Wixで「完璧じゃない」ホームページ作りました。

タイトルの通りだけど、

今後仕事で必要になると思い、ポートフォリオサイトを作った。

 

 

 

 

正直、自分の「過去の作品」なんて載せても意味あるのか…とも思うんだけど、

現実的に「自分が過去においてしてきたこと」は

自分の人生において大切な一部なわけであり、

それらを否定することはできない。

 

 

そう思って、

「自分自身のまとめサイト」的なものは必要だと感じたのだ。

 

 

まだ準備中のページもあるし、

画像などもまだまだ上げたいものがたくさんあるんだけど

とりあえず人に見せられるレベルまで落とし込んだので公開に踏み切った。

 

 

最近の僕はできるだけ

「完璧」を目指さないようにしている。

 

 

自分ができる限りの力を尽くして、

出来るだけ「早く出す」こと。

 

それが大切だと考えている。

 

 

今までの僕は

「とにかくミスをしないようにしなきゃ」

っていうプレッシャーがあったし、

人から突っ込まれるのを何よりも恐れていた。

 

 

「とにかく人から揚げ足を取られないようにしよう」

「文句言われないような完璧なものを作ろう」

 

 

そればかり考えていたところはある。

 

 

なので、結局頭の中で考えただけで情熱が尽きてしまい、

ついにそのアイデアが日の目を見ることはなかった。

 

 

そんなことも少なくなかった。

 

 

漫画でいうと、キャラクターとあらすじだけ考えて

中身は描かない、みたいな(笑)

 

 

それじゃ人に見てもらえることもないし、楽しんでもらえないよね。

 

 

「こうしてみたらどうだろう?」

というフィードバックをもらうこともない。

 

 

今思えば、

人のアイデアは自分では思いつかないこともあるのだろうから、

「人が反応したくなるもの」を目指していけばよかったのだ。

 

とりあえず描いてみて、途中で飽きたらやめたって全然良いわけだし。

 

 

なので今後は「とにかく行動に移すこと」を重視していきたいと思っている。

 

 

そして、サイトづくりに置いては、

デザインを「いかにシンプルにするか」ということにこだわった。

 

 

以前の僕は「とにかく描き込むこと」に重点を置いていた。

複雑で難解なものが大好きだったから。

 

 

しかし、最近では、「自分の直感」を以前よりも大事にするようになった。

 

 

自分自身も日本各地を旅をしていくにあたって

観光地の飲食店や宿において様々なサービスを受けた。

 

 

その中で、

何が人にとって好まれるのか、

逆に何が嫌がられるのかを考えるようになった。

 

 

その結果…

 

自分のサービスを提供する上では、

 

「わかりやすいもの」

「自分のキャラやストーリーがわかってもらえるもの」

 

こういったものが好まれるのではないか…

 

そう考えるようになったのだ。

 

 

逆に嫌われるのは

 

「サービス提供者の自己満足さがモロに出ている」

 

というものだ。

 

 

実際、ゲストハウスのレビューなどを見ていても、

「宿主の人柄」が大きな影響を与えると思ったし、

ゲストに対するホスピタリティが微妙だと低評価を書かれやすいようだ。

 

 

そういった口コミによって、

「宿主のホスピタリティ」が保証されて安心できるので、

僕自身も「レビューの高い宿」を選ぶ傾向があるのも事実。

 

 

つまりどんなサービスでも

 

「お客様にとってわかりやすいもの」

「つくりはシンプルだけど、素材の良さ、中の人のキャラが感じ取れるもの」

 

それが一番良いと思っている。

 

 

 

その点では、感覚的に操作ができて、

自分の好きなようにサイトが作れる「Wix」って

Webデザインにおいて大きなイノベーションだよなって思った。

 

 

僕はデザインを学んでいるけど、

Webデザインに関しては独学でWordPressを触る上で

ちょっとかじった程度である。

 

 

だからこれまでは、ブログではないサイトを持ちたいと思っていても

思うようなHPを作ることができなかった。

そして結局作らないで時だけが過ぎていく、みたいな。

 

 

しかし、Wixのようなサービスが生まれたおかげで、

Webサイトを作るのにもう面倒な知識はいらなくなったのだ。

 

 

「Webデザインを学ぶなら、一から作れるようにならないといけない。」

というこだわりのある人もいるかもしれないけど、

 

 

そういう面倒な作業は全てプロや機会にまかせて、

自分自身はクリエイティブなこと、

重要な中身に時間をかけるというのも

全然ありだと思うな。

 

 

というか、世の中はだんだんそうなっていくと思う。

要はそれに対して、柔軟に対応できるかどうかだよね。

 

 

細かいことにこだわってやりたいことを実現できずに苦しむよりも、

自分がやりたいことをスピーディに実現するのが良い。

 

そのほうがストレスフリーにもなれるし、

その分、コンテンツの質の高さを上げることが出来るからだ。

 

面白いコンテンツを作ろうと「世界観」にこだわりすぎて、

難しく考えすぎる…なんてことがないようにしよう。

 

 

「世界観」は自分自身が楽しんでコンテンツを作っていけば

自然と築き上げられていくからである。

 

 

 

というわけで、僕のサイト…

 

 

今は「完璧じゃない」サイトだし、

 

僕自身もまだWixを「完璧に使いこなせてはいない」けれど、

 

せめて「完璧じゃないけどこのサイトは見ていて楽しい。」

 

と思っていただけるようになるために

 

充実した内容を充実させるべく、徐々に作り上げていこうと思う。

 

 

 

 

どうぞ今後とも温かく見守ってくださいませ。

これからは「こだわり」を捨てて「直感」と「自然体」で生きる時代

また一冊の本を読み終えた。

 

もしかしたら、岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」に続き、

人生のバイブルになるんじゃないかって思えるくらいの本と出会った。

 

 

 

それは、足立幸子氏による「あるがままに生きる」だ。

 

 

僕はこの書籍を読んだ時、

身体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。

 

「波動を上げる」だの「人は誰でも超能力者」だの

「脳はろくなことを考えない」だの

「ぼーっとしているのが良い」だの

著者が語っていることは一見斬新なように思えるのだが、

自分には通じるものがあったらしい。

 

 

「まさにこれまでの自分が触れてきたもの、学んできたことの集大成だ」

と思ったのだ。

 

 

それくらい自分にとって、どんな有名な書籍よりも

ネット上で売られているセミナー動画やメルマガなどよりも

すんなり受け入れられやすいと言うか、しっくりくる内容だったのだ。

 

 

逆に自分がもっと若い頃にこの本を読んでも、

ピンとくるものがあったかどうかわからない。

 

この本と出会ったのは、出会うべくして出会ったんだな、という印象だ。

 

今、僕が情報をとっている中で、様々な人が言っていること、

この本の中でそのすべてが語られているのだ。

 

いわば、「まとめ」的な存在。

 

もはや10年前の本とは思えないくらい。

もうこの本さえあれば他に何もいらないのでは?と思ったほどだ。

 

それくらい、なんというか、自分と波長が合う気がした。

 

 

だからかえってブログでは何も語りたくないのだ。

 

 

なので、とりあえずの感想としては、

「波動を上げる」ように精進していこうと思った。

 

 

 

「波動を上げるってなんだ?」

と思った方もいるかもしれない。

 

 

一応僕なりに説明しておくと、

僕自身はこの言葉を、

自分自身が「宇宙」に近くなることだと解釈している。

 

 

 

まだよくわからないよね(笑)

 

 

 

要するに、「自然と一体になって生きる」ってことで良いと思う。

 

 

 

もし何かに迷ったら、「自分の心」に聞くのが一番じゃないかなって思うんだ。

 

誰かの意見よりも、情報よりも、自分自身の「直感」を大切にする。

 

その直感がより鋭くなるように、日頃から「直感」を鍛えるようにする。

 

お出かけ先を選ぶにしても、飲食店でメニューを選ぶにしても、

できるだけ「情報」ではなく「直感」で物事を選択していくようにする。

 

 

書籍の内容として伝えられるのはこれくらい。

 

 

基本、僕は「感覚的に生きてる妖怪」で、

直感として「なんとなく」で感じてしまうので、

言葉にするのが難しい。

 

だから、足立氏の言葉を、「なんとなく」実践していくことで、

その姿を皆さんにお伝えできればと思った。

 

 

その代り、「波動をあげる三つの条件」として
著者が以下3つのことを挙げているので、
参考にしていただければと。

 

①あらゆるこだわりを取り除く

②行動に移す

③深い部分の自分(神我・真我・本当の自分)が望んでいることをやる

 

それぞれについては作中で詳しく説明しているので、
気になる方はぜひ読んでみてほしい。

 

 

要するにこれらも簡単にまとめると、

 

「こだわりを捨てて、自然体で生きろ」ってことだ

(…と僕は解釈している。)

 

 

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僕の場合の「こだわり」というのは

「執着」とか「完璧主義」だと思っている。

 

 

過去や特定の人物に対する恨みつらみだとか、

仕事でも創作でも完璧にやらないと気がすまない質で、

逆にそれが自分にストレスを与えてしまっていた。

 

 

マナー違反をする人、デリカシーのない人に対して

蔑視してしまうところがあるけれど、

よくよく考えたらだね、

「それって自分にとって本当に大切なことなのか?」

とも思うようにもなったし。

 

 

そのことにようやく、最近になって気がついたのだ。

 

 

 

 

「物」に対する執着もすごかったと思う。

「これがなくなったらどうしよう」という脅迫めいたものがあるんだろうね。

 

確かに、お金やカード関係は慎重に扱っているけども。

 

今は「必要なものだけあればよい」という考えになって
余計なものを買わなくなった。

 

むしろ「買いたい」欲よりも
「捨てたい」「手放したい」欲の方が強いように思う。

 

有形のものよりも、目に見えない「無形のもの」に価値を感じるようになった。

 

 

…それが僕のここ数年で実感している、自分の中の大きな変化だな。

 

 

ちなみに、この書籍の中で

足立氏は「やがて医者などはいらなくなる」というようなことを言っているのだが、

 

この部分を読んだ翌日、僕はこのような記事を目にした。

 

 

もしかして、「引き寄せ」ってこのことを言うのかな…?

 

「医者がなくなる」

 

ぶっちゃけ、未来のことだから「わからない」のだが、

実際、その可能性はなくもないと思う。

 

10年も前の本なのに、将来を見通せる人はいるんだなって。

 

 

ちなみに、高学歴者の多い職業・取得の難しい資格の職業がなくなるという現実が

実際に待ち受けているのかどうかはわからないが、

何かしら動いていたほうが良いことは事実。

 

 

だってこれからは、一人ひとりが「自然体」で生きる時代になるからだ。

 

もう古い価値観が塗り替えられて、
今後は皆が一人一人あるがままの自分で生きられるようになって、
自分をもっと出していい世の中になっていくんだ。

 

なので、お子さんをお持ちの方は、

どうか子供の安定を優先するのではなく、

「子供が心から夢中になれること」

を優先させて応援してあげてほしい。

 

 

そういえば、僕が中学の頃(2000年台前半)に

「真面目な子が殺人を犯してしまう」

というニュースがよく話題になっていた。

 

 

僕の中学では有志?による寸劇が行われたほど、

当時は深刻な問題だったと記憶しているし、

「自分もそうなってしまうのでは?」という恐怖を抱いていた。

 

 

対人恐怖だったけれど、自分自身が一番怖かったのかもしれない。

 

 

今思えば、そうした事件ってきっと

威圧的な世の中に対してエネルギーを反発させた

「良い子」たちの反乱だったんだよね。

 

 

自分が壊れてしまわないように、自分自身の人生を楽しむには、

「自然体で生きる」

「人に良い顔をするのをやめる」

「出来る人・完ぺきな人を演じるのをやめる」

これしかないんだよ。

 

ありのままの自分で、やりたいことをやること。

自分自身に「もっと気楽に生きていい」って許しを与えること。

 

自分の中にあるエネルギーを抑圧させちゃダメだ。

 

そのエネルギーって自分自身が思っている以上に

ものすごいものなんだよ?

 

だから、抑圧すると何かしら病気になる。

 

 

それでも、今も減らない自殺率。

 

 

もう世の中に期待したって仕方がない。

 

他人を変えることは出来ないからだ。

 

「自分自身が変わらない限り、何も変わらない。」

 

 

だから僕はもう無難な「良い子」であることをやめた。

 

 

たとえどう思われようが、

変人として、周囲の人に何かしらのメッセージを与えられる存在になる。

 

 

それが皆にとっての「良い未来」に繋がると信じているからだ。

 

 

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さて、今後もコリュのブログでは、

私コリュのような「変人」「妖怪」をたくさん生み出せるよう、

人生のヒントになる情報をたくさん伝えていきます。

 

 

もし今後もブログの更新情報や哲学、人生のちょっとしたヒントを受け取りたければ、

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レッツゴー変人。

音楽の断捨離、始めました。

愛用しているiPodから楽曲をごっそり削除した。

 

 

最近の僕はCD至上主義じゃなくなってきたので、
CDはわりと聴いたらすぐに手放す(もしくはその予定になっている)んだけど、
集めてきた音楽データだけはどうしても大切だ。

 

↑※ちなみにこちらは自分のCDではない。
かつて訪れたことがある那覇市内のとある音楽バーのもの。
 

 

かつてはダビングしたテープやMDをごっそり捨てたこともあったけれど
やっぱり思い出の曲、好きな曲もたくさん入っているから名残惜しいではあった。
それでもまたレンタルすれば良い話だから別に良いやと思えるようになった。

 

なので、iPod上の音楽を減らして軽くするという作業も
かなり抵抗があったんじゃないかと思う。

 

音楽ファイルって結構容量食うんだよね。
その割にはそんなにたくさんの曲を聞くわけじゃないし、
重いデータを持ち歩くのもナンセンスだなと思ったのだ。

 

自宅で音楽流しっぱなしにするならiTunesを利用するし、
もはやにiPodに入れておく必要がほとんどなくなってきた。

 

新しい音楽を発掘したい時はYouTube流しっぱなしにすればよいし。

 

自分が本当によく聞くアーティストだけ残すことにした。

 

というわけで今は合計で5、6組くらいしか入れてない。
これが今後さらに減るかもしれないけど。

 

ちなみに個人的レジェンドであるバンド、
蜉蝣、D’espairs Ray、ギルガメッシュは残してある。
全部解散してしまったV系バンドだけど、
この3組のデータを消すことはないかな。

 

せっかくなのでこの3組の音楽をちらっとご紹介しよう。

 


↑蜉蝣

 


↑D’espairs Ray

 


↑ギルガメッシュ

 

 

あーーーーーーー本当に解散したのが惜しい3バンドだ。

蜉蝣の大佑さんに関しては亡くなっているから余計悲しいのだけど、

一方で切ない楽曲を聴くたびに前を向きな気持ちも湧いてくる。

 

他の楽曲も、ちょっとでも気になったら聴いてみてね。

 

 

 

さて、布教活動はこのくらいにして…。

 

 

僕自身、本当に好きな音楽以外はGoogle Playから聴きたい時に聴けば良いと思ってる。

 

 

5万曲まで無料でクラウド上に音楽を保存できるみたいだから
無料だけでも全然余裕。

 

 

クラウド上に仮にアクセスできなくなっても元の曲はiTunesにあるので全く問題なし。
大切なファイルは必ずバックアップを取るか、同じものを残しておく。これ鉄則。

 

昔は本当に捨てられない人間だったけど、
今は自分のスペックに合わせて、
身の回りのものをどうするのがベストかを考えるようになってきた。
基本面倒くさがりなのでまだまだ実行できてないことも多いけど。

 

今の所Wi-FiとiPod、携帯の2台持ちで何ら問題ない。
スマートフォンにあまり興味が無いらしい。

 

今使っているWi-Fiルーターは無制限の使い放題だけど
もっとデータの量が少なくても良いと思えるようになってきた。
アパートはネットが通ってるし昨年と比べて旅行や遠征に行く機会も減ったしね。

 

今はレンタルだけど昔使ってたWiMAXにSimカードを使おうかとも検討中。
契約して実際使えないと困るからテストする必要もあるけど。

 

 

物もデータもたくさんあったほうが安心ではあるけど、
省けるものは省ける。

 

たくさん持っているとやがて気づくんだよね。
意外といらないってことが。

 

そういう体験を積み重ねていくうちに、
いる、いらないの選別が昔よりも出来るようになってきた。
実際に捨ててしまって困ったものはあまり無いように思う。

 

 

物に執着しない。大切なのは自分自身。

その感覚が当たり前になってくると良いな。

 

 

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↑群馬県の「伊香保おもちゃと人形自動車博物館」で撮影したキューピーとブースカ。

かつてはこういうコレクションし始めると完璧を目指すタイプだったけれど

もうそんな悩みをしなくて良いかもしれないな。

だからこそ博物館という存在が、より価値のあるものになっていく気がする。

 

 

…さ~音楽の次はインスタのフォロー整理をせねば。

(↑※アプリの連携でいつのまにか知らない外人フォローしまくっていた奴。

皆さんも気をつけよう!!)

人生は至ってシンプル〜「やりたくないこと」「自分を責めること」はしない〜

「心の声」とか
「内なる自分」とか

よく言うけれど、

 

自分の本音に素直になることは大切。

 

というか、人生というものはいたってシンプルで、
「やりたくないこと」をやらないだけで良いのかもしれない。

 

夢リストを書こうとか「やりたいこと」を明確にしようとか
それももちろん良いのだけど、
「やりたいこと」に目を向けてしまうといっぱいいっぱいになってしまうし、
結局「やりたいこと」が「やらなきゃいけないこと」になってしまったら
ストレスになってしまう。

 

そうならないよう、
「やりたくないこと」を意識していくことが肝心。

 

急にライフスタイルや考え方を変えるのはなかなか難しい。

 

現に、抱えている仕事を「やるな」「やらなくて良い」と言うと
無責任で非現実的なように感じてしまう人もいるだろう。

 

 

それならば…

例えば

(自分)「今皿洗いをするか。」

(自分)「いや、今は疲れているからしない。」

(自分)「そうか…今日も遅くまで仕事だったもんな。今日は早く寝よう。」

 

 

…といったように、別に今サボっても他人に多大な迷惑をかけなくて済むような個人的なことなど、
自分の中での小さな選択や判断を一つ一つ大切にしていく。

自分の心の声に問いかけていくんだ。

 

 

これくらいなら誰でも出来るはずだし、
逆にこれが出来ない、つまり「やりたくない」という自分の声に蓋をして
「いや、今すぐやらなきゃ!」という状態になってしまうであれば余裕がない証拠だろうし
場合によっては鬱傾向にあるなど危険な状態だと気づくことも出来る。

 

基本的に人は変化を嫌い、安定を望むもの。

 

本当に自分を労りたいのなら、
急に楽な世界へ自分を突き動かすよりも、
自分が出来ることを徐々にやっていけば良い。

 

それならばストレスも少ないはずだ。

 

 

自分の心の中に小さなうさぎを飼っているとでも思えば良いんだ。

 

 

そのうさぎが病気にならないためにはどうすれば良いか?

そのほうがわかりやすいかもしれない。

別にうさぎじゃなくて猫でも犬でもハムスターでもスベスベマンジュウガニでも良いけど。

 

自分なんてどうなっても良いと思っているような心の優しい人は、

可愛いペットを蔑ろに扱いたいとは思わないだろうし。

 

 

それから、休日をただ寝るだけで過ごしてしまう人も多いかと思う。
好きなテレビや動画やゲーム、まとめサイトをダラダラ見続けてしまうなど。
僕も未だによくやる。

 

そんな時は
「またやってしまった」とか
「自分はダメだな」とか
「どうしていつもこうなんだろう」とか
自分を責める人もいるはず。

 

せっかくの休日なのに
これではストレスが溜まるばかりだ。

 

もし時間を無駄にしてしまったと感じるのであれば

 

「自分には休息が必要だった」とか
「癒やしが必要だった」とか
「吸収できる何かが必要だった」とか

 

自分にとって気楽な考え方、
自分の都合の良い考え方をすれば良い。

 

発信している人であれば
その時に感じたことをブログなりTwitterに書いても良いし。

生きてりゃ何でもネタになるからね。

 

自分を気持ちよくさせるのも
いちいち自己嫌悪に陥るのも
結局は自分の考え方次第。

 

無意識のうちに自分を責めてしまっているなら

まずはそれに気づくこと。

 

そして「自分を苦しめる考え方をしない」ことから始めてみよう。

 

それに慣れてきたら

「自分が嫌だと思うことや、気が乗らないことをしない」ことを選びつつ、
「自分にとって優しい考え方をする、自分がやりたいことだけをやる」

そんな生き方をしていけば良いんじゃないかな。

 

 

無理をせず徐々に習慣にしていって、自分にとって楽な生き方を見つけていこう。

ツイ廃脱出したら気が楽になった

最近ではTwitterよりもInstagramのほうがやりやすいと感じるようになった。

 

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元はと言えば僕もかなりのツイ廃だったように思う。

 

 

 

「廃墟」萌えはするけど、

「廃人」萌えはしないしなー。

 

自分が廃人になったところで何も得しないよなー。

 

ていうのもあるし(本当かよ)

 

何もしなくても面白い情報が流れてくるから、
気づけばずっとTwitterを眺めているということも少なくなかった。

 

ビビリだからさすがにエゴサはしないけど。

 

Twitterはニュースや興味のある人の情報を知るのには一番早い。
その点では良いのだけれど、最近はあまり見ていない。

 

人の意見を手軽に見られるのは良いし、
価値観が合う人の意見を見て安心感を得たいというのもある。

 

何万人にもRTやいいねされるような、面白い内容のものもあるし。

 

ただ、色んな人の呟きを見ていると、
まるで騒音の中にいるような気分になってしまうことがあった。

 

リラックスしている時でも、疲れの抜けない感じが残ってしまう。

 

さらに、この「黙っていても情報が流れてくる」ことも問題がある。

 

「今日はどんな呟きが見られるだろう」なんて
自然と思うようになってしまうから、
どうしてもテレビと同じで受け身体制になってしまうんだよね。

 

テレビは地デジに切り替わってから捨てたし、
ゲームもしなくなった。

 

よくよく見たらテレビもつまらないものばかりだし、
ゲームも気づけば何時間もやってしまうことも多かったし、
テレビっ子も脱出できた点では良かったのだが、
僕の場合、それがネットに移行しただけのようにも思う。

 

Twitterやまとめサイトなどもたまに見る程度なら良いのだが、
気づいたら時間が経ってしまうくらいのめりこんでしまう。
そんなことがあった。

 

そうすると、他のことに時間が使えなくなる。

 

目の前の「情報」に気を取られてしまい、
自分が本当に何を感じているのかがわからなくなってしまう。

 

 

それがいけないと感じたのだ。

 

 

だから、出来るだけ情報断捨離をして、
極力必要のないものをだらだらと見ないようにすることにした。

 

そうやって徐々に距離をおいていったんだ。

 

 

するとどうだろう。

 

 

余計な情報を得なくなった分、
自分の中の気持ちや考えに焦点を当てられるようになった。

 

 

むしろTwitterをやっていると、
TLの空気感を気にしてしまうところがあるから、
気を使った発言をしなくちゃいけない、
でないと誰に拡散されて影で何を言われるかわからない、
いつ誰にクソリプされるかわからない、
そんな緊張感が生まれてしまう。

 

どうしても人から嫌われることを恐れてしまう性格だったから、
それでは結局のところ実際の人間関係とあまり変わらない。

 

 

一方、Instagramはマメに発信しなきゃいけないという義務感もないし、
マイペースで出来るのが良いなと感じた。

 

 

自分で撮ったもの、作ったものを誰かに見てもらいたいという気持ちも生まれるから、
自発的な発信にもなりやすいしね。

 

それに、Instagram自体がアートよりの媒体だから
詩的な文章とかちょっと長めの文章とかも載せられる。

 

ブログのサブ的なものとして考えたら
わりとフランクに使っていける気がした。

 

ハマりすぎずにゆるく付き合っていけるInstagramが、
一番性に合っているのかもしれない。

 

 

とは言え、Twitterにも良い面はあるし、
もちろんFacebookも然り、LINEも然りでそれぞれに特化した部分がある。

 

それぞれの特性を活かしながら、
自分というものを表現していけたら、
発信も楽しくなってくるんじゃないかな、と思った。

 

 

少なくとも廃人からは脱せたことと、
「フォロワー数」からの呪縛から開放されたことは
僕にとっては大きな救いだ。

 

今ではTwitterも、一日のうちに数分チェックする程度。

見逃した情報があったとしてもそれはそれで構わないし、

最低限必要なものに目を通すだけで十分だと感じた。

 

 

とりあえず、Instagramでは好きなものや面白いものを
写真やイラストなどの一枚の絵にして、どんどん発信していこうと思う。
Twitterは今のところ日々のメモと更新情報が主かな。
Facebookはリアルな友人や知人に、自分のことを知ってもらうことがメイン。
LINE@は登録者さんだけに秘密の情報も教えたり、
登録者限定の企画をやったりしたい。

 

 

ネットには色んな情報が溢れているけれど、
出来るだけ自分にとって必要な情報だけを取るようにできたら、
自分の貴重な時間を、クリエイティブな時間に使っていけるのではないかと思う。

 

 

自分には何が足りなくて、
今の生活に何をプラスするのか

 

そんなことよりも、

 

マイナスの美学をとことん追求して、
よりシンプルな自分のあり方を模索してみよう。