「誕生日」という日について本気で考えてみた

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございます。

 

 

昨日、4月18日は僕の誕生日だった。

 

 

 

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誕生日を迎える前日までは一週間ほど、

所用で本土に行って実家でぬくぬくと過ごしていた。

 

 

その際に、東京でとある方のコミュニティの集まりがあったので

そちらにも参加してきた。

↑会場は広尾にある素敵なお店。

 

↑料理も最高に美味しかった!!

 

 

そこでの懇親会では初めてお会いする方が多かったのだが、

皆さんとても優しい方ばかりで

超人見知りな僕でもすぐに馴染んだのである。

 

 

すると、4月生まれであるコミュニティの主様の誕生日を祝う流れになり

僕も同じ4月生まれとして一緒に皆から祝ってもらい

とても幸せな気持ちになった。

 

 

僕としては、祝ってもらうことはもちろん、

自分と近い誕生日の人がいたことが

非常に嬉しかった。

 

 

ちなみに誕生日当日、那覇のケーキ屋さんでケーキを買った時も、

見知らぬ人が友人の誕生日ケーキを買いに来てたようで

「この世界には自分と同じ(近い)誕生日の人がいるんだな」

と思ったら、人知れず仲間を見つけたような気分になったものだ。

 

 

実際、その日も世界の何処かで新たな命が生まれていたかもしれないし、

逆に失われた命もあるかと思うが、

それはそれで輪廻というか、

いろんなものが巡り巡って回っているのだろうと思う。

 

 

 

 

また、誕生日の前日のフライトで

羽だから沖縄に戻ってきたわけだが…

 

 

 

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↑相変わらず好き勝手過ごしている(笑)

 

 

飛行機の中で、

自分の誕生日と平成最後のフライトを浮かれて祝っていたときに

 

「誕生日ってなんだろう」

 

って思うようになった。

 

 

さて、

「誕生日」は何かと言うと

他でもない、自分がこの世に生を受けた日である。

 

 

人によっては役所に届け出た日と

実際の誕生日が違う人もいるようだが

僕は恐らく同じだろう。

 

 

また、誕生日というのはすごく不思議な日で、

動物占いや数秘術、星座占いなど

強制的に占いの結果が決まってしまうのだから

すごく神秘的で、ある意味理不尽でもある。

(例えば…「あなたは牡羊座だから、こういう傾向があるよね」

などと占いによって決めつけられやすい。)

 

 

それは、誕生日というのが

「生まれて初めてこの世の光を浴びた日」だったり

「生まれて初めてこの世の空気に触れた日」だったり

色々な意味合いがあるからこそ

スピリチュアルな面も強くなるのだろうけど、

この辺はあまり詳しくないので、今回はあまり踏み込まない。

 

ただ、僕自身、スピリチュアルなことや

数秘術やマヤ暦などには興味津々なので、これから学んでいこうと思う。

 

 

 

それ以外の一般的な「誕生日」の認識としては、

 

「誕生日を皆から祝ってもらう」のが主流である。

 

 

 

かつては僕もそう思っていたし、

ついつい周囲から祝ってもらうのを

期待している自分がいる…

それもまた事実だった。

 

 

元々歳の離れた末っ子で、

欲しいものはほぼ与えてもらっていたからか、

それがなんとなく当たり前のように感じてしまっていたんだろうね。

 

 

そう考えると、本当は自分自身は豊かで満たされているのに

いつもどこか満たされない気持ちを抱えていたのだ。

昔から悩んでいた人間関係や性別不一致の問題も原因だったとは思うが。

 

 

しかし、こういった不満足になりやすい人々を始め、

「自分を特別と思うが故の他者への期待」

誰しもがあるはずだ。

 

 

相手が「わかってくれる」「察してくれる」と思い

自分自身の意思や要望を伝えない割に、

他者へ過剰な期待を抱いてしまうのだ。

 

特に日本人はこの傾向が強いと言われる。

 

 

しかし…

 

自分が心地よいと思う条件や環境、

大切にしている価値観というのは、人それぞれである。

 

それは予め伝えておかないと、

他者との健全な付き合い方が出来なくなる可能性があるのだ。

 

 

他者へ期待をする前に、

あなたがあなた自身を満足させられるように

「自分が最も快適に過ごせるにはどうすればよいか」を

常に考えて実行できるようにすることが肝心である。

 

 

 

つまり、これを誕生日として考えると、

 

「私は今日誕生日なんです!祝って下さーい!」

 

と言うことで、周囲の人が気持ちよくお祝いできる環境が出来上がるのだ。

 

 

僕も先日の懇親会で、それを実行することができた。

 

 

昔の僕なら遠慮してしまった可能性があるのだが、

ちょっとした勇気を振り絞ったおかげで

自分も含め、皆がハッピーになれたわけだし、

自己主張ができて本当に良かったと思う。

(酒の力もあったけど笑)

 

↑誕生日ケーキは別に用意されてあったけど、

コースの中で提供されたスイーツも美味だった。

 

 

↓このような「自分が快適に過ごせる考え方」については

以下の記事も参考にしてみてね。

 

 

 

一方で、

「他者の期待に応えようとした結果、生まれる悲劇」

というのも存在する。

 

 

例えば、お互いの絆が強い大所帯のコミュニティや

パリピの方々の間では

「大切な仲間」のためにお誕生日パーティを頻繁に開くことで

自分も含めた「大切な仲間」たちが金欠になりがち

…という深刻な事実もあるようだ。

 

 

さらに、普段から他者への気配りや思いやりを欠かせない人にとっては、

「自分が他の誰かを祝ってあげたのに、他の人からは祝ってもらえない」

…といった自体があったときに

不満を抱える人もいることだろう。

 

 

僕自身、一時期は自分が好かれるための義務感として人付き合いをしていたし

それ故自己犠牲的になり、不満を抱える傾向があったようにも思う。

 

 

だから、そういう付き合いで被害者意識を抱くようになったり

人間関係がギクシャクしたりするくらいなら

誕生日なんて別に祝ってもらわなくても良いかな?

と思うようにもなった。

 

 

基本的に誕生日当日は一人で過ごすことが多いので

それはそれで楽しいではあるのだが、

それでも、誰からも祝ってもらえないときは

ちょっと寂しい気持ちにもなったものだ。

(↑とことん面倒くさい奴)

 

 

 

 

しかし、ある日僕は疑問に思ったのだ。

 

 

 

「一体俺は誰のおかげでこの世に生まれてきたんだ?」

 

と。

 

 

「自分が生を受けたのは、紛れもなく、両親のおかげだ。」

 

 

「そして、ここまで生きてこれたのは

家族も含め、今まで支えてくれた周囲の人達のおかげだ。」

 

 

などと考えるようになったのだ。

 

 

そう、

 

 

誕生日は、自分が生まれてきたこと、

自分がこれまで関わってきた全ての人に

感謝する日なのである。

 

 

この考えに至ったおかげか、

今年は当日は休みをとってたということもあり、

今までの誕生日よりも穏やかに過ごせたような気がする。

 

 

いや、これまでの誕生日もほとんどが素晴らしいものだったのだが、

一度だけ、北海道のとあるゲストハウスに泊まったときに

理由はよくわからないが、オーナーさんから

塩対応(?)をされてしまったことがある。

 

彼は僕が誕生日だということを知らなかったようなので

仕方ないと言えば仕方ないのだが、

今では僕自身も学ぶことが多かった、貴重な経験だと思っている。

 

それは恐らく、彼自身も他者へ過剰な期待をしてしまい

彼自身が傷つくことや、他者を恐れているところがあったからだと思う。

 

宿のトイレに禁止事項というか、

過去の迷惑ゲストへの不満が書いてあったのだが

その内容がなんだか挑発的だったのだ。

あれではお客さんを不快に思わせるだけだろう。

 

↑その宿のチェックアウト後、支笏湖に立ち寄ったのだが

なんだか物悲しい気持ちにもなっていた。

 

 

しかし、実際に自分が民泊のホストだった時に

その時の経験が何度も頭をよぎったのだ。

 

「ゲスト(お客さん)を恐れるあまり、自分もあの時のオーナーと

似たようなことをしてしまっていはいないか?」と。

 

そして、色々と考えた結果、

 

「相手や自分にとって心地よい空間を作るのは、自分の心次第」

「自分が恐れていると、少なからず相手に伝わる」

 

という結論に行き着き、

「お互いに不快に思わずにサービスを提供するにはどうすれば良いか」

それを考える良いきっかけにもなったのだ。

 

 

 

その後は様々な経験を経て、

今の僕は「自分はこういうものだ」と開き直れるようになったし、

ネット上の発信もストレスなく出来るようになった。

 

さらに、「他者の問題は他者の問題」

と割り切れるようになったことで、

他者を必要以上に恐れなくなった。

 

口論はあまり得意じゃないから争いごとは極力避けたいけど、

すれ違う他人にイライラすることは激減したと思う。

 

 

その代わり、手に入れたのは

「全ての人に対する愛情」である。

 

 

見知らぬ他人や遠くの知人がSNS上で幸せにしていると

嫉妬心に駆られず、焦りを感じることもなく、

ただただ「良かったね」とほっこりした気分になれるのだ。

 

 

以前は人間嫌いの部分もあり、

どこか斜に構えていたところがあったものだが、

「全ての人の幸せを願うことが、自分の幸福度を高める」

と思うようになった。

 

 

ただ、自分が嫌いな人に対しても感謝し、愛おしく思うのは

正直、まだちょっと抵抗がある。

 

その場合は、無理にその人のことを考えなくても良いとは思う。

 

でも、その人がいたおかげで反骨精神を覚えた結果、

今の自分があるのなら

むしろ一番に感謝しなきゃいけない存在なのかもな。

 

 

そのような人々にも

いつか心から「ありがとう」と思えるようになれば良いね。

 

 

 

さて、幸運なことに元号が変わる直前、

平成最後の2019年4月に誕生日を迎えることができた。

 

 

これまでのことをまとめると…

今年の誕生日からは以下のことを学んだ。

 

「自分が幸せになるための要望を伝えることで

周囲の人も幸せになれる」

 

「祝ってもらった事実に対してだけではなく、

周囲の人に感謝の気持ちを伝える」

 

「すべての人々に愛を与える」

 

 

与えられる何かを依存的に待っているのではなく、

 

 

自分自身が常に「与える」「返す」精神を持ちながら

自分自身を幸せにしていくことが大切なのだと思った。

 

 

 

僕も、実際に親にメールで

「生んでくれてありがとう」

と送ったのだ。

 

 

ちょっと照れくさかったけど、その一言が全てだ。

 

後悔しないように、言いたいことは言えるときに言っておこう。

 

 

そう思いながら、美しい桜のように儚いこの命を

しみじみと感じたのだった。

 

 

「がちまやー」のススメ

2019年4月1日

 

 

新しい元号が発表されましたね。

 

 

 

 

さっそく「いらすとや」さんが

「新元号を発表する人」のイラストを発表したり

 

 

参考↓

 

 

 

さっそくゴールデンボンバーさんも「令和」という新曲を発表したり

 

 

 

 

 

 

 

それに加えてエイプリルフールだったり

 

 

皆大忙しだ。

 

 

 

また、4月ということで新年度、新学期でもある。

 

 

心機一転して新しいことを始めるには

絶好の時期である。

 

 

 

 

というわけで、僕のブログも…

 

 

 

 

 

新しいタイトルに変えました!!!!

 

 

 

以前は「狐狸の栖-スミカ-と雨呑み者-アミヌミヤー-」

というタイトルだったのだが、

 

 

 

 

新しいブログタイトルは

 

 

 

 

「がちまやーな雨呑み者-アミヌミヤー-」

 

 

 

である。

 

 

言葉として意味が全くわからない…

 

そう思う人も多いことだろう。

 

 

というわけで、せっかくなので

ブログタイトルの意味について説明したいと思う。

 

 

なお、雨呑み者(アミヌミヤー)の意味はこれまでと同じであり、

こちら↓で説明しているので今回は省く。

 

 

 

今回は「がちまやー」という言葉を初めて聞いたという方のために

説明させていただこうと思う。

 

 

 

 

結論から言うと、

「がちまやー」の意味は、「食いしん坊」である。

 

 

「がちまやー」は沖縄の方言(うちなーぐち)であり、

島の中ではかなり一般的な言葉である。

 

 

参考↓

 

 

 

実際問題、僕は「でーじ がちまやー」である。

 

 

 

↑宜野湾市・「ちゃんぷる亭」さんの生姜焼き

 

 

 

つまり、「ものすごく食いしん坊」なのだ。

 

 

 

一人暮らしを始めてから料理はよくするし

いろんなものを作る。

 

 

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最近は自分で作るのが面倒だから、外食もよくする。

 

 

 

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食べ物への興味が半端ないので、

旅をする時はグルメが中心になるし

最近では毎日のようにどこか美味しいごはん屋さんはないか探しているし、

逆に通い慣れたところでも、

これまで頼んだことがないメニューを頼むことが多い。

 

 

 

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ちなみに、これくらい↑の量は朝飯前である。

(さすがにこれはちょっとお腹いっぱいになったかもだが)

 

 

 

それなのに太らないのでびっくりされることも多いが、

僕自身は決して太りにくい体型なのではなく、

食事で気をつけていることが多いかな。

 

 

実質1日1.5〜2食を実践してるし。

 

 

あとは、移動が主に原付きと自転車、徒歩なので

身体を動かす機会が多いのと、

こちらの本↓で紹介されているスクワットを

毎日やっているという感じだ。

 

 

また、僕のブログでもインスタでも、

沖縄を中心に、気に入った飲食店を紹介しているので

気になった方はぜひフォローいただければと思う。

 

 

沖縄では「がちまやー」というと、

単純に「食いしん坊」を意味することが多いだろうが天

 

 

 

僕の場合、「がちまやー」なのは、食べ物だけではないな。

 

 

 

昔からとにかく好奇心も旺盛で、

特に知識欲が旺盛である。

 

 

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↑神田昌典さんのツアーも3年連続で参加した。
興味を持ったものはしっかり自分で調べたり、

本を読んだりセミナーを受けたりなどして理解を深めながら、

自分自身の中に取り入れたいという気持ちが強いのだ。

 

 

その知識を総合させることで、

様々なことを分析したり、

自分の思考を深めたり、

新しいアイデアを生み出したり、

自分のさらなる成長につながっていくからだ。

 

 

つまり、「知識」に対して「がちまやー」なのである。

 

 

知らないことを知りたい気持ちが強いのだ。

 

 

 

また、自分自身に対しても「がちまやー」である。

 

 

 

 

いや、自分で自分を食うのが好きな

カニバリズムなんじゃなくて…

 

 

「自分自身を知りたい」という気持ちがすごく強い。

 

 

 

もしかしたら自分自身なんて、

一生知ることができないものなのかもしれないが…

 

 

 

 

最近では、自然と一体になったとき、

自分自身が一番あるがままになれると感じる。

 

「自分が今、ここにいる。」ことを実感するのだ。

 

 

そんな体験を通して、自分を表現するための方法を

永遠と探していきたいと思っている。

 

 

要するに、表現方法を

自分なりに色々と試行錯誤していきたいんだよね。

 

 

表現力をいかに高めるか…

その気持ちに対してもすごく「がちまやー」なのである。

 

 

貪欲、という言ったほうがわかりやすいかもしれない。

 

 

本来の「がちまやー」の意味からちょっと逸れている気もするが、

向上心が旺盛だということだね。

 

 

「食欲」、「知識欲」、「表現力欲(?)」

 

 

こういった「欲の数々」が自分自身を表していると思った。

 

 

 

かつてはがっつく傾向がある、

欲まみれの自分を汚らわしく嫌だと思っていたが、

 

 

幸いなことにがっつく僕の周囲には、

まるでおばーの「カメーカメー攻撃」のように

たくさんのものを与えてくれる人々がいるわけである。

 

 

 

 

かつては自己愛が異様に低く、

「自分なんて存在価値がない」

「自分なんて大嫌い」

などと思っていた。

 

 

それに加えて引っ込み思案で、

周囲の人々に対して自分の要求や希望を

うまく伝えられないような奴だった。

 

 

物質的にも精神的にも何かを与えてくれる人がいても、

自分自身には何もないわけだから、

うまく返すことができなくて申し訳なく思っていた。

 

 

しかし、幸いなことに

自分には「生きること」に対しても「がちまやー」だった。

 

 

つまり、生への執着心は異様に強いのだ。

 

 

その気持ちがあったおかげで

自殺や自傷行為など、

自分自身を傷つけ、破壊させる一連の行動を防げたと思う。

(精神的にはだいぶ痛めつけていたと思うが)

 

 

どんな逆境でも乗り越えてみせる…

 

 

数えきれない絶望の中でも、そんな強い気持ちが奥底にあったのだろう。

 

 

「生きること」に対しても「がちまやー」だったのである。

 

 

 

そういうわけで、最近の自分は

自分の中に秘めている

とんでもないエネルギーを誇らしく思うようになり、

 

「自分を正しく愛することこそ、

周囲の人々に対する恩返し」

 

と考えるようになった。

 

 

様々な人々からの愛を受け取ってきたことで、

どんどん成長していく「がちまやー」な自分を

もっともっと愛したいと思ったし

さらに大きく成長させていきたいと思った。

 

 

そうやって僕は

「がちまやーな自分」を恥じることはなくなったのである。

 

 

がちまやーなあなたも

そうでないあなたも

 

 

ぜひ自分が興味をもったものは

とことん突き詰めていってほしい。

 

 

周りの人を巻き込んだってかまわない。

 

 

人は熱意に心を動かされるのだから。

 

 

あなたの欲しいもの、実現させたいことを

どんどん言葉に出して言うことで、

「あなたが欲しい」と思った時に

あなたに手を差し伸べてくれる人は必ずいるはずだ。

 

 

あなたがいることで、周囲の人も一緒に成長するし、

結果として周囲の人々を潤すことにも繋がり、

やがては、世界が良くなることにも繋がるのだ。

 

 

そう考えたら、

あなたが自分自身をもっともっと好きになれるように

まずは好きなこと、興味のあることに対して

「がちまやー」になってみるのも良いんじゃないかな?

 

…と思う。

 

 

 

 

…というわけで、

「がちまやー」の意味を説明したわけだが、いかがだったろうか。

 

 

元々4月になってからブログタイトルを変更しようとしていたし、

新しい元号になっても特に僕は何も変わらない。

 

 

しかし…

ちょうど13年前の同じ時期に

沖縄に来たばかりの自分と、

今の自分とでは、

だいぶ変化があったのは確かだ。

 

 

精神的な面はもちろん、

男性ホルモンも打ち始めたから、身体的な面も変わった。

 

 

過去には苦しんだ時期もあったが

今では自分でしか経験することができない、大きな財産になっている。

 

 

そのおかげで、今は特に裕福でなくても

自分なりに楽しく毎日を送れている。

 

 

もしあなたが辛い思いをしているなら、

その手助けとなれるように、

様々な考えや新しい視点を共有できれば良いな、と思う。

 

 

 

 

というわけで、これからも私、天海夜 煌琉を…

 

ゆたしくうにげーさびら。

 

 

(※↑「よろしくおねがいします。」の意味)

Wixで「完璧じゃない」ホームページ作りました。

タイトルの通りだけど、

今後仕事で必要になると思い、ポートフォリオサイトを作った。

 

 

 

 

正直、自分の「過去の作品」なんて載せても意味あるのか…とも思うんだけど、

現実的に「自分が過去においてしてきたこと」は

自分の人生において大切な一部なわけであり、

それらを否定することはできない。

 

 

そう思って、

「自分自身のまとめサイト」的なものは必要だと感じたのだ。

 

 

まだ準備中のページもあるし、

画像などもまだまだ上げたいものがたくさんあるんだけど

とりあえず人に見せられるレベルまで落とし込んだので公開に踏み切った。

 

 

最近の僕はできるだけ

「完璧」を目指さないようにしている。

 

 

自分ができる限りの力を尽くして、

出来るだけ「早く出す」こと。

 

それが大切だと考えている。

 

 

今までの僕は

「とにかくミスをしないようにしなきゃ」

っていうプレッシャーがあったし、

人から突っ込まれるのを何よりも恐れていた。

 

 

「とにかく人から揚げ足を取られないようにしよう」

「文句言われないような完璧なものを作ろう」

 

 

そればかり考えていたところはある。

 

 

なので、結局頭の中で考えただけで情熱が尽きてしまい、

ついにそのアイデアが日の目を見ることはなかった。

 

 

そんなことも少なくなかった。

 

 

漫画でいうと、キャラクターとあらすじだけ考えて

中身は描かない、みたいな(笑)

 

 

それじゃ人に見てもらえることもないし、楽しんでもらえないよね。

 

 

「こうしてみたらどうだろう?」

というフィードバックをもらうこともない。

 

 

今思えば、

人のアイデアは自分では思いつかないこともあるのだろうから、

「人が反応したくなるもの」を目指していけばよかったのだ。

 

とりあえず描いてみて、途中で飽きたらやめたって全然良いわけだし。

 

 

なので今後は「とにかく行動に移すこと」を重視していきたいと思っている。

 

 

そして、サイトづくりに置いては、

デザインを「いかにシンプルにするか」ということにこだわった。

 

 

以前の僕は「とにかく描き込むこと」に重点を置いていた。

複雑で難解なものが大好きだったから。

 

 

しかし、最近では、「自分の直感」を以前よりも大事にするようになった。

 

 

自分自身も日本各地を旅をしていくにあたって

観光地の飲食店や宿において様々なサービスを受けた。

 

 

その中で、

何が人にとって好まれるのか、

逆に何が嫌がられるのかを考えるようになった。

 

 

その結果…

 

自分のサービスを提供する上では、

 

「わかりやすいもの」

「自分のキャラやストーリーがわかってもらえるもの」

 

こういったものが好まれるのではないか…

 

そう考えるようになったのだ。

 

 

逆に嫌われるのは

 

「サービス提供者の自己満足さがモロに出ている」

 

というものだ。

 

 

実際、ゲストハウスのレビューなどを見ていても、

「宿主の人柄」が大きな影響を与えると思ったし、

ゲストに対するホスピタリティが微妙だと低評価を書かれやすいようだ。

 

 

そういった口コミによって、

「宿主のホスピタリティ」が保証されて安心できるので、

僕自身も「レビューの高い宿」を選ぶ傾向があるのも事実。

 

 

つまりどんなサービスでも

 

「お客様にとってわかりやすいもの」

「つくりはシンプルだけど、素材の良さ、中の人のキャラが感じ取れるもの」

 

それが一番良いと思っている。

 

 

 

その点では、感覚的に操作ができて、

自分の好きなようにサイトが作れる「Wix」って

Webデザインにおいて大きなイノベーションだよなって思った。

 

 

僕はデザインを学んでいるけど、

Webデザインに関しては独学でWordPressを触る上で

ちょっとかじった程度である。

 

 

だからこれまでは、ブログではないサイトを持ちたいと思っていても

思うようなHPを作ることができなかった。

そして結局作らないで時だけが過ぎていく、みたいな。

 

 

しかし、Wixのようなサービスが生まれたおかげで、

Webサイトを作るのにもう面倒な知識はいらなくなったのだ。

 

 

「Webデザインを学ぶなら、一から作れるようにならないといけない。」

というこだわりのある人もいるかもしれないけど、

 

 

そういう面倒な作業は全てプロや機会にまかせて、

自分自身はクリエイティブなこと、

重要な中身に時間をかけるというのも

全然ありだと思うな。

 

 

というか、世の中はだんだんそうなっていくと思う。

要はそれに対して、柔軟に対応できるかどうかだよね。

 

 

細かいことにこだわってやりたいことを実現できずに苦しむよりも、

自分がやりたいことをスピーディに実現するのが良い。

 

そのほうがストレスフリーにもなれるし、

その分、コンテンツの質の高さを上げることが出来るからだ。

 

面白いコンテンツを作ろうと「世界観」にこだわりすぎて、

難しく考えすぎる…なんてことがないようにしよう。

 

 

「世界観」は自分自身が楽しんでコンテンツを作っていけば

自然と築き上げられていくからである。

 

 

 

というわけで、僕のサイト…

 

 

今は「完璧じゃない」サイトだし、

 

僕自身もまだWixを「完璧に使いこなせてはいない」けれど、

 

せめて「完璧じゃないけどこのサイトは見ていて楽しい。」

 

と思っていただけるようになるために

 

充実した内容を充実させるべく、徐々に作り上げていこうと思う。

 

 

 

 

どうぞ今後とも温かく見守ってくださいませ。

暗くて捻くれていた僕を「毎日楽しく生きてる変態」に変えてくれた人

今日は僕が今フォローしている方について紹介したい。

 

 

僕は最近、メンタルに関する記事をたくさんあげているのだが、

それはこの方から大きな影響を受けている。

 

 

その名もウィックスあやみさん。

 

 

 

詳しくはリンク先を参照してほしいのだが…

 

 

かつては彼女も自分自身に対して

「何をやってもダメだ」と思い込んでしまうくらい

自己肯定感が低かったそうだ。

 

 

うつ病などで苦しんだ時期もあったらしい。

 

 

それが、人生が一変して年収何百万は軽く超えるセレブ女子になった。

 

 

しかし

 

「急に人生が変わるなんてあり得ないだろ。」

 

最初はそう思った。

 

 

しかし、発信の一つ一つにリアリティがあるから

嘘ややらせではないようだ。

 

「どうしてそうなったんだろう?」

 

僕は気になり、彼女を追いかけてみた。

 

 

そしてわかった。

 

 

彼女は自分なりに努力し続けた結果、今の姿を掴んだのだ。

 

 

カウンセリングもたくさん受けたし、

セラピストなどにもたくさん会ったそうだ。

学びに1,000万もの金額を自己投資していたのだ。

 

 

僕はその話を聞いて、強く心を打たれた。

 

 

そして、

 

彼女自身もWEBデザイナーであることと、

僕自身もクリエイティブ系であること、

 

 

また、スピ系ではないものの、

スピリチュアルなことについても興味関心が高い。

(あやみさんのほうが知識の量が半端ないが)

 

この点でも共通点があり、親近感を覚えた。

 

 

あとは旅が好きなこともね。

 

 

一般にセレブ系って言うと

「キラキラしているおしゃれな女性」って感じで

住む世界が全く違うって印象だった。

 

 

香港のリッツカールトン最上階にあるバー「OZONE」(わかりにくいけどw)。

バーだけなら宿泊者じゃなくても入れるし誰でもセレブ気分を味わえる。

 

 

しかし、現在オーストラリアに在住のあやみさんは

その性格もサバサバしていて行動的だからか

むしろ「自分と似ている」とさえ思ったほどだ。

 

 

僕の知り合いで現在マレーシアで暮らしている沖縄の女性がいる。

いや…現在別の国にいるんじゃないかってくらい神出鬼没で超行動的かつ破天荒。

その方とどことなく似ているなとも思ったし。

 

 

ということで、

なんとなく直感で「この人なら!」と思って、

彼女を信じてみることにした。

 

 

その結果…

 

 

今、毎日が超絶楽しい。

 

 

自分の「異質さ」「変態さ」をもっと出していいとさえ思うようになったし、

以前まで自分の中にあった「自意識過剰さ」がなくなった。

 

 

「他人を変えることは出来ない。」

 

「まずは自分が変わるしかない。」

 

 

 

よく言われる言葉であるが、

それを今、自分自身で実感している。

 

 

今までどんな自己啓発本や

メンタルに関する本を読んでも変わらなかったのに。

 

 

その理由は今ならわかる。

 

 

「理屈」では理解していても、

「納得」出来ていなかったからだ。

 

 

人は「納得」できないと、

モヤモヤしたり反発心を抱いたりしてしまうものだ。

 

 

ところが、あやみさんの言葉は全て納得できるものばかり。

自分にとって腑に落ちやすいものばかりだった。

 

 

だから、すんなり受け入れることができたのだ。

 

 

OZONEから撮影した景色…は上手く撮れていたものがなかった。

その代り香港の夜景をどうぞ。

 

 

こんな感じで旅行を楽しむことだってできるのだ。

 

 

 

 

宝くじなどで一攫千金を夢みる人は多いと思う。

 

 

 

しかし、それって本当にその人自身にとって良いことなのか?

 

 

 

自分の心に聞いて、考えてみてほしい。

 

 

宝くじで人生が破綻してしまった人もいるくらいだし、

本来、人間とはその人に見合った収入が得られることになっているのだ。

 

 

自己肯定感が低いままや、

世の中に対して不平不満を抱いたまま、

人をただのお金としか思っていない、

 

 

そんな状態だと一時的に稼げたとしても長くは続かない。

 

 

まずは自分を愛すること。

 

 

「今のままで良いんだよ。」って

 

「失敗したってヘマしたって大丈夫だよ。」って

 

 

自分を受け入れること。

 

 

そして様々な人と関わって様々なことを学び、

自然体の自分のままで成長していくこと。

 

 

その結果、自分にとってふさわしい金額の収入を得られるようになるのだ。

 

 

今やりたいことが特に無かったとしても、

毎日を楽しく生きている内に見つかるようになるんだ。

 

 

今は収入が低くて辛い思いをしている人もいるかもしれない。

 

 

でもね、「自分の幸せ」に「お金」は関係ないんだよ。

 

 

僕だって今収入そんなにないけど、自分なりに毎日を楽しんでいる。

 

 

「変態」であることに開き直って、

 

「変態」である自分を愛せるようになったからだ。

 

 

もし、

 

「生きるのが辛い」

「毎日仕事ばかりで心も身体も限界…」

 

 

そう感じている方がいたら、

まずはあやみさんの発信を追いかけてみるのも良いと思う。

 

彼女のLINEを友だちに追加すれば、

 

「パソコン1台、1日たった数時間で

月数百万もの安定した収入を得られるようになった方法」

 

こういったことを知ることが出来る。

 

 

もちろん、彼女自身も鬱を乗り越えたことから、

「楽になる考え方」についても教えてもらうことが出来る。

 

 

あやみさんのことが気になったらぜひ、

彼女のことを友だちに追加して

彼女の発信する音声や動画などを見てみてほしい。

 

 

「働かずに一生遊んで暮らしたい!」

 

 

そう思っている人は多いと思うけど、

 

 

僕はそうは思わない。

 

 

「自分にとって余裕のある働き方で

安定した収入を得ながら好きなことをやって生きていきたい!」

 

「ありのままの自分で、世の中に大きく還元していきたい!」

 

 

そんなライフスタイルが理想だ。

 

 

 

 

※こちら↓無料で登録できます。

君も「雨人(あめんちゅ)」にならないかい?

晴れやかで穏やかな日は最高だ。

 

 

どこにだって行けるし、

旅行やレジャー、屋外でのスポーツなどは晴れの方がもちろん良いだろう。

 

 

しかし、僕は日本各地を旅行している中で、

雨の日に旅することも多かった。

 

別に雨乞いをしたわけでは一切ないのだが(笑)

「雨は良いぞ!」と言いたくなるような写真もいくつかある。

 

 

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2017年3月、知覧武家屋敷庭園にて。

 

 

 

 

 

上5枚の写真は2016年12月、吉野ヶ里歴史公園にて。

 

ちなみに2015年4月には奈良の吉野山に行ったけれど、

その日も最初の方は雨で靄がかかっていた。

でも逆にそれがとても良かった。

その時の写真が選びきれないので、後日また記事として上げられたらと思う。

 

 

こういった名所を雨天歩き回るのも大変ではあったが、

雨で滲んだ和の情趣にしみじみした。

 

 

晴れほど写りは良くなくても、独特の雰囲気がたまらない。

 

雨の日は、晴れの日とはまた違った味があるのだ。

 

 

さて、僕は最近ブログにて、

 

「自然体で生きよう」

「自分が心から望んでいることをしよう」

 

というようなことを言っているが、

 

今ここに

 

「本来の自分に還ろう」

 

という言葉も追加したい。

 

 

そのヒントとなるのが「雨」なのである。

 

 

僕はまるで「晴」を象徴するかのような

開放感があってカラッとした人も人間的に好きなのだが、

「雨」のようにどこか影がある人々により魅力を感じるのだ。

 

 

 

雨というのは、降っては流れて蒸発し、また降っては流れて…を繰り返す。

 

「恵みの雨」として大地に命を与えてくれる。

 

その一方で、非常に気まぐれで、

降ったと思ったらまた止んで、

時には災害をもたらすかもしれない。

 

 

そんな一面もある。

 

 

人々に「憂い」や「恵み」も与え、

時には荒ぶることもあるけれど、

そこにその人独特の魅力があるのだ。

 

 

 

そうやって「雨」は永遠に循環して

自身もいろいろな経験をしていく。

 

 

様々な場所へ旅をしながら、

結局は元の自分に帰ることが出来る。

 

吹割の滝。(群馬県沼田市)また行きたいなぁ…。

 

 

「嬉しさ」や「悲しさ」…どんな感情も経験もすべて受け入れて、

「本来の自分」として生きられるようになるのだ。

 

 

そうやって思いついたのが

「雨呑家(あめのみや)」という言葉だ。

 

「雨呑家」は自身の活動名というか、屋号みたいなもの。

 

ブログタイトルでもある「雨呑み者(あめのみやー、アミヌミヤー)」は

かつて沖縄で虹を意味していた。

 

そのため、虹の象徴、LGBTである僕にもぴったりだと思ったのだ。

 

この写真、当時(2011年らしい)ガラケーで撮ったのだが

なかなかハッキリ撮れているなぁ。

 

 

というわけで、そんな私「雨呑家」と同様、

「雨のような人」を増やしていきたいと思い、

「雨のような人」を「雨人(あめんちゅ)」と呼ぶことにした。

 

 

「自分自身」を「ありのままの存在」として受け入れ、

自然体で振る舞い、

その人にしか歩めない人生を楽しむ。

 

必要以上に人に気を使わない、

自分にとって嫌だと思うことはしない。

好きなことだけをして生きる。

 

自身の感情や思いを抑圧させること無く、

遠慮なく曝け出すことが出来る。

 

ふらっとどこにでも行くから地に足ついていないようでいて、

芯の部分がしっかりしているからどこでも生きられる。

 

自分自身がそんな生き方を体現することで、

人に安らぎと癒やし、時には笑顔を与えることも出来る。

 

それが美しく儚くもたくましい

「雨人(あめんちゅ)」しての生き方である。

 

 

…うん、なんか筋が通っているようでいて

結構メチャクチャなこと言ってるけど、

要するに「変人」を増やしたいってことさ。

 

 

そんな変人・「雨人(あめんちゅ)」を増やして、

殺伐としているこの世に恵みを与えていけたら良いなと思い、

これからもこのブログでは、様々なことをお伝えしていくつもりだ。

 

 

 

ちなみに紫陽花と上の睡蓮の写真は

2017年6月、大分の別府(地獄巡り)にて撮影したものだ。

(地獄そのものの写真についてはまた旅の話をした時にでも。)

 

 

このように僕は時間を見つけて、日本各地をアクティブに巡ってもいるのだ。

 

 

あなたが雨のように様々な場所へ気軽に旅ができるようになるためにも、

旅に関する情報も提供していきたいと思う。

 

 

というわけで、

あなたもぜひ「雨人(あめんちゅ)」になりませんか?

 

 

「雨人(あめんちゅ)として本来の自分に還って

様々な場所を旅してみたい!」

 

 

そう思っていただけたのであれば、

僕の想いに共感していただけたのであれば、

ぜひ今後も僕の発信をご参考いただければと思います。

 

 

ブログなどで人生のヒントや旅の楽しさをお伝えしていきます。

 

 

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