「2つの虹色」という色彩から見る、日本人の感性

コリュにちばんこ〜。

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

 

ここ数日、久しぶりにがっつり生みの儀式を行った。

 

 

平たく言えば、キャラクターデザインをして、

Photoshopでイラストを描いていたのだ。

(ていうか、儀式ってなんだ。むしろこっちが聞きたい。)

 

 

 

 

 

YouTubeでの動画発信も視野に入れつつ、

今後はサイトを様々なキャラクターで盛り上げていきたいと思っている。

 

 

今また別のキャラクターも考案中だし、

生み出したキャラクターを使って、

デザインの仕事なども受注出来るようになれば良いなと思っている。

 

 

 

 

まず、本題の前に、新しいキャラクターの設定について、

ちょっと語らせておくれ。

 

上の新しいキャラクターは「コリュの本体」っていう設定で、

「七尾の狐狸(コリ)」という妖怪である。

 

まさに私「煌琉」そのものを表している。

 

 

 

↑狐と狸の妖怪・コリュ

 

 

一方、「コリュ」はいわば人間界での仮の姿。

人間界で生活できるように

ちょっと親しみやすい姿になっているのだ。

 

 

実際、ご当地キャラやアニメなどの人気キャラクターは

見た目がより動物に近くて、丸っこい、

可愛らしいキャラクターのほうが好まれている傾向にあると思う。

 

くまモンとかドラえもんとかね。

 

 

逆に、新キャラで身体がピンク色の「煌琉」のほうについては

神聖かつ神秘的で、かっこいいフォルムのデザインを目指したのだ。

 

 

 

 

…さて、ここでようやく今回の本題。

 

「2つの虹色」という色彩から見る、日本人の感性

 

をテーマに、意気揚々と語っていきたい。

 

 

 

 

まず、新しいキャラクターの”しっぽの色”や”身体の色”について、

なぜこの色彩を選んだのかと言うと…

 

 

「日本人の感性としての『虹色』を、

デザインに盛り込みたかったから」

 

である。

 

 

 

………ん?

言っている意味がわかんねーぞ?

 

と、思われたに違いない。

 

 

順を追って説明しよう。

 

 

 

まず、しっぽの色について。

 

 

新しいキャラクターデザインは妖怪「九尾の狐」がベースとなっているが、

しっぽは「七尾」となっている。

 

 

七尾で、かつ色は「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」

 

つまり、虹色となっているのだ。

 

 

「九尾の狐」というものが存在するのに、

わざわざ「七尾の狐」…というか、「七尾の狐狸」にしたのは、

「虹色=七色」という日本人の感性を、しっぽにて表現したかったのだ。

 

 

 

実は、「虹色が七色」というのは、日本固有のものなのだ。

 

 

虹は各国によって色の数が違うのだ。

LGBTの象徴である「レインボーフラッグ」も六色だしね。

 

 

他の国にはない「藍色」が入っているのは

日本人が持つ豊かな色彩感覚によるものと思われる。

 

 

実際、「日本の伝統色」について調べると、

とても豊富な色の数々で、それぞれに名前が付いていることがわかる。

 

 

伝統色の一覧が確認できるサイトはこちら↓

 

 

 

このサイトからもわかるように、

鮮やかな色から暗い色、

どちらでもないような、微妙な色にも名前が付いている。

 

 

まるで自分の赤子に名前を付けるかのように、

一つ一つの色を大切にしている。

 

 

その昔の日本人の繊細な感性には、素晴らしすぎてため息が出る。

 

 

 

次に、2つ目の「虹色」に関しても説明していきたい。

 

 

新キャラクター「煌琉」は、狐っぽい色の「コリュ」と違い、

身体が黄色っぽい色ではなく、ピンクのような色にした。

 

 

 

最初は統一感を持たせるため、

上の図のように、「コリュ」と同じ黄色っぽい色にしたのだけれど、

「ある事実」をもとにピンク色にした。

 

 

その事実とは…

 

 

このピンク色は、日本の伝統色である「虹色」なのである。

 

 

 

 

人によっては見え方が変わるかもしれないが、

客観的事実として、色の情報を番号で表すと、

「#f6bfbc」という形で表現されるようだ。

 

 

この淡いピンク色「虹色(#f6bfbc」)」はなぜこの色なのかは

情報が少ないため、正直良くわからない。

 

 

しかし、こちら↓のサイトさんによると…

 

 

 

この虹色の由来は、薄い紅色は光の反射によって青みや紫みが強く見えるなど、

さまざまな色に移ろって見えたためということらしいのです。

出典:クラシノイロ

 

 

虹という光のプリズムが、さまざまな色に移ろって見えた結果、淡いピンク色となる。

 

 

今、僕たちはどうしても七色という固定観念から虹を見がちであるが、

科学が発達していなかった頃の昔の日本人には、そのような前知識も特にないだろう。

 

 

光の反射により色の移ろいを感じつつも、

自分たちの感性により、「単色のピンク色」に「虹色」という名前をつけたのは、

なんとも趣深いではないか。

 

 

カラフルな虹色も良いけど、単体で表現される虹色も素敵だなと思ったし、

可愛いものや細やかな部分を愛でる、

日本人の複雑かつ繊細な感性を大切にしていきたい。

 

 

…と思って、単色の伝統色である「虹色」も

自分のデザインに採り入れたわけだ。

 

 

 

 

こうして見ると、やっぱり身体の色も「虹色」にして良かったなと思う。

 

今では虹を見てもほとんど認識されないであろう、

このピンク色の「虹色」という存在が、

より多くの人に知ってもらえると良いなぁ〜。

 

 

 

日本人は昔から、様々な分野で活躍してきたし、

アニメや漫画などのアート関連や和モノのアイテムも世界で大人気だ。

 

昔の人のDNAが通っている以上、

同じ日本人であるあなたにも「素晴らしい感性」を持ち合わせている…

その可能性があることに、気づいてもらえると嬉しい。

 

 

 

 

そんなわけで、

キャラクターデザインの説明も兼ねて、

2つの意味の「虹色」について説明してきた。

 

 

つまり、日本人の「虹色」という概念は

 

「現代の日本人が共通して認識している、七色の『虹色』」

 

 

「昔の日本人が独特の感性で認識した、伝統色としての『虹色』」

 

の2つが色彩として存在するということだ。

 

 

※ちなみに、昔の人が「虹」をどう認識していたのかは

こちら↓でも説明している。

大昔の人にとっては、恐怖の対象でもあったようだよ。

 

 

 

 

最後に、

 

今回のテーマ

 

「2つの虹色」という色彩から見る、日本人の感性

 

ということで、

二種類の「虹色」から、日本人が素敵な色彩感覚を持ち合わせていたことが

おわかりいただけたかと思う。

 

 

当サイトでは、「なぜ日本人は精神性が高いのか?」に興味を持ち、

「日本の素晴らしさ」をより世界に広め、

日本人であるあなたがより魅力的な人物となり、豊かな人生を送れるよう、

日本人の「性」「美」「知」について様々な研究をしている。

 

 

日本人であるあなたが、誰にも従うことなく、

自分らしい人生をアート&デザインできるよう、

今後もより楽しく、ためになるサイトを目指して、

試行錯誤を重ねていきたいと思う。

 

 

まだまだやることはたくさんあるし、

ブログ更新や過去記事の整理などの作業は遅いけど、

確実に前に進んでいるので、

ぜひ今後の進展をお楽しみに!

誕生日は生まれたことへ感謝する日

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だんべ。

 

 

誕生日だったので、

沖縄にもある出雲大社へ感謝を告げに行った。

 

 

 

 

このご時世だからこそ、

新たな一年を迎えることを喜ばしく、

むしろありがたいと思える。

 

 

ここ数年も、誕生日は必ず親へ

「ありがとう」

と言うように決めている。

 

 

あまり考えたくはないが

もしかしたらいつか

その言葉を言えなくなる日が来るかもしれないしね。

 

 

そして、世の中が混乱にある中で

多くの力ある方々がご自身の価値や情報を世に提供して

多くの人々を勇気付けているのに対し、

本当に自分は何もないなと無力に思う。

 

 

しかし、「何もない」からこそ失うものもない。

 

 

資産などがないからこそ、守るものも特になく、

逆に大きな力にもなりうると思うようにもなったのだ。

 

 

とにかくやるしかない。

 

 

今考えていることとしては、

今月中にオンラインコミュニティ「雨傘(仮)」を開設する予定だ。

 

 

まずは自分を楽しませることをテーマとして、

たとえ参加者が自分1人でも運営していきたい。

 

 

そして、コミュニティは非公開のグループではあるが、

このコロナ騒動がある程度収束するまでは参加費を無料としていきたい。

 

自分は有名でもないし

多数のフォロワーがいるわけでもない。

 

SNSはあまり好きじゃないし。

 

 

しかし、今多くの娯楽施設が閉鎖した状態で

人々は家に閉じこもり

そのフラストレーションか不安からなのか、

他者を差別するような言動をする人もいる。

 

 

もしこのまま何もせずにいたら

心や体を壊してしまう人がいるかもしれないし、

日本自体が崩壊してしまうかもしれない。

 

 

そう思ったら

いても立ってもいられなくなったんだ。

 

 

僕のコミュニティが

1人でも多くの人に不安や辛さから避難してもらい、

新たな発見や娯楽、癒しを得られる場となることを願って

ちょっとでも前に進んでみようと思う。

 

 

その時はぜひ、新種の珍しいゴリラを見に行くような気持ちで

皆様にもお気軽にご参加いただければ、と思う。

 

 

お楽しみに〜

 

 

 

 

神棚注文したばかりなので届くのが楽しみだお。

 

 

神様、貴方が快適にお住まいいただけるよう

色々と整えて参りますので、もう少しお待ちを。

 

 

てなわけで、皆様

これからもよろしくお願いしますね〜。

「誕生日」という日について本気で考えてみた

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)でございます。

 

 

昨日、4月18日は僕の誕生日だった。

 

 

 

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誕生日を迎える前日までは一週間ほど、

所用で本土に行って実家でぬくぬくと過ごしていた。

 

 

その際に、東京でとある方のコミュニティの集まりがあったので

そちらにも参加してきた。

↑会場は広尾にある素敵なお店。

 

↑料理も最高に美味しかった!!

 

 

そこでの懇親会では初めてお会いする方が多かったのだが、

皆さんとても優しい方ばかりで

超人見知りな僕でもすぐに馴染んだのである。

 

 

すると、4月生まれであるコミュニティの主様の誕生日を祝う流れになり

僕も同じ4月生まれとして一緒に皆から祝ってもらい

とても幸せな気持ちになった。

 

 

僕としては、祝ってもらうことはもちろん、

自分と近い誕生日の人がいたことが

非常に嬉しかった。

 

 

ちなみに誕生日当日、那覇のケーキ屋さんでケーキを買った時も、

見知らぬ人が友人の誕生日ケーキを買いに来てたようで

「この世界には自分と同じ(近い)誕生日の人がいるんだな」

と思ったら、人知れず仲間を見つけたような気分になったものだ。

 

 

実際、その日も世界の何処かで新たな命が生まれていたかもしれないし、

逆に失われた命もあるかと思うが、

それはそれで輪廻というか、

いろんなものが巡り巡って回っているのだろうと思う。

 

 

 

 

また、誕生日の前日のフライトで

羽だから沖縄に戻ってきたわけだが…

 

 

 

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↑相変わらず好き勝手過ごしている(笑)

 

 

飛行機の中で、

自分の誕生日と平成最後のフライトを浮かれて祝っていたときに

 

「誕生日ってなんだろう」

 

って思うようになった。

 

 

さて、

「誕生日」は何かと言うと

他でもない、自分がこの世に生を受けた日である。

 

 

人によっては役所に届け出た日と

実際の誕生日が違う人もいるようだが

僕は恐らく同じだろう。

 

 

また、誕生日というのはすごく不思議な日で、

動物占いや数秘術、星座占いなど

強制的に占いの結果が決まってしまうのだから

すごく神秘的で、ある意味理不尽でもある。

(例えば…「あなたは牡羊座だから、こういう傾向があるよね」

などと占いによって決めつけられやすい。)

 

 

それは、誕生日というのが

「生まれて初めてこの世の光を浴びた日」だったり

「生まれて初めてこの世の空気に触れた日」だったり

色々な意味合いがあるからこそ

スピリチュアルな面も強くなるのだろうけど、

この辺はあまり詳しくないので、今回はあまり踏み込まない。

 

ただ、僕自身、スピリチュアルなことや

数秘術やマヤ暦などには興味津々なので、これから学んでいこうと思う。

 

 

 

それ以外の一般的な「誕生日」の認識としては、

 

「誕生日を皆から祝ってもらう」のが主流である。

 

 

 

かつては僕もそう思っていたし、

ついつい周囲から祝ってもらうのを

期待している自分がいる…

それもまた事実だった。

 

 

元々歳の離れた末っ子で、

欲しいものはほぼ与えてもらっていたからか、

それがなんとなく当たり前のように感じてしまっていたんだろうね。

 

 

そう考えると、本当は自分自身は豊かで満たされているのに

いつもどこか満たされない気持ちを抱えていたのだ。

昔から悩んでいた人間関係や性別不一致の問題も原因だったとは思うが。

 

 

しかし、こういった不満足になりやすい人々を始め、

「自分を特別と思うが故の他者への期待」

誰しもがあるはずだ。

 

 

相手が「わかってくれる」「察してくれる」と思い

自分自身の意思や要望を伝えない割に、

他者へ過剰な期待を抱いてしまうのだ。

 

特に日本人はこの傾向が強いと言われる。

 

 

しかし…

 

自分が心地よいと思う条件や環境、

大切にしている価値観というのは、人それぞれである。

 

それは予め伝えておかないと、

他者との健全な付き合い方が出来なくなる可能性があるのだ。

 

 

他者へ期待をする前に、

あなたがあなた自身を満足させられるように

「自分が最も快適に過ごせるにはどうすればよいか」を

常に考えて実行できるようにすることが肝心である。

 

 

 

つまり、これを誕生日として考えると、

 

「私は今日誕生日なんです!祝って下さーい!」

 

と言うことで、周囲の人が気持ちよくお祝いできる環境が出来上がるのだ。

 

 

僕も先日の懇親会で、それを実行することができた。

 

 

昔の僕なら遠慮してしまった可能性があるのだが、

ちょっとした勇気を振り絞ったおかげで

自分も含め、皆がハッピーになれたわけだし、

自己主張ができて本当に良かったと思う。

(酒の力もあったけど笑)

 

↑誕生日ケーキは別に用意されてあったけど、

コースの中で提供されたスイーツも美味だった。

 

 

↓このような「自分が快適に過ごせる考え方」については

以下の記事も参考にしてみてね。

 

 

 

一方で、

「他者の期待に応えようとした結果、生まれる悲劇」

というのも存在する。

 

 

例えば、お互いの絆が強い大所帯のコミュニティや

パリピの方々の間では

「大切な仲間」のためにお誕生日パーティを頻繁に開くことで

自分も含めた「大切な仲間」たちが金欠になりがち

…という深刻な事実もあるようだ。

 

 

さらに、普段から他者への気配りや思いやりを欠かせない人にとっては、

「自分が他の誰かを祝ってあげたのに、他の人からは祝ってもらえない」

…といった自体があったときに

不満を抱える人もいることだろう。

 

 

僕自身、一時期は自分が好かれるための義務感として人付き合いをしていたし

それ故自己犠牲的になり、不満を抱える傾向があったようにも思う。

 

 

だから、そういう付き合いで被害者意識を抱くようになったり

人間関係がギクシャクしたりするくらいなら

誕生日なんて別に祝ってもらわなくても良いかな?

と思うようにもなった。

 

 

基本的に誕生日当日は一人で過ごすことが多いので

それはそれで楽しいではあるのだが、

それでも、誰からも祝ってもらえないときは

ちょっと寂しい気持ちにもなったものだ。

(↑とことん面倒くさい奴)

 

 

 

 

しかし、ある日僕は疑問に思ったのだ。

 

 

 

「一体俺は誰のおかげでこの世に生まれてきたんだ?」

 

と。

 

 

「自分が生を受けたのは、紛れもなく、両親のおかげだ。」

 

 

「そして、ここまで生きてこれたのは

家族も含め、今まで支えてくれた周囲の人達のおかげだ。」

 

 

などと考えるようになったのだ。

 

 

そう、

 

 

誕生日は、自分が生まれてきたこと、

自分がこれまで関わってきた全ての人に

感謝する日なのである。

 

 

この考えに至ったおかげか、

今年は当日は休みをとってたということもあり、

今までの誕生日よりも穏やかに過ごせたような気がする。

 

 

いや、これまでの誕生日もほとんどが素晴らしいものだったのだが、

一度だけ、北海道のとあるゲストハウスに泊まったときに

理由はよくわからないが、オーナーさんから

塩対応(?)をされてしまったことがある。

 

彼は僕が誕生日だということを知らなかったようなので

仕方ないと言えば仕方ないのだが、

今では僕自身も学ぶことが多かった、貴重な経験だと思っている。

 

それは恐らく、彼自身も他者へ過剰な期待をしてしまい

彼自身が傷つくことや、他者を恐れているところがあったからだと思う。

 

宿のトイレに禁止事項というか、

過去の迷惑ゲストへの不満が書いてあったのだが

その内容がなんだか挑発的だったのだ。

あれではお客さんを不快に思わせるだけだろう。

 

↑その宿のチェックアウト後、支笏湖に立ち寄ったのだが

なんだか物悲しい気持ちにもなっていた。

 

 

しかし、実際に自分が民泊のホストだった時に

その時の経験が何度も頭をよぎったのだ。

 

「ゲスト(お客さん)を恐れるあまり、自分もあの時のオーナーと

似たようなことをしてしまっていはいないか?」と。

 

そして、色々と考えた結果、

 

「相手や自分にとって心地よい空間を作るのは、自分の心次第」

「自分が恐れていると、少なからず相手に伝わる」

 

という結論に行き着き、

「お互いに不快に思わずにサービスを提供するにはどうすれば良いか」

それを考える良いきっかけにもなったのだ。

 

 

 

その後は様々な経験を経て、

今の僕は「自分はこういうものだ」と開き直れるようになったし、

ネット上の発信もストレスなく出来るようになった。

 

さらに、「他者の問題は他者の問題」

と割り切れるようになったことで、

他者を必要以上に恐れなくなった。

 

口論はあまり得意じゃないから争いごとは極力避けたいけど、

すれ違う他人にイライラすることは激減したと思う。

 

 

その代わり、手に入れたのは

「全ての人に対する愛情」である。

 

 

見知らぬ他人や遠くの知人がSNS上で幸せにしていると

嫉妬心に駆られず、焦りを感じることもなく、

ただただ「良かったね」とほっこりした気分になれるのだ。

 

 

以前は人間嫌いの部分もあり、

どこか斜に構えていたところがあったものだが、

「全ての人の幸せを願うことが、自分の幸福度を高める」

と思うようになった。

 

 

ただ、自分が嫌いな人に対しても感謝し、愛おしく思うのは

正直、まだちょっと抵抗がある。

 

その場合は、無理にその人のことを考えなくても良いとは思う。

 

でも、その人がいたおかげで反骨精神を覚えた結果、

今の自分があるのなら

むしろ一番に感謝しなきゃいけない存在なのかもな。

 

 

そのような人々にも

いつか心から「ありがとう」と思えるようになれば良いね。

 

 

 

さて、幸運なことに元号が変わる直前、

平成最後の2019年4月に誕生日を迎えることができた。

 

 

これまでのことをまとめると…

今年の誕生日からは以下のことを学んだ。

 

「自分が幸せになるための要望を伝えることで

周囲の人も幸せになれる」

 

「祝ってもらった事実に対してだけではなく、

周囲の人に感謝の気持ちを伝える」

 

「すべての人々に愛を与える」

 

 

与えられる何かを依存的に待っているのではなく、

 

 

自分自身が常に「与える」「返す」精神を持ちながら

自分自身を幸せにしていくことが大切なのだと思った。

 

 

 

僕も、実際に親にメールで

「生んでくれてありがとう」

と送ったのだ。

 

 

ちょっと照れくさかったけど、その一言が全てだ。

 

後悔しないように、言いたいことは言えるときに言っておこう。

 

 

そう思いながら、美しい桜のように儚いこの命を

しみじみと感じたのだった。

 

 

「がちまやー」のススメ

2019年4月1日

 

 

新しい元号が発表されましたね。

 

 

 

 

さっそく「いらすとや」さんが

「新元号を発表する人」のイラストを発表したり

 

 

参考↓

 

 

 

さっそくゴールデンボンバーさんも「令和」という新曲を発表したり

 

 

 

 

 

 

 

それに加えてエイプリルフールだったり

 

 

皆大忙しだ。

 

 

 

また、4月ということで新年度、新学期でもある。

 

 

心機一転して新しいことを始めるには

絶好の時期である。

 

 

 

 

というわけで、僕のブログも…

 

 

 

 

 

新しいタイトルに変えました!!!!

 

 

 

以前は「狐狸の栖-スミカ-と雨呑み者-アミヌミヤー-」

というタイトルだったのだが、

 

 

 

 

新しいブログタイトルは

 

 

 

 

「がちまやーな雨呑み者-アミヌミヤー-」

 

 

 

である。

 

 

言葉として意味が全くわからない…

 

そう思う人も多いことだろう。

 

 

というわけで、せっかくなので

ブログタイトルの意味について説明したいと思う。

 

 

なお、雨呑み者(アミヌミヤー)の意味はこれまでと同じであり、

こちら↓で説明しているので今回は省く。

 

 

 

今回は「がちまやー」という言葉を初めて聞いたという方のために

説明させていただこうと思う。

 

 

 

 

結論から言うと、

「がちまやー」の意味は、「食いしん坊」である。

 

 

「がちまやー」は沖縄の方言(うちなーぐち)であり、

島の中ではかなり一般的な言葉である。

 

 

参考↓

 

 

 

実際問題、僕は「でーじ がちまやー」である。

 

 

 

↑宜野湾市・「ちゃんぷる亭」さんの生姜焼き

 

 

 

つまり、「ものすごく食いしん坊」なのだ。

 

 

 

一人暮らしを始めてから料理はよくするし

いろんなものを作る。

 

 

 
 
 
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最近は自分で作るのが面倒だから、外食もよくする。

 

 

 

 
 
 
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食べ物への興味が半端ないので、

旅をする時はグルメが中心になるし

最近では毎日のようにどこか美味しいごはん屋さんはないか探しているし、

逆に通い慣れたところでも、

これまで頼んだことがないメニューを頼むことが多い。

 

 

 

 
 
 
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ちなみに、これくらい↑の量は朝飯前である。

(さすがにこれはちょっとお腹いっぱいになったかもだが)

 

 

 

それなのに太らないのでびっくりされることも多いが、

僕自身は決して太りにくい体型なのではなく、

食事で気をつけていることが多いかな。

 

 

実質1日1.5〜2食を実践してるし。

 

 

あとは、移動が主に原付きと自転車、徒歩なので

身体を動かす機会が多いのと、

こちらの本↓で紹介されているスクワットを

毎日やっているという感じだ。

 

 

また、僕のブログでもインスタでも、

沖縄を中心に、気に入った飲食店を紹介しているので

気になった方はぜひフォローいただければと思う。

 

 

沖縄では「がちまやー」というと、

単純に「食いしん坊」を意味することが多いだろうが天

 

 

 

僕の場合、「がちまやー」なのは、食べ物だけではないな。

 

 

 

昔からとにかく好奇心も旺盛で、

特に知識欲が旺盛である。

 

 

 
 
 
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↑神田昌典さんのツアーも3年連続で参加した。

 

 

このように、興味を持ったものはしっかり自分で調べたり、

本を読んだりセミナーを受けたりなどして理解を深めながら、

自分自身の中に取り入れたいという気持ちが強いのだ。

 

 

その知識を総合させることで、

様々なことを分析したり、

自分の思考を深めたり、

新しいアイデアを生み出したり、

自分のさらなる成長につながっていくからだ。

 

 

つまり、「知識」に対して「がちまやー」なのである。

 

 

知らないことを知りたい気持ちが強いのだ。

 

 

 

また、自分自身に対しても「がちまやー」である。

 

 

 

 

いや、自分で自分を食うのが好きな

カニバリズムなんじゃなくて…

 

 

「自分自身を知りたい」という気持ちがすごく強い。

 

 

 

もしかしたら自分自身なんて、

一生知ることができないものなのかもしれないが…

 

 

 

 

最近では、自然と一体になったとき、

自分自身が一番あるがままになれると感じる。

 

「自分が今、ここにいる。」ことを実感するのだ。

 

 

そんな体験を通して、自分を表現するための方法を

永遠と探していきたいと思っている。

 

 

要するに、表現方法を

自分なりに色々と試行錯誤していきたいんだよね。

 

 

表現力をいかに高めるか…

その気持ちに対してもすごく「がちまやー」なのである。

 

 

貪欲、という言ったほうがわかりやすいかもしれない。

 

 

本来の「がちまやー」の意味からちょっと逸れている気もするが、

向上心が旺盛だということだね。

 

 

「食欲」、「知識欲」、「表現力欲(?)」

 

 

こういった「欲の数々」が自分自身を表していると思った。

 

 

 

かつてはがっつく傾向がある、

欲まみれの自分を汚らわしく嫌だと思っていたが、

 

 

幸いなことにがっつく僕の周囲には、

まるでおばーの「カメーカメー攻撃」のように

たくさんのものを与えてくれる人々がいるわけである。

 

 

 

 

かつては自己愛が異様に低く、

「自分なんて存在価値がない」

「自分なんて大嫌い」

などと思っていた。

 

 

それに加えて引っ込み思案で、

周囲の人々に対して自分の要求や希望を

うまく伝えられないような奴だった。

 

 

物質的にも精神的にも何かを与えてくれる人がいても、

自分自身には何もないわけだから、

うまく返すことができなくて申し訳なく思っていた。

 

 

しかし、幸いなことに

自分には「生きること」に対しても「がちまやー」だった。

 

 

つまり、生への執着心は異様に強いのだ。

 

 

その気持ちがあったおかげで

自殺や自傷行為など、

自分自身を傷つけ、破壊させる一連の行動を防げたと思う。

(精神的にはだいぶ痛めつけていたと思うが)

 

 

どんな逆境でも乗り越えてみせる…

 

 

数えきれない絶望の中でも、そんな強い気持ちが奥底にあったのだろう。

 

 

「生きること」に対しても「がちまやー」だったのである。

 

 

 

そういうわけで、最近の自分は

自分の中に秘めている

とんでもないエネルギーを誇らしく思うようになり、

 

「自分を正しく愛することこそ、

周囲の人々に対する恩返し」

 

と考えるようになった。

 

 

様々な人々からの愛を受け取ってきたことで、

どんどん成長していく「がちまやー」な自分を

もっともっと愛したいと思ったし

さらに大きく成長させていきたいと思った。

 

 

そうやって僕は

「がちまやーな自分」を恥じることはなくなったのである。

 

 

がちまやーなあなたも

そうでないあなたも

 

 

ぜひ自分が興味をもったものは

とことん突き詰めていってほしい。

 

 

周りの人を巻き込んだってかまわない。

 

 

人は熱意に心を動かされるのだから。

 

 

あなたの欲しいもの、実現させたいことを

どんどん言葉に出して言うことで、

「あなたが欲しい」と思った時に

あなたに手を差し伸べてくれる人は必ずいるはずだ。

 

 

あなたがいることで、周囲の人も一緒に成長するし、

結果として周囲の人々を潤すことにも繋がり、

やがては、世界が良くなることにも繋がるのだ。

 

 

そう考えたら、

あなたが自分自身をもっともっと好きになれるように

まずは好きなこと、興味のあることに対して

「がちまやー」になってみるのも良いんじゃないかな?

 

…と思う。

 

 

 

 

…というわけで、

「がちまやー」の意味を説明したわけだが、いかがだったろうか。

 

 

元々4月になってからブログタイトルを変更しようとしていたし、

新しい元号になっても特に僕は何も変わらない。

 

 

しかし…

ちょうど13年前の同じ時期に

沖縄に来たばかりの自分と、

今の自分とでは、

だいぶ変化があったのは確かだ。

 

 

精神的な面はもちろん、

男性ホルモンも打ち始めたから、身体的な面も変わった。

 

 

過去には苦しんだ時期もあったが

今では自分でしか経験することができない、大きな財産になっている。

 

 

そのおかげで、今は特に裕福でなくても

自分なりに楽しく毎日を送れている。

 

 

もしあなたが辛い思いをしているなら、

その手助けとなれるように、

様々な考えや新しい視点を共有できれば良いな、と思う。

 

 

 

 

というわけで、これからも私、天海夜 煌琉を…

 

ゆたしくうにげーさびら。

 

 

(※↑「よろしくおねがいします。」の意味)

Wixで「完璧じゃない」ホームページ作りました。

タイトルの通りだけど、

今後仕事で必要になると思い、ポートフォリオサイトを作った。

 

 

 

 

正直、自分の「過去の作品」なんて載せても意味あるのか…とも思うんだけど、

現実的に「自分が過去においてしてきたこと」は

自分の人生において大切な一部なわけであり、

それらを否定することはできない。

 

 

そう思って、

「自分自身のまとめサイト」的なものは必要だと感じたのだ。

 

 

まだ準備中のページもあるし、

画像などもまだまだ上げたいものがたくさんあるんだけど

とりあえず人に見せられるレベルまで落とし込んだので公開に踏み切った。

 

 

最近の僕はできるだけ

「完璧」を目指さないようにしている。

 

 

自分ができる限りの力を尽くして、

出来るだけ「早く出す」こと。

 

それが大切だと考えている。

 

 

今までの僕は

「とにかくミスをしないようにしなきゃ」

っていうプレッシャーがあったし、

人から突っ込まれるのを何よりも恐れていた。

 

 

「とにかく人から揚げ足を取られないようにしよう」

「文句言われないような完璧なものを作ろう」

 

 

そればかり考えていたところはある。

 

 

なので、結局頭の中で考えただけで情熱が尽きてしまい、

ついにそのアイデアが日の目を見ることはなかった。

 

 

そんなことも少なくなかった。

 

 

漫画でいうと、キャラクターとあらすじだけ考えて

中身は描かない、みたいな(笑)

 

 

それじゃ人に見てもらえることもないし、楽しんでもらえないよね。

 

 

「こうしてみたらどうだろう?」

というフィードバックをもらうこともない。

 

 

今思えば、

人のアイデアは自分では思いつかないこともあるのだろうから、

「人が反応したくなるもの」を目指していけばよかったのだ。

 

とりあえず描いてみて、途中で飽きたらやめたって全然良いわけだし。

 

 

なので今後は「とにかく行動に移すこと」を重視していきたいと思っている。

 

 

そして、サイトづくりに置いては、

デザインを「いかにシンプルにするか」ということにこだわった。

 

 

以前の僕は「とにかく描き込むこと」に重点を置いていた。

複雑で難解なものが大好きだったから。

 

 

しかし、最近では、「自分の直感」を以前よりも大事にするようになった。

 

 

自分自身も日本各地を旅をしていくにあたって

観光地の飲食店や宿において様々なサービスを受けた。

 

 

その中で、

何が人にとって好まれるのか、

逆に何が嫌がられるのかを考えるようになった。

 

 

その結果…

 

自分のサービスを提供する上では、

 

「わかりやすいもの」

「自分のキャラやストーリーがわかってもらえるもの」

 

こういったものが好まれるのではないか…

 

そう考えるようになったのだ。

 

 

逆に嫌われるのは

 

「サービス提供者の自己満足さがモロに出ている」

 

というものだ。

 

 

実際、ゲストハウスのレビューなどを見ていても、

「宿主の人柄」が大きな影響を与えると思ったし、

ゲストに対するホスピタリティが微妙だと低評価を書かれやすいようだ。

 

 

そういった口コミによって、

「宿主のホスピタリティ」が保証されて安心できるので、

僕自身も「レビューの高い宿」を選ぶ傾向があるのも事実。

 

 

つまりどんなサービスでも

 

「お客様にとってわかりやすいもの」

「つくりはシンプルだけど、素材の良さ、中の人のキャラが感じ取れるもの」

 

それが一番良いと思っている。

 

 

 

その点では、感覚的に操作ができて、

自分の好きなようにサイトが作れる「Wix」って

Webデザインにおいて大きなイノベーションだよなって思った。

 

 

僕はデザインを学んでいるけど、

Webデザインに関しては独学でWordPressを触る上で

ちょっとかじった程度である。

 

 

だからこれまでは、ブログではないサイトを持ちたいと思っていても

思うようなHPを作ることができなかった。

そして結局作らないで時だけが過ぎていく、みたいな。

 

 

しかし、Wixのようなサービスが生まれたおかげで、

Webサイトを作るのにもう面倒な知識はいらなくなったのだ。

 

 

「Webデザインを学ぶなら、一から作れるようにならないといけない。」

というこだわりのある人もいるかもしれないけど、

 

 

そういう面倒な作業は全てプロや機会にまかせて、

自分自身はクリエイティブなこと、

重要な中身に時間をかけるというのも

全然ありだと思うな。

 

 

というか、世の中はだんだんそうなっていくと思う。

要はそれに対して、柔軟に対応できるかどうかだよね。

 

 

細かいことにこだわってやりたいことを実現できずに苦しむよりも、

自分がやりたいことをスピーディに実現するのが良い。

 

そのほうがストレスフリーにもなれるし、

その分、コンテンツの質の高さを上げることが出来るからだ。

 

面白いコンテンツを作ろうと「世界観」にこだわりすぎて、

難しく考えすぎる…なんてことがないようにしよう。

 

 

「世界観」は自分自身が楽しんでコンテンツを作っていけば

自然と築き上げられていくからである。

 

 

 

というわけで、僕のサイト…

 

 

今は「完璧じゃない」サイトだし、

 

僕自身もまだWixを「完璧に使いこなせてはいない」けれど、

 

せめて「完璧じゃないけどこのサイトは見ていて楽しい。」

 

と思っていただけるようになるために

 

充実した内容を充実させるべく、徐々に作り上げていこうと思う。

 

 

 

 

どうぞ今後とも温かく見守ってくださいませ。