自分を気持ちよくするのは自分の仕事

前回の記事で「サラとソロモン ― 少女サラが賢いふくろうソロモンから学んだ幸せの秘訣」という書籍を紹介したが、
この書籍を最後まで読んだので、自分なりに考えたことをまとめたい。

※ブログの内容はこの書籍とほぼ関係ないが、
「書籍から影響されて自分なりに生み出した考え」という意味である。

 

↑前回の記事

 

当たり前だが、自分の代わりに誰かが温泉に入って、自分が気持ちよくなることはない。

 

もしそんなことがあったら不気味で仕方がない。
どんなエスパーでも不可能だろう。

 

それと同じで、
自分の感情は自分でしかコントロールが出来ない。

 

逆に言えば、
何が起きても自分は自分でリラクゼーションを取るなり、
発想を転換させるなどすることで、
自分を気持ちよくすることができる。

 

そんなスキルが身についたら、誰もが幸せになれるだろう。

 

結局のところ、人のせいにするよりも、
何をしたら、どういう考え方をしたら、
自分の機嫌がよくなるか、
不愉快な思いを引きずらなくてすむのかを
突き詰めていくほうがよっぽど重要に思う。

 

あなたは、周囲の人をジャッジするために生まれてきたわけではない。
もちろんそれは僕も同じ。
皆それぞれ個々の人間であり、
善悪や正義で人を判断するのは、自然の法則に反することだからだ。

 

何かにつけてルールやマナーに拘っていたのでは、
結局のところ、自分もそれに囚われてしまうことになる。
それでは幸せとはほど遠い人生を歩むことになるだろう。

 

自分の幸せだけに目を向けていれば、
周囲の人が何をしてもそんなに気にならなくなるはずだ。

 

皆はあなたのために生きているわけではなく、
皆はそれぞれ自分自身のために生きている。

 

だから、自分のことは自分で気持ちよくする必要があるし、
それがあなたの仕事である。
決して他人の仕事ではないのだ。

 

だから、人を気持ちよくさせるために、他人の顔色を伺っていても仕方がない。
もちろん、他人が腹の立つ行動をとったからと言って、それに反応しても意味がない。

 

「温泉」を「その人の気持ち」に例えるならば、
心地よく感じるお湯の温度なんて、人によってそれぞれなのは当たり前のことだ。
ぬるい人はもっと熱くと言うだろうし、
熱すぎる人はやけどをすると怒るだろうし、
心地よく感じることはないだろう。

 

そんな人の「心地よい温度」は、
その人が指定してくれない限りわかるわけがない。

航空会社のファーストクラスに乗った人が
自分の誕生日をCAに祝ってもらえなかったからと低評価を付けたらしいが、
それは自分の心地よさや幸せに目を向けていないからである。

 

どんなに優遇されたとしても、それを有難いことだと思わず、
文句を言う人はいつまでも文句を垂れ流す体質になってしまうのだ。

 

他人がどういう行動を取ったかよりも、
それよりも自分にとって心地よい温度の温泉は何度なのかをわかっていて、
いかにその心地よい温度で日々の疲れを癒せるかどうかの方が重要である。

 

最近何かにつけてイライラしやすいと感じていたら、
余裕をなくしている証拠。

とりあえず休みたかったらすぐに休みましょう。

もちろん温泉に行くのも良いかもね。

 

 

 

 

別府の海地獄が心地よいという人は、相当エネルギー高いと思うけど。
まぁ水温が98度らしいから人間でないことは確かだろう(笑)

 

 

 

 

余談だが僕は貸し切りでない限り温泉にまだ入れない身体なので、
温泉に入ること自体よりも、昔ながらの温泉街を歩くのが好きなタイプだ。

 

湯田温泉の白狐にまた会いたい。

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