

 

 

とりあえず、PCR検査がなんなのかもよくわかっていないのに、

「陽性になっていないか不安だからPCR検査を受けたい!受けなきゃ!」

などと考えている人は、これ↓観ましょう。

 

 

 

 

陽性患者の最大90%の人には、ほとんどウイルスなど無い…。

 

ということは、ウイルスがほとんど無いのにも関わらず、

隔離されて死亡した人もいるということである。

 

そんなことで、家族として、人としての最低限の権利が失われることがあってはならないし、

もし死亡患者の本当の原因がコロナではなかったのなら、遺族は怒って当然かと思う。

 

ニュースなどを見る限り、死亡した患者のほとんどが高齢者である。

もし老衰による肺炎の死亡であれば、天寿を全うしたことになるし、

「陽性」とさえ判定されなければ、

遺族との最後のお別れも、無事に叶えられたことだろう。

 

 

コロナ陽性患者の遺族にとっては酷な現実となるかもしれないが、

本当なら叶えられた「一生に一度しか無い、最後の対面」は、

杜撰な検査によって台無しにされた可能性も考えられる。

 

 

自分は叶えられたからこそ、同じ家族を亡くした人々のことを思うと、

自らの利権しか考えない者たちへの怒りがこみ上げてくるのであった。

 

(コロナの利権云々についてはまた別の機会で)

 

②過剰な対策は、免疫力を落とすのではないか?

 

感染症に罹患した患者の場合、面会に制限があるのは仕方がないとは思うが、

そうではない場合の入院患者との面会時間も限られてしまっている。

恐らく、ほとんどの病院がそうだろう。

 

 

入院中の面会に関しては、

病院側も好きで制限を設けているのではなく、

政府からの要請であることは承知している。

 

そのため、病院側に対して、恨みの感情などは全く無い。

むしろ感謝しているくらいだ。

(僕は一度も担当医などに会ったことはないが)

 

しかし、家族の面会など、過剰な制限を設けることは

患者からコミュニケーションを奪い、

閉鎖された環境で先の見えない時間を過ごし、

患者の免疫を下げ、

生きる気力を失わせるのではないだろうか。

 

 

家族によると、リハビリテーション病院に移された数日後に面会に行ったら

どうやら父は不機嫌だったとのことなので、

「ほったらかしにされている」

などと、被害妄想に陥っていた可能性も十分有り得る。

 

筋力の著しい低下により、ほぼ寝たきりでろくに話すこともできないため、

「自分は一生このままなのか」

と、人生に絶望したかもわからない。

 

 

それでも、父は家で介護ができる状態にまでなっていたようなので、

本人の努力次第では、少しでも良くなるだろうと思っていた。

 

 

そのため、もし家族との接触が増えていたら、助かったかもしれない。

 

 

そう思ってしまったのだ。

 

 

③病院へ入院させることは本当に正しいのか?

(ちなみに③以降は、コロナはあまり関係ない。)

 

入院前、「好きにさせてくれ」と父が頑なに病院を拒んで、周辺整理をしだした。

普段から自宅で自作の謎の発明品?を作っていた父。

ちなみに発明家ではないのだが、

体調が極度に悪くなっている時でも、おかしな創作物を作っていたというのだ。

 

 

その様子を聞く限り、

「なんとしても自宅で死にたかったのだな」

と思った。

 

家族や親戚皆で説得するほど病状が悪化していたので、

結局入院することにはなったが、

病院に行きたくないという気持ちはとてもわかる。

ただ、最終的には本人自身も入院を希望したので、助かりたい気持ちが勝ったのだろう。

 

 

よく孤独死の問題が取り上げられるが…

「自宅で息を引き取れる」

ある意味ではそれも、本人にとっては一つの幸せなのかもしれない。

 

欧州では尊厳死や、本人の選択を重要視されるという。

 

ガンなど身体が蝕まれるタイプの病気ではなかったのだし、

早めに入院して治療していたら助かったのかもしれないが、

 

家族ともほとんど会えなくなる上に

赤の他人と一緒に自宅以外の場所で過ごさなきゃいけないストレスを考えると、

死に場所を自分で選んで、

不安や恐れ・苦しみと闘う方がマシだったのかもしれない。

 

しかし、それは本人にしかわからないし、

終わった後に「どうすることが良かったか」なんて

軽々しく判断できるものでもないだろう。

 

 

④どんな出来事でも「自分へのメッセージ」と捉えよう。

 

家族が父の扱いに閉口していた頃、僕はどうしたのかというと、

まぁ周りから見ればマイペースに見えるだろう。

 

父の容態が快方に向かっていた7月に帰省したのだが、

ちょうどその日に父はリハビリテーション病院に移ることになったと聞いた。

 

リハビリテーション病院で面会できると思ったら、

面会が月一回までしかできないというのを、まさに前日に聞いたのだった。

そのため、その時の面会も叶わなかった上に、

約一ヶ月後、容態が悪化した後も、結局、最後まで父と会うことはできなかった。

 

 

連絡を受け、7月に沖縄から実家の関東へ来た際、

容態が良くなってるようだし、面会制限でどっちにしろ会えないし、

母との駅での待ち合わせ時間もだいたい決めていたので、

「ちょっと気晴らしに観光でもするか」と、川越まで足を運んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

しかし、9月、亡くなった数日後、撮影した写真をパソコンで確認していたら、

保存したと思っていた写真の半分以上が消えていたことに気づいた。

 

もしかしたらSDカードからパソコンへコピーする際に

データの移行を失敗してしまった可能性もあるのかもしれないが、

普段、このようなミスはあまりしない。

 

データ移行後、カードのデータはすぐに初期化させてしまうため、

PCへののコピーが完了したか、ちゃんと確認するからだ。

 

PCへの移行前、カードにきちんとデータが入っていたのは間違いないので、

やはり移行に失敗した上に確認を怠ったとしか考えられない。

 

 

↑旧山崎家別邸で撮影した写真もほとんど消えていた。

建物はもちろん、ステンドグラスが美しかった。

 

めちゃくちゃ悔しかった。

悔しかったけれど…

 

今思えば、

「これはなにか意味があって起こったことではないか?」

とも考えるようになった。

 

 

僕自身、霊的な意味でのスピリチュアルな事象には半信半疑だが、

より良く生きる意味での、スピリチュアルな視点を持つことは重要なことと考えている。

 

そのため、もしかしたらそれが、父のメッセージだったのかもしれない。

 

…といっても、正直、どんなメッセージなのかはわからないけど。

 

 

もし、「俺はこの先あまり長くないから、後は頼んだ」的な意味であれば、

もっと早く気づいていれば良かったかもかもしれないな。

 

 

消えた写真には、川越氷川神社の風鈴などの写真もあったし、

すごくショックだったのだが、

川越自体、特別アクセスが悪い場所でもないし、また来る機会もあるだろう。

 

しかも、その日は雨が降っていたため、

川越までまた足を運ぶ機会があったら、天気の良い日に再度訪れたい。

 

再び訪れたその時に、今回のことを思い出すかもしれないし、

伝えたかったメッセージの内容もわかるようになるかもしれない。

 

 

 

⑤どんな人間でも愛される価値はある

 

父の火葬時に立ち会ったのはたった11人。

 

正直、以前は父親のことを本気で憎らしく思っていた時期もあった。

僕自身、元々が良い子ちゃん気質なので、表面は平静にしていたけど、

なぜ母親はあんな男と離婚しないのかずっと疑問に思っていたわけだし、

腹の中で「あの☓☓野郎」と罵っていたわけである。

 

しかし、地元から離れ、ここ10年くらいはどうでも良くなってきた。

一個人として父と接するようになって、

案外こちらに干渉してこない人物だとわかったからだ。

 

 

しかし、人間的には決して「できた人」とは言えない。

 

 

ワガママで、頑固で、気分屋で、皆が振り回された。

 

 

それまでは、自分の父親を恥ずかしく思うこともあった。

 

 

父親が尊敬できる人たちが羨ましくて仕方がなかった。

 

 

しかし、父親なんて尊敬できる人物じゃなくて良いと気づいたんだ。

 

 

それに、今回集まった人物は皆、父のことを愛していた。

 

 

これだけやりたい放題やって死を惜しまれるのならば、

自分だって好きなように生きていって良いはずだ。

 

ちょっと微笑ましくも思い、羨ましくも思えた。

 

それに、今考えると、

本人が、本人らしく居続けられたことが、一番誇らしい。

 

 

だから自分も、人の顔色を伺いすぎて自分を殺すことが無いよう、

悔いの無いように、好き勝手やって生きていこう。

 

 

 

それにな、こんなに変わり者で破天荒な親父とは

赤の他人だったら絶対に知り合うことすらできなかったかもしれない。

 

 

 

恥ずかしいからこれ以上は何も言わん。

 

 

代わりにこの曲を贈ろう。

 

 

 

 

A RI GA TO NA

 

 

 

父の死が教えてくれたこと③ー火葬場での珍事ー

ジェンダレス妖怪”コリュ”こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

 

今回は、父親が亡くなった時の話の続き…ということで、

父の遺体と対面した時の様子について

考えたことを書いていきたい。

 

 

前回↓

 

父の訃報を受けたけれども、

台風のために2日も沖縄から出ることができなかった。

 

しかし、火葬前日にやっと飛行機が飛ぶことになり、

中部国際空港から宿泊地である静岡を経由し、

当日は早朝に起きて地元・宇都宮まで向かった。

 

 

 

 

↑今回中継地として宿泊した三島のホテル

Hotel Gee Haive(ホテル ジー ハイブ)(2018年9月8日グランドオープン)さん。

 

 

おしゃれなホテルだったし、室内にはシャワー室がないが、

トイレはあるという面白くもありがたい造り。

 

 

シャワーは頻繁に利用しないから別にいいけど、

トイレは室内にないと不便だしな。

あと、洗濯機と乾燥機が無料で使えたのもありがたかった。

 

 

朝早く出たため、朝食ビュッフェにありつけなかったのは心残りであるが、

ぜひまた利用したいと思う。

 

 

 

 

緊張からか、ほとんど眠れなかったけれど、

当日は朝早く無理やり起きて、

ガラガラの鈍行グリーン車で実家へと向かう。

 

 

 

 

ちなみに、下調べによると三島などはホームでグリーン券が買えないため、

SUICAに書き込む形ではなく、窓口で切符を購入したのだった。

 

 

 

 

父との対面は思ったよりあっけないものだった。

 

 

10年ちょっと前に亡くなった祖母の場合は、

死後から遺体が自宅に安置されていたので、

最後まで皆でずっと一緒にいられた記憶がある。

 

そして、母方の祖母のときは、葬儀場に前泊したのだが、

その時から遺体が近くにあり、最後まで祖母と皆と一緒にいられた。

 

 

そのため、今回はまず家に遺体が無かったのが驚きだったし、

火葬場まで赴いても、火葬の時間まで本人と対面できなかった。

 

 

献体を行った関係もあるのだろう。

 

 

 

それでも、今コロナで遺体と対面できなかった人もいる中、

顔を見られただけでも幸運なことだ。

 

 

 

父方の祖母が亡くなった時の父は、祖母の側から離れようとせず

「お母ちゃん!!お母ちゃーん!!」

とずっと叫んでいたのだった。

 

 

その様子だけ見れば、何も知らない人からは

「ずいぶんお母さん思いの息子さんなのだろう」

と思われるに違いない。

 

 

しかし、正直なところ、家庭は機能不全家族だった。

 

 

生前の祖母と父との親子仲は良いとはいえなかったし、

「お母ちゃん」なんて呼んでいたのも聞いたことがない。

 

 

その姿を痛ましく思いつつも、

 

「そのおかげでこちらがばーさんに迷惑かけられてたんだし、

死んでからじゃ遅いんだよ」

 

とも思ったものだが…

 

 

今思えば、それからだ。

 

 

父が徐々に元気を無くしていったのは。

 

 

 

見た目は年齢よりもだいぶ老けてしまったが、

外で飲み歩いたり、周辺を散歩したり、

なんの役にも立ちなそうな安いものを買ってきては家族に呆れられたり…など

本人なりに楽しそうにも見えた。

 

 

しかし、近年はずっと家にいるようになっていったので、

もしかしたら寂しかったのかもしれない…

 

 

そう考えるとだんだん可哀想に思えてきて、

ここ数年は以前ほど憎らしく思わなくなった。

 

(こちらが憎らしく思っていただけであり、親子仲は別に悪くない)

 

 

 

 

 

遺体との対面時、父親はえらくやせ細っていた。

 

 

 

なぜか目と口が半開きだったのだが、

当然ながら瞳孔が開いているので、

やはり「死んじゃったんだな」と思った。

 

 

口が開いていたのは、何か言いたかったからか?

 

 

しかし、当然ながら、返事がなかった。

 

 

肺炎なら苦しかったろうね。

 

 

後日、著名な先生のYoutube動画の中で、

「老衰で亡くなるほとんどの高齢者の最終的な死因が肺炎であり、

他の死因と比べれば、比較的苦しくない」

と説明があったので、まだ気が楽になれたものだが…

(どの動画かは忘れたので思い出したら貼っておく。)

 

 

 

それでもまだ死ぬ年齢としては若いと思われたし、

 

毎日大量の酒を飲んでもピンピンしているんだったら、

一度は一命を取りとめたくらいの強い悪運があるんだったら、

きっと乗り越えることができたろうよ

 

そう思ってしまうのだった。

 

 

 

身体はシーツで覆われていたので、足は見られなかったが、

母の話によると、骨が見えそうで抱えたら折れそうなくらいだったとのこと。

 

 

皆で棺桶に花を敷き詰めて、

皆で棺の蓋を締めて、

これから遺体を火葬炉に入れると、係の人から案内される。

 

 

「これで最後か…さようなら」

 

そう別れを告げながら

棺が炉の中に入っていくのを静かに見送ろうとした。

 

しかし、その時、不思議なことが起きた。

 

 

 

 

 

台車で棺を入れる際に、何かが引っかかったようで、

スムーズに入らなかった。

 

 

係の人に「少々お待ちください。」と言われ

1〜2分ほど待つことになった。

 

 

「嫌がってんのかな、最後まで往生際が悪いのも親父らしいな」

 

 

場違い的な表現になるかもしれないが、

こんな感じで皆が少々ほっこりする光景も見られた。

 

 

オカルト的な話を信じるわけではないが、

父親の霊が本当に邪魔をしていたのだったら面白いと思った。

 

 

かなり前向きに捉えるならば、

父はひょうきんで堅苦しいことを嫌う面もあったため、

少しでも皆の笑顔を見ようと、場を和ませてくれたようにも思えたし、

 

なぜか遺体となった本人と対面した時よりも、

本人を最も近くに感じられた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで係の方にまで

ワガママ親父が迷惑をかけてしまったわけだが、

最終的には無事、火葬炉に入れられた。

 

 

それでもこれまで、涙は一滴も流れなかった。

 

 

それよりも、あの父親のために、

こんなにも皆が悲しんでくれることに、心からありがたいと思い、

なんだか泣きそうになった。

 

 

 

そして、待合室への移動のため、一旦その場から去りゆく際に、

心の中でこうつぶやいた。

 

 

 

「今までありがとう」

 

 

 

火葬中の待合室で食事をすることになったが、

ソーシャルディスタンスとして席が図のように配置され、

妙な距離感を感じ、なんだか余計虚しくなった。

 

 

 

 

 

その際に道中の浜松で買った味噌饅頭を皆に振る舞うことになり、

 

「お菓子まで準備している時間がなかったから助かった!」

 

と家族から大変感謝され、大変驚いたのだった。

 

 

 

↑こちらは饅頭じゃなくて、自分用に買っておいた安倍川餅。

 

 

 

 

↑美味かった。

 

 

 

本当に自分は今回、何もしていない。

 

父の生前の世話にしろ、葬儀の準備にしろ、

皆家族がやってくれたことだ。

 

むしろ饅頭しか買ってこなかったから、

他にもなにか買えばよかったと申し訳なく思った。

 

 

こうして、最終的には無事に火葬が済んだのだが、

一度骨粗鬆症で入院したにもかかわらず、

思ったよりも骨が元気なようにも思えた。

 

 

夜は久しぶりに母と兄と家族3人で食事ができて、

ちょっとだけ楽しかった。

 

 

本当はもう一日家にいたかったのだが、

台風により前倒しで翌日帰ることになり、実質一泊になってしまったわけだし、

慌ただしくはあったが、家族との貴重な時間を過ごせた。

 

 

葬儀は骨葬となるわけだけど、一週間以上も先となるし、沖縄での生活もあるし、

「最後のお別れ(今回の火葬)は、一生に一度のことだから、

会えなかったら後悔するだろうけど、

お葬式はお経読むだけだから来なくて大丈夫だよ。」

と気を使ってもらえた。

 

 

また、四十九日の日程も決まっているとのことで、

「納骨はどっちでも良いけど、コロナがあんまり酷かったら無理しないでもいいよ」

とのことだった。

 

 

お世話になっている寺は、まぁ所謂コロナ脳ってやつで

「ソーシャルディスタンス!!三密回避!!マスク!!」

を徹底しているとのことで、そちら様にも気を使っているように思えた。

 

 

まぁ確かにその話だけ聞けば、

その人達は県外者を怪訝に思うタイプかもしれないな。笑

 

 

しかし、身内の弔事に他人の価値観など全く関係ない。

毎日報道されている数字は全くのデタラメだし。

 

葬式に出られない分、なおかつ皆とゆっくり過ごせなかった分、納骨の際も帰省して、

改めて一つの命と向き合っていく所存だ。

 

 

それに、納骨の時は施設での食事はしないだろうから、

その時は皆で外食して、肩寄せあって食事を楽しめたら良いなぁ。

 

 

政治家だって「ディスタンスなし、三密なし、マスクなし」だし。爆

 

 

 

 

↑激しく同感。

 

 

 

↓次回へ続く。

 

父の死が教えてくれたこと②ー献体に協力した結果…ー

ジェンダレス妖怪”コリュ”こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

 

今回は、父親が亡くなった時の話の続きということで、

「献体」に協力したことの話をしたいと思う。

 

 

 

 

とはいっても、献体をお願いされた時の状況などについては、

自分はその場に居合わせていないため、

家族による対応になり、ほとんど伝聞による情報になる。

 

今回は僕は家族の言うことを信用して、自分が感じたことを書くことにしたわけだが、

僕が直接経験したことじゃないので、信じるか信じないかはお任せする。

 

あと、医療関係者じゃないから、医学の知識はほとんど無いに等しい。

そのため、今ひとつわかってない部分もあると思うので、その点ご了承いただけたらと思う。

 

 

前回↓

 

 

 

まず、父の死亡時、

担当医から献体をお願いされたときに、家族は誰も反対しなかったという。

 

 

それは理由があって、

その一ヶ月前、最初に運ばれたときに、命は助かった。

その際に医者から、献体に協力する可能性を聞かされていたからだ。

 

 

生前からすでに献体をお願いされていたのは、

発症した病気と、それに伴う症状が、ちょっと規格外だったからだ。

 

 

 

明らかにやせ衰えてしまい、自力で動けないほどになってしまったが、

頑なに病院行きを拒否する父。

家族は、拒否し続ける父親を、やっとのことで入院させることができた。

 

 

 

そこで下された病名は「ケトアシドーシス」および「ウェルニッケ脳症」。

これらはアルコール依存症の患者に見られる症状なのだとか。

 

 

しかし、父親の場合、一般的な症状と異なる部分があったのだ。

 

 

母親によると、

アルコールの飲み過ぎで、肺に穴が開いて食道などに漏れているとのこと。

加えて栄養失調の状態なので、完治は難しいようだ。

 

 

しかし、アルコールが原因で縦隔気腫になることは、殆ど無いらしい。

 

 

その症状が、医学的の研究のための重要なケースとされたようで、

その時点では一命を取りとめたものの

医者から「もしもの場合は献体をお願いするかもしれません」

と言われたとのことだった。

 

 

 

そして、病気により、当初は脳が萎縮している可能性も示唆されていた。

退院したとしても、要介護の状態となるだろう。

 

 

 

しかし、父親はアル中患者に見られるような手の震えなどの症状が見られたことはないし、

うつ病や認知症などの症状もない。

その点なども、珍しいとされたかもしれない。

 

 

 

さらに、感染症の疑いがあり、検査もされた。

 

 

 

感染症というと、現在では”コロナウイルス”がまっ先に思い浮かぶのだが、

正直なところ、当方、自らがこれまで得てきた様々な情報により

コロナウイルスの感染者数や死者数、PCR検査のいい加減さを疑っている。

 

そのため、これで感染者として水増しされたら色々面倒だなと思ったのだ。

(そもそも、陽性者=感染者じゃないし…)

 

 

コロナに関しては、今回は本題じゃないため、

情報に関しては色々あるのだが、とりあえずわかりやすい記事としてこちら↓を貼っておこう。

 

 

 

なんでもかんでも鵜呑みにするんじゃなくて、

興味を持ったこと、疑問に思ったことを自分で調べて確かめること。

それが一番大事。

 

 

 

 

…というわけで話がちょっと逸れたが、

父は一体何の感染症になったのだろうか?

 

 

 

「結核だって。」

 

 

 

 

結核???

 

 

 

結核って…夏目漱石とか中原中也とか昔の偉人が亡くなった病気のイメージ。

 

 

 

 

コロナが流行ってるとされる中で、他の感染症の話を聞くのも久しぶりだが、

年齢がいってる人は今でも結核菌が残っているとのことだった。

昔の病気ではなく、今でも羅患する人が多数いるらしいから、油断は禁物だね。

 

 

 

しかし、話を聞いた時は、安心したのと拍子抜けして笑ってしまった。

まぁその診断をされた時は、容態が安定、快方に向かってたからね。

 

 

 

 

 

こうして、色々な病名が付いたようだけど、

一ヶ月後、最終的に容態が急変して亡くなった時は「誤嚥性肺炎」。

多くの高齢者の死因でもあるようだ。

老衰ならわかるが、年齢が60代後半と若いので残念に思う。

 

 

 

 

そして、死後、改めて医者から献体のお願いをされたわけだが、

一度は助かった命で、事前にお願いされていたことにより、

家族皆、すんなり受け入れられたという。

 

 

 

すると、了承した際に、担当医が浮足立っていて、

「早速署名してください!」とのことだった。

 

 

その反応からして、献体に協力してもらえること自体、

ほとんど無いのでは?と見受けられたそうだ。

 

 

通常は遺族の気持ちの整理がつかない状態で病院側から依頼するので、

そんな状態では依頼をしづらいことでもあるし、

泣きながら「すみませんが…それはちょっと…」などと断られることも多いのだろう。

 

 

 

前回でも言ったが、

父は10年以上、休肝日無しで5合も酒を飲んでいた。

 

まぁこれだけ不摂生していれば、今回のように、何らかの病気になるのは当然だろう。

 

特に、それだけ長年大量のアルコールを摂取していれば、

肝臓が悪くなっている可能性もあるし、

ウェルニッケ脳症ならば、脳にも何らかの影響があるはずだ。

 

 

…と思われた。

 

 

しかし、実際、献体を行ったことで、

 

 

「肝臓はめちゃくちゃ元気」

「脳も萎縮している様子はない」

 

 

という驚きの事実を聞かされたのだ。

 

 

念の為、PCR検査(個人的には無駄だと思うけど…)もやってみたが、

もちろん陰性。

 

 

肝臓も悪くなってなかったし、

かつて患った脳梗塞の影響なのか?脳には傷はついていたようだが、

しっかりしていて、元気だった。

 

 

そのため、その結果から判断するに、

ウェルニッケ脳症なのに、脳は元気なのか?

特例のケースなのか?

そもそもまた違う病気だったのか?

 

色々疑問が湧くのだけれど、自分でも色々調べてみたいと思うし、

献体による研究結果が学会で発表されるようだ。

 

医学の進歩に協力できたことは、父もきっと誇りに思うことだろう。

 

 

 

献体の後、家族が結果を聞かされて帰る際には、

たくさんの医療関係者からの盛大なお見送りがあり、

 

「ありがとうございました!」

 

と、深々とお辞儀をされたのだとか。

 

 

 

というわけで、今回の献体は生前の本人の了承は特に得ていなかったようだが、

かといって拒否していたわけでもないし、

家族の話によれば、「やって良かった」と大変満足した様子。

 

 

どんな発表がされるのか、個人的にも内容は気になるし、

論文などはネットでも見れるようになるのだろうか?

ちょっと楽しみでもある。

 

 

 

それに、献体をしてもらったことで、自分としても一つの気づきがあった。

 

 

 

父は過去に病気を患ったことがあるとはいえ、

僕はアルコールを飲んでばかりの父親を、軽蔑していた部分もあったからだ。

 

 

だんだん、「もうどうなっても本人の自由だから別にいいか」と思い、

どうでも良くなってきたのだが、

ほぼ一日中飲酒している割に、ご飯などはあまり食べずに、

おかずを譲ってくれることが多くなったので、

さすがに心配に思うこともあったからだ。

 

 

今回の結果により、本人の生活習慣が病気の原因となったかもしれないが、

必ずしもアルコールが内蔵の状態を悪くするわけではないことがわかった。

 

奇跡的にも呼吸器以外がほぼ健康だったことは、

本人の名誉として報われたかもしれない。

 

 

そのため、僕自身も、

「一つの側面や視点だけで、物事を決めつけることは良くない」

とわかったのだった。

 

 

それに、健康な生活を意識していても、病気になっちゃう人はいるしね。

その場合、もしかしたら、

食生活に制限を設けているのがストレスになっているのかもわからない。

 

僕もオーガニックの野菜を選んだり、無添加の商品を選ぶようにしているが、

あまり神経質にならず、ほどほどにしたほうが良いのかもしれないなぁ。

 

 

 

 

最後に、家族が献体をやって良かったと思った、もう一つの理由がある。

 

 

今回は台風など諸々の影響で、僕が実家まで帰るための移動が遅れた。

 

 

お坊さんのスケジュールなどの関係で、今回は火葬を先に終わらせて、

骨葬にするとのことだったが、

どう頑張っても火葬が行われる前日の夜か、

当日の午前中にしか到着できそうになかった。

 

それを受けて、家族も火葬の日程を決めてくれたようだが、

もし献体をしていなかったら、火葬まで間に合わなかったかも?とのことだった。

 

 

つまり、献体をしないと、火葬する日が早まってしまうため、

最後のお別れの立会に、僕が間に合わなかった可能性もあった。

 

 

その意味でも、献体をやって良かったと思ったそうな。

 

 

わざわざ遠く離れた沖縄には好きで住んでいるわけだし、

家族や地元の人に監視・干渉されない自由が最高だと思っている。

 

 

一方で家族の死に目に会えない、天災等で一歩間違えたら火葬にも立ち会えないし、

家族との合流も遅れる、

今回のように伝聞による情報がほとんどなので、終始実感が湧かず、

取り残された感覚や無力感を覚える…

以上のようなリスクも全て理解して、自らの人生を選んでいる。

 

 

これだけわがまま放題やってるのは、自分も父とあまり変わらない。

それでも変わらぬ家族の優しさに、ありがたさを感じたのだった。

 

 

 

また、今回のメインとなった「献体」に関しては様々な考え方があると思うし、

亡くなった人物も遺族も報われる方法として、何が正しいのかはわからない。

 

 

しかし、臓器移植のように、本人の意志は特に必要がないため、

もしあなたが遺族としてお医者さんからお願いされた場合、

特に抵抗がなければ、了承してみるのも一つの尊い選択だろう。

 

医学の進歩に協力もできるし、

亡くなった本人にとっても良い結果になるかもしれない。

 

 

↓次回へ続く。