かつて「死にたい」と毎日のように思っていた自分が、なぜ”例の注射”を拒否するのか

陰と陽を和合・浄化するジェンダレス妖怪”コリュ”こと

天海夜 煌琉(あまみや こうりゅう)だよ。

 

今日はちょっと重めのテーマになるのだが…

 

かつて10代の時の僕は毎日のように「死にたい」と思っていたし、

自殺願望やリスカなどはなかったものの(痛いの嫌いだから)、

とにかく暗かったし人間不信だったし人間嫌いだったね。

 

今考えれば不思議なくらい、なぜそんな暗黒時代があったのかというと、

確かにそは自分の性別違和も関係しているのだけれど、

そもそも生まれてきた性別を間違えたから、

今世はもう諦めモードだった。

 

 

しかし、今、例の注射が広まり同調圧力で打ち始める人もいる中…

危険性を指摘する人も増え始めてきている中…

実際に重篤な副反応で苦しんだり亡くなったりする人々も出てきている中…

オミさんのインスタにも批判コメントが殺到している中…

 

改めて考えたのだ。

 

「なぜ自分は”絶対に打たない”と決めたんだろう」

 

って。

 

それは恐らく、

「身体の性別への不一致」よりも

「それ以外の苦しみや悲しみ」よりも

「人生の喜びや楽しみ」のほうがはるかに大きい。

 

そう感じるようになったからだ。

 

そこで、今回は自分自身が”注射の驚異”を感じながらも、

「生命の限り生きたい」と思えるようになった経緯として、

「他の誰のためじゃなく、”自分”の人生を生きる4つの氣づき」

を語っていきたいと思う。

 

①自分の判断や人生に責任をもちたくなかっただけだった

 

そもそも昔の自分って

「本当に死にたい」と思っていなかった可能性がある。

 

まぁわかりやすく言えば

「ただのかまってちゃん」だ。

 

可哀想な自分に同情してほしいだけのメンヘラだったのかもしれない。

 

我ながらめんどくせー奴だな笑

 

なぜ今は「一度だけの人生なのだから好きなようにに生きたい」

と思うようになったのかと言うと、

「自分の人生に責任を持てるのは、他の誰でもなく自分しかいない」

ということがわかったからだ。

 

自分の人生を生きる上で大切なのが、

「一つ一つの決定を自分の意志で行うこと」である。

 

かつての自分は周囲の目を気にして、

自分の欲求を素直に人に言えなかったものだから、

判断をその場の雰囲気や他人任せになることもあった。

 

その結果、不愉快なことが起こった時に、

人のせいにしやすくなる傾向にあったのだ。

 

不満をぶちまけることで、人の関心を引きたい、みたいな。

 

やっぱりめんどくせー奴だな笑

 

 

②人のせいにすると、絶対に幸せになれないことに氣付いた

 

しかし、今ではそうやって「人のせいにすること」は「悪いことだ」だと考えている。

 

生きていく上で誰かとトラブルなどがあったり、

自分が損をしたり不利益を被ったりするようなことがあったりしても、

決して人のせいにしてはいけないんだよね。

 

たとえ「断れなかった」「同調圧力に負けた」というのが理由であっても、

自分が決めた選択で引き寄せた出来事であれば、

なおさら「自己責任」なのである。

 

もちろん絶対に怒るなというわけじゃなくて、

批判するべき部分はしても良いと思うけど、

「悪い」とか「悪くない」とかの問題は置いておいて、

基本的にそのトラブルを引き寄せたのは自分自身なのだ。

 

そのため、あまり自分を責めすぎず、

「あ、やっちゃったなてへぺろ」くらいに思って、

今後を二度と同じ失敗をしないように、

変えるべきところを変えていくなど工夫をしていく。

 

そのほうがより人生の質は高まっていくはずだ。

 

 

③「嫌われたくない」交友関係から「本当に必要な人だけ」の交友関係へ

 

昔は「嫌われたくない」という思いが強かったように思うが、

今はどちらかと言うと、

「本当に合う人だけ、好きな人だけ」と交友関係を持っていきたいと思っている。

そのほうがストレスが無いからだ。

 

できるだけ面倒なことは避けたいので、

あまり波風立てないようにしているのだが、

それでも誰かとトラブルになった時に

人によっては人格否定、もしくはそれに相当するような事を言ってくる人もいるだろうし、

実際僕も言われて傷ついたことがあったし、

もしかしたら人を傷つけていたかもしれない。

 

 

一時的に感情的になることは誰だってあるから仕方がないのだが、

交友関係は「ここまでなら許せる」という線引をある程度決めておいて、

地雷を何回も踏んでくるような人は、距離を置く方向で考えた方が良いと思っている。

 

 

実際僕も数年前、同じトランスジェンダーである知人との縁を切ったんだけど、

深く関わるにあたって、その人に対しての違和感は薄々感じてたんだよね。

 

それはその人の人間性にも問題があったのかもしれないけれど、

相手に合わせようとしてしまって、

「あれ?」と思うことがあっても目をつぶろうとしてしまって、

「なんか自分が都合よく扱われているかもしれない」

と薄々感じていても本音を言うことが出来ず、

無理してしまっていたのも自分のせいだ。

 

だから今では、自分の心の声を聞いてみて、

本当はやりたくないことをしてしまっていたのであれば、

「嫌なことをされた」とやたらネガティブ思考になるんじゃなくて、

 

「どうすれば防げたのか」「この出来事から学べることはなにか」

といったように、ポジティブ思考に変えたほうが、

思考力も高まるし、こういった一つ一つの「思考」の積み重ねで

人生をより良く生きることができると考えている。

 

逆に、無理やり「いい人」を演じて良いように扱われて

最終的に自分にとって、何も良いことは起きない。

それで被害者意識を感じて恨みの感情を募らせる。

 

こんなことを続けていたら、

それこそ「他人の人生」を生きることになってしまい、

ますます生きるのが嫌になるだけだろう。

 

他の誰でもない、自分の人生を生きるためには、

「やりたくないこと」「自分がされて嫌なこと」にフォーカスして

それらを極力排除していくほうが意義がある。

 

そう思うようになったんだ。

 

無理をしていたならやめればいいし、

付き合っていた人が合わないと感じるのならば、その環境を離れるなどして、

人間関係の質を高めるのも自分自身の責任だからね。

 

自分を認めてほしいばかりに、

無理をして相手に合わせたり、

相手の顔色を伺ったりする必要はないわけだ。

 

 

④「自分ではどうにもならないことがある」と割り切る

 

結局「かまってちゃん」ていうのは、

人の承認要求が得られないと自己肯定感が得られない。

 

その点でもう既に自分の人生を生きていないんだ。

 

判断が他人任せになっちゃってるから。

 

だから、これからは

「自分の人生を生きよう」と思った。

 

結局のところ、

「死にたい」といった思いでモヤモヤしてしまうのは、

どこかで無理をしているからだ。

誰かに嫌われたり非難されたりすることを恐れているからだ。

 

でも、自分がいくら好意的に接しても、

無条件に嫌ってくる人はいるわけであって、

その人を変えることはできないのだ。

 

また、自分が好きなことをしていたり、熱中できることをしていたりすると、

それに対して好ましく思わない人や批判する人は絶対にいるわけで、

その現象は自分にはどうにもできないことである。

 

こういった「変えられないこと」「どうにもできないこと」に意識を向けるんじゃなくて、

「いい人」「素晴らしい人」になることをやめて、

「自分はどうしたいのか?」「自分はどう生きたいのか?」

といった「自分の心の声」に耳を傾けること。

 

環境や人間関係、価値観など、自分自身を変えることはできる。

 

変えられるものだけに意識を向けることで、人生の主導権を自分で持てるようになり、

「他人の人生」を生かされている感覚もなくなってくるだろう。

 

 

なぜ自分は注射を拒否したいのか?

 

以上の4つの大きな氣づきを踏まえて、

なぜ、自分が”例の注射”を拒否したいのかを考えてみた。

 

それは恐らく、

 

今までは余計な心のしがらみや人間関係に囚われて、

本当の意味で”自分の人生”を生きている心地がしなかったぶん、

これからは”自分のため”に生きていこうと思ったからだ。

 

実際、注射を打つ人というのは、

「コロが怖くて本当に打ちたいと思っている人」なら仕方がないが、

中には職業的な問題や「同調圧力」、「周囲の目」を恐れている人も多いと聞く。

 

本当にそれで良いのだろうか?

 

確かにお金も大切だけれど、何のためにお金が必要なのか?

 

「自分が生きるため」

「大切な人を守るため」

 

人によって答えは異なってくると思うが、

きっと多くの人にとっては「より良く生きること」が人生の本質であって、

「お金」が本質ではないはずだ。

 

他の誰でもなく、自分自身が心から納得のいく判断をしよう

 

今、学校や職場、ご近所さん、下手すりゃ家族など、

価値観の違う人が周囲にたくさんいて、

生きづらさを感じている人もいることだろう。

 

しかし、人生100年と言われている時代、

数年くらいに、たった数人合わない人がいるくらいで、

人生を諦めないでほしい。

 

世の中にはあなたと価値観が合って、

お互いに仲良く、人生を有意義に過ごせられる”仲間”がたくさんいるはずだ。

 

そして、もしこの文章を最後まで読んでくれて、

少しでも内容に共感してくれたのなら、

あなたは僕と友達になれる可能性が十分にある。

 

他に何十万何百万というサイトがある中、

偶然にここまでたどり着いてくれたわけだ。

 

それだけでも有り難いご縁がつながっている。

 

僕はそんな「本当に自分と合う人達」と出会うために

そして何よりも、

もっともっと自分自身の人生を豊かにしていくために

今後の人生は、自分のために生きていきたい。

 

人から何かを強制されるのは大嫌い。

 

自分の人生くらい自分で決める。

 

あなたも、もし大切なことを決めるような極地に立たされたら、

他の誰かや世間体を理由にするのではなく、

 

「あなた自身の心」が発している声を聞いて、

納得いくまで悩みながら考えながら、

「あなた自身のために」判断してほしいと思う。

 

当サイトでは他にも

「HSPさんを中心に、他人軸の人が自分の人生を歩むためのヒント」として、

いくつか考えたことを文章にしているので、

もしよかったら、これからも遊びに来てね!

 

 

それでは…今日はこれまで。

 

どろんっ♪

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