誰にも真似できない、「絶対的な存在」になるためには

コリュにちはお日柄もよく…

 

天海夜 煌琉だよ。

 

 

 

「インスタ映え」って言葉、流行ってたみたいだね。

 

 

 

 

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雨呑家(@koryu_aminumiya)がシェアした投稿

 

↑自分のアカウント載せておくが、

写真はKOI Theさんで買ったタピオカドリンク。

ドリンクの味が甘すぎるティースタンドが多い中、

甘さと氷の量が調整できるのは素晴らしいと思った。

 

 

 

ところが、「インスタ映え」は、もう死語になりつつあるってさ。

 

 

言葉の移り変わりって、花のように儚いものだね。

 

 

 

 

…などと詩人ぶってみるのである。

 

 

 

というか、インスタ自体が以前に比べたら

下火になりつつあるな、とは確かに思う。

 

僕自身、最近ではあまりインスタにも投稿しなくなっちゃったし。

 

 

なぜかって?

 

それはね…

 

 

写真を加工するのが面倒くさいからだ。

 

 

 

ただそれだけ。

 

とはいっても完璧に辞めるつもりはなくて、

たまにちょっとした日記として投稿することはあるけどね。

それならストレス無くできるし。

 

でも今ではインスタの主な使いみちは、

犬猫の動画を眺めるためにやってるようなものだよ。笑

 

 

 

それに、僕自身がインスタをやっていて、

そして、さらに色々な人の投稿や

Instagram社の対応(「いいね!」の数字を非表示にするなど)

…などを見ていて思ったことなのだけど…

 

 

個人的に、お洒落なものは好きだけど、

自分自身が生み出し続けるには、限界があるなと思った。

 

 

なぜなら、お洒落を追求するということは、

いつもの自分よりちょっと背伸びした状態を続けるということである。

 

 

そこで、今回のテーマである

「誰にも真似できない絶対的な存在になるためには」

ということが関係していくのだが…

 

 

SNSで必要以上によく見せるなど、

無理している状態が自分自身にとってよくないというのは

もちろんのことなのだが、

 

「綺麗なだけの写真」を投稿するだけでは意味がない。

 

とも感じるようになった。

 

 

 

なぜなら、

 

コンテンツは真似されるし、複製されるからだ。

 

 

悲しいことだが、

実際ミュージシャンにしろ絵師や漫画家にしろ

「自分の作品が知らないところでネットに上げられていた」

などということは、避けられない状況になってしまっている。

 

 

しかし、世の中(というかネット上)がそんな状況だからこそ

たとえ他者からそんなことをされたとしても、

「絶対に干ばつになることがない土壌」を

耕しておく必要があるなと思っているのだ。

 

 

つまり、他者の介入や悪質な違反行為、嫌がらせにも

全く動じない強固な自分の基盤を作らなきゃいけないと思った。

 

 

それが「絶対的でオリジナルな存在」になることだと、思うのだ。

 

 

たとえば、綺麗な写真が撮れることで有名なスポットがあるとしよう。

 

 

しかし、そこは有名すぎるため、

自分がいくら綺麗に写真を撮ったところで、

同じような写真を撮る人が幾人もいるわけだ。

 

 

もしかしたら、あなたの使っているスマホのカメラよりも

さらに良い性能を持った機種を使って、

撮影している人もいるかもしれないし、

 

そもそもの話、同じスポットを撮ったところで、

カメラを趣味にしている人やカメラマンには敵わないだろう。

 

 

 

しかし、そこで「自分には無理だ」と嘆く必要はない。

 

 

 

あなたがするべきことは、他人と競争することではない。

競争や他人との比較はそれこそ毒で、

SNS疲れを引き起こしてしまうだけだろう。

 

 

そうならないためには、

 

決して誰にも真似できない、体験できないもの。

 

 

つまり、「あなたにしか生み出せないもの」を大切にして、

発信していけば良いと思うのだ。

 

 

 

それは具体的に何かと言うと…

 

 

「あなた自身」である。

 

 

 

もっと詳しく言うと、

 

「あなた自身の物語」である。

 

 

 

例えば、何人かが同じスポットを撮影したとして、

ただ写真があるものと、

何らかのエピソードやその時に考えたことを

一緒につけるのとでは、どう違うだろうか。

 

 

 

ある人にとっては

「恋人との絆を深めあった思い出の場所」かもしれないし

 

ある人にとっては

「久しぶりの友人と楽しく時間を過ごした場所」かもしれないし

 

ある人にとっては

「めったに取れない連休のなか、家族と一緒にかけがえのない時間を過ごせた場所」

かもしれない。

 

 

これだけでも三者三様である。

 

 

つまり、

そのスポットを訪れた人にも

それぞれに様々な物語があるということだ。

 

 

それは、どんなに技術のある人でも、決して真似できないことである。

 

 

その思いや過程は、単なる「インスタ映え」を目指すよりも

ずっと大切にすべきものなのだ。

 

 

 

 

 ↑同じ花を見ても、これだけ多くの解釈や物語がある。

 

 

それに、もう一つ、

「絶対的な存在」になるために知っておきたいこととして、

 

コピーや模倣は誰にでも出来る。

 

ということだ。

 

 

流行りだからといって皆の真似をしていても仕方がないし

有名ミュージシャンになりたいのに、

いつまでも有名曲のカヴァーばかりしていたって仕方がない。

(もちろん、カヴァーを主なスタイルとしている方々もいるだろうが)

 

 

大切なのは、真似や模倣をしたという事実よりかは、

そこから「何を得られるか」ということだ。

 

 

コピーとオリジナルとの決定的な違いは

「そこに己の哲学があるかどうか」だ

 

 

ただ外面だけ真似ても意味がない。

 

 

最終的には

「このような自分になりたい」

「世の中をこうしたい」

という熱意が人を動かすからだ。

 

 

確かに、人が成長していく上で「真似る」ことは大切だし

あなたが自身の方向性が確立されるまでは、

何度でもコピーをしたって良いけれど、

 

 

あなたがどのような思いで「真似」をしたのかも、重要だと思うのだ。

 

 

だから、人から影響を受けるのも良いと思うけど、

常日頃から、

「自分自身の考えや感情」を表に出すことを

怠ってはいけないな、と思う。

 

 

僕も数年間ブログをやってきて、

今までずっと自分がどんなコンセプトで

やっと掴みつつある。

 

 

少なくともこれまでは

セクシュアル・マイノリティの方々を主な視野に入れて

発信していた時期もあるのだが、

今は自分の発信には全く関係ないし、そこではないな、と思うのだ。

 

 

むしろ、自分のことを完全に理解してくれるかはともかく、

「悩みを抱えている人」をもっと広く捉えて、

 

「コリュさんの性別(←FTMです)は、正直よくわからないけれど、

いつも救われる言葉をかけてくれるから、

死ぬことを考えるのをやめて、生きてみようと思った。

だから、とても信頼できる。」

 

…そんなことを言われたほうが嬉しいと思ったのだ。

 

 

このような感じで、

 

「わからないなら、わからないなりに、とにかくやるしか無い」

 

それが、僕自身、行き着いた答えだ。

 

 

 

 

以上のような理由で、

 

今は、「結果」より「過程」が重要視される時代だ。

 

と、僕は思う。

 

 

だから、オンラインサロンやコミュニティなどを運営して、

作品が世に提供されるまでの過程や自分自身の思いをファンに見せて、

その思いに心を動かされたファンからの協力を得て、

そこからさらに新しいことにチャレンジしていく

そんな有名人達が増えているのだろう。

 

 

 

僕自身、昔はあまり自分のことを話すのを嫌がった。

 

自分の恥を晒すのが恥ずかしかったからだ。

 

 

 

しかし、誰にも真似できない、絶対的な存在になるために、

そして、より多くの人と表面的でないコミュケーションができるようになるためにも、

これからはどんどん自己開示をしていきたいと思う。

 

 

 

 

 

オンラインコミュニティもやりたいなぁ!!!!

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