むやみに敵を作らずに、人から嫌ってもらえる方法

何かしら発信をしていると、あなたの思想や個性が色濃く反映される。

 

 

毒々しければ毒々しいほど、強烈な個性となるし、
より魅力的な人物像が浮かび上がってくる。

 

そのため、あなたの価値観に似ている人は寄ってくるし、
合わない人は自然と離れていくか、
最初からフォローすらもしてこないはずだ。

 

人間関係とは本来そうあるべきで、よっぽど特別な関係性でない限り、
「ずっと一緒」という方がむしろ不気味だとさえ感じるようになったのだ。

 

世の中では会社に勤め始めたら、長年同じ会社に勤めている人が多数いるかと思う。
結果、会社の人とも長い付き合いになるのだろうけど、
その人達って、あなたが本当に心から付き合いたいと思える人間なのだろうか?

 

それならそれで構わないのだけれど、
本音を言えない関係性の人間と長年付き合ったところで、
その人にとって「本当の幸せ」が手に入るのかどうかはわからない。

 

皆、「もっとああしたい」「こうしたい」という欲求があったとしても、
どこかしら妥協してしまっている部分はあるんじゃないかな。

 

まぁ本当に幸せだと思っているなら、別に良いんだけどね。

 

 

 

僕は最近、こう考えている。

 

人間はそもそも嫌われて生きることで、
自分の幸せを掴むことが出来るのではないか…。

 

国や文化によって一見「正しく」捻じ曲げられた人格ではなく、
自由に生きることが、ほんとうの意味で「正しい」人間のあり方なんじゃないかって。

 

そのためには自らの好き嫌いや、
やりたいことやりたくないことをハッキリさせることで、
自分自身が生きやすくなるはずだ。

 

 

ただ、嫌われた方が良いとは言え、むやみに敵を作ることは推奨しない。

 

 

しかし、人間だからどうしても誤解をさせてしまうことはあるし、
いくら言葉に気をつけて、人に気を使った生き方をしていても、
言葉の表現に寄っては意図していない人を傷つけてしまう可能性もあるから、
難しいところでもあるのだけど。

 

 

一番厄介なのが、ファンがアンチになってしまうケースである。

 

 

大好きだからこそ失望した時に嫌いになってしまうのだろうが、
元々自分のことを嫌いだった人よりも自分に対して詳しい分、
足を引っ張る可能性だってあるわけである。

 

 

僕も自分の弱さ、そしてコミュニケーションのとり方がわからないということもあり、
人の気持ちを考えないことを言ってしまったことが多々あると思う。

 

 

それを後悔し始めたらキリがないのだが、
過去のことは過去のことだし、
後悔したって現実が変わるわけじゃないんだからもう仕方がない。

 

 

それに、そんな言動をしてしまったのだって、
中途半端に他人に好かれようとしてストレスもたまっていたから、
ちょっとしたことでキレたり、爆発したり、
もうどうでも良いと思って理解不能な行動に走ったりしてしまったのだろうし。

 

 

そう考えたら、

「誰かの顔色を伺って生きる」ことは

害悪でしかないと思うのだ。

 

 

それならばもういっそのこと開き直って、
最初から「好かれよう」という気持ちを捨ててしまったほうが良いのではないかと思う。

 

中途半端に好かれようとするから、
何か相手の意に反するような言動をした時に、
相手へのダメージも大きくなってしまうのだろう。

 

もう、「自分はこういう人間なんだ」って開き直ってしまおう。

 

それならば人から期待をされることもなくなるし、
相手の都合で失望されてもダメージが少ない。

 

 

つまり、あえて嫌われるようなやり方をする。

 

 

かっこよく自分を見せようとしない。
かっこ悪い、最低な自分を曝け出すことを恐れない。
誰かに気を使ったような、中途半端な湾曲的な表現はしない。

 

 

開き直るんだ。

 

「そういう発言をすると、不快に思う人がいるんです!」
というのは、何かしら発信をしている人にとってよく見受けられるクソリプの類だろう。

 

それが納得できる内容であれば、受け入れる必要もあるのかもしれないけど、
大抵は「知らんがな。」となるだろう。

 

あくまでも今の自分で見ている世界で物事を語っているだけ。
全てを知ろうとして、全ての人に納得してもらえる表現をしようと思ったらキリがないし、
そもそも誰からも嫌われない方法なんて、絶対に無理がある。

 

 

人間の可能性は無限大だけど、断言する。
この「誰からも嫌われない」事象に関しては、絶対に無理だ。

 

でないと、世の中の人間が全員同じ考えの人間となってしまうし、
それは、学校や会社で他者から強制された人間や価値観と同じで、
不自然で気味が悪い現象なんだよ。

 

「世の中には、自分と異なる意見や考えの人もいる。」

 

それを受け入れた上で、

 

「自分は無知で愚か者。」

 

「だからこそ言葉を発する意味がある。」

 

そう思うこと。

 

 

でないと、何も行動を起こせない。

 

 

誰かの顔色を伺うことなく、自らの信念を主張していくことで、
自分の言葉を必要としてくれる人に伝わる。

 

 

もう、年収やフォロワー数などの「数字」で勝負する時代は終わった。

 

 

今は、どれだけ自らを開示できるか、
誰に自分の言葉を届けられるか。

 

 

量より質へ転換する時代だと考えている。

 

 

属性とか立場とかそんなの関係なしに、
中途半端に他者に気を使ったり、
他者から攻撃されることをむやみに心配したり必要もなく、
皆思ったことを言えば良いんじゃないかな?

 

 

その方が、「生きている」実感が湧いてくるはずだ。

 

 

少なくとも僕は、本音をぶつけている発信をし続けている限り、
自分の中に湧き上がってくるエネルギーを感じている。

 

 

それは、表面だけ取り繕った今までの生き方では、
絶対に得られることはなかっただろう。

 

 

 

というわけで、僕はこれからどんどん様々な経験と出会いを通して、
学びながら成長していくだろうし、
どんどん嫌われてもいくと思う。

 

 

 

それが自分の「正しい」あり方だから。

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