日本人のゴミ拾いを批判している人達に抜けている”視点”

日本人サポーターのゴミ拾いが話題になっているようだ。

 

僕自身はどちらかと言えば、そんなことはどうでも良くて、

日本人サポーター含め、現地では誰もマスクをしていない様子を見て、

日本で皆がマスクをしているこの現状に、一人でも多くの人がおかしいことに気がついて、

こんな馬鹿馬鹿しいこと早く終わらせようよって思うけど。

 

 

とはいえ、ゴミ拾いという行為自体はとても気持ちの良いもので、

ここから日本人の性質などを読み取れるのは面白い。

 

色々意見はあると思うが、ゴミ拾い自体を批判している人というのは

「他国の人から見てどう思うか」に焦点を置きすぎている気がする。

 

確かに、世の中には色んな人がいるので、人を利用しようとする人々がいるのも事実である。

そのため、予め出来ることと出来ないことはハッキリしておいて、

何でもかんでも引き受けてしまわないよう気をつけることは大切だ。

 

また、人の物や時間を奪おうとする人や、すぐに文句を言うような人、被害妄想的な人には、

極力関わらないようにするか、毅然とした態度でNOを突きつけて断れば良いと思う。

 

他人を支配したがる人たち:身近にいる「マニピュレーター」の脅威/ジョージ・サイモン(著)
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↑こちらの書籍によると、人を利用する人々は”マニピュレーター”と言う。

 

しかし、この「ゴミ拾い」に関する人々の意見を通して、

その人が「誰の視点で」、その行為をどのように考えているかがよくわかってくる。

 

これは僕の考えではあるが…

 

今回の件に限らず、実際に様々な問題に向き合った時に、

「誰の視点で」考えるのが一番良いのだろうか?

 

それは、他国の人でも、もちろん自国の人でもない。

 

「神様の視点」である。

 

 

神といっても、人によって想像する神は違うと思うが、

僕はクリスチャンなので、聖書を元に今回の問題を考えていきたい。

 

確かに、聖書は「善行をすれば救われる」という教えではない。

 

なぜなら、イエス・キリストは行為そのものではなく、

人の心を見るからだ。

 

その行為の動機が愛や優しさ、調和を求める純粋な心ではなく、

自分の見栄や周囲からの評判、代償などの見返りを期待している邪な心があるのならば、

たとえ善行をしても、全く意味が無い。

 

ただし、今回のようなスポーツなどの観戦においても、

会場側が「ゴミは持ち帰らなくて良い」と伝えていて、片づけを仕事としている人々がいるのなら、

両者合意の上なので、そのままにして帰ったとしても、特に問題はないだろう。

 

仮に周囲から何か言われるからと嫌々やっていたのであれば、

かえって、やらないほうが良いのかもしれない。

 

 

ちなみに、一日本人として僕自身の傾向であるが、特に誰かから言われない限り、

基本的には自分で現状復帰(または近い状態に戻)したいと思っている。

 

例えば、飲食店で美味しいご飯を食べ終わった後は、店員さんが片付けやすいよう、

ゴミもできるだけまとめて、食器を端に寄せておくようにしている。

イベント会場などで飲食をした場合、会場にゴミ箱があるならそこに捨てさせてもらうが、

無いのであれば、持って帰るのは当たり前。

もちろんBBQなどは、皆で協力し合って片付け、元の通り綺麗にする。

 

確かに多くは客の立場ではあるので、任せられるところはお任せするが、

その場を提供してくれた人に、せめてもの感謝と尊敬を示したいからだ。

あとはある程度自分でやってしまったほうが、気持ちが良いからというのもある。

 

このように自身の傾向も振り返った上で、改めて日本人の性質を考えると…

 

日本人は元々綺麗好きな国民性で、禊(みそぎ)をする文化がある

 

 

実際、禊をして身を清めたり、場を清めたりすることで、

自分の気持をリセットする効果はあるだろう。

 

自国のチームを応援した後に、場の片付けをすることで、興奮した心を落ち着かせる。

そしてこれまでのことを振り返る…

 

良い試合を見せてくれた両国のチームにリスペクトしたい。

仲間に対しても、お互いにとって気持ちの良い関係を築きたい。

この場を提供してくれた会場のスタッフや運営者に感謝したい。

 

そして、次の試合へと気持ちを切り替える。

羽目を外して周囲に迷惑をかけることがないように、

非現実な空間から日常へと戻れるよう自分を律する。

 

また、人によっては、「神に感謝したい」と思っているかもしれない。

 

まぁ、実際にどう思ったのかは本人にしかわからないが、

無意識とは言え、そういった動機が自然と

場を清める行為(ゴミ拾い)に現れるというのはあるだろう。

 

実に愛と平和、奉仕の精神に溢れているではないか。

 

(※ちなみに、禊という行為も、元々は洗礼(悔い改め)であるとも言われているが、

この話はもう少し調べてから、また別の機会にすることにしよう。)

 

また、イエス・キリストは「奉仕」について、弟子達にこのようなことを話している。

 

そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。

「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。

しかし、あなたがたの間では、そうでありません。

あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。

あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。

人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

マルコの福音書 10:42〜45

 

イエス・キリスト自身は、奉仕される側ではなく、

まさに、その生涯から復活へと至る過程は、人への奉仕で成し遂げられたのだ。

 

 

キリスト教国家ではあるが、その実は神離れが起こっており、合理的に考えがちな欧米人

国民の大半がノンクリスチャンであるが、聖書的な生き方が身に染み付いている日本人

 

どちらが優れていると言いたいわけではないが、

果たして、どちらがより神の御心を知る可能性があるだろうか?

 

コロナ騒動の同調圧力が嫌すぎてうんざりしていたが、

日本人もまだまだ捨てたものではない…少しだけ希望を感じた。

 

ただし、過度に自国を持ち上げたり、外国から称賛されたりすることは、

大して重要なことではない。

 

自分自身も慢心は禁物だなと、肝に銘じていたいものだ。

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